レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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35話 灰色のエンドロール(2)

「全員整列!」

 

 コーバッツの勇ましい声が黒鉄宮内にある大広間に木霊する。

 その号令に従って6パーティー、コーバッツを除いた35名が黒塗りの鎧を着用して一糸乱れぬ――とまではいえないが、姿勢を正して靴音を鳴らした。

 

「我々はこの日のために弛まぬ訓練を重ねてきた。それはすべて、我々の攻略を望む一般市民からの熱い要請あってのことだ。諸君の肩には彼らの命運がかかっていることを忘れてはならない。故に――」

 

 攻略隊がフルメンバーどころか予備隊まであった頃は、広場で同じことをしたっけかと、私は過去に想いを馳せ、コーバッツの演説を聞き流しつつ現実逃避をしていた。

 フロアボスと戦う際の限度人数はフルレイドと呼ばれる8パーティー48人。ここにいるプレイヤーは2パーティー分も足りていない。

 ならば私たちはフロアボスに挑戦しないのかというと、そんなことはないのだ。

 この攻略隊がいかなる目的で作られたのか、コーバッツという男と接した私は理解していた。

 

 コーバッツはハッキリ言って無能だ。ルキウスなど目でもない。

 彼は他人の話を聞かず、プライドが高く、技術がない。

 口調が強く、身長が高いため威圧感があり、それでどうにか補給隊を取り仕切っていたのだろう。

 訓練で指揮を取っていた彼は、私からのアドバイスを一顧だにせず、なんの役に立つかわからない横隊陣形や縦隊陣形、密集陣形といった謎の練習をさせていた。

 彼が自分の事をコーバッツ中佐と名乗っていることから、そうしたロールプレイの一環なのだろうとうことが察せられる。

 こんなやつを指揮官に据えるくらいなら、経験の一切ないリズベットを据えた方が俄然有用だ。少なくとも彼女には自分ができないということを理解していて、話を聞くだけの知能がある。

 そんなおままごとを戦場に持ち出すような屑がなぜ隊長に選ばれたのか。

 25層のことを思い出せば嫌でも分かる。

 

 ――死んで来い。

 

 つまりはそういうことなのだろう。

 それを理解できているプレイヤーはどれだけいるのだろうか。

 視線だけを動かして周囲を見渡すが、誰もが彼に委縮してしまっているようで役に立ちそうもない。私の部下にあたる治安維持部隊のメンバーはいない。露骨すぎる配役だ。

 

 今回のターゲットはおそらく私。

 キバオウ派の足場が崩れかけているのは本当で、代わりの神輿になりそうなのが私ということでこうも潰しにきているのだろう。

 ラフコフ討伐の一件で、助けに来てくれたプレイヤーが意外に多かったことが発端だろうか。

 ああ。それとラフコフが消えて、PoHも姿を隠したことも関連していそうだ。

 考えるのはよそう……。

 

 今回の作戦はいかに迅速にコーバッツを排除できるかにかかっている。

 25層のときのような失敗はなしだ。今回は死んでもいいプレイヤーばかりで、クォーターポイントのボスでもないため、当時より楽な作業になる。

 キバオウも私が生き残ることは考慮しているだろう。その場合、失敗の責任を押し付けて退任を迫ることが予想される。25層の責任も材料に加えてくるのではないだろうか。

 ともすれば私は後のことを考えて立ち回る必要もないわけだ。

 MPK――エネミーを使ったPKはしたことがないが、つまりはそれをすればいいということだ。どうせ責任を被るのなら露骨でない程度なら、どれだけやっても許される。ああ、違うか。許されないことが前提だからやっても構わないのだ。

 計画を立てているとだんだん気が楽になってきた。

 さっさとフロアボスを見つけて彼を排除しよう。

 

「――以上だ。それでは全隊、進軍せよ!」

 

 気がつくと彼の長い演説は終わっていた。

 私たちは隊列を維持したまま転移門へ向かい74層に跳んだ。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 74層は現在、迷宮区手前まではマッピングされている。

 そのデータはすでに受け取り済みで、私たちは迷うことなく森林地帯を進んでいた。

 道中見かけるエネミーはアンデット系とリザードマン系。

 邪神崇拝をするリザードマンたちと、彼らが呼び出したアンデットというバックストーリーなのだと、私は情報班の面々から聞き及んでいる。

 おそらくフロアボスはリザードマンが呼び出した邪神とか、その辺りだ。

 ボスフロアに出現するモブはリザードマン。それも魔法を使うようなプリーストやシャーマンタイプのものをリーダーに、ソルジャータイプまで出現するケースを私は想定していた。

 プレイヤー側が魔法を使えずとも、エネミーは稀に魔法っぽいのを使ってくる。直接攻撃系こそほぼないが、それでも狡いと思わずにはいられない。

 

「スイッチいくっすよー」

「ま、待て! もう少し粘れ」

「わかったっすー」

 

 手抜きが酷いが、道中のエネミーなんてこんなものだ。

 私は骸骨系のエネミーの長剣をリズベットからプレゼントされた大盾で受け止めていた。

 カタログスペックは小盾と中盾の中間程度で、サイズだけが大盾という奇妙な盾だ。

 青白い氷の結晶のような見た目だが、光を透過しないため壁としてちゃんと機能する。

 私は盾の後ろに姿を隠してステップでフェイントを入れると、骸骨は面白いくらいに引っかかった。敵の小盾はまるで機能せず、無防備なあばら骨に次々に私の重剣が当たっていく。

 

 これだけの大部隊がいるため私たちは滅多なことでは苦戦はしない。

 順調に戦闘を行っているものの、自分がミスをしたとき、誰かが取り返してくれるという安心感は、素晴らしいものなのだ。

 ではなぜ攻略組は日頃から大部隊でパーティーを組まないのかというと、経験値やドロップ品の旨味が激減するからだ。ソロだと今度は討伐効率が落ちるため匙加減が重要だ。だいたい1パーティー、6人くらいがちょうどいいとされている。

 

「まだっすか」

「いや、このまま倒すぞ! 全員攻撃用意!」

 

 全員って、そんな一度に攻撃できないだろうに……。

 指示に混乱して、近くのプレイヤーがおっかなびっくりに槍を突き立てているが、骸骨系のエネミーには刺突系のダメージは利き難い。

 たしか打撃系のプレイヤーを集めたパーティーがあったはずだが……。

 確認のためエネミーと距離を離して視線を飛ばすと、彼らを発見することができた。

 なぜ槍持ちの後ろにいるのだろう。

 考えるのはよそう……。彼らとはどうせ短いつき合いにしかならない。

 

「おい。離れるな!」

「あー、ごめんっす……」

「クソッ。タンクなどやはり役立たずか。なぜこんなやつを連れて行かねばならんのだ」

 

 ――考えるのはよそう。彼とは永遠にお別れをする予定だから。

 

「なにか悪寒が……。まさか敵襲か?」

 

 ともあれ骸骨エネミーを無事討伐して、私たちは2列縦隊に整列してから行軍を再開した。

 もうなにも言うまい。と思っていたが流石に怖いので、私は隊列の後ろと交代して、索敵スキル持ちのプレイヤーに随時状況を聞いている。コーバッツが五月蠅いと言いたげに見てくるが無視だ。

 

「あ、プレイヤーの反応が」

「何人っすか?」

「えっと……。5、6、7……8人です」

「微妙な人数っすね」

 

 1パーティーには2人あぶれる。

 4人パーティー2つで、ダンジョンでも攻略していたのだろうか。どうにもすぐそこらしいので、接触まではさほど時間はかからない。

 PKではないと思いたい。こんな最前線までやつらも来ないだろう……。

 考えるのはよそう……。

 

「休め!」

 

 先頭を歩いていたコーバッツの支持が聞こえた。

 どうやらプレイヤーと接触したようだ。

 雰囲気からPKではないだろうとわかり、胸を撫で下ろす。

 

「エリじゃねえか! おーい!」

 

 最前線でも呑気なやつは呑気だ。だが常に緊張してるよりも、適度に緊張の糸を緩めることができる人間の方が頑丈で、いざというとき実力を発揮できる。

 この声の主がいい例だろう。彼は私に手を振ってアピールをするので仕方なく近くに行って挨拶をする。

 

「クラインっすか」

「よう。まさかお前がこんなとこに来るなんてな……。もう平気なのか?」

「……おかげさまで」

「そうかそうか。そいつはよかった!」

 

 そんなに嬉しそうにしないでほしい……。その、なんだ……。恥ずかしい……。

 クラインがいるということは5人はおそらく風林火山のメンバーか。

 だったらあとの2人は誰だろうかと顔を覗かせて――私はクラインの陰に隠れた。

 だが遅い。クラインが大声を上げたせいでとっくに気づかれていた。

 

「こ、こんにちは……」

「こんにちはっす」

 

 結城さんが恐る恐る声をかけてくるので、私も同じようなトーンで返事をしてしまった。

 ちなみにもう1人はキリトで、彼は今コーバッツに捕まっている。

 私はそそくさとコーバッツを中心に回り込み、結城さんから距離を取った。

 

「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ!」

「俺は月夜の黒猫団、ギルドマスター代理のキリトだ」

「ぎ、ギルドマスター!? いや代理、か……」

 

 コーバッツがたじろいでいた。

 こうして見るのは久しぶりだが、キリトの前線で出す威圧感はなかなかなものだ。

 一時期は抜き身の刀のようだったが、周囲との軋轢を避けつつ舐められない距離感を見出してからは、大手のギルドマスターに引けを取らない威厳を滲ませるようになっていった。

 事情を知らない人間には、最前線でこうも堂々と名乗られれば、月夜の黒猫団とは名の知れた強豪ギルドなのかと錯覚するだろう。まさに今のコーバッツのことだ。

 

「それで。俺たちになにか用か?」

 

 キリトは不遜な態度で年上のコーバッツを凄んで見せる。

 

「君たちはこの先の攻略は終えているのかね?」

「もちろんだ。ボス部屋前まで確認ができている」

「ふむ。では、そのマップデータを提供してもらいたい」

「なっ!? テメェ、マッピングするのがどれだけ大変かわかってんのか!」

 

 怒鳴りつけたのはクライン。

 それをキリトが片手で止めるよう促した。

 

「いいぜ。それで、あんたはなにを提供してくれるんだ?」

「なに? 我々は君たち一般プレイヤーのために戦っているのだ。協力するのは義務であろう!」

「なにも提供できないのか? まあいいさ。貸し1つだぜ」

「グッ……。貴様……!」

「見返りもなく渡される情報には注意した方がいいぜ。ほら、マップデータだ」

「感謝する!」

 

 まるで感謝する気のないコーバッツの声色に、キリトは肩をすくめて見せた。

 

「いいのかよ、キリト」

「どうせ街に帰ったらDDAにも渡して、攻略組全体で共有するからな」

「そうだろうけどよぅ」

 

 そういえばキリトはマップデータを流して、根回しをしていたのだったか。

 彼の攻略スピードはかなり素早く、それを活かして攻略組全体に貢献していたはずだ。マップデータは大ギルド同士ではほとんど共有されないため、彼は丁度いい橋渡し役であった記憶がある。

 

「ボスにちょっかい出す気なら止めておいた方がいいぜ。あんたの仲間は随分と消耗してみるたいだからな」

「私の部下はこの程度で根を上げる軟弱者ではない! これで失礼させてもらう!」

 

 怒り心頭といった様子でコーバッツは休んでいる攻略隊の輪に引き下がっていった。

 

「よう。その……、もう大丈夫か?」

 

 結城さんを隔てる壁がいなくなってしまったので私も下がろうと思ったのだが、その前にキリトに引き留められてしまった。

 

「それ、さっきクラインにも言われたっすよ。ご心配をおかけしました」

「元気になってくれたみたいで良かったよ」

 

 キリトは穏やかに表情を崩した。さっきまでコーバッツに放っていた威圧感の面影はなく、出会った当初のような年相応の可愛らしい笑みだ。

 だから止めてくれ……。恥ずかしいじゃないか……。

 

「あ、えっと……。あのときは、その……。ありがとうっす。キリっちが助けに来てくれて、嬉しかったっすよ」

「あんたには借りがあるからな。利子はあれで勘弁してくれ」

「利子どころか、十分返してもらったっすよ」

 

 暗に同じことがあったら、残りの借りを返すために助けに行くと言われているようだ。

 私としては十分過ぎるほど返してもらったのだが、彼からすれば返しきれないほどに積み上がっているのだろう。

 キリトへの貸しとは、その大半がサチに関連するものだから……。

 

「あと、あのコーバッツって男には注意しろよ。その……、どうみても地雷だろ」

「わかってるっす……」

 

 一目でわかるほどの地雷、コーバッツ。

 私はこれからあれを爆発させに行くんですよとは、流石に言えない。

 

「休憩は終わりだ。もたもたするな。整列しろっ!」

 

 ヒステリックな声でコーバッツは命令を発する。

 よろよろと立ち上がる攻略隊の面々は、万全とはまるで言えない疲労感を漂わせていた。

 慣れない最前線での戦闘と息苦しい規律に、彼らの精神は相当疲弊しているようだ。

 私が隊長ならもう撤退する状況だが、例の如く事情があるためそうも言えず、言ったところでコーバッツは私の言葉に耳を貸さないだろう……。

 

「気をつけて、ね……」

 

 結城さんが小さく呟いたが、私は聞こえなかった振りをして、隊列に加わった。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 空中に浮かぶ円形状のフィールドで、36人のプレイヤーがフロアボスとその取り巻きたるモブエネミーを相手に死闘を繰り広げていた。

 フロアボス攻略は順調だ。順調というのはつまり――。

 

「突撃ぃいいい!」

 

 一塊になったコーバッツの率いるパーティーが、何度目かになる突進を行った。

 先頭に立っているプレイヤーはかろうじて突撃系のソードスキルを駆使するも、後に続くプレイヤーは眼前に仲間がいるため、満足にターゲットすることができず素の突進攻撃だ。仮にターゲット出来ているとしても、呼吸の合わない仲間を前にソードスキルでも使おうものなら同士討ちにしかなるまい。

 私だってあの集団の中で、並んでソードスキルを使うなどできはしない。

 

 ――『The Gleam Eyes』。

 

 輝く目の名を持つ、フロアボスたる悪魔型エネミーは雄叫びを上げ、彼らを両手で抱えた大剣で薙ぎ払ってしまう。

 最初にソードスキルを使って突撃したプレイヤーは攻撃を命中させることなく床に転がり、後に続いたプレイヤーの貧弱なダメージが蓄積して、一応HPは目に見えるほど削れてはいる。

 ちなみにコーバッツは集団の一番後ろに位置する。指揮官としては正しいが、あれはただの保身だろう。

 

 ボスの外見は名前の通り目が青白く輝いていて、筋肉隆々の山羊頭をした悪魔のようなものだ。

 慎重は6メートル前後。身長よりやや短い両手剣を装備していて、尻尾は蛇。下半身は山羊で上半身は人間系。悪魔といえば羽もありそうなものだが、彼にはそれがないようなので、空中からの攻撃を警戒しなくてもよさそうだ。

 HPゲージは4本だが、数はHPの量に直結しない。あれはあくまでパターン変更の目安でしかないからだ。

 その証拠にボスのHPはコンスタントに減っている。どうやら防御力は低いようだ。代わりAGIと攻撃力のスペックはやけに高い。私としては都合がいい。

 ボスは全方位攻撃など駆使せずとも、尻尾の蛇が背後に回り込んだプレイヤーを攻撃している。蛇なのだからあれは毒属性があると見た方がいいか……。

 

「スイッチ、お願い!」

「了解っす」

 

 フロアボスと戦っているのは3パーティー。

 残り3パーティーは取り巻きのリザードマンたちと戦闘中だ。

 私も取り巻きと戦っているパーティーの1つで、眼前には3体のソルジャー級が並んでいた。

 

「いくっすよ。3、2、1、スイッチ!」

 

 攻撃を受けていたタンクが下がったのを見計らって、スネークバイトの範囲攻撃で彼らのタゲを私に移す。

 モブのグループは丁度3つ。プリースト1体とソルジャー4体が集まり、彼らも1つのパーティーを形成している。

 プリーストは直接手出しをしてこない。そしてソルジャーがプリーストを守るように配置されていることから、ギミックの一種だということはすぐにわかった。

 ボスのスペックが高い原因はこのプリーストにあるのだろう。

 私はソルジャーの1体がシミターでソードスキルを放ってきたのを盾で受け流しつつ、他のソルジャーの妨げになるよう位置を変えていく。

 盾のガード性能は低いため貫通ダメージは思ったよりも大きいが、位置取りを間違えなければ受ける攻撃の頻度が下がるため結果的に被ダメージは減るだろうと計算している。攻撃に慣れてくれば回避も選択肢に入るだろう。

 

 ソルジャーやプリーストは補充式のようだ。

 撃破から一定時間が経過すると、フィールドの端に転移で現れる。

 ソルジャーの撃破タイミングをずらせば、2体ずつくらいしか相手にせずに済みそうだ。

 久々のフロアボス攻略で私も緊張していたが、思っていたより簡単で拍子抜けだった。しかしコーバッツの指揮能力や、部隊のパフォーマンスを考えればまずクリアはできないだろう。

 ボーナスステージだろうに。ちょっと残念だ。

 

 私はソルジャーを2体撃破してから、HP回復のためスイッチでタンク役を入れ替わった。

 相方となったタンクのプレイヤーはあまり上手くないため、ほとんどの時間を私が受け持っている。まあ所詮雑魚エネミーだ。素早く倒すためにはテクニックがいるが、そこまで力を入れなくてもいいとなれば簡単である。

 

「た、助けてくれっ!」

 

 隣のパーティーのアタッカーが、再出現したソルジャーに追い回され、こちらに走てきていた。

 こっちじゃなくて自分のパーティーの方に行ってくれと思いつつも、回復結晶でHPを回復して、すぐに助けに行こうとしたのだが……。

 

「はっ?」

 

 回復結晶が発動しない。

 この感覚は――クリスタル無効化空間か!?

 フロアボスのエリアがそうであったことがないからといって油断していた。以前ならダンジョンに入るときには必ず確認作業をしていたが、これもブランクのせいか。

 

「クリスタル無効化空間っす!」

 

 大声で伝えて、私はポーションを一息に飲み干すとアタッカーの援護に回った。

 今のペースであればまだクリスタルが無効化されても戦えるが……。

 視界の端で、ボスのHPバーが1本失われる。さてここからが本番だ。

 

「グルォオオオオオオオオ!」

 

 ボスが天を仰ぎ、その口からは瞳と同じ青白い光が零れていた。

 

「防御! 私の陰に隠れるっす!」

 

 急ぎパーティーメンバーに声をかけるものの状況を理解していないようで、反応がすこぶる悪い。

 ボスが頭を突き出し炎を吐いた。その攻撃範囲は最初は直線状であったが、それで終わらない。ボスが炎を吐きながらゆっくりと向きを変えたからだ。

 ブレスの射程は長くフロアの端から端まで届くほどもある。それを1回転させた全体攻撃だ。

 私は大盾の陰に身を隠してやり過ごしたため、そこまでダメージはない。範囲が凶悪なせいで威力は低めに設定されているのだろう。直撃したプレイヤーも、大きな損害にはならなかったようである。巻き込まれたエネミーもダメージを受けているが、未だ健在だった。

 回復結晶が使えない状況では厄介な技か……。

 そう考えたのも一瞬。これが攻撃ではなくギミックを発動させるキーアクションなのだと理解したからだ。

 

 このボスエリは宙に浮かぶ円形のフィールドだ。

 そこにC型状に炎の境界線が2重に敷かれる。直線で行きできた場所は、今では炎を迂回するか、ダメージ覚悟で飛び込まなければならない。

 さらにこのタイミングで雑魚エネミーの増援。ソルジャーではなくコマンダータイプ。

 ヘイトを操作したりバフをかけてくる厄介なエネミーだ。

 分断に各個撃破か。私たちよりもエネミーの方がよほど連携が取れてるのは、皮肉が利いている。

 

「コマンダーから撃破! 急ぐっす!」

 

 私はHPがほぼ全快していたので、パーティーに合流がてら、ダメージを計測するため炎の壁に飛び込む。

 HPがじわりと削られた。だいたい1割くらいが減少した。タンク装備の私がこれなら、アタッカーなら2割は持っていかれるか?

 吹き飛ばし攻撃に利用されるとかなり危険だ。なにせ高いダメージを受けてその上分断される。ボスが炎を越えて追ってくればそのまま戦わねばならず、追ってこなければサブタンクが即座にスイッチしなければならない。

 まあ私の相手はフロアボスではなくこの雑魚エネミーなので関係ないか……。

 

 戦って感じた、コマンダータイプの思考ルーチンは3パターン。

 特定のプレイヤーを集中的に狙う。自身を守る。そして足止めや突進攻撃で分断する、だ。

 これに加えてプリーストタイプを撃破しなければボスの性能は高いままだ。コマンダーはエネミーパーティーと同じ3体。彼らは単一パーティーとしてではなくレイドパーティーとしての動きまでして、場をかき乱してくる。

 

 この場合、指揮官が全体に声をかけて場を整理すればいいのだろうが、コーバッツはボスの相手に夢中になって役に立たない。

 彼は整列させることは好きだったが、戦場を整理することはお嫌いのようだ。

 

「コマンダーを各個撃破するっすよ。私に続くっす!」

 

 ソルジャータイプはいくら叩いても無駄だ。

 彼らはヘイトを無視し、1つの意思の元で動いている。

 私は盾を使ってソルジャーの間に道を開くと、コマンダーへ一直線に駆け寄り、長剣を当たり判定の大きな長い首に突き立てた。

 遅ればせながら駆け付けたパーティーメンバーがコマンダーに斬りかかり、引き返してきたソルジャーは私に襲い掛かる。

 目まぐるしく位置を変えながら、エネミーの攻撃を受け流す。

 足を使って常に囲まれないように動きつつ、視界は目の前に集中させず広く使う。

 

「クソッ!」

 

 「なにやってるんだ!」と危うく口に出しかけたが、どうにか堪えた。

 エネミーの応援に駆け付けたのは、隣のパーティーが戦っていた一団。

 6対6の戦闘が12対12になると複雑さが段違いだ。そうならないためにパーティーで敵を分断するのがレイド戦のセオリーなのだが、それがまるで機能していない。

 これでは流石に思考も動きも追い付かない。

 真に厄介なのは無能な味方か……。ならば彼らも敵として扱おう。

 

「お、おい!?」

 

 私は味方を壁にしてソルジャーの攻撃をやり過ごす。

 今私を襲っていたコマンダーのターゲットは外れたが、隣のパーティーからやってきたコマンダーは再び私を狙っている。

 それを理解できていないようで、彼らはソルジャーを必死に叩いたり、プリーストを攻撃したりと好き勝手に振る舞っていた。

 まずはプリーストを叩いてる連中を使おう。私は彼らに近づけば、追ってきたソルジャーに気がつき手を止めるはずだ。

 あとは攻撃をしてくるソルジャーに()()()タゲを移させて、私は防御に徹するだけだ。

 攻撃せずとも狙ってくれるというなら、わざわざこちらから攻めてやる必要もない。

 

「コマンダーから倒すっす」

 

 どうにかソルジャーの数を減らしてから、私はコマンダーを仕留めに行く。

 隣のパーティーメンバーから2人が協力してくれるようだ。

 エネミーの前方に私が陣取り、その背後をアタッカーが突く。教本通りの戦術は、それだけ信頼性が高い。

 

「誰かあああああああ!? 助け――」

 

 遠くで、私のようにコマンダーにターゲットされてしまい、ソルジャーの集団に襲われていたアタッカーが散っていった。まずは1人か……。

 ボスに狙われているプレイヤーもHPが残り3割。だが誰も助けに回らないところを見るに、そろそろ彼も終わりだろう。そう思って見ていたら、ボスの大剣が4連撃のソードスキルを放ち、あっけなく殺された。

 

「怯むな! 我々は負けない。臆せば次に死ぬのは貴様だ!」

 

 意外にも前線ではコーバッツの指揮が機能している。

 おそらく自分で考えるよりも、命令を聞いていた方が安心できるからだろう。

 間違いを他人のせいにできるというのは実に甘美だが、代価が自分の命だとはまだ気づけていないようだ。

 ボスの2本目のHPバーは残り2割。

 一見順調そうに思えるかもしれないが、このボス戦では一度減ったHPを回復するのが難しい。全体の減少しているHPを見れば押されているのがわかる。なにせHPがイエローゾーンのプレイヤーが過半数なのだ。

 コーバッツが死ぬか、前線が崩壊するまで、あと少し……。

 できれば3本目に入る前に決着が着いてほしい。

 私はリザードマンを屠りながら、密かに願っておいた。

 

「おい! なにやってるんだっ!」

 

 突如、張りのある声がボスエリアに響き渡った。

 ボスエリアの入口にはキリトたちがいた。おそらく様子を見に来たのだろう。

 

「クリスタルで転移しろ!」

「だめだ、クリスタルが使えない……」

 

 彼は近くで戦っているプレイヤーに声を飛ばしていた。

 

「邪魔をするな! 我々解放軍に撤退の二文字はないっ! 戦え! 戦うのだ!!」

 

 コーバッツはフロアボスと相対している集団を横列に並べて、槍を構えさせた。

 その中央にコーバッツは立っている。彼のHPは残り3割。

 彼がこれからどうなるか簡単に予想がつき、少しだけ期待している私がいた。

 

「全員、突撃ぃいいいいい!」

 

 コーバッツは叫びながら走り出した。

 横列はすでにバラバラで、中央が突出する形になり突き進む。

 

「やめろぉおおおおおお!」

 

 ボスは大剣を輝かせ、ソードスキルで迎え撃つ準備を整えていた。

 巨体が一歩前進しながら、大剣は水平に振るわれる。旋風のごときエフェクトが床ごとコーバッツ率いる先頭集団を薙ぎ倒した。ボスの攻撃はそれで終わらず、回転して追撃を放つ。

 両手剣範囲攻撃系ソードスキル『サイクロン』だ。

 1度目の斬撃を耐えきったプレイヤーも続く斬撃でHPが失われ、それでも生き残れたプレイヤーは弾き飛ばされ、炎の壁に焼かれてHPがなくなる。

 総勢8人のプレイヤーがこの一瞬で命を落とした。

 

「ありえ、ない……」

 

 コーバッツはそう言い残し、付き従った部下と共にポリゴンを爆散させて消滅した。

 だが彼らの攻撃は死ぬ寸前に届いていたらしい。

 その証拠にボスのHPバーは2本目が空になっていた。

 

 ――第三ラウンドの幕開けだ。

 




コーバッツ「突撃ぃいいいいい!」

74層といえばこれ。
突撃おじさん、コーバッツ。早くも出番終了です。
久々のボス戦ですが、まあ25層の焼き直しとも言えますね……。
キバオウがやろうとしていることがまさにそれなので勘弁してください。
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