レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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81話 棺桶に感傷を(11)

 病院の面会出来る時間帯は限られていて、シフトの関係上頻繁に会いに行くというのは結構難しい。

 だから次第にザザとはリアルではなく、仮想世界で顔を合わせるようになっていった。

 

 大抵は一緒にVRMMOで遊ぶ。そこへ彼の弟も加わり、3人で行動することもあった。

 最近ハマっているのは海外製のタイトル『ガンゲイル・オンライン』。

 荒廃した世界を舞台に銃で戦うゲームだ。

 今まで近接戦ばかりしてきたため、俺はその広い戦闘距離に未だ慣れない。

 ただしザザは別だ。彼は早々ゲームに適応し、狙撃銃なんて扱いの難しい物まで使いこなしている。

 プレイ時間の関係もあり、俺たちの差はだんだん拡がっていく一方だった。

 しかし俺は気にすることもなく、死の危険もないぬるま湯のような世界を楽しんでいた。

 

 そんなある日だ。

 バイトが終わってオーグマーを装着するとメールが届いていた。

 差出人はザザ。

 内容はロビールームに呼びつけるものだった。

 帰宅後すぐにアミュスフィアを起動して、俺はロビーコードを入力する。

 いつもはゲーム内で会うため、彼のロビーへ行くのは久しぶりだ。

 

 エリアが瞬く間に変わると薄暗い空間に出る。

 目の前には入口と思われる巨大な石扉。

 振り返れば蝋燭に照らされた通路が続いていた。

 以前来たときはガンゲイル・オンラインの世界に似た近未来的な場所だったが、その面影はまったく残っていない。

 むしろこれは……。

 

 無制限の入室許可が与えられているため、俺はノックもせずに扉を開ける。

 シャンデリアにワインラック。

 豪華絢爛な調度品。

 血のように赤いカーペット。

 大型デスクが1つと、ソファーが2つ。

 壁にかけられた旗。

 刺繍されているのはALFの紋章。

 間違いようがない。

 これはかつてSAOに存在していた、黒鉄宮監獄エリア看守室の再現だ。

 

「来たか……」

 

 ソファーに腰かけていたのは、顔を骸骨の仮面で覆い隠したザザ。対する俺は顔も隠さず普通の服装をしていて酷く場違いに思える。

 まるで夢の中にいるかのような光景だが、頭の芯は冴えきっていた。

 これは現実。

 ――いや、仮想現実だ。

 

「なにかあった?」

「ジョニー。また一緒に、狩りをしないか?」

 

 夢現であるのは俺ではなく彼の方だった。

 顔はぼんやりと向かいの席に向けられ、赤い双眸が何を映しているのかは窺い知れない。

 ラフィン・コフィンの幹部として、あるいはそれ以前にPKとして恐れられていた彼は、たしかこのような男だった。

 

「いいよ。どこ行く? あ、でも。レア掘りって苦手なんだよねぇ」

「そうじゃない。人だ」

「PK?」

「違う」

「………………」

 

 嫌な予感がしていた。

 

「昔みたいに、また、人を殺そう」

「な、なに言ってんのさ……。そんなこと出来るわけないだろ……」

「出来る、出来ないじゃない。あの場所でも、そうだった。一歩踏み出せるやつが、人を殺せた。俺たちは、やれる人間だ。ならまた、やるだけだ」

 

 用意していたグラスに彼は液体を注ぐと、受け取るよう差し出した。

 これは毒の盃だ。

 HPが減ることはなくとも、飲めばたちまちのうちに身体は蝕まれ、金本敦は死ぬだろう。

 そうして残るのは毒の滴る毒使い、以前のジョニー・ブラックだけだ。

 

「俺の、好みからは、外れるが、計画だって、ある。お前向けの、計画だ」

 

 昔に戻りたい。

 そう願った事は何度もある……。

 あんな終わりがなければ。SAOが続いていれば。今でも俺たちは一緒にいた。

 

 もうじきクリスマスだ。

 飾りは一昨年の物を俺の部屋から引っ張り出してくるとして――。

 きっとPoHがまたなにか大きなイベントを考え、キバオウが渋々予算を調達してくる。エリにゃんは愚痴を言いつつも手伝い、俺とザザが実働に駆り出されただろう。

 この5人で行うパーティーの他に、ラフィン・コフィンの側でも催しをしたかもしれない。なにせ結構な大所帯だったから騒ぐ連中も多い。

 当時の俺は幹部としての立場に飽き飽きしていたが、今にして思えばもう少し頑張ってもよかった。

 

 あれから2年。たった2年だ。

 かつての居城は崩れ去り、手の平から零れ届かない場所にある。

 今の俺はどちらなのだろう。

 金本敦か。

 それともジョニー・ブラックか。

 ザザの持つグラスに、俺は手を――。

 

「受け取って、くれないのか?」

 

 ――伸ばしさえしなかった。

 俺には受け取れない。

 受け取る資格はないし、受け取るつもりもない。

 なかったことになんて出来ないんだ。

 

「……SAOは終わったんだ。俺たちはもう、ラフィン・コフィンじゃないんだよっ!」

 

 ザザの手から滑り落ちたグラスが、床で砕けて染みを伸ばす。

 

「そうか……。お前も、そうなのか……。すべてを忘れ、安穏に、生きるか!」

「忘れてなんかないさ」

「いいや。お前は、忘れた! ここにいるのは、ジョニー・ブラックじゃ、ない!」

「………………」

「俺は、お前とは違う……。忘れられない……。忘れる、ものか……。俺は今も、ラフィン・コフィンのザザだ……!」

 

 頭を抱え、彼は狂気に震える声を響かせた。

 これまで終ぞ俺に向けられることのなかった殺意が、肌を騒めかせる。

 SAOなら剣を抜くところだ。

 けれどそうはならない。

 ここはあくまで形だけを似せた、偽りの場所でしかないのだから。

 形だけで中身は空っぽだ。

 俺も。ザザも。ここに生は感じられない。

 

「………………」

「………………」

 

 無言をぶつけ合い、HPではなく時間だけが流れていく……。

 次第にザザの殺気は落ち着いていった。

 代わりに彼は自分のグラスを傾け、赤い液体を飲み干すと、空になったグラスを叩きつけ破壊した。

 消滅していく破片は、どこかSAOの死亡演出に似ていた。

 

「エリを、殺した……」

 

 嗤うような擦れた囁きは、エストックの切先の如く胸を貫く。

 

「な――」

「もう、後戻りは、できない」

「お前今なんて言ったっ!」

 

 底冷えするような寒気が激情に焼ける。

 

「手を取ってくれ、ジョニー」

 

 掴みかかった俺の腕はシステムの安全機構によって虚空で弾かれた。

 

「俺たちは仲間じゃなかったのかよ!?」

 

 今度は勢いを抑えると、システムに妨げられず触れることが出来た。

 俺は襟首を掴み上げ、彼の足が宙に浮く。

 

「あいつは、堕落した……。見たか? MMOストリームに映っていた、エリを。あの傍若無人なまでの力が、今や見る影もない……。俺はあんな姿、見たくなかった……。エリは、SAOで、死ぬべきだったんだ……」

「そんなのは関係ないだろっ!」

 

 投げ飛ばされたザザはバランス崩して、テーブルをひっくり返しながら尻餅を着いた。

 

「強いから俺たちは仲間だったのか? そうじゃないだろ。俺たちはただ! ただ、仲間だったんだ……」

 

 どうしてPoHが俺なんかを誘ってくれたかは今でもよくわかっていない。

 わからないけど、仲間だって信じられた。

 ザザだってそうだ。強いやつが好きなこいつが、どうして俺と一緒にいてくれたのかわからない。

 でも俺は信じてる。信じたいんだ。

 

「弱ければ仲間じゃないっていうなら、俺はどうだ? 初めから仲間でもなんでもなかったっていうのか!? 答えろよ、ザザ!」

「………………」

 

 なんでこんなこと……。

 いったい何処で間違えたのか。

 それはきっと最初からだ。

 俺たちは殺人鬼の集まりだった。

 だからいつか歯車が噛みあってしまえば、殺さずにはいられなくなる。

 俺がユナを殺してラフィン・コフィンを引き裂いてしまったように……。

 今度はザザが、エリにゃんを殺してしまっただけなのかもしれない。

 

「……自首してくれ。ここはSAOじゃないんだ。すぐにバレる」

 

 冴えたやり方なんて中々思いつくものじゃない。

 どうにかしてやりたかったが、俺に出来ることなんてこの程度が限界だ。

 

「そうか……」

 

 項垂れたまま、力なく指先だけを動かすザザ。

 彼の返答は――拒絶だった。

 突如身体が光に包まれ、視界が戻ると俺は自分のロビールームにいた。

 表示されているシステムメッセージは強制退出の処理を行われたことを告げている。

 もう一度ザザのルームに行こうとするが、当然ブラックリストに入れられており、無機質なプログラムが侵入を拒んでいた。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 翌日、ザザの病室を訪ねるも彼の方で面会を拒否されてしまい、会うことは出来なかった。

 エリにゃんの話が本当か嘘かはわからない。

 彼女の病室どころか、本名すら知らないため、病院で情報は得られなかったのだ。

 ガンゲイル・オンラインでザザの姿を探すもアクセス状態は非表示に出来るため、ログインしているかどうかさえ定かではない。

 こうなれば地道な調査と、粘り強く病院を訪問するくらいしか手段がなくなり、あっという間に蚊帳の外へと締め出されてしまう。

 

 事態が進展したのは1週間が過ぎてから。

 俺の方で何か手掛かりを見つけたということはなく、彼から連絡があったいうだけの話だ。

 保谷に借りているワンルームのアパートで、エリにゃんの映っていたMMOストリームを元にALOについて調べていると、電話がきた。

 発信元はザザの番号。

 テレビ電話ではなくボイスオンリー。

 

「警察には、通報、しなかったのか」

 

 聞き慣れた声は間違いなくザザ本人だ。

 

「仲間を売るような真似、出来るかよ……」

「甘いな」

「そっちこそ、全然会ってくれなかったのに、どういうわけ?」

「エリのことは、なにか、わかったか?」

 

 見透かされているようでドキリとさせられるが、考えてみればその発言は矛盾している。

 

「殺したんじゃなかったのかよ」

「俺も、腕が鈍った、らしい……。殺し損ねた、みたいだ」

「じゃあ!?」

「ただし、今も生きてるかは、知らないがな」

「どういうことだよ……?」

「知りたいか? なら、交換条件だ」

 

 彼の連絡してきた理由はこれか。

 額から嫌な汗が流れ、苛立ち気味にエアコンの設定温度を下げる。

 

「もうじき、GGOで、大会がある。そこで俺と殺し合いをして、勝てれば、教えてやろう。もちろん、お遊びの、ゲームじゃない。SAOと、同じだ。お前には、命を懸けてもらう」

 

 メールで送られてきたのは動画ファイル。

 開くとガンゲイル・オンラインの大会、『Bullet of Bullets』の前優勝者ゼクシードがMMOストリームで生放送のインタビューを受けているところだった。

 しかし不自然なことに動画はガンゲイル・オンライン内部で撮影されたものだ。

 どこかの酒場で映像パネルを見ている。

 視点撮影モードか。

 

「イッツ、ショー、タイム」

 

 声で察するに視点人物はザザのようだ。

 彼はPoHを真似た台詞と共にハンドガンをパネルへと放つ。

 周囲から嘲笑の声が漏れていたが、意気揚々と話していたゼクシードの様子が突然豹変するとそれらは鳴りを潜めた。

 彼は苦悶の表情を浮かべ胸を抑えると、数秒後にログアウト。それから動画は編集で継ぎ足されたMMOストリームの番組放送に変わる。

 番組の最後まで、ゼクシードが番組に復帰することはなかった。

 

「おい。まさか……」

「ああ。殺した。今度は、上手くやった」

「クソッ……!」

 

 楽し気に語るザザ。

 俺は思わず拳をテーブルに叩きつけるも、仮想世界のようにはいかず、リアルな痛みが走る。

 

「負ければ、この力で、お前も殺す」

 

 先日のセーフティに隔てられた殺意ではない。

 命に届く純然たる殺意が通話越しに向けられた。

 

「なら、俺からも条件がある」

 

 振り絞った俺の声は不格好に震える。

 

「言ってみろ……」

「俺が勝ったら自首しろ」

「いいだろう」

「それと――」

 

 こういう即興で頭を使うのは苦手なのだ。

 落ち着いて考える時間が欲しかったが、ここを逃がせば後はないだろう。

 こんなときPoHがいれば妙案の1つでも出してくれるのだろうが、いない人間を頼ってもしょうがない。

 いや待て。そうか。なら――。

 

「俺じゃお前には勝てない。だから仲間を呼ばせてくれ」

 

 オーディナルスケールでの失態は1人で動いたことが原因だった。

 PoHと合流してから動いていればもっと助けになれたかもしれない。

 あの一件で学んだのは、俺は弱く、仲間に頼るくらいで丁度いいということだ。

 ザザが提示した決戦の場は予選こそ1対1のデュエル形式だが、本戦はバトルロイヤルだ。共闘は不可能でない。

 

「俺は、そうは思わん。お前は強い」

「世辞言ってどうすんだよ。強いやつと殺し合いがしたいんだろ? ならとっておきを連れて行ってやるよ」

「好きに、しろ……。PoHが、相手だろうと、俺は負けん」

「交渉成立でいいんだな」

「お前こそ。命を懸ける、覚悟は、いいのか?」

「今更だろ。友達のためだからな。命くらいいつだって懸けてやるよ」

「………………」

 

 通話はそこで一方的に切られた。

 1人暮らしの安アパートに静寂が戻り、周囲の生活音が微かに聞こえてくる。

 俺はだらしなく床に背を着けると天井を仰いだ。

 短時間の会話だったが、デュエルでもしていたかのような疲労を脳が訴えていたためだ。

 舌打ちをしたり、意味不明な唸り声をあげて気分を落ち着かせること数分。

 溜息を吐いて起き上がると、BoBの概要に目を通しながら建設的な事に頭を使い始めた。

 

 我ながら上手く条件を引き出したとは思うが、実際のところ勢い任せであったことは否めない。

 アドレス帳に登録されたPoHの名前をタッチするが、文章は打たず再び閉じる。

 

「ボスのこと呼んでもなあ……」

 

 PoHがいれば十中八九ザザは倒せるだろう。

 しかしその後はザザ、俺の順に始末されるかもしれない。それでは本末転倒だ。

 騙し騙し協力を仰ぐというのも無理だ。

 彼を相手に舌戦や情報戦で勝てるはずがない。

 

「弱え……。弱過ぎるだろ……」

 

 いったいなんだったら勝てるというのか。

 悲しくなってくるが、泣き言を言っていてもしょうがない。

 

 ――ALOで行方不明のエリにゃんを捜索している連中の噂を聞きつけたのは、大会まで残すところ2週間となってからだった。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 SBCグロッケン総督府。地下20階。

 鋼鉄に区切られた半円形のドームとなっているここは、BoB予選待機スペースだ。

 最初こそ4桁近い人数のプレイヤーでひしめき合っていたが、試合が終われば1階のエントランスホールに転送されるので、今は残すところ数人しかいない。

 錆びた金網に背を預けながら試合の疲労を拭うついでに、他ブロックの様子をぼんやりと眺めた。

 

 頭上に取り付けられているホロパネルには試合結果やライブ映像が映されている。

 俺の割り振られたDブロックは64人。

 1つのブロックから2名の本戦出場者が選出されるため、本戦に出場しようと思えば最低でも5回の連勝を求められるわけだ。

 キリトやザザとはそれぞれ別ブロック。

 予選で当たっていれば計画がすべてご破算だっただけに、運には恵まれたらしい。

 彼らのブロックはすでに決勝戦を終えており、どちらも優勝で本戦に駒を進めている。

 俺はさっきので4勝目。

 実質、あと1勝すればいいだけだ。

 

「ケッ。この芋野郎が……」

 

 罵声を浴びせられて視線を向けると、そこには黄土色のマントとウェスタンハットを被った男性プレイヤーが立っていた。

 名前はダイン。得物はSG550という高性能なアサルトライフル。

 PKギルド(スコードロン)のリーダーで、この大会には2回とも本戦に出場している上位プレイヤーだ。

 彼とは知り合いではない。

 厄介な上位プレイヤーの情報を集めていた過程で、知っただけだった。

 

「どいつもこいつも、目が節穴だったんだろうぜ」

 

 俺はこれまでの試合、待ちに徹した戦法で勝利を収めていた。

 具体的には建造物に隠れてやり過ごし、時間経過で集中力を奪った上で、白兵戦に持ち込みナイフキルを取ってきた。そのせいで試合累計時間はDブロックがトップである。

 この手の戦法は嫌われる傾向があり、芋とかキャンプと言って罵るのは昔からの慣習らしい。

 俺からすれば、抜け道のあるシステムが悪い。

 

「その綺麗な頭に風穴開けてやるから覚悟しとけよ」

 

 対戦表を見る限り、次の相手は彼のようだ。

 なお、ガンゲイル・オンラインのアバターは完全ランダムの自動生成。ゲーム内でフェイスメイクやヘアタイプを変更出来るが、他は弄れない。

 SF世界なんだから整形手術や身長の伸び縮みくらいさせてくれてもいいだろうに……。

 そんな俺のアバターは小柄で中性的な少年だ。

 髪はリアルと同じように銀のメッシュを入れているが失敗だったかもしれない。

 格好良くはならず可憐な印象が強まっていた。

 それでもキリト――こっちでは偽名のブラッキー(Blacky)で登録している――よりはマシだろう。

 あいつは美少女に見えるアバターだった。

 俺たちはログインして顔を合わせるなり指差して笑いあったが、すぐに虚しくなり、以来外見で揶揄うことはしないでいる。

 

「ところでさあ……。お前、本当に男なの?」

「いいぜ、ぶっ殺してやるよぉ!」

 

 気分も紛れたところで俺たちの身体は青白い光に包まれ、待機エリアへと転送された。

 

 六角(へクス)パネルの足場以外なにもない暗闇の空間は、試合直前に与えられる準備のためのスペースだ。

 ホロウィンドウに表示されている文字は【John Doe vs ダイン】。

 その下にはカウントを刻む1分の準備時間と、フィールドの名称がある。

 予選の対戦フィールドは1キロ四方の正方形(スクエア)タイプ。地形や天候、時刻はランダムとなっている。

 得意ステージは市街地なのだが、最悪な事に選ばれたのは遮蔽物の少ない砂漠タイプ。

 絶対に勝たなければならないというプレッシャーの上に、苦手な地形、強豪プレイヤーが圧し掛かり頭が真っ白になる。

 

 落ち着け落ち着け落ち着け……。

 

 このくらいの逆境、跳ね除けられずにザザを倒せるものか。たかだか得意戦術が潰されたくらいだ。スナイパー相手なら別たが、幸い相手はアサルトライフル。詰められない距離では決してない。

 でも……射程が500メートル以上あった気が。

 いや。やるしかないんだ。

 

 腰に隠した短剣の感触を確かめる。

 残り時間は30秒を切っていた。

 手早く装備を砂漠迷彩に変更。

 メインウェポンや各種防具を取り付ける。

 サブウェポンは命中性と貫通力の高い『FNファイブセブン』。

 AGIにペナルティーがかからないギリギリまで投擲系アイテムを揃えるのが、俺のスタイルだ。

 SAOの名残で30メートルの距離なら銃を撃つより物を投げた方が良く当たる。

 それでも銃を持つのは、重量当たりのパフォーマンスが優れるためだ。

 投擲アイテムの配分は勘頼り。

 選び終えると同時にバトルフィールドへの転送が始まっていた。

 

 

 

 傾いた太陽が空だけでなく大地も桃色に染めていた。風は強く、フードの上から砂塵が横薙ぎに叩いている。

 ガンゲイル・オンラインの砂漠は遺跡とセットで数えられるが、今回指定されたフィールドにはそういった建造オブジェクトの存在はほとんどない。せいぜいが隅っこに小さな瓦礫の山を築いている程度で、遮蔽物に使うのが限界だ。それだって傾斜のある砂丘を使えば十分である。

 砂しかないが、起伏の激しい地形を利用すれば多少は目を欺けるかもしれない。

 あとは遭遇戦の運任せ。

 などと考えるが、すでに敵が視界に入っていた。

 

「なっ!? 嘘だろ、おい!」

 

 開始位置は500メートル以上の距離があるだけでランダム。つまり、遮蔽物の無い状態で開始することもあり得ないわけじゃない。

 

 すでにアサルトライフルの射程圏内。

 グレネードポーチから球体を遠投。

 弾道予測線に続いて銃口が火を噴いた。

 動き出したのは俺が先だ。

 弾幕を遮るように煙幕が壁を作る。

 放たれた弾丸は腰を低くして地面を滑る様に回避運動を行い、数発掠っただけ。

 

 HPは1割も減っていない。

 続いて白い煙の向こう側へとスモークグレネードを立て続けに投擲。

 視界を潰して動き回るための空間を確保する。

 あっという間に砂漠は煙に包まれ。互いの位置情報は白紙に戻った。

 

 俺は煙から煙へと身を隠しつつ距離を縮めていくが500メートルもの距離だ。

 グレネードにも限りがあり、直線で撒いていけば流石に位置がバレる。煙越しで正確な狙いはつけられずとも、ラッキーヒットが怖い。

 

 ダミーとして関係のない方角へ投げつつ、さらに持ってきたスタングレネードを混ぜて音で平常心を奪っていく。

 ガンゲイル・オンラインの射撃は心拍数に影響を受ける。鼓動によって弾道予測円が収縮を行うのだ。

 それを除いても長距離射撃というのは、いかに銃の性能が高く、DEXを上げていたとしても、最終的にプレイヤーの技量が要求される。

 こういった才能がないから、俺は長い射程を持つ銃を扱えない……。

 

 散発的に放たれる銃声は南西に向かっていた。

 南東には大きな傾斜があり、敵はそれに沿って移動していると思われる。

 敵は距離を取っているが逃げる気はないようだ。

 一度逃がせば、俺が不意打ち狙いで長々と潜伏するのを知っているからだろう。

 しかしその位置取りなら、俺は全力で逃走を決め込めば高いAGIも相まって仕切り直しを出来る。

 もっとも、敵の想像に反して砂漠での潜伏は視界が広くリスキーだ。

 俺もここで決めてしまいたい。

 

 一度引き返して大回りのルートを取り、傾斜を壁に背後へ迫る作戦を立てる。

 スモークに隠れていないとバレればすぐに傾斜の反対側を探すだろう。

 ひたすら時間をかけてきたこれまでの試合と打って変わって、スピード勝負だ。

 足場が悪く、だいたい1分弱はかかるか。

 狙い目はリーロードの隙。これに残りのスモークグレネードを合わせて時間を稼ぐ。

 

 

 

 俺は呼吸を整え、精神を研ぎ澄ませる。

 

 

 

 横薙ぎの掃射。

 

 

 

 HPを削られるが無視。

 

 

 

 途切れない銃声。

 

 

 

 薄れゆく白煙。

 

 

 

 スモークグレネードを逐次投入。

 

 

 

 残り5……4……3……。

 

 

 

 残弾のチキンレース。

 

 

 

 敗れたのは――彼の方だ。

 

 

 

 銃声が途切れた。

 ここだ。タイミングを見切り、地を蹴る。

 最後のスモークグレネードを投げつつ、白煙に紛れ傾斜の向こう側へ。

 視界に敵がいなくとも、無防備な姿を晒して走る行為に心臓は早鐘を打っていた。

 銃声が再開する。敵はスモークの中に俺がまだ身を潜めていると思い、見当違いの方向へ射撃しているようだ。

 おかげで位置がわかった。

 風を切り、残り100メートル。

 耳煩い銃声が止まり、またリロードに入ったかとほくそ笑んだが違った。

 傾斜の頂上からウェスタンハットが伸びていく。

 ポーチに残るのはフラググレネードとスタングレネードのみ。

 この距離ならどちらも届かない。

 対して彼の銃は当たるどころか外さない距離だ。

 ダインの視線がついに俺を捉え、弾道予測線が無慈悲に身体へ突き刺さった。

 

「――っ!」

 

 投げたのはスタングレネード。

 銃弾が肩を貫くが、続く弾道は少しだけ逸れてHPをそれほど削らない。

 有効距離外でも、強い光を発するスタングレネードを見れば視界を僅かに狂わせることは出来る。集中しているなら尚更だ。

 それでもほんの僅か。

 瞬き数回。せいぜい1、2秒といったところ。

 その間に詰めた距離がようやくフラググレネードを届かせる。

 タイミングをコントロールする暇はない。

 足元に落ちたそれに慌て、ダインが飛び退く。

 爆発によって散らばった鉄片は彼のHPに喰いつくが、撃破には至らなかった。

 

 ダインが銃を構える。

 俺の右手にはファイブセブン。

 トリガーと集中力を絞る。

 銃弾はどうにか彼の足を貫いた。

 けれど火力は足りない。

 アサルトライフルの連射が来る。

 距離はもう十分だ。

 横に動き予測線を振り切ろうとする。

 追い縋る銃口。

 

「しまった!?」

 

 薙ぎ払う銃弾は俺を捉えていない。

 ステップによるフェイント。

 読み違えさせ、俺は狙いと反対方向へ動いてた。

 

 『有利な時ほど慎重に』。

 

 5.7mm弾が、クリティカルポイントを貫く。

 倒れたダインは、ウェスタンハットごと脳天に風穴を開けていた。

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