何時頃からか、人形達の間では一つの噂が流れ始めた。
どこかに人形達が暮らす小さな集落があり、誰もが笑顔で安心して暮らせる居場所があるらしい。
そこに辿り着くには、幸運の蒼い蜘蛛を見つけ、助けて欲しいと伝える事が出来れば連れて行ってもらえる。
グリーンゾーンの外にいる人形達はそれを信じた。
縋ったと言っても良い。
彼女達に未来はなく、後は朽ち果てるだけだったのだから。
雨が入り込まない比較的安全な場所も確かにあった。
だが、後から来た貧民、或いは犯罪者によって彼女達は追い出された。
そうして、ドロドロに汚れ切った彼女達が街外れを彷徨い歩いていると、ふと、影が差す。
薄暗い曇り空の下、蒼い蜘蛛がこちらを覗いている。
蜘蛛が糸を伸ばし、地面へと降りてくる。
そして、気が付くと誰も彼もが居なくなるのだ。
蒼い蜘蛛も彷徨い歩いていた人形も、跡形もなく消えてなくなるのだ。
「そう言う噂が流れてるらしいですよ」
そう言ったのは、メイド服を着こんだ人形だった。
彼女は金色の髪をホワイトブリムで飾り、うなじから三つ編みにして垂らしている。
睨みつけるかのような目つきだが、声は涼し気で落ち着いている。
彼女の名前はGr G36。
今、彼女の目の前には男が座っており、机の上に頬杖を突き、ペンをくるりと回しているのが見える。
「なんじゃそりゃ。むしろ今の書類地獄の俺を助けて欲しいんだが」
いや本当に切実に、と言うと男は書類に突っ伏した。
「私も頑張ってお手伝いしますので、頑張ってください。ね、ご主人様」
「おう……」
げんなりとした顔を隠しもせずに頷く男に、G36はくすりと微笑んで見せた。
最初こそ言葉遣いによって粗暴な印象を持ったが、話してみると性根は悪くない。むしろ善性を感じさせられる。
言葉遣いに関しては、おそらく、周囲の環境がそうだったのだろう。
あまり学も無く仕事の効率は悪いが、人形との相性は悪くない。
彼は人形達と積極的にコミュニケーションを取り、不満の解消に乗り出した。
そのおかげで人形間での評判も上々だ。
「とは言え、楽園なあ……」
「興味がありますか?」
「有るか無いかで言えば大いに有る。俺も混ぜて欲しい」
「あらあら……グリフィンの指揮官のお仕事はそんなに不満でしたか。
……ご主人様は私達を見捨てるのですね」
私、悲しいです。
と目元を抑えるG36に、指揮官は慌てて弁解を始める。
「いや、そう言うつもりじゃなくてダナ……!」
「冗談です」
「お前ね……」
あっさりとウソ泣きを止め舌を出すG36に、指揮官はもう一度テーブルに突っ伏した。
「ったく、お前さんもイイ性格になったね、ホント。途中まではあんなになれない感じだったのによぉ」
「あら、思うがままに振る舞うのを許してくれたのはご主人様でしょう?」
「まあなあ、下手に不満を溜め込まれてパフォーマンスを下げられても困るしな」
戦術人形は基本的に人間に従順になるように設定されてはいるが、何も思わないと言うわけではない。
彼女達は彼女達なりに自分の考えを持っているし、手酷く扱われれば当然不満も溜まる
そう言った事を嫌った指揮官は、就任当初から人形に対して好きに発言する事を許し、聞き込みをし続けた。
そのおかげか、人形達から一定の信頼を得られたし、指揮官に推薦してくれた科学者からエリート人形を回されていた。
「ああ……これ仕上げねえと他の奴が困るしな、ちょっと飲み物飲んだら再開するわ」
そう言って席を立とうとする指揮官の後ろに、G36がぴったりとつく。
「あん……? 俺の気分転換も兼ねてるから、お前はここで休んでていいぞ」
「私はご主人様と一緒に居ますわ。メイドですもの」
「そーかい……好きにしな」
ガシガシと指揮官は頭を掻くと、執務室に備え付けてあるコーヒーメーカーに手を伸ばした。
「嗜好品が飲めるのは良いなあ……ほれ、お前さんも飲め飲め」
「本来ならば私がお世話をしたいのですが?」
「諦めろ、俺の気分転換だ。従者ならその意を酌んでくれや」
「ですので、こうして後ろに控えているのですよ」
軽口を叩き合いながらコーヒーを注ぎ、二人はちびちびと飲み始める。
「経費をケチって購入したインスタントだが、これはこれで悪くないな」
「あまり切り詰めすぎるのもどうかと思いますが」
「俺としてはあまり気にしちゃいねえんだがなあ……食えるし飲める煙草も吸える、これだけで割かし満足だしよ。
そういやコーヒー飲んでて思いだしたが、噂話と言えば、俺も聞いたことがあるな」
「どう言う噂ですか?」
「いやな、ウチの社長が天然物のコーヒーを好んで飲んでいるらしいんだが、一部の人形がその倉庫からこっそり拝借しているとか」
「あら、まあ」
目を丸くしたG36に、指揮官はニッと口角を上げて見せる。
「人間の目が届かない所なら割かし好きにしてるのは知ってるが、中々チャレンジャーだよなあ」
「……ノーコメントでお願いします」
「ははっ、まあ、言いにくいわな」
そうして二人が執務室で寛いでいると、指揮官宛に連絡が入った。
彼は机の上に備え付けられている端末を起動させる。
「――そうか、後方任務は無事に終わったんだな。第二部隊の奴等と交代してくれ。
その後は埃を落としてゆっくり休んでいいぞ――シミュレーターか?
ああ、充電は終わっているが、その前にちゃんと飯を食え、な?
――おう、いいぞ。それじゃあな」
そう言って指揮官は通信を切ると、G36に肩をすくめて見せた。
「M4からだったわ――エリート人形は勤勉だねえ、俺には真似できんぜ」
「ご主人様も中々勤勉かと」
「そうかい? そりゃあ嬉しいねえ」
「なので、飲み終わったらお仕事頑張りましょうね、ご主人様」
G36は細く鋭い目を更に細くすると、肩を落とす指揮官に穏やかに告げるのだった。
シミュレータの前で、訓練を終えた四人の人形がたむろしていた。
「……シミュレーターが使い放題なのはいいけれど、実戦から離れ過ぎだと思うわ」
そう言ってシミュレーターの前で難しい顔をしてる彼女の名前はST AR-15。
緩くウェーブのかかった薄いピンクの髪を、右側をサイドアップにしている。
「なんだかよく分からない勢力と鉄血がぶつかり合ってるんだって。
わたしだって鉄血のクズどもをやっつけたいのになあ……」
そう言ってぼやいたのはM4 SOPMOD II。
彼女はST AR-15よりも濃いピンクの髪、右側に赤いメッシュを入れ、後頭部で髪を纏めている。
「でも、じっくり訓練できるのは良い事だわ。ね、M16姉さん」
二人をたしなめたのはM4A1。
茶色のストレートの髪に大人しそうな容貌をした人形だが、この小隊の隊長でもある。
「そうだな。まあ、いずれ奴らと戦う事になるだろう。それまでに万全の態勢を整える事は重要さ」
明るく陽気に同意したのはM16A1。男前である。
切りそろえられた前髪に橙色のメッシュを入れ、長い黒髪を三つ編みにしている。
右目にした眼帯が特徴的だ。
彼女達は四人でAR小隊と言う括りにされており、それぞれが特別製のコアを持つエリート人形だ。
「はあ……あまり文句ばかり言っても仕方ないものね。今日はもう宿舎で休みましょう」
「色々家具とか揃えてくれるのはありがたいよね、指揮官達の手作りだけど」
「そう言ってやるな。急に押し付けられた私達に対して急ごしらえでも手を回してくれたんだ」
「そうよ。弾薬箱の上に段ボールを敷いて寝るよりマシなのに」
「分かってるって。言ってみただけだよ」
SOPⅡはバツが悪そうな顔をするとそっぽを向いてしまった。
M16は彼女の頭を軽くたたくと、一人別方向へと歩いていく。
「M16姉さん、どうしたんですか?」
「いやなに、ちょっと指揮官に会ってくるよ。迷惑かけ通しだからな……ペルシカが」
そう言ってM16は頭を掻くと、ため息を吐いた。
ペルシカは指揮官を拾い上げた人物である。本名はペルシカリアと言う。
彼女はI.O.P社の技術開発部門、16Labの主席研究員であり。彼女達のAR小隊の生みの親のようなものだ。
AR小隊の彼女達は特殊な人形であり、使い潰すような指揮官に預けられるわけもなく、かと言って戦線から離れ過ぎない場所という事で今回この場所が選ばれたが、あまりにも急過ぎた。
そのため、指揮官はただでさえ慣れない業務に加え、大量の資料や書類と格闘している最中である。
「あ、それじゃあ私も……」
「わたしもいくー!」
おずおずとM4が、元気いっぱいにSOPⅡが、対照的な態度にM16が思わず苦笑を漏らす。
「いや、大人数でおしかけても迷惑だろうからな。私一人で行くよ」
「ええー!」
「SOPⅡ、迷惑になるなら仕方ないわ」
「……それじゃあ、私はもう休むから」
そのやり取りを尻目に、AR15が一人足早に去っていくと、それに気づいたSOPⅡがその背を追って走っていった。
「まってよー! 一緒に行こうよー!」
「ああもう、騒ぎすぎないでよ……」
M4はM16と視線を合わせると自分の胸の前で小さく手を振った。
「それじゃあ、指揮官によろしくお願いします」
「ああ、しっかり手伝ってくるさ」
そう言うと、今度こそM16はその場を去っていった。
「……ちょっと、残念だったかな」
一人残されたM4は、そうぽつりと呟くのだった。
「目がショボショボするな……」
「ご主人様、そろそろお休みになられてはいかがでしょうか?」
眠たげに目をこする指揮官に、G36はそう提案する。
朝から晩まで書類と睨めっこしていたのだ、いい加減彼の目も限界に来ていた。
「とは言ってもな……」
指揮官はそう言って山積みされている書類に仕様書に視線を向ける。
「ペルシカリアさんからのメールは真っ先に処理しているから問題はねえんだがよ……ううむ」
G36がそっと指揮官の後ろに回り、彼の目をマッサージし始める。
「あ、いや、悪ぃな。助かる」
「ご主人様は人形とは違うのですから、あまり無理をなさってはいけませんよ」
「そうだな……」
二人が幾らかの時をそうしていると、ドアがノックされた。
指揮官はそのまま入室を許可すると、ドアを開けてM16が現れた。
二人の様子を見たM16は、にんまりとした笑みを見せる
「なんだ、お楽しみの最中だったのか?」
「さっきまでは地獄の行進だったがなー……すまん、G36、もういいぞ」
「かしこまりました」
指揮官の背後から、G36はスッと離れた。
M16は自分のまとめたデータを指揮官に提出すると、目を通す指揮官の傍らに立ち幾らかの注釈を指揮官につけ始めた。
「ああ、なるほどな……いやすまん、本当に助かる」
「いや、いいんだ。慣れてない新米指揮官に無茶振りし過ぎなんだよ」
「そうも言ってられんのだろうな。私には分からんが」
「まあ、指揮官はよくやっているよ――ところで」
そこでいったん注釈を止めると、M16は指揮官と視線を合わせる。
「なにかね?」
「そう言う言葉遣い、似合わないな」
真面目腐った様子の指揮官に、M16は思わず口を挟んだ。
「ほっとけ」
「いやいや、外様扱いされてるようであまり気分は良くないぞ。
それとも何か? 最初に私達に言った事は嘘だったのか、ん?」
「AR15がなあ……」
AR15は指揮官の言葉遣いや部下に対する態度にあれこれと注意をするのだ。それに対して指揮官は良く身を縮こまらせている。
その事を思い出し指揮官が天井を見てぼやくが、M16はそれに笑って答える。
「アレは単なる照れ隠しだ」
「そうなのか?」
「ああ、そうとも」
首肯するM16だったが、指揮官はそれに首を振る。
「つっても、育ちが悪いのはある意味弱点だからな。AR15の言う事ももっともだ」
「まあそうだな、指揮官を心配している部分が大半だろう」
「あ゛あ゛ー、そうか、そうだったのか……心配かけてたのか」
指揮官はぐったりと椅子にもたれかかり、大きく息を吐く。
「なにかあれば注意してくれると助かる。俺はあまり育ちが良くないからな」
「そうだな、普段から練習するのも悪くないのだろうが……まあ、M4には気安くしてくれ。
あの子はあの子で、指揮官に懐いているようだからな」
「そうかい……なんともまあ、こんな粗野な男が気に入られたもんで」
悪い気はしねえが、と指揮官。
そうだろう、とM16
「なんせあの子は可愛いからな。私もなかなか厳しくできん」
「分からんでもないが、そこまで厳しくしなきゃならんのか? 俺には優秀なように見えるが」
指揮官の言葉に、M16は難しい顔をする。
「あの子は少々メンタル面がな……ただまあ、こうして時間が出来たのはありがたい。
みんな疲れ気味だったからな」
「お前さんはみんなをよく見ているんだな。本当にみんなのお姉さんって感じがするぜ」
「姉役だからな」
気障ったらしく笑うM16に、指揮官が口角を上げる。
「お前さんは女型なのに男前だねえ……俺が女なら惚れてるぜ」
「ほう、惚れてくれても構わないぞ?」
ほれほれ、と肘を当ててくるM16に指揮官は両手を上げた。
「本当に惚れそうになるからやめてくれ。ただまあ、こっちもM4の事は気にかけてみるわ」
「そうかそうか、指揮官がそう言ってくれるのなら安心だ」
人形に対しても細目な心遣いをする辺りを買われて指揮官に選ばれたのだが、彼はそれを知らなかった。
彼が鉄血の部品を綺麗な状態で持ち帰り、売り捌いていた事を調べ上げられ、その際に人形や子供を保護している事を知られ、クルーガーに気に入られた。
保護していた人形はI.O.P社に一度引き取られ、そこからひっそりと彼の基地へ用務員として配属され、子供達もまた同じように基地で働いている。
そう言った面もあって、彼は早い段階で戦術人形から信頼を得られていた。
「お前さんが居れば大丈夫だと思うがなあ……」
「こういう世の中だ。私だって何時まで一緒に居てやれるか分からないんだ」
「まあ、そうだな。よく分かるよ」
M16の言葉に、指揮官が何度も頷く。
彼もまた早いうちに両親を亡くしており、グリーンゾーンからイエローゾーンへ転落している。
ゴミ漁りをして生を繋ぎ、ボロボロの防護服と銃を手に街を徘徊し、そうして得た戦利品でジャンク屋稼業に手を伸ばし、なんとか食い繋いでいた所に今回の件だ。
「人生ってどうなるもんか分かんねえよなあ……」
そう言って指揮官はしみじみと頷くのだった。