レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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53話 眠れる者のための二重奏(3)

「――飲むか?」

 

 ウサグーという名の男が、自販機の前で背を向けたまま聞いてくる。

 

「どうせ今日の戦利品だ。気にするもんじゃない」

 

 投げ渡された微糖の缶コーヒーをキャッチ。

 ウサグーは同じメーカーの無糖タイプのものを買ったようだった。

 

「天下の黒猫の剣士様が、らしくなかったじゃないか。なにかあったのか?」

「俺のこと、知ってるんだな」

「君は自分で思っているよりもずっと、有名人なのを自覚した方がいい」

「そうか……」

 

 少しでも多くのプレイヤーに俺のことを――延いては月夜の黒猫団のことを知ってもらうことはできていたようだ。

 カパリとタブを開けて一口飲むと、ウサグーは歩き出して歩道橋の階段を上っていく。続いて俺も歩くと中央あたりで立ち止まり、彼は行き交う車を見下ろしていた。

 ちらちらとヘッドライトが顔を照らす中、俺はどうして彼と話そうとしているのか考えた。

 臨時学校でもSAOでのことを積極的に話すやつは少ない。それはあの異常な世界がある種のタブーとなっているからだ。

 見ず知らずの彼に、こうして話しかけているのは常識が欠如していると言われてもしょうがないことだった。

 

「オーディナルスケールの噂を知ってるか?」

 

 ウサグーが夜空に向かって呟く。

 

「……SAOサバイバーが記憶を失ってるってやつか?」

「なんだ、知ってたか。警告くらいしてやろうと思ったんだが……つまりその顔は、君も誰かやられたわけだ」

「……そうだ」

「はぁ…………」

 

 彼は長い溜息を吐いてからコーヒーに口をつけて、苦々しい表情をした。

 

「誰がやられた?」

「そこまで教えるわけにはいかないだろ……」

 

 個人情報だとか、そういうものもあるのだから。

 それで以前アスナやエリに迷惑をかけたばかりでもあった。彼が同じSAOサバイバーでも、見ず知らずの他人であることに変わりはない。

 

「KoBの副団長か? 風林火山のギルドマスターか? あるいは……ALFの隊長か?」

「………………」

「おいおい。勘弁してくれよ」

 

 本気で困ったように、彼は片手で顔を覆い隠す。

 それからコーヒーを一息に飲み干して、遠投の構えを取った。苛立ちをぶつけるように投げられた空の缶は、遥か向こうにあるゴミ箱に吸い込まれるように放物線を描き――甲高い音を立てた。

 

「ちっ」

 

 かなりの飛距離。かなりのコントロールであったが、缶はゴミ箱の縁に弾かれ道端に転がる。

 

「俺も……ALFにいたんだ」

「じゃあ……」

「ああ。エリの世話になってな。……治安維持部隊の平隊員をやってた。君みたい最前線で戦えるような実力はなかったけどな」

「どうりで強いはずだ」

「そいつはどうも」

 

 確かALFでは投擲で結晶アイテムを撃ち落とす訓練があったはずだ。彼が先程見せたグリフォンの目を狙い撃った技量その賜物なのだろう。

 彼は肩をすくめて、あまり嬉しくなさそうに俺の言葉を受け止めていた。

 

「ところで、俺ってそんなに顔に出るか?」

「まあな。君のはわかり易い方だ」

「………………」

 

 ポーカーフェイスには自信があった方なんだけどな。

 

「それで、あんたは何しにここに来てたんだ?」

「友人がやられてな……。そいつの記憶を取り戻す手がかりでも見つからないかと思ってな……。エイジっていうプレイヤーを知ってるか? イベントバトルでラストアタックを取ったところも見たことがないんだが、それでいて2位の順位をキープしているところがどうにもキナ臭いんだが……」

「………………」

「君は違うのか?」

「あー、いや……」

「SAOの記憶なんてない方がいいと?」

「……わからない。わからないんだ」

 

 クラインもユイも、そしてエリでさえそれを望んでいないようであった。

 気がつくと俺はこのウサグーという男に全てを話していた。

 俺はSAOの記憶を失いたくはないこと。けれど他の連中はそうでもないようだということ。エリの身体のこと。それから動けるようになったこと。記憶を失ってからは普通の生活に戻れるようになったこと。よく笑うようになったこと。SAOの悪夢に苛まれていたこと……。

 ウサグーはそれらの言葉を黙って聞いた。

 言葉を重ねるごとに俺の心は整理されていき、理性が記憶を取り戻すことは間違いだと訴えかけてきていた。

 けれども……。

 

「――黒猫。お前には失望した」

 

 ウサグーの出した答えはそうではなかった。

 優しい同情などは一切なく、それどころか彼は俺を咎めるようにそう言い放ったのだ。

 

「悲劇に酔っていたいなら勝手にしろ。俺はもうお前を助けねえ」

「なら思いだせっていうのかよ! SAOの辛い記憶を!」

「そうだよ! どんなに辛い記憶だろうと、それを忘れたらもう、あいつじゃねえだろ!」

 

 ウサグーは怒りに身を任せて俺の胸倉を掴み上げていた。

 至近距離で交差する彼の瞳は、様々な感情が折り重なっているかのように暗く輝いていた。

 俺は……。こいつの手を振り払えない……。

 彼の言葉もまた、正しかった。それは俺が悩んでいることの確信でもあった。

 

「そんなのはお前の、勝手な都合だろ!?」

「……そうだな」

 

 あっさりと手が離される。

 それは彼も自分の行いが絶対の正義ではないと理解している証左だった。

 あるいは……。もっと別のなにかを後悔しているかのようでもあり……。彼もまた、SAOでの失敗が尾を引いているのではないかと感じる。

 

「おい、待てよ!」

 

 ウサグーは俺に背を向けて立ち去ろうとした。

 なぜ引き留めたのか。俺は自分の行動が理解できていない。

 

「勝手にしろ。俺も勝手にする……」

 

 夜の闇に消えていくその男の背を、俺は追いかけられなかった……。

 しばらく立ちつくしてから俺はウサグーと反対側の方向へ進むと、彼の入れ損ねた缶コーヒーが地面に転がったままでいた。

 

「サチ……」

 

 俺はどうしたらいい?

 見上げた都会の月は、随分とくすんだ色をしていた。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 翌日になり、登校して授業を受けている間も俺の頭の中では葛藤が渦巻いていた。

 放課後になったからといってそれが晴れるわけもなく。

 周囲のクラスメイトが下校していく中、俺はずっと席に座ったままでいた。

 いっそ菊岡からオーグマーの解析が終わってオーディナルスケールを終了させることが決まったとか、そういう吉報が来ればよかったのだが、折り返しのメールには未だ解析中という不甲斐ない言葉が添えられていた。

 ユイの手を借りれば解析はすぐに終わるのかもしれない。なにせ彼女はオーグマーのアプリケーションを飛躍的に進歩させているプログラマーだ。オーグマーのブラックボックスもすぐ発見できる気がする。

 もっともそれは協力してくれればの話で、それが望めないことは薄々感じている。

 

「きーりーがーやー君」

 

 耳元で間延びした声が囁かれる。

 振り返るとそこには渦中の人物――豊柴恵利花の顔があった。睫毛の線がくっきりと見えるほどの近さ。そこからはフローラルな香りが漂っている。

 彼女は腰を曲げて頭を突き出した状態で俺の顔を覗き込んでいたが、視線が合うとにこりと柔らかく微笑み、普通の姿勢に戻した。

 

「あれ? 恵利花がどうしてここに?」

 

 彼女は俺の1つ上の学年で、クラスが違うはずだ。

 

「その様子だとメール、見てないっすね?」

 

 俺は携帯を取り出すと彼女からのメッセージがいつの間にか加わっていた。

 どうやら昼休みの後に送られたのを気がつかないでいたらしい。

 

「ごめん。気がつかなかった。それで、要件は?」

「カラオケ。一緒に行かないっすか?」

「カラオケかあ……」

「あ、もちろん2人きりって話じゃないっすよ。アスナと、里香と、珪子ちゃんが一緒っす」

「んん……。どうするかな」

 

 予定はなかったが、昨日のこともあって俺はどうにも気分が乗らなかった。

 

「煮え切らないっすねえ。なにが不満なんすか。女の子4人と遊びに行けるんすよ? ハーレムっすよ!」

「いや。そういうんじゃないだろ……」

「いいじゃないっすかー。きーりーがーやー君。遊びに行こうっすよー」

 

 エリが俺の肩を掴んでぶんぶん揺すってくる。

 無抵抗のまま振り回されていると、ふと周囲の視線を感じた。

 不味い……。先日からずっと、校内はその手の話題でもちきりだ。つまり俺がアスナとエリに二股をかけているとか、そういう類の噂である。

 この状況は非常に不味い。特に――エリ本人が危険だ。

 エリも俺と同時に状況を理解したようで、案の定彼女は意地の悪そうな表情に変わっていた。

 

「私、初めてなんすよ……。だから今日は桐ヶ谷君に優しくエスコートして欲しいなって……。ダメ、っすか?」

 

 猫撫で声を作ってわざと周囲に聞こえる声量で語るエリは、さらに駄目押しとばかりに身体を密着させてきた。

 彼女の体温と柔らかい感触が背中を擦り、首筋のなぞる……。

 エリはSAOのときに比べ不健康に思えるほど痩せていたが、一部の部位に関しては依然としてふくよかなままで、その弾力が制服越しに押し当てられレレレレレ――。

 

「シャンプーの香りがするっす。――桐ヶ谷君? おーい? からかい過ぎたっすかね」

 

 エリが背中から離れ、ひんやりとした彼女の手で頬を挟まれる。

 

「…………ハッ!?」

「おー。顔真っ赤っすよ」

「………………」

 

 ヤメテクダサイ。――ホントウニ?

 溜息と一緒に雑念を吐き捨てようとしたところで、廊下の方から殺気を感じて視線を向ける。

 

「グルルルルルル……」

 

 アクティブモンスターもかくやの威嚇をしていたのは後輩のシリカこと篠崎珪子だった。

 ツインテールを逆立てんばかりに俺を睨み付けており、クラスメイトは彼女を避けて歩いていた。

 シリカは大股で近づいてくると俺の側、というよりエリの隣で立ち止まる。

 

「恵利花先輩は渡しません!」

 

 声高らかに見当違いの宣言をして、彼女はエリに抱き付いた。

 

「いやあ、私モテモテっすねえ……」

「はわ!? はわわわわわ……」

 

 エリがシリカの髪を手櫛で梳くと、シリカの表情からは徐々に覇気がなくなり、だらしなく頬を緩めてすっかり大人しくなった。

 シリカはたしかSAOからドラゴンテイマーだったはずだが、エリのテイミングスキルも負けていないご様子。

 いつの間にやら形勢は入れ替わり、シリカがエリに抱きしめられていた。エリがシリカに背後から体重を預ける形である。シリカの表情は愛玩動物のように穏やかで、立ったまま眠りについてしまいそうでさえあった。

 

「あうあー……」

「それで、桐ヶ谷君は今日なにか予定があるっすか?」

「ないけども……」

「じゃあほら、行きましょうっす」

 

 エリは俺の手を掴んで、教室から強引に連れ出した。

 透明感のある彼女の指先が絡んでくる。つい先程の密着具合を思い出してしまい、俺は借りて来た猫のように緊張してしまう。

 一方反対の腕で掴まれたシリカは飼い猫のように幸せそうな顔をしていた。

 ――なお校門で待っていたアスナとリズは、俺たちの姿を見るなりどうしてかまったく同じように頭を抱えた。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 カラオケボックスの中では彼女らの熱唱が室内に響き渡っていた。

 アスナとエリの音感は非常に優れており、正直自分が歌うのが恥ずかしくなるレベルであった。リズとシリカはそこそこ。俺については――まあ音痴ではないだろう。

 2人が言うにはピアノを習っていたおかげだろうとのことだったが……。それは歌に関係あるのだろうか?

 ドリンクバーから注いできたジュースを飲みつつ、エリのペースから抜け出して冷静さを取り戻した俺は、彼女の様子が気になっていた。

 別に変な意味ではなく、今日はやけに絡んでくるなと思ったに過ぎない。

 そもそもにおいて、エリという人物は人肌が恋しいタイプだった気がする。よくリズやアスナとは身体を密着させていくし、SAOではリズの店にいた頃だと彼女の膝の上に寝転がっているのが定位置だった。

 女性同士だとだいたいあんなものなのだろうか?

 俺に対しても数度そういうことをしてきたことはあったが、SAO末期では明確に一線を引かれていた覚えがあった。

 それに……。随分と楽しそうに笑う。

 無理に笑っているという感じではない。彼女が本気で欺こうとしているならきっとわからないだろうが、どうにもそうではない。

 元々暗かったわけではないが、彼女は格段と明るくなっていた。

 

「先輩! デュエットしませんか!?」

「いいっすよー。お互い知ってる曲となれば……ユナの曲っすかね」

「そうですね! ぜひ!」

 

 2人は肩を寄せ合って端末から曲を選んで入れていく。

 

「そういえば今度のユナのファーストライブ。先輩たちも行きますよね?」

「帰還者学校の全員が招待されてるやつ?」

「そう、それです!」

「私は行ってみようと思ってるけど。エリは?」

「私も当然行くっすよ。それにしても凄いラッキーっすよねー。普通に買うんだったら、倍率の凄い高い抽選に当選しないといけないんすから」

「ユナの大ファンでよかったわねー、あんた」

「じゃあじゃあ! 一緒に行きませんか?」

「もちろんいいっすよ」

「やった! それじゃあ今日はライブの予習ですね!」

「ふふふ。そんなのはすでに済ませてるに決まってるじゃないっすか」

「流石です、先輩!」

「私も行こうかな。キリト君は?」

 

 丁度曲を歌い終わったアスナが俺に聞いた。

 

「そうだなあ……。それじゃあ俺も行こうかな」

 

 ユナについては別にファンでもなんでもなかったが、ここはそうしておいた方が無難かと思いそう答えた。

 

「ちょっとジュース注いでくるよ」

「あ。私も」

 

 俺が席を立つと、アスナが一緒になって扉を潜った。

 曇りガラスの向こうではエリとシリカがマイクを持って歌い始めた所だったが、扉が閉まりきるとそれが遠くの出来事のように音が閉ざされる。

 聞き覚えのない曲が流れる廊下で、しばし俺とアスナは向かい合っていた。

 

「行こうか」

 

 ドリンクバーはこの階にはなく、俺たちは階段を下りることになる。

 

「ねえ、キリト君……。悩みがあるなら、私でよければ相談に乗るよ」

 

 階段の踊場でアスナの言葉に俺は振り向いた。

 不安そうに揺れる琥珀色の瞳が俺をじっと見下ろしていた。

 

「……俺ってそんなに顔に出やすいかな」

「ずっと、見てたからね」

 

 アスナはそう言うと階段を下り切って俺の隣に立つ。

 俺は今更改めて考える必要もなく、何度も出した答えを口に出した。

 

「エリのさ……。記憶、戻らない方がいいんじゃないかって……」

「うん……」

「忘れられるのは、そりゃあ寂しいけど、その方がエリのためだと思うんだよ」

「うん……」

「身体だって良くなったし。たくさん笑うようになったろ?」

「うん……」

「それにオーディナルスケールをやってたって記憶が戻る確証はないわけだ」

「うん……」

「こういうのは菊岡の仕事で、俺の出る幕じゃないしさ」

「うん……」

「だから……。それだけだよ……」

 

 それでこの話は終わりだ。

 

「それならキリト君はどうして悩んでるの?」

「それは……」

 

 ……どうしてだろう。

 これが正しい選択のはずなのに、なんで俺はこんなにも悩んでいるのだろう。

 

「わからない?」

 

 俺が頷くとアスナは得意げな顔をした。

 

「しかたがないなあ……。じゃあ、私がキリト君の言って欲しいだろうことを言ってあげるね」

 

 アスナは姿勢を正すと「コホンッ」と小さな咳ばらいをひとつ。

 

「私はエリの記憶がなくなって寂しいよ。だってエリと仲良くなれた出来事が、このままじゃなかったことになっちゃうんだもの。エリとは喧嘩してた記憶ばっかりだけどね。それでも私はこの記憶が好きだよ。それはもちろん楽しいことばかりじゃなくて、辛いことも沢山あったけど、それでも今の私を形作ってるのはあの頃の記憶だから。エリもきっとそう。私たちが友達になれたのは、SAOでエリにまた会えたおかげだから。――キリト君」

 

 アスナが繰り出すレイピア捌きのような、とても真っ直ぐな言葉が俺に突き刺さる。

 

「お願い。エリの記憶を取り戻して。これ以上誰かの記憶を失わせないで」

「………………」

 

 俺に頼むなんてお門違いもいいところだ。

 俺は確かにヒースクリフを、オベイロンを倒せたとはいえ、その実態は一介のゲーマーな高校生のガキでしかない。

 記憶を取り戻すなら医者やカウンセラーに頼むべきだし、オーディナルスケールを止めるのは菊岡や警察の仕事だ。

 だけど、俺はアスナの頼みを聞いて目の前の霧が晴れるかのような思いだった。

 ポケットの中に仕舞ってあった形態が震える。手に取ると出来過ぎたタイミングでオーディナルスケールのイベント通知が来ていた。

 

「……ああ、わかった。任せてくれ!」

 

 その言葉が、ずっと欲しかった。

 誰かに背中を押してもらいたかったんだ。

 サチ。情けない俺でごめん。でも俺は今度こそ行くよ。エリの記憶を取り戻しに。そしてこれ以上犠牲者を出さないために。

 ――君との大切な思い出を賭けて、オーディナルスケールの戦場へ!

 俺は急いで部屋へ引き返して、学校鞄とその中にこっそり忍ばせていたスティックコントローラーを取りに戻る。

 

「あ、キリト。どうしたの、そんなに急いで?」

「悪い。急用が入った。カラオケはまた今度誘ってくれ」

「はあ……。しょうがないわねえ」

 

 リズに平謝りをして、俺は勘定を適当に机に置くと再び走る。

 

「頑張れ、キリト君」

 

 廊下ですれ違ったアスナの声は、決して大きくなかったが、俺にしっかりと届いた。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 俺は山手線の改札を抜けると、すぐそこにある恵比寿ガーデンパレスまでの道のりを全力で走り抜けた。

 行きかう人々は俺のことを怪訝な目で見ていたが、そんなことはどうだっていい。

 この堪えようのない熱が、ただひたすらに俺を前へと推し進めていた。

 イベント会場のセンター広場にはすでに多くのプレイヤーが集まっていた。

 磨かれた石材の足場を早足で進み、顔を確認してはウサグーがいないか確かめる。

 暖色系の電球でライトアップされた広場を抜け、俺は階段を上って全体の見渡せる2階の通路へ赴いた。

 ここからならあるいはと考えた矢先、その男は見つかった。

 

「……何しに来た?」

 

 黒い革ジャンを羽織ったウサグーは厳つい表情で、拒絶の言葉を放つ。

 俺はそれを真っ向から受け止めて、やつと目を合わせた。

 

「記憶を取り戻しに」

 

 できるかどうかじゃない。やるんだ。

 

「ちっ」

 

 舌打ちを隠そうともしない横暴な態度。

 

「これ以上犠牲も出させない」

「好きにしろ」

「ああ。けどあんたはどうなんだ? 1人じゃ手が足りてないんじゃないのか?」

「そうでもないさ」

「俺は足りてない」

「………………」

「手を貸してくれ。お願いだ」

 

 腰を曲げて頭を下げる。

 エリやクラインの記憶に比べれば、頭を下げるくらいわけない。

 俺はプライドのためにここに来たわけじゃないんだ。

 ウサグーは速い段階からこの事件を調べていた。なにか情報を持っているかもしれない。それに彼の戦闘力もどこかで必要になるかもしれない。

 学校の彼女たちを巻き込みたくないという思いもあったが、そもそもにおいて攻略組だったアスナは体力の関係で戦力外。リズとシリカの2人にはすまないが、背中を預けられるほどの実力があるとは言い難い。

 だが昨日彼の見せた動きは、攻略組の中でも一部のトッププレイヤーにしかできないような芸当だった。ここがARであることも加味すればこれほどの使い手はそうそういまい。

 

「……やれるのか?」

「ああ」

「そうか……。上手くいかねえもんだな……」

 

 男が溜息を吐くと同時に周囲の光景がオーディナルスケールのイベントバトルの風景に塗り替えられていった。

 

「ウサグーだ。よろしく頼む」

「キリトだ。ありがとう」

 

 俺たちは力強く握手を交わし、同時に己の剣を抜いた。

 


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