――2023.4.15――
はじまりの街中央に鎮座するドーム状の建造物、『黒鉄宮』。
生命の碑や監獄エリアを内包するシステムゾーンたるこの場所は現在、ギルドハウスとして購入され運用されている。
大理石の無機質な廊下を一歩進むごとにカツンカツンと足音を響かせる。
あまりにも巨大な建物内は歩き回るだけでも面倒なのだが、それでもこのゾーンを所有する恩恵は大きい。
監獄エリアを所有するということはすなわち、システムに保障された法の番人であるということだからだ。
その威光もあってかギルド『MMO to day』はプレイヤー1700人が所属する最大勢力となっていた。
「だが、もう少し慎重になるべきだ!」
「せやかてあいつらん好き勝手にはさせられんやろ!」
扉越しにも聞こえる声量で男たちが言い争ってる。
ノックを3回。ギルドマスターの部屋へと入室する。
「遅くなったっす」
部屋の中には2人の男性と1人の女性。
平時では穏やかな印象のする、今は眉間に皺を寄せている中年男性がギルドマスターであるシンカー。
橙色のサボテンのような奇抜な髪形をした男だサブマスターのキバオウ。
シンカーの後ろに控えて立つ、凛々しい女性が彼の副官であるユリエール。
「構わへん。会議してたわけでもないさかいな」
ここに集まったのは24層のフロアボス攻略の報告のためである。
第1層が攻略されて4カ月が経った。
攻略当初はβテストの情報はあれどデスゲームの混乱もあり、攻略は遅々として進まなかったが、最近の攻略速度はそれを補って余りあるスピードを維持している。
それもそのはずで、安全マージンと考えられるレベルは階層数にプラス10した値だと言われている。つまり1層上るごとに1レベル上昇させればいいだけなのだ。
レベル以外の問題――装備の更新や消耗品の補充である――は大規模ギルドの結成によって払拭された。
素材アイテムを収集するグループ、アイテムを生産するグループ、消耗品を補充するグループなど役割を分業化することで攻略を担当するグループにかかる負担を解消しているのだ。
最近では新しい階層を調べる予備隊の設立や、フロアボスの情報を集め攻略法を発案する情報班などが設立され、攻略隊はほとんどフロアボスを倒すだけの役割になっている。
初期に前線で戦っていたプレイヤーは昨今の急激な攻略速度に追いつくだけで手いっぱいとなっているようだ。
22層の攻略に要した期間がわずか3日と聞けば、彼らのプライドを折るのに十分であった。それでもまだ喰らいつこうとする気概のあるプレイヤーもいるようで、そういったプレイヤーの奪い合いがギルド間の水面下でなされている。
「私とキバオウさん除く攻略隊46名、解散を完了したっす。25層の調査、及び占有も予備隊に引継いだっす」
「ご苦労。エリもしっかり休んでくれ」
私は頷いて退出しようとしたのだが、キバオウがソファに座るよう視線で合図を送ってくる。
黒塗りの高級感あるソファは長時間座っていると腰を痛めそうだと、どうでもいい感想がでてくる。
フロアボスを倒した直後で気が緩んでいるようだ。しっかりしなければ。
意識を切り替えてキバオウの意図を計り始めた。
「シンカーはんが、攻略のスピード落とせ言うてんやけど、ジブンどない思う?」
「そうっすね……」
個人として答えるなら賛同したいが、そうできない理由があるのも理解している。
もうひとつの大規模ギルド『
我らがMTDに比べ数では大きく劣るものの、攻略組のプレイヤースキルでは彼らが圧倒的に上。これまでにいくつものフロアボスが先に倒され苦い思いをさせられている。
攻略スピードの異常な速さはこの2つのギルドで行われている、縄張り争いの影響でもあった。
「碌に休息も取れていないという声も上がっている。このままでは疲労が蓄積して致命的な失敗をしてしまうんじゃないか?」
いや、ちゃんと休みは取ってるぞ。
フロアボスを倒した日が休息日。つまり今日、この後から明日の朝までだ。今は午前11時なので半日も休める。もっとも、それで誰もが足りると思うほど傲慢ではないが。
「そんなん言うてたらDKBのやつらに先越されてまうやろが!」
「いいじゃないか。彼らは敵じゃない。一緒に戦う仲間だ!」
「そんなん綺麗ごとや。あいつらがわいらと手を組まんからこうして不毛な競争になってるんやろ! 助け合うなら数の多いわいらにあいつらが加わるってのが道理やないか」
「それはこちらの理屈だろう。彼らには彼らの理屈がある」
2人の会話はだんだんと再燃してきていた。
ユリエールがこちらをどうしましょうという気持ちで見てくるので、こちらも肩をすくめてみせた。
だが今回はキバオウがわざと煽っているように見える。違った、今回
こういう場合、ギルドマスターの決定に沿うのが普通なのだろうか?
組織ごとに対応は違うのだろうがここMTDでの2人の立場は少し特殊だ。
ギルド発足者はシンカーであるが、攻略の指揮官はキバオウである。シンカーはギルドの運営で手腕を発揮しているが前線で戦える技量の持ち主ではない。対してキバオウは口は悪いが剣士としては一流。戦場での指揮官としても一流だ。
その結果、ギルド内はシンカー派とキバオウ派に分かれ始めており、キバオウ派が優勢になっていた。
彼が進軍と言えばシンカーに止める手立てはない。MTD発足時のメンバー幹部は現状に危機感を抱いていたが、快調な攻略という手柄の前には誰も逆らえない。加えて休息日を削る過激な攻略にキバオウも参加しているのは大きかった。彼は口だけでないのだ。
逆に後方の安全地帯でギルドの運営を行っているシンカーをお飾りと揶揄する声の方が大きくなっている。
「あんさんは前線出たことないからそないなこと言えるんや!」
キバオウの言葉は決定的に袂を分けた――かに思えた。
「……すまんかった。言い過ぎたわ」
キバオウが謝った。
なんというか、意外過ぎて、その……。気持ち悪かった……。
「いや私こそすまない。君には感謝してるんだ。私は攻略の手助けにはならないからね……」
「わいはそうは思わへん。ジブンは組織のためによく尽くしとるやないか。顔を上げてくれ、シンカーはん」
「キバオウ君……」
なんだろう、この茶番。まだ出て行っては駄目なのか?
「シンカーはん。わいはあんたを漢と見込んで、次の層の攻略を任せてみたいと思う。引き受けてくれへんやろか」
「それは……」
「このままじゃあかんと思ってるのはわいだって同じや。でも、わいはこのやり方しか知らへん。別の可能性があるんやったら見てみたいんや。別にシンカーはんにフロアボスの前でて戦え言うてるんやないで。代わりのモン立てて、そいつに指揮を任せてみろ言うてるんや。それで上手くいくんやったらわいだって考えたるわ」
なるほど、そういう話か。え、これやらないといけないの?
嫌だなあと思いつつも逆らえないのが組織の辛いところだ。
「私も賛成っす。キバオウさんの前で言うのもあれっすけど、サブマスに権力を握らせ過ぎるのも問題っす。組織としてもここは手綱を握り直すべきじゃないっすか?」
「わかった。次の25層攻略は任せてほしい」
「わいは手出しせんさかい。応援させてもらうで」
キバオウはそう言い残し、部屋から一人で出て行ってしまった。
「……すまない、エリくん」
シンカーが私に助けを求めるように声をかける。
「協力してあげたいっすけど、今回は無理っす。攻略メンバーには入るっすけど指揮はできないっすよ」
第2層からパーティーに加えてもらい、色々と融通を利かせてもらった恩はあるが今回ばかりは断らざるを得ない。
「そこをなんとか」
「無理なものは無理っすよ……。ユリエールさん。説明してあげて欲しいっす」
私はいうなればキバオウの側近のような立場だ。心情的にはシンカーを応援したいが、実力や他の諸々からキバオウを苦々しくも支持している。
しかしこの頼みに関しては私がキバオウ派だとかそういうことは関係ない。
誤解のないよう別の人に言わせた方がいいだろうとユリエールへ説明を求めるが、
「えっと、ですね……」
「うえっ!? あー、ユリエールさんも前線からはだいぶ離れてるっすから無理もないっすか」
「面目ありません」
これは思っていたより前線と後方の乖離が激しい。
「私のポジションが第一パーティーのメインタンクだからっす。このポジションはフロアボスのターゲットを長時間受ける役目っすから視界が制限されるんすよ」
目の前でボスが攻撃してくるので他のパーティーの状況を確認する隙が無いのだ。
できることなら変わってもらいたいが、誰もやりたがらないポジションなのでしぶしぶやっている。
元はといえば大ギルドになる前の頃、メンバーにタンクを任せられる人がいなかったため、アタッカーからの転向を余儀なくされたのが原因だ。つまりシンカーに先見の明がなかったからともいえる。
タンクの代役を立てようとも、慣れないアタッカーに戻り、そのうえやったことのない指揮ができるほど私は器用ではない。
「指揮に向いてるのは遊撃隊の第二パーティーにいるアタッカーっすね」
キバオウのいるポジションがまさにそこだ。
子飼いのメンバーで構成された第二パーティーはまさにキバオウの手足と呼べる存在だろう。つまりこのメンバーが今回丸々抜けるわけである。
「第二パーティーの代役も必要っすね」
今回の件、キバオウ派のメンバーは参加を断るかもしれない。
私もキバオウ派ってことで抜けられないだろうか。そうできたら楽なのだが……。
「それはこっちで当てを探しておこう」
「不参加メンバーの穴埋めまで、今日中に頼むっすよ」
「もちろんだ」
「攻略は明日からっすよね?」
「……いや、明後日からにしよう。安全を第一にしたい。偵察隊は先行させるから心配はいらないよ。ゆっくり休養を取ってくれ」
2日連続で攻略に出ないのはいつぶりだろう。
それほど過密なスケジュールだったのか。もっとも休みだからといって素直に休めるわけもない。メンバーとの打ち合わせや情報収集などやらねばならないことは多いのだ。2日あれば入念にそれが行えるだけで、ゆっくりしていられるわけがない。
「キバオウがなにを企んでいるか、探ってはもらえないだろうか?」
ユリエールが私に言う。
「もちろんっす。やれるだけのことはやる主義っすから」
言われるまでもなく私はキバオウに真意を聞くだろう。
それをシンカーやユリエールに告げられるかどうかは別の問題なのだが、彼女は理解しているだろうか? もし理解していないなら仲のいい相手だからといって気を許し過ぎだと苦言を呈したい。
友人でも味方とは限らないのだと。
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「エリさん。お疲れ様です!」
黒鉄宮の正面広場へ出ると、馴染みのある声が投げかけられる。
視線を向けるとこちらに手を振っている人影。
くりくりとした純粋そうな瞳を向けてくる少年はMTDに所属する私の後輩みたいな人物、『ユウタ』であった。
重厚な金属鎧を着たまま、彼は猛スピードでこちらに走り寄って、目の前で静止した。
最近銀色に染めたさらさらの髪を棚引かせ、上目遣いで私を見つめる彼は人懐っこい子犬のように可愛らしい。今の彼に尻尾があればぶんぶんと振っているだろう。
私は本来猫派なのだが、彼を見ていて近々犬派に宗派替えをしようかと思っている。
「24層フロアボス攻略、お疲れさまでした!」
勢いよく頭を下げるユウタ。
運動部めいたハキハキとした礼儀は、現実ではサッカー部に所属していたからだと聞いている。そのときはあまり現実の個人情報は喋らない方がいいと注意した。
「そっちもエリアの探索ご苦労様っす。今日は非番なんすね」
「はいっ!」
彼は予備隊――攻略隊の補欠メンバーで、主にエリアの情報収集を担当している。
ポジションは私と同じメインタンクを志願している。元々はアタッカーであったが、途中から転向したというところまで私と同じだった。
「それで、お疲れのところ申し訳ないんですがいくつか助言をもらいたくて……」
申し訳なさそうに顔を伏せるユウタ。
時間を見れば丁度12時。ちょうどいい時間帯か。
「なら、食堂で話を聞くっすよ」
「ありがとうございます!」
黒鉄宮に隣接するゾーンに設置されたMTDの食堂はかなり広い。
3階建てで、1階が一般開放されている公共スペース。2階が部隊などで使われる貸し切りスペース。3階が倉庫と調理場を兼用したスペースになっている。
1階部分だけでも収容人数は100人を超えるほどの大きさを持ち、今日も様々なプレイヤーで賑わっている。
料理アイテムは時間経過で耐久度が減少していくため長期保存の効くもの以外は作成後すぐに食べなくてはならない。そのためコックである料理スキル持ちの彼らは、休む間もなく提供する料理を作成し続けているらしい。
「あー、混んでますね……」
「こっちっすよ」
「え、いいんですか?」
2階のスペースは使用中でなかったので階段を上ってしまう。
幹部や一部メンバーは特別に2階を個人使用することが許可されている。いわゆる上層部の特典だ。特典を使う機会は休息日――フロアボス討伐後くらいしかないが便利ではある。
「考えることは皆同じっすね」
短い休息日を席待ちで浪費しないためにも、攻略隊の面々は2階に揃っていた。
さっきまで顔を合わせていたいかつい連中に軽く挨拶をして、愛用している席に着く。ユウタは少し委縮していたが、こればかりは我慢してもらう。
私は注文を聞きにきたスタッフにオーダーを伝え、ユウタもそれに倣って料理を頼んだ。
運ばれてきたのは魚料理のコース。普段食べているような最高品質の料理ではなく、階下でも注文できる高級素材を使っていない普通の料理だが、あまり食べる機会のないお気に入りのメニューだ。
料理アイテムは長時間のバフがかかるため、攻略前や攻略中に食べるアイテムは綿密な取り決めがある。偉くても私に好きなものを食べる自由はないのだ。
「それで、聞きたいことってなんすか?」
「えっとですね……」
私は食事を食べる速度がとても速い。集団行動では一人の遅れが全体の遅れに繋がるので要練習項目なのである。
とはいえもう少し味を楽しみたいのでデザートを追加注文する。こちらの世界ではいくら食べても体形が変わらないので気分よく食事ができる。
食べても太らないが、最初から太っている人は痩せることもない……。そう、私みたいに……。
「複数の
「あー。結構難しいっすよね」
タンクといっても役割はいくつかに別れる。
複数のエネミーを相手にするのは攻略隊ではモブ狩り専門のパーティーに所属するタンクの仕事だ。私はフロアボスを抑える仕事なので本業ではない。
「装備を変えるのが一番手っ取り早いっすね」
「装備、ですか? こう高度なテクニックだとか、そういうのは……?」
「あるっすよ。でもテクニックの前に装備が重要っす。ああ、片手剣から別の武器に転向しろって話じゃないっすよ」
タンクの装備は盾プラス片手武器。
直剣。曲剣。斧。槍。槌。他にもいくつかあるものの、概ねこの辺りが妥当なところだ。
私もユウタも盾プラス片手直剣の組み合わせだ。それを念頭に置いたアドバイスが望ましいだろう。
ジャンルで言えば直剣は器用な立ち回りができる。万能型なのだ。器用貧乏に思うかもしれないが汎用性というのは武器カテゴリのスキルを複数育てるのが難しい仕様上、とても便利である。
「スネークバイトを使うのはわかるっすよね」
「もちろんです」
片手直剣ソードスキル『スネークバイト』。
左、右の順番に行う斜め切りに合わせて2本のダメージ判定を持つエフェクトが出るソードスキルだ。ダメージ判定のエフェクトは剣の長さよりも遠くに伸びるため範囲攻撃として使われる。
「でも巻き込めなかったり、1ヒットしかしなかったりするとヘイトが途中で足りなくなっちゃうんですよ」
ソードアートオンラインはリアル重視なので、モンスターが他のモンスターの体を透過して重なることがない。なので一塊にしても範囲攻撃が全体に当たるかというと、これが難しかったりする。
「ホノルルさん。長剣貸してっす!」
テーブルの向こうで漫画肉に齧り付いていた攻略隊の仲間に声をかける。
彼はアイテムストレージから剣を取り出すと、それを無造作に放り投げた。
長テーブルを挟んで飛んできた剣を両手でキャッチする。刃の部分を思い切り掴んでいるが、圏内ではダメージが発生しないのでこういうこともできる。
「見てわかる通り、長いっす」
ホノルルさんから預かった武器の全長はだいたい120センチくらい。標準的な片手剣が80、長いもので100センチと聞けばどれだけ大きいかわかるだろう。
見た目は完全に両手剣であるがカテゴリーは片手剣である。だいぶインチキ臭い。
「長いですね……」
「レアドロップじゃなくてオーダーメイドっすから、鍛冶班に頼めば手に入るっすよ」
「いいですね!」
これが実物の剣であるなら、長ければそれに伴い必要となる筋力が馬鹿にならないほど上昇する。しかしステータス制のソードアートオンラインではSTRを上げれば上げただけ筋力が上昇するためその心配もない。
私のような女の細腕――細くはないが――でも壁のような
「剣の先端部以外は威力が低いのに注意が必要っすけどね」
どの剣にもいえることだが、刀身のすべてが同じ威力を持つわけではない。
剣を振ったとき最大の威力になるのは先端部分だ。それは先端に近ければ近いほど速く動くためである。
武器に設定される攻撃力はこの先端部分で与えるダメージを元に算出されている。
つまり長ければ長いほど、威力が低い部分は増えるということだ。
「それはわかってます。ところでエリさんはこの剣使わないんすか?」
「使わないっすよ?」
「あれ?」
「ん?」
「エリさんはフロアボスを相手にするメインタンクですよね?」
「そうっす」
「フロアボスってだいたい大きいじゃないですか」
「そうっすね」
「じゃあ大きい武器使った方がいいんじゃないですか?」
「高所に攻撃が当てられるからってことっすか?」
「えっと、それもあると思うんですけど……。近いと全体像が見えなくなるから、距離を置くんじゃないかなって」
「なるほど。ユウタがわかってないのがわかったっす」
「えっ!?」
長剣をホノルルさんに投げ返して、私はストレージからメインウェポンを取り出した。
全長約70センチ。両刃で刀身の幅は広く、模様が掘られている。
外見とは裏腹に要求筋力値は極めて高い重量武器。回転率を下げて一撃一撃の威力を重視した高威力武器で、単発威力は片手槌に迫るものがある。
「短いですね……」
「そうっす。さっき言ったじゃないっすか。先端以外は威力が低いって。つまりボスも近づけばDPSが下がるわけっす」
「ああ、なるほど!」
大型の敵は足元が一番安全で、距離を取った方が危険度が高いというのは他のゲームでもよく見る現象だ。
「つまりメインタンクは盾を使ってボスと組み合うような間合いを維持しないといけないんす」
「で、でもそれだと攻撃の前兆モーションを見逃しませんか?」
「要練習っすね。上を向いたまま、重心を前に倒すのがコツっす」
「そういう話! そういうテクニックが聞きたかったんです!」
身を乗り出してはしゃぐユウタを相手に、ちょっと照れてしまう。
「コホンッ」と咳払いをすると「あ、すいません」と姿勢を正すが周囲のまくしたてる声が鬱陶しい。
「なんだ、エリはユウタがお気に入りか?」
「そういうんじゃないっすよ」
「おうおう。だったら俺の相手もしてくれよ」
「なんだお前。ロリコンだったのか……」
「馬鹿お前。JKっていったら男のロマンだろ」
「エリってギリギリJDじゃないか?」
「いや流石にもっと若いだろ」
「俺はもうちょっと痩せてる子が――イタイッ!」
「……………………」
「……………………」
好き勝手言ってくれるじゃないか。
いい年したおっさんが恥ずかしくないんですか?
あとアバターの外見はログイン時、つまり去年の11月から変化していないからJKでもJDでもないわい。それを馬鹿正直に言ってはやらないけども。
それにしても最近のおっさんたちは全員ではないが目がギラギラしてて怖い。
子供なら簡単に従えさせられると思ってるのだろうか? だから年下のユウタを可愛がって癒されているんだよ。……つまり私も年下の子をいいようにしてるということだ。たぶんセクハラ案件である。
ユウタの方を向くと目が合う。つぶらな瞳が私を見ていた。目を逸らすとユウタは首を傾げる。うーん。罪悪感がハンパない。
「そろそろ用事もあるっすから、続きはまた今度にするっす」
「あっ。忙しい中お時間ありがとうございました!」
席を立って斜め45度に身体を倒してお辞儀してくる。
うーん。礼儀正しい。
「あ、エリ。俺、次回は抜けるから!」
「そうだった。俺もパスで」
「俺も俺も」
「えっ? えっ!? なにかあったんですか?」
事情を知らないユウタがあたふたする。
「私に言うなっす。その連絡は――」
私が纏めないといけないのか?
いや、私今回の件の責任者じゃないんだけど……。
「ユリエールさんにメッセを送るっす」
彼女に任せておけば連絡不足にはならないだろう。後は任せたユリエール。
「あー……、これはオフレコっすからね。次のフロアボス、キバオウさんは欠席するんすよ。代わりにシンカーさんの選んだ人が指揮を執るっす」
「そうだったんですか……」
「エリは行くのか?」
「強制参加っすね。予備隊にメインタンクできる人いないっすから」
「いなかったっけか? あいつ、えーっと……」
「ツキカゲさん?」
「そうそう。そんな名前」
「サブタンクなら任せられるっすけど。難しいんじゃないっすかね?」
本当はサブタンクはメインタンクとは別の
「ならそこのユウタなんてどうよ?」
「え、俺ですか!?」
「彼は良くてサブタンク止まりっすね」
「そうですよね……」
「あー、でもモブ狩りのタンクならいいんじゃないっすか?」
「本当ですか!?」
「その辺りから欠員は……」
「あ、俺パスでーす」
「出るみたいっすね……」
タンク抜け過ぎだろ。
フルレイドは6人パーティーが8つの48人で構成される。
第1パーティーにメインとサブのタンク。残りのパーティーにそれぞれ1人ずつタンクを配置するので合計8人がタンクの席だ。フロアボスのパターンでここから増加することはあるが減少することはほとんどない。
そのうち2人変更となると25パーセントが変わるわけだ。
タンクは危険の大きいポジションであるため、不安があり参加が任意なら欠席したくなるのも無理はない。私だって行きたくはないのだ。
「でも贔屓はなしっす。たぶんシンカーさんが情報班と協議して決めると思うっすけど、私から推薦はしないんでそのつもりでいて欲しいっす」
「もちろんです!」
まあ元気がいいのは良いことだ。
さて。そろそろ出なければ。このままではだらだらと居座ってしまいそうだ。
私はユウタの頭を軽く撫でて、その場を後にした。
MTDは後のアインクラッド解放軍のこと。
つまりKoBルートではなく軍ルートへ突入です。