キバオウに呼び出されたのはその日の夜になってからだった。
密会場所はキバオウ派が管理している黒鉄球地下階層に広がる監獄ゾーン。
石造りの通路を不気味に蝋燭の炎が照らしている。
ピチャリ、ピチャリと雫の落ちる音。誰かがまた水を使って遊んでいたのだろう。後片付けはきちんとしておけと注意しなければならない。
「エリです」
改造された看守長室の扉を3回ノック。
名前を告げると扉のロックが外れ、重厚な石扉が開かれる。
「失礼するっす」
赤いカーペットにシャンデリア。食器棚には美しいグラスが取り揃えられており、ワインラックにはボトルが大量に収納されている。
ギルドマスターの部屋とは違い豪華絢爛な調度品が揃えられた部屋は、看守長室というより悪の組織が使う秘密基地の様相をしていた。
「エリにゃんじゃん。おひさー」
厳しい視線で睨み付けるが、私の旧名を呼んだズタ袋を被ったプレイヤーは悪びれることなくケラケラと笑っていた。
「夜分遅く、こないなところに呼び出してすまんかったな。そないなところ立ってないで、座ったらどうや?」
「そうっすね」
貴賓室に置かれるような格式高いソファに座るのはキバオウ以外の男3人。
ズタ袋を被った青年『ジョニー・ブラック』。
骸骨仮面の男『ザザ』
そして――、
「It's showtime.今夜は楽しいパーティーになりそうだ」
フードを被った男、『PoH』。
PoHは血のように赤い液体の注がれたグラスを掲げると、それに倣って部屋の全員がグラスを持つ。
私もそれに参加して、誰も手の付けていない、私のために用意されていたグラスを掲げる。
グラスを目のあたりまで持ち上げ、PoHに続いてそれぞれがグラスに口をつけた。
喉を焼くような刺激とほのかな甘み、そして舌に残る酸味を味わうが慣れないもので、あまり美味しいとは思えない。
「ジョニーっすか。水使って遊んでたの?」
「そうだよぉ。エリにゃんも一緒にどう? 人の精神って意外に脆くってさあ、水を垂らすだけでおかしくなっちゃうんだってねえ。監獄にいれば死なないって思ってる連中がいるけど、HPが減らなくても人を殺す手段なんていくらでもあるってことくらい想像つかないかなあ? ああ、だから捕まってるのか! ギャハハハハッ!」
「ちゃんと片付けて置いてくださいっすよ」
「えー。なにそれ? まさか同情とかしちゃったりしてんの?」
「シンカー派の連中が来たらどうするんすか……。誤魔化したりもみ消したりするの嫌っすよ」
「そんなカリカリしなくてもいいじゃなん。あ、だったら別の遊びしようよ。囚人と看守ゲームっていってさ――」
この頭のイかれている様な男のカーソルはグリーン。つまり非犯罪者プレイヤーだ。
こんなやつがプレイヤーを襲わないということはありえるのだろうか? 答えはNO。彼は何度かプレイヤーを殺害して
レッドからグリーンへカーソルカラーを戻すのはかなり大変だ。面倒なクエストを受けなければならない。長期間拘束され、重たいペナルティーも課せられる。だがその難易度が高いのは偏にクエストを受けられないという問題があるからだ。クエスト開始条件に指定されたNPCには常に大規模ギルドの監視が施されている。判明しているクエストにノコノコやってきたレッドプレイヤーは監視役のプレイヤーをなんとかできなければ、そのまま監獄送りになるという寸法だ。
では彼はどうやってグリーンに戻ったのか。
そのカラクリはこの監獄ゾーンにある。
監獄ゾーンを所有しているのはギルドMTDだ。その管理を任されているのはキバオウだった。監獄には犯した犯罪行動に応じた刑期が設定されており、その期間を過ぎるとカーソルがグリーンに戻り監獄の外へ出される。
その操作をキバオウが行えるために、一度捕まったプレイヤーは二度と外へ出ることができないでいる。
これを逆手に取ればどうなるかわかるだろう。監獄を利用したカーソル
キバオウの権力背景はこうした表に出せない方法によっても支えられていた。
「まるで、スタンフォードの、監獄、だな」
ザザが骸骨の仮面の下でくぐもった声を出す。
「なんだよ、それ?」
「偽の看守と、偽の囚人を、使った、心理実験、だ。看守役は、だんだん、囚人を、いたぶり、囚人役は、看守役を、恐れ、服従する、ようになる」
「へえ……。面白そう。けど俺はそういうんじゃないよお。ここの外でだって沢山殺してるんだし?」
「さて。どうだろう、な。だが、おまえの趣味を、否定は、しない。俺が、聞きたいのは、エリ。お前の、ことだ」
「おっ。それは俺も気になる。最近全然遊んでないじゃん? 溜まってないの?」
「ストレスなら溜まってるっすよ……。でも暇もないし、外だと目立つっすから、私」
「だからここでくらいは遊ぼうよって誘ってるのに。それともさあ。まだくだらない良心とかあるわけ? これってゲームよ? 俺たちがこうなってるのは全部茅場のせいなんだから、気にするだけ無駄なんだよ。だから、ほらっ、ね?」
「はぁ……」
こいつらと――主にジョニーと話すのは疲れる。
テンション高い相手は苦手なのだ。あー、でもユウタの相手は嫌じゃない。そう考えるとジョニーが嫌いなだけということがわかって、納得した。
「俺もその辺は気になっててな」
PoHの口元が妖しく歪む。
「エリが俺たちの同類かどうか。最近の行動を見てて不安に思う気持ちもある。ここらでお前の考えるエンターテイメントってやつを俺たちにも見せてくれないか? さぞかしとっておきのショーなんだろう?」
キバオウに助けを求めようと視線を送るが、そのキバオウは私を値踏みする目で見ている。ああ、これは踏み絵だ。
今日この場に集まったのは私が裏切らないかどうか判断するためだったようだ。そして私がこの絵を踏まなければどうなるか。それは今まで彼らとしてきたことから、火を見るより明らかだ。
「わかったっすよ。でも時間も有限っすから、観賞型のやつにするっす。私は働き者っすからいつもの偽造もしないといけないんすよ」
▽▲▽▲▽▲▽▲
私は適当にオレンジ――犯罪を犯したが殺人まではしていない――プレイヤーを4人と、レッドプレイヤーを2人見繕った。
彼らを均等に2つのグループに分けて呼び出し簡単な説明を施す。
「君たちにはこの先で戦闘をしてもらうっす。生き残ったやつだけここから出してやるから奮戦するように。もちろん出すときにはカーソルをグリーンに戻すことを約束するっすよ。手段は問わないっす。どうせ汚れた手なんだから、これ以上汚れたって同じっすよね?」
私は彼らに低級の武器を与えた。彼らは監獄に入れられた際に看守によって所持アイテムのすべてを奪われているためだ。
監獄ゾーンの下には一般には知られていないダンジョンがある。高レベルのエネミーが徘徊しているが、入口付近には近づいてこないため安全だ。今回の舞台はその入り口部分で行う。
圏内に隠された圏外。ここでならHPはシステムに守られることもなく減少する。
「合図は譲るっすよ」
「いいや。お前の用意した舞台だ。お前に任せる」
「じゃあ……、スタート!」
レッドプレイヤーの動きは迅速だった。
現状を把握すると、すぐに他の2人と連携を取るよう会話を試み、パーティーを結成する。
「そこはイッツショータイム! だろうが」
「いいじゃないっすか、そんなこと」
オレンジプレイヤーは殺人までする気はない小犯罪者だがHPを減らす気骨くらいはあるようで、彼らの戦闘はすぐに始まった。
防具は着ていないが武器の性能が低く決着には少し時間がかかる。
彼らは自分のHPが減るたびに顔色を青に変色させていった。
「こいつをいつもの通りに頼むわ」
「了解っすよ」
キバオウに渡されるのはMTDの報告書。そこには付箋が張られており、変更してほしい点が記載されている。
私はメニューウィンドからスキルの使用を選択。文書を改竄していく。
EXスキル『筆記師』。
習得条件のあるこのスキルは、本来書物などのアイテム作成に多様性を持たせることができるようになる生産系スキルだ。それはフォントの変更に始まり、大量複製などまで可能にする。
だがこのスキルの熟練度が500を超えたところでその使い勝手は大きく変わる。
作成済みの書物に書かれた文章の改竄。
アイテムに書かれているテキスト書き換え。
果てはプレイヤーネームの変更まで可能とする。
このスキルの熟練度は現在700。他のスキルに比べかなり高い。
これはギルドとして日々大量のアイテムを生産するため、多大な熟練度が稼げることによる恩恵だった。
このスキルは元々、ギルドの方針上役に立つだろう程度に考えて習得したものだった。
MTDは元々、攻略情報を掲載していたサイトの管理人シンカーが、情報の共有化を図って設立したギルドだ。
βテスターであることを包み隠さず宣言したシンカーは、その誠実な対応から多くのプレイヤーに感謝されていた。そこに目をつけたのが第1層から攻略組に参加しているキバオウの一派、ギルド『アインクラッド解放隊』である。
MTDに加わるという形になったアインクラッド解放隊だが、現状を見る限り彼らは内側から侵食しているにすぎない。
私はキバオウとアインクラッド解放隊の参加によって攻略組に参入。
以後キバオウ派として活躍を求められ、自分の立場を上げるため活躍していたらこんなところまで来てしまったという顛末だ。
「ところで今日の件。どういった決着をつけるんすか?」
「そうやな。あんさんには話とかなあかんか……。25層の攻略は失敗にする予定や」
「その後は?」
「失敗の責任をシンカーに取らせてギルドの実権をワイが握る」
「都合よく行くっすか? DKBに先を越される可能性もあるっすよ。そしたらシンカーさんの責任は低くなるんじゃないっすか」
「そのことなんやけどな。上手くやれへんか?」
「いや。無理っすよ。私指揮官じゃないっすから」
「そうなんよ。あんさんが指揮官やったらどない楽やったか……」
「代わりのタンク見つけて少しずつ転向するっすか? それが済むのはだいぶ後になるっすよ」
「いや。このままで行く。タンクは皆に信頼される役やからな。指揮官とは別にタンクも手元に置いときたいんや」
「そうっすか……」
私はさっさとタンク止めたいんだけど……。
でも現状では無理なのも理解してる。
膠着状態だった闘いに動きが起こる。囚人たちの1人が、HPをレッドゾーンに突入させたのだ。
押され気味の陣営は危険域のプレイヤーを
オレンジプレイヤーはその凶行にたじろぎ、レッドプレイヤーを抑えることで形勢を逆転させた。
「せやからあんさんたちに影から動いてもらうことになったんや」
「大丈夫っすか?」
「ヘマは、しない」
「お前の知らないルートだってちゃんと持ってるからな。1度くらいなら上手く場をかき乱せるさ」
「そうっすか。PoHがいるなら裏切られる以外の心配はしてないっすけどね」
「なに言ってるんだ。俺たちは仲間、だろ?」
「はいはい」
心にもないことを。
「まいった。降参だ。降参するっ!」
ついにHPをレッドゾーンに突入させていたプレイヤーがその重圧に耐えきれなくなって降参を宣言した。
武器を下げるオレンジ。だがレッドは油断なく気を窺っている。
「そうっすか。じゃあちゃっちゃと殺しちゃうっすよ」
「へ? な、なに言ってんだよ! あんたらMTDのメンバーだろ? そんなことしていいのかよ!?」
「お前たちは犯罪者っす。これは正当な裁きなんすよ。わかるっすか? ほら、わかったら再開するっす。相手を殺す以外で生き残ることを私は許可しないっす」
「ちょっと待てよっ! ――あ、…………」
驚愕に目が見開かれた。
男のHPがなくなっている。それは決して激しくない一撃だった。
震える手で突き出された剣が腹を貫いている。エネミーを倒したときと同じエフェクトに男は包まれる。
「嫌だ嫌だ嫌だ! 誰か助けてっ! 誰かっ――」
伸ばした手は誰にも届かず、男はポリゴンに変わり残滓を飛散させた。
ガラスの砕けるような音が地下ダンジョンに響き渡る。
残り5人。
男を殺した
彼の意識はHPが大きく減ることで現実に呼び戻される。
いかに不意にダメージを受けてしまったといっても人数は3対2。その数的有利を攻め立てた2人はひっくり返せずに戦いは続く。
「いいねいいねっ! こういうのが見たかったんだよ!」
「上映中は静かにするっすよ」
「はーい」
彼らの戦闘技術は目を見張るところなどどこにもない。
足がすくんだまま無様に剣を振るう。まあせいぜいそんなところだろう。
きっとザザは不満に違いない。彼はもっとこう……、強者との命のやり取りが好きだったはずだ。真剣勝負の果てに相手の命を奪う。そうして己の強さを永遠にするとかそんな感じのやつだ。
ジョニーは単純なやつで人が死ねばなんでもいいらしい。箸が転んでもおかしい年頃なのだろう。
ではPoHは?
たぶん彼もこれには好感を抱く。人の命のやり取りを観賞するのが好き……だと思う。
だから私はこんなことをしたのだろうか?
「おおっ! 勝者に拍手! パチパチパチ」
結局最初に殺した3人組が残った。
彼らは全員HPをイエローゾーンに突入させているものの欠員はいない。これは想定通り。そうなるよう、レベルに偏りの出る分け方をした。
想定外だったのはオレンジプレイヤーが1人殺せたこと。レッドがどうせ3人殺すのだろうと思っていたが、彼は土壇場になると狂乱のまま動ける人間だったのだろう。
「なに言ってるんすか。まだ残ってるっすよ? ほら、続けるっす」
オレンジと元オレンジの2人は距離を取ろうとするが、レッドのプレイヤーはすぐに狙いを定め元オレンジを攻撃する。
だがさっきの焼き回しで2人に1人は勝てない。
レッドのプレイヤーが数的不利に見舞われ徐々にHPを減らしていく。
今度はさっきのような降参宣言も、それを待つようなこともなく、ただ無情に元オレンジプレイヤーがレッドプレイヤーに止めを刺した。
HPは元オレンジの方が少ない。だが戦いは一方的に彼の有利だった。殺す覚悟を持てなかったオレンジはあえなく殺される。
HPをレッドゾーンに突入させた元オレンジプレイヤーがただ一人、その場には残された。
「いい見世物だった。エリにゃんやるやるやるぅうう!」
「俺は、合格か?」
「ん、どういうこと?」
「これはお前らの仲間になるための参入試験だったんだろ?」
「………………」
「俺はあいつらを上手く乗せて生き残ってやった。これで満足か?」
「偶然じゃなかったんすね」
「半分は無我夢中だったけどな」
安堵に顔を綻ばせながら男は自慢げに語った。意外と頭の回る人物だったようだ。
「んー。でもまだ生き残りがいるっすね」
「は?」
私は腰に下げた剣を抜く。
彼の持っているような低級装備ではない。例えHPが最大だろうと、防具の着ていなプレイヤーなど一刀の元に切り伏せられる業物だ。
「私なんて言ったか覚えてるっすか?」
ゆっくり彼に近づく。
一歩距離を詰めるごとに、彼の表情は恐怖に染まっていく。
得意げに実力を語った面影などない。
「これは正当な裁きっす」
ソードスキル『ホリゾンタルスクエア』による4連撃が男の体を抉った。
一撃目の攻撃ですでに男のHPは全損していた。しかし一度発動したソードスキルはシステムアシストによって私の身体を突き動かす。
否。私はその威力を高めるべくシステムアシストに上乗せするように、アバターをソードスキルの軌跡に合わせて動かした。
ポリゴンの飛散までかかるはずの数秒をキャンセルして瞬時に男の痕跡を消し去る。
スキル硬直を終えた私は刀身を一振り。
未だ宙を漂うエフェクトはそれをもって完全に消えた。
「………………」
「………………」
「………………」
しばらく沈黙が続く。
「はぁ……。スッキリするっすね……」
恍惚に顔を歪め、余韻を感じつつも私は剣を鞘に戻した。
私のカーソルは返り血で染まったかのように赤く変わっている。もちろんそんなものはここでは流れないのだが。
「クヘッ。クヘヘハハハハハハハッ! 最高だよ、あんた! ああ、クソッ。俺もやりたくなってきたじゃんか」
「駄目っすよ。しばらくは囚人を殺すのはなしっす」
「えー、いいじゃん」
「あんまり派手にやるとバレちゃうっすから」
「なあボス。これから獲物見繕いに行きましょうよー」
「明日から大仕事だ。そのとき殺せばいい」
「あ、そうだった」
うきうきと殺しの算段を立てる彼ら。
虚空で手を何度か握りしめてみる。人殺しは初めてではなかった。以前、私はキバオウ派に入るために手を汚していた。
「お前は間違いなくこっち側だ。これからも仲良くしようぜ、兄妹」
「そりゃどうもっす。だったら面倒見てくださいよ、お兄ちゃん」
「ハッハッハ! いいぜ。ちゃんと可愛いがってやるよ」
私たちは嗤う。暗い地の底で。狂った獣ように……。
ラフコフ結成前の3人。ここにエリとキバオウを入れた暗黒仲良し5人組。
書いてて一番楽しいのはジョニーです。彼は良いムードメイカー。
一番退屈なのはザザさん。GGOだとダースベイダーみたいで好きなんですけどね。
ジョニー「ないよ、剣ないよぉ?」
ザザ「シュコー……、シュコー……」