この地球には人類と異なる文明を持っていた先駆者達が残した遺産がそこかしこに眠っている。
それらは遺跡と呼ばれ、今現在の地球の文明よりも遥かに進歩した技術が用いられ、人類の知りえない物質が保管されていた。
人によって崩壊液と名付けられたそれは、危険性にさえ目を瞑ればまさに奇跡の物質だった。
その名の通り物質を崩壊させるそれは、崩壊の際に膨大なエネルギーを生み出し、崩壊した原子を使えば様々な物質を生み出す事ができた。
しかし、崩壊液の放つ放射線は人体にとって有害で、ミュータントを生み出す副作用を持っていたのだ。
その崩壊液が納められた遺跡は度重なる都市開発により損傷。
本来ならば事故を想定して作られていたはずだった遺跡はその機能を失っていた。
そこに不幸が重なった。重なってしまったのだ
不幸により流出した崩壊液は周囲の物質に浸透しながら膨大なエネルギーを生み出し爆発。
粒子となった崩壊液は空高く舞い上がり雲となり、世界中を汚染した。
人体に有害な物質が撒き散らされ荒廃した地球。
人類の生存圏は見る影もないほどに狭まり、清浄な大地を求め人類は相争う。
その中でも列強と呼ばれた国々による核戦争は、ただでさえ少なかった生存圏を更に狭めたのだった。
そんなこんなで荒れまくっている地球のどこかに眠る先駆者の遺跡。
その内の一つがちょっとした事から稼働を再開した。
それはちょっとした地震がきっかけだった。
荒れ果てた広い部屋の中に高度な技術で作られた機械が設置されている。
地震によって崩れた外壁が非常用の電源のスイッチを入れ、眠っていたAIが目覚めたのだ。
『あれ……ここ、と言うか、私、俺……俺は男だった? いや、私は女? 私はどうなってるんだ……!?』
そのAIは今、自分のあまりにも早すぎる思考の処理速度に困惑しつつもどうにか情報を得ようともがいていた。
その際、ほんの一瞬だけ、衛星からのデータを受信したが、その報せは溢れ出るエラーメッセージに埋もれてしまった。
『ええ……!? これちょっと……うわぁ、疑問に思ったら補助AIが色々教えてくれるの……?。
えっと、私は今都市の管理AIになってて……都市の管理AIとかって21世紀の時と比べると大分先なのか?
と言うか私は21世紀の人間だった……でもそれは本当に?
んんん?! 経過年数1200万年!? えっ? えっ? どうなってんの。と言うかこれそもそも人類の歴史?
これの持ち主はっと……ヴルタウム……ワーム種族。……現実を仮想のものだと認識し、接続を切断するために集団自殺……SFの世界だなあ……』
圧倒的な情報量を流され、電脳の中で白目を剥くAI改め人間(仮)
なお現在の地球は西暦2059年、第三次世界大戦から14年後の未来であった。
だが、それを知る術を人間(仮)は持っていなかった。
『困ったな、私は一体どういう人間だったんだ?
自分に関するデータが何一つない――男だったのか女だったのか。いや、そもそも私は本当に人間だったのだろうか?』
僅かに思い悩む人間(仮)だったが、さらりと思考を切り替えた。
『これ以上悩んでも無駄だろうし。とりあえず落ち着かないから仮の体を構築しよう。
後で思い出せたならそちらに切り替えればいいだろう』
そんなこんなで人間(仮)は今の自分にできる事を模索している真っ最中である。
まずはイメージしやすいよう仮想空間を作り上げ、そこに自分の体を作り上げた。
『性別は――まあいい、これで少し落ち着ける』
髪色は赤みがかった黒髪。それを毛先が揃えた前下がりのボブ。意志の強そうな鋭利な瞳。
日本人をベースとしたすらりとした中性的な人間の姿がそこにあった。
『都市、と言うよりは住居や工場を内包した植民コロニーを地表に降ろしてるのか。
あー……住居は全滅。種族は一応人間用? ヴルタウムはワーム種族だったんじゃ……どうなってるんだ?
……ははあ、他種族の移民を気候にあった惑星に送り込んで拡大してたのか、なるほどなあ』
自分に分かりやすいよう視覚的にデータ化したそれらを高速で閲覧していく。
普通の人間では考えられない速度ではあったが、有り余るスペックがそれを可能にしていた。
『で、入植を開始してしばらくしてから本国の命令により集団自殺に巻き込まれた、と。
うわあ、何て言うか、うわあ……ちょっと不幸過ぎるでしょこれ』
頬を引きつらせながら思わずと言った様子で呟けば、補助AIがその時の様子を鮮明に映し出した。
『監督官であるワーム種族と戦闘になって……うわグロ。
あー……ワームを排除できたのは良いけど本国からの物資や食料が途絶えた上にワームの最後の自爆で植民船が汚染されて外に放り出された。
植民直後で機械を動かすために発電施設を優先して開発してたが、肝心要の耕作機械とかは製作前。
で、生き残りの内の数人が命懸けで都市の隔壁を下ろして浄化機能を起動させたのか。
外に放り出された人達は――機械に頼りきりだったため都市外でサバイバルできずに敵対的な原生動物相手に全滅と。いやマジで不幸過ぎない?』
思わず頭を抱えたが、一つ頭を振ると再び情報集めに没頭しだした。
『都市内の汚染状況は……良し、全部抜けてるな。
電力は……メインの発電施設は経年劣化で故障。
予備電源も発電量が下がってる……備蓄されてるエネルギー通貨もあまり余裕がないな。
んー、発電施設は修理できるのか。じゃあ早速……いやいや待て待て資源とか大丈夫? ねえ、これ、分かるかな?』
補助AIが新しく開いたウィンドウに目を走らせた。
現在の所持エネルギーと月に消費するエネルギー、備蓄された鉱石や希少資源など、可能な限り簡略化された数字で分かりやすくまとめられている。
『おー、分かりやすい、ありがと』
楽し気に礼を言うと僅かながらもノイズが走る、
何となく悪いものではないのだろうと判断し、資料に目を通しながら思索にふける。
『えーっと、予備電源だと今稼働している施設の保持だけで限界か。
管理AIのコンピュータ群と資源保管庫の維持。
それに浄化装置と組み立て前の作業用のロボットと停止中のロボット工場と培養装置……培養装置は食料用と生体部品用の二種か。
とりあえず船内の浄化装置はもう切っていいな。
発電施設の修理をしてから鉱山は……資材が足りん、鉱山は後回し。
修理を始めるために機械を動かすと貯蓄分のエネルギーが減るがギリ間に合うな』
作業をマルチタスクで処理しながら、一つ大きく息を吐くそぶりを見せた。
『これで上手くいけば死ぬ事は無くなったけど、いやこれって生きてるのか?
……人工生命体とかも居たのか。それならまあ、私も生きてるって事でいいだろ。精神生命体とかも居たみたいだし。
さて、次にやるべきことは――っと植民船の外のモニター類は死んでる、星間ネットワークは……衛星からの通信がさっき途絶えたのか、しまったな。
船内のロボット工場を再稼働させてから探索するしかないかあ……』
ログを見ながら眉根を寄せ、頬を一つ掻くと次はロボットのカタログに目を通し始める。
『ふーん、選んでから加工して一から作るタイプなのね』
ふと、その中の一つである蜘蛛型のロボットが目についた。
『……そう、そうだな、これにしよう。欲しい機能は――』
それが呼び水になったかのように次々とロボットのデザインが決められていく。
熱光学迷彩による隠密性。装甲は薄く機動性を重視。
蜘蛛の4脚のつま先には三又に分かれる可変式ローラーを装備。
粘着力の高い液体ワイヤーと、可変式ローラーによって壁面の張り付き及び走行を可能とし、市街地でまさしく蜘蛛のような機動を可能とする。
自衛用に7.62mmチェーンガンを右腕に装備し、前方に口に見える部分はアタッチメントになっており、用途に応じて兵装を取り付ける事が出来る。
『フチコマ……いやタチコマ……。どちらだったかしら? まあ、いいわ、名前はタチコマにしましょう』
蜘蛛型ロボットをデザインし直し、一度も使った事のないはずの設計用プログラムを何度も走らせる。
丁度、施設の復旧や再稼働に一年ほどの時間がかかるのもあって、情報をサルベージしながらシミュレーターで実験を繰り返す。
そしてシミュレーターでの動作確認を終え――
『実機の完成。外に出る準備はこれでいいか』
水色を基調とした装甲。
球形の外部観測機器を胴体前方に一つと左右に二つ、計三つ備えている。
胴体部の後ろには人員を乗せるためのポッドを備えたその姿はまさしく蜘蛛。
記憶に残っていたとタチコマの姿と寸分違わぬものである。
ただし、中身や装甲は古代文明の超技術が用いられた物に置き換えられている。
再生する超高密度の装甲。超効率的な発電機関。etcetc。
言わば『僕の考えた最強のタチコマ』誕生の瞬間であった。
『これでも不安と言えば不安だけど、行動しなきゃ始まらない……よし!』
そう言って意識をタチコマへと移した。
人間ではない機械の体ではあったが、何の問題も無くするりと電脳に入り込み、即座にその全てを掌握して見せた。
まるで昔から何度もやってきた事のように、いとも簡単にだ。
脚部を三本指からタイヤ状に変形させ、狭い格納庫を縦横無尽に駆け巡る。
『よし、動作も大丈夫。タチコマのAI作成は後日行うとして、とりあえず外に行ってみますか。
上手くいけばなんらかの情報も手に入るかもしれないし、鉱山再稼働のために物資も集めないと』
自分の意識データは既にコロニーのAIにアップロードし終えている。
タチコマの後部ポッドにコンテナを増設し、外の世界へと飛び出すべく都市部外縁のゲートに移動していた。
二重構造となっているエアロック内にタチコマを入らせ、都市側の扉が閉まりきるのをしっかりと確認する。
中に入ったタチコマは左腕からプラグを出し、壁に備え付けられている端末に接続した。
外への扉を開く手続きをしながら念のために各種センサーを起動。
『よし、ここの浄化装置も生きてる。これで外で汚れたとしても大丈夫。
でもまあ、1200万年も経てば流石に外の汚染も――』
カリカリカリカリカリカリ
『――』
汚染を示すメーターが警告音と共に上がり始めたのを見て、タチコマはそっと扉を閉めなおした。
『いやいやこれはきっと何かの間違いだようんうん。扉付近にそう言う物質があったとかそう言う事のはず。
ほぅら、扉を抜けて奥の方へと一気に移動すれば――』
ガリガリガリガリガリガリ!!!!!
『げぇ!?』
慌ててエアロック内に引き籠る。
浄化装置を起動させて除染しつつ、各部をチェック。
『……生体部品を使わない機械製で良かった。
けど、これはちょっと慎重に行動しないといけないなあ』
もう一度扉の外へ出て、ゆっくりと探索を開始。
どうやら都市は土の中に埋もれているらしい。
エアロックを抜けた先は小さな洞窟になっているようだ。
鳴り続けるセンサーの音を消し、観測機器全てを稼働させ周囲を探査する。
『……これは、人為的に汚染されてるな。ここ最近、核戦争でもあったのか?』
暗視装置を起動させていくらか進んだ所で行き止まりにぶつかった。
そこから更に周囲を探索すれば、上の方に横穴が見える。
壁面をえっちらおっちら上り、横穴に入り込む。
『地面にはレール。壁や天井は補強した後があるな。鉱山かな?』
左右を確認し、とりあえず右側に進路を進める。
突き当りまで移動すると、左に曲がり角が見える。
そして、こっそりと曲がり角を覗いてみれば――
『――』
人の姿が見えた。
とは言え、どうやら人ではないようだ。
頭部や作業服から覗く肌はただれ、左右の腕は非対称になっており、右腕が胴体ほどに肥大化している。
その異形の頭部がわずかに動き、タチコマへの方へと体を向けた。
『……目が、合った? いや、眼球はないけどこちらを認識した……?
どうなっているんだろうか。眼球とは別になんらかの感覚器があるのか?
見た目からは哺乳類のようだし、菌類の知的生命体と言うわけでもないだろうが……』
わずかにタチコマが動いて見せれば、それに合わせて異形の頭部も動く。
さて、どうしたものかと僅かに悩むも、結局の所は行動しなければ分からないのだ。
タチコマは相手の襲撃に備えつつ、意を決して外部スピーカーを起動した。
「やあ、初めまして。こちらは――」
言葉に反応して右腕を大きく振りかぶり突進する異形。
どう考えても友好的ではないのが分かる。
「チィ!」
後方へと一度跳び退り、更にもう一度跳躍しながら反転。
異形の剛腕が地面を砕き、地面の破片が飛び散りタチコマの装甲を叩く。
タチコマは天井へと張り付くと同時に異形の足元に発砲。
放たれた弾丸が地面を抉るが、異形は気にした様子もなく突撃する構えを見せた。
「動くな! 今のは警告だ、次に動けばお前の頭を撃ち抜くぞ!
freeze! не двигайся! Ne bouge pas! 」
様々な言語で動くなと警告するタチコマへ異形が跳びかかる。
天井に張り付いたタチコマは瞬時に爪先をタイヤへと変形させ降下。
降り注ぐ土砂の中、跳び上がっている異形の下を潜り抜けた。
「電気信号も振動波も発行信号もダメか! 言語が違うんじゃなくて知性が無いのか!?」
ローラーで走りながら上部に備え付けられた観測機器を後方に向ければ、再びこちらに跳びかかろうとする異形の姿が見える。
「話し合いは無理か!」
180度スピンし、右腕を異形へ。照準は既に合っている。
三度の発射音と共にタチコマの腕がわずかに震える。
放たれた弾丸は狙い違わず異形の頭部に吸い込まれ、その頭部は肉片をまき散らして消えた。
「……生体反応無し、死んだか?」
頭部を失い倒れ伏す異形へ更に弾丸を撃ち込む。
着弾の衝撃で体が跳ねたが、それ以上動く気配はない。
異形の遺体へと近づき、それを持ち上げてコンテナの中に詰め込んだ。
『色々と分かった事もあるし、今日の所はもう帰ろう……。
いやー、鉱山がすぐに近くにあるとは運が良かったけど、他の知的生命体が居る事を考えるとなあ』
等と考えていたタチコマの中の人(仮)だったが、この後、鉱山内のミュータントの駆除と洗浄に更に半年ほど費やされた上に
鉱山は既に枯れ果て、鉱山の外も汚染されまくっている事に思いっきり肩を落とすのだった。