レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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41話 灰色のエンドロール(8)

「おーい。開けてくれ」

 

 ノックの音が3回と、キリトの声。アスナが玄関へ出迎えに行く。

 

「よう。――ぶふっ!」

「なんすか……」

「いや、似合ってるよ」

「そうですよね!」

 

 私を見るなり笑い出したキリトを睨むが、まあしかたがない。

 

「ちょっとキリト君。それは酷いんじゃない?」

「いやいや。ごめんって。似合ってないんじゃなくて、あんまりそっくりだったからさ」

「そんな似てないと思うっすけど」

「そうか? 並べてみると、結構似てる気がするよ」

「3姉妹ですね!」

「この場合長女は誰になるのかしら?」

 

 私とアスナとユイの髪型は、今お揃いのものになっていた。

 アスナがユイの髪を自分と同じものに結って遊び始め、それに触発されたユイがアスナに教わりながら私の髪を結ったのだ。

 なお、私とアスナさんの顔立ちは特に似ていない。

 

「うーん……」

「どうかした? 誰が長女か悩んでるの?」

「いやそうじゃなくてっすね……」

 

 アスナとユイを交互に見比べる。

 

「言われてみれば、似てるっすね」

「目の色とかそっくりだもんね」

 

 目元だけ写真を切り取って見比べれば、たぶん……。そういうことなのだろう……。

 

「服はアスナさんのものを借りたんですよ」

 

 ユイはくるりと回って、キリトにアピールしてみせる。

 桜色の縦縞セーターに梅色のショートスカート。足はグレーのタイツで覆われて、普段よりもだいぶお洒落だ。

 そして……。なぜか私もアスナの服を着させられている。

 白地のオフショルダーに橙色のプリーツ。体形の出にくいものをしっかり選んでくれたことが憎らしい……。

 

「ユイも似合ってるよ。でも俺は普段の色の方が俺は好きだあ……」

「うっ……。き、キリト君。あくまで男性視点の参考として聞きたいんだけど、具体的にはどんな色が好みなの?」

「青とかかな」

「そ、そっかあ……」

 

 アスナが首だけを反転させて私をじっと見てくる。

 違うんすよ、と伝えるべく私は首を横に振った。それから誤解を解くべくアスナを手招きして、耳打ちをする。

 

「私じゃなくて、ギルドにいた女の子のせいっすよ」

「サチさんのこと?」

 

 頷いて肯定する。

 それからなんのことかわかっていなさそうな、朴念仁のキリトを2人で見つめた。

 

「手強いわね……」

「私はリズも応援してるんで、手助けしないっすよ」

「あら。エリはどうなの?」

「いいっすよ、私は……」

 

 恋愛とか、そういうのは別に……。

 視線を逸らした先の窓を見ると、雪が降り始めていた。

 ふと、去年のクリスマスを思い出す。

 

 リズベットとは違って硬い太股の感触。

 

 頭を撫でる不器用な手つき。

 

 下から覗いた、彼の寂しそうな顔。

 

 雪が降っていてとても寒いのに、触れ合った部分だけはやけに温かくて……。

 

 ――今日のことは、2人だけの内緒っすよ。

 

「……きがえてくるっす」

 

 私は顔を見られないようにしながら、早足で寝室へ逃げた。

 このゲームの中で表情を誤魔化すのは結構難しい。

 寝室の姿見に映った私の顔は、案の定真っ赤になっていた。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 私たち4人は第1層、はじまりの街へやってきていた。

 アスナが、ユイを知っている人物を探そうと言い出したためだ。

 彼女は以前から捜索願などを当たっていたらしいが、そういった仕事はおおよそALFで一括管理されているため、外部の掲示物に張り出されているのは氷山の一角だ。

 彼女の地道な聞き込みは効果がなく、まだ調べられていない1層へ潜入することを提案された。

 

 私は指名手配――とまでは言わないが世間に顔を出せない身の上。

 そこで一計を講じてリズベットに協力を申し込んだ。

 現在私の身に着けている装備は全身甲冑。俗にバケツヘルムと呼ばれる頭鎧を被れば顔が見られる心配はない。装備も男女共用デザインではなく、男性用のものを着ているため性別も誤魔化せる。

 だがこれだけでは不審者だ。

 街中で完全武装して顔を隠したプレイヤーがいれば嫌でも目に付く。

 ここで役に立ったのがアスナの肩書だ。

 KoBの副団長と一緒に歩く、KoBカラーのプレイヤーは、普通に考えればKoBのメンバーに見えはずだ。つまり顔が見えずとも、身分の明らかなプレイヤーとなれるのだ。

 なお、ユイもついでにKoBカラーの防具を着ている。

 この防具は偽造品ではなく本物。アスナがKoBの倉庫から拝借したものだった。

 キリトはユイにKoB装備を着せることを最後まで反対していたが、賛成多数のため、少数派の意見は黙殺された。

 

「ユイちゃん、見覚えのある建物とかある?」

「ないです……。ごめんなさい」

「いいのよ。気にしなくて」

「……はじまりの街は広いからな。とりあえず中央市場に行ってみるか?」

「そうだね」

 

 中央市場に行ってもユイが知っている場所は見つからなかった。

 私たちは大通りから外れて、住宅街などの並ぶ別の地区へと足を運んだ。

 中央市場は上層から訪れたプレイヤーで賑わっていたが、他の地区は閑散としている。

 最後に目にした住民調査では、はじまりの街には2000人近くのプレイヤーが暮らしていたはずだ。まさか皆揃って引っ越したわけではあるまい。この閑散具合はどう考えてもおかしい。

 

「ねえ。普段からこの辺りって、こんなに人が少ないの?」

 

 不安になったアスナに、私は首を横に振る。

 

「索敵スキルで警戒だけはしておこうぜ」

 

 キリトはメニューからスキルを発動させて警戒を促した。

 寂れた通りに見かけるのはほとんどがNPC。たまに発見したプレイヤーは私たちの存在に気がつくとそそくさと脇道に隠れてしまう。

 そうしていくらか歩いてようやく、通りの小高い丘に逃げ出さないプレイヤーを発見した。

 中年ほどの年齢をした男性は、そこに植えられた木の下で、ずっと上を見上げている。

 

「すみません」

「ん? あんたらよそ者か?」

「は、はい……。この子の知り合いを探しているんですけど」

「迷子か。珍しい……。第7地区の川べりの教会に、ガキのプレイヤーが集まってるって話なら聞いたことがある」

「ありがとうございます!」

 

 アスナに続いて私たちは頭を下げる。

 

「なあ。プレイヤーが全然見当たらないんだが、なにか知らないか?」

「別にいないわけじゃないんだぜ。皆、宿に引っ込んじまってるのさ。昼間は軍の徴税部隊に出くわすかもしれねえからな」

「徴税部隊?」

「あー。他所から来たんだったな。まあ、体のいいカツアゲだよ。やつら余所者だろうと容赦しないからな。あんたらも気をつけるこった」

「徴税部隊は、いつから現れたんですか?」

 

 なるべく喋らないようにする手筈だったが、私はなるべく声を作って男に話かけた。

 

「半年くらい前、いやもうちょっと短かったかなあ……」

「ありがとうございます」

 

 男をその場に残して私は裏通りへ歩く。

 3人も後に続き、キリトに周囲にプレイヤーがいないか確認してもらってから話を始めた。

 

「徴税部隊って、なんなの?」

「わからないっす……。ただ……。私が手を抜き出した頃からあるみたいっすね……。これは、私の責任っす……」

 

 建物の壁に背を預けながら項垂れる。

 私は自分の立場の重さを、失念していたのだろう。部下を持って、担ぎあげられて、自分より弱いプレイヤーに正義を振りかざすことに酔いしれていたのだ。

 

「お姉ちゃん……」

 

 鉄の鎧は身を守ってくれるが、それが邪魔でユイの温かさが感じられない。

 

「エリのせいじゃないわ。組織が腐敗していくのを黙って見過ごした、キバオウこそが責任を負うべきよ」

「こういうことを防ぐための組織の隊長が、この体たらくっすからね。言葉は嬉しいっすけど、やっぱり私のせいなんすよ……」

 

 本音をいえば彼らのことなんて、()()()()()()()()

 ALFが正義の味方でないのは百も承知である。

 私はただ、自分の失態が知られてしまって恥ずかしいのだ。あるいは……。見ず知らずの他人を大事にできないことが恥ずかしかった。

 

「……とにかく今は第7地区へ行ってみようぜ。場所はわかるか?」

「案内するっす」

 

 心に刺さった氷の棘が、ずきずきと痛みを訴えていた。

 もしかすればそれは、氷が溶けることを拒む痛みなのかもしれない。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 件の教会を見つけるのは簡単だった。

 第7地区の場所は記憶していたし、川の方角を目で追えば背の高い尖塔の建物が遠くからでも確認できたからだ。

 

「ねえ。ユイちゃんの保護者が見つかったら、お別れしないといけないのかな……?」

「………………」

「……そうっすね」

 

 キリトは無言。私はユイの手を強く握り返した。

 

「そうよね。それがユイちゃんのためだもんね。――でもずっと会えなくなるわけじゃないものね。ごめんね、私からお願いしたのにやる気を削ぐようなこと聞いちゃって」

「……いいさ」

 

 教会の大きな2枚扉の前に立つ。

 アスナがノックをして、右手で片方の扉を押し開けた。

 公共の施設なため部屋を借りているといってもここまでは施錠できない。購入すれば別だが、そうではないようだ。

 窓は閉め切られていて、内側は暗い。祭壇に捧げられた蝋燭の炎だけが静かに石畳の床を照らしていた。人の気配は一見しただけではないが……。

 

「どなたかいらっしゃいませんかー?」

 

 キリトのアイコンタクト。どうやら中に人がいるようだ。

 おそらくアスナもそれをわかっていて、大声をあげている。

 

「この子の知り合いを探してるんですがー!」

 

 アスナの声に反応して、今度は右手のドアがわずかに開かれた。

 しかし中から人が出てこない。随分と警戒しているようだ。

 

「軍の、人じゃ、ないんですか?」

 

 アスナは私を見て苦笑い。

 

「KoBのアスナです。上の層から来たんですが」

「ほんとうに、軍の徴税部隊じゃないんですね……?」

 

 ドアがゆっくりと開き、中から黒縁の眼鏡をかけた女性が顔を出した。

 どこかで見た気がするが、はじまりの街で生活しているならどこかですれ違ったことがあるのかもしれない。

 濃紺のプレーンドレスを身に着けたその人物の手には小さな短剣。彼女の深緑色の目には怯えが映っていて、アスナは安心させるように微笑んだ。

 絵になる綺麗な表情だが、これが作り物の笑みだと知ったらさぞやがっかりするだろう。

 

「上から来たって言った!? じゃあ本物の剣士なのかよ!」

 

 甲高い、子供らしいはしゃぎ声とともに、女性の背後から少年たちが駆けてきて、ドアが勢いよく開かれた。

 現れたのはユイと同じくらいの年齢層の子供たち。

 彼らは私たちを取り囲んで、興味津々に防具や武器に目を輝かせた。

 

「こら! あなたたち、部屋に隠れてなさいって言ったじゃない!」

「すげー。ピカピカだぜ!」

「見ろよこの剣。先生の持ってるとなんて比べ物にならねえ」

「……すみません。普段お客様なんてこないものですから」

「い、いえ。構いませんよ。ちょっと驚いちゃいましたけど。――幾つか入れっぱなしの武器があったはずだから見せてあげよっか?」

「マジかよ!」

 

 アスナはアイテムストレージから細剣を数本取り出して、子供たちに手渡した。

 要求STRの低い細剣であれど、おそらく初期レベルのままの彼らにはだいぶ重いらしく両手で抱える羽目になっていた。

 

「すみません。ほんとうに……。あの、よければこちらへどうぞ。今お茶の準備をしますので」

 

 申し訳なさそうに話しつつも、彼女の子供たちを見る目はとても穏やかだった。

 礼拝堂の奥にある小部屋に案内され、私たちにお茶が振る舞われる。

 私だけは腕を組んで、壁に背を預けて立ったまま。無言を貫き、お茶は片手で遠慮するジェスチャーをした。

 それっぽく見せるためのロールプレイだ。知らない人から渡された食事アイテムは、口にしないと決めているからでもある。

 

「お気になさらず。彼は私の護衛です」

「は、はあ……」

 

 そういうことになっている。

 

「あらためて、私はKoBのアスナです。こちらの彼がキリト君。そしユイちゃんです」

「あ、すみません、私ったら名前も言わず……。サーシャと言います」

 

 お見合いのようにそれぞれが頭を下げた。

 

「この子が22層の森の中で迷子になっていたんです。それで……記憶を無くしているみたいで」

「わたしを知っている人はいないかと思って、たずねに来ました!」

「まあ……」

 

 記憶喪失と聞けばもっと悲壮感の漂う話だが、当の本人はいたって元気だ。

 サーシャもほがらかに笑って場が少し和む。

 

「ユイちゃんを見かけたことのある人を伝って、足取りを確かめようと思ってやってきたのですが、見覚えはありませんか?」

「そうだったんですか……」

 

 サーシャはじっくりとユイの顔を見るが、やがて首を横に振った。

 

「すいません。お力になれなさそうです。私たち、2年間ずっと毎日1エリアずつ見回って困っている子供がいないか調べてるんです。だからこんな小さな子を見逃してるはずがありません。残念ですが、彼女はすぐにフィールドへ向かった子なんじゃないかと……」

「そう、ですか。ありがとうございます」

「いえいえ。お力になれず、すみません」

 

 アスナはどこかほっとした表情だった。

 

「あの。立ち入った事を聞くようですけど、毎日の生活費とかはどうしているんですか?」

「あ、それは私の他にもここを守ろうとしてくれてる子供たちがいて、彼らが周辺のフィールドに出てくれているので、食事代なんかはなんとかなっているんです。私も初期に上げた裁縫スキルがあって、それでどうにか……。決して贅沢はできませんけどね。でもそのせいで、私たちはこの辺りに住む他のプレイヤーより相対的にお金を持っていることになってしまって……。だから最近目をつけられてしまって……」

「徴税部隊、ですか……」

「はい……。以前はそんなことはなかったんですけどね。ALFの皆さんには――」

「――大変だ! サーシャ先生!」

 

 バンッ! と部屋の扉が力強く開かれる。壁にぶつかって跳ね返ろうとするそれを、現れた少年が片手で押さえつけた。彼の後ろには先程の子供たちもいる。

 

「こら! お客様に失礼じゃないの」

「そんなことより大変なんだ! ギン兄たちが軍のやつらに捕まっちゃったんだよ!」

「ば、場所は!?」

「第5区の道具屋の裏にある空き地。あいつら10人くらいで通路をブロックしてて、コッタだけが逃げられたんだ」

「わかった。すぐ行くわ。――すみませんがお話は後ほど……」

「私たちも行きます!」

「ありがとうございます。今はお気持ちに甘えさせていただきます」

「俺たちも!」

「いけません。あなたたちはここで待っていて。大丈夫。必ず無事に帰ってくるわ」

 

 サーシャが心配そうに見つめる子供たちの頭を優しく撫でた。

 その姿が胸を打つ。彼女は身を挺してでも子供たちを守るだろうと、会って少ししか経っていないのに、なぜかそう信じられた。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 教会を飛び出したサーシャの後を追う。

 ああは言ったが、私たちの後を大勢の子供たちが追いかけてきていた。

 しかし追い返している余裕もないようで、サーシャは無言で走った。

 木立の間を縫って市街地を駆け抜け、裏通りを急ぐ。最短距離を把握しているらしく、NPCショップや民家の中を突っ切って進んでると、前方に道を塞ぐ集団が見えてきた。

 黒鉄色の甲冑。灰緑色のマントには見覚えがないが、そこに書かれている紋章は間違いなくALFのものだ。

 躊躇なく路地へ駆け込んだサーシャに気がついた彼らは振り返って下卑た笑みを浮かべる。

 

「おお。保母さんのご到着だぜ」

「子供たちを返してください」

「おいおい人聞きが悪いこと言うなよ。これはただの社会勉強だぜ」

「そうそう。市民には納税の義務があるからな」

「ギン、ケイン、ミナ! そこにいるの!?」

「た、たすけて、先生……」

 

 子供たちの震えた声がどうにか聞こえる。

 

「お金なんていいから。全部渡してしまいなさい」

「だめなんだ。せんせい……」

「くひひ。あんたらは随分滞納しているからなァ。金だけじゃ足らねえよなァ」

「そうだぜ。装備も全部置いていってもらわねえとな。もちろん防具も、なにもかも」

 

 子供たちの中にはユイと同じくらいの少女もいた。

 彼らはこう言いたいのだろう。ここで裸になれ、と。

 

「そこをどきなさい……。さもないと……」

「さもないとなんだ、あんたが代わりに税金を払ってくれるのかア?――なんだお前ら、やるってのか? 俺たち軍に楯突くってことがどういう意味か分かってんだろうな」

 

 キリトとアスナが剣の柄に手をかけていた。

 

「なんだったら圏外行くか? 圏外」

 

 彼らの後ろを追いかけるように、私も一歩、前に踏み出す。

 

「ん。いい防具じゃねえか。随分金も持ってそうだし、あんたにも払ってもらわねえとなア」

「黙るっすよ」

 

 剣を抜きながら私はクイックチェンジで装備を切り替えた。

 KoBの偽装はストレージへ保管される。

 オブジェクトが生成されるエフェクトの輝きに包まれ、現れたのは黒鉄色に赤の意匠の重鎧。

 ――ALFの正式装備だ。

 

「あん? お仲間かよ」

「どこの所属っすか」

「なんだよ説教かあ? 聞き飽きたんだよ、そういうのはよぉ」

「教育がなってないっすね」

「生意気言ってんじゃねえぞ!」

「お、おい! 不味いぜ。こいつ、魔女だ」

「魔女? エネミーが圏内にいるわけねえだろ」

「そうじゃねえよ! 治安のトップの、PK殺しだ!」

「ああ、よかった。知らないのかと思ってビックリしちゃったっすよ」

 

 自然と、口角が吊り上がる。

 この感覚は久々だ。治安維持部隊隊長のペルソナを私は被った。

 今つけているのは表向きのそれではない。PKを捕らえたときの、ご馳走を前にしたときに見せるペルソナだ。

 

「圏外とか、面白こと言ってたっすね。いいっすよ。さあ行こうじゃないっすか」

「は、はは……。ここは圏内だぜ。お前らもビビってんじゃねえ。こいつを差し出せば、俺たちも昇進間違いなしだろ!?」

「圏内なら死なないって思ってるんすかァー? 勉強不足っすねえ。――圏内PKのやり方を教えてやるっすよ」

 

 彼らを殺せばどれだけ胸の内がすっとするだろうか。

 私は今どこにいるかも忘れて、想像の中に陶酔していた。

 これも私の一部だ。もう切り離せないくらい骨身に染み渡り、全身が侵されている。

 ギラつく瞳が彼らの人数を数えた。12人。なかなか多い。装備の質を見る限りレベルは高くないが偽装の可能性もある。

 さっさと二刀流にしよう……。あれなら1回のソードスキルで1人か2人は持っていける。その前に回廊を開かないといけないか。

 

「アハぁ……」

「ひぃ!?」

「やべえよやべえよ!? こ、殺される!?」

「おい、俺を置いていくな!」

 

 恐怖が伝染したのか、彼らは揃って一目散に逃げだした。

 走り出す彼らの背を視線で追って、今ならまだ間に合うかなと益体もないことを考えた。

 

「お姉ちゃん」

「ん。どうしたっすか、ユイ」

「……なんでもないです」

「そうっすか」

 

 剣を鞘に収める。渇いていたが、私は戦闘態勢を解除した。

 

「騙してて、ごめんなさい」

 

 サーシャに頭を下げた。

 どこからか石がぶつかる。投げられた方向を見ると、子供たちがいた。

 

「お前たちのせいだ!」

「やめなさい! この人は――」

「いいんすよ。慣れてるっすから」

 

 私が振り返らずに去ろうとすると手を掴まれた。ユイの手だった。

 

「この人が教会に住むためのお金を出してくれたのよ! だからやめなさい!」

 

 子供たちはハッとなって、持っていた石をその場に落とした。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「その先程は本当に失礼しました」

「ごめんなさい!」

 

 教会に戻ってきて、私は謝罪の雨を浴びせられていた。

 石を投げた子供たちと、サーシャが何度も何度も頭を下げてくる。

 

「えっと、人違いじゃないっすかね……」

「いえ。エリにゃんさん、ですよね?」

「うっ……」

 

 人違いではないらしい。

 

「えっと、どこかでお会いしたっすか?」

「そう、ですよね。覚えてませんか……。会ったのはこのゲームが始まった頃です。あなたはこの街の広場で途方に暮れてた私にお金を渡してくれて、生産職をやってみませんかって丁寧にレクチャーしてくれたんです」

「あ、ああ……」

 

 そういえば、目星をつけたプレイヤーの中にいたような、いなかったような……。

 気概のあるプレイヤーを振るいにかけたらリズベットしか残らず、他はALS――当時のMTDに吸収したんだったか。

 彼女は事情によりドロップアウトした側のプレイヤーだったのだろう。

 子供たちが心配で、面倒を見るために。そんな理由で辞めたプレイヤーがいたかもしれない。

 

「おかげでこうして細々とやっていけてます。ありがとうございました」

「あ、いや……。えー……はい……」

 

 そんな崇高な理由ではないし、そもそも切り捨てたわけなのだが。

 ここは言わぬが花だろうか……。

 

「あれからもALSの方たちには何度も支援して頂いてまして……」

 

 それは私の管轄ではない。

 いや。ちょっとは触れてたかもしれないが、それは治安維持部隊が結成されたときに人気を得るための対外アピールとして手を回しただけである。

 

「最近になってからなんです。こんなことが起こるようになったのは……」

 

 それは私のせいだ。

 手綱が千切れたまま放っておいたせいでこんなことになっている。

 

「丁度エリさんの姿をあまり見なくなってからなんです。だから、エリさんになにかあったんだろうって、心配で……。街では悪い噂を聞きますが、そんなの一部の人がわざと言いふらしてるだけなんです。私はそんなもの、ちっとも信じていませんでした」

「そ、そうっすか……」

「お姉ちゃん」

「どうしたっすか、ユイ……」

「なんでもないです!」

 

 ユイは嬉しそうにしていた。

 ちらりとキリトやアスナの表情を窺うと、どちらも優しい顔をしていた。

 見ないでほしい。そんな顔で私を見ないでっ!

 

「その……。さっきはごめんなさい! それとありがとうございました。前まではよくしてくれてたのに、あんなことしちゃって。ミナたちが酷い目に合されて、それで俺、頭に血が上っちゃって……。本当に、ごめんなさい!」

「いいっすよ。それはしょうがないことっす。――いい子たちっすね」

「はい! 自慢の子供たちです」

 

 サーシャさんは満点の笑顔でそう言い切った。

 ああ。羨ましいな。ここの子供たちが……。

 

「そうだ。よければ昼食を食べて行ってください。大したものは出せないですが、精一杯おもてなししますので」

「それじゃあ、その厚意、受け取らせてもらうっすかね」

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 子供たちは食べてる最中も楽しそうだった。

 時々喧嘩をして、サーシャが仲裁に入り、仲直りをする。

 こういう食事もいい。

 楽しそうな場にいれば、なんとなく楽しい気分にさせてくれる。

 出てきた食事の質はとても低かったけど、そういうのはどうでもいい。

 

「なあアスナ。やつはこのこと知ってるのか?」

「知ってるんじゃ、ないのかな……。ヒースクリフ団長は軍の動向にも詳しいし。でもあの人、ハイレベルの攻略以外に興味を示さないのよ。ラフコフのときも任せるの一言だったから……。あ、ごめんね、エリ」

「ん? いやそこまで気を使わなくても平気っすよ」

「そっか……」

 

 ヒースクリフか……。謎の多い人物だが、私の評価は平凡な人間止まりだ。

 どこか計り知れない実力を隠しているような気配を感じるものの、神聖剣を除けば印象が薄くなる。対人能力が高くないのだろう。

 KoBの実権を握っているのは実質アスナだ。ヒースクリフは神輿としてのギルマスだと思っている。ヒースクリフが死んだとしてもKoBは存続できるが、アスナが死んでしまうと解散するしかなくなる。アスナはビジュアルの求心力を利用して徹底的にギルドを管理している。KoBはヒースクリフのワンマンギルドなのではない。アスナのワンマンギルドなのだ。

 

「やつらしいと言えば、そうなんだけどな……」

 

 お茶をすすって考える素振りをするキリトだったが、突然教会の入り口の方向を見上げた。

 

「誰かくるぞ。1人だ」

 

 激しいノックの音。それだけで急いでいることが伝わってくる。

 

「すみません! エリさん。エリさんはいますか!」

 

 聞こえて来た声を私は知っていた。

 それはMTD結成前からの知人。ユリエールのものだった。




暗黒水戸黄門エリにゃん。

――でも、ほとんど原作をなぞる展開になってしまった。
加えた小さじ一杯分のスパイスを感じていただければ幸いです。

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