「なんで、お前が……」
悪夢が形を持ったかのような男が立っていた。
「よう、黒猫。借りを返しに来たぜ」
男は旧友のような気安い口調で俺に語りかけてくる。
そこには堪えきれないような笑い声が混じっていて、酷く神経を逆撫でにする。
「テメエがSAOをさっさとクリアしちまうもんだから、決着をつけられなかっただろ? 折角俺が用意していた舞台も無駄になっちまった」
「PoHゥウウウウウ!!」
俺は気がつけば剣を握りしめてPoHに向かって走り出していた。
「おいおいおい。まさかここでやろうってのか? 確かにこのままやれば俺が不利か。もっとも、その間に会場の奴らがどうなるかはわからねえけどな。それでもいいなら相手をしてやるよ」
ニタニタと笑うPoHは、剣を構えずに言葉だけで俺を斬り裂く。
俺はこいつが許せない。それでも――。
PoHの横を通り過ぎて俺はボスへ剣を突き立てた。
ソードスキルがボスのHPを大きく削る。
やつが俺の背に襲いかかってくることはなかった。
それどころか剣の間合いにまで近づいた俺のことを警戒する素振りもなかった。
こうすることが端からわかっていたのだ。完全に手の平で転がされている感覚がする。
まるであの日のように……。
それでも俺はこうせざるを得ない。
ボスは突撃槍に持ち替えて、再びソードスキルを発動させようと構える。
おそらくは突進系。その矛先は……まだユイを狙っている。
不味い。PoHの登場で空気がおかしいことを感じたALOプレイヤーたちも手が止まっていた。ユイは未だ樹木に拘束されたままである。
先程の装備は細剣であったが、突進力に優れる両手装備の突撃槍をあのように弾くことができるかはわからない。
「俺のことも忘れないでくれよぉ」
ユイの捕まっている方向から声。振り向くとそこにはズタ袋を被ったプレイヤーが螺旋状の通路から顔を出して、樹木だけを斬りユイを救出したところだった。
そいつは落下するユイを空中で抱えると地面に降り立つ。
一度だけ見たことのあるそいつの名前は、おそらく『ジョニー・ブラック』。ラフィンコフィンの幹部だったはずだ。
ジョニーはそのままユイを抱えてソードスキルの攻撃範囲から逃げ出す。
俺もPoHも、今度はソードスキルを無理に止めるようなことはせずに回避に移った。
「忘れてたのはテメエの方だろうが」
「そいつは言いっこなしだぜ、ボス。――ていうかボスこそ俺のこと忘れてなかった?」
「下らねえこと言ってんじゃねえ。それとお前は少し黙ってろ」
「へいへい」
ジョニーはユイを降ろすと肩をすくめて見せる。
なにが起こっているのか、訳が分からない。
性質の悪い夢を見せられているかのような気分だ。
だがアインクラッドのラスボスが目の前にいて、こいつを倒さなければ会場にいるSAOサバイバーの命がないのは現実のことだ。
「――っ! 攻撃っ! 攻撃を再開してください! 樹木の拘束は可能なら命中前に攻撃魔法で迎撃。ブロックでの拘束は付近の方が防御魔法で追撃のカバーに回ってください。リーファちゃん。ユイちゃんの護衛をお願い。ユイちゃん、バフはもう一度やれる?」
「やれます!」
「わかりました! 任せてください!」
いち早く立て直したのはアスナだった。彼女はすぐに全体へ声を発して戦闘を再開させる。
一方ユイを抱えてリーファは外周の飛行を始めた。
空中機動ではALOでも最高峰のリーファだ。その証拠にここまでの戦闘で彼女の被弾は一度もない。リーファの攻撃力がなくなるのは惜しいが、それでもこの場でユイを任せるには適任の存在だった。
ユイの歌が再開されるとステータスアップのアイコンが再び表示される。
ボスもそれに合わせて熱線でユイを狙うが、急ターンをしたリーファは危なげなくそれを躱していく。
「バリア再生まであと15秒。退避!」
アスナの号令のもと、接近していたプレイヤーが距離を取る。
陣形を切り崩す起点となっていたバリアの再生に伴う衝撃波は、どのプレイヤーも捉えることはなかった。
すぐに距離を詰め直したプレイヤーたちが殺到する中、ボスは足場を浮かび上がらせて攻撃の密度を下げさせてくる。
俺の足元も浮遊したが、その勢いを利用して空中に跳び上がるとソードスキルを実行してバリアを削りに入る。
熱線。爆発。繰り返されたコンボ。
その煙の中からダメージを受けつつも飛び出してきたのはPoHだ。
やつは爆風に乗ってボスの眼前に躍り出ると逆手持ちにした短剣をバリアに突き刺して、落下を活かして頭上から足元までを一気に引き裂く。
「どういうつもりだっ!?」
「ハッ! テメエを殺すのはこの俺だ。こんなところでくたばってもらっちゃ困るんだよ!」
バリアが砕けるエフェクト。
「なにやってるのさキリト。モタモタしてられないんでしょ?」
ユウキは俺を叱咤すると放たれた矢の如く飛び去り、ボスの身体に連撃を浴びせていく。
隣に立つやつのせいで集中できていない。
意識を切り替えろ。
今はこいつよりも目の前のボスだ。
俺が一歩踏み出すのと、PoHが踏みだすのは同時だった。
それぞれのソードスキルがボスのHPを急激に減らし始める。
これまでの攻撃でわかったことだが、SAO組でも俺の攻撃力はひときわ高く設定されている。最初はレベルのせいかと思ったが、その割にはアスナの攻撃力が低い。リズよりもアスナの方が下ということから考察するとオーディナルスケールのランキングナンバーが原因だろうか?
ネットの噂ではオーディナルスケールはランキングナンバーで攻撃力が上昇するという話があった。その噂は数日でランキングを急激に上げたことによる体感で、事実だと感じてる。
俺のランキングは現在2位。そこにエリュシデータの性能も足されて、この出鱈目な攻撃力が実現しているのだろう。
――その俺に匹敵するのがPoHの攻撃だ。
オーディナルスケールの仕様上、リーチの短い武器ほど高性能という図式で考えれば、短剣カテゴリーであるはずのあの武器が強いのは納得できる。
それでも……。まるで俺と同等のランキングナンバーがあるような攻撃力だ。
俺たちの攻撃はそれぞれが1パーティー分のような威力で、ボスの6本目のHPを容易に消し飛した。
「アアアアアアアア!」
大地から樹木が伸び、プレイヤーに殺到する。
数が多い。同時攻撃数の強化か。
全方位に伸び出した樹木の数はこちらの半数を同時に攻撃しても余るほど。
フィールドが埋め尽くされるのではないかという勢いで襲い来るそれらに多くのプレイヤーが拘束される。
「ぐっ!」
「クソが!」
俺もPoHもソードスキルで迎撃するも、面で襲われてはひとたまりもない。
数本を防ぐだけですぐに壁へと縫い付けられた。
「お兄ちゃん!」
一部の妖精プレイヤーは三次元的軌道で難を逃れたらしい。
攻撃魔法がオブジェクトに向けて放たれ、どんどん救出されていくなかボスがついに回復行動の大樹を生み出した。
「目標変更! ボスの動きを止めて!」
アスナの指示にすぐに反応できるプレイヤーはいなかった。
ALOのプレイヤーも腕が立つが、救出に気を取られ過ぎている。
日を浴びた大樹に滴が集まり、それが落下を始め――殺到するナイフがそれを撃ち落とす。
「よっしゃ! どうよ! 俺の活躍見てくれてた?」
どこからか現れたジョニーが、ボスの足元で投擲スキルを使ったのだ。
おそらく隠蔽スキルを使っていたのだろう。
隠密中は走れないし攻撃すれば解除されてしまうため、戦闘中に用いられることのほとんどないスキルであるが、こういう位置取りでは役に立つ。
しかし姿を現したジョニーは、怒り狂ったボスの両手斧で上空に打ち上げられると、熱線を受けて吹き飛ばされた。さらにボスは突進系ソードスキルで追撃の構えを見せている。
「やばっ」
スピードこそ細剣に比べれば遅い斧のソードスキルであるが、重さであれば圧倒的に上。
「でやぁあああああああ!」
先に拘束から抜けていた俺は駆けつけて、空中で体術系ソードスキル『震脚』を使用。盾でその攻撃を受け止めようとする。
見捨てたい気持ちは勿論あった。
だがこの場で死ねばこいつはどうなる? もしも会場からログインしていたなら、SAOと同様の現象が起きないとは言い切れないのだ。
つまりHPがなくなれば死ぬという可能性だ。
どうしてこいつらがやってきたかなんてわからない。わかりたくもない。
それでも……。貴重な戦力だ。失うには惜しいと自分に言い訳をする。
「スイッチ!」
俺は受け止めきれないと悟り、助けを求める。
エギルでもクラインでも誰でもいい。
もしも俺と同じ気持ちなら手伝ってくれ。
「やるじゃねえか、黒猫」
最初に手を貸したのはPoHだった。
ジョニーの仲間なのだから当然か。
PoHはわずかに拮抗していたところへソードスキルを叩き込んで、ボスの動きを止める。
「ふう。助かったぜボス。……それに黒猫も」
「………………」
俺は顔を合わせず、ボスへ攻撃を加えに向かった。
さっきから嫌な感じが纏わりついて離れない。
すべてはこのPoHという男のせいだ。
隙を見せれば後ろから斬られるのではないかという不安は無くなっていた。
この嫌な感じというのは、むしろそれより厄介なものだった。
PoHは対人戦でこそ圧倒的な経験を持つプレイヤーだろうが、モンスター戦――ことフロアボス戦の経験はないはずだ。
ジョニーは時折驚かされる行動をするものの、総合的には大したことがない。
シリカはついてきてくれたはいいが、足手纏いにならないでいるのがやっとだ。
だというのにPoHだけがまるで熟練の攻略組のように動けている。
こいつはボスの行動パターンを読んでいるわけでも、大人数の集団戦に慣れているわけでもない。
並んで戦っていればどういう考えで戦ってるのかはなんとなくわかる。
PoHは俺に合わせているだけなのだ。
俺の立ち回りからボスの動きを察知して回避を行い、俺が攻撃する瞬間に合わせて攻撃を重ね、俺がガードをすればパリングを入れる。
そして俺もPoHが回避しきれないときには盾を挟んで受け止め、移動先が重ならないよう絶妙な間を取って動いていた。
連携だ。それもただの連携じゃない。これは互いをよく知った、信頼できるやつとしかできないレベルの連携だった。
「なんでだ! なんでお前が!」
「さっきからそればっかりだな」
俺はPoHに気を取られて動きを止めるような下手はもうしていない。
だがやつに聞くことを止められはしなかった。
「全部嘘だったのか!」
「そうとも。俺のなにを信じてたんだ?」
PoHは片手フリーにスタイルだ。
だが現れた当初は左手を使っていなかった。今では徐々に格闘スキルを挟むようになってきたが、全体的に洗練された動きの中で、そこだけが鈍く見える。
「お前は俺の敵だ!」
「当然だろ。俺はお前の敵だ」
PoHが今どんな表情をしているのかは、フードに隠れて見えない。
彼の素顔を俺はSAOで見たことはなかった。
「スイッチ」
PoHからの誘い。
俺はそれに1秒も満たない時間で反応して、ボスの攻撃を逸らした。
次の瞬間にはソードスキルの硬直を終了したPoHが動き出してボスのバリアを粉砕する。
「熱線、来るぞ!」
俺がPoHの前に出て攻撃を遮る。
身体が急激に動かされたがそれは衝撃で吹き飛んだのではなく、俺を掴んだPoHがソードスキルで離脱させたためだった。
おかげで俺はフィールドの端まで飛んでいくようなことにはならず、バリアの剥がれたボスに張りついていられる。
「なんで俺を助けた!」
「さっきも言っただろ。テメエを殺すためだ」
そう言ったことを忘れたわけじゃない。
けれど、その言葉に殺意がないのを俺は理解してしまった……。
「……どうしてなんだ。ウ――」
「誰だそいつは?」
やつは俺の言葉を遮る。
それがなによりの答えだ。
……ウサグー。お前なんだな。
PoHのバトルスタイルは見れば見るほどあいつにそっくりだった。
多少の違いはVRとARの差異だ。俺もARではできない動きをVRでやっている。
それでも癖というのは簡単には抜けないもので、それが剣士にとって顔のように表情を見せる。実力差があれば隠しきれるだろうが、俺とPoHの実力はそう違わなかった。
ウサグーという男を俺は完璧に理解できていたわけじゃない。
それでも信頼はしていた。極限の戦いで背中を預け合うほどには。
それに全力を賭して記憶を取り戻そうとするその背中には憧れもしていたんだ。
俺は背中を押されてようやく立ち上がったのに対して、あいつは終始自分の意思で真っ直ぐに立っていたから。
最後の一押しをしてくれたのはアスナだったが、ウサグーの言葉も俺の背を間違いなく押してくれていた。
お前の隣にいたら、負けてられないって、そう思って戦えたんだ……。
なのに、どうして……。
「口を動かしてないで手を動かせ。ボス攻略ってのはそんなんでやってけるほど甘いもんなのか?」
PoHの皮肉は本音を隠すための言葉にしか聞こえなかった。
どうしてお前はあんな嘘を吐いたんだ。全部嘘だったのか。
SAOで殺戮の限りを尽くしたラフィンコフィンのリーダーのPoH。
オーディナルスケールで片腕を犠牲にしてまで戦ったウサグー。
どっちが本当のお前なんだ!?
俺の迷いを突くように、ボスの身体中に埋め込まれていた巨大なクリスタルから様々な色の光線が放たれた。
熱線と違うのはその数と追尾性。
上空へ放たれた11本もの光線は、弧を描いてプレイヤーに向きを変える。
俺は擦れ違うように走りどうにか回避をしたかに思えたが今度は石材ブロックが飛んできて空中で拘束されてしまう。
光線は半円を描いて俺の元へ戻ってきている。
直撃だ。さらに背に受けた衝撃でボスの眼前に引き寄せられた。
ボスは俺を撃ち落とすべく剣を振り下ろしていた。
「キリト!」
リズが盾をかざして一瞬だけ受け止める。
そこに続いて駆けつけたクラインとエギルが同時に攻撃して押し返した。
俺は空中で身体を捻って無事に着地するも残りHPは3割。3人がいなければ死んでいた。
「あんた無茶し過ぎよ。一度下がって回復してきなさい」
「それと頭も冷やしてくるんだな」
「お前もだ、PoH。……信用していいんだろうな?」
「わかった……」
「そいつは助かるぜ。まさかこんなところでガキのお守りをさせられるとは思ってなかったんでな」
リズはあからさまに敵意をPoHに向けていたが、クラインとエギルはこの場を切り抜けるために声を抑えていた。
一度俺とPoHは戦線から退いて回復アイテムを取りに向かう。
ほどなくしてバリアが再生し、光線が飛び交うもアスナが防御魔法を巧みに指示して新技の対処を確立させていた。
貫通力があるわけではないためあの攻撃は柱で防ぐしかないはずだったが、魔法には壁を生成するものからバリアを張るものまで多種多様だ。
ジョニーが短剣をぶつけていたが効果がないところを見ると、SAO本来の仕様では防ぐ難易度が段違いだっただろう。なにせ付近の柱オブジェクトはこれまでの戦闘でほとんどが砕け散っている。SAOでならおそらく、HPに余裕のあるプレイヤーが壁になりつつ交代を命じられていたはずだ。回復ポーションも尽きかける後半戦であるのも加わり、かなりの犠牲が出たに違いない。
「PoH……。お前はなにがしたいんだ?」
外周部分の螺旋状になっている通路に残っていた回復アイテムに触れながら、俺はPoHに声をかける。
「少しは自分の頭で考えろ」
「考えたってわかるわけないだろ!」
「もしも俺が……。正義の心に目覚めてお前を助けに来たなんて言ったら信じられるか?」
「――っ!」
散々人を殺して、エリを酷い目に合せたこいつが?
もしもそれが本当なら俺は……許せるのか……?
改心なんてしてほしくない。悪人は悪人らしく、悪いことだけをしてほしい。そうであれば……俺は心置きなく恨むことができる。
クラディールも、ヒースクリフも、オベイロンも。全員が酷いやつらだった。
だからあいつらを殺しても俺は平気でいられた。
オベイロン――須郷伸之はまだ生きているが、あいつが過去を償いたいだなんて言って頭を下げてたら最悪だ。そんなことは……してほしくない。
「はぁ……。冗談だ。マジになるなよ」
PoHはHPを回復させながら、すべてを煙に巻くように呟く。
「ほら、さっさとあいつを倒さねえと、お友達が大変なことになっちまうんだろ?」
「…………くそっ!」
PoHに続いて俺は通路から飛び出した。
悔しいがこいつの言う通り悩んでる暇はない。
ボスのバリアは俺たちが回復処理をしている間に砕けていた。
3本目のHPバーもついに削りきり、プレイヤーでいうところのレッドゾーンへ突入した。
ボスの装備が再び変更される。
これまでSAOの見本市のように武器を変え様々なソードスキルを駆使してきたボスだが、今回の装備は別格だった。
右手に直剣。左手に大盾。それ自体は平凡なスタイルであるが、それぞれには十字の意匠。赤と白のカラーリングはヒースクリフの装備を彷彿とさせる。
「あれは……」
俺の攻撃が盾に阻まれる。
巨体を覆い隠すほどの凄まじい防御面積だ。加えて背後からの攻撃は触手で防がれる。
問題はこれがヒースクリフの用いたユニークスキル『神聖剣』であるということ。それを俺は盾から感じたあまりの硬さから瞬時に判断していた。
「盾はノックバック無効だ。隙間から潜り込め!」
ヒースクリフとの唯一の戦闘経験を持つ俺が情報を吐き出す。
「カウンターに気をつけろ。盾でこっちを弾いてくるぞ」
ヒースクリフの神聖剣は異常なまでに硬いスキルだった。
その特徴はボスの攻撃を受けてもビクともしないノックバック耐性。ガード時の貫通ダメージを大幅にカットする防御性能。そして盾でのソードスキルを持ち、それが格闘スキルさながらに隙が小さいというものだ。
「キリト君!」
戦闘経験こそ俺しか持ち合わせていないが、彼の動きをすぐ側で見続けてきたアスナが動きを合わせる。
左右からの挟撃。正面では風林火山のメンバーが注意を引き、背後にはALOプレイヤーの攻撃魔法が炸裂している。
「あの時と違って今回は仲間がいるからな!」
75層でヒースクリフと戦ったときは、俺1人で相手をしなければならなかったが今は違う。どれだけ頑強な守りを持とうとも多勢に無勢。盾を構えられるのは一面だけだ。
ボスは足場を崩してこちらの包囲網を崩そうとするが、これだけ見せられれば対処法も思いつく。
「熱線。来ます! バリアを!」
サクヤが空中でバリアを張り、攻撃を遮る。
ブロックの拘束も組み合わせていたようだが彼らもおかげで無事だ。
「攻撃魔法詠唱。範囲攻撃で迎撃を!」
アスナが先読みで魔法を詠唱させ、樹木が生成された瞬間にはサラマンダーの一斉攻撃で消し炭となる。
「タンクの背後に退避!」
レーザーの一斉掃射。
「こっちです!」
「アタッカーを守るのが仕事だからな……」
スリーピングナイツのタルケンと、風林火山のトーラスが立ちふさがり、2枚の大盾が光の帯に当たって吹き飛んだ。
「今度こそ引導を渡してやるぜ、ヒースクリフ!」
バリアも失い、神聖剣は成す術もなく打ち砕かれる。
プレイヤーの一斉攻撃。
HPが最後の1本に到達する。
このまま最後の能力を見せる間もなく倒しきらんと、それぞれが全力の攻撃を浴びせ――。
「くっ!」
衝撃波を受けて弾き飛ばされる。
バリアの再生か? それにしては早過ぎる。
いや……。これは……。
フィールドが地響きを立て、亀裂が走る。
振動は止むどころか強まる一方。
そしてついに――紅玉宮が
まるで卵の殻が剥がれ落ちるように。
ボロボロと包んでいた壁が、床が、失われていく。
残されたのは空中に浮かぶ残骸とも呼べる足場だけ。
眼下には100層の庭園が見えた。
ここはアインクラッドの、さらに上空だ。
「空が……飛べない!?」
ALOプレイヤーの誰かが叫んだ。
この空中戦、飛行能力があれば攻略は簡単だったがそう上手くはいかないようだ。
ALOには飛行高度制限があり、その辺りのシステムを持ち出されたのかもしれない。
「魔法で遠距離攻撃を。ボスのHPは残り僅かです!」
だがまだこちらには遠距離攻撃がある。
アスナの指示で詠唱が再開するがボスは彼らを狙って熱線を繰り出す。
足場ごと破壊された彼らはあえなく地面へ墜落。落下のダメージでHPが完全に失われ残り火となっていた。
ボスは樹木を虚空から生み出してプレイヤーを足場から薙ぎ払っていく。
「――PoH、行くぞ!」
「ハッ! 俺に命令するんじゃねえ!」
攻撃に使われた樹木はしばらくの間そのままオブジェクトとして利用ができる。
俺たちはその上を走りボスの元まで駆け抜ける。
それに気がついたのかボスは上空に向かって11本の光線を打ち出し、そのほとんどが俺たちに殺到した。
次々と足場を変えて光線を躱すも、樹木に当たって道が途絶える。
ポリゴンとなって消滅する寸前の樹木を踏む。
臆するな。死中にこそ活がある。
間一髪。どうにかボスの正面に浮かぶ足場へたどり着く。
俺の通った道はもう跡形もないだろうが、わざわざ振り返って確認する必要はない。
「アアアアアアアア!」
ボスに攻撃するために設計された唯一の足場がここなのだろう。
だが逆にここが最もボスの攻撃が殺到する空間でもある。
ボスの左手にはすでに大盾がなかった。代わりに――もう一本の片手直剣が握られている。
眩いほどに輝くソードスキルの前兆エフェクト。
その構えはエリの使っていた二刀流を彷彿とさせるもの。
「うぉおおおおおお!」
片手直剣最上位ソードスキル『ノヴァ・アセンション』。
上段から放たれた最速の一撃が、ボスの放ったソードスキルとぶつかり合う。
激しいエフェクトの火花が散る中で互いが次の一撃へ動きを変える。
二刀流といえどもこの巨体。記憶にあるほど高速の連撃ではない。しかしその一撃一撃が非常に重く、俺の返しが僅かに遅れ始める。
ノヴァ・アセンションは片手直剣最大の10連撃。
だがその連撃回数を十全に使う前に押し込まれてしまいそうだった。
「スイッチだ!」
叫びながら俺の前に躍り出たのはPoHだった。
やつもまた、ソードスキルで二刀流の連撃を受け止める。
ソードスキルを停止。俺は素直に硬直を受け入れた。
無防備となった俺への攻撃を防ぐPoHの背中。
短剣とは思えないサイズの武器が、一撃、また一撃とボスの攻撃を弾く。
『アクセルレイド』。その攻撃回数は9回。
対してボスのソードスキルは名称不明だが、記憶が確かならこれは16連撃のものだったはず。
PoHはその連撃を防ぎ切った。
完璧に軌道を読み、寸分の狂いもなく短剣を振るって。
二刀流は連撃回数や威力こそ絶大だが、ソードスキル後の硬直は致命的だ。
その瞬間を狙い、俺は再びソードスキルで斬りかかった。
ボスのHPは最後の1本。その7割。
手応えを感じながらも、削りきるには足りない威力に歯噛みをする。
ソードスキルの終了。そこに割り込んだのはPoHだ。
やつもまた新たなソードスキルへと繋いで攻撃の手を緩めない。
ボスがPoHへと視線を向けた。
すかさず硬直を終えた俺は射程の長い『ヴォーパルストライク』でボスの瞳を射貫く。
視線が外れ、熱線は足場の隅を掠めるに留まったが爆風で立っていられなくなる。
逃げ場はない。
俺たちは前に進む。
ここで逃がせばあとは落ちるのみ。
「はぁあああああああああ!」
片手直剣ソードスキル『ファントム・レイブ』がボスの胴体を引き裂く。
6連撃ながらもその威力たるや絶大なものだ。
ボスのHPはわずか。
しかしこれでは足りないだろう。
俺だけならば。
「黒猫ぉおおおおおおおお!」
俺の下方から聞こえるやつの声。それが迫っていた。
ソードスキルが終了して落下を始めた俺の身体。
PoHが引き裂いたのはボスのHPだけでない。
短剣最上位ソードスキル『エターナル・サイクロン』。
その連撃数はたったの4回で、範囲攻撃系に分類されるソードスキルだ。
なぜやつがそれをこの場で使ったのか、俺は理解していた。
エターナル・サイクロンは上方向に回転しながら放つソードスキルで、攻撃対象を打ち上げる。
それは巻き込まれた俺も同様だ。
「あとはテメエの役割だ」
バトンを渡したPoHは、ソードスキルを終えて落ちていく。
「おおおおおおおおおおお!」
ボスの顔はすぐそこだ。
俺は再び『ノヴァ・アセンション』を繰り出した。
ソードスキルに合わせ身体を動かすことでモーションを加速させる。
それは生涯で最速の連撃だった。
一瞬にしてソードスキルは最後の一撃、10回目の攻撃に入る。
「これで、終わりだぁあああああ!!」
「アアアアアアアア!」
ボスの瞳が赤く輝き――。
熱線よりも早く、俺の刃がその瞳を貫いた。