レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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52話 眠れる者のための二重奏(2)

 ゴールデンウィークが明けると、エリは宣言通り学校へ登校してきた。

 俺は彼女の友人らに事情を説明して回り、オーディナルスケールのイベントには参加しないよう注意も呼びかけた。

 彼らが皆、エリの様子を心配してくれていたのは自分のことのように嬉しかった。

 かくいう俺も彼女のことが心配で、学校では頻繁に声をかけるようにしていたのだが、以前よりも心なしか笑顔が増したように感じる。

 これが喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのかわからず、ユイとの会話が何度も頭の中で反響していた……。

 

「なあ、クライン。記憶の方はどうだ?」

 

 俺はやつの見舞いに行ったとき、そう聞いた。

 見舞いと言ってもクラインの様子も大したことはなく、明日には会社に出勤するとのことだった。

 風林火山のメンバーも全員同じ症状のようで、特に問題はないとのことだった。

 

「SAOの記憶か? 思いだそうとすると、なんか頭に靄がかかったみてえなんだ……」

 

 クラインは窓の外を見ながら続けた。

 

「まあ、でも楽しいことばかりじゃなかったからな……。それならそれで……、しゃねえかなって……」

 

 最前線でギルドメンバーを1人として欠かすことのなかったクラインでさえ、そう言った。

 エリをのことを聞くと「そいつは……災難だったな……」とだけ言うに留めるやつの表情は、どこか悲しげであった。

 

「オーディナルスケールのイベントでなにがあったんだ?」

 

 風林火山のメンバーが、後れを取るなどとは思えなかった。

 いくらフルダイブでなくとも攻撃パターンは共通で、難易度もいくらか緩和されている。

 それでこいつらがやられるようであれば、クリアできるとは到底考えられない。

 

「エリはなんて言ってた?」

「覚えてないって」

「そうか……。俺たちも似たようなもんだ。たぶんボスにやられたんだろうな。キリト。てめえも攻略はもうやめろよ」

「………………」

 

 ユイと同じことを言うクライン。

 

「クライン。お前、なにか俺に隠してないか?」

「……なんだよ。藪から棒に」

「エギルから聞いたんだ。お前がオーグマーについて調べてたって」

「あの野郎……」

 

 バンダナの巻いていない髪を?き上げるクラインは苛立ちの表情をしたが、すぐに頭を振って冷静さを取り戻してしまう。

 

「オーディナルスケールの攻略方でもないかって調べてただけだ。それとテメエはもうこの件には関わるなよ。俺らとは違って、記憶、無くしたくねえんだろ?」

「そうだけどっ! けど……」

 

 けど。なんだろうか。

 記憶を取り戻してやりたい、と?

 それを本人が望んでいるとも限らないのにか。むしろ彼らは望んでいないとさえ思える。クラインも、エリも、このままの方がいいんじゃないのか? 俺がやろうとしていることは余計なお節介なんじゃないか?

 

「今度ばっかしはお前の剣は必要ねえよ」

 

 クラインをここで問い詰めても、やつは決して口は割らないだろう。

 そしてクラインが調べてわかる程度のことをユイが知らないはずがない。

 2人はなにかを隠していた……。あるいはエリも?

 俺を蚊帳の外に置いて、オーディナルスケールでなにかが起こってることだけは確かだった。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 自宅のパソコンでオーグマーについての記事を読んでいると、携帯から通知の着信が鳴った。

 通知はオーディナルスケールのイベント会場を知らせるアプリからで、本日の開催場所は代々木公園とのことだった。

 ここ川越からではかなり距離がある……。

 以前ならクラインの車にでも乗せてもらえばよかったが、単身となれば無理がある。

 そもそもオーディナルスケールは止めろと散々言われた身だ。行ったところで記憶の手がかりが見つかるとも思えない。それならネットの海で情報を集めている方が賢い選択だ。

 

「……サチ」

 

 部屋に不釣り合いな仏壇に目を向ける。

 俺は椅子から立ち上がりマッチで蝋燭に火を灯すと、そこから線香に火を移し、1本供えて手を合わせた。

 毎日嗅いでいる甘い香りが部屋に充満していく。

 目を伏せ、俺はどうするべきなのかを考えた。

 

 記憶を取り戻す方法を探すべきなのか。

 オーディナルスケールは止めるべきなのか。

 記憶を失うリスクを犯してまでイベントバトルに参加するべきなのか。

 菊岡にもオーディナルスケールのことは相談した。彼はこの春から総務省の総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室、通信ネットワーク内仮想空間管理課、通称『仮想課』に配属されたと言っていた。

 ザ・シードによるVRMMOの乱立で大忙しとのことだったが、俺の連絡を真摯に受け止めてくれた彼の出した回答は、経産省も絡んだ巨大プロジェクトが相手で確かな証拠が見つからない限りこちらも動けないというものだった。

 それでも彼はオーグマーの解析を秘密裏に進めることを約束してくれたため、真実が明らかになるのは時間の問題と思われる。

 時間が、解決してくれる?

 そう考えて月夜の黒猫団はどうなった。

 目を開けると線香は消えるところであった。

 

 ――行こう。

 

 ただ衝動に任せた答えだったとしても、ここでただ待つことに俺は耐えられない。

 エリやクラインのことはともかく、新たな犠牲者が出ることは防ぐべきだ。

 誰もがSAOの記憶を失いたいと思っているわけではないはずだから。

 蝋燭の火を指で擦り消すと、俺はオーディナルスケールの用意をしたままのショルダーバックを肩に下げ、階下に降りて行った。

 

「あ、お兄ちゃん。どうしたの?」

 

 廊下でばったり遭遇した妹の直葉は、部活から帰って丁度シャワーを浴びた後のようだった。

 

「少し出てくる」

「え!? ちょっと、もうすぐ晩ご飯だよ」

「ごめん。今日は外で食べて来るからいらない」

「あ、待ってよ。どこ行くの!? お兄ちゃん!」

 

 俺は直葉の静止を振り切り、玄関を飛び出した。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 夜の代々木公園には人だかりができており、俺はSAOサバイバーがいないか時間ぎりぎりまで見て回った。

 とはいえ俺の知り合いなどたかが知れている。少なくとも臨時学校の生徒らしき人物は俺の記憶の限りではいないようだったが、他の面々についてはわからない。

 速攻で倒すしかないか。

 俺はオーディナルスケールを起動してやけに軽い剣の感触を確かめた。

 時刻になり、周囲の光景が古戦場へと塗り替えられていく。

 野外ステージは崩れかけた遺跡に、木々は意味ありげなトーテムに変わり、夜空の月が不気味な緑色の輝きを放つ。

 

「皆! 準備はいい?」

 

 ステージであった場所にARアイドルのユナが降り立つ。

 その横顔はどこか見覚えがあるような気がしたが、記憶の奥隅に仕舞われた些細な出来事のようでどうにも思いだせない。

 俺は気持ちを切り替え、これから現れるボスモンスターに意識を集中させた。

 出現するときに輝く火柱のエフェクトは、ステージの向かいにある階段の上に表示された。

 今夜の敵はどうやら、SAO第11層ボス『ザ・ストームグリフォン』のようだ。

 一般的なグリフォンのイメージそのままの、上半身が鷹で、下半身がライオンの姿をしている。

 空中からのヒットアンドアウェイと、遠距離攻撃雷撃が厄介な敵だったが、取り巻きがいないのと、こちらにも遠距離攻撃持ちがいるのを加味すれば難しい相手ではない。

 

「それじゃあ戦闘開始。ミュージックスタート!」

 

 ユナがオーディナルスケールの戦闘曲を歌いだし、視界の端にステータスアップアイコンが表示された。

 まずは突進攻撃をカウンターしつつダメージを重ねる。

 俺はボスの視線からターゲットにされたプレイヤーを割り出して先回りをする。地面すれすれを滑空してきたボスの胴体を擦れ違いざまに一閃。ダメージは与えているはずだがHPが見えないためどの程度利いているかわからない。

 すぐに遠距離プレイヤーの火器が集中するも、素早い身のこなしでボスはそれを回避してプレイヤーへ襲い掛かっていく。

 SAOではタンクがヘイトを稼いでボスの位置をコントロールしていたが、統率の取れていない、即席パーティーですらない連中では、そのような発想にさえ至らないだろう。

 それにオーディナルスケールのボスモンスターはヘイトが短期間でリセットされ、コロコロとターゲットを変える性質がある。

 多くのプレイヤーへ平等に戦闘の機会を与えるための措置なのだろうが、ゲームメイクが成立させ難いという側面があって上級者からすれば嫌になる設定であった。

 最近のトレーニング成果のおかげで体力はSAOを始める前よりも多いくらいなのだが、それでもこの広大なスペースを走り続けるのは無理がある。

 フルダイブであれば体力切れなど気にせず、全力で走り続けて追いかけられるのだがそうもいかず、このゲームでは常に最小の運動でボスの移動先に先回りするセンスが求められる。

 遠距離武器であればそういう苦労は減るのだろうが、威力があまりに低いため仮にフルタイムで命中させ続けても近接攻撃の方がDPSが出ると、与ダメージに応じて上昇するランキングポイントから逆算した結果で解析されていた。

 

「そろそろか……」

 

 ボスが背の高い石柱の上の止まると、小さく雷を纏った。

 俺は盾を剣で叩いて鳴らす、ヘイト上昇行動を取ると羽ばたきと同時に視界が白く輝いた。

 4本あるうちのHPバーが3本になってから解放される雷撃攻撃だ。

 俺のHPが2割ほど減少したがそれだけ。全体には大木は被害もなく戦闘は継続される。

 失ったHPを回復するにはフィールドに落ちている回復アイテムを拾う必要がある。俺は周囲を見渡して一番近いアイテムの元へと走った。

 

「おいおい……。嘘だろ……!」

 

 だが行く手を阻むように火柱のエフェクトが表示され、俺は足を止めざるを得なくなる。

 今までオーディナルスケールのイベントバトルにボスが2体現れたなんてことは聞いたことがない。前例がないからといって、それが仕様とは限らないが、今日のプレイヤー人数が極端に多いわけでもないのだ。

 どういうことだ?

 俺の疑問は中から現れた黒い鱗をしたドラゴンに押し潰された。そのサイズはグリフォンの3倍。翼を広げた幅だけでも15メートル以上はある超大型モンスターだ。

 加えて今までオーディナルスケールで戦ってきたボスモンスターはすべてSAOで戦った事のある相手だったが、こいつは違った。ついにオリジナルのモンスターを登場させたのかとも考えたが、どことなくデザインがSAOチックであった。

 そこから導き出される答えは75層以降。俺たちが戦うはずだったボスモンスターではないかということだ。

 至近距離で俺を睨むドラゴンが雄たけびを上げる。

 例え上層のボスモンスターであっても攻撃力やHPが高いわけではない。オーディナルスケールはレベルの設定がないため、モンスターのステータスデザインは差がほとんどなくなっている。

 ただし厄介な攻撃方法や、元々高いステータス設定であったなら別だが。

 

「――くっ!」

 

 前足が振り下ろされ、咄嗟に俺は盾でガードを選択する。

 大振りで鈍重な一撃は周囲に大げさな土煙のエフェクトを上げて俺のHPを3割も削った。

 遅いが威力のある攻撃だ。かつエフェクトの調子を見る限り範囲攻撃系。ジャンプすれば範囲攻撃は回避できるか? ダメージの大きさは直撃をガードしたのが原因だろう。

 HPはSAOでいうところのイエローゾーン。

 このHPがなくなれば、もしかすればエリやクラインのようにSAOの記憶を失ってしまうかもしれない。

 そうしたら――すべてを忘れて楽になれると、甘い言葉がどこからか聞こえてた気がした。

 

「馬鹿、後ろだ!」

 

 男の叫び声に促されて背後を見ればグリフォンのボスが上空から突進攻撃を仕掛けている最中だった。咄嗟に盾を構える。モーションコントローラー分の重量しかないため身体捌きについては実に簡単だが、その分防具の軽減がないのは痛い。

 おそらく防御が間に合わなければ今ので死亡していた可能性すらあった。

 俺は即座にドラゴンを回り込んで回復アイテムに触れる。

 残り3割だったHPが8割まで回復して、振り回される巨大な尻尾を地面に伏せてギリギリで回避した。

 

「悪い、助かった!」

 

 誰かはわからないがとりあえず礼を言って、俺は目の前のドラゴンに意識を向けた。

 翼があるため飛行するはず。ドラゴンなのだからブレスによる遠距離攻撃も用意されているだろう。AGIが低いタイプは総じて高い攻撃力がある。

 おそらくだがグリフォンに比べ、鈍重なパワータイプという想定で間違っていないはず。

 俺は近づいて大木ほどもある足を斬りつけると、踏み鳴らし攻撃の予兆を感じて一撃離脱を選択。背後では地響きの音と砂煙があがっていることから予想は間違っていなかったらしい。

 振り返りボスが俺を未だターゲットにしていることを確認。

 首を上げるモーションは口からのブレスで間違いない。即座に足元へ戻って、頭上で炎弾を吐き始めるドラゴンを仰ぎ見た。攻撃範囲から外れたおかげか立て続けに連射される炎の塊は背後のプレイヤーたちを襲っているらしい。

 ドラゴンのモーションで鳴り響くサウンドの中から、周囲の音をどうにか拾うと、近接プレイヤーの一団がこちらへやってきていることがわかった。

 また、遠距離プレイヤーも動きの素早いグリフォンよりもこちらの方が当てやすいと考え、火線が集中する。

 オーディナルスケールのバトルイベントの報酬は与ダメージでも上昇するため、少しでもダメージを多く稼ぎたい心理がそうさせたのだ。

 

「またか……」

 

 背後でグリフォンの鳴き声が聞こえ、振り返ってドラゴンの身体を視界の右半分で見つつ、グリフォンの位置を左半分に収める。

 纏っている雷の量が多い。どうやら向こうは最終能力の広範囲攻撃まで進んでいたようだ。

 グリフォンは広範囲攻撃の際空中をホバリングするため、SAOでは壁や足場を利用して突進系ソードスキルを叩き込む必要があったが、オーディナルスケールには便利な遠距離攻撃がある。単発系の瞬間火力の高いバズーカを弱点部位である頭部に命中させれば止まるだろうが……。遠距離攻撃のほとんどがこちらに集中しているせいで叶いそうもない。

 

「グリフォンの範囲攻撃がくるぞ。近くの盾持ちの背後に隠れろ!」

 

 俺は周囲のプレイヤーに呼びかけ盾を構える。

 一度攻撃を避け損ねてガードしたため俺のHPは残り7割。これで再び半分か。そう思っていたが、1人のプレイヤーがホバリングを始めたグリフォンの真下に陣取ると、その手に持った短剣を上空に思い切り投げた。

 夜空に吸い込まれた短剣は、そのまま一直線にグリフォンの頭部、それも片目に突き刺さる。近距離武器でもさらにリーチの短い短剣は、格闘武器に次いでおそらく最も威力が高い。

 グリフォンが仰け反るのは当然であったが、範囲攻撃はすでに発動していたせいで止まらない。

 だがそれが狙ったものだとしたら?

 モンスターの大半は視界によるフォーカスロックが採用されている。攻撃中にそれが外れることがあれば、攻撃もそれに合わせて逸れることになる。

 範囲攻撃は発動した。ただし命中したのはドラゴンであった。

 眩い光を受けてドラゴンが身じろぎをする。

 男はグリフォンを貫通して落下してきた短剣、その発生源となっているスティックコントローラーをキャッチすると、俺の方を向いてハンドサインを送ってきた。

 おそらくグリフォンから倒そうという意味だ。

 

「ここは任せる」

「あ、おい!」

 

 ドラゴンの戦闘範囲から撤退。俺は着地を始めたグリフォンの元へと駆ける。

 早鐘を打つ鼓動。見えない体力ゲージは立て続けの回避運動によって残りわずかとなっていた。

 

「――サチ」

 

 夜風を切って火照る身体の熱を冷まし、サチの顔を思い浮かべて気力を奮い立たせた。

 グリフォンがゆっくりと下降して地面に降り立つ寸前、俺は大きく飛び上がりその翼に切先を走らせる。

 助走の相まって翼を端から一息に切断。部位破壊判定に成功し、グリフォンはバランスを崩して転倒した。それを待ち構えていた先程の男は、目の前に落ちて来たグリフォンの頭部目がけて、短剣を身体の一部のように自在に操って切り刻む。目を凝らせば、弱点部位の中でも一際脆い瞳の部分を的確に攻撃していることがわかる。

 だが撃破には足りなかったようでグリフォンが起き上がると同時に我武者羅に暴れ回り、俺たちを近づけまいとした。

 お互い無傷でその攻撃を回避すると、俺は盾を右肩に当ててシールドタックルの構えを取る。男はそれを見るなり俺の背後に回り、ピッタリ後ろについて攻撃を掻い潜ると、攻撃の薄い胴体の下へ一緒になって入り込んだ。

 多少のダメージは覚悟で思い思いの攻撃を繰り出す。

 グリフォンが花火の如く鮮やかな光を散らすまで10秒もかからなかった。

 俺はすぐさまドラゴンの元へと戻ろうとするも、肩を掴まれ立ち止まる。

 男が親指で時計を指さす。ユナの側に表示されている残り時間は無くなる寸前だった。

 

「残念! 今日のバトルはここまで! でも片方は倒せたみたいだから、その分のボーナスはプレゼントするわねー」

 

 ポイントが加算され、ランキングナンバーの上がるファンファーレが聞こえて来た。

 ドラゴンが羽ばたき空へと上る。その後ろ姿に呑気な調子で手を振るユナ。

 スモッグのような雲の中にドラゴンが消え去るの確認すると、彼女は俺の側へと歩み寄ってきた。

 

「今日のMVPはまたあなたね。おめでとう」

 

 ユナは俺に顔を近づけると意味ありげに微笑んで次の瞬間――。

 

「うぐっ」

 

 人差し指で俺の額を押してきた。

 これはその日のイベントバトルの貢献度が最も高いプレイヤーへのご褒美演出だ。

 初めてのときはドギマギしたものだが、毎回デコピンなため俺も夢を見るのは諦めて久しい。

 

「それじゃあまたね。キリト君」

 

 手をひらひらさせて虚空に消えるユナ。

 集まってプレイヤーの嫉妬に満ちた視線を浴びつつ、俺は今日の戦友の顔を見た。

 黒い光を吸収する色合いをしたウェットスーツのような衣装は、オーディナルスケールのSFタイプのコスチュームだ。身体の輪郭を浮き立たせるように、発光する赤い線で飾られている。

 バイザーを被っているせいで顔はわからない。手にしているのはやや随分と小さな短剣で、サバイバルナイフなんかに近い形状だったと思う。

 

「ありがとな。さっきは助かった」

 

 俺は手を突き出して、拳を合わせる仕草をする。

 男はこちらを見てしばらく俺の拳を見ると、しぶしぶといった様子で拳を出してくれた。

 周囲の風景がバトルフィールドから夜の公園に戻り、俺はオーグマーを終了させてARのアバターを脱ぎ捨てた。

 男はしばらくじっとしていたが、俺に続いてオーグマーを終了すると中の人が出てくる。

 彫りの深い漢らしい顔立ちをしたやつだった。細い瞳はどこか憂いを抱いているようでいて、かすかに残ったARの残滓が纏わりつき、煙のような男という印象がした。

 

「………………」

 

 男と俺の視線が合う。

 あるいはさっきまでは隠れて見えなかっただけで、男はずっとそうしていたのかもしれない。

 

「あんた、SAOにいたよな?」

 

 男が最後に見せた動きは、短剣の連撃系ソードスキル『アクセルレイド』だった。

 

「名前はなんて言うんだ? どこかで会ってないか?」

 

 男は首を横に振り、頭上を指さす。

 そこには『Usagoo』というプレイヤーネームと、214位という割と高いランキングナンバーが表示されていた。

 

「会った事はないだろうな……。だが君のことは知っている。初めまして、黒猫の剣士。俺の名前はウサグー。考えての通り、SAOサバイバーだ」

 

 男はゆったりとした口調で、そう名乗った。


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