先駆者達の遺産   作:maple_forest

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第20話

 グリーンゾーンの都市部、その中でもスラムに近い場所を一つの集団が歩いて回っていた。

 集団の中心には船長とエリザが手をつなぎ、その周囲には人形が護衛として侍っている。

 

 周囲の目をやたらと引く集団と言うのもあるが、船長は最近メディアによく露出している。

 とは言っても、ニュース等の記者会見ではあるが。

 その作り物めいた美しさもだが、良く笑い、穏やかな人柄に加え、食糧生産の向上等、庶民にも恩恵が高い成果が人気を呼んでいた。

 

 だがその一方で、人形を人間と同じように分け隔てなく接する姿から、一部から人形愛好家だとか、人形偏愛家等と陰口も叩かれていた。

 しかし、前述での成果もあって、世間一般では概ね良い評価で落ち着いていた。

 

 広場までやってくると、食休めのために船長とエリザはベンチに座った。

 エリザは物珍しそうに周囲を見渡しており、護衛の人形と船長は無線で会話のやり取りをしていた。

 

『ここの食事、あまり美味しくなかったわね』

『……うん。前の生活と比べると食べるものが良くなったから、舌が肥えちゃったかも』

 

 船長とG11が先ほど入った大衆食堂での感想を述べる。

 それから船長は少し考え込むと、先ほどまで来た道をわずかに振り返った。

 

『やっぱり下の下までは品種改良したのは出回ってないみたいね』

『……上の方で止まってるのかな? これだとウチで囲った元イエローゾーンの住人の方が良い生活してそう』

『多分そうでしょうね……いやまあ、理屈は分かるのだけれども』

 

 恐らく、政治家に軍人、それに研究者等、高等教育を受け、地位の高い方から分配しているのだろう。

 そこに、スコーピオンがげんなりとした様子で通信を送ってきた。

 

『あたし、この間味覚モジュール変えたばっかりで、えぐみが明敏に分かるから途中で切っちゃった』

『あちゃ……でも、それはそれできつかったでしょう?』

『……老人ってあんな感じなのかな。食感は分かるけど、味がしないからゴムを口に含んでる気分になるって言うか。ある意味で人間って凄いわ』

 

 船長の言葉に、遠い目をしてスコーピオンが呟く。

 正直な所、味覚が無くなると言うのは彼女もつらかったが、背に腹は代えられなかった。

 

『調整不足?』

 

 その発言に周囲を見渡していたエリザが問いかけると、スコーピオンは苦笑いしながら問いに返すのだった。

 

『うん、ちょっと色々試してたら、変えるのすっかり忘れちゃって、今度拠点に戻ったら調整し直す』

 

 スコーピオンは自分の口内を舌で嘗め回していると、ふと、思いついたかのように呟いた。

 

『しっかし、そう考えるとあんまり人間も良いもんじゃないね。老いると五感は鈍るし、体の性能も悪くなっちゃうし』

『まあ、それは確かにあるわね。でも、老いるからこその文化、と言うものが出来るのも事実』

 

 周りを見ていたエリザは、そう言った船長をじっと見つめると自分の考えを口にする。

 

『でもその内、人間も内臓や四肢を気軽に取り換えられるような時代が来ると思う』

『それもその通り、きっと、もっと長命になったり、脳味噌を取り換えて永遠に生き続けるものも出てくるかもしれないわね』

『そうなってくると、文化もまた変わるのかな』

 

 そうして彼女達が広場で寛いでいると、プラカードを持った人間の団体が広場に集まってきた。

 どうやら、彼らはここでデモ活動を行うようだ。

 食糧事情はそれなりに解決したが、それでも配給の嗜好品が増えないのが不満らしい。

 プラカードには嗜好品をもっと増やすようにと言う旨が書かれている。

 

 そんな彼等は身形の良い服装をした船長とエリザを見て僅かに顔をしかめるが、周囲の護衛の人形を見ると動きを止めてしまった。

 どうやら、護衛用の武器を抜いたのが見えたらしい。

 だが、その中から一人の女性が二人に近づいてくる。

 動こうとしたスコーピオンとG11だったが、船長が一度手を振ると動きを止めた。

 

「あなた達、ずいぶんと良い身形をしているじゃない。上層のお金持ちがこんなところに何の用?」

 

 それに、どこかで見たような。と言う声が後ろから上がるが、船長は目の前の女性に穏やかな口調で答える。

 

「娘が、ここの食事に興味あると言うから足を延ばしてみたんですよ」

 

 詰問するかのように言う女性に、船長は穏やかに返すとエリザの頭にその手を置いた。

 女性はエリザと船長の二人を見比べる。片や日系の色白の女性、片や褐色の肌をした少女だ。

 疑問に思った女性が口を開くよりも早く、船長が言い募る。

 

「この子は孤児でして、私が引き取って一緒に暮らしてるんですよ」

 

 よく聞かれるんです、と船長が穏やかに告げる。

 頭に手を置かれたエリザは子供らしくにっこり笑うと、船長もまたそれに微笑み返す。

 

「あ……う……」

 

 流石にそれに何かを言う事も出来ず、思わず女性は閉口した。

 

 ――目の前の黒髪の女性はお金持ちで、品が良く、なおかつ弱者に手を差し伸べる事が出来る。

 それなのに、自分はこうして貧困に喘ぎ、不平不満を何かにぶつける毎日だ。

 

 女性の思考が劣等感に染まり、そして嫉妬が溢れ出るその間際、気付けば赤みがかった黒髪と、美しい黒曜石の瞳が己の目の前にあった。

 驚きで思考が硬直し、劣等感や嫉妬がどこかに吹き飛んでしまった女性に、船長はにっこりと笑うと――

 

「ところであなた達、仕事の話に興味はないかしら?」

 

 そう言って女性の手を取るのだった。

 

 傍から見ると、まるで聖女のように見えるだろう。実際、目の前の女性も船長の言動や行動に顔を赤らめ絆されつつある。

 なお船長は割とぽんこつかつ、なんちゃって淑女であるのを知るスコーピオン達は、騙されている人間達からそっと目を逸らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリフィン基地の一画にて、その基地の指揮官が私服で歩いていた。

 今日の彼は休暇の身であり、代理を部下に任せ、緊急時には呼び出す事を言い含めると、最近出来たと言う地区へと向かうべく基地外に出ようとしていた。

 

「お、M4にM16じゃないか、今日はどうしたんだ、お前らも休暇だろ?」

「指揮官か、なに、M4と少し散策をな」

「そうか……」

 

 指揮官は少し考え込むと、二人に向けてこう提案するのだった。

 

「指揮官同伴ならお前らも外出できるぞ。良かったら俺にちょっくら付き合ってくれねぇか?」

「ん……私は別にかまわないが、M4はどうだ?」

「あ、あの……良かったら一緒に行きたいです」

 

 指揮官とM16の問いかけに、M4はおずおずと、だが嬉しそうに答えると、指揮官はニッと笑う。

 

「おう、最近再開発された街に行ってみようと思ってな」

「ああ……噂の」

「おう――っとSOPⅡやAR-15は訓練中だったか、まあ、また今度連れて行ってやればいいか」

 

 スケジュールにさっと目を通し、指揮官は駐車場まで二人を連れ、ジープに乗って走り出した。

 

「イエローゾーンギリギリにの所に浄化壁作ってるんだったか。なんともまあ、ありがたい事で」

「指揮官はイエローゾーンの出だったな。やはり感じ入るものがあるのか?」

 

 M16の問いに、指揮官は一度視線を向けると顎を引いて見せる。

 

「まあな。利権問題だとか、お国同士の争いで再開発は進んでなかったって聞くとどうしてもな。

 今回の件も、他国の工作じゃないかって噂されてるわけだが、正直、俺ら小市民は国とか企業とかどうでもいい。助けてくれるんならどこだって良かった。まあ、グリフィンには感謝してるがな」

「帰属意識の低さは、仕方が無い事なのだろうな」

 

 そうして世間話をしながら廃墟街を抜けていくと、検問所が指揮官の目に入った。

 

「ん……? ありゃぁ、鉄血のガードをカスタマイズしてんのか?」

「鉄血の人形を鹵獲して再利用していると言う噂は聞いていましたが、本当だなんて」

「隣のはIOP社製の人形か……こうして並んで居ると、どうにも違和感がな」

 

 手前でジープを止めると、盾を持った鉄血人形――ガードが近付いてきた。

 用件を尋ね、人形の火器の使用を禁じ、市街での戦闘行為が御法度である事を伝えると、あっさりとガードは離れ、検問所の封鎖を解いた。

 

「随分とあっさり入れるんだな」

 

 思わず疑問に思った指揮官が護衛に尋ねると、少しだけ間を開けて彼女は返す。

 

「……中にも巡回の兵が多数おります。いきなり殺される、等と言う事はありませんが、揉め事を起こせば出入りを禁止されます」

「なるほど、分かった」

 

 指揮官が礼を言うと、ガードも僅かに頭を下げた。

 駐車場でジープを停めると、M4とM16を連れ立って指揮官は歩く。

 

「簡易住居が多いが、良い造りだな」

「外から見るだけでも設備がいいのが分かるな。下手すると、普通の家庭よりも良い暮らしをしてるんじゃないか?」

「わぁ……ガーデニングされてる家もありますよ」

「マジかよ……何気にすげぇなここ」

 

 指揮官が何気なく居住区を見ていると、M16は設備に驚き、M4が花に目を輝かせていた。

 更に道路を歩き、指揮官達は開けた場所へとたどり着いた。

 中央広場は雑然としており、様々な店や露店が並んで居る。

 

「酒に煙草に、飯屋も様々だな……」

 

 酒を見た瞬間、M16が一気にテンションを上げた。

 彼女は目を輝かせ、瞬時に指揮官へと詰め寄った。

 

「酒かぁ……! うぉ、結構お手軽な値段じゃないか、指揮官、ちょっと行って来て良いか!?」

「おう、オレもちょっと気になるからいくぞ。M4はどうする?」

「私は……M16姉さんと指揮官についていきます」

「オーケー。じゃあ、行こうか」

 

 M16は店に入るなりあれやこれやと棚を見て回り、指揮官は客にそれとなく視線を向ける。

 手足を機械化した住人が楽しそうに会話をしているのが見える。

 

「……義肢、つけてくれるんだな」

 

 おそらく、感染した部位を切断したのだろう。中には頭部を除いて全身機械化している人すら居る。

 ふと、指揮官とその全身機械化した男性との視線が重なった。その壮年の男性はニカッと笑うと、片手をあげてフレンドリーに近寄ってきた。

 

「よう、お疲れさん。お前さん、ここに来たばかりの新人か?」

「いや、違う……違います、外から、あー……遊びに来ただけっす」

「おいおい、話しやすいようにしてくれて構わんぞ。俺は元軍人だが、今じゃただのおっさんだ」

「いや、助かるけどよ。ただのって言う割にはごっつい体してるな」

 

 不躾気味な指揮官の返答にも気を悪くした様子も見せず、壮年の男は豪快に笑って見せた。

 

「うははは、普通の人間なら機械化を気味悪く見たりするがな、俺達みたいに戦場で自動人形と一緒に戦った奴なんかはあんまり気にしないからな!」

「へぇ、そうなのか」

「おう、あいつ等は初期だとメカメカしい姿の上に最低限の受け答えしかできない、そんで態度も素っ気無く見えたもんだが、それでも一緒に戦ってると、そうだな――」

 

 そこで壮年の男は一度言葉を区切ると、照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「――こう、戦友のように感じたもんだ」

「ああ――その気持ちは俺にも分かるよ」

 

 指揮官は目を瞑ると、小さく頷いた。

 

「俺もガキの頃にイエローゾーン落とされたんだが、その時に俺を助けてくれたのが、型遅れになって捨てられた子育てロボットだった。

 今みたいな人間っぽくない奴でさ、発声装置も壊れてて何言ってるか分かんなかったけど、それでも食えるもん食えないもんを選り分けてくれたっけ」

 

 それはきっと、プログラムされた行動を繰り返していただけなのかもしれない。だが、本当は人間と同じように、しっかりとした意志を持っていたのではないか――?

 もう、壊れてしまって確かめる手段もないが、それでも、彼にとっては新しい家族だったのだ。

 

 指揮官は瞳を開けると、拳を突き出した。

 壮年の男も拳を握ると、指揮官と拳を合わせるのだった。

 

「お互い人形には偏見がないみたいだな」

「まあな、あんた等みたいな戦場あがりだと、やっぱそう言うのが多いのか?」

「人によりけりって所だな。ほら、G&Kって知ってるか? あそこの社長も人形に対してある程度の便宜を図ってるが、今の軍のお偉いさんみたいに使い捨ての道具にする奴もいる」

「なるほどな……」

 

 ウチの社長、そう言う奴だったのか、と指揮官は口の中で呟いた。

 

「戦術人形連れてるみたいだが、お前さんもどっかのPMCの人間か?」

 

 仲も良さそうだな、と壮年の男が言うと、指揮官の後ろでM4が嬉しそうに微笑んだ。

 

「おう、G&Kだ」

「マジかあ……クルーガーの奴は元気にしてるか?」

「知り合いかよ……社内報ではそこそこ見るけど、俺はあんまり話したこと無いな」

「……そうか」

 

 そこで、壮年の男性は指揮官の耳に顔を近づけた。

 

「クルーガーの奴はな、どうも軍の政争だとかを嫌って抜けたが、まぁた巻き込まれたらしい。

 なんかあったらすぐ逃げろ、最悪、受け皿がここにある」

 

 いきなりの話に、指揮官は目を白黒させると、まじまじと壮年の男の顔を見た。

 

「いいのかよ、俺にそう言う事を話して」

「いいのさ、今はただのおっさんだからな――まあ、人形に偏見のない仲間のよしみとして忠告はした、じゃあな」

 

 そう言って壮年の男は片手をあげ。酒の入った袋を手に去っていった。

 指揮官は傍に控えていたM4に肩をすくめて見せると、苦笑いしながら口を開いた。

 

「まあ、なんだ、なんかあったらクルーガーのおっさん引き連れて逃げるわ、そん時は見逃してくれな」

「いえ……あの……」

 

 恩もあるしなと呟く指揮官に、しどろもどろになるM4だったが、彼は口角を上げると、再びM4に言葉を発した。

 

「なんだったら、M4も一緒に行くか?」

「……!」

「うおっ!?」

 

 若干食い気味に指揮官に詰め寄るM4。思わず指揮官は後ろに下がりそうになったが、そこをグッとこらえて見せた。

 彼女が距離を取られる事をどうも嫌っていると、日常生活から彼なりに理解していたからだ。

 

「あ……あの……その……!」

「んー、ああ、分かった、分かった、最悪の場合は一緒に逃げるか」

「……はい!」

「なんだぁ、二人とも私を置いて駆け落ちかぁ? お姉さんは悲しいぞう!」

 

 M4が嬉しそうに指揮官の手を取ると、会計を済ませたM16が指揮官の首に腕を回した。

 ぐいぐいと顔を近づけ、悪戯っぽく笑うM16に指揮官が両手を上げて降参した。

 

「へいへい……逃げるんならみんなで逃げますかね」

「ははは……私達はIOPからの出向の身だから厳しいかもしれんがな」

「ペルシカリアさんならあっさり許しそう……と言うかついてきそうだな」

 

 指揮官のその言葉に、M16が僅かに考え込むと、ふと、何かに気付いたかのように顔を上げた。

 表情は険しく、ほんの僅か、体に力が入りかけている。

 

「確かに、その可能性は高いな」

「そうだろって――何を見てるんだ?」

 

 指揮官がM16の視線を追うと、そこには長い黒髪に鋭い紅眼、角のようなヘッドセットを付けた鉄血のハイエンドモデル――エクスキューショナーが凄まじく嫌そうな顔で立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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