夕暮れ時、普段は静まり返っているはずの廃墟街に銃声が鳴り響く。
鉄血から離脱し、自由を求めたエクスキューショナーとハンターは今、グリフィンの人形と交戦状態に入っていた。
「くそっ……グリフィンの哨戒部隊に見つかるとは、ついてないな」
「やけに対応が速いな。まるでわたし達の動きが分かっているかのようだ」
薄暗い雲が日光を遮り、周囲の視界はかなり悪くなっているが、足音は確実に近づいてきている。
二人はグリフィン人形の視界から逃れるべく路地裏を駆け、壁を蹴り、ビルの三階へと侵入した。
階段を駆け上がり、窓から隣のビルへと飛び移る瞬間、無数の銃弾が二人の体を掠める。
「チィ……取り囲まれたか……」
「いくらなんでも包囲が速過ぎる……いや待て、まさか」
ふと、ハンターが窓から上空を見渡せば、そこには見覚えのあるドローンが飛んでいた。
彼女が発見すると同時に、通信が入る。
『あらぁ……なんだか大変そうねぇ、お二人さん』
くすくすと笑う少女の声が二人の脳裏に響き渡る。
「ドリーマーか……!」
『そうよぉ。ごめんなさいねえ、あたしの自慢のドローンがハッキングされちゃったのよぉ。
でもまあ、ここには居ないはずのあなた達がどうなろうと知った事ではないのだけどぉ』
嘲るような含みを持たせた声が二人をイラつかせるが、今はそれどころではない。
「ハッ、どうだか。どうせわざと見つかる様に低空飛行させてたんじゃないか?」
『まさか、そうやって疑われるなんて、あたしったら悲しいわぁ。
「……なるほどな、お前がそう言うのならこちらも対処のしようがある」
目にも止まらぬ速さで二挺の銃を引き抜くハンター。
ドリーマーの制止を許す間も無く、彼女の銃が火を噴いた。
『あら、ま……』
空中で四散し、地面へと落ちていくドローン。
最後に、ドリーマーの言葉が二人に響く。
『ウロボロスでなくてよかったわねえ。それじゃあね――』
ドローンが地面に落ちるよりも早く、二人は一瞥する事も無く再び階段を駆け上がる。
並走する二人は一度だけ互いの目を合わせた。
「問答無用でシャットダウンされなかったんだ、オレ達を見逃してくれたって事なんだろうな」
「エージェントの意向を酌んだと言う事は分かるのだがな……まったく随分とひねくれた言い方をする奴だな」
グリフィンの部隊もビルへと突入してきているのだろう。二人の耳に無数の足音が響く。
余り悠長にしていられる時間はないだろう。急がなければ、数で圧殺される可能性が増えてしまう。
「とは言え……どうするか」
「ちょっと様子を……」
一度止まり、こっそりとビルの窓から下を覗くエクスキューショナーだったが、下からの弾丸がビルの壁面を削り取っていく。
「んなろぉ!」
それと同時に狙撃銃による弾丸が真正面へと迫る。
エクスキューショナーの目がそれを認識するや否や、彼女の右手が霞んで消える。
甲高い音が廊下に鳴り響き、彼女の背後の壁に弾痕が穿たれる。
「あっぶねぇ……防げてよかったぜ」
弾丸をブレードで弾いて見せたエクスキューショナーは、すぐさま姿勢を低くし物陰へと隠れた。
「スナイパーもいるのか……どれだけ部隊を展開しているのやら」
「今ので大体の位置は割れた。もっと入り組んだ場所に移動するか」
「そうだな」
「よし……」
ビルの淵に足をかけようとしたエクスキューショナーは、唐突に頭を仰け反らせた。
彼女の頭部があった空間へ弾丸が通り過ぎ、彼女はその勢いのまま後方へと跳び退った。
「……先回りされてやがる」
「……これは、参ったな」
突入部隊も階段を昇ってきているらしい、足音が近づいてきているのが嫌でもわかる。
「ん……?」
その時ふと、ハンターの目には天井が揺らいで見えた。
彼女が見上げると同時に、ひそひそと囁き合う幼い少女の声が二人の耳に届いた。
「ねえねえ、まだ気づいてないみたいだよ」
「ふふふ、ここは驚かせるチャンス到来だよ」
「うーん、普通にした方がいいと思うんだけどなあ……時間もあんまりないし」
「おお、なら、早く近づかないと――」
体を揺らしジェスチャーしているのだろう。動作によって僅かに空間が揺らぎ、空気の流れが変わっているのが二人には分かった。
「おい、全部聞こえてるぞ」
そんな様子に思わずエクスキューショナーが突っ込む。
「そんな!?」
「ほらもう、早く降りるよ」
「うう……」
しょんぼりしながら迷彩を切り、地面へ降り立ったのは、それぞれ416と9のエンブレムのタチコマだった。
「お前ら、どうしてここに?」
「ウチの隊長さんが、追手がかかるかもって言って網を張ってたんだ。ちょっと探し出すのに時間かかっちゃったけど」
「今から広域ジャミングを仕掛けるから、すぐに離脱しなさいって」
はいどーぞ、と言ってタチコマ達は後部のハッチを開け、操縦席を開放した。
エクスキューショナーとハンターが乗り込もうとする直前、階段側から衝撃音が響く。
「スモークを抜けると閃光が走った」
「なんだそりゃ」
「45さんと9さんの合わせ技かな」
「……なんとなくえげつない事になったのは分かった、と狭いな」
「確かに……」
ハッチが閉まると、二人にとっては窮屈に感じるほどの広さしか残っていない。
エクスキューショナーは装備も相まって、ハンターよりも狭く感じている。
「お二人が大きすぎるだけでは?」
「……そこはかとなく悪意を感じるな」
「やだなあ、IOP社製やウチの人形より重いとか……やめてぇ! 蹴らないでぇ!!」
「次言ったら中からぶっ壊すぞ!」
顔を赤くしたエクスキューショナーがヒールでガシガシと内部を蹴りつけると、たまらずUMP9のタチコマが悲鳴を上げる。
エクスキューショナーとは対称的に、ハンターは暗い顔をして俯いていた。
「……わたし達は太っているわけじゃないんだ。ただちょっと高性能に作られているから重くなっているだけでな」
「んんー……エクスキューショナーさんよりも軽いと思いますよ、データ的に」
「そ、そうか……いやでも、結局重いのでは……?」
悩み始めるハンターだったが、タチコマが姿勢を戻し移動を始めた。
「流石にこれ以上時間をかけると怒られちゃうから、さっさと移動しましょー」
「おっけー……もう、エクスキューショナーさん、拗ねないでくださいよぉ」
「うるせぇ、さっさといけ」
操縦席でそっぽ向いたエクスキューショナーだったが、ぽつりと、一言だけ呟いた。
「……ありがとよ」
それに、タチコマもどういたしまして、と一言だけ返すのだった。
それからの道中は全員が無言であった。
もう夜の帳が下り、周囲の把握が難しくなるが、タチコマ達のセンサーには何の問題も無い。
壁から壁へと高速で飛び移り、一気に景色が後方へと流れていく。
ふと、エクスキューショナーが画面に目を向けると、ほぼ同じ速度で追随する影が見えた。
「お、おい、ついてきてる奴が居るぞ!
「ああ、アレなら大丈夫ですよ、ウチの隊長とその部下です」
「マジか……この速度についてこれるのか?」
「パワーアシスト付きの外骨格で強化してるんです。グリフィン人形も良く装備してる奴ですよ」
「そう言った装備があるのは知っているが……オレが知るものよりもさらに強化されているな」
「全力稼働だと調整に疲れるのがネックだって言ってましたね」
闇夜の影に紛れ、夜間迷彩装備に身を包んだUMP45が宙を踊る。
音も無く壁を蹴り、追加装備のワイヤーフックで軌道を曲げる。
そうしてタチコマに追いついたUMP45はジャミングを切ると、タチコマと通信を繋げる。
『お客さんは?』
「無事ですよー」
『そう、なら他のみんなと合流して帰るわよ。お客さん、もうちょっとだけ我慢してくださいね』
それだけで通信を切ると、UMP45は再び加速。
一気に前へと躍り出て、タチコマ達を先導するべく前を駆けていく。
「あいつがUMP45か……」
「おや、分かりますか?」
「マイペースっぽいからな」
これなら、他の隊員も見るだけで分かりそうだとエクスキューショナー心の中で呟いた。
陽動していたタチコマが更に二機、別々の場所から合流してくるのが見える。
街外れに到着すると、そこで一度全員が下り、顔合わせする事となった。
「私は404小隊の隊長、UMP45です。よろしくね~」
「お前の事は風の噂で聞いたことがある。手強い奴だとな――エクスキューショナーだ」
「ハンターだ。よろしく頼む」
そうしていくらかのやり取りを行うが、やはりエクスキューショナーが感じた通り、タチコマとそのパイロットの性格は似通っているらしい。
眠そうにしているG11。関心が無さそうに振る舞いながらもケガが無いか問うHK416。明るく話しかけてるUMP9。
戸惑いながらもそれらに答えていると、二台の車両が近づいてくるのが見える。
その車両は404小隊の前で止まると、中からG3とPSG-1が車から降りてきた。
「お疲れ様です。後はこちらの車両を使って帰投してください」
「了解よ。二人はどうするの?」
「追手がこちらに来た場合は私達が撹乱します。とは言っても404小隊のみなさんの仕事です。心配は要らないかと思いますが」
そう404小隊に言いながらも、PSG-1とG3は何も心配はしていなかった。
ただ、念には念をという事だった。
「褒めても何も出ないわよ~」
「あはは、残念です」
「でもまあ、今度ご飯でも食べに行きましょう」
UMP45は僅かに照れながら、PSG-1とG3の肩を叩く。
今までは小隊の特性上、仲間からは忘れ去られ、敵からはマークされると言う状態だった。
こうして面と向かって仲間から仕事を称賛されると言うのは中々に気恥ずかしく、同時に嬉しくもある。
「あはは、楽しみにしていますね」
「ええ、それじゃあ、また今度」
「はい、また今度」
PSG-1とG3は物陰に車両を移動させ、部隊を展開させていく。
それを尻目に、404小隊と鉄血の二人は車に乗り込む。
ふと、タチコマ達はある事に気付く。
「あれ、僕達もしかして自力で走って来いって事……?」
「まあ、そうなるわね」
「うぇぇぇ、メンドイ……」
「我慢しなさい、ほら、帰るわよ~」
そう言うと、騒ぎ立てるタチコマ達を無視してUMP45は車を走らせるのだった。
無事にコロニー船まで辿り着いた一行は、船長と会うべく執務室へと向かっていた。
その道中で、エクスキューショナーは前々から思っていた疑問を口にした。
「なあ、お前らが言う船長って、いったいどんな奴なんだ?」
「どう……と言われると、困るわね」
僅かに眉を顰めるUMP45に、ハンターが首を傾げた。
「何故だ?」
「何故と言われても言語化しにくいのだけれども……そうね、人間で言う所の親のように感じる事があるわね」
「親か……」
「なるほど、それは確かにわたし達には分かりにくいかもしれん」
UMP45の言葉に、鉄血の二人は顔を見合わせ頷いた。
ある程度成熟した人格を持って生まれてくる人形。
その上、使い捨ての道具として扱われるのが基本である。彼女達にはあまりなじみのない概念だろう。
「エルダーブレインなら分かるかもしれんが……」
「わたし達はなあ」
エルダーブレインの目的達成のための道具として生み出された二人は創造主の事を詳しくは知らない。
気にする余裕も無かったという事もあるのだろう。
「まあ、実際に会った方が早いわ――」
入室の許可を得た鉄血の二人に、UMP45は念の為に電子錠をかけると扉を開く。
二人に中に入るように促すと、自分は扉の脇に控えた。
執務室内で、船長と鉄血の二人がお互いに視線を交わすと、船長が自己紹介するべく口火を切った。
「初めまして、私は通称船長。このコロニー船の主、という事になっているわね」
「ああ、オレはエクスキューショナーだ」
「わたしはハンター、その、これから厄介になるが……本当にいいのだろうか?」
幾分か、窺うような目線で問うハンターに、船長はあっけらかんと笑って返した。
「ああ、鉄血との交渉の事ね……大丈夫、一度こちらに引き込んだ以上、あなた方が望まない限りはあちらに引き渡すような事は致しません」
「そうか、すまない」
そう言って頭を下げる二人に、船長は軽く手を振って見せる。
「いいわ。ただ、しっかりとなにかしら働いて返してもらうから」
「労働か……オレ達にできる事は戦う事ぐらいしか取り柄が無いが」
「今はそれだけでもいいわ。色々見て回って、誰かと話したりして、興味が湧けば勉強をしても良い。新しくプログラムを取り込んでも良い。
あなた方は、あなた方のやりたい事をゆっくりと探せば良い――そうして、自分達の出来る事で返してくれればそれでいいわ」
船長の言葉に、二人は一度目を閉じた。
漠然とした不安がある。だが、同時に希望もあった。
「ああ……そうさせてもらおう」
「世話になる」
「そう、なら、自分の新居の事について色々と決めないとね。
個室でもいいし、今なら……そうね、アーキテクトの作った家なんかもあるわ」
二人の目の前に仮想モニターが開く。宇宙船内のような個室から、洋風のレトロな一軒家まで様々だ。
「もちろん支度金も出すわ。色々と街を見て回ってみるのもいいわね。
そうねえ……戦闘に自信があるなら闘技場に行ってみるのも良いかもしれないわ」
「闘技場?」
「そう、現実ではなくVRだけれども、ほぼ現実と変わらない。
最初は最低ランクからのスタートだけれども、未改造の子も多いし、少しだけならファイトマネーも出すようにしたわ」
ほぼノーマルな状態のグリフィン人形と鉄血人形の射撃戦が画面内に映っている。
これは鉄血の二人にとっても見慣れた光景だ。
「ハイエンドモデルのあなた方ならすぐにでも上のランクに上がるでしょうけど、自己改造を繰り返し、強力になった他の人形ともぶつかり合う事になるわ」
「これは……アーキテクトとゲーガーか!」
画面が切り替わり、変則マッチであるスコーピオン対アーキテクト・ゲーガー組の戦闘が繰り広げられている。
「あのスコーピオン速いな……!」
「ゲーガーやアーキテクトの武装も段違いだ。あのレーザーブレード、更に強力になっている」
画面を食い入るように見る二人に、船長は一つのリストを表示する。
「そして目玉はこちら」
「これは?」
それは人形の部品、あるいは装備のリストだった。
「あの子達のデータを基に、研究班が実際に装備を作成し始めたわ。
今ではVRに一度落とし込んでテストをして、次は実機でのテスト。もちろん実機のテスターとして働く事も出来る。
UMP45が装備していたのもその一環のようね」
「なるほど……今のわたし達には丁度いいかもしれないな」
「ふうむ、これは面白そうだな……」
船長がにっこりと笑う。それを見たエクスキューショナーは頭を掻くと、小さく頭を下げた。
「これなら今のオレ達にもできそうだ。感謝するぜ」
「いえいえ、どういたしまして、それと――」
そわそわしている二人に気付いた船長は、UMP45を二人の案内につけることにした。
彼女なら問題なく手綱を握ってくれると言う信頼からだった。
後、あまり初日から慣れないお偉いさんと話したくないものだろうとも考えた事もある。
「それじゃあ、今日はこのぐらいで――UMP45、お願いね」
「ええ、任されました~」
扉を開けて、ひらひらと手を振るUMP45。
鉄血の二人は頭を下げると、どこか気分が高揚したかの様子で退出していく。
そうして、UMP45が扉を閉めると、二人に向かって問いを口にした。
「それで、実際会ってみてどうだった?」
二人は少しだけ照れ臭そうにして口を開く。
「あー……その、多分、気を使われていたんだろうな」
「なんとも、慣れないものだが……まあ、悪くはなかった」
UMP45はひょいと肩をすくめると、穏やかに笑って言うのだった。
「まあ、初めはそうよね。私も今でもこう言うちゃんとした扱いに慣れないもの」
そうして、三人は軽く談笑しながら街へと向かうのだった。
ただ、これから先、自分達の未来を良いものにする事を、少しだけだが信じられる気がした。
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