レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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48話 微睡む剣士たちの前奏曲(5)

「2人とも、無事に来れて本当によかったわ……」

 

 昼休みに入るなり早々、リズベットは私の机に腕を乗せながらしみじみと言った。

 医療用のオーグマーのテスターになって早2カ月。週1日は病院で検診を受けることになっているが、私はどうにかSAOサバイバーの帰還者学校へ通うことができるまで回復していた。

 最初は失敗続きであったアバターの補助プログラムであるが、その辺りのほとんどはユイが独力で改善してくれたため、こうして外で自由に活動できている。

 とはいえ筋肉は衰えたままであるので、未だ激しい運動どころか長時間歩く事すらままならないのだが、その辺りは車での通学で補っていた。

 

「一時はどうなっちゃうかと思ったもんね」

 

 隣の席に腰かけているのはアスナ。

 彼女にはリハビリ中もだいぶ助けてられてしまった。

 一緒に入学式に出られたのは彼女の協力のおかげでもある。

 私たち3人が揃いの濃い緑色をしたブレザーを着て、こうして同じ教室にいるのは感慨深い。

 

「おかげさまで。その節はありがとうございますっす」

「お礼は食堂の杏仁豆腐を奢ってくれればいいわよ」

 

 リズベットは冗談めかして言う。

 

「お見舞いに来るたびにお菓子をもらってたんで、奢るのは吝かじゃないんすけどね。その場合は里香に買いに行ってもらうことになるっすよ」

 

 リズベット。彼女の本名は篠崎(しのざき)里香(りか)という。

 学校ではプレイヤーネームではなく、本名で呼び合う方が無難という空気になっているため、こうして慣れない呼び方をしているわけだ。

 もっともSAOと顔はほとんど変わっていないので、そう神経質にならずとも有名プレイヤーは知れ渡っている。つまりアスナと私のことだ。

 

「あー……。階段の上り下りがまだきついんだっけ?」

「そうなんすよねー。できないわけじゃないんすけど、まだ全然身体が動かなくって時間かかっちゃうんすよ……。そういうわけなんでまた今度――」

「話は聞かせてもらいましたっ!」

 

 突如のドアがある方向から甲高い女子生徒の声が聞こえた。

 それは最近よく聞くようになった声である。

 

「ま、また来たんすか……」

「はい!」

 

 彼女は綾野(あやの)珪子(けいこ)。私たちより2つ年下の女の子だ。

 

「あたし、買ってきます!」

 

 彼女は勢いよく廊下を駆けて行った。

 

「………………」

「あんたも面白い子に好かれたわねー」

 

 珪子はSAO時代、犯罪者プレイヤーに狙われていたところを私に助けてもらったのだと言っていた。それ以来ずっとファンで、向こうではブロマイドをコンプリートしていたとも。

 そういうのがあるのは知っていたが、いざ集めていたと言われても、なんと言えばいいのか、私は返答を大いに悩まされた。

 せめてもの救いは彼女が可愛らしい女性であったこと。男性から言われていれば、悪いがドン引きである。

 

「このまま話してると時間なくなっちゃうっすから、お昼にするっすよ」

 

 学校には食堂や購買もあるが、私たちはお弁当。

 食堂は近代的なデザインの綺麗な場所だったため、体力が回復したら行ってみたいと思っている。

 

「はぁ……」

「どうしたんすか?」

「あんたたちってお嬢様なんだなって思ってさ」

 

 リズベットは私とアスナの弁当箱を見つめていた。

 どちらも精緻な飾り切りのされたおかずが丁寧に盛り付けられているし、その種類も豊富。ちゃんと旬の素材が使われ、色合いも華やかだ。

 リズベットの弁当とは格が違うのは一目瞭然。家政婦《プロ》が作っているので当然だが……。

 

「い、一応私はいくつか自分で作ってるわよ」

「どれよ」

「卵巻きとか、天ぷらとか……」

「………………」

 

 リズベットは自分の卵焼きと、アスナの卵巻きを見比べた。

 片や少し焦げ目がつき、黒ずんだ卵焼き。

 片や美しい黄金色の衣に、米やかまぼこ、キュウリや松茸といったものが包まれた卵巻き。

 料理スキルを取得したての初心者と、コンプリートしたマスタークラスの差がそこにはあった。

 私もやればできるということは黙っておこう……。女子校の家庭科の授業はハイレベルなのだ。

 

「味は負けてないわよ! はい慧利花!」

 

 私に突き出されるリズベットの卵焼きを一口。

 出汁が濃い気もするが美味しい。

 

「えっと……、はいどうぞ」

 

 アスナの卵巻きも一口。

 それぞれの食材の触感が楽しめて、上品な味だ。外見通り美味しい。

 

「どうよ?」

「50歩100歩っすね」

「そんなっ!?」

 

 アスナが驚きの声を上げた。

 

「ちょっとそれ、私にもちょうだい!」

「ふふん! いいわよー」

 

 アスナはリズベットの卵焼きを食べるも首を傾ける。

 

「えー。そんなことないと思うんだけどなあ」

「あんたも大概負けず嫌いよね。んー、でも確かに?」

 

 リズベットもアスナの卵巻きを食べると流石に戦闘力の差を感じ取ったようで、首を傾げる。

 2人はどういう判定なのかと問うように私を見つめた。

 

「食べさせる相手を間違ってるっすね」

「「………………」」

 

 勝負の決め手は味ではない。

 

「「そんなこと言うならもうあげないわよ!」」

「ああ!? ごめんなさいっす。そんなご無体な……」

 

 2人が弁当箱を持ち上げて私から遠ざけた。

 私の手は虚空をバタバタと彷徨い、見つめ合うこと数秒。

 私たちは示し合わせたように、笑った。

 

「しかたないわねえ。あんたのおかずもちょっとは頂戴よ」

「もちろんっすよ。今は……カロリーにも気をつけてるっすから」

 

 苦笑いをしながら、耳の辺りを指で叩いて見せる。

 私のは大型で首につけるタイプだが、リズベットやアスナは耳に下げるタイプのオーグマーを装着していた。

 

「便利よねー。どこでもテレビ見られるし、スマホよりナビは使いやすいし、天気予報は助かるし。なんて言っても、これのおかげで慧利花もこうして学校に通えてるんだし」

「食べた物のカロリーを計算してくれるのは、正直助かるしね」

「それは有難迷惑だと思うけど……。でも帰還者学校の全員に無料配布とか、随分太っ腹よね」

「授業でも使ってるし、携帯の次世代機にしたいのかもね」

「ここって次世代学校のモデルケースでもあるっすからね」

 

 アスナと私はそうした裏事情もなんとなく耳に入る立場なため、リズベットとは少々違う視点で見てしまう。

 授業ではオーグマーによるホログラフィックが使われ、宿題も無線LANで送られてくる。教科書やノートなんかはすべて3Dオブジェクトで、実際に触れることができ、感触まであるのだから実物とほとんど見分けがつかなくなっていた。

 

「オーグマーといえば、オーディナルスケールにキリトたちがハマってるのよねー」

「へえ……。ARの戦闘系ゲーム、だったっすか?」

「そうそう。ボスを倒したりミニゲームでランキングが上がると、サービスギフトがもらえるのよ。これが便利でさあ。この前なんてケーキの無料券とかもらえちゃったのよ」

「そうなんだあ。――キリト君と一緒に食べに行ったの?」

「うん、まあ……ね……」

 

 リズベッはぎこちなく首を横へ回し、聖母のような笑みを浮かべたアスナを見た。

 

「リズゥウウウ!」

「ごめん! ごめんってば!」

 

 リズベットの脇腹を襲うアスナ。

 そんな2人を横目に、しれっとリズベットのお弁当から唐揚げを拝借。

 ちょっぽり硬いがなかなかいけると、味わっているとオーグマーから警告表示。カロリーオーバーが近いようだ。私は取った分のお返しということで肉巻きを唐揚げのあった場所に置いておいた。

 

「ただいま戻りました!」

「……ご苦労様っす」

 

 珪子がプラスチックの容器に入った杏仁豆腐を、気を利かせて3人分買ってやってきた。

 私は財布から1000円札を取り出して彼女に渡す。

 お釣りは面倒だったのでそのまま彼女に握らせた。

 

「それじゃあ、ご馳走になるわね」

「ありがとう。慧利花」

 

 アスナに解放されたリズベットは意気揚々とカップを開ける。

 

「はい」

「え?」

「珪子ちゃんだけ食べないのも悪いっすからね」

「そ、そんな!? 私は結構ですので、どうぞ慧利花先輩がお食べになってください!」

「いや。実はっすね……。カロリーの取り過ぎってこれに怒られてるんすよ」

 

 杏仁豆腐はゼリーのような見た目だが、砂糖が多く使われているのでそこそこカロリーが高い。

 帰ってからユイに怒られたくはない。

 

「なるほど。流石です先輩!」

「………………」

 

 彼女は私のSAO時代の体形を知っているだろうに……。

 きっとなにをしても私を褒めるんじゃないだろうか。

 

「そうだ……。こんなの見つけたんですよ。先輩の活躍もたくさん載ってました!」

 

 杏仁豆腐を食べる傍ら、珪子が3Dオブジェクトのハードカバーを取り出した。

 彼女がわざわざ手直ししたのでなければ、これは最近発売されたばかりの物だろう。

 タイトルは――『SAO事件記録全集』。

 黒地に白色でアインクラッドの描かれた、厳かな表紙だ。

 私はそれを受け取りパラパラとページを捲った。

 

「どうせ私なんて、1ページも載ってないんでしょうねー」

「載ってることが良いこととは限らないわよ」

「そうっすよー」

 

 私なんて、碌なことをしていた覚えがない。

 かといって読まずに放置した方が危険な代物だ。私は安全確認のためにもページを捲っていくが、案の定、悪名がちらほらと出ていた。

 ヒースクリフとのデュエルを受けなかった事件は、明確に私の過失だったため、大きく取り上げられている。

 他のことは――困るほどの内容は知られていないようで、そっと胸を撫で下ろした。

 

「なんだか私も怖くなってきたんだけど……。ちょっと見せてもらっていい?」

 

 アスナも隠し事が白昼に晒されていないか気になるようだ。

 彼女も大ギルドの幹部であったため、やましいところがあってもなんら不思議ではない。

 目次を使いながら結構な速度でページを捲っていた彼女の手が突如止まる。

 口元は引き攣り、ただでさえ白い肌は青くなっていた。

 

「ねえ。珪子さん。これ、ちょっと借りてもいいかしら?」

 

 珪子はスプーンを咥えたまま、必死に首を縦に振った。

 有無を言わせない彼女の迫力は、KoBの副団長、攻略の鬼が放つ閃光そのものだった……。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 放課後。彼はアスナに手渡された一通の便箋によって、校舎裏に呼び出されていた。

 

「わざわざ呼び出してごめんね」

「それはいいけど。どうしたんだ、アスナ? それに2人も揃って……」

 

 呑気な雰囲気で現れた彼は、自分の置かれた状況がわかっていない様子だった。

 彼もSAOから離れたことによって危機感知能力が衰えたと見える。

 

「これ知ってる?」

「あ、ああ」

「懐かしいよね……。ついこの間までのことなのに、何年も前みたいに感じちゃう」

「そうだな……」

 

 アスナは警戒心を解くべく微笑みを絶やさない。

 私はそれを花壇の縁に腰かけながら、隣に座るリズベットにもたれかかりつつ傍観した。

 顔を上げるとポーカーフェイスを纏ったリズベットが見える。

 

「キリト君のところにも、取材って来たのかな?」

「ちょっとはな。結構たくさん来たからハッキリとは覚えてないけど。あとここでの俺は桐ヶ谷(きりがや)和人(かずと)だよ」

「やっぱり……。ここにほら。キリト君のギルドのことが詳しく書いてあったから」

「どれどれ」

 

 無防備に座った体勢のアスナに近づくキリト。

 彼女の手にしたハードカバーが突如として閃き、キリトの頭部を殴打した。

 

「ばか! キリト君のばか!」

「いたい! いたい!?」

 

 3Dオブジェクトなため違和感を感じるだけで、実際に痛くはないはずだ。

 それがわかっていてアスナも思い切り振りまわしているのだと思う。

 先に根を上げたのは残念ながらアスナ。調子に乗り過ぎて自分の体力を見誤ったようだ。彼女はうっすらと汗ばみ、肩で息をしていた。

 

「え? え? なんで俺は怒られてるんだ?」

「ここ! ほらここ読んで!」

 

 アスナが開いているページは、私とリズベットも前もって読んだ部分。

 アスナが指さしているのはKoBの団長、ヒースクリフこと茅場晶彦についての部分。

 そこには彼の正体を暴き、打ち破った75層の顛末が事細かに書かれていた。

 75層の攻略には多大な犠牲が出たらしく、参加した48人中生き残ったのはヒースクリフを除けばたったの17人。そこまで人数が少ないと、誰が情報を流してしまったのか探るのも容易い。

 なお風林火山のメンバーは相変わらず欠員が出なかったようで、6人とも生還している。キリトでなければ次の矛先は彼らに向いていただろう。

 

「え、ああ……。それがどうかしたのか?」

「ばか!」

 

 アスナは再び本を振り上げるが、今度ばかりはリズベットが止めに入った。

 キリトのためではない。アスナのためだ。

 

「はぁ……。桐ヶ谷君、仕方がないっすから私が状況を説明してあげるっすよ」

「……よろしく頼む」

「今、この臨時学校ではKoBとALFの派閥が争ってるっす」

「なっ!? そんな馬鹿な!」

「正確にはアスナ派と私派っすね……。細かく分けると親アスナ派、反アスナ派、親私派、反私派なんすけども。それらが組み合わさって一応KoB派とALF派ってことになるっす」

 

 ちなみに親私派の筆頭は珪子である。

 彼女はあんな性格だが穏健派で、アスナへの敵愾心もないためだいぶ助かっている。決して無下にはできない関係だ。

 

「いやいや! なにが起こってるんだ?」

「私もアスナも、悪名が響いてるんすよ……。私のは言わずもがなっすよね?」

「あー……」

 

 彼も流石に思い当たるようで言葉を濁した。

 どこを切り取っても悪名が付き纏うのが私だ。この辺りは自業自得なためしかたがない。むしろ真実が隠せているだけ御の字である。

 

「そしてアスナはALO事件のことっす」

「ALO? アスナは被害者だろ」

「でも彼女の父親はレクトのCEOだったっすから……。つまりアスナは加害者側の人間とも見られるんすよ」

「それは……」

 

 キリトは苦々しい表情をした。

 ALO事件の被害者は幸いにして事件当時の記憶がなかったのだが、世間的関心の強かったこの一件は、SAOから帰還したばかりの彼らも大きく関心を寄せたことが窺える。

 この事件はSAOの延長上でもあり、アスナをよく知らない人物からすれば、彼女を悪く言う人間が出てきてしまうのも無理はなかった。

 

「今まではアスナの魅力でどうにか崩れずに済んでたんすよ。私のところが無事なのもアスナのおかげっす」

「そんなことないんじゃない? あんたもだいぶ美人になったわよ」

「その、あ、ありがとうっす……」

「だー、もう! 可愛いなちくしょう!」

 

 リズベットに抱き付かれるが、今更振り払うような仲でもない。

 私の身体の感覚はVRのそれに近いため、リズベットは以前と同じような感触がした。

 

「アスナと違って擦れてないのがいいわよねー」

「わ、私だって褒められれば嬉しいわよ」

「はいはい。アスナ様は今日も大変見目麗しゅうございます」

「もう!」

「……話を戻すっすよ」

 

 咳ばらいをひとつ。リズベットに抱きしめられながら会話を続ける。

 

「現在は私とアスナが手を組むことで辛うじて均衡が保たれたわけっすけど、いつ爆発してもおかしくない火薬庫みたいな状況だったわけっす。そこに投げ込まれる直前なのがヒースクリフっていう厄ネタっすね」

 

 キリトは未だ理解が追い付かない模様。さらに注釈を加える必要があった。

 

「KoBの団長が茅場晶彦ってことはっすね、副団長のアスナも結託してたんじゃないかって話になるんすよ」

「けどっ……」

「アスナは社長令嬢だったわけで、アーガスは解散後に彼女の親の会社に吸収されてるっす。ここまで揃っていれば、疑われるのは当然の流れすっすよね?」

「………………」

 

 キリトはアスナをしばし見つめると、深く頭を下げた。

 

「ごめん! そういうこと、全然考えてなかった……」

「……ケーキ。週末に奢ってくれたら許してあげる」

「そのくらい、いくらでも奢らせてくれ」

 

 男気溢れるキリトの返答。よくよく観察すれば、体格も最近逞しくなってきたような気がする。

 そして……。しれっとこういうことができるのがアスナの強いところだ。

 どうしたものか。口止めはされていないから、言ってしまってもいいだろうか?

 リズベットは口をへの字に曲げているし、まあいいか。

 

「あとっすね。キリっちの考えてるような深刻な事態には、たぶんならないっすよ」

「ど、どういうことだ?」

「火消しの案はもうやってるんすよ。代わりに炎上するのは――桐ヶ谷君っす」

「わー! わー!」

 

 アスナが慌て出したが、どうせ明日には知られることだ。隠してもしかたないだろうに……。

 

「外部に共通の敵を作って結束させるのは有効な手段っす。今回の件はALOの大規模アップデートやザ・シードの話題で流されて、長続きしないと読んでるっすから、別の話題で時間を稼げればどうにかなると思うんすよ」

「ああ。え? いや、つまりどういうことなんだ?」

「エリ、ストップ! 待ってえー!」

「そういうことなんで話はここまでっすね」

「いやいや! そこまで話して、そりゃないだろ!? ……エリにもケーキを奢るので、どうか情報を恵んでください」

「んー」

 

 アスナは頭を抱えていた。その表情はまさに墓穴を掘った顔だ。結構珍しい。

 

「私にはいいっすよ。桐ヶ谷君への借りを一部清算するってことで。あとアスナが大変なのは本当っすから、週末はつきあってあげてくださいっすね」

「ああ。わかったよ」

「じゃあそういうことで。――桐ヶ谷君はここに来る途中、誰にも見られなかったなんてことはないっすよね?」

「それはそうだろ。こっちじゃ隠蔽スキルもないんだからな」

「だからアスナから便箋を受け取るときも、なんなら私たちがここに来るところも、誰かしらの目に留まってるわけっす。特に私たちは注目の的っすからね。今もどこかでこっそり見られてるかもしれないっすよ」

 

 キリトはバッと周囲を見渡すが、今の彼は隠蔽スキルもなければ索敵スキルもない。

 目に見える範囲にはいなかったようだが、遠巻きに隠れられていれば気がつけない可能性は高いだろう。

 

「アスナに、あと一応私にも、放課後こっそり呼び出された男子はどうなると思うっすか?」

「……あ。ああ!」

 

 ようやく理解できたキリトが声を上げるが、すべてはもう手遅れ。

 政治の基本は根回しと演出。あとは情報通の友人を押さえておけば完璧である。

 

「明日から大変なのは桐ヶ谷君っすよ。ご愁傷様っす」

 

 ――つまりキリトはハメられたのだ。

 

「女子校育ち……コワイ……」

 

 巷を騒がせる美女に呼び出された、攻略組のエース。色恋の噂が立たないはずがなく。

 この先しばらくの間は学校中その話題で持ち切りだろう。

 

「ご、ごめんね……」

「元を正せば俺のせいだしな。甘んじて受けるよ。でもそういう噂も、アスナにしてみれば厄介じゃないのか?」

「え!? うーん。そういうのなら平気だから。あはは……」

 

 この件で一番得をしたのは彼女だろう。

 デートの約束を取り交わし、さらには外堀から埋めに行ったわけである。

 逆境をチャンスに変えられる彼女ならではの手腕であった。……私がいなければキリトがどうなっていたかは考えないでおこう。

 

「リズ、じゃなかった里香」

「なによ……」

「敵は強いっすけど、私は里香のことも応援してるっすからね」

「わかってるわよ」

 

 今度はなにかしらリズベットに協力してあげるべきだろう。

 そのくらいの手助けは、アスナ相手であれば許されるはずだ。

 

「はぁ……。そうだ。ゴールデンウィークにさ――」

 

 それから私たちはキリトが企画した、SAOクリアを記念するオフ会の予定を立てた。

 場所はエギルさんのやっているカフェ。

 呼ぶメンバーは顔馴染みである風林火山のメンバーたち。あとはキリトの妹の直葉が参加したいという話だった。

 

 そうして予定を擦り合わせたり、談笑を終えて家に帰ると、一通のメールがキリトから送られていた。

 送り先は私の他にもリズベットが含まれていて、アスナのアドレスはなかった。

 内容は要約するとこうだ。

 

『サチの命日に、一緒に墓参りに行かないか?』

 

 彼女の命日までおよそ2カ月。

 キリトからは、すでに何度か行っているという話は聞いている。

 場所は少し遠いらしく、メールには電車代はキリトが出すとまで書いてあった。

 ……アスナとリズベットの最大の敵は、未だ互いではなく、サチなのかもしれない。

 ユイのおかげで私はサチについて思いだしても苦しくなくなってきていた。

 ALOでもアインクラッド1層にリニューアルオープンしたリズベットの店には顔を出せている。

 

 そろそろ……大丈夫だろう……。

 私は少しだけ迷ったが、キリトへ墓参りに行くことをメールで送った。




キリト「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…………」
クライン「キリト。お前、最近筋肉ついてきたな」
キリト「ああ。こっちの攻略でも負けてられないからな。レベル上げは基本だろ?」
クライン「そうだな。けどまあ……」
エギル「どうしたんだ?」
キリト&クライン「(エギルには勝てる気がしねえ)」


 SAOクリアから早5カ月(クリアは11月。ALOは1月。新学期は4月のため)。
 女性陣が放課後和気あいあいと喫茶店などに行っている一方で、男性陣3人は仲良くジムに行って筋トレとかしてます。
 原作だと乗り気じゃなかったキリト君ですが、こちらのキリト君は月夜の黒猫団のプライドもあり、熱心にボスを討伐に出ています。

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