コロニー船の執務室にて、船長はあがってくる報告に目を通していた。
(試作多脚戦車の貸し出し――イエローゾーンまで伸ばす送電網建設の護衛に使うのね、許可。
宇宙戦艦の建設――将来的には欲しいけど、今は合金が足りなくなるわね、不許可。
作物の遺伝子組み換え実験――うーん、あまり余裕はないけど……やる気に水を差したくないわね。使う培養器を限定して許可しましょう。
鉱石採掘施設の拡張――許可、と。ああ……希少資源の生成もしたいけれども、施設から建設するとなると鉱石も電力も足りないわねぇ……)
その中でふと、船長の意識に強く残るものがあった。
(あら……人形の自己改造の効率が上がってるわね。
――ほほう、なぁるほど。自分達で技術研究を始めたのね。
良い事だわ、大会の賞金額を追加しておきましょう)
船長はにんまりと口角を上げると決済を済ませる。
彼女にとって、人形の自主性が育ってきたのは嬉しい事だ。
(やりたい事、挑戦したい事、実に結構。このまま成長してくれると嬉しいわねー)
そうすれば、いずれ自分もお役御免になるだろうと船長は思っていた。
そうして執務を熟していると、執務室のドアがノックされる。
船長が入室を許可すると、ドアからひょっこりとスコーピオンが顔を出した。
「やっほー、船長」
「スコーピオン、どうしたのかしら?」
船長は仮想モニターを脇にどけると、手を振りながら近づいてくるスコーピオンと視線を合わせた。
「いや、結構前に試作戦車が起動していったからどうしたのかなって」
「ああ……外のミュータント退治に使うはずよ」
「じゃあ、データ取りに期待できる?」
「ええ、出来ると思うわ。念のために連絡しておきましょうか?」
「やった、船長お願い!」
喜ぶスコーピオンに船長が微笑みながら端末を操作し、建設班との連絡を繋げると――
『――ひゃっはああああ! この極太なレーザー砲で融解しちまえぇ!』
『ちょっとぉ! テンション上がるのは分かるけど、通信開きっ放しでうるさいのよ!』
『聴覚機能絞ってるけどそれでも工事音が五月蠅いのに! 電脳に直接あんたの笑い声を流し込まれる方の身にもなれー!』
ビィィィ、と言う音が断続的に鳴り響き、狂ったような哄笑と怒声、大量の工事音が執務室を飲み込んだ。
どうやらあちらは阿鼻叫喚の地獄絵図と化しているらしい。船長は思わずのけぞった体勢を戻すと、そっと通信を切った。
「……大分テンション上がってるみたいね」
「……そーだね」
どこか居た堪れない空気が執務室を満たす。
まるで、見てはいけないものを見てしまったかのような、そんな雰囲気だ。
「どうしよう……通信ログ気付かれたらショック受けないかな」
「うん、まあ、あまり上司に見られたくない姿ではあるよね……」
端末の前で悩む二人だったが、すぐに折り返しの連絡が届いた。
思わず目を見合わせたが、とりあえず船長が迷いながらも通信を開く。
『はい、こちら送電網建設班です! 船長、どうかなさいましたか?』
にっこりと、可愛らしい営業スマイルを作る人形に、船長は戸惑いながらも口を開く。
「ああ、その……試作戦車の稼働データを取って欲しいなって……」
『はい分かりました! あのバカ――いえ、パイロットにデータをしっかり取る様に伝えますね!』
「うん。それと、他に困った事とかない? 大丈夫?」
『いえいえ、ちょぉーっと問題がありましたが、現場で何とかできる範囲です!』
「そ、そう……? 何かあったら何でも言ってね。ちゃんと検討するから。それと、さっきのは、その――」
言い淀む船長に、建設班の人形は更に可愛らしく微笑む。
『大丈夫です! とりあえず、舞い上がった奴はしめ――説教しておきますから!』
「ええと……ほどほどにね」
『はい、それでは!』
最後の方に鶏を絞めたかのような叫び声が聞こえた気がするが、船長は何も気にしないことにした。
「問題なさそうね」
「きっとね」
「こほん……さて、他に何かあるかしら?」
微妙な空気を払拭するかのように船長はスコーピオンに視線を向けると、彼女のは少しだけ考えてから口を開いた。
「うーん……そう言えば、404小隊はどうしてるのかな」
「404小隊なら中継機器を置きに行くついでにタチコマ達の様子を見に行ったわよ」
「ああ……ハッキングや襲撃を警戒してダミーも混ぜるって言ってたアレかあ。鉄血と会談する前準備だったよね」
「そうそう。まあ、ダミーは念の為にね。ああ、発案者は――」
船長が指を一本立てて見せると、スコーピオンは苦笑した。
「45でしょう?」
「その通り。あの子はこう言う所に気が回るから頼れるのよね」
「どっちかと言うと、船長がズボラなだけな気がしないでもないけど……」
「あんまり否定できないなあ……」
空笑いをする船長と半目で睨むスコーピオンだったが、端末が連絡を告げると二人してディスプレイに目を向けた。
「あら……?」
連絡者はUMP45だった。
思わず顔を見合わせる二人だったが、船長は先ほどの事を顧み、自分にだけ聞こえるようにして通話を繋げた。
「もしもし、どうかしたかしら――ええ、時間なら大丈夫よ。
うん、うん……ええ……?」
幾らかのやり取りを経た後、船長は机へと突っ伏した。
それを横で見ていたスコーピオンは心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「ちょ……船長?」
「大変よ、スコーピオン」
重々しく言う船長に、スコーピオンはごくりと唾を飲み込んだ。
「なにがあったの」
「鉄血のハイエンドモデルが二人、最後の義理を果たしたらこっちに来るって……」
「おおう……」
その言葉に、思わず目を覆うのだった。
「交信に悪影響とかそう言うのよりも、そのまま処分されそうな気配がしないでもないわね」
「どうする?」
「まあ、保険をかけるしかないわ――もしもし、UMP45……あらそう。なら、お願いね」
そう言って船長は通信を切ると、スコーピオンに苦笑を見せた。
「もう準備してるって。出来る部下を持つと楽でいいわね」
なんだかんだタチコマ達と遊んだエクスキューショナーとハンターは、お土産を持たされた。
その帰り道、のんびりと歩きながらハンターは口を開く。
「ああは言ったが、本当にあっちにつくのか?」
「オレ達だって意思があるんだ。なら、行きたい所を自分で決めたっていいだろうさ」
エクスキューショナーはお土産の入ったバッグを肩にかけ直しながらそれに答えた。
「ははっ、今より悪くなるかもしれないぞ? 勝手に意識を書き換えられたりな」
「そんなものは鉄血だって一緒だろ? もうとっくの昔、生まれた時から底の底に居るんだ。
あちらがダメだったとしても、それは場所が変わるだけの事だろうさ。
――だがまあ、あいつらとバカやるのはそれなりに楽しかった」
エクスキューショナーのその言葉はつまらなさそうな、だが、僅かな期待を込めた声音だった。
彼女は少しだけ、バッグのベルトを握りしめた。
「そうだな。グリフィンの人形がグリフィンに縛られるように、わたし達も鉄血に縛られていた。
ここにきて第三の選択が出てくるとは思わなかったが……生きると言うのは面白いものだな」
「とは言え、追手がかかる可能性もあるが」
「まあ、可能性は高そうだ。エージェントは積極的に動かないかもしれないが、ウロボロスやドリーマーだとな……捕まったら初期化だろう」
「それはまた恐ろしい話だぜ」
ククッとエクスキューショナーは小さく笑う。
「ふん、まあいいさ。大人しく従っていたところで、わたし達は駒のままだ」
「やるなら最後にパアっと一花咲かせるのも悪くない、か」
「おっと、もしかしたら、何も起きずに逃げ切れるかもしれないぞ?」
ハンターのその言葉に、エクスキューショナーは肩をすくめて見せる。彼女はあまり期待はしてはいない。
「まあ、その時になってみれば分かるさ。とりあえず、お土産とコレを渡したらそのまま逃げるか」
ホログラムの投影機を手に、エクスキューショナーはにんまりと笑う。
今からエージェントの反応が楽しみなような、そうでないような不思議な気分だった。
「私物は全部置いていく事になるが、まあ、仕方ないか」
それなりに思い出もあるが、出るなら早い内が良いだろうとの判断だった。
「デストロイヤーもオレ達と一緒に連れて行ってやりたいが……」
「今はまだドリーマーに懐いているからな、難しいだろう」
「スケアクロウも真面目だしな……」
拠点の前まで行く頃には、二人の間に会話は無かった。もう、何をすればいいか言わずともわかる。
「それじゃ、オレはエージェントに報告してくる」
「ああ、また後で」
「おう、また後で」
そうして、エクスキューショナーは基地内を一人進む。
そのままエージェントの私室に向かうと、そのドアを開けた。
「帰っていたのですか、エクスキューショナー」
「ああ、さっきな。アーキテクトとゲーガーの手掛かりを掴んだ、ここに置いておく。
中身は……まあ、見てからのお楽しみだ」
「ほう……」
「それと、これはまあ……エージェントに珍しいお土産だ。後でゆっくり楽しんでくれ」
テーブルの上に投影機とバッグを置くと、エクスキューショナーは傍に控えようとした。
だが、エージェントは軽く手を振ると、彼女に退出を促した。
「ご苦労でした、エクスキューショナー――ああ、それと、今ならウロボロスもドリーマーも居ません」
「エージェント……!?」
驚愕するエクスキューショナーだったが、エージェントは目を瞑ると、静かに言葉を発した。
「わたくしは何も見ていませんし聞いていません。ですが、今度からはもっと周りに気を付ける事です」
「……ああ、そうだな、肝に銘じておこう」
一つ頷くと、エクスキューショナーはすぐに部屋を出た。
一人残されたエージェントは瞳を開けると、バッグの中から小さな缶詰を取り出した。
「なるほど、これは珍しいお土産ですね」
エージェントは缶詰の中身を開け、一口つまむと瑞々しい果物の味が彼女の口の中に広がる。
「甘い……良いもののようです。残りは全てご主人様に持っていきましょう」
そうしてエージェントはホログラムを起動する。
明るく笑うアーキテクトに、すまなさそうな顔をするゲーガーが映る。
映像が進むに連れて、彼女の笑みが深くなる。その顔はとても穏やかで優しいものだった。
「霧の都を再現したと。都市計画としては随分と古い……それにしても、二人とも良い感情の発露ですね」
とても人らしいと、エージェントが呟きふっと笑う。そして、おもむろに席を立ち映像を切った。
彼女は所属不明勢力についておおよその辺りを付けていたが、今回の件で確信に変わった。少々、主を抑えるのに骨が折れたが、これでようやく動く事が出来ると言う結論に達したのだ。
「一度会ってみる必要があるようですね……わたくし達以外の、遺跡から出たモノに」
そう言って、エージェントは静かに部屋から出ていくのだった。