レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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8話 ギルド内抗争(2)

 はじまりの街郊外に位置する一軒家。

 玄関には剣とハンマーのイラストが描かれた立て看板。

 『OPEN』と書かれたドアプレートが表になっていて、煙突からは煙が登っている。

 扉を押すとカランコロンと鈴のSEが鳴り響く。

 

「いらっしゃい。リズベット武具店へようこそ」

 

 元気な声がカウンターの奥から聞こえてくる。

 そばかす顔の明るい女性プレイヤー『リズベット』がそこにいた。

 店内に客がいないのを確認すると私は被っていたフードを脱いで素顔を晒す。

 

「ってなんだ。エリにゃんか」

「なんだとはなんすか。あと今の私はもうただの『エリ』っす」

 

 システムに表示される私の名前はしばらく前から『Eri』となっている。

 

「名前変更アイテムだっけ? わざわざ変えなくても、愛嬌あって好きだったんだけどなぁ……」

「これからリズのことをリズにゃんと呼び続けるっすよ」

「ごめんなさいでした」

「よろしいっす」

 

 軽口をたたき合う彼女とは4カ月の付き合いだ。

 はじまりの街で顔色を真っ青にしていた彼女を、丁度よさそうだったので鍛冶のスキルスロット代わりにしたのが出会いである。

 当時はコルが余っていたので都合のいい投資先だった。

 リズベットの鍛冶スキルはMTDの主力メンバーに一歩劣る。だがたった一歩しか違わないのだ。彼女の作る武具は、大規模ギルドに所属していない攻略組からすれば喉から手が出るほど欲しい一品だろう。

 

「これ、新作のスイーツっす」

「いつも悪いわね」

 

 彼女に渡したのはMTDの倉庫からくすねてきた、最近発見されたばかりの鉱石アイテムだ。つまり横領である。新作スイーツのチョコレートムースも本当に持ってきている。抜かりはない。

 トレードで代わりに渡されたのは彼女が纏めた顧客情報。スキルや装備、どの集団に属しているかなど個人情報が目白押しだ。

 

「ねえ。そろそろ私もMTDに所属した方がいいんじゃない?」

 

 リズベットが言いたいのは、これ以上違法な取引をするのは心が痛い。けれども恩もあるし独立がしたいわけでもないのでそっちの身内になってしまいたい。といったところだろう。

 

「駄目っすよ。リズベットがMTDに入ってもできることはないっす。レシピの調査なんかは多少役に立つかもしれないっすけど、大多数のうちの一人に埋没しちゃうっすよ」

「そっかぁ……」

 

 外部にいる協力者というのは貴重なのだ。

 リスクを分散させたり、情報や交渉の窓口にしたりと使い道は多岐に渡る。

 スキル熟練度こそMTDのトップ連中とは張り合えずとも、私に対する貢献度では上位を占める。

 

「はぁ……」

「そんな辛気臭い顔して……。なんかあったの?」

「なんかあったんすよ」

「話してみなさいよ。相談くらい、引き受けるわよ」

「うぅ……。リズにゃんー」

「はいはい」

 

 リズの胸に飛び込んで頭を撫でてもらう。

 ジャスミンのフローラルな香りが鼻孔をくすぐった。そういえば服もショーウィンドウでマネキンが来ていた新作の春物衣装に変わってる。……このお洒落さんめ。

 

『25層の攻略指揮をシンカーが取ることになった。キバオウ派は攻略に不参加。でも私は参加しないといけない』

 

 フレンドメッセージを手早く打ち込む。

 偵察スキルを私は持たないので、盗聴を回避するにはこういった手段を頼らざるを得ない。

 

「ご愁傷様。なにか私にできることはある?」

「労って欲しいっす」

「お疲れさま」

「膝枕」

「えっ?」

「膝枕を所望するっす」

「……ここ長椅子ないわよ。寝室でやるの? それはちょっと……」

「ソファ持ってきたっす」

「ええー……」

 

 カウンターの向こう側に移動して、置いてあった椅子を奥に引っ込める。

 あとはアイテムストレージを圧迫している薄緑色のソファをオブジェクト化して、配置するだけだ。

 人が横になれる大きさのソファが現れる。

 アイテムストレージはこうした大きなものを運ぶとき便利だ。

 

「普通、人の家に大型ソファ持ってくるかな?」

「現実の常識が仮想世界で通用するとは思わないことっす」

「はあ……。まあいいですけどね」

 

 リズベットの膝の上に頭を乗せ、私は横になりながらさっき受け取った個人情報に目を通し始めた。

 こうやって目で見た情報を文書に起こすのは意外と難しい。最初の内は要領を得ない内容だったが、何度か書くうちリズベットも普段から意識して人を観察する癖が付いたようで内容は精細になっていった。

 今では1週間分の内容がA4サイズのフリーペーパー10枚にびっしりと書かれている。

 

「あーん」

「ほい」

 

 リズベットにさっき渡したムースは2人分。その片方を私は要求する。

 

「なんかあんた、最近抜けてきてない」

「それだけ忙しいんす。癒しが欲しいんす。欲望に忠実でいたいんす」

「お、おう……」

「ところでリズ、気になる男でもできたっすか――ふごっ!?」

 

 ムースが鼻に突っ込まれた。

 

「ななななに言ってんのよ。ここに来るのは冴えないおっさんばっかりだし。そんな相手できるわけないでしょっ!?」

「でも香水――ふがっ!? それ、わざとやってるっすね!」

「あ、バレた?」

「食べ物で遊ぶなっす!」

「スタッフがおいしく食べるから大丈夫よ」

「はぁ……。で、誰っすか?」

「いないって言ってでしょ。一方的にいいなって思ってるだけで、それに……」

「んー。キリト――ギャーッ!」

 

 目があ! 目がぁあああ!!

 痛くはないが今まで感じたことない感覚が目から発せられている。

 

「なんでわかったのよー。もうっ!」

「年齢近いのって彼くらいしかいないっすから」

 

 この店に来ているプレイヤーが誰なのかはここに書かれている通りだし、当てるのは然程難しくなかった。リズが年上好きだったら別だがそういう話は聞かないし。格好良い大人のプレイヤーもいるにはいるのだが。ここに書かれている中だと……。例えばエギルさんとか。

 

「でも彼のことは諦めるんすね」

「やっぱり? あんな美人引き連れてるんだから、そりゃそうよね……」

 

 キリトは顔がいいし、性格も悪くない。再前線で戦うプレイヤーは憧れの対象だろうから人気なのもわかる。

 なんて他愛のない会話をしていると鈴のSEが鳴り響き客がやってきた。

 

「やってるか?」

「い、いらっしゃい!」

 

 イタイッ! いや痛くないけども!

 リズベットが勢いよく立ち上がったせいで私は思い切りカウンターに頭をぶつけてしまう。

 カウンターのオブジェクトはダメージエフェクトを光らせ耐久値がちょっと減った。

 

「来るなら来るって言いなさいよ!」

「お、おう……」

 

 うーん。面白そうなのでこのまま隠れてよう。

 

「その服――」

「えっ!?」

「新しいブースト装備か?」

「違うわよ! 女の子はね、お洒落とか気を使わないといけないの! それに客商売なんだから当然でしょ!」

「そ、そうだな。けどリズの腕があれば客足は途切れないだろ?」

「そりゃあそうだけどもさあ」

「えっと……。あー……、似合ってると思うぞ?」

「ブフッ!」

 

 堪えきれずに吹き出してしまう。そこでようやく私が足元にいたのを思い出したリズベットが顔を真っ赤にした。

 

「よいしょっ。やっほーっす」

「なんてところにいるんだよ……」

 

 上半身を起こして私はキリトと顔を合わせる。

 

「久しぶりだな」

「そうっすね。話をするのはえっと……18層のフロアボス以来っすか」

「だいぶ前だなあ……」

「あー、そっか。よく考えたらあんたたち、どっちも最前線にいるから顔見知りよね」

「最前線で会う関係っていうより、パーティー組んでた頃の方が印象に残ってるけどな」

「ナニソレ。詳しく教えなさいよ」

 

 リズベットが笑顔を取り繕って私に視線を合わせた。

 『ブチコロス』と顔に書いてるかのように思える。

 

「違うんすよ。攻略初期においしい狩場で同行しただけっす」

 

 秘儀ブラインドタッチ!

 私は顔を近づけているリズベットに見えないよう視界外でメニューウィンドを操作して、キリトへ『話を合わせろ』とフレンドメッセージを飛ばした。

 

「そ、そうだな。あのときはエリが無理やり……」

「違うー!」

 

 こいつわかってない!

 

「ま、待つっす。キリっち――グエッ……。キリトの前っすよ。ドン引きしてるっすよ」

 

 襟首を締めていたリズベットの手がストンと離される。

 彼女の手つきはここが圏外でなければ窒息ダメージが入る勢いがあった……。

 

「ふう……。ただ3週間くらいパーティー組んでただけっすよ。その間なにもなかったっす。そうっすよね? なにもなかったっていうのは男女としてなにもなかったってことっすよ」

 

 鈍感なキリトへ、誤解のないよう懇切丁寧に説明してやる。

 

「なにもなかったけど、それがどうしたんだ?」

「ななななんでもないわよ!」

「キリっち、馬鹿っすよね」

「いきなりどうしたんだよ、いったい……」

 

 この場の誰も答えられない質問をしないでほしい。

 溜息ついでに食べかけのチョコムースを一口。

 

「おっ! それ新作レシピか? 俺にも一口くれよ」

 

 私が今食べてない方のムースを見るキリト。

 

「あんたねえ……。食べかけなの、見てわかるでしょ」

「あっ。わ、悪い……」 

「あげないんすか?」

 

 ひじ打ちが襲い掛かる。からかいすぎた。

 

「うちの食堂をご贔屓に。来週くらいには市場に出るっすよ」

「でも高いんだろ? まあ考えとくよ」

 

 カランコロン。扉が開く音。

 そろそろ込み合う時間帯か。そろそろお暇した方が良さそうだと立ち上がろうとして――決して高くはないAGIを振り絞り、私はカウンターの裏に身を隠した。

 

「あ、キリトくん。やっぱりここにいた!」

 

 声の主は結城さんだった。

 

「やっほーリズ! キリトくん、24層攻略されちゃったよ。ギルドの方が忙しいからあんまり付き合えないのはわかるけど、25層は一緒に攻略してくれるんでしょ? ほら、早く行かないと、美味しい所また全部取られちゃうよ」

「もう攻略されたのか……。やっぱりマンパワーは凄いな」

 

 リズベットが視線を足元にいる私へ向けてくる。

 ハンドサインで『こちらを見るな。自然体でやり過ごせ』と必死に送り、私が結城さんを避けているのを思い出し視線を戻した。

 身動きが取れない。ここでやり過ごせるのか?

 心臓がバクバク鳴っている気がする。私は今、フロアボスとの戦いより緊張していた。

 リズベットの様子から外の様子を探ろうと視線を上げた瞬間――。

 

「ギャァァアアアアアアア!!」

「きゃぁああああああああ!?」

 

 突如結城さんの顔が現れ、蛙の潰れたような私の悲鳴と、甲高い彼女の悲鳴が店内に木霊した。

 反射的に距離を取ろうとするも背後はカウンターの壁。後頭部強打するが痛みはないので行動は止まらず無様に床を這って移動する。

 口から心臓が飛び出そうだ。

 荒い息を整えどうにか立ち上がると、結城さんも胸に手を当て息を整えているところだった。

 

「なんでそんなところにいるのよ!」

「わ、私がどこにいようと私の勝手っす!」

「そうだけどもっ!」

 

 なにやってるんだろう、私。

 

「はぁ……。帰るっす」

「ちょっと待ちなさい!」

「……なんすか?」

 

 つい喧嘩腰の口調になってしまう。駄目だ。理性が利かない。それは頭でわかっている。でもブレーキを火花が上げるほどかけても、ドロドロとした感情が止まらないのだ。

 

「えっと、その……。最近のMTDの行動は目に余ります」

「………………」

「もっと他のプレイヤーとも協力しましょう? それに私個人もあなたと――」

「ならうちに入ればいいっす。そうすれば丸く収まるっすよ」

「それは……」

「嫌っすか? そうっすよね。くだらないプライドを誇示したいがために、組織に所属することを拒絶する。大層ご立派な考えっす」

「違うわっ!」

「なにが違うっすか。どこにも所属しない中立の立場。耳当たりはいいっすけどね、そんなのは言い訳っす。背負う覚悟がないなら偉そうなことを言うな!」

 

 自分でなにを言ってるのかよくわからない。

 感情が口を衝いて出てくる。

 本心ではなく、相手を傷つけるためだけに紡がれた言葉が垂れ流される。

 

「MTDがオレンジプレイヤーと共謀しているという噂があります。本当ですか?」

「ハッ! 旗色が悪くなったら今度はうちのギルドへの悪口っすか。それを聞いてどうするんすか? 私がそんな事実はないって言って信じられるんすか? なら言ってやるっすよ。そんな事実はないって!」

「――っ! 私はただ、あなたが心配で!」

「最初からお前なんて信用してないって言えばいいんすよ。下手に取り繕うからボロが出るんす」

「おい。やめろ2人とも!」

 

 キリトの怒声で一瞬場が静まり返る。

 

「キリっちはどうっすか? 私のことを信じられるっすか?」

「エリのことは信じてるよ、でも――」

「ならっ! うちのギルドに入らないっすか? キリっちの腕なら大歓迎っす。攻略組に戻れるっすよ。悪くない提案なんじゃないっすか?」

「――でもエリがギルドの内情のすべてを知ってるとは限らないだろ? 火のない所に煙は立たないっていうし、悪いけど俺もMTDは信用できない。それに俺はもう別のギルドに入ってるしな」

「そうっすか……。残念っす」

「今日はもう帰るよ。行こう、アスナ」

「けど……」

 

 首を横に振るキリトに、結城さんは手を引かれて出て行った。

 

「……………………」

「……………………」

 

 2人の姿が消えて数十秒、無言で時が進んだ。

 

「はぁー…………。なにやってるすかね、私……」

 

 頭を抱えてその場に蹲る。

 ごちゃごちゃした感情を押さえつけないと、リズベットにまで酷いことを言いそうだった。

 感情を表現するエンジンは、止めどなく目から涙を流させる。

 

「……………………」

 

 リズベットの温かい手が、無言で私の背中をさすってくれる。

 心地よい温度に任せてしばらくそのままでいた。

 私のすすり泣きが落ち着くとリズベットは扉にかかっていたドアプレートをひっくり返して『CLOSE』にする。

 それからキッチンに行き、彼女はコーヒーを淹れて戻ってきた。

 差し出されたマグカップを受け取り、湯気の立つ黒くて苦いものを身体に収める。

 

「少しは落ち着いた」

「はいっす……」

「あんたがアスナの事避けてるのは知ってたけど、あそこまでとは思わなかったわ……」

「軽蔑、したっすよね」

「どうかしらね。軽蔑した相手にコーヒー差し出すような人間に見える?」

 

 私は首を横に振った。

 

「アスナとの間になにがあったか言える?」

 

 私は首を横に振った。

 

「そう。話したくなったら、そのとき話せばいいわ」

「ありがとう」

「別にいいわよ、このくらい。あんたがいなかったら私はあの広場でずっと蹲ってたわ。だからお相子よ」

「リズは良い女っす。私が男だったら惚れてたっすね」

「でしょ?」

 

 私はリズベットと顔を見合わせて、2人で笑った。

 

「ねえ、MTDの黒い噂って本当なの?」

「リズはどう思うっすか?」

「本当だったら怖いなって。……だってあんたが巻き込まれちゃうかもしれないでしょ?」

「大丈夫っす。私、強いっすから」

「嘘言いなさんな」

「ばれてるっすか」

「鏡見て見なさい。酷い顔してるわよ。今のあんたを見て強いなんて思うやつはいないわよ」

「酷い顔は元からっす」

「自虐は止めなさい」

 

 リズベットの口調は厳しいけれど、その言葉に込められた思いやりが伝わる。

 

「ねえ。次のフロア攻略、必ず出ないと駄目なの?」

「必ず出ないと駄目っす。どうしたんすか?」

「なんかあんたを見てるとふらっと死んじゃいそうで怖いのよ」

「ステータスや装備じゃ攻略組でもトップっすよ、たぶん」

「そりゃ知ってるわよ。でもね、どんなに強くても心が弱ってる人から死んでくのよ。そういう人はまた店にはやってこなかったわ」

「………………」

 

 そういうプレイヤーを私も見たことがある。

 でも死んでしまうプレイヤーは大抵、心とかそういうのは関係ない。準備が悪いか、運の悪いプレイヤーが死ぬのだ。

 精神が強さを支えるんじゃない。才能が強さを支えている。

 そうでなければ死んでいった彼らは心の弱い人間だったことにされてしまう。

 それには、素直に頷きたくない……。

 

「あんたは生きて帰ってきなさいよ」

「もちろんっすよ」

「あんたがモンスターにやられて死んじゃったら、泣いてなんてやらないからね」

「それは悲しいっすね」

「それが嫌ならちゃんと帰ってきなさい」

 

 リズベットが背中を押す。

 私はちょっと前に進める気がした。

 

「私はあんたの隣に立てない。そんな強さはないわ。なにができるかはわからないけど、それでもここから応援してる」

「それなら――」

 

 私は自分の足で立ち上がる。もう涙は流れていない。

 

「また膝枕をしてもらうっす。それで私には十分っすから」

「しょうがないわね」

 

 リズベットは困った顔で、嬉しそうに笑った。


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