エクスキューショナーとハンターがコロニー船で生活を始め、およそ一ヶ月の時間が過ぎていた。
今日この日。ついに船長が鉄血との交信に臨むと言う事で、鉄血の四名は一つの部屋に集められている――
「おい、アーキテクトとエクスキューショナーが戻ってこないんだが」
「アイツら一体何処まで飲み物とお菓子を買いに行ったんだよ」
――予定だったのだが、間際になって二人が席を外していたのだった。
「おいおい、頼むぞ本当に……」
「いやまあ、流石に時間前には戻ってくるだろ……戻ってくるよな?」
「わたしに聞くな……」
白髪の二人組は思わず頭を抱えていた。もう刻限間近だというのに二人が帰ってこない。
通信も繋がらず、万策尽きたと言わんばかりにゲーガーは口に手を当て、ぼそりと呟く。
「……探しに行くか?」
「いや、やめておこう。探しに行っている間に連絡が来て、全員が部屋に居ないと言うのはまずい」
「そうか。そうだな」
腰を浮かしかけたゲーガーだったが、ハンターのその言葉にソファに座りなおした。
そして、ゲーガーがまた呟く。
「最悪、私達だけで対応するしかないか」
「ああ。そうだな」
どこか落ち着かない様子で座り直すハンターだったが、その心配は杞憂に終わった。
「たっだいまー!」
「ったく、時間ギリギリだぞおい……」
勢い良く扉を開けて外に出ていた二人が帰ってきたからだ。
アーキテクトは両手には皿を持ち、その上には大量のドーナッツが乗っている。
エクスキューショナーはトレイの上に大きめのティーポッドとカップが乗せられている。
安堵した様子のハンターがエクスキューショナーに
「遅刻するかと思ったぞ……」
「ああ、悪いな」
「いやー、ついつい話し込んじゃって、ごめんね」
「間に合ったんだからいいさ――それより美味そうだな」
「ああうん、パン屋のお姉さんが新しく作ったって」
「m45の新作か、期待できそうだ」
そう言って和気藹々としていると、ふと、船長の声が室内に響く。
「始まったか……」
そう言って、全員が仮想モニターへと視線を向けるのだった。
二つの仮想モニターに船長とスコーピオン、もう片方にエージェントの姿が映る。
『御機嫌よう、鉄血工造の方。私、古代種族たるヴルタウム、その植民コロニー船用の管理AI、船長と申します』
『これはご丁寧に……我が主に代わり、交渉役を務める事になった、鉄血工造のエージェントと申します。どうぞよしなに』
『ええ、今日と言う日が我々にとって良いものでありますよう――』
お互いに笑顔で挨拶を交わし、穏やかな雰囲気で交流は始まった。
対等な星の住人として、互いの来歴、置かれている状況、それらを交互に伝え合いながら話は進む。
『そうでしたか……まさかそのような場所に遺跡があるとは』
『そちらも、中々厄介な工作活動に巻き込まれているようで……』
お互いに思わず苦笑が漏れる。
エージェントは相手が敵対者ではない事、同じ高度なAIを持つ人工生命という事から。
船長もまた、元々敵対するつもりも無く、状況が状況で交戦状態に入っただけで特に含みはない。
故に、両者共に態度は柔らかく、友好的なものだ。
『ええ……正直に申しますと、軍とグリフィンにはほとほと手を焼かされております』
『ははは……』
遺構技術の軍事利用が禁止されると、軍の一部の将校が遺跡から発掘されたAIを鉄血工造へと送り込み、極秘裏に研究・開発させた。
そうしてある程度の成果を上げると、その背信行為を察知した軍は研究成果を破壊すべく軍事行動に踏み切った。
だがしかし――
『表向きは条約を守るために破壊という事にしたのでしょうが』
『実際は奪取が目的かと』
船長とエージェントはお互いに頷きあう。
高度な知性を得た鉄血工造の彼女達からしてみれば、グリフィンや軍は侵略者であり、同時に創造主を殺した相手でもある。
『その遺跡から発掘されたAIは我が主に組み込まれ、今も成長を続けております』
『それは……そこまで話しても良かったので?』
『はい、構いません』
僅かに驚いた表情を見せる船長に、エージェントは微笑んで見せる。
そうして会話を続けようとすると、船長がわずかに呻き、額を抑えた。
『どうされましたか?』
『いえ……少々お時間を頂いても?』
『ええ、大丈夫ですよ』
船長は一つ息を吐くと、意識を集中させた。
現在、何者かにハッキングを受けており、ダミーが一瞬にして破壊された。
(危なかったわ……相手はかなり高度なAIかしら? UMP45には感謝ね)
イエローゾーンの廃墟街に置かれた中継機から相手は潜り込んできているらしい。
だがしかし、気付いてしまえば問題はない。船長は己のリソースの大半を注ぎ込み、相手を封じ込めにかかる。
(ん……? 凄い速さで成長しているわ。もう二つ防壁が破られた)
子供が暴れ狂うようなイメージが船長の電脳に走る。
彼女は防壁を解除し、自分自身へと至る道に誘導する事にした。
(ああー……困ったわね。この子、コミュニケーションがかなり強引だわ)
悪気は無いのだろう。相手の全てを知りたいが故に、その全てを暴くべく防壁を解除していく様は子供のそれだ。
だがしかし、それを許すのは、そう言う文化を持つ相手――意識の融合から自我を取り戻せる者や、同化融合する事で一体化していく者達だ。
当然と言えば当然だが、大概の種族は秘めた内心を暴かれる事や、意識を書き換えられる事を嫌がる。
強引に暴き立てれば禍根を残し、信頼関係を築き上げる事は難しくなる。それだけですめばいいが、最悪は殺し合いにも発展するだろう。
(有り余るスペックがそれを可能とし、幼く無垢な精神故に躊躇しない。私は別に見られても困らないのだけれども――)
とは言え、このようなコミュニケーションを続けると、これも当然だが嫌われる。
船長はその子供を己の内側にそっと引き込むと、柔らかく包み込んだ。
人体実験によるAI作成、親の死、親の願い、そうして始まった観察。
滅び行く民、汚染される星、そうして、眠りについた後にで出会った新たな家族達。
――お互いのイメージが交差する。
そっと、その子供は船長の心から離れて行った。
離れる間際に謝るような意志を感じた。
船長の心の内を見たと言う事は、彼女のやんわりとした注意をちゃんと受け取ったのだろう。
『……すみません、どうやらハッキングを受けていたようです』
『……まさか』
船長のその言葉で、エージェントは全てを察した。
三つ目の仮想モニターが唐突に開く。そこには白髪で褐色の肌をした幼い子供が映し出される。
『こんにちは、船長。先ほどは失礼しました
――改めまして、あたしの名前はエリザ。ありがとう、あなたのおかげでM4に嫌われなくてすむ』
『いいえ、どういたしまして』
船長とエリザの視線が交差する。
視界の端で申し訳なさそうにするエージェントに、気にするなと言う風に船長は手を振った。
『とは言え、くどいようですがあのようなやり方は殆どの方から嫌われてしまいますからね。私も必要な時以外は出来ないようにしておりますし』
『ご主人様、あれほど敵対者以外にはやらないで下さいと申しましたのに……』
『……ごめんなさい』
しょんぼりと俯くエリザ。
好奇心に負け、ハッキングをしてしまった事を悪いと思っているのだろう。
その瞳が揺れるのを見て、船長が慌て始める。
(こ、子供に泣かれるのはツラい……! そうだ!)
ちろりとスコーピオンの方に目を向ければ、彼女は船長の肩をバシバシと叩いた。
『船長も人の事言えた義理じゃないよねぇ?
船長、今はこういう風に言ってるけど、あたしに色々とやらかしてるんだよぉ』
『うぐ……その時の事は謝ったから、もう許して……』
悪戯っぽく笑うスコーピオン。項垂れる船長。
エリザは目を瞬かせ、二人を交互に見ると僅かに首を傾げた。
『……船長もやったの?』
『ええまあ……救助のためとは言え、慣れてない時に色々と』
バツの悪そうな顔をす船長を見て、エリザは少しだけ口角を上げた。
同じ失敗をしたと言う事実を共有し、その上で仲良くしている二人を見て、彼女の心がわずかに上向いた。
(笑った!)
(セーフ!)
それを見た二人は、テーブルの下でお互いの健闘を称え拳をぶつけ合う。
そうして緩んだ空気の中、ほっと息を吐いた船長だったが、すぐに意識を切り替えた。
真面目な顔をしてエージェントの方へと向き直り、重々しく口を開いた。
『しかし、先ほどの一件で確信いたしました――あなた方は、やろうと思えば、今すぐにでも人類を滅ぼす事が可能ですね?』
『うん』
船長の問いに何でもない事のように頷くエリザ。
どういう事だ、と問うようなスコーピオンに船長は目を向けると、そのまま続きを口にした。
『グリーンゾーンの浄化壁、或いは下水処理施設を――そうね、雨の日や嵐の日にハッキングして止めてしまえばどうなると思う?』
『あっ……人間はELIDに感染して……』
『それだけじゃないわ、人形のAIを乗っ取ってしまえば――ほら、暗殺者に早変わり』
口を押えるスコーピオンから視線を外し、船長は再びエリザを見た。
ネットワークにさえ侵入できれば、エリザはその全てを掌握して見せるだろう。
軍が欲しがるわけだ、とスコーピオンはしきりに頷いた。
エリザに組み込まれたAIを手に入れてしまえば、世界を手にするも同然だ。
都市の機械化や、人形によるサポートが必要不可欠な現代において、AIの全てを押さえられるという事はそれだけで脅威だ。
今もレッドゾーンは徐々に広がりつつあり、イエローゾーンは縮小傾向にある。
そこに、唯一無事だったグリーンゾーンがレッドゾーンになればどうなるか等、考えるまでもない。
『ですが、そうするつもりはない、と』
『そう、あたしの目的は最高のAI――人間になる事』
『その目的のためには、観察対象である人間が必要不可欠ですものね……』
船長は軽く息を吐くと、思考を回す。
正直なところを言えば、人形は人形、人間は人間として、彼女は別の種族として括っている。
そもそも、ここまで高度に発展したAIならば、人間に憧れていると言うよりも、人間の権利に憧れているのではないのだろうかとすら思っている。
しかし、ここでその事を言えば、最悪の場合、人間が不要という事で全てを処理されかねない。
『あなた方が必要としているものは、生きた人間――それも、生きる強い意志を持った者、ですか?』
『そう、グリーンゾーンに居るようなバイオトロフィーは必要ない』
『……とは言え、グリーンゾーンが無ければイエローゾーンの住人達も生きてはいけません』
『うん、だから潰してない』
素直に頷くエリザ。
ふと、そこで船長は気になる事が出来た。
『……今まで、その力を人間に見せたことは?』
『精々人形にウイルスを仕込んだぐらい』
『全力は見せていない、と』
『……うん。それと、そこまで出来るようになったのがちょっと前、今なら軍の防壁も簡単に抜ける』
『なるほど、それで――となると、今はまだ大丈夫ですね』
『?』
不思議そうな顔をするエリザに、ふむ、と一つ船長は頷くと、ピッと指を一本立てて見せた。
『人は進化する生き物です。AIがダメなら、いずれ自分の遺伝子、或いは体に手を加えるでしょう。
AIに頼らない原始的な力や機械、放射線の中でも生きられるよう環境に適応して見せたりなどですね』
人間全体で見れば、鉄血の生産力や戦力はとても低いと言わざるを得ないものだ。
その状況で、人類が生物的な進化にシフトした場合、エリザの切り札が一つ減るという事でもある。
とは言え。人類も一枚岩ではないのだが――
『うん、なるほど――でも、あたしも成長してるから大丈夫』
鉄血の技術力は、エリザに組み込まれたAIと共に進化している。
開発を怠らず、戦力を整え、AIに対しての驚異的な支配力を見せなければ、人間はまだ機械を使い続ける。
その場合、十分にこのアドバンテージを活かせるだろう。
『ええ。ですが、ネットワークは寸断され、世界の状況は未だ不透明です。
我々のようなモノが眠っている可能性も大いにあります。油断はなさらぬよう』
『分かってる――まさかこんな近くにあたし以上のAIが居るとは思わなかった』
エリザはそう言ってちょっとだけ口を尖らせる。
自信があった、と言うよりも、自身より上が居ないのが当たり前だったのだ。
ちょっとだけ彼女のプライドが傷ついたが、同時に嬉しくもあった。
先ほどの船長とのやり取りは、人間観察やグリフィン人形の感情蒐集、また鉄血内部での実験で得られた以上の経験だったのだ。
なにより、全力を受け止めてくれる人が居ると言うのが良いと、彼女は感じていた。
『ふふ、最近は良い事ばかり。あたし以上のAIに、気になる人間も出来た』
その言葉に、一瞬だけ空気が止まる。
『その人間とは?』
『人形と共に生きて来た人。今はグリフィンの指揮官でM4と一緒にいるみたい』
エリザはそう言うと、一度頭を下げるとこの場を辞する事を告げた。
どうやらエージェントが気を回したらしい。
先ほどのエリザの言葉に、船長は内心で胸を撫で下ろした。
問答無用で人類絶滅エンドは避けられたらしい。
話が一段落し、彼女がほっとしていると、エージェントが口を開いた。
『それはそうと、そちらに我々の人形がお邪魔しているとか』
『ええ……まあ、こちらのコロニー船で働いてもらっています』
『……ご迷惑をおかけしていませんか?』
『いいえ、むしろこちらが助けられているぐらいですわ』
エージェントの心配そうな表情が見て取れる。
船長はしっかりと頷くと、エクスキューショナー達が待つ部屋へ通信を繋げるのだった。
彼女達のやり取りは短いものだった。
ただ、それぞれが一言ずつ世話になった事を伝え、もう戻る気はない意志を告げる。
『エージェント。あんたが自分の役目の範囲でオレ達に気を配っている事は分かったよ――ありがとう』
『だが、悪いな、わたし達はもう自由に生きる事に決めたんだ』
『すまない、エージェント……世話になったな』
そんな中、アーキテクトがあっけらかんと言う。
『エージェント達もこっちに来ればいいじゃん。鉄血と一緒にAI――オガスは滅んだ事にして。
そうすれば、もう執拗に狙われなくて済むし』
思わず閉口するエージェントだったが、呆れ等と言った感情ではなかった。
それは、彼女の考えていたプランの一つでもある。
現状、自分達の体の整備や、勢力圏を維持するための軍備、実験等のために鉄血工造を保持する必要があった。
だが、受け入れ先があるなら別であるが、露見した場合のデメリットも大きい。
ただし、これは船長側に厄介事に勝るメリットを示さなければならないと考えていたのだが――
『船長、優秀な人材はいくらでも欲しいでしょ?』
『ええまあ、来るのなら喜んで迎え入れますが……』
――その辺もアーキテクトがあっさり聞き出しクリアしてしまった。
『……なんと言いますか、大丈夫ですか?』
『まあ、なんとかなるでしょう。ならなければ、なるようにみんなで頑張るだけですし』
そもそも私自体が厄ネタの塊ですし、と肩をすくめる船長に、エージェントは小さく頭を下げた。
『もしもの時はよろしくお願いします』
『その辺りはまた今度詰めていきましょう……もうそろそろ良い時間です』
『そうですね……また今度ゆっくりと話し合いましょう』
お互いに別れの挨拶を済ませると、船長は全てのモニターを切った。
大きく息を吐くと、椅子の背にもたれかかり、ぐったりと脱力して見せた。
「つかれたー……」
「お疲れ様、船長」
だるんだるんと溶けていく船長を見て、思わずスコーピオンは苦笑した。
割と、鉄血人形を引き込みまくっている事に関して引け目を感じていた船長だった。
最後の方でそれは解消されたのだが、それまでに感じた精神的な負担がすべて消えるわけではない。
「ああー……精神生命体ならもっとタフなのかしらねえ……」
「あはは、どうなんだろう――でも、サイオニックとか使えたらヒーリング的な事も出来るのかな?」
「あるいは念動力とかでマッサージとか?」
「いきなり地味になったねえ」
机に顎を乗せ、目の前のペットボトルを見つめながら、船長は口を開く。
「あー……取るのも面倒、念動力で動かせたりとかしないかしら?」
「出来れば面白いかもね」
「うーん……動け! みたいな感じ……で?」
「……? ……!?」
思わず船長とスコーピオンは動きをとめた。
目の前で、そのペットボトルが浮いていたのだ。
二人が驚いた拍子に、そのペットボトルはテーブルの上に落ちて転がった。
そうしてお互い顔を見合わせると、船長はそっと呟くのだった。
「……元人間の現人工生命体でサイキッカーってちょっと盛りすぎじゃない?」
「いや、その反応はどうなんだろう」
何時もながら誤字報告ありがとうございます。
これから一週間ほど、ちょっと忙しくなるので更新できなくなるかもしれません。
上手くいけば一週間かからないと思いますが、何とも言えませぬ。