レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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74話 棺桶に感傷を(4)

「――戦い方を教えて欲しいだ?」

 

 PoHの呆れ気味な声が響き渡る。

 

「い、嫌なら別にいいんだけどさ……」

 

 キバオウは上――黒鉄宮の地上部分にいることがほとんどで、エリにゃんもこっちに降りてくるのは仕事関係のときくらいだ。ザザはソロで狩りに出かけているので、今この場には俺とPoHしかいなかった。

 

「ほら。ボスと俺って使ってる武器同じだろ」

「そうだが。どうした、急に?」

「あー。俺って弱いじゃん? だから、さ……」

 

 キバオウは前線に出なくなって久しため俺より弱いだろうけど、俺の次に弱いのがザザという点で実力の差があまりにもかけ離れている。

 3人からすれば俺もキバオウも大きな違いなんてないだろう。

 PoHは面倒臭そうに溜息を吐くと、じっと俺を見てくる。

 相変わらずフードの影になって顔は見えないが、彼は今、俺の瞳を覗き込んでいるような気がした。

 

「そうか。……なるほど。わかった」

 

 見透かしたかのように語るPoH。

 

「今度な」

 

 彼はお決まりの断り文句を呟いた。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 などとあの時は思ったのだが、俺は現在PoHに短剣の使い方を教わっている。

 場所は黒鉄宮地下にある監獄、その先にある地下ダンジョンの入り口手前にある開けたスペースだ。

 監獄ゾーンは圏内であり、ダンジョンのすぐ傍といえども、ここもまた圏内。

 ダメージを発生させない模擬戦をするにはもってこいの環境で、それを活かした特訓をここのところ暇を見つけてはチビチビと続けていた。

 

「腰が退いてるぞ」

「クソッ!」

 

 PoHの短剣捌きは非常に速い。

 来ると感じたときにはすでに斬られている、といった場合がほとんどだ。

 見てから動いたのでは到底間に合わず、かといって先読みしようとしてもフェイントを織り交ぜてはいいように遊ばれるのがオチだった。

 結果、俺は武器の届く間合いに入れず、PoHの一挙一動にビビって後ろへ後ろへと逃げ続けることしか出来ないでいる。

 PoHは一度も俺に攻撃を浴びせていないにも関わらずだ。

 彼のフェイントはそれほど真に迫っていた。

 

「どうしろってんだよ!」

「誘ってんならともかく、そうでないならやり返す気概を見せろ。だから好き放題にされてんだ」

「このっ!」

 

 斬られたところでHPが減るわけでもない。

 ならばと俺は前に踏み込み、短剣を振るう。

 ソードスキルを使わないのは、特訓を始めた頃に散々注意されたからだ。我武者羅に使っても、技後の硬直時間で返り討ちにされるのを身体で嫌という程覚え込まされた。

 金属の打ち鳴らされた音。

 小さな火花を咲くものの、俺の攻撃はPoHの短剣によって容易く受け止められる。

 当然か。言われるがままにやっていたのでは防がれるのも道理だ。

 

「お前は単純だなあ……」

「ボスがやれって言ったんだろ」

「それもそうだ。よし、ならどんどんやれ」

「あーもうっ!」

 

 俺は次々に打ち込んでいくがどれも完璧にガードされてしまう。

 PoHの武器は同じ短剣カテゴリーではあるが重量級の大型ダガー。さらに俺はステータスのほとんどをAGIに割り振っているため、速度ではこちらが有利のはずだ。

 しかしまるで届かない。

 終始彼は慌てることもなく、悠々と先に動いては狙った地点にダガーを置いている。

 試しにフェイントを入れてみるが反応はなし。

 本命だけに反応する彼は、後出しジャンケンをする機械を相手にしているかのようでさえある。

 

「そろそろ攻撃、再開するぞ」

 

 攻撃させてもらえていたのも束の間。

 PoHは宣言通り短剣を閃かせたため、咄嗟に距離を取る。

 かろうじて回避に成功するも短剣は取り回しが良く、次の攻撃がすでに迫っていた。

 さらに一歩後ろへ。

 しかしこれはフェイント。

 俺が下がっている間にPoHは姿勢を整えて、次の攻撃に移れるようになっていた。

 こうなってしまえば再び一方的な戦いが始まる。

 俺が攻めに転じる余裕を失って壁際まで追いつめられるのに、時間は多くかからなかった。

 

「どうした。普段の威勢は何処に行った?」

 

 PoHが手を休め、俺が攻撃を再開する。

 今度はガードではなくステップを使った回避。

 俺の短剣は虚空を斬るだけで手応えを感じない。

 PoHが壁際まで俺よりずっと小さな歩幅で後退していくと、それから攻撃を再開して攻守を入れ替えさせてくる。

 

 壁から壁へ。

 何往復もしながら、PoHに従い短剣を振る。

 一度もクリーヒットは与えられず、稀にPoHの攻撃が俺の身体を斬り刻む。

 ダメージはないが不快感を受け、架空の肉体は徐々に疲れを訴え始めていた。

 

「休憩だ」

 

 俺が肩で息を始めてようやく休憩をもらう。

 けれどもおかしい。いつもなら、ここからが本番だと言って特訓を続けさせてくるのだが……。

 ふとPoHの視線――顔が俺に向けられていないことに気がついた。

 その方向に俺も目を向けると、なんてことはない。エリにゃんがやってきていたのだ。

 彼女の格好はラフな私服ではなく、黒を基調としたALFカラーの重装鎧。攻略の帰りか、それとも治安維持部隊で一仕事終えてからまっすぐこちらに来たのだろう。

 

「またやってたんすか」

「別にいいじゃん。ほっといてよ」

 

 茶化されるのは嫌いだ。

 俺は手を払うように振って何処かに行ってくれとアピールするも、その手に茶色い長方形の固形物を渡された。

 チョコレートだ。

 

「食べるっすか? 疲れに効くっすよ」

「……食べる」

 

 包み紙すらない剥き出しのチョコレートだったが、体温で溶けて手に付くということはない。

 ガリっと噛み砕けば、口の中に甘さが広がる。

 たしかにこれは疲れた身体に効く気がする。ただし飲み物が欲しくなるが……。

 

「ジョニーはもっと飽きっぽいと思ってたんすけど。意外とマメなんすね」

「ま、まあね」

 

 褒められたのだろうか……?

 エリにゃんはあんまり褒めることをしないので結構驚いた。

 意外とというのは余計なお世話だが、彼女の言う通り飽きっぽいというのは本当のことなので素直に受け取っておこう。

 

「俺にも寄越せ」

「まあいいっすけどね」

「……安物だな。こんなの食ってるのか?」

「文句言うなら食べるなくていいじゃないっすか。昔からの習慣なんすよ」

「不味いとは言ってないだろ」

 

 バリボリとチョコレートを貪るPoHの姿は、かなりシュールな光景だった。

 

「今度はもっとマシな物を持ってこい。そしたら俺もなにか用意しといてやる」

「いらないんで用意しなくていいっすか」

 

 相変わらず、すげない態度を取るエリにゃん。

 こんなやり取りは日常茶飯事なので、今更思うところはあんまりない。

 ……下手な事を言ってPoHに殺されるなんて末路はいくらなんでもごめんだ。

 

「…………それで、なんの用だ?」

「最近中層で起きてる連続殺人事件について情報ないっすか?」

「場所は?」

「32層っす」

「……ザザだ」

「「はぁ……」」

 

 2人は揃って深く息を吐いた。

 

「目撃者は?」

「いないっすよ」

「モンスターのせいに出来ねえか?」

「流石に立て続けで、違うモンスターの分布だから無理っすよ」

「なら替え玉だな」

「それしかないっすね」

「ザザには控えるよう注意しておく」

「お願いするっす」

 

 あっさりと別の人間を生贄にする事が決まる。

 これまた見慣れた光景だが、犠牲にされる側にいなくて本当に良かった。

 

「――それで、PoHの指導はどうっすか? なにか効果的な教え方があるなら、治安維持部隊でも参考にしたいんすけど」

「ボス……。正直に言っていい?」

「おう」

「あんまりわからない」

「ぷふっ! へえー……」

 

 エリにゃんは鬼の首を取ったかのように、厭らしく笑う。

 

「人に物を教えるのは苦手っすかあ」

「ジョニー。お前、偉くなったもんだな」

「待ってくれよボス」

「仕方ないっすねえ。特別にアドバイスの1つくらいはしてあげようじゃないっすか」

「………………」

「いや、うん……。ボスって強いじゃん。だから手も足も出なくってさ……」

「基礎をもっとやってほしいんすか?」

「そうなのかなあ……」

「素振りから始めるか? ジョニーちゃんよお」

「あー、違うかも……」

 

 腕を組んで少し考えを巡らせてみる。

 俺は何を求めているのか。

 何が足りないと感じているのか。

 ……PoHの教え方ではイマイチ強くなっている気がしないのだ。やっているのは模擬戦の繰り返し。時折アドバイスを挟んで、PoHは手を変えながら相手をしてくれている。

 強くは――なったのかもしれない。でも微々たる差ではないのか。ザザに勝てるようにとは言わないが、その辺の雑魚と同列という序列からは抜け出したい。

 

「手っ取り早く強くなれる方法ってない?」

 

 口に出して、これは流石に望み過ぎだと思った。

 あれば誰だってやっている。

 

「ほほう。そういうの得意分野っすよ」

「マジ?」

 

 予想外の回答に俺は思わず食いつく。

 

「数を揃えて囲んで殴る」

「俺強くなってないじゃん」

「冗談っすよ。まずは武器を良い物に変えるところからっすかね」

「そういうんじゃないんだけど……」

「でもほら。PoHもかなり良い物持ってるみたいっすよ」

「これか?」

 

 PoHの武器はたしかに見たこともないサイズの巨大なダガーだ。ダガーというか、刃先のない包丁のような形状である。以前使っていた武器を見ていなければ、これが短剣カテゴリーだと考えるプレイヤーは少ないだろう。

 

「『友切包丁(メイト・チョッパー)』。良い武器だぜ。なにせプレイヤーを殺すたびに攻撃力が増加する仕様だ」

「増加量にもよるっすけど、かなりの魔剣っすね……。なんでこんな物騒な代物がこいつの手にあるんすか……」

 

 短剣カテゴリーの武器は攻撃力が低い。

 それを覆せるのなら、とんでもない武器だ。

 聞いていて、俺が勝てないことにも納得しかけたが、そもそも勝てない理由が攻撃力云々ではないことを思い出して憂鬱になる。

 

「良い武器探してみるよ。でも、俺がそれより凄げえ武器手に入れても勝てる気がしねえんだけど」

「あとはレベル、スキル熟練度――」

「もっと、腕が上がるような特訓とかない?」

「贅沢っすねえ……」

「そこをなんとか頼むよお」

 

 エリにゃんが考える素振りをしたのは僅かな間。

 

「そもそもなんで短剣なんて使いにくい武器選んだんすか?」

「……格好良かったから?」

「正直に言うと弱いっすよ、短剣って」

「そ、そうなの?」

 

 でもPoHは強いわけだし。

 決して使えない外れ武器ではないはずだと、助けを求めるようにPoHを見る。

 

「そうだな」

「マジかよ……」

「対人戦なら両手剣か両手槍、あとはカタナ辺りが強いっすかね」

「たしかに。あんまり相手にしたくはないな……。でもエリにゃんだって片手剣だろ?」

「私は対人戦じゃなくてエネミー戦がメインなんすよ。それで、武器変えてみる気はあるっすか?」

「それもなあ……」

 

 これだけ使えば愛着湧いてるし。

 短剣使いとしてのプライドもある。

 

「まるっきり才能がないわけでもねえんだ。その話は俺がもう少し面倒見てやってからでもいいだろ」

「ボスぅ」

「情けねえ声出すな」

「ならスキル構成を変えるくらいしかないっすね」

「どういうこと?」

「短剣の装備条件を阻害しない、格闘スキルなんかを習得すれば戦い方に幅が出るってことっすよ」

「そいつは難しいんじゃないか? 下手に手札を増やしても使いこなせなきゃ、混乱するだけだぞ」

「そこは指導してやればいいじゃないっすか」

「しかたねえな……」

 

 PoHとエリにゃんはそれから、習得するスキルのことや、習得クエストをひっそりクリアするための段取りなんかを話し合い始めた。

 格闘スキルはどうやら習得にクエストを要求するらしく、拘束期間も長いらしい。

 けれどもエリにゃんがクリアの裏技を知っていたので問題は解消。

 あとはどのような戦闘スタイルを目指すか。練習方法はどうするのかなどを話に移り変わっていく。

 2人の会話は徐々にヒートアップしていき、ついていけない俺はほとんど置いてけぼりだ。

 ……でも悪い気はしない。

 

「――おい。どうした?」

 

 ぼんやりと眺めていたせいか、突然PoHが声をかけてくる。

 

「ん。なんかさ。こういうの楽しいなって」

「……ハッ。だったらもっと厳しくやっても大丈夫そうだな」

「それとこれとは話が別だぜえ!?」

 

 俺の悲鳴に笑い出す2人。

 つられて俺も笑ってしまう。

 帰ってきたザザも後から話に加わり、その日は皆でスキルや戦闘について熱い議論を、時間も忘れて交わし合った。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 ソードアート・オンラインが始まり2度目の新年を迎えたあの日。

 俺たちの集まりに名前が付いた。

 その名も『ラフィン・コフィン』。

 名前の由来は黒鉄宮の監獄エリアを棺桶になぞらえて、そこで哂う者たちという意味らしい。

 ラフィン・コフィンの名はただ名乗り始めたというわけではない。

 ちゃんとシステムに従ってギルド作成クエストを行い、エンブレムも作った。

 蓋の開いた棺桶に哂う顔、棺桶の隙間からは片腕が手招きするように出ているエンブレムだ。

 キバオウは勿論のこと、残念ながらエリにゃんもギルドには加入してくれなかったが、2人がALFから抜けると地下の集会所が使えなくなってしまうので泣く泣く断念。

 メンバーリストには連ならずとも、そういったメンバーも多く囲っているギルドなだけあって、2人は今でも仲間だと俺は思っている。

 

 俺はPoHがギルドを作ろうと言い出した時、心の底から歓喜した。

 今までずっと何処にも居場所がないと感じていた俺が、ようやく手にした居場所だったからかもしれない。

 実態を聞けば他人は顔をしかめるだろうが、それでも俺にとっては大切な仲間で、居場所だ。

 SAOにログインしたのがジョニー・ブラックに生まれ変わった日なら、あの日は俺が1人ではないのだと確信を得た日だった。

 

 ラフィン・コフィンの構成員はほとんどがPoHと協力関係のあったレッドプレイヤーたちだ。

 それ以外のレッドプレイヤーは、正月に起こした『ラフコフの産声事件』や、その前後で大胆に一掃していった。

 ついでにキバオウの邪魔になっていた連中も消してやったのは、キバオウからの依頼があったからとはいえ、俺たちなりの日頃の感謝の気持ちでもある。

 今まではPK扇動集団の頭目と噂されていた存在も確かではないPoHは、晴れてSAO最凶の殺人ギルドのギルマスに。

 俺とザザはPoHの両腕となり、俺はサブマスの地位を手にした。

 SAOで3大ギルドといえば、攻略組の要である血盟騎士団。所属プレイヤー最多のアインクラッド解放軍。そして殺人ギルドラフィン・コフィンと呼ばれるようになるまでに、時間はかからなかった。

 

 サブマスになった当初は俺も下っ端に愛想よく技術のレクチャーなんかをしてやっていたが、これは元来の飽き性が発露してすぐに止めた。

 結局のところラフィン・コフィンの名を得てからもやっていることは変わらず、気ままにPoHやザザと殺しの毎日だ。

 変わった事といえばALFの関係だろうか。

 エリにゃんは忙しさのあまり攻略組からドロップアウト。これは悪かったと反省している。

 それと以前はキバオウが上という関係だったが、死体の数が立場を逆転させていた。

 曰く、ラフィン・コフィンの恐怖によってALSに加わるプレイヤーが増えたとのこと。

 安全を保証することよりも、恐怖を蔓延させることの方が簡単かつ採算が取れるという計算がされたらしい。

 おかげで俺たちの活動は坂を転がるように、エスカレートする一方だった。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「腕を、上げたな」

 

 久しぶりにザザと人狩り(遊び)に出かけた帰り、彼は普段通りの途切れ途切れな口調でそう語った。

 

「でしょでしょ!」

 

 今日の狩場は前線付近。

 攻略組ではなかったが、もう1歩か2歩で届くだろうという連中だった。

 主導はザザ。つまり正面戦闘であったが、俺も危なげなく1人を撃破している。

 これもPoHの指導の賜物だ。

 最近では稽古をつけてくれる頻度こそ減ったものの、完全になくなったわけではない。

 帰ったら頼んでみようかなと思いを巡らせながら、良い機会だからずっと抱えていた疑問を投げかけてみることにした。

 

「ザザはさ。どうしてそんなに強さに拘るのさ?」

 

 ザザは未だに強豪プレイヤーを狙っている。

 先日はついに縛りも解けて、攻略組の1人をヤったところだ。

 彼の強さは嫌というほど知っている。

 でも、いつか返り討ちにされるのではないかと俺は気が気でなかった。

 

「さあな……」

「教えてくれたっていいだろ?」

「俺にも、よくわからん」

「なにそれ」

「わからないから……、戦っているのかも、しれないな……」

「………………」

 

 スカルフェイス越しに彼方を見つめるザザ。

 

「お前はどうだ。何故、強くなりたい?」

「俺? あー、笑うなよ……」

「無論だ」

「――皆と一緒にいたかったんだよ」

 

 俺は自嘲気味に頬を掻く。

 

「弱かったら、捨てられるんじゃないかって。皆の隣にいられなくなるんじゃないかって思ってさ。……へへっ。努力の甲斐あって今じゃこうしてサブマスだぜ」

 

 我ながら大躍進したものだと胸を張りたい。

 

「お前は、ソロで動くのが、得意なはずだ。誰かと、組まずとも、十分やれる。……俺に、無理をして、付き合う必要も、ない」

「迷惑だった?」

「いや……。お前は良い腕を、している。そうでなくとも、組んで戦うのは、悪い気がしない」

「お。嬉しいこと言ってくれるねえ」

 

 いつもの軽い口調で流したが、俺はこのとき本当に嬉しかった。

 ザザの足手纏いになっていないかと気にしていたし、そうでなくともという言葉に俺は救われた。

 ズタ袋を被っているでザザからは見えなかっただろうが、すっかり表情がにやけていたに違いない。

 

「それってさ、友達ってことなのかな?」

 

 だから大胆にもそんなことを口走ってしまった。

 

「………………」

「あ、あれ? 違った?」

「……いいや。違わない」

「俺、友達なんて今まで1人もいなかったからさ……。嬉しいな、こういうの……」

「そうか。……俺もだ」

 

 そう言った彼の口から、微かに笑い声が零れた。

 ザザが戦闘以外で笑っているのは初めて見たかもしれない。

 

「いつまでも、こうしてたいな」

「それは、無理だ。すでに、半分が終わった。いずれ、終わりは訪れる」

 

 今の最前線は53層。徐々に攻略ペースが落ちてきていることを鑑みれば、クリアされるまでに残された時間は長く見積もってあと2年くらいか。

 大多数のプレイヤーが現実への帰還を願う中、俺は逆にいつまでもこのゲームが続けばいいのにと願っていた。

 

「じゃあ俺たちで攻略組の妨害してやろうぜ。そうすりゃもっと長く遊べるっしょ」

「いい考えだ」

「それにクリアされちゃっても、向こうで会えば良いだけだしな」

「………………」

「ありゃ。嫌だった?」

「……向こうで、か」

 

 SAOじゃリアルの話を持ち出すのはタブーとされていて、それはタブーを犯しまくってる俺たちの間でも共通の認識だ。

 でも、SAOが終わったらなにもかもなくなるなんて俺は嫌だった。

 失うくらいなら、現実に帰る前に死んじまった方がマシかもしれない。

 

「会えば、失望するぞ」

「俺もそんなんだよ」

「……気が向いたら、な」

「これ、俺の連絡先ね」

「………………」

 

 暗記していた携帯のアドレスをフレンドメールでザザに送る。

 ザザはしばらくメールを見つめてから、返信。

 書かれていたのは同じく彼のアドレスだった。

 

「よし! あとはボスとエリにゃんの連絡先もゲットして、ついでにキバオウのも聞いて、攻略組を蹴散らすだけだな」

「威勢がいいな」

 

 これで俺たちの友情に終わりはない。

 例えソードアートオンラインが終わりを継げようとも、この関係は永遠だ。

 

 

 

 そのときの俺は、純粋にそう信じていた。


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