「――始まりました。第三回アルヴヘイム統一デュエル・トーナメント。準決勝へと勝ち進んできた猛者はこの4名です!」
ALOでは文書や画像データの持ち込み、さらにはゲーム内でインターネットへのアクセスが可能である。
わたしたちは熱気溢れる観客席に腰を下ろしつつ、動画サイトへアクセスしてMMOストリームの生中継を眺めていた。
手元の映像パネルと同時に会場の上空に映し出されたのは見慣れた4人の顔写真。
キリト、アスナ、ユウキ、……そしてわたしだ。
「女性プレイヤーが多く進出したようですね」
「メルヘンチックな世界観で、ALOは女性プレイヤーにも人気なのかな?」
「そうかもしれませんね。加えて前回の上位入賞者は軒並み敗退しているようです。これは春に行われた大型アップデートの影響でしょうか」
「以前の入賞者はシステムアシストなしで戦ってたから、その差が埋まっちゃったのかも」
「私もソードスキルを体験してみましたが、すぐ達人のように剣を振れましたからね。ですが熟達のプレイヤーから見れば違って感じるのかもしれません。その辺りをお聞きすべく、中継で前回の優勝プレイヤーであるユージーンさんに繋がっております」
金髪の落ち着いた口調の女生と、青髪の快活な女性。そんな2人が並ぶ純白のスタイリッシュなデザインをしたスタジオには、ALOから中継でユージーンが映された。
スタジオの背景にはコメントがリアルタイムで流れており、むさ苦しい顔立ちの彼が登場したことでブーイングが巻き起こっている。
「紹介に預かったユージーンだ。我々サラマンダー領は新たなプレイヤーの参戦をいつでも歓迎している」
暴言に一切動じず、淡々と自領の宣伝を始めるユージーン。
「ずばり、ソードスキルについてどうお考えですか?」
「良いシステムだ。おかげで近接戦は格段にやり易くなっただろう」
「ですがそのせいで今回は敗退したのでは?」
「それを言い訳にはできんだろう。キリトには大型アップデート前に土を着けられてる」
「なるほど。では予選ブロックでユージーンさんを破ったユウキ選手についてもコメントを頂けないでしょうか?」
「俺を倒したからというわけではないが……、優勝するだろうな」
「ほほう。準決勝の相手キリト選手は、公式サイトで最強武器と言われていたエクスキャリバーを持ち出してきましたが、それでもユウキ選手の方が強いと?」
「俺のグラムを破ったのだ。エクスキャリバーを破れない道理はないだろうよ」
先日キリトたちはデュエルトーナメントに向け、1パーティーを引き連れてヨツンヘイムエリアを攻略。そのクエスト報酬として最強武器を入手してきたらしい。
予選ブロックでの映像記録をユイから見せてもらったが、エクストラ効果はおそらく防御無視。重装備のノームが盾の上から4連撃のソードスキルで撃破されている。
わたしとの相性は最悪で、勝負になればまず勝てないだろう。そうでなくとも勝てるプレイヤーなどいないのではないかという破格の性能だ。
けれども準決勝の組み合わせはキリトとユウキ、わたしとアスナだ。
……これでユウキと戦わなくて済むのなら悪い話ではない。
「なんかごめん……」
「リズのせいじゃないっすよ」
キリトのヨツンヘイム攻略にはリズベットも参加していたそうで、彼女は申し訳なさそうに顔を両手で覆っていた。
「ユージーンはああ言ってるけども、2人の試合どうなると思う?」
「キリトの圧勝じゃないっすかね。ソードスキルでの戦いはキリトに一日の長があるっすし、武器に関しては破格の差。気力も満ち足りてる様子っすから」
「はあ……」
「リズはキリトに勝ってほしくないんすか?」
「勝ってほしいけどさ。もうちょっと対等な条件で戦ってほしかったなって」
「優秀な装備を揃えるのもプレイヤースキルの内っすよ」
そうこう話していると歓声が沸き立つ。
そろそろ試合が始まるようだ。
「Aブロック代表。準決勝まで勝ち上がった唯一の男性プレイヤー。伝説の聖剣を手に黒猫の剣士、キリト選手がついに入場だ!」
「月夜の黒猫団、ギルドマスター代理のキリトだ。今は亡き仲間のために優勝はもらって行く」
黒い外套装備を棚引かせ入場したキリトの腰には黄金の剣。
まるで彼が夜空で、剣が月の輝きであるかのようなコントラストだ。
「おおっと。これは堂々の勝利宣告! 聖剣が彼の自身を後押ししているのか!?」
キリトが今大会負けないと思わせる最大の要因はこれだ。
彼は本気だった。以前お遊びで剣を交えたときとは別人の風格を放っている。
エクスキャリバーがなくとも、今の彼に勝てるかとと問われれば、わたしは否と答えるだろう。
「………………」
「………………」
周囲に座っていたSAOサバイバー組のテンションと一緒に沈黙が下りる。
「対するはDブロック代表。前大会優勝者を含めた猛者を次々と破った期待の星、可愛らしい外見に騙されるな、彼女の剣は絶技の領域。ユウキ選手の入場だ!」
ユウキのいたDブロックは激戦区だった。
ユージーン、クライン、リーファ、エギル。これでもかというほど強豪プレイヤーが固まっていたのだが、そのすべてを彼女は倒してここに立っている。
「えへへ。ちょっと照れるな。スリーピング・ナイツ、ギルドマスターのユウキです。――キリト。今日だけは絶対に負けられない。だから君を倒す」
「2人はご友人のようだ。この因縁がどう結びつくのか。では準決勝第一試合の開幕だ!」
一辺が20メートルの立方体状のバトルエリア。
正方形と呼ばないのは、高度制限が設けられているためだ。それを表すようにフィールドには侵入禁止を示す半透明の膜があり、それは壁となっている。
これは第一回の大会でフィールドを無制限にした結果、魔法の引き打ちで優勝者が決まったことに起因するらしい。
ルールはアイテムだろうと魔法だろうと飛行だろうと、なんでもり。
制限時間は10分。
彼らの頭上で10秒のシステムカウントが始まる。
「………………」
「………………」
黒と紫の剣士がそれぞれ切先を向け合う。
ユウキは前傾姿勢で突進を狙い、キリトは盾を突き出しカウンターで応じようとしている。
それが虚であるのか実であるのかは蓋を開けて見なければわからない。
カウントダウンが刻一刻と進む中、2人は一切構えを変えようとしなかった。
3、2、1……。
最初に動いたのは予想通りユウキ。
一瞬のうちにトップスピードに到達した彼女は、一直線にキリトの懐に飛び込む。
ユウキの剣は盾に遮られエフェクトが迸る。
そこへキリトのカウンターが――来ない。
ユウキがフリーの左手を使ってキリトの右手を制している。
組み付き状態は刹那で離された。キリトが手首の返しでユウキの首を狙ったのだ。だが剣は囮。本命は力強く振るわれた盾によるノックバックと、そこから繋げるソードスキルの連携だろう。
ユウキは後退を余儀なくされたかに思えたが、それでも彼女は前へと進む。
腰を落として剣を避け、盾の内側に入ってその先へ。
すれ違いざまに刃はキリトの胴体を斬り裂き、HPの減少が起こった。
それで終わりということは当然なく、体重移動をする間も惜しみユウキは腕だけを使って背後を追撃。キリトも同じく腕だけを動かし防御。ここで武器の性能差が現れた。受け太刀であるキリトが逆にダメージを与えたのだ。
両者背中合わせに剣が噛み合い、鋸を引くようにしてようやく距離を取った。
HPはクリーンヒットである分キリトの方が減少量は多い。だが刃を合わせればユウキが一方的に押し負けるという情報が渡ってしまった……。
2人は振り向くと即座に距離を詰める。
一歩も退かない。退いてなるものかという意思の表れだ。
キリトの一閃。なんとしてでも躱さなければならない一撃を見せつけて、盾が堅実に体勢を崩そうと息を潜めている。
ユウキはそれらを上に掻い潜り、上下を反転させつつキリトの首に迫った。
寸前でガードが間に合うも恐ろしい一撃だ。
ユウキは蝙蝠のような翼で姿勢を制御するとそのまま逆さの体勢でソードスキルを放つ。
既存のものではなく、マザーズ・ロザリオでもない。しかし得意の突きを主体とした連撃に、キリトは盾の上からHPが削られていく。
いかにエクスキャリバーが高性能であろうと、この次元のプレイヤーが放つソードスキルをノーガードで受ければHPなんて飾りにしかならない。
バランス調整のために速度制限が課せられてもまだ、トッププレイヤーのスピードが算出する攻撃力は極めて高いのだ。
ユウキの放った連撃が10回に到達したところでキリトが反撃を見せる。あれは単発系ソードスキル『ヴォーパルストライク』だ。
ユウキはそれを11回目の攻撃、それに付随するバックステップで回避した。
かつてわたしが使ったオリジナルソードスキルに似たその動きは、ソードスキルを移動手段に使うという理屈を体現していた。
キリトが放つエフェクトの柱はユウキの身体を捉えていない。
「ど、どうなってるの?」
リズベットはあまりにも素早い攻防が目で追えていないようだ。
試合開始からは、まだ30秒と経過していない。
「キリト君が……押されてる……」
唖然と呟いたのはアスナ。
「うそおー……」
事前情報の予想からはかけ離れた試合展開。
2人の剣での技量は僅差のはずだった。それにも関わらずキリトは一度も競り勝てていない。
データ上で有利な側が普通はイニシアチブを握る。だがユウキはそれを押しのけ、相手の土俵で上回っていた。
「こりゃあキリトの負けだな」
達観した口調でクラインが語る。
「……まだまだ逆転の目はあるっすよ」
「エリにしちゃあ珍しいな。お前が読み違えるなんてよ」
「………………」
キリトのコンディションが悪いということは決してない。
それどころかこの状況で焦らず堅実に戦えてる彼のメンタルは非常に安定している。
だというのに、ユウキが負けるビジョンがまったく浮かばない。
SAOやALOで多くの強豪プレイヤーを見てきたからこそ、ユウキのあまりにも隔絶した技量が信じられなかった。
いや。これは隔絶しているのか?
部分部分を切り取って見れば肉薄した戦いだ。ただそれらすべてにユウキが勝っているというだけでしかない。拮抗しているのにその差は開いていく。
まるで薄氷の上を危なげなく渡りきるような矛盾した光景だった。
「――――!」
戦況が大きく動いたのはキリトのHPがイエローゾーンに突入してからだった。
攻め立てていたはずのユウキは突然上空に逃れると、魔法の詠唱を始める。
発動したのはキャラクターの位置を対象とする必中系の闇属性攻撃魔法。キリトのHPが大きく減る中、彼は模範的対応策として幻惑魔法でいくつもの煙を生み出し、フォーカスロックを遮る。
これのカウンターとしてあるのが自動追尾系の魔法。最も近い適性キャラクターを追尾するというもので、魔法使い系のプレイヤーが予選で多く使用していた。
すかさずキリトは幻影の分身を魔法で生成。追尾する闇弾のターゲットを逸らしていく。
論理的で高度な魔法合戦はユウキが有利である。なにせ幻惑魔法はこのような防御手段こそ優れるものの、攻め手には欠ける。
視界不全のためMPが尽きるのを待つのは愚策。この隙にアイテムで少しでもHPを取り戻しておこうとキリトがクリスタルに手を伸ばした瞬間――。
「――なっ!?」
いつの間にか隣に現れたユウキがキリトの身体に剣を突き立てていた。
キリトはクリスタルを取り落としてその対応に追われる。
今のでキリトのHPはレッドゾーン。もはやエクスキャリバーの攻撃力を持ってしてでも相討ちにできない状況だ。
「今のはなにやったの?」
「……たぶん、魔法のエフェクトに隠れて飛んでたっすね」
「………………」
わたしも見逃したため、推測に過ぎないが……。
それほどまでに彼女の飛行技術は洗練されていた。
後がないキリト。だが彼の精神は揺らがない。
むしろ研ぎ澄まされているかのようで、ユウキの刺突を丁寧にエクスキャリバーで打ち合ってダメージを稼ぎつつある。
ユウキは自傷覚悟で魔法を打てば決着であり、それはすぐに行われた。
必中の攻撃魔法のエフェクト。キリトを中心に闇が巻き――起こらない。
「い、今のは?」
「システムの追尾性を誤認させた……んだと思うっす」
「………………」
キリトは必中攻撃をあろうことか回避してしまった。
移動中のキャラクターを補足するための予測演算を極小のステップで誤作動させたのだろう。ALOの予測演算は高精度で騙すのはまず不可能だと思っていたのだが、現実として魔法の発生起点はずれ、キリトは健在だ。
彼はエクスキャリバーで鍔迫り合いを申し込むと、ユウキのHPが黄色に変わる。
武器のステータス差で押さえつけられるユウキ。魔法の詠唱にキリトは後退。
幻惑魔法の煙が再度フィールドを覆い隠し――『Winner!』の文字。
決着のゴングが鳴り響く。
最後に立っていたのは……。
薄紫の少女。我らがスリーピング・ナイツのギルドマスター、ユウキだった。
彼女はピースサインを天に掲げ堂々の勝利宣言。
大会の試合ではデスペナルティーが発生しないため、『Loose』の表示を掲げてキリトは床に尻餅をついている。
敗者らしくばつが悪そうにしていたキリトの表情は張りつめた気配が霧散していて、年相応の少年らしくどこか愛嬌があった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「Fブロック代表。次々と突進で対戦相手を屠ってきた姿はタンクというより人間掘削機。盾ってそうやって使う物だっけ? エリ選手の入場だ!」
「………………」
……それが一番効率が良かっただけだ。
盾を使った突進は攻撃同士の衝突で有利判定を得やすく、わたしの場合は速度もあって対処するのに相応の実力が必要となる。これ一辺倒になったのは相手が弱かったからでしかない。
まあ、魔女よりはマシな通り名だろう。
わたしは一応の礼儀で会場に手を振っておく。
観客席には、わたしたちと入れ替わりで席に着いたユウキたちの姿が見えた。
「Iブロック代表はなんとヒーラー! しかしその荒ぶる姿はもはや狂戦士。綺麗な花いは棘がある。アスナ選手の入場だ!」
「………………」
実況中継を睨みそうになるも、堪えて笑顔を振りまく姿は流石である。
彼女のSAO時代の通り名は攻略の鬼だったか。狂戦士とどちらがマシなのだろう。
「本気で、戦おうね……」
「もちろんっすよ……」
アスナが抜いたのは銀の細剣と枝のワンド。
細剣の方は刃渡り100センチのロングレイピア。貫通属性を持つタンク殺し。
ワンドは伝説級装備の『クレスト・オブ・ユグドラシル』で、確か風魔法と水魔法の消費MPを大幅に減少させる魔法使い垂涎の一品だったか。
彼女はこの2つの装備を同時に使う
わたしの方はというと対策として水属性と風属性の防御に偏らせた軽量防具を選択。
あとは防御力の高さを誇る大盾と、重量級の片手直剣を持つ、慣れ親しんだスタイルだ。
奇をてらったものはない。普段通りの実力でやるだけ。それだけだ……。
「彼女たちの間に火花が散る! では準決勝第二試合、行ってみよう!」
頭上で始まる10カウント。
互いの初期距離は10メートル。
このカウントダウンは圏内戦闘と同じ処理で、開始を待たなければダメージは発生しないというもの。ALOではSAOのルールに加えて、魔法の詠唱判定が失敗になる処理も入っている。
10秒のうちにゆっくりと歩み寄ってわたしは距離を詰める。
アスナ相手に距離を取るのは愚策だからだ。
彼女は下がらず構えを崩さない。受けて立つつもりだろうか。
5、4、3、……。
息と一緒に雑念を吐き捨てようとする。
これに勝てば決勝戦。ユウキと戦わなければならない。
わたしが勝たずともユウキの余命に変わりはないのだ。なら望みを叶えるのが筋ではないのか。
理屈ではそうだ。だけどわたしは……。
「――っ!?」
アスナの詠唱。反応が遅れた。回避行動。
カウントは――ああ、クソッ。フェイントだ!
「――――!」
今度は本命。彼女が唱えたのは遅延発動が可能な回復魔法だ。
HPの総量で有利を取られたも同然。ただしこの状態では他の魔法も使えない。
まずは回復魔法を消費させるべくわたしは斬り込む。アスナはカウンターを狙って横に一閃。飛び退き回避。再び斬りかかると今度はレイピアの細い刀身で受けられ、競り合いにもつれ込む。
削れるアスナのHP。
わたしは体重移動を利用し彼女を突き飛ばすと、最初の動きを再現するように突進。
その勢いを利用されてアスナは大きく間合いを離すと詠唱を――失敗させた。
回復魔法が発動していないことを忘れた凡ミスか。あるいはフェイントだったのか。
すぐにアスナはHPを回復させて詠唱を再開するも遅い。
わたしの剣がアスナを捉えるよりも前に、彼女の放ったソードスキルが弾き返してエフェクトを輝かせる。
連撃を恐れてバックステップ。しかし予想に反して追撃は来ない。
アスナのソードスキルは単発基本技の『リニアー』であり、読み違えたのだ。
その隙に絶好のチャンスだった硬直時間は終了。
アスナは水平にレイピアを構えると突進系の上位ソードスキル『フラッシング・ペネトレイター』を放つ。
大盾に重い手応えを感じる。
徐々に減少するHP。
わたしは突進の進行方向を逸らしてさらなるダメージから逃れた。
だがそれは反撃の機会を失うのと同義。
フィールドの端から端へと駆け抜けたアスナに追いつくころには、彼女の体勢も立て直されているだろう。
なので回復魔法で詠唱して失ったHPを補充することにした。
タンクとして防御力を高めるために、わたしは自己回復と防御を念頭に置いた、聖属性と土属性の2種類の魔法が使用できる。
MPこそ消耗したがHPは互いに最大値。
戦況は振り出しに、とはいかなかった。
「――――!」
開いた距離。その間を無数の魔法攻撃が殺到する。
彼女の得意とするレンジに持ち込まれていたのだ。
対抗魔法として土の障壁を生み出すがMP効率では俄然不利。呼吸の合間に上級のMPポーションを飲み干す。これで幾分か持ちこたえられるだろうが時間稼ぎにしかなっていない。
アスナの種族であるウンディーネが得意とする水属性魔法に、わたしの土属性魔法は有利。
ただしそれを補うため彼女は風属性の魔法も習得している。これに対して聖属性の防御魔法を選択すると純粋に水属性魔法の火力で押し切られるという寸法だ。
打開するべく大技の防御魔法で詠唱の時間を捻出。HP回復の魔法とポーションを先んじて使い、盾の防御力に任せて弾幕の雨を突き進む。
アスナは足を取ろうと魔法で沼のフィールドを生成。しかし飛行してしまえば無駄だ。
重量と速度が存分に乗った一撃。
アスナは防御の魔法を唱えた。
水の障壁が刃の侵入を阻み、HPダメージがMPで肩代わりされる。
本来なら大きく減るはずだが、これもMP消費をして処理されるためワンドの効果適応内。よって趨勢を決めるほどの結果にはならない。
わたしの稼いだ速度が吸収され切ったのを見るや、魔法を解除してレイピアが閃く。
盾で受け、剣を返す基本の型。
アスナはステップでの回避ではなく依然としてガードを多用している。
打ち合えばスペックが下のアスナがダメージを受けていくにも関わらず、だ。
「アスナ……」
彼女は真剣な表情を
そうでもしないと今にも剣を取りこぼしそうな脆さを彷彿とさせる。
「エリこそ……」
言おうとしたことを先んじられて口を閉ざす。
なにが本気で戦おうね、だ。――嘘吐きめ。
絡み合った刃を引き剥がし剣の間合いから一歩だけ外れる。
そこでわたしたちは足を止めた。
今日のアスナは弱かった。まるで気迫というものを感じない。
それは……わたしも同じだろう……。
どちらも積極的に負けようとしているわけではない。ただ勝とうとしていないだけ。
曲がりなりにも試合の形になっているのは、積み重ねた技量がそれっぽく見せていたからだ。
「いつも私相手には本気で戦ってくれないんだね」
「いつだって本気っすよ」
アスナはキリトやクラインよりも弱い。
それでもわたしが勝てないのは苦手意識によるものだった。
自覚はある。だからといってどうにかできるものでもないのだ。
今回の試合は、そこにユウキと戦うことへの葛藤が加算され、見るも無残な動きになっていることだろう……。
どちらもこれでは攻略組の名折れである。
わたしは最終的には攻略組ではなかったけれど。
「譲る気はないんすか?」
「…………ないよ」
「はあ……」
どうして知っているのだろう。ユウキが話したのだろうか?
気分は最悪だった。
わたしは八つ当たり気味に剣を振り降ろし、アスナはそれを粛々と受け止めていく。
見るものが見れば準決勝第二試合は酷いものだったとわかるだろう。
これでは八百長と言われてもしょうがない。
事実その通りなのだから。
時間いっぱいそんな試合を惰性で続けて、わたしは決勝戦へと連行された。
49話とは逆の結果に。
それと原作と違い準決勝から生中継です。