レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

70 / 84
70話 夕暮れの少女(10)

『最期に皆と会いたい』

 

 そんなメールがユウキから送られてきたのはつい数分前の出来事だった。

 真冬の冷水に沈められたかのような悪寒がした。

 ユウキから聞かされていたもうすぐ死んでしまうという話。文面にある最期という言葉。

 そんなはずがない。

 そう叫ぶ感情とは裏腹に、私の冷静な部分が返事を送っていた。

 すぐに動けたのはどこかで予感していたからかもしれない。

 3日前に行われたデュエルトーナメント。そこで見たユウキの姿はそれほど必死だった……。

 ユウキへの返信とは別に、私はフロアボス攻略の際に作ったメールリストで方々に同じ文面のメールを送り、すぐALOにログインする。

 私が普段セーブポイントに設定しているはリズベット武具店。その奥にあるベッドで目覚めるや否や、転移門に飛び込んで22層にあるコテージへ全速力で向かった。

 歩けばそこそこの距離でも、飛行状態で突っ切れば時間はかからない。

 コテージに到着すると、私は無制限の入室許可をもらっているのをいいことに、ノックも忘れて木製の扉を開けた。

 

「ユウキ!?」

 

 リビングの揺り椅子に腰かけた小柄な人影を見つける。

 ユウキは力なく背もたれに体重を預けていて、目もうっすらとしか開けていなかった。

 まるで微睡んでいるかのようで、ともすれば寝落ちしてしまいそうである。

 

「寝ちゃ駄目だよ! 起きて、ユウキ!」

「来て……くれたんだね……。あんまり……遅いから……眠く、なっちゃった……」

「ごめんね」

「ううん……。嬉しい、よ……」

 

 メールを受けてからまだ10分と経っていない。

 ALOであれば合流に1時間などざらにある。今の彼女はそんな時間さえ持ち堪えるのに苦しむほど、衰弱しているようだった。

 あるいはもう、時間の感覚さえあやふやなのかもしれない。

 

「エリ、は……?」

「まだ来てないみたいだけど、きっと来るから」

 

 励ますつもりでそう言いはしたが、彼女が来るのかは正直自信がない。

 私がエリを最後に見たのは祝勝会のときで、あれから一度も彼女はALOにログインしていなかったからだ。それどころかロビールームに出入りした形跡すらないことから、一度もアミュスフィアを使っていないようなのだ。

 数日ログインしていないだけで騒ぎ立てるのは気にしすぎかもしれないが、彼女はフルダイブ空間で大半の時間を過ごしているはず。そうでない時間は寝ているときか、検査のときくらいだというのは容易に想像がつく。

 デュエルトーナメントの様子からして、2人の間になにかがあったのだろうか?

 それを今のユウキに問うてもいいものなのか。

 私は判断をしかねてつい口を閉ざしていた。

 

「そっか……。ねえ、アスナ……。ボク……行きたい、ところが……あるんだ……」

「何処へだって連れて行ってあげる」

 

 無茶は言わないだろうけど、もしユウキが望むのであれば、今からでも私はアルブヘイムの果てへだって連れ添ってみせるだろう。

 

「すぐ、そこの……小島に……」

 

 立ち上がったユウキの足取りは覚束ない。

 彼女は私の肩を借りながら、やっとの思いで湖に浮かぶ小島へ飛び立った。

 小島には小さな木が生えているだけで、それほど広くはない。

 ここは彼女にとってなにか思い入れのある場所なのだろうか……。

 ユウキが幹に寄り添って物思いに耽っている間に、私はゲーム内メッセージで位置を皆に添付して送っておく。

 他の面々が来たのはそれからすぐのことだった。

 飛翔音は私たちが飛んできたのと同じ方角から。空を見上げると妖精たちが綺麗な編隊を組んでこちらへ向かっている。彼らは――スリーピングナイツのメンバーだ。

 ……そこに、エリとユイちゃんの姿はなかった。

 

「ごめん、皆……。見送りは……しない、約束、だったのに……」

「気にすんなよ。僕たちのリーダーだろ」

「謝るのは私たちの方です。エリとユイの2人には連絡がつかなくて……」

「そっか……」

 

 メッセージリストに新着。差出人はキリト君だ。

 

「今、キリト君が病院の方に向かってるみたい。だから、あと少しの辛抱だよ!」

 

 彼の家が病院に一番近いとはいえ、到着までにどれだけの時間がかかるのだろう……。

 ユウキの体力がそれまで持つか。それだけが気がかりである。

 

「うん……。でも……もう、いいんだ……」

「ユウキは最強の剣士でしょ? そんな、諦めちゃ、駄目だよ!」

 

 エリはきっとくる。

 例え2人の間になにがあったとしてもだ。

 だって友達なんだ。

 彼女は、彼女たちは私の友達だ。

 私がエリを信じられなくてどうする。

 ユウキの手を握らずしてどうする。

 このまま会えないで終わるなんて、あんまりじゃないか……。

 スリーピングナイツの彼らにつられて、いつしか私の目じりからも滴が流れ出していた。

 

「もう、いいんだ……」

 

 ユウキは首を横に振ると淡く微笑み、噛みしめるように同じ言葉を呟いた。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「ああああああ! フラれたああああああ!!」

 

 ボロボロと涙が溢れてくる。

 エリは結局、マザーズ・ロザリオによる11連撃を受けて木っ端微塵になった。

 ……いや、それは過剰な表現かもしれない。

 とにかくだ。彼女は今、HPがなくなって黄色い残り火に変わり果てていた。

 つまりデュエルはボクの勝ちで、エリにはマザーズ・ロザリオを――延いてはボク自身を拒絶されてしまったということだった。

 涙は枯れることなく流れ続けている。

 でもこのまま放っておくとエリは蘇生ポイントに行ってしまうため、アイテムストレージから貴重な消耗品タイプの蘇生アイテムを使用して彼女を復活させることにした。

 使用されたプレイヤーは効果を拒否できるはずだが、アイテムは正常な処理が行われたみたいで、炎が一瞬大きく燃え上がるとその中からエリのアバターが現れる。

 

「うぐっ。ひっく。うわあああああああん!!」

「………………」

 

 あんなことがあった後だ。

 顔をまともに合わせられず、ボクは感情のままに泣き喚いていた。――のだが、エリは一言も喋らない。

 泣いていれば慰めの言葉でもかけてもらえるかと期待していたわけではないが、どうしたのだろうかと恐る恐る彼女の方へ目を向ける。

 エリは……直立不動。

 もしやログアウトしてしまったのかと心配になったが、顔を見つめているとみるみるうちに赤く変色していったので、それは杞憂だったようだ。

 

「ユ、ユウキ……」

「ひゃい!?」

 

 名前を突然呼ばれたものだから、変な声が出てしまった。

 

「なんでユウキは私のことが……、その……、えっと……」

「好きなのかって?」

「………………」

 

 ちょっと睨むような視線を向けてくるエリ。

 

「……はい。さっき言った通り、私は碌な人間じゃないんすよ? ……あと、あれは嘘なんかじゃないっすからね」

「疑ってないよ。もちろん驚いたけどさ。あとボクの方だって嘘じゃないからね」

 

 エリの告白は聞いてて凄く悲しくなった。

 けどそれでボクの想いが消えるなんてことにはならなかった。

 エリの言う誰かを殺したっていうのが、どうしてそうなっちゃったのか上手く想像ができないっていうのもあるだろうけど……。

 きっと理解出来ても、この気持ちは変えられないところまできちゃっている。

 

「……エリの好きなところ、だっけか。えっとね。ボクのことを知っても、対等なままでいてくれたこととかかな」

 

 大抵の人はボクがAIDSだと知ると嫌悪感や哀れみを持って接してきた。でも、エリがボクに向ける感情はずっと、歳の近い友人のそれのままだった。

 

「他のメンバーも一緒じゃないっすか」

「勿論それだけじゃないよ。ボクを引っ張ってくれるところとか」

 

 今日は何をして遊ぶのか。そういう話題を持ってくるのはだいたいエリだった。もちろん他の皆だってたまには持ち寄るけど、考えて道標を置くのはエリの役目だった。

 エリがギルドに入る前はどうしていたのか思い出せないくらいに、スリーピングナイツでは当たり前のこととして浸透してしまったくらいだ。

 本当はギルドマスターのボクがするべきことなのだろうけど、肩の荷はいつの間にかエリが支えてくれていた。

 

「リーダーシップならアスナでもいいんじゃないっすか……」

「頑張り屋なところとか」

 

 エリは結構な努力家である。

 努力している姿を見たことはないけれど、努力は積み重ねれば実を結ぶと信じているのが普段の言動から滲み出ている。

 

「……負けるのが怖いだけっすよ。皆、大なり小なり努力はしてるじゃないっすか」

「ボクを変えて、外の世界に触れ合わせてくれたこととか」

 

 エリに紹介されて新しい友達が増えた。

 その輪を通じてまた新しい友達ができた。

 そうやってこの半年でボクの世界は見違えるほど広がっていった。

 エリと出会わなければ、ボクはずっとスリーピングナイツのギルドマスター以外の何者にもなれなかっただろう。

 

「ユウキの頑張りのおかげで、私は切っ掛けってだけっすよ」

「律儀なところとか」

 

 断り切れないで、約束を守ってくれようとしていたこととか。

 恩は必ず返そうとするところとか。

 

「………………」

「ボクを真っ直ぐ見て凄いって褒めてくれるところとか」

 

 エリは結構褒めてくる。身内贔屓ではないのがハッキリしていて嬉しい。

 

「……これいつまで続くんすか?」

「守ってあげたくなるところとか」

 

 これはエリはトラブルに巻き込まれやすいというか、中心にいるせいだ。

 OSの事件に巻き込まれ、記憶をさらに失なったときには凄い心配させられた。

 それだけでなく、SAO事件やALO事件の被害者でもあるのだから、ユイが目を離せないという気持ちもわからないでもない。

 

「ス、ストップっす!」

「こうして恥かしがり屋な――むぐっ」

 

 口を押えられてしまったが、まだまだ言い足りなかった。

 ボクは首を捻ってエリの手から逃れると話を続ける。

 

「ぷはっ! ――エリってそういう可愛いところあるよね」

「………………」

「あとね、距離感が近くてドキドキする」

「………………」

「いい匂いするし、お洒落だし」

「………………」

「優しいし、格好いいし」

「………………」

「それからそれからっ――!」

 

 ボクは結構な時間エリの好きなところを答え続けていたのだけど、マザーズ・ロザリオのことを思いだして徐々に気分が落ち込んできた。

 

「あーあ……。失敗しちゃったなあ。嫌われていいだなんて言ったけど、やっぱり辛いや」

 

 全力でぶつかったことに悔いはない。

 そのおかげで、エリのことをもっと知ることができたのだから。

 知らないままでいなくて良かったって、ボクは心から言える。

 でもそれとこれとは話が別だ。

 

「……嫌いなんて、一言も言ってないっすよ」

 

 その言葉にボクはしばし瞬きを繰り返した。

 それからだんだんと思考が纏まりを帯びてくる。

 

「え、えええええええええ!? そんなっ! あれ!? 本当だ! 言ってない!!」

 

 言われてみればそうだった。

 嫌いになったかと問われはしても、エリは一度もボクのことを嫌いだなんて言ってはいない。

 というかこれは……。えっ……? 脈ありってことでしょうか?

 そこのところはどうなのかなと、ボクは催促するようにエリと目を合わせる。

 

「はぁ……。ほら……」

「んん?」

 

 エリが差し出してきたのは右手。

 なんとなく握り返してみると、呆気なくボクの手は振り払われた。

 

「なにしてるんすか。マザーズ・ロザリオっすよ」

「……ボクに勝ったエリに渡したかったなあ」

 

 なんて言ってはみたけど、嬉しさのあまり止まっていた涙がこぼれてきた。

 

「無茶言うなっす。それにユウキ、勝つつもりで戦ってたじゃないっすか」

「だってエリならそれでも勝ってくれるって信じてたんだもん」

 

 弱体修正で速度は互角どころかボクの方が上になってしまったけれど、エリの強さはそういう部分じゃなかったし、それを抜きにしても、ボクに勝ったエリへ祝福して渡したかったっていう想いもあった。

 

「……もう一回やらない?」

「無理っす。何度やっても結果は変わらないっすよ。ユウキは私よりずっと強くなったんすよ」

「そっかあ……。ボクも強くなれたんだね」

「ALO最強のプレイヤーっすよ。どうやって勝てばいいんすか……。まったくもう……」

「えへへへへ」

 

 いつの間にか、姉ちゃんの身長を追い抜いたかのような気分だ。

 誇らしくて、でも少し寂しい。そんな気分……。

 ボクはアイテムストレージの奥にずっと大事に仕舞っていたスクロールを取り出すと、エリの手にそっと乗せる。

 今度は払い除けたりせず、エリは自分の手に握られたスクロールをしばらく眺めてからシステムメニューを開いて使用した。

 スクロールは青白い光に変わり、ボクの祈りがエリの中へと流れ込んでいく。

 

「………………」

 

 エリは抜いた剣を弓なりに構えた。

 刀身が夜闇のようなエフェクトを纏い、11の刺突が十字の軌跡を描いていく。

 彼女の瞳はかつてないほど真剣で、この技に対して、ボクに対して、誠実であろうとする心が剣にも現れていた。

 マザーズ・ロザリオの余韻に浸るように、ラストモーションの姿勢からゆっくり剣を鞘に戻すと、エリは困ったように笑った。

 

「ボクがいなくなっても、きっとその技がエリを守ってくれる」

「……ありがとう」

 

 考えていた通りにはならなかったけれど、マザーズ・ロザリオを渡すことはできた。これで心残りはない。……なんていうのは嘘だ。まだある。行ってみたかったところ。遊んでみたいゲーム。他にも色々だ。

 

「じゃあ勝者の権利を行使させてもらいます!」

「もう好きにしてくださいっす……」

 

 ボクはエリに一歩近づいて顔を合わせる。

 

「キ、キキキ、キスして!」

「ええっ!?」

「ほら早く!」

「それは、え、あ、待って……!?」

 

 慌ててる隙にエリの肩を掴んで逃げられないようにした。

 アバターの身長はエリの方が若干高いので、ボクはつま先立ちに。

 勢いのままに顔をぐっと近づける。

 エリは瞼をぎゅっと瞑り、顔は文字通り赤くなっていた。

 こうしているとかつてないほどに嗜虐心が刺激されていく……。

 ボクは呼吸さえ聞こえてくる距離で彼女の顔を見つめ続けた。

 

「…………ん?」

 

 恐る恐るエリが瞼を解いた瞬間――。

 

「んん!! …………あ、れ?」

 

 唇に感じたのは()()感触。

 うるさいアラートと一緒にボクの視界には倫理コードの警告文が並んでいて、それが接触を阻止していた。

 

「まあALOは全年齢版のゲームだしね」

「あ…………」

「本当にキスされると思った?」

「ユ、ユウキいいいいい! 揶揄ったっすね!?」

「あはは。いつものお返しだよ。……キスしたかったのは本当だけど」

「うぇっ!?」

 

 残念だけど、こればっかりはしょうがない。

 キスする寸前のドキドキ感を味わえただけでも良しとしておこう。

 それに愛情の表現はキスだけじゃないんだし。

 

「本当のお願いはね。ボクが死んでも引きずらないで前を向いて生きてってこと」

「………………」

「悲しんでくれたら嬉しいけどね。でもそればっかりじゃ、ボクも悲しいよ。だから立ち直って、自分の人生を歩んでください」

「…………はい」

「それから、ボクの分まで幸せになってください」

「それじゃあ2つじゃないっすか」

「2回勝ったんだから、その分だよ」

「それじゃあ、しかたないっすね……」

 

 沈む寸前の夕日に照らされて、キラキラと涙が輝いている。

 そんな光の滴を拭い去り、エリは笑ってくれた。

 泣いたり恥ずかしがってるエリも好きだけど、やっぱり笑顔でいるときの彼女が一番好きだ。

 ボクは大好きな人の、大好きな表情を最後の瞬間まで忘れないよう目に焼き付ける。

 

「ねえ、ユウキ」

「なに?」

「ユウキって肝心なときはヘタレなんすね」

 

 

 

 

 

 

 エリの髪が舞い、ボクたちの影が重なった。

 

 

 

 

 

 

 頬には温かな感触。

 

 

 

 

 

 

 熱っぽい瞳が間近にある。

 

 

 

 

 

 

「これは倫理コード的にセーフらしいっすよ」

 

 

 

 

 

 

 悪戯っぽく笑って誤魔化そうとするエリ。

 

 

 

 

 

 

 その頬に、ボクは唇を捧げた。

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 22層の空を妖精たちが覆っていた。

 様々な種族の羽ばたきが重なって、壮大な反響音を奏でている。

 ユウキの最期を聞きつけたプレイヤーたちがここに集まってきたのだ。その数はあまりに多くて数え切れない。ログインしているアクティブプレイヤーのほぼ全員がやってきたのではないかというほどだ。

 小島の周りを旋回しているのは見知った顔ぶれ。

 エリの記憶を取り戻すために共闘し、その過程でユウキとも絆を築いていった者たちだ。

 そんな彼らを見て、ユウキは感嘆の声の声を漏らしている。

 空に猛スピードで駆け抜ける黒い影を見つけた。

 スプリガンの翼。――キリト君だ。

 彼は妖精たちの間を器用に潜り抜け、1人で小島に降り立った。

 

「キリト君! エリは!?」

「……すまない。エリは、見つからなかった」

「ど、どういうこと!?」

「病院に行ったが面会謝絶だって言われたんだ。それにユイとも連絡が繋がらない……。どうなってるんだ……。クソッ!」

 

 歯を食いしばって、キリト君は行き場のない怒りを彷徨わせた。

 

「しょうが、ない、なあ……」

 

 ユウキは途切れ途切れの声で囁く。

 

「キリト……」

「どうした」

「1つ、忠告……。前を、見て……生きなきゃ……駄目だよ……」

「…………ああ」

「エリにも、言った、けど……。そんな顔……してたら、皆……心配しちゃう……」

「………………」

 

 ユウキの言葉は彼に届いただろうか。

 キリト君はいつもの遠い過去を見つめる瞳をしていた……。

 エリは一度記憶を失ってしまい、取り戻すために私たちは奔走したのだけれど、彼は逆にまったく忘れることができないでいる。

 正反対のことでありながら、それは同じ問題であるかのようだった。

 ……つまり、放っておけないのだ。

 強いけど脆い。そういうところも、私が彼を気にかける理由の1つかもしれない。

 

「それと……アスナ……」

「ここにいるよ」

「我慢……させて……ごめんね……」

 

 最初はなんのことかと思ったが、最近のことを思い出して合点がいった。

 たぶんユウキが言いたいのはデュエルトーナメントのことだろう。

 

「我慢なんてしてないよ。だって私が好きでやったことだもの」

「アスナは……優しいね……」

「そんなことないよ」

 

 友達を傷つけておいて、それを優しさだなんて、私は思えない。

 

「それも、優しさ……だよ……」

「ユウキ……」

 

 私は間違ってなかったのかな。

 ユウキがそう言ってくれるなら、自分を信じてみようって気になる。

 

「伝言……。お願、い……。ユイ、には……いつかは……姉、離れ……するんだよ、って……」

「うん」

「エリ、には…………。愛してる、って……」

「それは……。それは自分で伝えなきゃ駄目だよっ!」

 

 奇跡は起きない。

 エリが間に合って突然現れるなんて都合の良いこと、起こるわけない。

 そんなことはわかっている。

 SAOのせいで、私は嫌というほど現実の過酷さが身に染みていた。

 でもこればっかりは……。ユウキの口で伝えなければいけないことなのに……。

 

「もう、伝えたよ……」

 

 仲直り、できてたんだ。

 私はそれを聞いて、力が抜けてしまった。

 

「でも、もう一度、ね……」

 

 最後の力を振り絞って彼女ははにかむ。

 

「エリの……こと……だから……また……事件に…………」

「きっとそうだよ。そうじゃなかったら……会いに来ないわけないもの!」

「アスナ……」

「うん」

「任せた」

「うんっ……!」

 

 ユウキの目は虚ろだ。

 もう見えていないのか、視線の定まらない瞳が誰もいない虚空に向けている。

 

「最期に……会えなかったのは……残念だけど……。エリ……らしいし……しょうがないか…………」

 

 手が空へと伸ばされる。

 私はその手を取ることができなかった。

 私だけなじゃない。ここにいる誰もが触れることができないでいる。

 その光景を見て、私はまた泣いた。

 ……でもユウキは涙を流してなんかいない。嘆いてなんかいなかった。

 それどころか満足気で、幸せの絶頂にいるかのようである。

 

「ボクは……君に会えて……幸せだったよ……」

 

 ユウキの手が力なく地面に落ちる。

 彼女の短い生涯はこうして幕を閉じた。

 その人生は壮絶でありながらも、間違いなく幸せだったのだ。

 

 私は一生忘れることはないだろう。

 大切な人に感謝しながら終わりを迎えた、友達のことを。

 だから泣くのは止めだ。

 彼女の新たな旅路に涙は似合わない。

 

 

 

 でも……。

 エリがこの場にいれば最高だっただろう。

 

 

 

 ――ユウキの待ち人は、最後まで現れることはなかった。




 これにてマザーズ・ロザリオ編、『夕暮れの少女』は完結です。
 この章全体としてはエリが自分を取り戻す話だとか、『わたし』だったからSAO時代と違ってボロが出たのだとか、そういう細かい部分は置いておいて。
 結局のところは愛です。恋する女の子は最強!
 原作では「いつも自分じゃない自分を演じてた気がする」と語ったユウキ。
 そんな彼女の内側。仮面を外した結果が――これです。


 それと投稿速度が遅くなってしまい申し訳ありません。
 一応の目標として、アリシゼーション編のアニメが完結するまでにこちらも完結できればと考えておりますので、引き続きご声援のほど、何卒よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。