レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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3話 躓きすぎたプロローグ(3)

 リトルネペントの胚珠を求め狩りを続行する私たちの前に、それは現れた。

 

 『Scissors Spider』

 

 頭上に浮かぶ名称にはそう表示されていた。

 この森での狩りからすでに2時間。初めて遭遇するエネミーに警戒心が募る。

 カーソルカラーはレッド。私のレベルはこの連戦で5に上昇していたので6レベルのエネミーだということが察せられる。

 4人パーティーであるこちらがステータス上では断然有利だろう。

 問題は、知らないエネミーだということだった。

 βテストでは遭遇したことのない未知のエネミー。攻略サイトでもそういった話を見かけたことはない。正式版から追加されたものだろう。

 

 リトルネペントよりも巨体であるが、フロアボスとの戦闘に参加した私としては驚くに値しない。

 これまで森で蜘蛛の巣を見かけなかったことから徘徊性の蜘蛛だと予想をつける。攻撃方法は鎌状の前足を使うのは明白だが他は不明。

 

「どうするっすか?」

 

 彼我の距離は10メートルくらいか。

 互いの間に遮蔽物はない。索敵範囲が狭いのかこちらを見えているはずだが攻撃行動に移る素振りを見せないのが異様だった。

 

「……レアモンスターだと思う」

「それはわかってるっす。問題はやるか、やらないかってことっすよ」

「臆病風に吹かれたか?」

「抜刀斎はちょっと黙ってるっす」

「フッ……」

 

 願望は武器のレアドロップあり。

 素材系だったりクエスト系のアイテムドロップであれば即効性の旨味は少ない。

 

「やろう。いずれどこかで未知のエネミーと戦う機会は出てくる。遅いか早いかの違いだ。それはなるべく早い時期に経験しておくべきことだと思う。まだ敵が弱い段階でね」

 

 タマさんの表情は一瞬緊張に包まれたが、すぐにそれを解き普段通りの顔を取り繕った。それから順番に私たちと視線を合わせる。

 

 大丈夫だ。俺たちならやれる。

 

 言葉にしなくともタマさんの考えていることが伝わってくるような、力強い瞳だった。

 他の2人もそれに呼応するように自信を漲らせている。いや、抜刀斎はいつも通りか……。

 

「もし手に余るようだったらすぐに撤退。殿は俺で先頭はエリにゃん、中央にカフェインさんを置いて敵のいない方向を目指すように。抜刀斎君は避けられない戦闘があったら足止めをしてから離脱」

 

 無言の返答を肯定と受け取って、タマさんは盾を構えた。

 定番スタイルとなりつつあるレイジスパイクでの強襲は行わず、慎重に攻める腹積もりのようだ。

 私と抜刀斎はタマさんがタゲを固定させてから背面を攻撃する。やることはいつも通り。ただしソードスキルは控えめに、反撃に注意していつでも退けるよう意識を割く。

 

「いくよ!」

 

 その言葉とシザースパイダーがタマさんをターゲットするのは同時だった。

 鋭い前足がタマさんの盾に命中するが、後ろに引くように受けることで衝撃を受け流す。

 リトルネペントとの戦闘で勘を取り戻したタマさんはβテストでも使っていた細かいテクニックを披露していた。

 

 私は時計回りに動いて背後を取り、シザースパイダーが攻撃を行った後を見計らって横一線に剣を振るう。

 鈍い感触。HPバーは他の3人が攻撃しているが1割削れたかどうかという値。

 硬い。あるいは斬撃や刺突属性に高い耐性を持っているのだろうと当たりをつけるが生憎このパーティーに打撃属性武器を持っている者はいない。全員好き勝手に武器を選んだのは悪手だった。

 

「2体、近くに沸いたんだな!」

 

 カフェインさんが槍の先端で新たな敵の位置を報告する。

 未知のエネミーとの戦闘中であっても、カフェインさんは自分の役割を忘れずに果たしていた。

 森の奥からやってきたリトルネペントを目視で確認し、小さく舌打ちをした。

 

「1体、実ありっす」

「俺がこいつを抑える。カフェインさんが1体抑えて、2人で実持ちから撃破!」

 

 私と抜刀斎がシザースパイダーの背後を通り、接近するリトルネペントへ向かおうとしたとき、シザースパイダーのターゲットが外れた。

 何故?

 そんな疑問を浮かべつつも警戒心から咄嗟に距離を離す。抜刀斎も同様に鎌の間合いから退避したが――違うこれは!?

 

 エネミーが誰をターゲットしているのか簡単に判断する方法がある。視線だ。見つめられてるプレイヤーが現在敵愾心(ヘイト)トップであり、攻撃の基本対象とされるキャラクターである。

 ではシザースパイダーは誰を見ている?

 8つの黒い瞳がどこを見ているのか、目を見てもわからないが顔の方向から窺うことは容易い。それはこちらに向かってくるリトルネペントだ。

 

 シザースパイダーが走り出す。巨体のエネミーを食い止める手段などない。シザースパイダーは接敵状態から離脱し、何度も繰り返した斬り払いをリトルネペントの実に向かって放った。

 

 ――ドサリ。

 割れた大粒の実が地面に落下する音が戦闘中であるのにやけにハッキリ聞こえた。

 リトルネペントの実は攻撃すると割れ悪臭を放つ。その臭いがリトルネペントを引き寄せる効果を持っており、βテストではこのトラップに引っかかり死亡するプレイヤーは後を絶たなかった。

 

「4体、こっちに来るんだな!」

 

 カフェインさんが警戒を促す。

 不味い! 数的優位を覆され全員に動揺が走った。

 位置も悪く挟撃するような増援に退路が狭まる。

 7体を同時に相手取るなんてタマさんでも無理だ。かといってこの数を捌けるのはタマさんしかいない。

 オーバーヒート寸前の思考回路が導き出した行動はタマさんに指示を仰ぐという思考放棄だった。

 

「……カフェインさんスイッチ! 残りは任せろ。2人は各個撃破!」

 

 タマさんの思案は一瞬。

 実を落せば用はないと言わんばかりにターゲットをタマさんに戻したシザースパイダーが振り向くのと同時に追いついていたタマさんが頭部へ片手直剣基本技『スラント』の斜め切りを叩き込む。

 頭部へのダメージに仰け反った隙を突き、カフェインさんは槍を突き出し連続ヒットに持ち込んだ。

 ソードスキル後の硬直時間を稼ぎ、位置を交代。

 タマさんはフリーのリトルネペントに斬るというよりもいったん当てるというおざなりなモーションで攻撃を行いヘイトを稼ぐと、シザースパイダーから離れた場所へ誘導して戦場を2つに分ける。

 しかしいかんせん数が多い。

 斬り払いのみであれば回避は簡単だが、距離を取り過ぎて腐食ブレスが飛び交う。

 回避可能な空間を失い盾で受けるも、全身を覆えるほどの大きさはなくHPが2割削られる。

 

 乱戦ではポーションを飲んでいる暇もない。

 失われたHPを回復するにはリトルネペントを倒す必要があった。つまり私と抜刀斎がいかに素早く倒すかにかかっている。

 急げ、急げ、急げ!

 ソードスキルのモーションを利用して、蔦の斬り払いを受けつつも突進攻撃『レイジスパイク』で押し切る。私のHPが大きく失われるのと引き換えにリトルネペントのHPを削り、続く抜刀斎の攻撃がポリゴンの死体へ変えていく。

 

 盾を持たない片手剣使いのメリットは片手が空いてることに尽きる。

 抜刀斎にタゲが向いてる間、私は右の手で攻撃を、左の手でメニューを開きアイテムストレージからポーションを取り出し一呼吸で中の液体を飲み干した。

 ドロリと薬品臭の強い液体が喉を通るりHPがじわじわと回復を始める。回復にもヘイト上昇効果があり、ターゲットが私に移ったリトルネペントの攻撃に集中力を研ぎ澄ませる。

 背後から抜刀斎の攻撃を受け振り向こうとしたリトルネペントをソードスキルで抑える。

 振り向き様に振るう蔦を飛び越え、着地と同時にソードスキル。抜刀斎も攻撃を重ね撃破する。

 

 限界ギリギリの速度でリトルネペントを2体処理するもタマさんのHPは半分のイエローゾーンに突入していた。

 その間、さらなる増援として1体が加わり真綿で締められるような息苦しさが体にのしかかった。

 

「スイッチだ」

 

 抜刀斎のいつも通りの声色が響く。

 タマさんはソードスキルではなく強めの攻撃を最後に、抜刀斎と位置を入れ替えた。

 5体のリトルネペントの正面に躍り出る抜刀斎。タゲは未だにタマさんへ向いているが、通り過ぎようとすれば攻撃を加え、後ろへ抜かれないよう牽制する。

 その間にタマさんはポーションを使いHPの回復に努め、私はリトルネペントとの一騎打ちでじわじわとHPを減らしていく。

 

 抜刀斎も私と同じで片手がフリー、つまり盾無しのスタイルだが回避は得意なようでかろういてタンクをこなせてはいる。

 しかし範囲攻撃が足りていない。複数のターゲットを取るのはそれだけ難しい。回避や防御だけではなくヘイトが足りないのだ。

 彼は足りないヘイトを補いように無理に攻め込んではHPと引き換えにダメージを与え、ヘイトを集めている。致命傷だけは避けているがHPの減りはタマさんよりも圧倒的に速い。

 

 それに私の方も上手くいっていない。

 倒せはする。だが時間がかかり過ぎる。1人で1体倒すのと2人で1体倒すのでは時間は倍どころではなく3倍以上違うからだ。2人で1体を処理するのはそういった理由があってのことで、戦力の分散はパーティーの強みを減らしてしまう。

 文字通り、1+1は2ではなく3や4になるのがパーティーなのだ。

 

「ありがとう。もう大丈夫」

 

 HPを回復したタマさんが駆け抜けるようにリトルネペントを撫で切りにする。

 再び大軍はターゲットをタマさんへ向ける。私がなんとか倒してリトルネペントの数は4体まで減った。シザースパイダーは特殊ルーチンこそ厄介だが本体性能は低くカフェインさんのHPは1割しか減っていない。

 状況はようやく有利へ傾いたかに思えた。

 

「実持ちなんだな!」

 

 ここでさらなる増援。しかも実のあるリトルネペントだ。運が悪いのか、あるいはシザースパイダーがそのような能力を持っているのかはわからないがどちらにしろピンチである。

 警戒役としてしばらく機能していなかったカフェインさんは、シザースパイダーのターゲットが外れたことで察知し声を張り上げてくれたが……。

 

 ここで崩れれば逆戻りどころではない。

 抜刀斎の動きは迅速だった。

 現在攻撃しているリトルネペントを放置して曲刀突進技『リーパ』を実持ちの増援に発動する。

 最短撃破にかかるタイムは30秒。それは反撃を無視すればの話で、他のリトルネペントの攻撃を受ければノックバックで時間は伸び、回避をするならさらに遅くなる。

 

 間に合うはずがない。

 

 だが発動したソードスキルは止まれない。

 動き出した状況は元には戻らない。

 攻撃対象を合わせることで各個撃破するというルーチンが染みついた私は、無我夢中で抜刀斎が攻撃したリトルネペントへ片手直剣突進技『レイジスパイク』を放った。

 回り込み、挟撃する時間も惜しいと私のソードスキルで仰け反ったリトルネペントに抜刀斎は正面からソードスキルを浴びせ、硬直時間を終えた私が続けざまにソードスキルを当てる。

 

 押して押して押しまくる!

 だが足りない。時間が足りない。

 迫りくるシザースパイダーを視界に捕らえる。

 追い縋るカフェインさんの槍が輝いた。――『トリプルスラスト』。

 踏み込みの勢いを活かした1回と上半身のみで続けて繰り出される2回の刺突。その連続攻撃をシザースパイダーの3本の足へそれぞれ命中させた。

 

 バランスを崩し、失速するシザースパイダー。それでも止まらない。ダメージを無視してリトルネペントの実を攻撃しようと鎌を振りかぶる。

 

 ソードアートオンラインのターゲットは視線で行われる。正確には狙うという意思だ。だから漠然と全体像を認識していれば中央付近に命中するが、顔を凝視して狙うぞ! と考えていれば顔に命中する。

 私は振りかぶられた鎌を見つめていた。

 

 ――ソードスキル『バーチカル』。

 

 縦に振り下ろす片手直剣の軌道が、シザースパイダーの薙ぎ払う鎌と重なり火花に似たエフェクトを輝かせる。そして互いの武器を弾き合った。

 

 カフェインさんが私を追い抜き実をつけたリトルネペントへ向かう。

 私は実を狙うシザースパイダーからリトルネペントを守る。

 言葉にせずともそれぞれの新たな役割を理解し行動に移っていた。極度の集中力が私たちパーティーを1つの生物のように突き動かす。

 

 タイミングを見極めるのは意外に難しくない。

 シザースパイダーが振りかぶり、薙ぎ払う。

 

 ――バーチカル。

 

 すでにソードスキルを発動させるのに十分な構えをとっていた私は振り下ろすだけで動作を完了させて攻撃を防ぐ。

 背後でリトルネペントが倒されたのかポリゴンの砕ける音が聞こえた。

 

「スイッチ!」

 

 カフェインさんの声を合図に私はシザースパイダーにソードスキルを当て、カフェインさんと再び攻守を入れ替える。

 急場をしのいだが息を吐くのは戦闘後。

 まだタマさんが4体のリトルネペントに襲われHPもイエローゾーンに迫っている。

 しかし活路は見えた!

 

「いけるっ!」

 

 その呟きを聞いたのはきっと悪魔だ。

 

「……えっ?」

 

 目の前から突然タマさんの姿が――消えた。

 死んだ? そんなはずはない。だってタマさんのHPはまだ半分はあった。それに攻撃を受けて消えたわけではない。リトルネペントはなにもしていない。それは前触れのない突然の出来事だった。

 

 タマさんが消失した影響でターゲットが分散する。

 すかさず抜刀斎がターゲットになろうと躍り出るも間の悪いことに敵の増援だ。

 位置は最悪。カフェインさん側に2体。いかにシザースパイダーが強くないとはいえリトルネペントと同時に相手取るのは厳しい。

 覚悟を決めて私は2体のリトルネペントを抑えに飛び出した。

 

 回避は不可能ではない。

 シザースパイダー1体に比べれば難しいが、回避に専念するなら当たりはしない。

 問題は攻撃の手が足りないこと。遅々として減らないリトルネペントのHPを忌々しく睨んでもダメージを与えられるわけもなく。

 ここは抜刀斎と合流して一端リトルネペントを一塊にするべきだ。

 

 視線を背後に向け、シザースパイダーとカフェインさんの戦闘位置を避けるように移動を行うとしたところで問題が発生する。

 シザースパイダーのHPが半分を下回る。

 慣れた横薙ぎを回避しようと後ろに下がったカフェインさんは、振り終わった体勢から繰り出される体当たりに体を浮かせた。

 

 HP減少に伴う行動パターンの追加だ!

 カフェインさんの減っていたHPは今ので4割に突入する。

 焦りが生まれ、私は2体しかいないリトルネペントの攻撃を避け損ねて蔦の一閃を実に受けてしまった。

 痛みはほぼない。不快感を感じるだけで痛みには程遠い。リアリティーと追及した茅場も、現代人に痛みを耐え忍びながら戦うまでは求めなかったのは幸いだ。

 しかし痛くなければ平気かといえばそんなことはない。

 ゲームのキャラクターがダメージを受けると「イテッ」と言う人がいるように、ダメージを受けることには本能的恐怖がある。

 HPが0になれば死ぬ。それを忘れていたわけではないが、それを想起させられる状況に近づき体が思うように動かなくなる。

 緊張はミスを誘発し、ミスによって減少HPがさらなる緊張を強いる。

 悪循環を抜け出せずじわじわとHPを減らした私はついに3割の危険域に突入していた。

 私はソードスキルを放つタイミングを完全に見失い、ブレスと横薙ぎに追い詰められていく。

 

「スイッチ!」

 

 カフェインさんの叫びで意識が一瞬クリアになる。――そして衝撃。

 地面を転がるもダメージは少なく2割を下回ってはないなかった。

 目の前ではカフェインさんが3割のHPでリトルネペント2体とシザースパイダーを同時に相手にしていた。

 地面を張って逃げた私はアイテムストレージからポーションを取り出す。

 慌てていてミスタッチを数回してしまうもどうにかポーションをオブジェクト化して中の液体を口に注いだ。

 

 美味しくはない。だが頭がしびれるほど甘美な味を錯覚した。

 ポーションは時間経過によるゆるやかな回復で、即座に回復はしない。即座に回復するような結晶系アイテムも存在するが貴重で私たちはまだ手に入れてはいなかった。

 

「大丈夫、なんだな……」

 

 額から汗が噴き出そうな厳しい視線のままカフェインさんは笑顔を作った。

 おっとりとした印象のあるカフェインさんは、体形から察せられると通り私と同じで運動神経は良くない方だろう。

 現実での運動神経がすべて活かされるわけではない。しかしカフェインさんはタマさんや抜刀斎なんかのように複数を同時に相手にできるほどの処理能力は備えていないのは確かだった。

 攻撃が掠りすでにHPは2割。

 

「カフェインさん、スイッチ!」

 

 私もまだHPが4割までしか回復していなかったが、これ以上は待てなかった。

 回復時間を終える前に追加のポーションを飲み効果時間を上書きする。

 前後を交代するだけのスイッチというにはおこがましい動きで私はカフェインさんと位置を入れ替える。

 シザースパイダーの2段攻撃。避けるなら斜めに通り過ぎなければならないがそうすればリトルネペントの位置が崩れて攻撃を受けてしまう。こんなことならタンクでなくとも盾を装備しておくべきだったがない物を頼ってもしょうがない。

 

 突進系ソードスキルでリトルネペントを攻撃しつつ突進を回避する。これしかない。

 私はソードスキル発動前のモーションを取りつつタイミングを見計らった。

 鎌の振りかぶり。薙ぎ払いをバックステップで避けつつソードスキルを発動させる。

 狙い通り私はシザースパイダーの体当たりを避けた。フリーのリトルネペントは移動してブレスのモーションを起こす。

 ギリギリ避けられる!

 ソードスキルの硬直が終わった私は地面に転がる。

 ブレスが頭上を通り過ぎ、転がる勢いを使って即座に起き上がった。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「えっ……?」

 

 青白いエフェクトが体から消える。

 目の前にはシザースパイダーはいなかった。

 リトルネペントもいない。

 ――他の皆も、いない。

 

「なにが起こった、っすか……?」

 

 HPはさっきまでの戦いの激しさを物語るように黄色をしていたが、それも直前に飲んだポーションのおかげで緑に戻っていく。

 白昼夢のような奇妙な感覚を引きずりながらも、私は森を注意深く歩き出した。

 索敵スキルのない私が頼りになるのは自身の感覚だけだ。日の()()()()()森の危険度は跳ね上がる。

 

 いったんホルンの村まで戻ろう。

 自動作成されたマップを頼りに歩き出そうとしたところで足に硬い何かがぶつかる。石でも蹴ったかと視線を下げると、そこには野ざらしでいくつものアイテムが折り重なって落ちていた。

 

 『リトルネペントの胚珠』

 『ペネントの葉』

 『ブロンズソード』

 『ポーション』

 『レザーアーマー』

 『レザーコート』

 

「は、ははは……」

 

 フォーカスロックによって表示されるアイテム名称に後退る。

 防具アイテムは黒色のせいで森の闇に溶けてすぐにはわからなかった。見つけられたのはアイテムが一か所に固まっていたからだ。

 オブジェクト化したアイテムは時間経過で耐久値が減少していく。

 例に漏れずその防具も耐久値を減らしていたが、もともとの損傷が激しかったのか比較的高い耐久値は他の通常アイテム同様に僅かにしか耐久値を残してはいなかった。

 

 慣れた手つきで散らばっていたアイテムをストレージに収納する。

 意識しての行動ではなく、ゲーマーとしての修正が落ちているアイテムをとりあえず拾おうとしているだけだった。

 

 私は道中で、さらに散乱したアイテムを見つけた。

 『ブロンズスピア』『スモールシールド』『スモールソード』……。

 中には『シザーソード』という知らない曲刀もあり、説明文にはシザースパイダーの腕であることが書かれていた。

 

 覚束ない足取りではあったが、私は運よく戦闘を行わずにホルンの村へと戻る事が出来た。

 村に着くころにはすっかり空は暗くなっていて、街灯のない夜は都会から離れたことのない私からすれば信じられないほど暗い。

 頭上には外延部の外から降り注ぐ月光と、それを照り返す2層の底が輝いていた。

 

 クエスト終了の報告をしに行く気力はなかった。

 ホルンの村にはすでに幾人かのプレイヤーが辿りついていて、狩りを終えた彼らも帰路に就く様子だった。

 一日の成果を談笑する彼らを横切り、部屋を借りている民家へと向かう。

 私たちの借りている民家は少し大きく、村の中では目立つ。カーテンにはゆらゆらと火に揺らめく人影が映っていた。

 戸を開けると燃え盛る薪の弾ける音が聞こえた。暖炉の火が冷えた身体を温めてくれる。

 

「おかえりなさい。夕飯はいかが?」

 

 声はここに住む女性NPCのものだった。

 エプロン姿をしたNPCの表情は最初こそ明るかったが、私と視線を合わせると困った表情になり、終いには悲しそうに目を伏せた。

 

 HPバーの上にあるステータス状態を現すスペースには空腹のバッドステータスが表示されていて、STRが低下しているせいか力が上手く入らない。

 ゲームの世界でもお腹は空く。

 βテストでは食べなければ死ぬということはなかった。現実でも1食抜いたくらいでは人は倒れない。

 NPCへ返事を返さないまま私は階段を上った。

 

 人気のない部屋の扉を開けると片付けのされていない光景が目に入る。

 借りた毛布は出て行くときと変わらず無造作に床へ放り捨てられていた。それはベッドも合わせれば丁度4人の人間がいた痕跡だ。

 整えられていないベッドへ倒れ込むと顔に鈍い衝撃が走る。

 

「痛い……」

 

 本当は痛くなかった。

 強い痛みをソードアートオンラインは感じさせない。

 でも、涙が溢れてきた。

 

「性質の悪い冗談っす。悪戯が過ぎるっすよ」

 

 返事はない。

 

「いいかげんにするっす」

 

 返事はない。

 

「わけ、わかんないっすよぉ……」

 

 返事はない。

 鳴りやまない嗚咽を耳にする者は私以外、誰もいない。

 現実と変わらない孤独が押し寄せる。

 私は完璧にはなれない。

 それが例えゲームの世界でも。




これは主人公が運や仲間に恵まれて勝利する話ではありません。
その逆を行くお話です。

それでも構わないという方はどうかお付き合いいただけると幸いです。
そうでない方も、読んでいただけるなら幸いです。

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