レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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68話 夕暮れの少女(8)

「ついに決勝戦! なんと勝ち上がってきた両者は同ギルドのメンバー。大ギルドであればまだしも、スリーピング・ナイツは少数精鋭。たった8人で構成されているというのだから驚きだ!」

 

 実況者のコメントに会場の熱気が煽られていく。

 (つんざ)くような声援。客席では横断幕が掲げられ、友人たちが笑顔で手を振っていた。

 ――中には心配そうな視線を向けてくる者もいるが……。

 

 対してわたしの心は火傷しそうなほどに冷え切っていた。

 落ち着いているわけではない。むしろその逆。

 緊張に震え出してしまいそうで、それを隠すので手一杯な状態だ。

 一度剣を取れば、相手がどうであれ一様に戦える性質だと思っていたが、どうやらそれは勘違いだったらしい。

 SAOの最後、75層に同行するのを拒んだくらいなのだから当然といえば当然か。

 

「まずはギルドマスター。準決勝では聖剣さえ打ち破り、数々の技を見せてくれた天才剣士。ユウキ選手の入場だ!」

 

 色取り取りの花火が打ち上がる中、バトルステージへと上がるユウキ。

 その足取りは凛としていて隙が無い。

 

「………………」

「ユ、ユウキ選手。なにか一言ありませんか?」

「……言いたいことは沢山あるけど、それは剣で伝えることにする。だってここにいるのはエリと同じ、剣士のボクだから」

「流石はここまで勝ち抜いてきた剣士。言うことが違う!」

 

 ユウキの装備は準決勝から変化はない。

 いつも通りの武器。いつも通りの防具だ。

 ただしここ数カ月で彼女の装備は何度か更新されている。フロアボスから得られたリソースをふんだんに使用したそれらはリズベット謹製のエンシェントウェポンだ。

 軽量で魔法耐性が高めな防具は、白兵戦で何者にも後れを取らないという自身に裏打ちされている。事実彼女はその間合いでキリトを打ち破ってみせた。

 

「続いてギルドメンバー。誰も止めることのできない力の化身。しかし彼女の実力はパワーだけではない。準決勝で見せた華麗な魔法捌きにも期待が高まる。エリ選手の入場だ!」

 

 歓声が煩わしい。演出が煩わしい。期待が煩わしい。

 全部を放り捨てて、この場から逃げてしまえればなんと楽だったろうか。

 けれど今のわたしはデスゲームという檻からは解放されたが、肉体という檻に収容された囚人。

 なにかあればアスナたちは病院に駆けつけてわたしを問い詰めることができるし、わたしは都合の悪い人間を永久的に退場させることはもうできない。

 皮肉な話だが、あのSAOの日々に今だけは戻りたいとさえ思えてくる。

 

「………………」

「エリ選手。凄まじい殺気だ!」

 

 そんなわけがあるか。こんなものは殺気でもなんでもない。

 実況席の彼は本気の殺気を浴びたら泡を吹いて倒れるんじゃないだろうか?

 ……いや。大抵の人間はそんなものだったか。

 

「……エリ?」

 

 心配そうに声をかけるユウキ。

 深呼吸を一度。それからわたしは私を演じて剣を抜く。

 

「約束通り、ここまで来てやったっすよ」

「うん。――さあやろう! 君の本気を最後に見せて! ボクの剣を魂に刻み込んで!」

 

 ユウキは喜び勇んで漆黒の剣を構えた。

 なんて無邪気で、穢れのない剣だろうか。

 死期の迫った病人とは思えないほど、活力に満ち溢れた姿だったが、まるで星の終わりに輝くという超新星の瞬きのように見えてしまう。

 そのあまりの眩しさに、わたしの目は潰れてしまいそうだった……。

 

「熱い友情を交わすも勝者はただ1人。勝利の女神ははたしてどちらに微笑むのか!? お待たせしました! それでは開始の合図を始めましょう。では皆さんご一緒に! 10!」

「「9! 8! 7! 6! 5!」」

 

 会場が一体となってカウントダウンを叫ぶ。

 彼我の距離、10メートル。

 わたしの間合いに応じるつもりなのか、彼女は距離を詰めてこない。

 作戦は考えてきた。だからあとは実行に移すだけ。

 これが成功すれば彼女は――違うっ!

 ユウキが死んでしまうのはわたしのせいじゃない。わたしのせいじゃない。わたしのせいじゃない。わたしのせいじゃない…………。

 言い聞かせるほどに、それが嘘であるかのような錯覚に蝕まれていく。

 

「「4! 3! 2! 1!」」

 

 ああ、でも……。

 最後の相手に、マザーズ・ロザリオを託す相手にわたしを選んでしまったのは、わたしが着けてきた偽りの仮面のせいだ。

 だからこれはやっぱりわたしのせい――。

 

「「――0!!」」

 

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 ユウキが姿勢を低くくして前身を開始する。

 逃げるようにわたしは後ろへ下がりつつ一息で魔法を詠唱。

 土魔法のオブジェクト生成によって巨大な壁が迫り上がり、彼女の進行を妨げようとする。

 

「エリィイイイイイイイイイ!」

 

 だが彼女の疾走は想像よりもずっと速かった。

 放たれた矢の如く駆け抜けた一歩が、石壁の縁を捉え、上空へと打ち上げられながらもユウキは壁を飛び越える。

 

「このっ!」

 

 落下の勢いを乗せて振り下ろされた剣閃。

 受け止めた盾が激しくエフェクトの火花を散らせ、身体ごと押されていく。

 彼女の左手に絡め取られないよう、引き腕から水平突きでカウンター。

 ユウキは大きく跳び退くと稼いだ距離を滑走路に、さらなる速度で襲いかかる。

 まるで彼女の全身が剣を振るための機構であるかのような一体感。

 防いだ盾は砕かれるのではないかという音で震えている。

 反撃がままならない。桁違いのパワーで動作を封じ込められているのだ。

 限界速度が定められたせいで彼女の出力は落ちているはずだが、身体の駆動を最適化することでこれほどの動きを可能にしているのだろう。

 

「――――!」

 

 手も足も出ないなら、口だ。

 魔法を詠唱。2つに割ったフィールドをさらに区切るように石壁を横向きに生成。

 ただでさえ狭い空間を今度は縦方向に狭める。

 ユウキの速度は驚異的だが逃げ場を無くし範囲攻撃で叩けば防御力の差で勝利を狙えるはずだ。

 

 範囲攻撃系ソードスキル『スネークバイト』が――発動する前に止められた。

 

 わたしのHPが1割ほど減っている。

 彼女の切っ先が腕を斬りつけ、手元を狂わせたのだ。

 反応速度ではない。読まれていた。

 予備動作の時点で崩された構えはソードスキルを不発にさせる。

 この距離でソードスキルを使うなんて愚策だったか。

 追い詰めたつもりが、追い詰められたのはわたしの方だったわけだ……。なんて滑稽で稚拙な作戦だろうか。

 研ぎ澄まされた彼女の剣に比べ、わたしの剣は酷く錆びついている。

 追撃を止めるべく刃を組むが所詮は一時凌ぎ。

 1つの作戦が失敗しただけなのに、次の一手が思い浮かばない。

 

「エリの実力はこんなもんじゃないだろ!」

 

 敵であるはずのユウキが叱咤を飛ばす。

 

「買いかぶりっすよ……」

「そんなはずない!」

 

 盾を振り回してユウキを離れさせる。

 これでソードスキルは放てるだろうが誘われているようにしか思えない。

 MPがあるうち手を変えよう。唱えるのは聖属性の範囲攻撃魔法。

 この距離ならば潰せたであろう詠唱をあえて彼女は見逃した。

 光の濁流が溢れ、それは7条の流星となって荒れ狂う。狙うはユウキそのものではない。作り出してしまった檻を手頭から壊すのだ。

 石壁はたちどころに崩落して粉塵を漂わせた。

 

 視界は不良。

 目ではなく耳を澄まして気配を探る。

 気流の乱れを感知。

 ――左か!

 

「やっぱりエリは凄いや!」

「無傷な癖によく言うっすよっ」

 

 崩落する天井にユウキは闇魔法を放っていた。それでダメージを免れたのだろう。

 だがそれを抜きにしても、この試合でわたしは彼女に一太刀も浴びせられていない。

 逆にわたしのHPはガードの上から消耗しており残り7割。1回のヒットで覆る差であれど、その1回が遠く果てしなく感じた。

 

「さあ、ボクの全部を受け止めて!」

「――っ!?」

 

 ユウキの左手には盾。

 以前手慰みに教えたことがあったのを思い出す。

 そのときスキルも習得していたのだったか。熟練度は隠れて上げてないのだとすれば大したことはないだろうが……。

 どちらにしろ装備の差でガードの上から叩き合えばわたしの有利。残りHPの差は戦闘時回復のスキルで補えるかもしれない。

 防御されようとお構いなしに振り降ろした剣が空を斬る。彼女は盾の後ろで半歩退き、当たる寸前で腕を引いたのだ。

 遠近感を狂わせる見事な盾捌きに歯噛みをする。

 ユウキの下段斬りをわたしは対照的にシールドバッシュで攻勢防御。

 なんとかして隙を作りたいが、リーチの差で僅かに剣が届かない。

 彼女が格闘スキルを併用してくる想定で武器を選んだのが仇となっていた。アイテムストレージには長物もあるが、取り出す暇などデュエルの最中にあるはずがない。

 あったとすれば崩落の合間であり、それを有効活用したのはユウキの方だった。

 

 わたしたちは息も吐けぬ差し合いに興じる。

 傍目には拮抗しているように映るかもしれないが不利なのはわたしだ。

 当たらない。

 掠りもしない。

 ガードさえ引き出せない。

 それだけでなく、最初は攻め返していたはずなのに、いつの間にか圧に負けて無意識に引き足になっていた。こうなれば反撃などできるはずもなく一方的に攻撃を浴びせ続けられるだけだ。

 後退ではない逃げの一手。

 ……隠しきれなくなったわたしの心は、剣へ如実に現れていた。

 

「………………」

 

 それが伝わってしまったのだろう。

 ユウキは唖然とした表情を浮かべて立ち止まってしまった。

 

「……どうして?」

 

 慌てて仮面を取り繕うも、もう遅い。

 彼女は確信していた。

 わたしが勝とうと本気で考えてはいないことを。

 

「約束したじゃんか……」

 

 くしゃりと、今にも泣き出しそうに彼女の表情が歪む。

 ……こんな顔をさせるつもりじゃなかった。

 

「応えてよ!」

「わたしはっ……」

 

 失望が怒りに変わる。

 ユウキの意思が剣へと宿り、苛烈な太刀筋を生み出していく。

 大振りな一撃をステップで避けていくも、動きと動きの繋ぎが凄まじく手が出せない。

 そうでなくともきっとわたしは……。

 そんな心の隙を許すつもりはないらしく、彼女が休むことなく追い立ててくる。

 フィールドの端まではあっという間だ。

 地面を離れ次は上空へ逃げる。

 

「逃げるなああああああああああ!!」

 

 ユウキがフリスビーのように盾を投げる。

 反射的に剣で振り払ったのは悪手。

 目の前に彼女がいた。

 

「がっ!」

 

 ユウキはわたしの首を守る鎧を掴むと振りかぶって頭突きを喰らわせてきた。

 視界が一瞬真っ白になり、三半規管が異常を訴え上下の感覚が麻痺する。

 格闘スキルにこんなのもあったっけか……。

 空中でふらついていると景色がグルグルと掻き回される。遠心力に気がついたのは、その力を使って放り投げられた後だった。

 わたしはフィールドの端の半透明な壁に叩きつけられ、跳ね返って石床に転がる。

 

 こんな有様になりながらも、所詮はゲームだ。

 ペインアブソーバによる不快感と、身体を揺られたことで眩暈はするが、痛みはない。

 ――ないずなのに、彼女の想いが痛々しいほどに伝わり、心臓を締め付けてくる。

 

「はぁ。はぁ。はぁ……」

 

 緩慢な動作で身体を起こして視界の端を見る。

 HPは――残念ながらまだ3割ほど残っていた。

 

「こんなんじゃボク、安心して逝けないよ」

 

 わたしが立ち上がるのを待っていたユウキが、拒絶の言葉を投げかける。

 

「ならずっと一緒にいてくださいっす……」

 

 そうすれば全部解決するのに。

 なんでいつもいつも、大事な人がこの手から零れて消えようとするのか。

 SAOは終わったんじゃないのか。

 どうしてこんな辛い現実がなくならないのか。

 

「我儘言わないでよ。そうしたいのはやまやまなんだけどね」

「我儘なのはユウキの方っすよ」

 

 自分の自己中心的な物言いに反吐が出る。

 ユウキにこんな顔をさせたくない。

 けどマザーズ・ロザリオを受け継ぐのも嫌。

 そんな二律背反の想いを抱えて、どっちつかずに剣を振るわたしの方が、よっぽど我儘だってことくらいわかっている。

 

 でも耐えられないのだ。

 また誰かを失うなんてこと、想像しただけで心が割けそうになる。

 わたしはあと何度失えばいい。

 次は誰だっ!? キリトか。リズベットか。アスナか。ユイか……。

 もう沢山だ!

 

「エリ」

 

 ユウキは様々な感情を――。

 

「信じてる」

 

 ――その一言に集約した。

 

 彼女は右手を引いた刺突の構えを取った。

 ソードスキルの前兆を表す紫色のエフェクトが、陽炎のように揺れながら輝く。

 

 『マザーズ・ロザリオ』。

 

 それで決着を着けようということなのだろう。

 あの技が並外れた速度を持っていたのは過去の出来事。

 そうでなくとも正面から放ってくるだけなら如何様にも対処できた。

 要はまともに打ち合わなければいい。それからソードスキル後の硬直時間を狙って大技を叩き込めば、彼女の防御力なら逆転さえ起こり得る。

 それくらいユウキもわかっているはずだ。

 つまり試されている。

 伸るか、反るか。

 委ねられたわたしは剣を中段に構えた。

 

「………………」

 

 対策に組んだオリジナルソードスキルはある。

 理論上はそれでマザーズ・ロザリオを正面から破れるはずだ……。

 ユウキの望みはおそらくそれで、わたしの望みはその反対。

 

 

 

 にじり寄るユウキ。

 

 

 

 空中に静止した点にしか見えない剣先が迫る。

 

 

 

 その刃をわたしは――払った。

 

 

 

 エフェクトが混ざり合い、混沌のグラデーションを描く。

 

 

 

 続く2撃目。

 

 

 

 ――払う。

 

 

 

 3撃目。

 

 

 

 ――払う。

 

 

 

 4、5、6……。

 

 

 

 払う、払う、払う……。

 

 

 

 重量差を物ともせず、止まることを知らないマザーズ・ロザリオ。

 

 

 

 煌めきは刹那。

 

 

 

 ユウキの想いを乗せた剣は――。

 

 

 

 

 

 

 わたしを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 残り3割だったHPが急速に左端に向かい、空になる。

 

 

 

 試合終了のゴングが響く。

 会場全体が新チャンピオンの誕生を祝福し、喧騒に包まれた。

 実況者の声が遠くに聞こえる。ファンファーレに花火まで合わさって、あまりの熱狂に聴覚がおかしくなりそうだ……。

 わたしは腹を貫通している剣から視線を上げる。

 ユウキは今にも泣き出しそうな瞳でわたしを睨んでいた。

 別れとしては最悪の形。

 わたしの望まぬがままに成した結果がこれだ。

 どうすればよかったのか。

 そんな問いはもう遅い。彼女の命を懸けた戦いは、終わってしまったのだから。

 

「うそつき……」

 

 彼女の零した似つかわしくないその言葉は、喧騒の中にあっても聞き逃すことができなかった。

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