吉良と同僚の奇妙な冒険 インフィニット・ジャーニー 作:わたっふ
陽光が照らす爽やかな道を、荷車に揺られながら同僚は行く。
程なくして見えてくる木で出来た橋を渡ると、ゲームで嫌というほど見てきた光景が広がる大きな街へと辿り着いた。
異世界定番の中世ヨーロッパ風の街並みに、同僚は目をキラキラと輝かせて身を乗り出す。
「ここに来るのは初めてのようじゃな。この街の名は『バルティアン』と言ってな、冒険家たちの旅立ちの街として有名なんじゃよ」
辺りを物珍しそうに見渡す同僚を見て、ラヴァン爺がそう得意げに話し出す。
【冒険家】という単語が出てきたことに少し驚いたが、辺りを見渡せばそれも納得がいく。
何せ街を行き交う人々は皆、鎧やら黒一色のローブやらと異様な出で立ちであったからだ。
獣人族と思わしき者は見受けられないが、時折耳が尖ったエルフ族と思われる者はちらほらと視界に映り込んでくる。
「ここでしか手に入らないアイテムも沢山あってのぉ〜遥々何千キロと遠くから来る者も多いと聞く」
「ひぇ〜!それは凄いなぁ……」
何はともあれ、異世界を冒険するスタート地点としてはうってつけの場所のようだ。
これから色んな仲間を増やして、最後にはハーレムでも築くのも悪くない。
「へっ……ぐへへ……」
「ど、どうしたんじゃ……」
心配そうに顔を覗き込むラヴァン爺。
同僚はそんな彼に顔色1つ変えずに不気味に笑ってみせるのだった───
「よし、着いたぞ。あいたた……荷車は腰にくるの〜」
巨大なトカゲの口にはめた轡に繋いである手綱を強く握り、3回手前に引いて止まらせる。
腰を抑えながらゆっくりと地面へと降りるラヴァン爺に続き、同僚も荷台から飛び降りた。
目を瞑って大きく息を吸い込み、異世界の空気というものを堪能する同僚。
その横を通って一軒の建物に入っていくラヴァン爺は、両手で荷台に乗せてあった薬草を大事そうに持ち運んでいる。
「ここがラヴァンさんの言っていた薬屋か。随分と古そうだな……それにしてもなんだこの文字は?」
同僚の背後に建つ古ぼけた建物は、壁や天井などあらゆる所に蜘蛛の巣があり、思わず入るのを躊躇ってしまう程だ。
視線を逸らしてそばに立てかけてある看板を見る同僚。
しかしそこにはカタカナを上下左右反転させたような奇妙な文字が並べられていた。
ラヴァン爺から受け取った共言の飴の効果で言語は理解することが出来たが、どうやら文字だけは勉強するしかないようだ。
「はい、どうぞ。これで全部ですよ」
わざわざ乗せてもらって何も恩返しをしないというのは、人間の道徳に反することだろう。
ならばと思い、同僚は少しでもラヴァン爺の手伝いをしようと、【マインドクローン】にも薬草を持たせて店内へと運び入れさせた。
「おぉ、すまないな同僚くん」
「いえいえ。これくらい俺にも出来ますからね〜!」
カウンターで何やら忙しそうに物を漁っているラヴァン爺に向けて言い、テーブルに置かれてある薬草の上に優しく重ねた。
「………なぁ、お前の姿と俺のこのオーラを見ても、ラヴァンさんは何も言わないよな?」
小声で《相棒》に語りかける同僚は、それまで不思議に思っていたことを口にする。
最初にラヴァン爺と出会った時、遠目であったとしてもハッキリと分かったはずだ。
しかしそれにも関わらず、そのことについて何も触れてこないというのはやっぱりおかしい。
他の人には見えないという仮説を立ててみるものの、未だ確信に迫るものがない。
「ら、ラヴァンさん!」
「ん?なんじゃ?」
それならば試してみるしかない。
引っ込んでしまった【マインドクローン】を今度はラヴァン爺さんの目の前でいきなり出現させてみる。
だが驚く様子は見せず、只々首を傾げて此方を見上げているだけだった。
「あ、あれ……?あのラヴァンさん、この腕とか周りにあるオーラって見えません?」
「どうしたんじゃ同僚くん? いきなり変な事を言い出して……すまんがちょいと席を外すよ」
そう言い残すと、ラヴァン爺は棚の奥から取り出した花瓶をカウンターに並べて、急ぎ足で2階へと上がっていってしまった。
心の中で作業中に悪いことをしたなと思いながら椅子に腰掛けた同僚は、先程立てた【非実体説】が正しいという事を再確認してクスリと笑う。
《相棒》やこのオーラは他人からは見えないという事実を目の当たりにし、様々な活用方法を教え始める。
しかし窃盗や腕相撲での反則行為など、思いつくのはどれも人の為になるようなものとは到底言えないことばかり。
「どうしたものか……」
頭を悩ませて立ち上がった同僚は、方向感覚を失ったかのように部屋の中をぐるぐると徘徊し始めた。
やがてその思考は壊れたラジコンのように前にも後ろにも進められなくなり、腕を組んで「ふーむ」と太い息をしたのち、これ以上考えても無駄だと判断して再び椅子に座り直す。
「同僚くん!そこらへんにある花瓶をカウンターに並べておいてくれんかの〜!」
2階から聞こえてくるラヴァン爺の声。
ふいに辺りを見渡すと、部屋の片隅や机の下、さらには待合室のソファーの上など、至る所に放り投げ出されたままの花瓶が転がっていた。
「あ、分かりました〜」
座ったばかりで立ちたくない気持ちを抱きつつも、同僚は重い体をなんとか動かして花瓶集めに駆り出す。
そして確認できる分の花瓶を回収し終えると、花瓶同士の幅が均等になるように並べていく。
「おお、すまんな。また働かせてしもうたわい」
「いえいえ、こんなもん朝飯前ですよ!」
ドタバタと騒がしい音を立てながら階段を下りてきたラヴァン爺は、カウンターに並べられた花瓶の中へ薬草を一本ずつ丁寧に入れていく。
「あの……それは一体何をしてるんです?」
「この薬草は水に浸けることで、その効力を高めることが出来るんじゃ。だからこうして花瓶に入れて患者さんが来た時に、いち早く対応出来るように備えておこうと思っての」
全ての花瓶に薬草を入れたラヴァン爺が、何かをふと思い出して手をパチンと叩く。
「おっと、そう言えば水道が壊れておったな……同僚くん、すまないが井戸から水を汲んできておくれ。場所は玄関を出てずっと左手に進むと共用のものがあるはずじゃ。これの半分ほど頼むぞい」
「そうなんですか……ならばこの同僚にお任せあれ!(水道はあるんだな。となるとある程度は自給自足の生活は送らなくて済むな)」
空っぽの状態の木製水汲みバケツを渡された同僚は、愛想よく返事をして早歩きで店を後にした。
勢いよく扉を開けて通りに出た同僚は、ラヴァン爺に言われた通り左へと体を向かせてひたすら歩き続ける。
周囲の人々の視線が痛いほど伝わってくる。
やはりこの世界ではスーツというものが大変珍しい衣服のようだ。
「ふん……」
ちょっとした優越感に浸った同僚は、堂々と道の真ん中へと出て態とらしくクールさを醸し出す。
そして歩くこと10数分ぐらいで、底の深い大きな井戸を見つけた。
覗き込んでみるも、太陽の光が届かないくらい深いようだ。
ポツンと置かれた紐をバケツに括り付けて井戸の中へと放り込むと、数秒後にバシャンと大きな音が鳴り響く。
そしてバケツが重くなってきたのを感じた同僚は、力一杯紐を引っ張り上げた。
なんとか汲みあげることに成功した同僚は、その鮮明な水を両手で掬って口へと運ぶ。
「な……なんだこれ……美味すぎるッ!!」
転移してから何も口に入れてなかった為か、この一杯がとても美味しく感じられた。
例えるならば、キリマンジャロ産のミネラルウォーターとでも言おうか?
「はっ!おっとまずい、花瓶に水を入れなくちゃあな」
あまりの美味しさについ我を忘れてガブ飲みしてしまっていた同僚。
腹が膨れてきたことで我に返って良かったが、このまま行けばもう一度汲み上げなくてはならない所だった。
見るとバケツの中には半量ほどの水しか残っておらず、これ以上減量してしまうと規定の量を下回ってしまう。
「危ねぇ……けどもう一杯……ぁぁ…やめとけ!やめとけ!ダメだダメだ……」
誘惑に負けてしまいそうな心に強く言い聞かせ、同僚は店で待つラヴァン爺の元へ急いだ。
中の水を零さないよう注意しながら足早に店の前まで帰ってきた同僚は、何やら騒がしい人々の声に顔を上げた。
すると前方に大きな人だかりが出来ており、その中心で何か叫んでいる人影が見えた。
側にいた青年に声をかけて事情を説明してもらうと、何やら大声でよく分からない言葉を発する変質者が現れたとのことだった。
教えてくれた青年に礼を言い、停めてある荷車の荷台にバケツを置いた同僚は、興味本位で人だかりに向かっていく。
するとその中にラヴァン爺の姿があり、同僚を見つけるや否や手招きをする。
「凄い人だかりですね。ラヴァンさん」
「ああ……ほれ、見てごらん……かわいそうに……精神を病んどるようじゃ…」
ラヴァン爺が指差す方を見てみると、頭を抑えて慌てふためくスーツ姿の男を見つける。
金髪金目のエリートっぽい気品ただよう顔と物腰をしており、首にはドクロ柄の特徴的なネクタイが巻かれていた。
『なんなんだお前らはッ!?』
「なっ!?」
そんな男の姿を見て目を丸くした同僚は、口を開けたまま立ち尽くす。
なぜなら、その男が今同僚が1番会いたがっていた人物と類似していたからであった。
頭から足の先、そしてその声すらも───追い求めている者にそっくりだ。
「な、なんであいつがここにッ!?」
『くそっ……!』
「あ、おい!待てよ!」
しばらくするとその男は、周囲の視線から逃げるように細い路地へと走り去ってしまった。
「どうしたんじゃ同僚くん。もしかして知り合いかい?」
「え、あ、まぁそんな感じです!ラヴァンさん、少し出かけて来ますが良いですよね!?」
こちらを見上げるラヴァン爺の肩を掴み、少々興奮気味で尋ねる同僚。
そんな活き活きとした表情を見て、ラヴァン爺は戸惑いながらもokサインを出す。
それを見て「すみません」と一言添えた同僚は、男を追って一目散に走り出す。
行き交う人々の間をすり抜けて路地へと駆け込む。
入り組んだ路地を右へ左へと当てもなく走り回るなか、視界の隅で壁に背中をつけて座り込んでいる男を捉えた。
「吉良ッ!!」
そう呼ばれた男は、びくりと肩を跳ね上げて声のした方へ顔を振り向かせる。
そして驚いたように目を見開き、頰についた血を手で拭いながら────
「同……僚……?」
力の無い、掠れた言葉を返してきたのだった。
次回は吉良吉影の異世界転移までの物語を書きますぞ〜!
けど一瞬で終わるんだけどね(ネタバレ)