吉良と同僚の奇妙な冒険 インフィニット・ジャーニー   作:わたっふ

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キャラクター紹介も更新しました!
挿絵はまだ作ってないので、この話の挿絵でご勘弁を。


第9話 吉良とホタテと大食い少女

日中の賑やかな雰囲気とは一変して、不気味なほどに静まり返った街中を歩く吉良。

家々の明かりも殆ど消えていて、聞こえてくるのは側を流れる小川のせせらぎだけ。

 

「そんなに遅い時間なのか……?」

 

規則正しい生活習慣により保ってきた健康的な身体。

故に自然と身体が決まった時間に休息を取るよう脳に信号を送るようになっていた。

しかし不思議なことに、見る限りに深夜としか思えない景色だと言うのに、今は眠気など一切感じられないほど目が冴えてしまっている。

 

「さっきまで寝ていたからか……意外と慣れないことにも身体はついていくものなのだな」

 

携帯の灯りで足元を照らしながら、吉良は足早に街の中心部へと向かう。

途中、ホームレスと思われるボロボロの服を着た若者が道端にチラホラと見受けられた。

ガリガリに痩せ細ったその容姿からは、暫くろくに食事を取れていないのだと察することが出来る。

少々可哀想とは思うが、今は自分のことで精一杯。

そう感じた吉良は、彼らの視線から目を逸らして歓楽街へと足を踏み入れた。

 

「これは───凄いな」

 

怪しげな雰囲気の漂う店や、多色なイルミネーションで飾られた派手な酒屋。

そこは正に『大人の世界』というものを体現したかのような佇まいで、呆気に取られた吉良の目の前に広がっていた。

そしてその中の一角、一際賑わいを見せる巨大な建物からは、周囲とはまた違った楽しげな声や音楽が聞こえてくる。

掲げられた看板に書いてある謎の文字を横目に、気が引けながらも、吉良は恐る恐る中に足を踏み入れた。

 

「ここは……」

 

建物の中は、その外見宛らの活気で満ち溢れていた。

赤い絨毯が伸びる先には沢山の窓口が横一列に並んでおり、それぞれで受付嬢と不思議な格好の者たちが話をしている。

そしてそこから視線を右へと移すと、テーブルや椅子が並ぶ先に酒場らしき場所を見つけた。

厨房から漂うガーリックオイルが焼けたような香ばしさに、口内に唾液が溜まっていくのを感じる。

 

「そういえば……何も口にしていなかったな」

 

まるで魅せられたかのように、虚な目でその匂いの元を辿っていく吉良。

左右をチラチラと覗き見ると、これまた見たことがないような物体が皿に盛られている。

こんなよく分からない物でも良いから何かしら腹を満たせればなと思いながら居ると、吉良はカウンターの椅子に体をぶつけてふと我に返った。

 

「afrbm!mpx5xtjdaj?」

 

吉良を客人と思ったのか、1人の若いウェイトレスが急ぎ足で近づいてくる。

そして左手に持ったトレーにある水が入ったコップをカウンターに置くと、メニュー表を提示してきた。

 

「ぁ……いや……」

 

戸惑う吉良を余所目に、ウェイトレスはただ愛想良くニッコリと微笑んでいる。

椅子を引き、立ち尽くす吉良を座らせ、逃げ場を塞ぐように横につく。

大体の者ならここで雰囲気に流されてしまい、やむを得なく注文をしてしまうだろう。

しかし、今の吉良にはそうしたくてもできない理由があった。

 

「(金はどうしたらいいんだ……)」

 

そう金銭のことだ。

転移前の世界では当たり前のように使われていた紙幣や硬貨だが、ここでも使えるのだろうか?

もし出来ないのであれば、食事を済ませてしまった場合に取り返しがつかない。

ならばと思った吉良は、懐から取り出した財布を開け、メニュー表の適当なやつを指差す。

そしてウェイトレスの目の前に千円札を突き出し、食べる仕草を見せる。

そんな吉良にウェイトレスは、少々困惑した表情のまま首を傾げた。

 

「ダメ……か」

 

やはり言葉が通じない限り、紙幣とジェスチャーを用いた表現方法を使用しても無駄らしい。

ここは惜しいが、無理にでも押し抜けて出て行こう。

そう思い立った吉良がカウンターに手をついた───その時だった。

 

「houmh〜!」

 

子供の歓声のような、軽く明るい声が背後から放たれる。

するとその声に振り返るよりも早く、吉良とウェイトレスとの間に1人の若い女が割り込んできた。

燃え上がるような真っ赤な髪と、宝石のように澄み切った琥珀色の瞳。

束ねた髪が被さる鎧と鎧下に着たギャンベゾン、そして腰に巻いた剣帯からは勇敢な剣士のイメージを抱かせる。

 

「ぁ………」

 

その横顔を視界に捉えた吉良の脳裏に、ほんの一瞬だけ「川尻しのぶ」の顔がチラついた。

やむを得なく《川尻浩作》として生きることになってしまった際の妻であった彼女。

初めは少々気に食わない所はあったが、それでも共に生活していく中で徐々に《魅力的な女性》として感じるようになっていた。

そんな彼女の面影がこの女と重なったことに、少しの戸惑いと共に思わず漏れ出しそうになる声を抑える。

するとウェイトレスとの会話を終えた女は、吉良の隣に座り、両手のハンドアーマーを取り外して厨房の方を真っ直ぐ見つめた。

 

「…………eq、dypjtx?」

 

そしてしばらくの沈黙の後、女は思い出したかのように吉良の方に顔を向け、腰に着けた巾着袋から一粒の飴らしき物を差し出してきた。

吉良はいきなり突き出されたそれに警戒しつつも、極度の空腹に耐えられず、思わず口に入れてしまう。

舌の上で転がすたびに感じる、なんとも言えない不思議な甘み。

それに加え、全身を駆け巡るような軽い痺れが突如として襲いかかってきた。

 

「あたしの言葉、通じるかな?」

 

「あぁ────え?」

 

ふわりと溶けた飴が喉を通るのを確認した女が、深く息を吐く吉良に話しかける。

普通に会話が成立したことに違和感を覚えた吉良には、女が放った言葉が日本語であることに数秒の時間を有した。

 

「き、君……その言葉……ッ!?」

 

「ふふ。もう大袈裟だな〜!」

 

ほっと胸を撫で下ろす女は、吉良のその反応にクスクスと笑った。

状況が上手く読み取れずにいた吉良は、女だけで無く周囲の人々の会話もいつの間にか日本語に変わっていることに気づいた。

 

「な、なぜだ。先ほどまでは異国の言語だったはず……」

 

「あれ? あんたもしかして『共言の飴』を知らないの?」

 

「きょう……げん?」

 

「飲み込むと、どんな言語でも理解できる便利な飴さ!さっきあげたやつがそうだよ」

 

同僚と出会った際に、この世界の言葉を理解しているかのような受け答えをしていたことを思い出す。

暫く疑問には思っていたが、どうやら先ほどの飴が原因のようだ。

 

「(となると文字は……)」

 

言語は理解でき、そしてこちらの言葉も通じる。

では視覚面ではどうだろうか?

そう思い立った吉良が、近くに立てかけてあるメニュー表を手に取って中身を確認した。

だが、依然変わりなく、その目に映るのは不可解な文字列だった。

 

「ねぇーちょっと聞いてる?」

 

「ぁ……すまない。ともかく助かったよ」

 

「そう言えばあんた、名前は? あたしはフィラスって言うの!」

 

「わたしの名は吉良吉影。フィラスさんか……良い名前じゃあないか」

 

「ありがと♪ キラ・ヨシカゲ……うーん。じゃあヨッシーね!よろしくぅ!」

 

「よ、ヨッシー?」

 

まるで親友のような身近さで話を進めるフィラス。

その勢いに押されながらも、なるべく愛想良く振る舞う吉良。

手の綺麗な可愛らしい女性ということもあるとは思うが、何より自分を境地から助け出してくれた恩人だ。

故に殺したいと思う気持ちが無いのが、不思議な感覚として心の中に残っている。

 

「おぉ〜来た来たぁ!これこれ!」

 

そんな他愛もない話を続けていると、先ほどのウェイトレスが何やら料理を運んできた。

 

「これは……」

 

「ダルマホタテのバター焼きさ。あたし的には世界で一番美味しいんだ〜♪」

 

コトッとフィラスの目の前に置かれた皿の上には、転移前の世界で見たことのある食材が乗せられていた。

その名前は聞いた事はないが、辺り一面に漂う匂いからも、確かに過去に嗅いだことのあるもので間違いなかった。

 

「一口食べてみる?」

 

「あ、いや……遠慮するよ。恥ずかしながらホタテは苦手でね」

 

「そう? それじゃあいただきます! ん〜♪ うひゃ……美味しぃ…」

 

「(良く食べれるものだな……うっ…見るだけでも苦し───)」

 

 

【挿絵表示】

 

 

そして思わずホタテから目を背けた瞬間だった。

低く長い腹鳴が吉良の体から発せられる。

ただでさえ人前では晒せない行為だと言うのに、それをまさか異性の前で、さらにすぐ隣と言う近距離での暴発。

これには流石の吉良も恥ずかしそうに顔を赤らめて視線を下げた。

 

「ふふ。相当お腹が空いてるようだねぇ〜。何か頼まないの?」

 

「そ…それが……金が無くてね」

 

「金欠? よぉーし! なら今日はあたしが奢っちゃうぞ〜? お近付きの印ってね♪」

 

「いや、悪いよ。遠慮させて貰う」

 

「もぉ〜そんな硬いこと言わないでさぁ〜。良心で言ってるんだから受け取りなって!」

 

そう言うとフィラスは、吉良の返答を待たずにメニュー表から適当なやつを選び、厨房にいる店長に勝手に注文してしまった。

 

「本当にいいのかい?」

 

「大丈夫大丈夫! 今日は持ち金少し余分にあるからさ!」

 

「す、すまない。ならお言葉に甘えるとするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、フィラスは10品ほど料理を追加で注文し、難なくペロリと驚くべき速さで平らげてしまった。

勿論、頼んだのは全てダルマホタテのバター焼きだ。

隣で見ていた吉良にとってはこの上ない程の地獄を味わったことで、少々頭がぼんやりとしている。

吉良の元に運ばれてきた料理がホタテ関係ではなく、何かの肉であったことは良かったが、隣の匂いがキツすぎて何を食べたのかさっぱり不明だ。

スーツにホタテの匂いが染み付いてしまうかと思うくらいに、長時間を耐え抜いた自分が勇ましくも思える。

 

「マスター!御馳走さま〜!美味しかったよ!」

 

「あい、毎度ォ〜! いやぁ今日も良い喰いっぷりだったなフィラスちゃん」

 

「ふふん。まぁね! まだまだ行けるさ」

 

自信ありげに腰に手を当て胸を張るフィラス。

大食いだとか少食だとかで好き嫌いを決める訳ではないが、ホタテ大好き大食いっ娘だけは避けなければ命が危ないことを染み染みと感じた吉良だった。

 

「お会計、ツケ分も含めて65000ルーレになります」

 

《ツケ》

その言葉と、なんだか物凄い金額を聞いた吉良はふと意識の狭間から我に帰る。

 

「────あっやばい……」

 

さらにやや語尾の高ぶったフィラスの声を聞き、吉良の脳裏に嫌な予感が駆け巡る。

 

「……どうしたんだい?」

 

「お金…足りない……!」

 

「──え?」

 

哀しげに震える声と共に、喉奥から擦れるように出てきたその言葉。

それは吉良がもっとも危険視していたことである《金》のことであった。

 

「足りない……? フィラスさん。次回こそはちゃんとツケてきた分の全額、お支払いするって……言ってましたよね?」

 

「え、ぁ、いや──そうだったかなー?」

 

顔は笑ってはいるものの、その裏に見える強烈な圧迫感にじわりじわりと押し付けられていくフィラス。

惚け面を晒し、目の前の現実から目を背けようとする。

だが、結局ウェイトレスの無言の圧力には敵わず、フィラスは体を縮めたまま小さく弱々しい声を漏らした。

 

「あ、あのー……次回までには必ず払うから、今回もつけ───」

 

「ダメです」

 

「デスヨネー」

 

そしてフィラスの言い逃れが終わる前に、これ以上冷ややかには言えないと言うくらいの響きでウェイトレスは会話を強制終了させに出た。

これには流石にフィラスも諦めたのか、逆に清々しいほどの笑顔で対応したのだった。

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

───────────

 

 

 

─────

 

 

 

 

「ひゃぁぁあ!ち、ちょっと待っ!い、いい痛い痛いっ!強く引っ張らないでよぉ! あっヨッシー!助けっ…助けてぇぇ!!あぁぁぁぁあ!!!」

 

悲痛な断末魔を発しながら、フィラスはウェイトレスに襟を掴まれて引きずられるように厨房の奥へと消えていった。

その光景を目の当たりにし、1人茫然と立ち尽くす吉良。

 

「いつも美味しそうに食べてくれるのはええんだが、金を払わないんじゃあな。これも仕方ねぇさ。あんさんは今回はタダだぜ。フィラスちゃんに感謝しておけよ!良かったな。ハハハッ!」

 

「……………」

 

これから彼女は一体どうなってしまうのだろうか?

そして自分はこれからどう生きていけばいいのだろうか?

 

そう不安は募るばかりだった────

 


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