吉良と同僚の奇妙な冒険 インフィニット・ジャーニー 作:わたっふ
今回は挿絵なしですん
それから数時間ほど過ぎた頃───
昼時となり、一層賑やかさを増すギルドの中で、同僚は両手に握られている1枚のカードを嬉しそうに眺めていた。
隣に座る吉良は、そんな無邪気な気色に溢れる同僚の横顔を見つめながら、鼻にシワを寄せて嫌悪感をあらわにしている。
「いやぁ〜それにしても、この歳で冒険者になれるとはな!小さい頃からの夢だったんだ!」
「そうかい。それは良かったね」
幸福と興奮の混じった笑顔に、吉良は突き放すような冷めた表情を見せる。
そして自身の右手に握る、同僚と同じ『ギルドカード』
それを見下ろす吉良は、自分が置かれている今の状況を再確認し、酷く沈んだ顔色で項垂れた。
「これから、俺たちの異世界放浪生活が始まると思うとワクワクするな!」
「別に……わたしは冒険者になりたいとは言っていないのだが」
「今更何言ってんだよォ〜〜!? もう登録も済ませたんだぜ? 駄々をこねるのはやめとけ!やめとけ!」
「君が勝手にしたんじゃあないか…」
今から少し前──
すっかり周囲の冒険者たちと打ち解けた同僚は、彼らに連れられて受付へと向かっていた。
書類の束を手にして何やら話を受ける同僚に、どことなく嫌な予感を感じた吉良だったが───
「呼び止めれば良かった……」
「はは!案外楽しいと思うぜ? 武器屋に行って色々と見て回るのもいいんじゃあないか〜?」
案の定、吉良の承諾も得ずに、同僚はラヴァン爺から頂いたという「ルーレ」と呼ばれる通貨で2人分の冒険者登録を済ませてしまっていたのだった。
なんとか許せる範囲内であった今までの同僚の身勝手さと比べても、類を見ないほどの異常な行為である。
もう後戻りはできそうにないという事実を受け入れ、前向きに考えようと、深いため息を着いた吉良は両手で膝を叩いて立ち上がった。
「ん? どこにいくんだ?」
「君のせいでこんな厄介ごとに巻き込まれたんだ。早く用事を済ませてしまおう」
「おっ!やる気になったな吉良!それじゃあ早速───」
珍しく自分から言ってくれたことに驚いた同僚は、跳ねるような勢いで床を蹴るように立ち上がる。
すると側でグゥーっと腹が鳴る音が聞こえた。
それが吉良のものか、それとも同僚のものだったのかは分からない。
「まずはアレだな」
「あぁ、勿論だ」
だが顔を見合わせた2人は、互いに何かを察したかのようにそそくさと食堂へ向かっていった。
「いらっしゃいませー!テーブル席へどうぞ〜」
酒場へ立ち寄ると同時に、短髪赤毛のウェイトレスが出迎えてくれた。
席へ案内される中で周囲を見渡すと、そこかしこで鎧やら黒いローブを来た輩が楽しげに食事をしている。
その状況に同僚は後方を歩く吉良の方へ何度も振り返っては、キラキラした目を注ぐ。
「ご注文はお決まりでしたでしょうか?」
「そうだな〜これとこれと──これを2人分お願いするかな」
椅子に腰掛けると同僚は、受け渡されたメニュー表に目を通し、次々と片っ端から頼んでいく。
「かしこまりました〜!」
「お、おい同僚……君、きちんといくらぐらいするのか計算しているのか?」
昨日のフィラスの事を思い出した吉良は、嫌な予感が背筋を冷たく流れるのを感じた。
メニュー表をまじまじと見つめている同僚は、不安に急き立てられるように言う吉良に「大丈夫だ」と落ち着いた口調で返す。
「それによ───」
そう噤むと、同僚は懐にしまってあった巾着袋を取り出して中身をテーブルの上に広げた。
「1」「10」「100」という字が彫られた銀色のコインと「1000」「10000」という字の入った金色に輝くコイン。
「出店の商品で見かけたトマトやキャベツみたいなやつの値段を見てみたんだがよォ〜〜どうやら日本の相場と同じみたいなんだ」
「それで?」
「でよ〜〜ここに書かれてる数字も、500とか600くらいだろ? こっちには合計15000ルーレがあるんだ。ラヴァンさんに感謝して安心して食べようぜ!」
金貨と銀貨を掬い上げて言う同僚の顔に、柔らかなシワが浮かび上がる。
それはあまり品が良いとは言い難い、満ち溢れた自信から来る優越感を表していた。
「そうか。だから君は後先考えずに頼んだというわけかい。金遣いの荒さは相変わらずのようだね」
僅かに歪んだ嘲笑を見せながらも、それまでの険しい眉が少し解けた様子の吉良。
するとそんな2人の元へ、先程のウェイトレスが水の入ったコップをおぼんに乗せてやって来る。
『今しばらくお待ち下さい』と一言添えてコップを置くと、慌てた様子で足早に厨房の方へと駆けていく。
「やはり……不思議だ」
「ん?どうした?」
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、会社に勤めていた頃の自分を思い出す同僚。
するとその時、運ばれた水に口をつけた吉良がそうポツリと呟いた。
「街並みや施設等を一通り見たから言えるのだが、この世界はわたしたちがいた世界でいう中世ヨーロッパに当たるのだろう」
「お、おう。なんとなく分かってたが……で?なんだよ」
「わたしの記憶が確かならば、その時代の水はまともに飲めた代物じゃあなかったのさ」
「へぇ〜そうなのか? 随分と詳しいな吉良〜〜! もしかして異世界に興味でもあったのかぁ?」
「学生の頃、歴史の勉強をする過程で調べただけさ。呑気にゲームばかりやっていた君とは違うよ」
「ひ、酷ぇ言いようだな……」
自分と同類に見られたのが嫌だったのか、いつも以上に刺のある言い方をする吉良。
その疎ましい表情に同僚は、嬉しくも悲しい感情に包まれた。
「おまたせしました!こちらご注文のお品です」
するとそんな2人の間を持つかのように運ばれて来た料理が、テーブルの上にずらりと並べられていく。
そして「ごゆっくり」と、精錬されたお辞儀をしたウェイトレスは他の客の対応に向かった。
あたりに漂う、いかにも食欲をそそる海鮮の香ばしい匂いに、同僚はパチンと両手を合わせて早速食事に取り掛かる。
「ちょっと失礼するぜ〜」
すると間髪入れずに同僚のフォークが吉良の前に置かれた食器に伸びてくる。
突然のことに驚いた吉良は反応が遅れて何品か奪われてしまった。
「お、おい!自分のやつを食えば──」
「だって、お前ホタテ嫌いだろ?」
「───」
「長いこと一緒に居るんだから、それぐらいわかるさ。ほら、それ以外は食えるだろ?」
言われてみれば、同僚の前にある海鮮系の皿の上には例のホタテらしきものがあった。
無言のまま再び視線を手元に移すと、それぞれに吉良の好きそうなものばかりが並べられている。
「うぉ……これ美味いぜ!食ってみろよ!」
フォークとナイフを使って、まるで飢えたものが不時の食事にありつくかのように貪り喰らう同僚。
そんな彼に対して少し嬉しい気持ちに包まれた吉良は、気を緩めてゆっくりと食事に入った。
こうして誰かと一緒に食事をすることは少なかった───というか、好まないことではあった。
だがそれでも、なぜか同僚とこうして食事を共にするのは昔から不思議と抵抗がない。
「あれ、もしかしてあんまり空いてないのか?なんなら食べちゃおうか? いや食べてもいい? あーもう食べてやるぜ。それをよこせ吉良ッ!」
「待ってくれ。わたしも腹が減っているんだ。自分のペースでやらせてくれ。君みたいにガツガツとは行けないんだよ」
襲いくる同僚の魔の手から遠ざけるように、吉良は皿を自分の元へと引き寄せる。
そこまで格別に美味しいとは言えないものではあるけれども、他人に自分のものをみすみす奪われるのは吉良としてのプライドが許さなかった。
「う……」
───しかし、白くてブヨブヨしている不思議な物体やら、やけにテカテカと光り輝く目玉が飛び出した鮎のようなグロテスクな魚に、吉良の喉はどんどんと狭まっていくのだった。
何にも考えずに成り行きで作ってたのもあるし、お仕事で疲れてやる気が起きなかったんですよねぇ……
まぁ、疾走はしないんで安心して^^
許してください!何でもしますから()