レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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69話 夕暮れの少女(9)

 優勝者が決まった後はインタビューもそこそこに、わたしたちは街へと繰り出して祝勝会と洒落こんだ。

 集まったのは25層攻略時に見た顔がほとんど。あとは物見遊山なプレイヤーが幾人か。

 前回はアインクラッドの店で開いたということで今回のパーティーはアルヴヘイムの地上側。様々な種族がいることも加味して最大の中立都市、『アルン』で行われた。

 ALOでの食事は満腹中枢を刺激するため食べ過ぎると現実側での夕飯が入らなくなってしまう。なので量より質がチョイスされた。

 もっとも、わたしは気分のせいで味なんてわからなかったが、雰囲気を壊さないためドリンクで無理に喉へと流し込む暴挙を実行している。

 

 なんだかんだと勝ち上がり、わたしの方はALO第2位の称号。

 準決勝、決勝、共々酷い試合をした自覚があるのだが、案外見ているだけでは伝わらないようで、結果的に多くの人達から持て囃されてしまった。

 ……あるいは、理解している者は触ないでくれているだけなのかもしれない。

 

 虚飾を褒め称えられるのはかなりの苦痛だ。

 本当に綺麗な物の価値さえ貶めてしまうかのようだから。

 こんなことなら上手く立ち回って予選リーグで負けておけばよかった。

 そうすればアスナやユウキと戦うことにもならず、関係はもっと良好なままこの日を迎えることができただろうに……。

 

「なにやってるんすかねえ……」

 

 決勝戦の最後、わたしはソードスキルを発動させ、失敗した。

 ソードスキルを途中で止めたのか、それとも彼女の速度に追随できなかったのかは自分でもわかっていないが、どちらにしても同じことだ。

 すべてはわたしの中に渦巻く感情がそうさせなかったということに帰結する。

 

「お姉ちゃん」

 

 服の裾を、ユイがぎゅっと握りしめた。

 手慰みに彼女の頭を撫でまわすと、仔猫のように目を細めて、されるがままでいてくれる。

 こんなわたしから離れていこうとしない彼女の温もりが、今はありがたかった。

 

 外が明るいため忘れがちになるが、ALOは現実時間と同期していないため実際には夜遅い。

 明日は仕事で早いクラインたち大人組が最初にログアウトしていき、それから徐々に人数が減って解散の流れが作られるのは見慣れた光景だ。

 

「エリ……」

「――っ!」

 

 話しかけてきたのはユウキだった。

 あんなことがあった後では目も合わせられず、わたしの視線が虚空を彷徨う。

 

「ついて来て」

 

 ユウキはわたしの手を掴んで言った。

 

「……今からっすか?」

「うん」

「もう遅いっすから明日じゃ――」

「………………」

 

 赤紫色をした彼女の双眸は真剣そのもので、わたしがなにを言ってもこの手を離すつもりがないのは明白だった。

 彼女が死ぬまで逃げ続ければ……。

 そんな薄汚れた考えが頭を過る。

 でもそれだって後悔を残すだろう。どの道辛いだけなら、思う存分ズタズタに引き裂いてくれたほうがマシかもしれない。

 それにこの場には帰還者学校に通う彼らがまだいる。

 来月にはあの学校に戻るのだから、話を大事にしたくない気持ちもあった。

 

「わかったっすよ」

 

 あっさり折れてしまうわたし。

 けれども折れない少女が張り付いたままだ。

 

「お願い。2人にきりにさせて」

「うう……。でも……」

 

 一歩も退かず、しばし2人は視線を交わす。

 

「ちゃんと戻ってくるっすから」

「本当ですか?」

「本当っすよ。それにALOは安全なんすよね」

「そう、ですけど……」

 

 ユイについて来てほしくなかったのはわたしも同じだった。

 今更ではあるのだけど、ユイには格好悪いところを見られたくなかったのだ。

 使っているアミュスフィアやALOの安全面はユイも一度調べて保証されている。だからオーディナルスケールのときのようなことは起きないはずだ。

 それでどうにかユイを言いくるめると、わたしたちはこっそりパーティー会場を後にした。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 ユウキに連れられてきたのは、先日約束を交わした22層の浮島だった。

 空は日の沈みかけた黄昏時。

 茜色の光が階層の隙間から湖畔を照らしているが、それももうすぐ終わる時間だ……。

 冷たくなった秋風がそよぎ、ユウキの黒髪が儚く舞う。

 彼女の表情は暗雲に満ちているのに、必死に自分の足で立ち向かっていた。

 わたしには到底得ることのできない強さが、そこにはあった。

 

「……もう一度やろう」

 

 諦めを知らないように、剣を抜くユウキ。

 けれどもわたしは首を横に振って戦いを拒む。

 

「何度やっても、結果は同じっすよ」

「どうしてっ!」

 

 必死な叫びを跳ね除けるために、わたしは淡々とした佇まいを崩さない。

 

「前に聞いたっすよね。なんでわたしなんすか?」

「それは……」

「答えてくれるなら、わたしだって答えてあげるっすよ」

 

 言い淀んだことから、そこを突けば引き下がるのではないかと、甘い期待をした。

 あるいは、そこを崩せば彼女も諦めがつくだろう、と。

 だけどユウキは止まらなかった。

 これで最後だという決意が、彼女の足を休ませないのかもしれない。

 

「エリのことが、その、えっと、――大好きだからだよっ!」

「わたしのことが?」

 

 意外な答えに呆気にとられる。

 思い返してみると、ユウキは最初会ったときギルドの他には友達がいなかった。

 周りに壁を作るような性格ではなかったが、境遇が故に一歩引いた視点を持ってしまったせいかもしれない。

 ……だからこんなことになってしまったのか。

 都合よく解釈するならば、わたしは彼女を外と繋ぐ架け橋のような役割を果たしたことになるのだろう。そんなことをユウキ自身も口にしていた。

 けど、それは……実に皮肉が利いた話だった。

 

「ぷっ。あははははははは……!」

「わ、笑わないでよ! ボクは真面目なんだから」

「ああ、ごめんっす。でも……。はぁ……。よりにもよって……。ユウキって、悪い男にコロッと騙されそうっすね」

「もうっ! そんなことないよ!」

「………………」

 

 現在進行形で騙されている。それも超が付くほどの極悪人に。わたしは男ではないけれども。

 

「今度はエリの番! ほら。教えてよ!」

 

 厄介なことになってしまった。

 それともこれは簡単なことか?

 彼女の理想を崩してしまえばいいだけなのだから、嘘を吐いて騙す必要はない。

 

「……わたしね。人を殺したことがあるんすよ」

「SAOの、ことだよね?」

「そうっすよ。自分のために人を殺した。だからマザーズ・ロザリオを受け取る資格がないんす」

「だって、それはっ! ……生きるためにしょうがなかったんでしょ?」

「食い下がるっすねえ……。ここで諦めてくれれば、お互い傷つかずに済むんすけど」

「ボクは……」

 

 ユウキもこれにはたじろいだ。

 なにせ言葉の刃はユウキではなく、わたしの喉元に向けている。

 これ以上近づけば斬る。そんな自刃の意思は彼女にとても効果的だろう。

 

 狙い通り、柄を握る手は白み、震え出した。

 付加された圧力の数値に、剣が悲鳴のような軋みを上げる。

 ゆっくりと切先は持ち上げられ、そして――ユウキはわたしに剣を向けた。

 泣き出しそうな顔で。それでも挑むことを止めなかったのである。

 

「たとえ嫌われちゃっても、エリの心を知りたい……。本当の君を……!」

「…………知ってどうするんすか?」

「わかんない。でもエリがどうしてそんなに苦しんでるのか、知らないままでなんていたくない」

「剥き出しの本性なんて醜いだけっすよ」

「それでもいいんだ! 綺麗なだけの人なんていない。――ぶつからなきゃ、伝わらないことだってあるよ!」

「………………」

「ボクはそれだけ真剣なんだ」

 

 ずっと隠してきた仮面の下を暴き立てようとするユウキに、怒りが込み上げてくる。

 まるで眠っていた溶岩が活性化して、血液と混ざり沸騰するような、煮え滾る感情だ。

 凍り付いた炉には炎。血管から溢れるそれが私の鋳型に注がれる。

 生み出されたのはアインクラッドの地下深くに潜んでいたかつての怪物。

 アイテムストレージを操作。鞘走りの響き。腰に下げた長剣の、血で錆びついた牙を研ぐ音色。

 ガリガリと。あるいは唸るように。哂うように……。

 

 姿勢を整えるために動かした私の一歩。

 それに反応したユウキがついに半歩、後ろへ下がった。

 

「どうしたんすか?」

 

 弾むような声色で問いかける。

 

「私と戦いたいって言いだしたのはユウキじゃないっすか」

 

 口角が吊り上がっていくのを自覚していた。

 積み上げたものを破壊する退廃的享楽と開放感。

 ああ、もう……。堪らない。

 

「うん……。やろう。――っ!?」

 

 地を這う剣先にユウキが出遅れる。

 甲高いSE。

 寸前で受けるも軸がぶれて隙だらけだ。

 焦らず丁寧に攻めて私は反撃の暇を与えない。

 彼女は重心を後ろに傾け回避を繰り返すも、浮島は決して広くはなかった。

 靴底が島の縁を捉えるタイミングで一振り。

 力を持って剣を叩き伏せる。

 

「アハァ……」

 

 計算通り摩擦力が足りず左足が水中に沈み、ユウキの肩には刃が喰いついた。

 さらには競り合いを生じさせ地の利を活かす。

 彼女は軽量級種族のインプ。私は重量級種族のノームだ。その数値に保障された筋力差は歴然で、小さなユウキの身体は拘束から逃れられない。

 

「デュエルチャンピオンは上品じゃない戦いがお嫌いっすかあ?」

「そうでも、ないよっ!」

 

 ユウキは身体を回転させて切口を最小限に、水辺に跳び込み窮地を脱する。

 飛行に移ろうとした彼女へ魔法で追撃。速度重視な光線系の魔法は、難なく闇魔法で迎撃されるが想定の範囲内。私も飛翔して彼女を追いかける。

 筋力では上回るが、スピードでは彼女が有利。

 正面からの勝負では分が悪く、ならばとアイテムストレージを弄り小細工を施す。

 

 前方を飛んでいたユウキが羽を広げて急停止。

 私の速度を利用して白兵戦を仕掛けてくる。

 軌道は刺突。重力から解き放たれた彼女は微細な姿勢制御で盾を潜り抜け、私の身体を深く突き刺した。HPが一度に4割ほど減少する大ダメージ。そのはずが、失われたHPがすぐさま9割の値まで回復する。

 左手にあった盾を捨て、隠し持った回復用のクリスタルを使用したのだ。

 そして右手の長剣は不格好ながらもユウキのHPを3割喪失させていた。

 

 ユウキは擦れ違いつつ加速。

 高度を速度に変換しながら必中の闇魔法を立て続けに唱えてきた。

 キリトのような超絶技巧などなくとも、必中の魔法への対処法なんて攻略サイトを見ればとっくに確立されている。

 詠唱するのは回復魔法。即ちダメージの相殺。

 回復魔法はMP効率が悪いが、必中魔法も同様に非効率的なのだ。

 開いたままのアイテムストレージから予備の盾をオブジェクト化すれば、もう心配はない。

 それは承知の筈。彼女の真の狙いは――クリスタルでのHP回復か。

 私は追尾系の魔法で牽制。しかし被弾したからといってユウキのアイテム使用を止めるには至らない。もっと近ければクリスタルを撃ち落とすことも選択肢に入っただろうが、この距離でユウキの手元をピンポイントに狙うのは流石に無理だ。見てからでも回避が間に合ってしまう。

 

 千日手、とまではいかずともアイテムを使い尽すまでは終わらない状況。

 拮抗を崩しに来たのはユウキの方から。

 必中魔法に織り交ぜた速度低下の重力系魔法。私はデバフのアイコンが表示されるや否や状態異常回復の魔法で打ち消すが、彼女が迫り白兵戦が始まった。

 踏ん張りの利かない空中戦では瞬発力が発揮できない。

 よって一度足を止めると小手先で剣を振る地味な戦いになってしまう。地味というのは見栄えだけでなく、ダメージという意味でもだ。

 

「私のミスでパーティーが全滅した! 注意深ければ、3人は死なずに済んだんすよ!」

「誰にだって失敗はあるよ! それはエリのせいじゃない!」

 

 予想通りの返しでは私に届かない。

 羽を小刻みに動かし、間合いギリギリで剣が触れ合うもすぐに離れる。

 浅い斬撃。微かな火花。

 こんなものではユウキを倒せず、私も倒れない。

 

「だってエリは望んでなかったんでしょ!?」

「望んで、なかった……?」

 

 ユウキはフェイントに騙され虚空を斬る。

 

「アハッ……! アハハハハハハハハ!!」

「エ、エリ?」

「それはいくらなんでも面白過ぎる勘違いっすよ! もしかして私を笑い殺す作戦っすか」

 

 ここ1年で一番笑えた。たぶんキバオウを殺した時より笑っているんじゃないだろうか。

 だって、そんな、()()()()()()()()だなんて。

 彼らのことについては確かにそうだったが、他はまったく別だ。

 その評価は私に対してあまりにも的外れだった。

 

「25層でなにがあったか知ってるっすか?」

 

 真実という獣が、奈落に通じる口でユウキを貪ろうとしていた。

 

「……エリのいたギルドの人たちがたくさん死んじゃったんだよね? でもそれだって――」

「偶然じゃないんすよ。ましてや準備不足でもないっす。あれは……最初から仕組んでいたことだったんす」

「どういう、こと……!?」

「彼らを殺したのは私っす」

「…………えっ?」

 

 一歩踏み込むように前へ。

 読み違えたユウキは袈裟切りにされて湖畔に墜落した。

 回復はさせない。追尾系の魔法を水中へ放出。飛沫を上げて人影が飛び出す。彼女はすぐさま回避運動に移るも1つ命中してHPは残り6割。

 距離を戻し今度は水面すれすれで剣を交える。

 

「ギルドマスターのシンカーを失墜させるための作戦だったんすよ。私はサブマスター派で事前にすべてを知らされていた。それどころか、上手く誘導して壊滅に導く役だった!」

 

 一合ごとに押されていくユウキ。

 シンカーとは彼女も交友があったはずだ。なにせ彼は先日行われたALOの25層攻略に参加していたのだから。

 

「なんでだよ! なんでそんなことっ!」

「理由ぅ? あー……。やっぱり地位っすかねぇ」

 

 シールドバッシュがユウキの顔面を捉える。

 視界を塞ぎ左右の装備を持ち替え。

 彼女が振るう剣は左手の剣でいなしつつ、私は盾を使って殴打を続けた。

 金槌で叩くかのような鈍い音がする。

 武器ではないため1撃毎のダメージは少ないが、パターンから抜け出すのに時間をかけ過ぎだ。

 ……ユウキのHPはあと4割しかない。

 

「嘘だ、なんて言わないでくださいっすよ。全部本心なんすから」

「………………」

「これで嫌いになってくれたっすよね」

「………………」

 

 彼女から剣線を外す。

 ユウキの(こころ)を折った確信があった。

 だからもう戦う必要もないだろう、と。

 

「………………」

「なんすか、その剣は?」

 

 ユウキは剣を下げなかった。

 涙を流す瞳が、私を見つめて離さない。

 

「いかげんにしろっす!」

 

 頑なになっているだけだと思った。

 あと一度剣を振りさえすれば、倒れるはずだと。

 私は剣を振る。

 下段から逆袈裟に、寸分の狂いもない正確で無慈悲な一閃を。

 

「なっ!?」

 

 腕が、止まる。違う。止められたのだ。

 剣が刃を合わせて動けずにいる。

 ユウキは先んじて動いていた。

 筋力差で彼女の剣を後退させていくが押している気配ではない。

 これは……。

 

「ボクは……。ボクは……」

 

 シールドバッシュ。

 しかし彼女の左手が完璧なタイミングで縁を捉え、動きを封じる。

 

「――それでも、エリがっ、好きだああああああああああああああ!!」

 

 それは耳を塞ぎたくなるような渾身の叫びだった。

 けれど私の両手は塞がれ、ままならない。

 拘束から逃れんとするも、盾が強引にこじ開けられて剣が迫った。

 狙い心臓。上体を逸らしながら後退。刃は鎧の上を滑り、火花が弾ける。

 私の剣には油断があった。

 その差か、ユウキの剣は――心臓に届いた。

 

 だが所詮は架空の肉体。

 クリティカルポイントでも即死には至らない。

 減ったHPはせいぜい3割。算出された速度や重量が圧倒的に足りていなかった。

 自身の行った後退の慣性に剣の衝撃が加わって吹き飛び、距離ができる。

 間髪入れず追いかけてくるユウキ。私は彼女から逃げるように飛ぶと、並走しながら剣を交える形に落ち着く。

 

「馬鹿なんすか!?」

「馬鹿でもいい!」

「私は……人殺しなんすよ!」

「わかんないもん!」

「わかんないって……」

「ボクはSAOにいなかったから、どうしてエリがそんなことをしたのか理解できない。悪いことだってのはわかる。でもエリが苦しんでることだってわかるんだよ!」

「私が苦しんでるって? ハハッ。むしろ楽しんで殺したっすよ。25層のギルドのメンバーだけじゃない。犯罪者なら消えてもバレ難いっすからね」

 

 もちろんそれだけじゃない。

 

「この手で殺した」

「それでも好きだ!」

 

「争わせて殺した」

「それでも好きだ!」

 

「命じて殺した」

「それでも好きだ!」

 

「片手間に殺した」

「それでも好きだ!」

 

「遊んで殺した」

「それでも好きだ!」

 

「利用して殺した」

「それでも好きだ!」

 

 離れては交じり合い、交じり合っては離れていく。

 交差するたびエフェクトが星のように22層の空で一瞬の輝きを見せる。

 

「殺した数なんて覚えきれないほど、殺してきたんすよ、私はああああああああああ!」

「それでも好きなんだあああああああああああああああ!!」

 

 等速なら私が有利なはずなのに……。

 彼女の剣が徐々に私に追いついてくる。

 障害物で判断力を鈍らせればどうか。

 私は森に誘導して、木々の間を潜り受けた。

 アスナと歩いた並木道を過ぎ、ユイと出会った木陰を横切り、サチと一緒に戦ったダンジョンの前を越えていく。

 その間もユウキの飛翔はまったく衰えない。

 

「好きって言葉を言い訳するなっす! この醜悪な怪物みたいな姿が本当の私なんすよ!」

「言い訳じゃない! どんなに否定されても。君がどんな人であっても諦めきれない。それが本当のボクなんだ!」

 

 ガードが間に合わない。

 だんだんと剣を受ける数が増えてきた。

 私は全力だ。モチベーションだって決勝戦に比べれば彼我の差。なのに、どうして……。

 ユウキの動きが予想できなくなりつつある。

 逆にユウキは私の動きをどんどん予測して立ち回っていく。

 SAOで培った経験が、純粋な才能に凌駕されたとでもいうのか?

 HPは徐々に削られていき、いつしか私もイエローゾーンに入っていた。

 

「まだわからないっすか! 私にはユウキから受け取る(愛される)資格なんてないんすよ!」

「だからどうしたっていうんだ! これはボクの剣だ。ボクの気持ちだ。ボクが渡したい。それだけで資格なんて十分なんだよ!」

 

 森の果てに辿りつき、遮る物のない平原が広がる。

 

「「この分からず屋っ!!」」

 

 同一のソードスキルが鏡映しに重なる。

 押し負けたのは私だった。

 武器重量で勝っているのは私だ。それは当然速度で上回れるような値ではない。ありえないはずの現象が起こっていた。ゲームがバグったとしか考えられない。

 どうしたカーディナル。いつものようにさっさと修正しろよ!

 

 祈ったってどうにもならないのは百も承知。

 無神論者な私が唱えるのは聖句ではなく、魔法を発動させるためのワードだ。

 私たちを隔てるように石壁を生成。大会の狭いフィールドではないのだから上や左右にいくらでも迂回ルートはある。

 この中からユウキか選ぶのは……。

 

「こんなものでボクが止められるとでも――」

「思ってないっすよ!」

 

 正面突破だ。石壁を真っ直ぐに突き破って彼女は直進してくる。

 勘が鈍ってはいたがこれだけだけは予測通り。

 

「がっ――!」

「これで減らず口も叩けないっすね」

 

 盾を投げて注意を逸らしつつ、私は粉塵に跳び込んで彼女の細首を捕まえていた。

 もがき苦しむ彼女の反攻を1つずつ潰すように、まずは利き腕を崩壊寸前の石壁に串刺しにして縫い付ける。

 

「私、友達を殺したことがあるんすよ……。ユナって名前でね。そう、あのユナのモデルになったプレイヤーっす。あのときは運がなかったっすねー。キヒッ。見られたら困る場面を目撃されたんで、口封じしちゃったっす」

 

 酸素は必要ないが、ユウキは喉が締められて思うように声を出せないでいた。

 力をさらに籠めるとミシミシと音を立てる。試したことはないが、この分だと握力だけで彼女の首を折れるかもしれない。

 

「もしもユウキがSAOにいたら……」

 

 そんな可能性は考えても無駄だろうが……。

 

「こうやって殺してたかもしれないっすね」

 

 笑いながらユウキの後頭部を使って石壁を削っていく。

 叩きつければ当然彼女のHPも減少してしまう。

 2割から1割へ……。

 血のような赤を滲ませて……。

 

「おっと」

 

 ユウキの左腕がソードスキルを放った。

 避けたのは失敗だ。あのくらいの攻撃では死亡しないのだから、ダメージを受けつつもキッチリ止めを刺してしまえばよかった。

 彼女は咳き込みながらも自由を取り戻した身体で剣を構えることをまだ止めない。

 呆れるほどの意固地さだ。

 

「いやあ、凄いっすねえ……。ユウキは好きな相手だったら誰にでもそんな頑張れちゃうんすかね? 私にはとても真似できないっすよ」

 

 皮肉をたっぷ塗って嫌味らしく言ってやる。

 

「自分でも驚いてる。ボクってこんなに頑張り屋だっけって」

「なんでっ。なんで私なんすか! いいじゃないっすか他の誰かだって。皆のこと好きでしょ!? 止めてほしいんすよそういうの! 私には受け止めきれないっす! もう……。なんで……。どうして……?」

 

 ユウキはボロボロの腕を引き絞った。

 紫色に輝くエフェクト。

 刺突11連撃『マザーズ・ロザリオ(聖母への祈り)』の準備モーション。

 

 私は大会では不発に終わったカウンターOSSを構える。

 漆黒に輝くエフェクト。

 対刺突12連撃。その名は『ダブルクロス(裏切り)』。私にもってこいの技名だ。

 

 

 

 踏み出したのは同時。

 

 

 

 足場がないため初速が遅い。

 

 

 

 だがそれは彼女とて同じ条件。

 

 

 

 大会の最後が奇しくも再現される。

 

 

 

 今度は葬るのだ。

 

 

 

 マザーズ・ロザリオを。

 

 

 

 そしてユウキを。

 

 

 

 計算通りの軌道を取った刺突が私の払いによって弾かれる。

 

 

 

 激しい閃光。

 

 

 

 私に迷いはない。

 

 

 

 だから必ず成功する。

 

 

 

「諦めるなんて出来ないよ。だってこれは――」

 

 

 

 泣きながら、すべてを吐露するユウキ。

 

 

 

 

 

 

「――ボクの、初恋なんだあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 その衝撃に、その力強さに。

 

 

 

 

 

 

「……………………えっ?」

 

 

 

 

 

 

 ダブルクロスはあっけなく砕かれる。

 

 

 

 

 

 

「ええええええええええええええっ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――わたしは負けた。




Like(友愛)でもDear(親愛)でもなく、Love(恋愛)です。

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