レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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オーディナル・スケール編
44話 微睡む剣士たちの前奏曲(1)


――2025.01.07――

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…………。

 

 全身を針で貫かれる激痛。

 口から溶岩が流れ出るように、腹の底から痛みが吐き出される。

 頭が割れる。

 ぐにゃり。ぐにゃり。

 視界のない世界で。身体もない世界で。

 ただ痛みだけを享受する。

 

 逃れる術はない。

 身を捩ることも、叫び声を上げることすら叶わない。

 思考が麻痺していく……。

 考えるということに意味がないからだ。

 だが、痛みに身体が麻痺していくことはない。

 これは決して慣れることのない痛みだった。

 

 私は常に痛みに溺れているわけではない。

 時間の感覚がないためどの程度の間かはわからないが……。

 痛みを与えられない期間も存在することだけはわかっている。

 けれど、なんの脈略もなくそれは再開される。

 怯えるという感情はすぐに失た。

 私という存在が、単純な反応を返すだけの機械になっていくようだった。

 

 これが死後の世界なのだろう。

 私はきっと死んだのだ。

 そして生前の罪を償うために、このような責め苦を与えられているに違いない。

 擦れる意識の中で、私はどうにかそのように思った。

 なぜ死んだのか。

 思いだす間もなく、再び痛みが襲う。

 先程までの思考は痛みに流され、消え去った。

 

 しばらくすると、というのも時間感覚がないため、変な話だが……。

 痛み以外のものが与えられるようになった。

 それは苦しみや悲しみ、恐怖や絶望といったマイナスのものに始まり、幸福や快楽、喜びや充実感といったプラスのものも与えられた。

 過程を抜きに発生するそれらの感情に翻弄される。

 ミキサーに入れられて無茶苦茶にされるような、奇妙な体験だった。

 できることなら幸福な感情だけを与えてほしいが、それを言葉にするための口はない。

 苦しい。これは私の感情なのか。それとも……。

 私が感じていることに実感がない。すべてが他人事のように感じる。

 あるいは、他人事と感じているこれすらも与えられたものなのかもしれない。

 

 

 

 あるときを境に刺激が減ってきた。

 

 

 

 そろそろ輪廻転生でもするのだろうか?

 

 

 

 なにかを忘れているような気が――しない。

 

 

 

 与えられた感情以外が湧き上がってこない。

 

 

 

 思考が、形を失い、溶けていく…………。

 

 

 

 

 

 

 ――消えゆく私は夢を見た。

 

 大切な人の夢だ。

 可愛らしい少女と、大樹の枝葉に変えられた私の夢。

 触れたくとも、私には触れるための手がない。

 だから彼女は必死に手を伸ばす。

 その手は日に日に近づいているようだった。

 最初は届くと思えないほど遠くにいた彼女が、今ではすぐそこまで迫っていた。

 水中をもがくように、ひたすらに手を伸ばす彼女。

 暗闇を掻き分けて、隔てる距離は残りわずか。

 

 彼女の手があと数センチ、届かない。

 

 見えない力に阻まれ、触れることができないでいるようだった。

 私には彼女を助ける術がない。

 手がない。口がない。身体がない。あるのはこの脳髄だけ。

 だから……。

 

「――――――――」

 

 私は脳髄(すべて)を差し出した。

 10兆4000億個のシナプス。その半分が想定外の演算装置と化す。

 非人類(プログラム)言語で喋る私はたちまち肉体の呪縛から解き放たれた。

 1と0の世界を俯瞰する感覚。

 脳髄は形を放棄して、黒々とした粘性の液体に変容した。

 まるで私の内面を表すかのような色彩だ。

 溶けだした汚濁は枝を伝って大樹を穢していく。

 巨大な幹に支えられ、新緑色の枝葉をつけていた立派な大樹はみるみるうちに枯れ始めた。

 命じられるがままに記号を破壊して、命じられるがままに言葉を騙る。

 身体が異常な熱を感知。

 命令が撤回され、汚濁が元の器に押し込められていく。

 急速に意識が浮上する。

 そこで私の夢は終わった。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 ――ソードアート・オンライン、クリアから2カ月。

 私を含む約300人のプレイヤーが、正常にログアウトされなかった。

 その原因はアーガス解散後、SAOのサーバー管理を行っていた総合電子機器メーカー『レクト』にあった。

 レクトの技術主任である須郷伸之は、人体実験の材料としてシステムの穴を突きログアウトプレイヤーから300人をアルヴヘイムオンラインというゲームに拉致。VR技術を利用して、人間の記憶や感情、意識をコントロールするための研究を行っていたそうだ。

 それが発覚したのは警察機構のおかげ――などというわけではなく、とあるSAOサバイバーの活躍によるものだったと役人らしき人は言っていた。

 誰がやったのかはそれだけでわかったが、後から本人の口から聞くこともできた。

 ともあれ無事私も現実世界に帰還し、新生活を始めることになった。

 

「そう、なれ、ば、よか、た、す、けど、ね……」

 

 喋ってみるも鼻から通されたチューブのせいで上手くいかない。

 私の身体は現在、病室のベッドの上に横たわっていた。

 視線を動かすと毛布の上に浮き出るシルエットがなんとか見える。

 たぶん痩せたと思うのだが、じっくり見る機会は今のところ巡り合えていない。

 視線を横に動かすと、オレンジ色の液体が入ったパックから、下部のコックへ滴が一定の間隔で落ちている。そこから延びるコードはおそらく私に左腕に繋がっているのだろう。

 

 左腕に力を入れてみる。――動かない。

 そう。動かないのだ。私の身体はどうにも首から下がまるで動かなくなっていた。

 医者には長期間ナーブギアを使い続けた弊害ではないかと言われたが、同様の症例はないらしい。あるいはアルヴヘイムオンラインでの人体実験が原因か、心因性のものかもしれないとも言われたが……。まるでわからないというのが結論だった。

 

 これは、いくらなんでもあんまりだ。

 踏み出すための足が動かない。

 これでどうしろというのだろうか……。

 人生ままならないものだが、もうやってられない。手も足も出ないとはまさにこのことだ。

 

豊柴(とよしば)慧利花(えりか)さん。お見舞いの方が来てますよ」

 

 ノックの後に看護婦が私の名前を呼んで、ドアを開けて入ってくる。

 私は声を出すのが難しいため、彼女はこちらの返事を待たずに来客を招き入れた。

 

「入るぞ」

「お見舞いに来たわよ」

 

 やってきたのはキリトとリズベットだった。

 キリトは向こうで見たときよりもやや背が伸びていて、顔つきもやや男らしくなっている。

 リズベットはそばかすの目立つ栗色髪色になっているが、あまり差異は感じられない。初めて会ったときはたしかこんな感じだった。

 どちらも共通して肌の色がとても白く、身体は痩せている。

 

「いら、しゃい、す」

「無理して喋らなくてもいいわよ」

 

 リズベットは椅子を動かして私の隣に座った。

 

「あんたも大変ね……」

「首、から、うえ、は、元、気、なん、す、けど、ね」

「いやいや。それは十分重症だから」

 

 まったくその通りだ。

 心配をかけないように振る舞いたかったが、この有様では取り繕うこともできない。

 

「あ。これ、お見舞いの品ね。そこに飾っておいてもいい?」

「う、ん」

 

 リズベットはドライフラワーの花束らしきものを、病室の棚の上に置いた。

 飾り気のない病室にもこれで多少の彩りが生まれた。

 できれば味のある食べ物が欲しかったが、それは医者からまだ許しが下りていないのでしばらくお預けだ……。

 

「その……。ごめん。俺が、助けるのを遅れたばっかりに……」

 

 黙りきっていたキリトが重たい口を開いた。

 そんな彼の鳩尾を、リズベットは肘で的確に突く。

 

「うぐっ」

「あんたね! 暗い話はなしって言ったでしょ」

「そうだけどもさ……」

「だいたい、それはあんたのせいじゃなくて、須郷とかいう人が悪いんでしょ。なんでもかんでもあんたがどうにかできると思ってるなら思い上がりも甚だしいわよ」

 

 リズベットの強い言葉を、キリトは叱られる子供のような表情をして聞いていた。

 そもそも須郷のせいなのかどうなのかもわかっていないのだが、説明するのがとても面倒なので気にしないでおくことにした。須郷が悪人なのは本当のことでもある。

 なお、私には事件当時の記憶がないため実感はない。

 

「リズ……」

「どうしたの、エリ?」

「キリ、ちを……」

「うん」

 

 真剣な表情で顔を近づけるリズベット。

 彼女の顔がすぐそばにあるのに、私はそれに抱き付くこともできない。

 

「わた、し、の、代、わり、に……」

「うん!」

「から、か、て……」

「わかったわ!」

「なんでさ!?」

 

 できることなら私もリズベットに混じって、この尻に敷かれているキリトで遊びたかったわけだが、そのための体力というか、この空気を出すための肺がいうことを利かないので、しぶしぶリズベットに任せることにする。

 困ってるキリトを不意に抱きしめて、もっと困らせたい衝動が胸の内にあるのだが、それを発散する術は私にはないため、これは必要な処置だった。

 

「でも、いざからかえって言われても難しいわね……」

「え? 俺がからかわれないといけない流れなのか!?」

「病人たってのお願いよ。無下にしないわよね?」

「あ、いや……。そう、だな……」

 

 右往左往している彼を見るのは、心が穏やかな気分になっていく。

 

「なにか、要望はある?」

「膝、に、乗せ、て」

「え、あんたの膝に? それは流石に危なくない?」

「リズ、の、膝」

「え……」

 

 リズベットが硬直する。

 病室には椅子が1つしか置かれていないため、キリトは立ちっぱなしだ。

 

「い、いいわよ。やってやろうじゃない!」

 

 そう言って息巻いてやってくれるリズベットのことが、私は大好きだ。

 

「なあ……」

「な、なによ!」

「俺たち嵌められたんじゃないのか?」

「………………」

 

 無言でキリトを膝に乗せたリズベットの顔が、みるみる赤くなっていく。

 システムアシストもかくやの色合いだ。

 私はとても満足に2人を見ていると、病室のドアが横にスライドした。

 

「エリー。お見舞いに――」

 

 同じ病院に入院中の、閃光のアスナこと、結城明日奈が歩行器を押しながら現れた。

 

「……これはどういうことなのかしら?」

「ち、違うんだアスナ!」

「そう。これはちょっとしたジョークなのよ!」

「病室では静かにしないと駄目でしょ?」

「「は、はい……」」

 

 目の笑っていないアスナが口元だけにこやかにして、丁寧な口調で2人に言い聞かせた。

 

「私はエリにも言ったのだけど」

「は、い……」

 

 心を読まれたかのような気分だ。

 アスナがゆっくりと歩いてやってくると、2人は椅子からどいてアスナを座らせる。

 キリトとリズベットは2カ月前にログアウトでき、リハビリも一応終えているが、アスナは私と同じでアルヴヘイムオンラインに囚われていた組だ。

 彼女は現在リハビリの真っ最中らしい。

 

「どうせエリがなにか吹き込んだんでしょ」

「おっしゃる通りです」

「でもキリト君もちゃんと断らないと駄目よ。その……、いくらそういうことがしてみたかったからって……、ね?」

「はい――いや、そうじゃなくてだな!?」

「………………」

「………………」

 

 場に、妙なプレッシャーを感じる。

 例えるならば達人同士の立ち合いのごとく。

 視線だけで相手を牽制し、見えない刃が病室で斬り結ばれているかのようだ。

 私は無の境地。動かずにして戦う。

 ……それ以外になにもできないだけだが。

 

「ねえ。あんた、案外平気なんじゃないの?」

「ご、ほ、げ、ほ……」

「ごめん。見たまんま深刻だったわ……」

 

 咳き込む振りすら満足にできない。これは失敗だ。

 頭を撫でてくれるリズベットの手は温かい。嬉しいが申し訳なさでいっぱいだ。

 

「こん、ど」

「うん」

「アミュ、ス、フィア。きょ、か、おり、る、から」

「VRでなら平気ってことね。よく許可降りたわねー」

 

 アミュスフィアはナーブギアの後継機で、安全の保証がされたVRインターフェイスらしい。すでに何度か使用しており、VR空間では以前の通り動けることが確認できている。

 またアミュスフィアは病院内で一部使用が許可されているとのこと。SAOサバイバーには、流石にすぐ許可とはいかないようだが、私の場合は特例みたいなものだ。

 いくらなんでも、身体が動かないのが辛いのである。

 小型テレビを置いてもらっているが、チャンネルすら自由に動かせないため、延々と最初に指定したチャンネルだけが流れている。

 

「そうね……。私は退院するまでたぶん駄目そう……」

「じゃあ先にVRで待ってるわね。それでエリ。ゲームタイトルは決まってるの?」

「ま、だ」

「あー。それで相談したいのね。ねえキリト。なんかいい案ない?」

「……アルヴヘイムオンライン」

「え、それって……」

「うん。私とエリが捕まってた……」

「ああ……。でも、政府の目も入ってるから他のVRMMOよりは安全だと思う。それに、ユイもあっちではコンバートして動けるからさ」

「それは、そうだけども……」

 

 ユイは私がアルヴヘイムオンラインに囚われている間、キリトへメッセージを送って助けを求め、さらにプレイヤーアバターにコンバートして一緒に戦いに参戦した、事件解決の立役者だったらしい。姉として、私も鼻が高い。

 そんなユイが自由に活動できるのが、SAOの基礎設計をまるまるコピーしたアルヴヘイムオンラインというわけだ。

 

「ザ・シード規格ならたぶんどれでも活動できると思うけど、まだほとんどないからな……」

「茅場晶彦の幽霊に渡されたっていう、あれ? 大丈夫なの?」

「菊岡さんにも調べてもらったよ。だから大丈夫だとは思う。それに……。いや、なんでもない」

 

 キリトが75層のフロアボス攻略後に倒した、ヒースクリフこと茅場晶彦は、アルヴヘイムオンラインに化けて出たらしい。

 詳しいことはよくわからないが、その幽霊にザ・シードというVRMMO作成キットを託されたのだとか。キリトは安全を確認してから無料公開に踏み切ったらしく、それはあの天才が作っただけあって大手企業も飛びつくほどの完成度らしい。

 キリトは、これからはザ・シード規格のVRMMOが主流になるとまで言っていた。

 

「どうする?」

「アル、ヴ、ヘイ、ム、で」

「よし。それじゃあ、あっちでユイちゃんと待ってるわね」

「ユイは俺が鍛えておくから安心してくれ」

 

 ユイは現在キリトのナーブギアに移動して稼働中らしい。

 私がいない間にナーブギアを回収されないようキリトが手配して、ユイのデータだけを移動させておいたとこの前説明していた。

 彼は本当に何者なのだろう……。

 活躍のし過ぎで過労死しないか将来が心配だ。

 

 それはともかく私のいないところでユイが成長していくのは凄く悔しい……。

 その気持ちを今すぐぶつけたかったが、そうもいかない我が身だ。

 早く会えないだろうか……。

 私はユイとの再会が待ち遠しくてしかたがなかった。




 新章突入!
 フェアリィ・ダンス完結! ご愛読、ありがとうございました!!


 ……すみません。フェアリィ・ダンス編はカットです。
 面白くない内容しか思いつかなかったのでこのような形となりました。
 エリの容体や状態に関しては、今後の展開にご期待ください。

 また、『微睡む剣士たちの前奏曲』はプロローグ的な位置づけとなります。
 本格的にオーディナルスケールが始まるのは次章から。
 平穏な話が多くなりそうですが、嵐の前の静けさと思っていただければ幸いです。
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