レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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76話 棺桶に感傷を(6)

 エリにゃん誘拐から一夜明けた。

 作戦の2段階目は定例集会のタイミングで、攻略組にこちらを襲撃させるというもの。

 よもや攻略組が負けるということは起こらないはずだ。件の情報屋を通して日時や場所のリークが出来るため、あとはいかに上手く誘導して演出するかが肝心なのだとか。

 攫っておいて今更はいどうぞと、エリにゃんを送り返すわけにもいかない。

 

 PoHの作戦は少数の――できればソロで活動している、エリにゃんと交友のあるプレイヤーを集団から分断し、デュエルの景品として差し出すというものだった。

 そんな都合の良いプレイヤーがいるものなのかと思ったのだが、いるからこその作戦であったようで、キリトというプレイヤーに白羽の矢が立つ。

 攻略組の中でも彼は最古参かつ有数の実力者であり、性格も品行方正な部類。

 これでエリにゃんと交友があるというのなら、なるほどたしかに、託す相手としては信頼に足る人選だった。

 

 デュエルはPoHが直接行うよりも、誰かを殺させた方がわかり易く決着となり、疑われずに済むということで、下部メンバーの1人を生贄に選出。

 攻略組に潜り込んでいるクラディールというプレイヤーを使うことになった。

 もっとも、クラディールが使えなければPoHが戦うとのこと。

 ザザは攻略組とラフィン・コフィンの混戦を掻い潜りキリトの誘導を。

 俺はダンジョンのギミックを弄って、通路を組み替え、時間稼ぎをするよう任された。

 

 時間稼ぎだけしていればいいと簡単に言うものの、捨て石になるつもりはないため逃走経路はキチンと確保しなければならない。

 特に今回の相手は攻略組だけではなく、エリにゃん直轄の治安維持部隊も出てくる可能性がある。

 彼らを相手にするとなれば、素直に逃がしてくれるわけがない。

 普段ならAGIの差で振り切るところだが、今回ばかりはダンジョンの地形を把握して別の手を用意しておく必要があった。

 移動する床のルートを変更するスイッチを下見に行くと、案の定そこも空中に浮かぶ床の一角。

 小石を使って地面までの距離を測れば、落下で即死するだろう高さではあるものの、これなら逆に地面に着くまで転移が終了するはず。

 最終手段は投身自殺を装った転移に決まりだ。

 

 一応PoHにも助言を求めてみるかと、ダンジョン内を探すも見当たらない。

 彼の私室に訪れてみたが返事はなく、扉にも鍵がかかっていた。

 外に出ていないのだとすれば探していないのは最奥の元ボスフロアくらいか……。

 念のためそちらへ向かってみると、剣の打ち鳴らされる甲高い音色が聞こえてくる。

 慌てて大扉を開き中に入れば、目に飛び込んできたのはPoHとザザの姿。

 お遊びという雰囲気はない。

 2人はメインウェポンを持ち出して、全力の殺し合いに興じている最中だった。

 

「なにやってんだよ!?」

 

 俺の声は虚しく木霊した。

 ギリギリのデュエルに集中している2人は、余所見をする愚を犯せない。

 戦いはPoHの優勢。ザザのHPは残り3割。

 PoHは単発のソードスキルを放つと、硬直時間を狙ってザザもソードスキルを返す。

 細剣刺突5連撃『ニュートロン』。

 技の発生が非常に速いソードスキルであり、攻撃回数が威力を補う。

 PoHに次々と殺到する連撃は、しかし勝利を呼び込むものではなかった。

 短剣のソードスキルは硬直時間が非常に短い。単発ソードスキルともなれば尚更だ。

 最初の一撃以外は大型ダガーのメイトチョッパーによって綺麗にガードされ、今度はザザが無防備な姿を晒してしまう。

 その隙は彼の命を消し去るには十分な隙だった。

 PoHの構えは短剣の中でも最上級の連撃を誇る『アクセルレイド』のもの。

 9連撃のソードスキルはザザを殺して余りある威力を持っている。

 

 考えるより先に俺は2人の間に跳び込んでいた。

 腰の鞘から抜刀した短剣で、PoHと同じくアクセルレイドを放つ。

 STRと武器ステータスの差は絶大。

 一撃を受けるごとに手が痺れ、次の動作が大きく遅れていく。

 俺のソードスキルは度重なるノックバックの衝撃でキャンセルされ、最後の3回はガードもままならず、アバターを正面から斬りつけられた。

 最大まであったHPがその程度でなくなるはずもなく事なきを得たが、問題が解決されたというわけではまったくない。

 

「ジョニー。どけ」

 

 メイトチョッパーを向けるPoH。

 

「どか、ない……!」

 

 仮想の身体に存在しないはずの心臓が、早鐘を打っているかのようだった。

 殺されるかもしれない。

 でも、退けもしない。

 エリにゃんも、こんな気持ちで俺たちに剣を向けたのだろうか。

 

「わかるだろう? そいつは俺たちの信用を裏切った。この局面だ。裏切り者は排除しておくに限る」

「なら、俺も同じだろ……」

「………………」

 

 ザザと2人がかりならPoHを倒せると考えたわけではない。

 跳び込んだのは衝動的な行動だったが、冷静さを持ち合わせていても俺はこうしただろう。

 

「はぁ……」

 

 PoHは長い溜息を吐く。

 

「ザザ。ジョニーはこう言ってるが、お前はどうする? 剣を納めるか、俺にここで殺されるか。選ばせてやるよ」

 

 納めてくれと祈る反面、ザザの性格なら戦うことを選ぶだろうと予想していた。

 だから覚悟を決める。

 死ぬ覚悟だ。

 

「ただし。剣を納めてもう一度裏切ってみろ。そうしたらお前より先にジョニーを殺す。さあ、どうする?」

「…………わかった」

 

 しかし背後で聞こえたのは鞘を擦る納刀の響き。

 PoHは切先で俺にも剣を納めるよう促し、恐る恐る従うと、彼も腰の革鞘にメイトチョッパーを戻した。

 振り返っても、やはりザザは武器を構えてない。

 意外な結末に拍子抜けをするも、ブラフではないのかと疑念が過る。

 慌ててPoHに視線を戻すが、俺の無防備な背中に短剣は突き立てられていなかった。

 

「この話は終わりだ。忘れるなよ」

 

 PoHが部屋から出て行くまで俺は警戒を続け、ついに姿が見えなくなるとその場で尻餅をつく。

 

「勘弁してくれよザザ……」

「何故、庇った?」

「はぁ!? 友達だからに決まってんだろ!」

「俺が、死ぬのは、嫌か?」

「あたりまえじゃん」

「そう、か……」

「金輪際こういうのはナシにしてくれよ。俺だってまだ死にたくねえもん」

「……仕方が、ないな」

「仕方ないじゃねえよ! 本当にわかってる!?」

「ああ」

「次は助けないからね」

 

 俺、結構必死に頑張ったと思うんだけど、反応薄くない? ここはもっと感謝して友情にむせび泣くところでしょ。

 でもザザだしなあ……。

 仮面の下は嬉しさのあまり号泣してると、勝手に想像しておこう。

 

「ジョニー」

「なにさ……。PoHの次は俺とバトろうって? 流石に怒るよ」

「違う」

 

 俺だってラフィン・コフィンが解散するとかでいっぱいいっぱいなのだ。

 これ以上面倒事を増やされたらキャパオーバー、というかすでにオーバーしてる。

 

「ありがとう」

「………………」

 

 ぼそりと呟かれた言葉は、天変地異の前触れかなにかかと疑うほどのものだった。

 

「あークソッ! しょうがねえなあ。今度もお前がピンチになったら助けてやるよ」

 

 我ながら単純だ。

 けれどもこれでいい。

 

「でもやるなよ。いいか。絶対にやるなよ。いくら強くなったからって、俺はPoHどころかザザよりも弱いんだからな。終いには先に死んじゃうぞ」

 

 最初に比べれば格段に強くなったと自負しているけど、結局俺たちの中で強さの序列は変わらなかった。あえて変わったとすれば、PoHの上にエリにゃんが立ったくらいか。

 そのエリにゃんに一泡吹かせられたのは、俺の手柄ではなく、3人がかりだったからでしかない。

 

「そうか?」

「そうだよ」

「存外、お前みたいなのが、一番強いのかもな」

「煽ててもなんも出ねえよ」

 

 自分ことは自分が一番わかっているさ。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 黒鉄宮地下の拠点を失い、ラフィン・コフィンという一大組織を失い、交友も途切れがちになり早5カ月。

 改めて逃亡生活をしているわけだが、追手はそこまで熱心ではないようで、未だ俺は健在だった。

 1年半にも及ぶ経験で、逃げ隠れることに慣れたのもあるかもしれない。

 かといって大手を振って動けるはずもなく……。

 レベリングは滞りがちになり、今では中層に含まれるかつての最前線をコソコソ歩き回るくらいが関の山となっていた。

 

 直前にゴタゴタがあったものの、ラフィン・コフィン討伐作戦はどうにか上手くいった。

 世間的には、幹部メンバー3人を逃がしたものの組織としては完全な壊滅。逃走中の幹部メンバーもその後大きな動きを見せていないことから攻略組の完全勝利と報じられている。

 参加したメンバーの犠牲者数には目を逸らす形だ。

 PoHからしても当初の予定通り事が進み、成功と呼べるものなんじゃないだろうか。

 こちら側の失態があったとすれば、エリにゃんが予想以上にトラウマになって一線から退いたという話を噂に聞いたくらいか。

 いったいPoHはなにをしたのか……。

 知りたいようで知りたくない。

 

「イテッ。おい、お前。どこ見て歩いてんだ」

 

 考え事をしながら歩いていると、プレイヤーとぶつかりイチャモンをつけられる。

 

「クソッ――悪かったな」

「んだとテメェ」

「まあまあ。落ち着きなよ。うちのがごめんね。最近ドロップ悪くてイラついてるみたいでさ。お詫びにそこの店で一杯奢らせて」

「ふうん……。いらない」

「そう言わずにさ」

 

 ぶつかってきたプレイヤーは男の2人組。

 デカいやつとヒョロいやつ。

 胡散臭さが鼻に突く。おそらく詐欺系のオレンジプレイヤーだろう。

 面倒なことに話を大事にしたくないのは俺の方だ。おそらく彼らが詐欺で儲けるコルよりも、俺にかけられた懸賞金の方が大きいだろう。

 強引に逃げるなら、残り少ない転移結晶を無駄にしなければならないが……。

 さてどうしたものかと考えていると、丁度良く旧知の友人が姿を見せた。

 

「なんだツレがいんのかよ」

「………………」

 

 黒塗りの全身鎧を身に纏った上に防寒コートを羽織ったシルエット。

 腰に下げられた武器は昔とは別の物に差し替えられていたが、ジャンルは変わらず細剣カテゴリーのそれだ。

 

「獲物はもっと上手に見繕うんだね」

 

 捨て台詞を一言。

 彼らはいそいそと離れていき、俺は鎧姿の彼と歩みを共にする。

 

「久しぶり。元気してたぁ?」

「さてな……」

 

 懐かしい無愛想な声。

 顔が見えずともわかる。ザザだ。

 とはいえ、わかったのは会う約束をしていたからだが。

 でも久しぶりなのは本当のことだ。

 彼とはラフィン・コフィンが解散して以来、顔を合わせていなかった。

 

「とりあえずうち来なよ。何もないけどさ」

 

 泊まっている宿には事実なにもない。

 それでもザザは、文句のひとつもなくついて来てくれた。

 変わらぬ友情に乾杯したいところだが、酒も切らしていて格好はつかない。

 黒鉄宮地下のワインセラーが恋しくなる。

 宿はNPCの住宅を間借りしているもので、中は常に暖炉の火が灯され温かい。

 俺は雪避けのコートを壁にかけ、ザザも上着をメニューウィンドから解除して木椅子に腰かけた。

 

「おい。顔が、見えてるぞ」

「んあ? いいよ。ザザに隠す理由もないし」

「……そうか」

 

 ザザは兜を外して顔を露わにする。

 これまでドクロマスクに隠されていた彼の素顔は、痩せこけた垂れ目の青年のものだった。

 瞳孔には狂気の色はなく、むしろ純朴さを感じさせる。笑えばきっと愛嬌が出てくるだろう。

 想像からは大きくかけ離れていて、しばらく無遠慮にその顔を凝視してしまう。

 

「律儀に見せなくてもいいのに」

 

 俺が振り絞った言葉は、少し弾んでいた。

 

「俺も、お前に隠す必要が、見当たらない」

「そっか」

 

 それから俺たちは近況について語り合った。

 近況といっても派手な事はザザもしていなかったようで、すぐにネタが尽きてしまう。

 矛先が以前の仲間たちに向かうのは自然なことだった。

 

 PoHは完全に行方をくらましている。

 フレンドリストの名前が灰色になっていないことを見るに、生きているようだがそれ以上はわからない。ザザと会うにあたって、彼にもメッセージは送ってみたが返信はなかった。

 

 キバオウは変わらずアインクラッド解放軍のトップに君臨しているようだ。

 しかし最近の行動は荒が目立つ。俺はラフィン・コフィン解散後、一度はじまりの街に立ち寄ってみたのだが、あの地区の荒廃具合は酷いものだった。

 追手が差し向けられていないのは、そういった内部事情も関係していたのかもしれない。

 

 エリにゃんは長らく前線から退いていたことしか知らなかったが、ザザは持ってきた最近の情報によると74層のフロアボス攻略に参加して、撃破に成功したようだ。

 それに目をつけられ、血盟騎士団のギルマスからはデュエルを申し込まれたという。

 血盟騎士団のギルマスといえば最強のプレイヤーと名高いあのヒースクリフだ。

 エリにゃんが持っていた二刀流スキルは知られてしまったようで、神聖剣対二刀流の看板を掲げ大々的なデュエルイベントが開かれたらしいが、彼女は見事にすっぽかしたそうだ。

 元気そうでなによりというべきか、相変わらず波乱万丈というべきか……。

 

「気づいて、いるか?」

「なにを?」

「外だ」

 

 偵察スキルを使用してみれば、簡易マップ隠密状態だったプレイヤーが表示されていく。

 さっきの連中か。しつこいやつらだ。

 

「殺すか?」

「んー……。いいや。なんか気分じゃないし」

「………………」

 

 俺のカーソルカラーは、ラフィン・コフィンが解散した後にクエストでグリーンに戻して以来、変わっていなかった。

 カーソルカラーを変えず殺すテクニックも沢山知っているが、それらも使っていたわけでもない。

 PKはあれから一度もしてないというだけだ。

 

「ザザは今でもやってんの?」

「いや」

「意外だなあ」

「誰かに命は大事にしろと言われたからな」

「なにそれ」

「お前こそ、意外だ」

「……それもそっか」

 

 友情は変わらないが、俺たちは変わってしまった。

 SAOを震撼させたラフィン・コフィンの元幹部が揃ってこの様とは……。つい半年前の俺に、今の俺を見られたら、鼻で笑われることだろう。

 

「俺さぁ――。やっぱいいや」

「なんだ言ってみろ」

「いいよ」

 

 後悔してるだなんて、言えるはずがない。

 人を殺さなければよかったなんて。

 エリにゃんの友達を殺していなければ、今でもラフィン・コフィンはあのままだったんじゃないかって時々夢に見る。

 もしも当時のままでいられたなら、今頃はちょっと早いクリスマスパーティーの準備をしている時期だ。PoHとキバオウはギルド設立1周年のイベントを企画し、ザザはぶっきらぼうにエリにゃんへデュエルを申し込んでは断られる。俺はというとプレゼント選びに四苦八苦しながらも笑い、あるいは気ままにPKに赴いていたかもしれない。

 でもそんな日は永遠に来ない。

 俺が壊してしまったから。

 

 それにだ。

 人殺しじゃなければあの輪に招かれなかった。

 だから後悔なんて出来るわけがない。

 いつか起こり得る当然の帰結が、あのユナというプレイヤーを殺害した事件だったというだけ。

 けれどもそれに納得がいかず、これ以上、俺は人を殺したくもなかった。

 

「我ながらクズだなあって、ね」

「今更だな」

「今更だよ」

 

 こんなことをしていたって、取り戻せるわけじゃないのに……。

 俺は宿に備え付けられたアイテムチェストの中身をストレージに整理して、荷造りを始める。

 

「ここも潮時かな。俺は別のところに移るよ。ザザはどうする?」

「今日は、お前に、付き合うさ」

 

 転移結晶での移動は、追跡を振り切るのにこの上ない効果がある。

 それは圏内にある転移門に一瞬で移動できるだけでなく、アイテムに記録させた場所へ移動することも可能だからだ。

 SAOでレッドプレイヤーがなかなか捕まらないのは、転移結晶なんてアイテムがあるせいだろう。

 俺たちは転移結晶に設定してあったフィールドまで痕跡を残さず移動した。

 彼らもこうなっては追いかけてくるのは事実上不可能だった。

 

 風景は木造の民家から、背の高い木々に囲まれた寒空の下に変わる。

 転移結晶に記録させていたのは35層にあるフィールドダンジョンの場所だ。

 ランダムに地形の連結が組み変わる面倒なギミックで、特定の地図アイテムがなければあっという間に遭難してしまう物騒なエリアである。

 ここを狩場にする物好きはそういないだろう。

 

 冬の気象設定が降らせた雪道を、時折顔を見せるモンスターを蹴散らしながら当てもなく彷徨う。

 地図を持っていなかったという間抜けをやらかしたのではない。

 でもそれ以上の間抜けかもしれなかった。

 

 目的地がないのだ。

 俺もザザも、進むべき道を見失っていた。

 最初からそんなものは持ち合わせていなかったのかもしれないが、やりたいことくらいはあった。それさえ失って、後に残されたのは散々見下してきた自堕落なプレイヤーだ。

 元々持っていた大量のコルをすり減らしながら、攻略組が100層をクリアしてくれるのを待つだけの日々。

 これでは投獄されても変わらないのではないかとさえ思えてくる。

 

 どれくらい歩いただろうか……。

 ふとリンゴーン、リンゴーンと鐘の音がどこからともなく聞こえてきた。

 クリスマスベルにはだいぶ早く、しかも腹立たしいほどうるさい。

 空が赤い光を放っていることにそれでようやく気がつき、俺は上層の底を見上げた。

 目を凝らすとそこには『Waring』と『System Announcement』の文字。

 俺は久しぶりにここがゲームの中である事を思い出し、なにか大きなトラブルが発生したのかと、始めて目にする警告に不安を憶える。

 鐘の音はしばらく経つと鳴り止んだ。

 森には静寂が舞い戻り、しかし空は依然として気味の悪い赤のまま。

 

『ただいまより プレイヤーの皆様に 緊急のお知らせを行います』

 

 女性のものを元にした、機械的な音声。

 

『アインクラッド標準時 11月 12日 15時 24分 ゲームは クリアされました』

 

 今、なんて言った?

 クリアされた?

 ――世界の終わりはいつだって突然だ。

 金本敦としての人生がそうであったし、ラフィン・コフィンもそうだった。

 

『プレイヤーの皆様は 順次 ゲームから ログアウトされます。 その場で お待ちください。 繰り返します……』

 

「おいおいおいおい! マジか……。いつの間に100層まで行ってたんだよ!?」

「最前線は、75層のはずだ」

「どうなってんのさ。2周年記念?」

「そんなはず、ないだろ」

「わかってるよ、もうっ!」

 

 俺だって混乱しているのだ。

 落ち着きを取り戻すのにしばらくの時間を要し、その間、空にはスタッフロールが流れていく。

 性質の悪いドッキリではないのだろう。

 このゲームを作った茅場晶彦とかいう男は、これまでそんなジョークセンスを発揮していない。

 

「これで終わり?」

「らしいな」

「終わりかあ……」

 

 実感が胸の内から少しずつ溢れてくる。

 ここで過ごした2年という月日は俺を大きく変質させた。

 金本敦というスクールカーストの最底辺から、プレイヤーの期待を一身に背負った攻略組に。その肩書を捨てると孤独な殺人鬼を経て、PoHと出会い仲間を得た。名無しの集団はラフィン・コフィンと名乗り居場所も手に入れたが、それらはすべて残らなかった。

 辿りついた先は、人殺しでさえなくなった、ただの俺という個人だけ。

 

 ああ、いや……。

 残ったものが1つだけある。

 

「金本敦」

「ん……?」

「俺の名前だよ」

「そうか……」

 

 もうジョニー・ブラックではいられない。

 金本敦に戻るときが来たのだ。

 でも金本敦は昔の金本敦じゃない。

 今の俺には友達がいる。

 

新川昌一(しんかわしょういち)だ」

 

 仮面を脱ぎ捨てたザザ――昌一は、困ったように笑っていた。

 

「向こうに帰ったらさ。絶対会いに行くよ」

「ああ。待ってる」

「絶対だぜ!」

「ああ」

「約束だからな!」

「ああ」

「俺たち友達だよな!」

「ああ!」

 

 周囲に人がいないのをいいことに、俺たちは馬鹿みたいに声を張り上げた。

 

「またな、昌一!」

「またな、敦」

 

 空に浮かぶエンドロールは、スタッフだけではなくプレイヤーネームまで映し出されている。

 存命のプレイヤーは白色で。

 死亡したプレイヤーは灰色に。

 この中のどれほどの人数を俺は殺してしまったのだろう……。

 俺は直接この手で殺したプレイヤーの顔さえ、ほとんど憶えていない人でなしだ。

 それでも俺は生きている。

 生きて、この先に進んでいく。

 

 身体が転移のときと同じ光に包まれる。

 ログアウトの順番が来たようだ。

 この世界から消え去る最後の瞬間まで、俺は友人に手を振り続けた。

 失われた無垢な心を取り戻して、子供みたいに。

 あるいは、罪から一時目を背けるように。

 

 

 

 ――さあ。目覚めのときだ。

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