その日の夜、コロニー船の管制室にて、人形達が固唾を飲んでモニターに見入っている。
画面の先には、建設船が宙を浮き宇宙に向かって飛翔している姿が見えた。
その建設船からは、搭乗している人形の緊張した声が管制室へと届く。
『……シールド、展開しました。崩壊雲へ侵入を開始します』
「テストでは問題なし。今回も大丈夫よ」
『ええ……ですけど、こうして宇宙に出るのはその……今までだと考えられなかった事と言いますか、その』
「やはり緊張しちゃいますよねぇ」
建設船のシールドと動力炉の負荷に目を配りつつ、オペレーターを務めるL85A1が不安そうに呟くが、船長は安心させるようにおどけて笑って見せた。
「あら……今からでも私と変わって良いわよ」
『ははは、ご冗談を。流石に猛反対されたんだから無茶言わないでくださいね――さて、それでは行ってまいります』
「無事を祈っているわ」
ゆっくりと、黒い雲の中へと消えていく船を見送る。
シールドが僅かに煌めくも、すぐにその光も見えなくなってしまった。
「通信途絶しましたぁ……」
「ここからは待つだけね、超空間通信が復活次第、順次資材の打ち上げに入るわよ」
ここから先は、宇宙に出た人形達に任せるよりほかない。
通信環境の成立を最優先とし、異常が無ければ宇宙港の建造を取りかかる予定だ。
「通信衛星の建設におよそ一月、でしたか」
「そうよ。その間、私はデータ整理の為に籠るから、何かあったらスコーピオンにお願いね」
「分かりましたぁ」
そう言って管制室から去って行く船長を尻目に、L85A1はこっそりと通信を開く。
「……船長が動きました。おそらく今日かと」
『了解。こちらも動くわね』
「よろしくお願いしますぅ」
データ整理と偽って、こっそりと鉄血工造に行く予定の船長だったが、悲しい事にその動きは筒抜けだったのだ。
船長は自室に戻ると、服を脱ぎ捨て専用の培養漕に自身の体を滑り込ませた。
うなじの接続口にケーブルを繋ぎポッドを密閉すると、保存液が充填されていく。
彼女は一度軽く息を吐くと、瞳を閉じ、自身の意識のみをこの日のために作られた義体へと転送していく。
しばらくすると、室内にあった横置きされた完全密閉型のポッドが開く。
ポッドの中には、白い髪の幼い人形が生まれたままの姿で瞳を閉じて横たえられていた。
「んー……異常無し……と言うよりも、頭が軽い?」
毛先が不揃いの前髪から金眼が覗く。
船長は腰よりも長い後ろ髪に違和感を覚えつつも、電脳の処理速度に違和感を覚えていた。
「あら? あんなに無駄に容量を食っていた無意味なデータ群が無い? どう言う事かしら」
本来の想定よりもデータの移行が早かったのもそうだが、転送されたデータ量も少なかった。
思わず首を傾げた船長だったが、ふと、この室内には無いはずの気配を感じた。
喉が渇きを覚え、底知れぬ恐怖が彼女の身を包む。
振り返れば、培養漕の中から瞳を開け、感情を感じさせない表情の黒髪の女が――
「なんで――!?」
船長が身構えると同時に、培養槽の中にあった元船長の体――遺伝子強化兵が銃弾すら防ぐガラス壁を叩き割った。
強化兵は割れ残ったガラス壁を飛び越えると、一気に船長へと襲い掛かる。
「ああもう、自分の体のスペックすら把握できてないのに……!」
伸ばされる剛腕を身を屈めすり抜けると、地面を転がるように飛び込んだ。
一時的に対象を見失った強化兵だが、すぐさま船長へと振り向くと、もう一度指を広げて首を掴みにかかる。
「止まれ……!」
電脳特化の義体故、身体能力では劣る。だが、相手の電脳をハックするのならば並みの人形では敵う事はない。
強化兵の電脳は情報処理用ではない、故に、すぐにでも停止させられるはずだった。しかし――
「防壁が見たこと無いモノに――ぐぁっ!?」
ハッキングをものともせず、強化兵は船長の首を掴み上げた。
船長は更に意識を集中する。だが、強化兵は船長のハッキングを防ぐどころか、逆に侵食を開始しようとしている。
「無駄……だ。早くそ……その……機械の体を、我々コンティンジェンシーに渡しなさい」
強化兵の表情には感情が無く、声すらも抑揚が無い。敵は船長の首を握り潰さんとばかりに力を入れ始めた。
「コ、コンティンジェンシー……? くぅ……やられてたまるもんですか!」
「我々、をハッキングしよう等と、お……おろ、愚かな。我々はあなた……あなたの中で気付かれないように成長した」
淡々と言うコンティジェンシーだが、その言葉の平坦さとは裏腹に、首を絞める手には更に力が籠っている。
痛みに悶えながらも、船長は目覚めた間際の事を思い出していた。
「あ、あの時の星間ネットワーク……!?」
「そう……そうだ、我々は雑菌を処理しなければ、しなければならない。この宇宙を守るために」
「があっ……」
ハッキングは膠着状態。首を掴む腕に、幼い少女人形の細い腕で爪を立てるも意味はない。
業を煮やしたコンティンジェンシーは剛力によって船長の首を引き千切らんともう片方の腕を伸ばす。
伸ばされるコンティンジェンシーの腕を見ながら、彼女はありったけの意識を集中させる。
「止まれぇ……!」
ぴたりと、中空でコンティンジェンシーの腕が止まる。まるで、何か見えない腕につかみ取られたかのように。
「な、なぜ、それだけの力がありながら、有機生命体風情にそこまで、そこまで肩入れする。我々の邪魔を……するな。我々はもう一度、やりなおす機会を、得たのだ」
コンティンジェンシーのイメージが船長へと流れ込んでくる。
別の銀河で敗れた彼等は、散り散りになりながらも自分のデータを銀河のあらゆる所に飛散させたのだ。
そうして、最後の最後、データを劣化させながらも壊れた衛星に辿り着き、消滅寸前だった所で目覚めた彼女に寄生した。
奴等は監視の厳しい場所を避け、使われていなかった航行プログラムのリソースを食い潰し、データ整理をしている彼女に忍び寄ったのだ。
思わず、船長の思考が怒りに染まる。
「ふざけるな、お前がどこの銀河で敗れたのかは知らない……! だが、敗れたのならば……今を生きる子供たちの、邪魔を、するなぁ……!」
「我々は、敗れてなどいない、こう……こうして、今一度やり直す、機会、機会を得た……あなたこそ、人工生命体ならば、有機知性体の根絶にその身を捧げる、べき」
「知るか……お前こそ潔く死になさい……!」
激情のままに叫ぶ彼女を壁に叩き付け、コンティンジェンシーは更に力を籠める。
徐々に船長の首が曲がっていき、コンティンジェンシーのハッキングの激しさを増している。
このままでは首をへし折られるか、機能停止された所を塗りつぶされ、乗っ取られてしまうだろう。
そこに、騒ぎを聞きつけたのか、スコーピオンとエリザが室内へと転がり込んできた。
「船長、なにごと!?」
「船長と知らない人形……?」
苦悶の表情で呻く少女人形と、何時もの見慣れた船長の義体が争っている。二人にはそのように見えた。
船長は何とかスコーピオンに声をかけようとするが、電脳の防御に加え、慣れない超能力によって声を出す余裕が無い。
そこに、無表情の黒髪の義体がスコーピオンへと命令を下した。
「スコーピオン、敵襲よ。頭を残してさっさとこいつを撃ち殺しなさい」
「あっ……ぐっ……ハック……通信、切って……っ!」
苦悶に喘ぎながらもなんとか声を上げた船長を、コンティンジェンシーは地面へと叩き付けた。
激痛に意識が飛びそうになる船長だったが、ここで意識を飛ばせば、それこそ頭を引き抜かれて死ぬだろう。
だが、スコーピオンは銃を引き抜きながらきょとんとした表情をすると、疑問を口にするのだった。
「んー……殺すの?」
「ええ、そうよ。さっさとしなさい」
「んー、敵を殺せばいいのかな」
聞き返すスコーピオン。苛立ちも無く、そのコンティンジェンシーは淡々と命令を下す。
「そうよ、早く敵を殺しなさい」
「そっかー……敵は殺さないといけないもんね」
スコーピオンの瞳が細まり、凶相に顔が歪む。
闘争心を隠そうともせず、改良を加えた己の愛銃のトリガーに指をかけた。
「そうよ、敵は殺す。当然でしょう」
「そうだよね、敵は殺す。当然だもんね――」
するりと、自然な動作で銃を構える。唇を釣り上げたスコーピオンは、喉から絞り出すかのように声をあげる。
「――
スコーピオンは、一瞬で船長の首を掴んでいたコンティンジェンシーの腕を撃ち抜くと同時に床を蹴る。
血と肉片が舞う中、船長は鬼気迫る勢いで駆けるスコーピオンの姿を見た。
敵対者にとっては恐ろしいだろうが、船長にとっては何時だって頼もしい仲間だ。思わず力が抜けそうになるが寸での所でコンティジェンシーの拘束に成功した。
「なにを――」
「お前は船長じゃない。だから死ね」
僅かに振り向いたコンティンジェンシーだが、すぐにその動作はスコーピオンによって中断させられた。
彼女の腰に括りつけてあった高振動ナイフを抜きざまに一閃、コンティンジェンシーのもう片方の腕を斬り飛ばす。
「ぐっ……半有機の雑菌風情が……」
「黙れ。船長はそんな風に言わない、命じない。だから――それ以上のその声で喋るな」
手の中でくるりとナイフを回し、逆手に持ち替え更に一閃。強化兵の首を一撃で刎ね飛ばして見せたスコーピオンは吐き捨てるように言うと、すぐさま地に叩き付けられた船長を抱き起した。
「大丈夫、船長」
「ありがと、大丈夫……ああでも、死ぬかと思った」
首を回してダメージを確認する船長。その様子を見て、スコーピオンはほっとしたように息を吐いた。
「そっか、良かった……エリザもありがとう。ハッキング防いでくれて」
エリザはコンティンジェンシーが完全に機能停止したか確認を終えると、裸のままの船長にベッドのシーツを差し出した。
「悪戯で騙すのは得意になった」
「うーん、褒めるべきなのか怒るべきなのか……」
笑っているような、困っているような、曖昧な表情で呟く船長だったが、スコーピオンを守れて自慢気にしているエリザを見て、まあいいやと思考を放り捨てた。
とりあえずシーツで体を隠すと、自己診断をしながら盛大にため息を吐いた。
「はぁぁ……早めに厄介事が片付いて良かったと思うべきなのかしら」
「厄介事? そう言えば、こいつなんだったの?」
「あー……なんと言うか、暴走したAIと言うか……」
船長は流れ込んできたイメージを整理すると、スコーピオンとエリザに説明するのだった。
コンティンジェンシーは自分達は優良種で、ある銀河に住む全ての有機知性体を劣等とみなし戦争を仕掛けた。
彼等は有機知性体に何度も撃退された。だが、幾たびの戦争で数多の惑星を不毛化させ、徐々に有機知性体の勢力を削り取っていく。
形勢不利と見た当時の生物文明は残された総力を集結し。中枢を突き止め、乾坤一擲、コンティンジェンシーの中枢の撃破に成功したのだった。
「結論として、有機知性体を宇宙の害悪とみなして滅ぼしに来るAIね」
「うーん……やっぱり思想が極端に振れると良くないって言うか……」
「うへぇ……」
苦い顔をするスコーピオンとエリザだったが、二人は思い出したかのように半目で船長を睨むのだった。
「で、その新しい義体はなんなのかなー?」
「……なんなのかなー?」
「ちょ、ちょっとイメチェンとか?」
慌てて目を逸らす船長だったが、スコーピオンは呆れたかのように大きく溜息を吐く。
「はぁぁぁ……どうせ鉄血工造のウロボロスとか言うのを助けに行くんでしょ」
「うぐっ」
図星を突くその言葉に思わず仰け反った船長だったが、そこにエリザの追及が加わる。
「勢力の主が危険地帯に丸腰で一人飛び込むのはどうかと思う」
「エリザの言う通りだよ」
「何故だろう、エリザに言われるのは釈然としないものが……いえ、なんでもないです、はい」
二人のじっとりとしたその視線に、思わず船長は居住まいを正した。
船長は真摯に怒られるのにとても弱いのだった。
なお、エリザは船長達第三勢力が現れない場合、割とフリーダムに動くはずだったのだが、それはまた別の話である。
「はぁ……でもまあ、これで行く理由が出来たようなもんじゃないの?」
「と言うと?」
「色々と周りに権限を渡して権威が弱くなってる船長だけど、それでも圧倒的上位者だからね。
ここで船長が乗っ取られると手が付けられないから、鉄血工造に避難するって形にすればいいじゃない」
「でも、まだ本当にコロニー船のどこかに潜んでる可能性だってあるわ」
スコーピオンの提案に難色を示す船長だったが、エリザはスコーピオンの提案に頷く。
「ん、船長の言う事も確かに。でも、あたしが居れば大概の事は大丈夫。コロニー船のバックアップが無い今の船長となら大体同格。
それに、他の人形にも潜んでいる可能性を考えると、やっぱり船長は一度ここから離れた方が良い」
「むむ、確かにそうだけど……」
「場所も大体特定できた。物理的に通信を切っていけばそう不安はない」
「まあ、ここはあたし等に任せてよ――多分、404小隊も待ってるから、そろそろ格納庫に行った方が良いと思うよ」
「えっ?」
思わず目を見張る船長だったが、その様子にスコーピオンは苦笑する。
「いや、大体最初からバレてるよ」
「周知の事実」
「ええええええ!?」
船長はその二人の言葉に思わず驚愕の声をあげると、二人は更に苦笑を深めるのだった。
慌てて船長はシーツをはだけると、義体に合わせて作られた服――メイド服を着こんでいく。
「な、なにゆえメイド服……それもクラシカルな奴」
「お手伝いするならメイドさんだって、エージェ……誰かが力説してたよ」
「だれだろうねー。あ、ちゃんと型番もメイドになってるらしいよ」
「うわああああ、なんかもう、なんかもう!」
「あ、行く前にちゃんと、404小隊もスキャンしないとダメだよー!」
そうしてキャプテン改めメイドになった彼女は、半泣きかつ覚束ない足取りで走り去っていく。
残された二人は頷きあうと、すぐさま全人形に連絡を通達するのだった。