レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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56話 眠れる者のための二重奏(6)

 俺はユナのファーストライブが行われる新国立競技場のスタジアムへと足を踏み入れていた。

 楕円状のスタジアムの中央に巨大なステージがあり、そこを囲うように競技場だった床にもパイプ椅子が並べられているほどの盛況ぶりだ。

 帰還者学校の生徒全員に無料配布されたチケットが俺にはあったが、思い返せばこれも随分とおかしな話だった。

 昨日の内にクラスの友人にメールで来ないようにとも告げておいたが、どれだけ本気で取り合ってくれたかはわからない。おそらくここにはあの学校の生徒も多く集められているのだろう。

 

 俺は一度アスナ達の様子を見に行ったが、案の定リズはやってきていた。

 だが困ったことにそこへ付いてきたシリカとエリもいて、決戦前から大いに頭を悩まされる羽目になった。

 シリカはアスナやリズがいるのに圏内に引き篭もっていられないと熱い友情を見せ、エリに至ってはもう記憶がないからと危機感のない様子であったが、もしものときはすぐにオーグマーを外すと言っていたからたぶん……平気だと思いたい。

 それに今日ここに来ていた頼れる仲間の姿もあった。あこぎな商売人のエギルだ。あいつを彼女たちの側に置いていれば、不測の事態になっても身を挺してなんとかしてくれるだろう……。

 そうして開始時刻を待っていると、俺のオーグマーにエイジから地下駐車場へやってくるようメールが送られてきた。

 「トイレに行ってくる」とバレバレな嘘を吐いて席を立つと、ウサグーに連絡を取って通路で落ち合い、俺たちは並んで呼び出しの場所へと向かった。

 

 地下駐車場はこの日、一部の職員にしか解放されていない。

 その地下3階ともなればおそらく誰も足を踏み入れることのない区画だった。

 エレベーターの液晶パネルが数字を増やしていくのを俺たちは息を呑んで見守り、自動扉がようやく開かれる。

 静まり返った薄暗い空間は、緑のLED電球で照らされていた。

 エイジの姿はすぐに見つかる。やつはエレベーター近くの支柱に背を預けてハードカバーの本を開いていた。そのハードカバーには見覚えがある。SAO事件記録全集だ。

 

「約束通り来てやったぜ」

 

 俺の言葉にパタンと音を立てて本を閉じ、エイジはこちらに視線を向けた。

 

「逃げずによく来ましたね」

「覚悟はできてんだろうな?」

「急かさないでくださいよ。ウスグーさん、でしたっけ? あなたのことは終ぞわからず仕舞いでした。この本のどこにも載っていない」

 

 エイジの放り捨てた本が地面を滑ってウサグーの爪先にぶつかる。

 

「黒猫の剣士さんの隣にいるから警戒していましたが、どうやらあなたは僕と同じ路傍の石だった訳ですね」

「好きに考えてろ。俺は俺だ」

 

 ウサグーは特に気にすることもなく不遜に笑ってみせると、足元にあったこれ見よがしに踏み潰した。3Dオブジェクト特有のノイズが本に走る。

 

「そういうお前はノーチラスだな。死の恐怖に怯えて戦うのを拒否したっていう」

「今の僕はエイジだ!」

 

 エイジの怒号。明らかに動揺が窺えた。

 

「あなたこそ、仲間を守れなかった独りぼっちの黒猫じゃないですか」

「…………それがどうした」

 

 今更事実を指摘されたくらいで揺らぐものか。

 そうであればとっくの昔に剣を捨てていたとも。

 だがこいつはたった今、月夜の黒猫団を馬鹿にした。ならば倒す。俺の戦う理由はここに来て1つ増えた。

 

「まあいいです。しかし2人がかりだからといって、ランキング2位の僕に勝てると思っているのですか?」

「そっちこそ大層なオモチャをもらったみてえだが、その程度で負けねえと思ってんのか?」

「ふっ……」

 

 俺たちはスティックコントローラーを取り出して構える。

 

「「「オーディナルスケール、起動!」」」

 

 3人の声が重なり、次の瞬間にはAR上に表示された仮想の剣で斬りかかっていた。

 その距離僅か5メートル。互いに2歩も踏みだせば届くほどの近さ。

 だがパワードスーツで強化されたエイジは俺を遥かに超える速度で接近すると、振り上げたばかりの俺に向かって、すでに剣を振り下ろし始めていた。

 

「くっ!?」

 

 右手から意識を離して左手を横に動かす。

 エイジの持つ黒い片手直剣の刀身は盾に触れエフェクトの火花が起こった。だがそれは実態無き虚像の剣と盾だ。弾かれ合うことなく擦り抜けて、互いの拳がぶつかってようやく止まる。

 左手が痺れる。フルダイブでは起こりえない痛みをアドレナリンで誤魔化し、右手の剣をやつの肩から袈裟切りに振り下ろそうしたが、間合いを読み切られて一歩だけ下がると寸前で当たらない。

 視界の端ではウサグーはエイジの背後を取ろうと、支柱を影に大きく時計回りで動いている。

 エイジの剣が俺の足を払う。バックステップでそれを躱すもコンクリートの床にはエフェクトの切断跡が刻まれて視界を覆う土煙が舞い上がった。

 俺は即座に後退を選択。視界不良の状態でエイジの動きについてはいけない。

 

「ハッ!」

 

 エイジが予期せぬ方向から跳びかかる。

 上空だ。やつはあろうことか天井を蹴って加速したのだ。

 咄嗟に構えた盾。それを持つ左手がやつの空いた左手に掴まれ払われる。

 

「こはっ……!?」

 

 振りかぶった突きが俺の胴体に突き刺さり、拳が抉る。

 身体が薙ぎ倒されるほどの威力。

 俺は勢いのまま乱暴にコンクリートの床へ叩きつけられた。

 立て続けに鳴り響く金属音。

 腹を押さえて起き上がると、ウサグーが左右の腕でボクシングのようなファイティングポーズを取りエイジに殴りかかっているところだった。

 金属音はウサグーの右手に握られた短剣がエイジの剣を捌いている音で、それが時折エフェクトの光を輝かせる。

 俺はSAOに――ゲームというカテゴリーに囚われていた。

 これはオーディナルスケールの皮を被ったストリートファイトだ。

 エイジは圧倒的なボディーパフォーマンスを駆使してウサグーに蹴りを入れるも、俺のように無様に転がることはなく、きっちりと左右の腕をクロスさせてガード。さらに威力を減らすため、自分から後ろに跳んだようだ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 俺は息を整えつつ様子を窺う。

 この身体はフルダイブのアバターじゃない。オーディナルスケールのHPとは別に、実際のHPが存在する。それはダメージを受けるほど身体機能が減少する厄介なステータスだ。

 いかにフルダイブの戦闘が楽なのか実感する。

 ARの攻撃に対する防御は最低限でいい。あれは外見とは裏腹に質量のない攻撃だ。

 肝心なのは手足の動き。あれは仮想の剣をすり抜ける。まるでALOで戦ったユージンの魔剣グラムみたいな性能だ。

 どうすればいい?

 今必要なのは我武者羅に立ち向かう勇気じゃない。

 慌てるな。勝てる。俺は俺を信じて最適な行動を模索する。

 エイジとウサグーの戦いはエイジが押しているように見えるが、ウサグーの防御も上手い。盾を使わない、ステップでの回避がSAOでも主体だったのだろう。

 ともすれば俺の盾も不要なのか。エイジと同じ片手をフリーにした方が幅が利くように思える。

 俺はSAOでの戦闘経験を掘り起こし、瞬時に流れをイメージした。

 息を吸う。休憩は終わりだ。

 

「うぉおおおおおお!」

 

 雄叫び。破れかぶれの攻撃に見せかける。

 構えは盾を突き出し、右手を引く形だ。

 エイジは上半身を引いて俺の右フックを避け、左手を伸ばして盾の内側に潜り込ませた。

 

「――っ!」

 

 だが手を掴んだのは俺。

 盾は宙へ投げ出され、あるべき場所に左手が置かれていなかったためだ。

 盾は視界を遮る壁でもある。

 エイジは強引に振り払うも先に俺の裏拳が胸に当たる。ついでに刀身も触れてHPも削れているだろう。

 追撃といわんばかりにウサグーは背後から殴りかかった。

 それを察知してかはわからないが、エイジは一度上空へ逃げる。

 天井を足場にして離れた位置へ着地。平然と立っている様子は、ダメージが入っているようには見えなかった。

 

「スーツに耐衝撃性がある。首から下は意味がねえな」

「先に言ってくれ」

 

 装備の性能差のあまり、裸で戦わされている気分だ。

 

「ははははは! SAOをクリアに導いた黒猫の剣士もこの程度ですか!」

「黒猫、合わせろ。今度は俺が前に出る」

 

 ウサグーが小声で囁く。

 

「ノーチラス! テメエも大したことがねえな。逃げ腰が板についてるぜ!」

「僕はエイジだぁああああ!」

 

 地面に切先を擦らせて、土煙を巻き上げながら走るエイジ。

 ウサグーはそれを短剣を投げつけることで牽制。

 目を狙うダーティープレイも厭わないが、エイジは首を捻るだけでそれを避けた。

 しかしこれでウサグーの右手は空いた。

 彼は両手を別々に動かし、エイジの腕を掌で弾いていく。

 足を止めた瞬間、俺はエイジに向けて剣を振った。浅いが彼の足にエフェクトが残る。俺の剣よりも実物の拳を使うウサグーに気を取られ、ようやくできた隙だった。

 エイジの剣が再びコンクリートを引き裂く。

 土煙に視界を奪われつつも俺はエイジの背後に回り込んで頭の来る位置を予測。そこへ向かって全力で拳を振り抜いた。

 

「くそっ」

 

 エイジは背後に視線を向けていたため、ギリギリで頭を低くして逃れられた。回避の代わりに彼は跳躍ができず、靴底が地面と擦れて黒い焦げ跡を作る。

 

「逃がすかよ!」

 

 土煙から跳び出す影。

 止まるエイジ。ウサグーが拳を握りしめる。

 エイジが笑みを浮かべ――すぐに驚きに変わる。

 カウンターを狙った掌底。けれどそれは空を切った。

 ウサグーは拳を短く動かしただけ。この絶好のタイミングでフェイントを繰り出したのだ。

 エイジの腕を軽く払い、今度こそはと上半身を動かすもこれさえフェイント。

 仮にウサグーが拳を出していても当たらない速度でバックステップしていたエイジに、彼はステップインして追い縋る。

 まるで全速力で駆けるような動きだが、そのすべてがフェイントと回避の応酬。

 真に透明な刃が、エイジの体力をじわじわと削っていく。

 

「調子に乗るなぁああああ!」

 

 支柱に追い込まれたエイジ。そう見えるも、実際は足場にするために動いたに過ぎない。

 やつは天井まで伸びるそれに足を掛けて跳びあがると空中で一回転をしながらウサグーの腕が届かない位置より切先だけを触れさせて背後に着地する。

 俺はそこを狙って一閃。エイジの剣が俺の剣を防ぐも、俺はさらに一歩踏み込み、空いた左手で体術系ソードスキル『閃打』を再現。

 利き腕でなくとも、慣れ親しんだソードスキルの軌道は現実においても寸分違わず繰り出された。

 エイジがそれを左手で弾くも、今度は後ろから迫るウサグーの拳に追われる。

 ついにエイジは右手でガードを試みるもウサグーは相変わらず攻撃を繰り出さない。

 俺は剣の間合いまで引きつつ顔に突きを放つ。入り乱れた近接戦で下手に近づけば同士討ちを狙われかねないからだ。

 エイジが俺の剣を見切り首を曲げ――やつの身体が沈み、振り返ったところをウサグーの拳がついに捉える。おそらくは顔を狙った拳を繰り返し注意力を集中させてから、足払いで体勢を崩したのだ。

 スーツで顔以外は無敵だと思わせたのもこのためだったのかもしれない。

 地面に倒れつつも、エイジはすぐさま腕を使って前転。距離を取って起き上がる。

 

「今更、卑怯だなんて言うなよ?」

 

 エイジは血の混じった唾を吐き出し、忌々しくウサグーを睨む。

 

「SAOなんてクソゲーの記憶、貰ったっていいじゃないかぁあああああああ!」

 

 エイジがウサグーの懐に駆ける。

 ウサグーのパンチ。だがそれに動じずに踏み込んだエイジが拳を頬に掠らせながら、ウサグーのボディにカウンターを一発。さらに後ろへ回り込むと、彼の背を踏み台にしつつ蹴り飛ばす。

 

「くはっ……!」

 

 ウサグーは受け身も取れず頭から倒れる。

 そして彼を助ける間もなく上空から踵落としが俺に襲いかかった。

 ステップで避けるも、続く怒涛の連撃に手が出せない。

 

「お前らの記憶さえあれば、ユナは、ユナは生き返るんだぁあああああああああああ!!」

「――がっ!」

 

 ついに腕を取られ、遠心力を駆使して数メートルの距離を投げ飛ばされる。

 コンクリートの壁に打ち付けられて地面に落下する前に蹴りの追撃を受け、俺の身体はサッカーボールのように跳ねまわった。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 エイジもついに体力の底が見え始めた。

 けれども身体に力が入らない。俺の剣はコンクリートの上に転がっていた。

 

「うるせぇえええええええええ!!」

 

 ウサグーもさっきのでかなりのダメージを受けたはずだ。その証拠に足がふらついていた。

 だが彼の瞳からは闘志が一向に衰えていない。

 彼は死んでも立ち上がるのではないか。

 そう思わせるほどの気迫を全身から漲らせていた。

 

「雑魚が! 僕の邪魔をするなあああ!」

「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 エイジが叫び、ウサグーも殴りかかる。

 だがいかに気迫があろうとすでに死に体。ウサグーはあっけく腕を取られる。

 強引にそれを抜けるウサグー。

 彼が先に使った左腕。それがへし折れた。

 

「砕けろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 背後へ回った彼が右腕でエイジの首を掴むと、雄たけびを上げ、火花が弾けた。

 ARが見せるエフェクトではない。それは本物の火花。

 握力だけで、ウサグーはパワードスーツの制御系を握り潰したのだ。

 

「かはっ!?」

 

 仮に金属パーツがなければ首を折られていた一撃。

 制御系だけが犠牲になりエイジは無事だったが、もうあの力は発揮できないはずだ。

 

「腕の一本くらいくれてやる」

 

 だらりと下がった左腕は本来あり得ない方向に曲がっていた。

 

「黒猫! 寝てんじゃねえ!」

 

 負けて、られないな……。

 

「「うぉおおおおおおおおおおおお!」」

 

 エイジと俺の声が重なる。

 落とした剣を再び握りしめ、互いの姿が交差した。

 

「俺たちの、勝ちだ……!」

 

 エイジが膝をつき、オーディナルスケールのアバターが解除された。

 軽快なファンファーレが頭上から聞こえ、俺の順位が2位に押し上げられる。

 

「さあ……。エリの記憶を、取り戻す方法を教えやがれ……!」

「フフフフフッ……」

 

 エイジは支柱を背に座り、狂気的な笑い声を上げた。

 

「ここにはSAOサバイバーが集められている。ここでやつらの脳からSAOでの記憶をスキャンして奪ってやるのさ」

「そんなことはどうでもいい……それより、記憶を戻す方法を教えろ……!」

「あるわけないだろ。戻す方法なんて一々考えてるかよ。騙されたんだよ、馬鹿がっ!」

「クソッ!」

 

 胸倉に掴みかかったウサグーが乱暴にエイジを離す。

 

「会場だ。とにかく行くぞ」

「………………」

「ウサグー!」

「……ああ」

 

 SAOでの記憶を奪うならユナのライブ会場にボスモンスターが配置されるはずだ。

 俺はウサグーに一喝すると、エレベーターへ足を急がせた。

 

「もう手遅れだ。誰にも止められない……。アハハハハハハハ!」

 

 ユナを生き返らせる。エイジが言ったその言葉は耳にいつまでも残っていた。

 彼は――俺だ。

 もしもサチが生き返るとしたら、俺は……ああなっていた。

 今からでも重村教授の計画を乗っ取ってしまいたいという欲望はある。

 そんなことをしてもサチたちは喜ばないのを知っていながら、俺独りではその誘惑には勝てなかっただろう。

 

「ウサグー」

「なんだ」

「サンキューな」

「………………」

 

 エイジの笑い声は、エレベーターの扉が閉まる、その瞬間まで鳴り止むことはなかった。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 菊岡に連絡を送ると、悪い知らせだけが届いた。

 

「オーグマーを製造したカムラからの情報だ。現在スタジアム内を飛んでいるドローンには、オーグマーの出力をブーストするワイヤレス給電機能が実装されていることがわかった。スタジアム内で例のスキャニングが行われると、ナーブギアのように脳そのものにダメージを与え死をもたらす可能性がある」

 

 最悪と言っていいシナリオだった。

 

「僕は教授を止める。キリト君は観客にオーグマーを外すよう指示してくれ」

 

 ユナがライブを行っているはずの会場は、SAOのボスモンスターで溢れ返っていた。

 所狭しと見覚えのあるモンスターがひしめき合い、ライブを見に来たはずの客たちはオーディナルスケールを起動してそいつらと戦闘を始めている。

 

「やめろ! 今すぐオーグマーを外すんだ!」

「無駄だ……。聞く耳なんて持ってねえよ」

「ちくしょうっ!」

 

 彼らにとってこれはハプニングイベントにしか感じられないのだろう。

 

「俺も仲間が心配なんでな。こっからは別行動だ。……知り合いだけは助けるんだな」

 

 ウサグーはそう言うなり腕を抑えつつ、人混みに紛れて何処かへと行ってしまう。腕が折れているのが心配だったが、彼の姿はすぐに見失ってしまった。

 俺もすぐに彼女たちの元へと走った。

 

「皆!」

 

 アスナの側に突如沸いた74層ボス『ザ・グリームアイズ』に俺は跳びかかる。

 SAOの時よりも軽くなったそいつは勢いに負けて観客席から転がり落ちるが、俺も客席を崩して床に倒れる。

 

「悪い。遅くなった!」

「キリト君!」

 

 俺はすぐに身体を起こすと、アスナに襲いかかっていた別のボスモンスターへ斬りかかり攻撃を相殺した。

 

「遅かったじゃねえか」

「エギル」

 

 いつになく頼もしい巨漢が、大斧を振り回してボスに止めを刺す。

 

「この場所でオーグマーのスキャンが行われたらナーブギアみたいになる可能性があるんだ。だから今すぐオーグマーを外してくれ」

「そっか。外せば平気よね。……だけど他の人たちは?」

「今から呼びかけて回る」

 

 リズの疑問はそれで晴れることはなかった。

 彼女も気がついたのだろう。どこの誰とも知れない相手に言われたくらいで外すはずがない。この場にいる彼女たちしか助からないのだと。

 

「エリ、ユイは!?」

「えっ……? あー、今日は来てないっすよ」

「連絡してくれ」

「了解っす」

 

 ユイならあるいは、ALOのときのようにシステムそのものに干渉できるかもしれない。

 

「黒猫の剣士さん!」

 

 凛とした声はどこからか現れたあの白い服装のユナものものだった。

 彼女は巨大な盾で近くに現れたボスモンスターの攻撃を受け止めると、周囲に青白い膜のようなものが展開される。それにボスの攻撃が阻まれているのを見ると、防御フィールド――あるいはセーフゾーンのようなものなのかもしれない。

 

「ユナ。君は……」

「お願い。オーディナルスケールを止めて!」

「けどどうすれば――!」

「あの旧アインクラッド100層で、最後のボスモンスターを倒すの! 今からオーグマーのフルダイブ機能をアンロックするわ。紅玉宮の扉はあなたのランキングナンバーで開けられる」

 

 オーグマーにフルダイブ機能があるとは初耳だが、ここは彼女を信じるしかない。

 

「わかった」

「俺たちもいくぜ」

 

 エギル。それにアスナやリズ、シリカまでがついて来ようとしていた。

 だがエリは……。

 

「私も……行くっすよ……」

「ここに、残っててくれ」

 

 震えている。彼女は怯えていた。

 あの日もそうだった。75層のフロアボスの話が出たとき。普段は不敵に笑っているエリの表情が明らかに動揺していたのだ。

 エリはきっと、死んでもいいと思って戦っていたのだと思う……。

 

「エリは覚えてないだろうけど。SAOをクリアした日のように、必ず勝つから。だから信じて待っててくれ」

「安心なさい。私も死なないから」

「里香……」

 

 リズがエリを抱擁した。

 申し訳なさそうにするエリに、リズは耳元で「心配ないわ」と優しい言葉を囁く。

 

「わかったっす……。皆、ちゃんと帰ってきてくださいっすよ!」

「ああ……!」

 

 俺たちは、かの城へ向かう呪文を唱えた。

 

「「リンクスタート!」」


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