レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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65話 夕暮れの少女(5)

 かつて、SAOにはユウタという1人のプレイヤーがいた。

 見かけるたびに元気な声で挨拶をしてきて、よく私の後ろをついてくる、子犬のような可愛らしい印象の少年だった。

 彼が予備隊に所属する切欠になったのは私への憧れだったという。

 初めて出会ったのは私がMTDの新人教育イベントの引率をしていたときだったらしいが、そのときは別段気にするような出来事があったわけではないので記憶にない。

 ユウタ曰く、フィールドエネミーに苦戦していたところを手助けしてもらったとのこと。

 それから私のようになりたくてタンクに転向したり、レベリングへ積極的に参加し晴れて予備隊に配属となったらしい。

 

 私は空き時間にタンク向けの講習をやらされていたので、彼とはよく顔を合わせた。

 大人の男性ばかりに囲まれている環境は精神的な窮屈さがあり、そんな中自分よりも弱い年下の少年に懐かれるというのは悪い気がしなかった。

 だから私は彼をたまに食事へ連れていったり、贔屓目に指導をしたりしていた。

 当時はリズベットと一緒にいない間はユウタと時間を共有していたと思う。

 

 たぶん、それは恋愛感情ではなかった。

 私のはあくまで可愛げのある後輩といった感情。

 彼の方もきっと憧れの先輩というだけの関係で、そういう感情はなかった……はずだ。

 そう思いたい。だって私の本性は誰かに好意を持たれることが許されるような、立派なものではなかったのだから……。

 

 あのときだってそうだ。

 失敗することを前提とした25層のフロアボス攻略。命じたのはキバオウであったが、口を噤んだ私にも責任はある。

 それなのにも拘らず、彼は文字通り命を投げ打って私を庇ってしまった。

 彼の死について後悔はあったが、だからといって止まるわけでもなし。その後も罪のない人間を散々犠牲にしながら私はSAOを渡り歩いた。

 

 18の小娘が知ったっような口であるのは重々承知であるが、人生においてあのときこうしていればという後悔は往々にして付き纏う。

 ユウタの件もそうであり、最善の選択肢はどれであっただろうかと考えるのだ。

 彼の参加を止めていればよかった。

 キバオウ派に付かなければよかった。

 MTDに参加しなければよかった。

 あるいは茅場晶彦の説明を注意深く吟味して、しばらく街から出ないでいればよかった……。

 それは他愛もない妄想だ。

 

 でも――望んだのはこんなことではない。

 

 25層ボス、その片割れがユイに襲いかかる光景が彼の最期に被って見えた。

 彼女を庇って跳び込んだのはわたしであり、それは無意識での行動だった。

 刀と盾が派手なエフェクトをまき散らし、重たい衝撃がアミュスフィアと通して脳に直接伝達された瞬間、わたしの脳裏にかけられた硬い錠前が外れる音を聞いた気がした。

 濁流のように押し寄せる記憶に、幼き日のわたしは今も必死に抵抗している。

 こんなのはわたしではないと。

 わたしは皆から愛されるような人間であると。

 

「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!!」

 

 わたしの腕の中で、爪が肌に食い込むほど強く抱きしめ返してくるユイ。

 彼女の双眸は涙に濡れて、痛々しいほどの感情が現れていた。

 ……けれども。どうしてと問いかけたくなる。

 ユイはメンタルモニタリングシステムを通じて、おそらくだがSAOでの私を知っていたはず。ならば思い出さない方がいいとは考えなかったのだろうか? 考えてもこの結論に行きついたのだろうか?

 それは実に……我儘な話だ。

 そんなふうに考えてしまうわたしも相当に我儘なのだった。

 ああ、でも。妹とは姉に我儘を言うものだ。

 そういう意味では彼女は実に妹らしい行動を取ったといえるだろう。

 であれば、わたしも彼女に倣って正しく姉として振る舞うべきか。

 

「心配かけたっすね、ユイ。さあ、まずは目の前のことから片付けるっすよ」

 

 優し気な声色を思い出しながら囁くと、受け止めていた刀をわたしは盾で払いのける。

 ボスのSTR量はプレイヤーに比べて非常に高いはずであるが、それは奇妙なことに実現した。

 おそらく脳の反応速度によって決定されるアバターの運動性能が、ボスのステータスを上回ったのだ。なんともアンバランスな仕様である。

 今更こんな力があっても……。

 こんなことをしたってユウタが戻ってくるわけではないのに。

 確かにやり直したいと願いはしたが、これでは過去の罪を突きつけられただけだ。

 

「エリ、記憶が!?」

「……どうにもそうみたいっすね」

 

 アスナの声が伝播したのか、悪辣な最終形態を見せたボスに心が折られかかっていた仲間たちに火が灯る。

 わたし目の前には再び斬りかかってくる刀を持ったボスの姿。

 左右から襲いかかるそれらを盾と剣と使って捌きながら、視界の端でもう一方のボスの場所を確認。風林火山の面々が押さえているためいくらか持ち堪えてくれそうだが、手早く済ませるに越したことはない。

 あまりの速度のため、途切れることのないリズムを刻む連撃をステップで回避。石床との摩擦で幾重もの軌跡がエフェクトの残像を映し、空いたわたしの剣はボスの足を立て続けに引き裂く。その攻撃回数たるやボスのそれを上回るほどであった。

 目に見えてHPが削られていくボス。

 しかし有利なときほど慎重に。かつ徹底的にだ。

 

「――――!」

 

 SAOではないのだから馬鹿正直に剣だけで相手をしてやる必要もない。

 詠唱は刹那。選択したのはオブジェクト生成魔法。攻撃を防ぐための壁を作成する魔法であり、プレイヤーやエネミーの足元には原則使用不可能なものだ。

 だが何事にも例外があり、それを追求するのもゲームの醍醐味。

 今回でいえば生成途中になにかが上に乗った場合でも、この魔法はキャンセルされないという穴を突く。

 足場を狂わされ、ボスの巨体がバランスを崩す。そこに単発重攻撃のソードスキルで追撃。地響きを立ててボスは床に転がることとなった。

 

「今っすよ!」

「うぉおおおおおお!」

「はぁああああああ!」

 

 こちらにはチャンスを逃さない優秀なアタッカーが揃い踏みだ。

 キリトとユウキはその圧倒的ポテンシャルを持って、最大級のソードスキルを炸裂させた。

 片や片手直剣最上位ソードスキル『ノヴァ・アセンション』。

 片や片手直剣OSS『マザーズ・ロザリオ』。

 現在ボスは鎧を脱ぎ捨てた状態のため防御力は極めて減少している。その上2体に増量したこともあってHP総量も減少しているのかもしれない。

 2人の攻撃を前に最後のHPバーは残り6割。

 

「ユイ、フォローを!」

「はいっ!」

 

 攻撃に参加するのはわたしも同様。

 OSSはユウキの専売特許ではない。連撃回数であれば私の独壇場であるのだ。

 放つは対エネミー用に作成したALO最多の連撃回数を持つソードスキル。

 

 片手直剣専用OSS『スターバースト・ストリーム』。

 

 16もの斬撃は異常な速度に達したアバター性能に引っ張られ、ほんの2秒足らずの時間で終了。SAOの二刀流も真っ青なダメージを叩き出す。

 とはいえボスはHPを4割まで減らしつつも健在。ソードスキルの硬直中に起き上がって反撃までしてこようとしている。

 こちらは一刀流であるのに対して、相手は構うものかと二刀流。

 硬直時間のない反則級なソードスキルの連携は無限OSSの如く。

 

「させません!」

 

 ヘイトトップであろうわたしに向けて閃くそれを遮るのは勿論ユイだ。

 ガードの上からでもHPを削っていく馬鹿げた攻撃力。

 彼女を倒れさせまいと後方から回復魔法が雨のように降り注ぐが、それでもなお拮抗できずにHPは減少していく。

 

「スイッチ」

 

 ユイを退かせてわたしが前に出る。

 ユウタを殺した憎たらしい瞳と目が合う。

 

「シァ――」

 

 ほとんど直感の領域。

 ボスの概要は記憶を取り戻したからといって抜け落ちたわけではない。そこへ加わったSAOで得た経験。高速モードのAGI上昇はあらゆる行動に適用される。

 ならばこれは――全体麻痺の魔眼。

 魔法で石飛礫を放って右の頭部についている瞳を狙い撃ち。

 左の頭部へ跳びかかって横一閃にした剣でそちらの目を塞ぐ。

 果たして魔眼を停止できたのかはわからない。そもそも発動させようとしていたかどうかもハッキリしていなかった。

 けれど頭をのたうち回らせているのだからなにかしらの効果はあったのだろう。

 乱雑に振り回された刀が空中で殺到するも盾で受けつつその勢いを利用して着地。

 

「攻撃魔法、一斉掃射!」

 

 無理に攻め込む前に、号令と共に放たれた魔法の数々がボスのHPを焼いていく。

 残りHP2割。こうなればあとは当てるだけ。

 再びの高連撃ソードスキルによってボスのHPは空になる。

 

「シァアアアアア……」

 

 刀を持ったこちらのボスは撃破。あとは向こうのボスを処理すれば晴れて戦闘終了となり、こいつの顔も見なくて済む。

 ――と思っていたのだが撃破したはずのボスに死亡演出が発生しない。

 

「形態変化するっす!」

 

 判断は即座。

 ポリゴンに変わって飛散するのが通常演出であれば、そうならない場合も演出の一環。それはまだ死んでいないという演出であり、後に続くのはだいたいがボスの変化だ。

 まだ健在であったボスの方へ分裂して再統合した大蛇たち。

 元々6匹の蛇で構成されていた偽りの巨人は、ついに人型を模すことを放棄して大樹のような形となった。

 

 ――『The Quadruple Giant』。

 

 それぞれ4本に増えた手足に頭部。

 腕の代わりとなっていると思わしき部分には戦斧と刀が咥えられている。

 蛇は生命力の象徴ともされ、しぶといことにも定評があるが……。

 

「いいかげん死ねっす!」

 

 HPバーまで4本。

 ボスの厄介さに苛立ったように見せかけつつ、わたしは記憶を取り戻してしまった行き場のない恨みを乗せて剣を振るった。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「エリの快復と25層の攻略を祝して――」

 

「「乾杯!!」」

 

 第7層に位置するカジノ街。

 その一角にある大規模なNPCレストランを貸し切ってのパーティーは盛大に執り行われた。

 なにせ三桁近い人数が参加しているのだ。

 それだけでもかなり賑やかであるというのに、くす玉や花束まで飾り、クラッカーまで鳴らしている始末。

 だがまあ、MMOプレイヤーなんて祭り好きばかりだ。

 現実のそれに比べて準備の手間がかからないことと、上位陣の領主たちまでが揃っていることを考えればこのくらいは常識の範疇なのかもしれない。

 

 あの後ボスはあっさり倒された。

 詰め込み過ぎて見かけが酷い有様になっていたが、4本のHPバーは頭部それぞれのHPであったりと、そのまま見かけ倒しに終わったのだ。

 一応それぞれの頭部が魔法を使用したり、魔眼を使おうとしてきたのだが、重くなりすぎて足回りが悪くなったのが弱体化の原因だろう。

 それでも十分ボスとしても高い性能なのだが、比較対象が悪ければ、揃えられたプレイヤー側のメンバーも悪い。

 なにせALOのトッププレイヤーを並べたオールスターチームだ。

 そのせいで新生アインクラッドのメインコンテンツたるフロアボスのリソースは、他のプレイヤーへ行き渡らずに喰い尽されていた。

 

「この度はありがとうございました」

「気にすることではない。こちらも十分な報酬は受け取っている」

「でも意外でした。まさかユージーンさんたちまで参加してくれるなんて」

「……実をいうと話を持ち掛けられたときはあまり乗り気ではなかったんだがな」

「それはね、ボクの頑張りの成果だよ!」

 

 いかに記憶を取り戻したことが()()()()()ことだとはいえ、それを顔に出すような真似ができるほど厚顔無恥でもない。

 なのでわたしは表面上では笑顔を絶やさず、記憶が戻って感謝していますよというアピールをして回らねばならなかった。

 積もる話もあるだろうから挨拶の順は交友の薄い方から。なのでまずはサラマンダー領の将軍たるユージーンからとしたのだが、ユウキが話に加わってきた。

 

「まあ、そうだな……。端的にいうとデュエルで決着を着けたのだ」

「勝った方が負けた方のレイドチームに参加するって約束したんだよ」

「去年まではALO最強の座は不動のものだったのだがな。お前たちが参入してからはすっかりチャレンジャーの気分だ」

 

 そうは言うものの、ユージンの表情は新しい玩具を与えられた子供のようだった。

 

「約定は25層までだったからな。次からはライバルとして戦わせてもらうぞ」

「それは、楽しみにさせてもらうっす」

 

 階層攻略を今後続けるかどうかもわからないが、とりあえずはそう答えておいた。

 

「ところで……重くないのか?」

 

 彼が怪訝な声色で問うているのは、わたしの背に張り付いた妖怪――もとい妹のことだろう。

 一度は剥がそうと試みたのだが、ユイはわたしから文字通り離れようとしないため断念した次第である。

 顔を伏せているため傍からは見えないでいるが、背に隠れた彼女の瞳からは今もまだ涙が流れ続けていた。

 

「いえ、全然」

 

 わたしが背負うべき重さに比べればまだ軽いくらいだ。

 

「そ、そうか……。いやまて。そういうトレーニングもあり、か?」

 

 頭が悪くなってきたユージンとの会話はそこそこに、次は沢山のプレイヤーに囲まれたサクヤとアリシャ・ルーの元へと向かう。

 今回多くの出資をしてくれたのが彼女たちらしい。

 商業同盟を除けば最大の領間同盟であるシルフとケットシーの領主だ。その関係はALO事件の頃から続いているわけだからざっと10カ月くらいか。

 

「この度はありがとうございました」

「そう畏まらなくていい。領主としては参加せざるを得なかった事情もある。なにせこれほどのプレイヤー集団だ。敵対するよりも協力した方が得だろう? それにOSの件でも同行したのでね。クエストは完了させていないと落ち着かない性質なんだよ」

「こっちは元々サクヤちゃんとは組むつもりだったしネ」

「そういうわけだ。ともあれ君の記憶が戻ってなによりだよ」

 

 領主という立場上、アインクラッドの攻略はぜひとも成し遂げたい事業であったわけだ。

 それにSAOの元攻略組にスリーピング・ナイツのメンバーまで揃えば領間の軍事バランスを崩壊させるには丁度いい駒になるだろう。

 逆に敵対して報復でもされれば目も当てられない被害が出かねない。

 なので彼女たちの参加は順当なものだったと言える。推測に過ぎないが、他の領主も一枚噛みたかったのではなかろうか……。

 

 わたしが彼女たちの次に向かったのは旧ALF集団。

 彼らはギルドマスターのシンカーを筆頭に、副官のユリエールも揃って壁際で談笑を繰り広げていた。

 

「この度はありがとうございました」

「君がしてくれたことに比べれば、お安い御用だとも」

 

 しでかしたことの間違いではないだろうか。

 ……いや、あながち間違いでもないのか。

 私のしたことを考えれば実に自業自得であり、まだまだ足りないというわけだ。

 もっとも彼には真実など知られていないだろうし、そうであることを祈るばかりだが。

 

「それとあらためまして。ユリエールさん、ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう。貴女のおかげで彼と一緒にこちらへ帰ってくることができました」

 

 シンカーとユリエールが籍を入れたのは半年も前だったが、その頃わたしは彼らと連絡を取っていなかった。再び顔を合わせる切っ掛けになったのはわたしが記憶を失ったせいだ。

 彼らに思うところはないが、こんなことでもなければ会うことはなかっただろう。

 

「隊長……。ご無沙汰しております」

「隊長は止してください。もう治安維持部隊は解散したんすから」

「ではロールプレイの一環と思っていただければ」

「………………」

 

 他の連中と違いお前たちは知っていただろうに。

 恨みがましく睨んでやりたかったが、大勢が見ている前ではそうするわけにもいかず、わたしは終始笑顔の仮面を縫い付けられている。

 

「申し訳ありません」

「祝いの席でなに言ってるんすか。それに、ここはわたしが感謝するのが適当じゃないっすか?」

「……SAOでの話ですよ」

 

 言葉裏に多くの含みを持たせつつ、元副隊長の彼は話を続けた。

 

「私が不甲斐ないばかりに隊長には重責を負わせてしまいましたので。妥当であれば私が隊長職を引き継ぐべきでした。なので()()()、すみません」

 

 礼儀正しく頭を下げる彼。

 これは確信犯だろう。なんとも酷い話だ。もしもここがSAOで、治安維持部隊に宛がわれた本部であれば、容赦ない折檻をしてやっただろうに。

 そんなことを考えるわたしは酷い奴だった。

 

「皆さんはSAOでリアルの連絡先を交換してたんすか?」

「いいえ。こうして集まれたのはシンカーさんを遠してですね。彼はMMO to dayのサイトを通してSAOサバイバー向けのコミュニティを立ち上げていましたから。他の連中も同じ経緯です」

「ふうん。耳がいいっすね」

「鍛えていただきましたので」

 

 彼との会話を続けているとどこかしらでボロが出そうな気配があったため撤退。

 後は帰還者学校の面々とスリーピング・ナイツ、風林火山の彼らか。

 

「お互い災難だったな」

 

 空気を読んでのことか、クラインの方からわたしへ声をかけてきた。

 彼の後ろには風林火山が勢揃い。SAOの攻略組で唯一、1人の欠員も出さなかったギルドのメンバーたちだ。

 

「クラインも記憶が無くなってたらしいっすね」

「お前に比べればほんのちょっとの間だけだけどな」

 

 彼はユナのファーストライブで記憶を取り戻していたんだったか。

 わたしもそうであれば傷は浅く済んだものを……。むしろ永遠に思い出さないままでいたかったほどだ。

 記憶を無くしていた間のことはしっかりと憶えている。

 それは夢のような時間だった。ユイさえ悲しんでいなければ最高の時間だったといえよう。

 けれど今はどうだ。ユイこそ悲しんでいないもののわたしの気分は最悪だ。

 ……ユイならば記憶を戻さないよう助けてくれると信じていたのに。

 これを裏切りと感じてしまうのはわたしが変わってしまったせいなのか。それともユイが変わってしまったせいなのか。

 

「俺がユナのことを知らせたばっかりに。……すまねえ」

「関係ないですよ。遅かれ早かれ知る事にはなってただろうっすから」

 

 記憶を無くしたのは彼の責任ではない。

 もちろんノーチラスの責任でもない。

 わたしは望んだのだから責任を問うこと自体が間違いだ。

 

「ああ、そうだ。この度はありがとうございました」

「……おう」

 

 残すは2組。ユウキたちはALOプレイヤーたちと盛り上がっていたので、先に帰還者学校の方へ行くとしよう。

 

「皆さん、この度はありがとうございました」

「あんたはもう……。心配かけすぎよ」

 

 乱暴に頭を撫でてくるのはリズベット。

 彼女の表情は、ラフィンコフィンの討伐作戦後に見せたような不幸の砂漠に落とした幸運の砂粒を探し当てたようなものだった。

 

「22層であったことも思いだした、よね?」

「もちろん。わたしたち、友達じゃないっすか」

「よかったあ」

 

 胸を撫で下ろすアスナ。

 

「……あの、もしかして最近のあたしあんな感じになってました?」

 

 わたしの背中に張り付いたユイを指したのはシリカだ。

 

「なってたぞ。しかも俺に吠えかかってきたな」

「あわわわ!? ご、ごめんなさい!」

 

 客観的に自分の姿を見せられたような気になって恥ずかしくなったのだろう。彼女は真っ赤にした顔を両手で隠していた。

 ちなみに謝ったのはキリトに対してではなくわたしに対してだった。

 

「キリっち。約束すっぽかしてごめんっす」

「しょうがないさ。それに来年だって行くことはできるからな」

「それとは別に、今度花でも手向けに行くっすかね」

「そうしてくれると嬉しいよ」

 

 サチの墓参りにわたしは結局行けず仕舞い。

 申し訳ないとは思っているので、サチからの苦情であれば積極的に受け入れる所存である。

 

「あとは……」

 

 スリーピング・ナイツの彼らだけだ。

 

「この度はありがとうございました」

「敬語はもう止してくれよ」

「こんなこと言うのも可笑しな話ですが、おかえりなさい」

「あーあ。折角エリに勝てるチャンスだったのにな」

「これで無事全員集合ですね」

「よかったです」

 

 温かく迎えてくれるギルドの仲間たち。

 他の人達も同じように温かく迎えてくれていたのは理解しているけれど、ALO組とは繋がりが薄く、かといってSAO組では騙しているようで気が引けるため、スリーピング・ナイツの彼らと一緒にいるのが一番落ち着く。

 昔の私であれば、この程度は平気だっただろうに……。

 

 大勢の人たちに歓迎されるわたし。

 でもこれはSAO時代と同じ、嘘で組み上げた虚構の牙城だ。

 作り上げたのは私。

 けれど捕らえられたのもわたしだ。

 記憶が戻っても、望まれるがままにエリを演じることしかできない。

 空気が欲しかった。

 すべてを白日の下に曝け出してしまいたい。

 そんな破滅的衝動に溺れそうになってもがき苦しんでいるのだ。

 

「……エリ。どうかした?」

 

 ユウキの問いに内心ドキリとさせられる。

 それは背負われてるユイも同じだったようで、彼女の握る力が一瞬だけ強まった。

 

「なんでもないっすよ」

 

 平然を取り繕い、わたしはエリの仮面を深く深く被る。

 

「お姉ちゃん」

「なんすか?」

「……ありがとうございます」

「妹なんだから、お姉ちゃんに甘えていいんすよ」

「はいっ!」

 

 姉の仮面と妹の仮面。

 過去のわたしと未来の私。

 善人を演じるわたしの本当の姿は――人殺しだ。

 思い出したはずの自分がわからなくなる。

 2つに引き裂けそうな心を、わたしはそっと嘘で塗り固めた。




 実に14話ぶりの主人公。
 けれど記憶を無くしていた間も時間は進んでいたわけで……。
 何もかも元通りとは問屋が卸さないわけです。

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