鉄血工造のその一室、十数人は入るブリーフィングルームにて――
「それで、おぬしらがエージェント殿より送られてきた増援と言うわけか」
壇上にはウロボロスが立ち、最前列に座った白髪の幼い人形へ複雑な表情を向けていた。
白髪の幼い人形は音も無く立ち上がると、両手でスカートの裾を摘み少しだけ持ちあげると、片足を後ろに引き、もう片方の足の膝を曲げると背筋を伸ばしたまま深々と頭を下げる。
「はい、エージェント様より、ウロボロス様の補佐をするよう命じられましたメイドと申します。以後お見知りおきを」
いわゆるカーテシーの体を取った白髪の人形は顔を上げそう言うと、口元を緩ませて微笑んで見せた。
「ふん……エージェント殿が、な。わたしはてっきりおぬしらに取って代わられるものだと思っていたが」
ウロボロスとメイドが初めて会った時、彼女はとても憔悴した様子が見られたが、今では全くその気配はない。
それどころか、拳を握りしめメイドを睨みつけている。だが、その内心は脆いもので、怯えを隠すために威嚇しているのが実態だ。
「エージェント様は貴女様の事を大層心配しておられました。その証左としてこれだけの人形を派遣されたのですよ」
そう言ってメイド――船長の背後の人形を皮肉気にウロボロスが見ると、彼女の口元が思わず引き攣った。
船長の背後に控えるのは、それぞれ特徴的な四人の鉄血人形。
「サイドアップにして左目に傷にの入ってるおぬしは、UMP45――」
「イェーガーです、仲良くやりましょう~」
ウロボロスの言葉をぶった切り、有無を言わさぬ様子で言葉を被せるイェーガー(仮)
緩い口調ながらもすさまじい意志の強さを感じたウロボロスは思わず閉口。
すっと隣に目を向ければ、これまた見た事のある人形が彼女の目に入る。
「右目の傷にツインテール、UMP――」
「あ、ガードだよ、これから一緒に頑張りましょう!」
先ほどのイェーガー(仮)よりも更に早く言葉を叩き付けるガード(仮)。彼女は左手を振りながらにこやかに笑っている。
段々諦めの境地に入りつつあるウロボロス。彼女はまたしても閉口すると視線を更に隣へ――
「切りそろえられた前髪、左目に涙のタトゥー、HK――」
「ドラグーン、ちゃんと覚えてくださいね」
ぴしゃりと言い切ったドラグーン(仮)
ばっさりとウロボロスの言葉を切った割には同情するかのような目を向けている。
その憐れんだ眼に耐え切れず、更に視線を隣へ向ければ、立ったままうつらうつらしている人形が目に入る。
「ツタのように驚異的な癖っ毛、眠そうにしているおぬしは……」
「……」
言葉を切られるかと思い慎重に言葉を発するウロボロスだが、眼前の人形は何も喋らない。
部屋の中に無駄に緊張が走る。一体こいつらは何をやっているんだと言わんばかりの状況ではあるが、やってる本人達はいたって真面目である。多分。
ウロボロスがごくりと喉を鳴らす、更に注意を払いながら唇を開く。
「……確か、G」
「……あ、ヴェスピドだよ……自己紹介終わった? また寝ていい……?」
「寝るな! と言うか結局被せるんかい!」
薄っすらと目を開けて言葉を被せるヴェスピド(仮)
これには思わず船長も苦笑い。
最後まで言い切る事が出来なかったウロボロス、マジギレである。
「おぬしら識別反応は確かに鉄血だがな、どう見てもグリフィンの回し者であろう!」
そう言ってウロボロスは叫びながら更にその後ろの人形達を指さした。
四人の後ろの人形も半分ぐらいはどう見てもIOP社製の作りであり、ぶっちゃけ髪を白か黒かに染めただけと言う手抜きかつ雑な変装ぶりである。
「そう言う計画でしたので」
「どう言う計画だ!」
「そう言う計画になったのよ」
「あ、これ鉄血の指令コードだよ。正規の物だから安心安心!」
しれっと言う船長に、更にウロボロスが突っ込んだが、それまたしれっとUMP45とUMP9――イェーガーとガードが口を挟む。
確かにコードは正規の物だ。だが、メイドと名乗った鉄血人形はともかく、どう見ても他の四人は警戒対象としてマークされていた404小隊である。
その変装も髪色ちょっと変えました、態度も見逃してよテヘペロと言わんばかりの適当なもので、指令コードも偽装できる簡素なものだ。
ウロボロスの怒りの炎に油がドバドバ注がれる勢いである。
「もうなんなの! なんなのおぬしら!?」
「鉄血人形。そう言う事になったの」
「傘がオガスなんとかを、えっと……こう、マウンティングしていい感じになったんだって言ってた。確か」
HK416とG11――端的なドラグーンとヴェスピドのぽややんとした補足にウロボロスの感情が更に刺激される。
「マウンティングってなんだ! サルか!?」
「……正直詳しい理屈なんて覚えてないし、鉄血人形の識別反応出てるならどうでもいいよね」
「お仲間になったから見逃して」
「本当におぬしら雑だな!」
ヴェズピド(G11)とドラグーン(HK416)のとぼけた発言にウロボロスは思わず何時もの鬱々とした感情を思わず忘れ、机をバンバン叩きながら素のままの怒りをまき散らす。
ぶっちゃけ船長も、こうなる事は分かっていたので最初は一人で来るつもりだったのだ。
どうしてこうなったかと言えば、それは船長がコロニー船を出る所まで時間を遡る――
「ううっ、歩幅が全然違う……その上、この服装も走りにくい……!」
ててて、と小走りにコロニー船の廊下を走る船長。何時もなら動きやすい服装を好み、人間社会で活動する時も大体スーツの彼女にメイドのスカートはとても動きにくかった。
そんな状態でも慌てて走る彼女は、まだ単独での鉄血工造行きを諦めてはいない。
時刻は夜、夜勤、或いは夜間警備の人形以外は思い思いに休憩を取っている時間帯だ。404小隊にさえ見つからなければ大丈夫、そう思っていた。
曲がり角にさしかかると、急に人影がその角から姿を現した。
思わず足を止めそうになる船長だったが、慣れない義体と言う事もあって思いっきり足をもつれさせ、転んでしまいそうになった。
「よっと、船長捕まえた~」
そんな船長をひょいっと捕まえ、腰をぎゅうぎゅうと抱きしめたのはUMP9。
髪を黒く染めた彼女は久しぶりに会えた船長を満喫するべく、その柔らかい頬を擦り合わせた。
「9!?」
「うんうん、9だよぉ。義体が変わって声も変わったけど、やっぱり仕草を見ると船長だって分かっちゃうなあ」
思わず口に手を当てて驚いた船長に、UMP9は少しだけ拘束を緩めると股の下に腕を入れ抱っこすると、嬉しそうに彼女と視線を合わせる。
「えっと、その……」
「あ、今更誤魔化して無駄だよ。船長の新しい義体ってもうみんなに姿形は知れ渡ってるから。ほら首に手を回して」
「情報漏洩!?」
言われるがままUMP9の首に手を回しながら驚く船長だったが、またまた角から現れた人形――UMP45がにっこりと笑いながら口を挟む。
「特に口止めしてませんでしたよね。依頼されたその日――いえ、もっと前からこうなるだろうとみんな予想つけてましたよ」
口をパクパクさせていた船長だったが別の通路から現れたHK416とG11を見て、完全に逃げれないことを悟る。
UMP9に捕まった時点で逃げれないのだが。
「身内に甘ったるいのが悪いとは言いませんが、船長は少々度が過ぎると言うか」
「甘ったるい!?」
ショックを受ける船長だが、割と彼女は身内に甘い。
ぶっちゃけ今回の件も、やろうと思えばエリザはコロニー船の全てを掌握する事だってできる。
ただし、普段から運営に頭を悩ませている船長やエージェントを見ている子供が、将来そうなりたいと思うかどうかは別であるが。
「あはは、タチコマなんかにも甘々なHK416が言ってもあんまり説得力無いよね。この間なんて、香り付きのオイルねだられてこっそり入れてたくせに」
「んなっ……!?」
船長を諭すHK416だったが、G11の茶々に思わず顔を赤くする。
――自分の専用機にねだられてオイルを入れ、その後、洗浄やらなんやらまで手を入れているHK416だが、それを自慢して416機は周りにデータの共有をした。その為、他のタチコマが盛大に羨ましがり、色々と揉めたのは別の話である。
思わずイラっとしたHK416はG11に近づくと、そのもちもちとした頬をつねり上げる。
「そう、じゃああんたには厳しくしてあげる」
「ひぃ、いひゃい、いひゃいよ416……!」
こうして一見、G11に厳しくしているHK416だが、プライベートでは口煩くしながらも面倒を見ているのは周知の事実だったりする。面倒な事になるので誰も指摘しないが。
「ほらほら、じゃれ合ってないで移動開始。じゃないと船長が困っちゃうわよ」
そうしてじゃれ合いを止めるのは、やはり隊長であるUMP45。
彼女に先導されて格納庫に着くと、そこには迷彩を施された一台の装甲輸送車と、待機していた人形が船長の視界に入る。
完全に見破られていた船長はため息を吐くと、困ったように、だが嬉しそうに笑うのだった。
時を戻し、喧々囂々とした鉄血工造のブリーフィングルーム。そこでは更にウロボロスがヒートアップしていたが、それをのらりくらりと404小隊が受け流している。
本来、エージェントやエリザの策が遂行されていたならば、彼女達は殺し合う運命にあった。それが今、こうして一同に会してじゃれ合っている様は、見る人が見れば不思議なものを感じるかもしれない。
「ちゃんとエルダーブレインの命令コードも有りますよ~」
「いや、本当におぬしらなんなの? なんでそれ最初に出さないの? ねえ?」
現存の技術では偽装不可能なエルダーブレインのコードを見て、思わず真顔でキレるウロボロス。
そこに、船長がズイっと顔を近づけた。
「な……なんだ?」
くんくんと鼻を鳴らしながら近づいてくる船長に、ウロボロスは思わずたじろぎそうになるが、彼女が身を引いた分だけ船長は更に間合いを詰める。
「ウロボロス様」
そうして彼女の服に顔を近づけると、じっとりとした視線をウロボロスに寄越す。
何を言われるのかとドキドキしているウロボロスに、船長はただ一言だけ告げた。
「臭いです」
ぽつりと呟かれたその一言に、ウロボロスの動きが止まる。
機先を制して見せた船長はG11に目配せすると、右手を船長が、左手をG11が握りしめると二人して引っ張り始めた。
「ま、待て、臭いとは何だ臭いとは!」
「老廃物ではなく、硝煙や腐臭が凄いです。戦場に出てからそのまま何日も身を清めてないのは上司的にアウトかと」
「……上司云々以前に、女性体としてもどうかと思う」
「と言うわけでリフレッシュです。さあさあ、行きますよ」
その感触で我に返ったウロボロス。拒否しようと振りほどこうとするも、船長とG11の言葉に再びノックアウト。
そのまま引きずられるようにブリーフィングルームから連れ出されるウロボロスを見送ると、他の人形も一斉に動き始めた。
「とりあえず、娯楽用に料理ね」
「あの分だと電力補充だけで済ませてそうだもの。精神的に悪いわ」
「私は掃除に向かいますね」
「んじゃ、こっちは整備の方に顔出してくるー」
移動を開始する人形達。UMP45とHK416は料理の配膳として船長とウロボロスに侍る予定である。
身を清め、いくらかすっきりした様子のウロボロスを食堂へと連れて行き、あれやこれやと世話を焼く船長。
彼女は基本的にトップに立つよりも奉仕する事を好む性質もあり、それはもう楽しそうにしていた。
船長はいずれは誰かにトップを譲り、その全ての技術や施設を託すつもりだ。
指導者としてみた場合、彼女は少々私情を挟み過ぎるきらいがある。彼女自身もそれを自覚していた。
エリザやエージェント、或いはUMP45やHK416が成長すればとも思っていた。
だがしかし、ここでの問題は、今候補にあがった面々が全くその気が無さそうと言う事だった。
そこに、
上昇志向が強く、自分には難しい冷酷な判断も下せる。
これはもう、成長して跡継ぎになってもらえば良いんじゃないかと言う発想である。
仲違いしてる状況はマズい。仲を取り持つ必要があるだろう。だが、その辺りをクリアしたのならば――
喜びに満ちた表情で見られるウロボロスは困惑しながらも、どこか満たされるものを感じていた。
食事を終えて一服していると、再び今後の事について両者は語り合う。
ウロボロスの険も幾らか取れ、張り詰めていた雰囲気は大分和らいでいる。
「とりあえず、今日連れてきた人形は私の指揮下の元で働きます」
「私に直接的な指揮権はない、と?」
「ええ、私がウロボロス様からの指示を受け、その指示を達成するべく私が彼女達に仕事を割り振る形になりますね」
「……ううむ」
思い悩むウロボロスだったが、これはもうエリザの決定事項――と言う事になっている。
彼女がネガティブな思考に辿り着く前に、船長はずいっと顔を寄せる。
強い意志の籠った金眼が白髪の隙間から覗く。
「ウロボロス様の能力が高いのは仕事ぶりからも把握しております。ですが、それではいけません」
その強い視線に思わずたじろいでいたウロボロスだが、全否定されるわけではないと分かると幾らか気を落ち着けた。
「……なぜだ?」
「今回、ウロボロス様に求められるのは実務ではありません。あなた様が命じ、我々が動くという事が大事なのです」
「……」
僅かに考え込むウロボロス。そこに船長が更に言い募る。
「能力に応じた場所へ部下を配置し働かせる事が重要なのです。確かに、鉄血のハイエンドモデルは前線指揮から優秀な兵士としての役割まで熟さねばなりません。
ですが、今回エージェント様があなた様に求めているのは管理者としての能力。言わば、他者を扱う能力ですね」
なお、この言葉は割とブーメランとして船長本人に刺さる。刺さるが気にしてはいけない。後ろで404小隊も苦笑い。
本人も気づいてはいるが、それはそれ、これはこれ、と心に棚を作るのが説教の秘訣である。酷い話だ。
「……だが、わたしが動いた方が早い」
「そこです。ウロボロス様が優秀なのは間違いありません。
そんなあなた様は、他者が自分より仕事が出来ないのを歯がゆく思うかもしれませんが、そこを考えて人員を増やしたり、仕事量を変えたり、適した場所に移動させるのが管理者のお仕事です」
「……」
難しい顔で黙り込んでしまったウロボロスに、船長が穏やかに笑いかける。
「とりあえず、今日はもうお休みいたしましょう。メディカルチェックにデータ整理も怠っていますね?
いけませんいけません、ちゃんと処理しないと本来のスペックを発揮できませんよ」
「お、おい、また引っ張っていくつもりか」
ぎゅっと手を握りしめられ狼狽えるウロボロスだったが、その手を振りほどく事はなかった。
その護衛につくG11とHK416。UMP姉妹はお片付けだ。
ウロボロスの個室にまで辿り着くと、船長は振り返ってウロボロスの顔を見上げた。
「スケジュールには目を通しました。明日の朝までゆっくりお休みください」
「……ああ」
扉を開けて部屋の中に入っていくウロボロスを見送ると、船長は護衛の二人にふんすとやる気を見せる。
「さて、とりあえず、小さい雑務はこちらで処理してしまいましょう」
「重要な案件の判断が指導者の役割ですからね」
意味有り気なHK416の流し目に苦笑する船長だったが、彼女が小さく頭を下げて詫びるとHK416は軽く肩をすくめて見せた。
「別に責めてるわけではありませんよ」
「うぐぐ、昨日に続き今日はなんだか散々な気が」
「はいはい、それじゃあ行きましょうねぇ」
そう言って肩を落とす船長をHK416は抱きかかえる。
前日にUMP9が抱きかかえていたのを見て、自分もやりたかったと言う欲望をちゃっかり発散するのに成功した彼女は、G11を引き連れ上機嫌のまま部屋の前から歩き去るのだった。
部屋に一人残ったウロボロスは、ベッドに横になっていた。
「……久しぶりに、騒がしく感じたな」
ぽつりと呟き、暗闇の中で思わず自分の手の平をじっと見つめる。
思い返せば、他のハイエンドモデルが居た頃は煩わしく感じもした、だが、今は――
「あたたかかったな」
あの喧騒が消え、仕事に追われてから久しく感じた事が無かった感情だった。
そうして小さく息を吐くと、僅かばかりの寂しさを抱え、眠りにつくのだった。