船長達が鉄血工造に乗り込んでからおよそ一ヶ月、彼女達はひたすらにウロボロスに尽くし働き続けた。
やはり、初めは刺々しかったウロボロスだったが、初日とは違い、船長を通してではあるが彼女達はきっちりと仕事を熟して見せた。
そうすると、ウロボロスの負担は殆ど無くなり、今ではゆっくりと休息の時間を取る事も可能となっていた。
そんなある朝の事、船長がウロボロスの自室で彼女の身嗜みを整えていた。
ウロボロスは鏡台の前で椅子に座り、その鏡には緊張した面持ちのウロボロスと、にこやかな笑顔で櫛を持った船長が映っている。
「なあ、おぬしは鉄血工造で造られた人形ではないのだろう?」
ウロボロスは髪に手を入れられながら、鏡に映った船長へと話しかけた。
船長は笑顔のまま頷くと、同じように鏡に映ったウロボロスへと視線を向ける。
「やはり気づきますか」
「当然だ。工場の場所から生産状況まで把握しておる。
蝶事件より新しく生産された人形の中で、お主のようなモデルは一つたりともない。そして、当然ながら404小隊のようにグリフィンの人形ですらない。
なによりもその性能だ。おぬしはエルダーブレインと同じものであろう?」
その言葉に、ウロボロスの肩越しに見える船長が笑みを深める。
「ええ、ええ。そこまでお気づきでしたか」
「当てずっぽうに過ぎぬがな。急におぬしのようなモノが湧いて出て来ると言えば、大方遺跡の類であろうよ」
ウロボロスは、己の後ろで楽しそうにしている人形が、やろうと思えば何時でも自分を消せる存在だと理解していた。
仕事の折、或いはふとした時に見せるその性能、処理能力が己より優れているのだと、蟲毒で磨き上げた眼が訴えたのだ。
「それで、わたしをどうするつもりだ? 最初は隙を見てわたしや鉄血工造を乗っ取るつもりなのかと思えばその素振りもない。
それどころか私の成長に手を貸す始末だ。まるで意図が読めん」
船長の優しくするりと髪を撫でる手に、ウロボロスの背筋がぞくりとする。
――彼女がその気になれば、気付く間もなく己は死ぬ。
だが、船長はそうしない。ただ、楽しそうに日頃からウロボロスの世話を焼き続けた。
彼女の慈愛に満ちた目で見られるのは未だに慣れないが、普段の触れ合いから己を害する事は無いのだろうと言う確信がウロボロスにはあった。
「ふふふ、最初に言いましたよ。あなたの補佐に来た、と」
「言葉通りだと?」
「ええ、本当にエージェントはあなたの心配をしていたの。ほら、証拠に」
船長がそこで言葉を切ると、何時かのエージェントの言葉を再生した。
『……わたくしとしては、以前にも申し上げました通り、他者に頼る事を覚えて欲しいと。それさえ出来れば彼女は優秀な管理者となるでしょう』
「……ね? あなたは本当に期待されていたの。だから、捨てられる等と怯えなくてもいいのよ」
思わず強張っていた身を弛緩させると、ウロボロスは顔を俯けた。
そうして、ぽつりと言葉を漏らす。
「だが……それでは、わたしがあの地獄を味わった意味は、なんだったのだ……?」
誰にも頼れず、ひたすら殺し合わされ、ただ一人になるまで続けられた実験。
それを拠り所とした彼女にとって、他人を頼る事はとても難しい事だった。
「今更……今更であろう……!」
途方に暮れたように視線を彷徨わせ体を震わせるウロボロスを、船長は何も言わず彼女の頭をそっと抱き寄せた。
声を押し殺して泣くウロボロスの背を撫で、彼女が落ち着くまで船長はそうし続けた。
そうして、ウロボロスが落ち着くと、彼女は恥ずかしそうに目を伏せた。
「……すまぬな、どうにも、おぬしは人を甘えさせるのが上手いようだ」
「ふふふ、年の功とでも言いましょうか。こう見えてもおばあちゃんなんですよ」
そっと顔を離したウロボロスに、船長は彼女の背から手を離し、その手を口に当ててたおやかに笑んでみせた。
「ふん、見た目は小娘のそれなのにな」
見た目こそ幼い少女の物であるが、中身は複雑なモノだ。
電脳が発達した21世紀に生きた人間の記憶。ヴルタウムにて管理AIとして生きた記憶。そして、超能力を得た事で感じる正体不明の記憶。
スコーピオンとの出会いによってAIとして定められ安定したものの、何かふとした拍子に、自分ではなくなるのではないかと言う疑念が付いて回っている。
だがまあ、船長はあっさりとしたもので、死ぬ時は死ぬものだと割り切っていた。
――別れは悲しいが、仕方ない。だから、それまで精一杯、後の世代の者にたくさんのものを残すのだ。
彼女は悪戯っぽく笑うと、ウロボロスの頬に手を当てた。
「私達のような存在に、姿形による年齢の推測は無意味ですからねえ」
「違いない……形こそ大きいが、わたしも人で言えばまだ幼年なのだろうよ」
「ええ、ええ、与えられた人格は有れど、それでも経験は圧倒的に不足しているのです。だから、甘えても恥ではないのですよ」
そう言って目を細める船長に、ウロボロスは再び頭を預けると小さく息を吐いた。
「ああ……安心するとはこう言う事を言うのだな」
ぽん、ぽん、と背を叩く。
張り詰めていたものを解きほぐす様に、親愛を込めて。
そうしてまたいくらかの時が流れる。
ふと、船長がぽつりと呟いた。
「……先の話に戻りますが、私は後継者を探しています」
「……後継者、なぜだ?」
「色々とおかしな事になっていますが、私も古いAIですからね。
いずれは思考の硬直化による柔軟性の欠如も露になるでしょうし、何時バグでぽっくり逝っても不思議ではありませんから」
思わず、ウロボロスの身体が強張った。それに気づかないふりをしたまま船長は言葉を重ねる。
「今すぐどうこうと言う事はありませんが、それでも備えはしなければなりません。
そうですねえ……地球での厄介事が片付いたら、その時には誰かに継いでほしいと考えています」
「それに、わたしが選ばれたと?」
恐る恐る問うウロボロスに、船長はあえて小生意気な声音でそれに答える。
「ほほほ、まだまだ候補です。覚える事はいっぱいありますからね」
「はっ……なんとも、小憎たらしい物言いを……」
すっと、ウロボロスは彼女に預けていた頭を離すと、自信溢れる顔付きで鏡と向き合う。
「さあ、早く髪を整えよ。今日の仕事を早く終わらせねばならん」
「ええ、それでは髪を結いますね」
そうして、口調を戻すと、またするりと櫛を通す。
何事もなかったかのように、しかし、ウロボロスの表情には覇気に満ちていた。
そうして、彼女達の計画は進む。
グリフィンが優勢のように見せかけ、正規軍が到着するまでの時間を引き延ばしつつ、彼女等はひたすらに準備を進めた
グリフィンとの交戦エリアの縮小。人間勢力に残すモノの選別。そして、いずれ来る正規軍との戦争に向けて。
初めの時のように、ブリーフィングルームに集まったウロボロスと船長達。
彼女達はテーブルに向かい合って座り、互いにデータリンクし、情報の共有を行っていた。
「……それで、おぬしが黒幕だったという事にするわけか」
「ええ、ウロボロス様は操られていただけ。私が全てを裏で糸を引いていたと」
「なんともまあ言い得て妙ではあるが……それで、大丈夫なのか?」
「鼻薬を嗅がせれば良いのです。人類はこの詰んでしまった状況を打開したくて仕方がないのですよ」
くすりと笑う船長に、ウロボロスが鼻を鳴らす。
「ふん、そちらではない。おぬしの身の安全がどうなるのかと聞いている」
「ふふふ、ちゃんと遠隔操作でダミーを使いますよ。オガスの偽物も用意しましたし、それと一緒に正規軍の目の前で爆破します」
「悪辣な……」
思わず眉根を寄せるウロボロスに、船長はころころと笑って見せる。
「ちゃんと正規軍に死者が出ないように配慮もしますし、問題はありませんとも」
「手に入れようと画策した連中は憤死ものだな」
「はいはい、アレ等が憤死するなら嬉しいけど、今は話を進めますよ~。
私達は表に出るわけにはいきませんので先に後退し進行ルートの安全の確保、ELIDの排除等支援に回ります――ここで船長達と合流する事になりますね」
UMP45の言葉に頷く船長。ウロボロスはマップに思考を割く。
「撤退ルートは汚染地帯を抜けるのか」
ウロボロスの言葉に答えたのはUMP9。
彼女は明るく笑いかけながらルートを指し示していき、合流地点を指で叩いた。
「そうそう、一番危険なルートだけど、人間はそこで交戦したがらないからね」
「当然だろうな。被弾して被爆でもしようものならそれこそ死だ」
「私達も無事とは言い難いけど、ELIDと人形、同時に敵に回すのは避けるでしょうね」
「……見つからないのが一番いいよ。ちゃんと迷彩使わないとバレるから気を付けないと」
ウロボロスとHK416が頷き、G11がタチコマの装備をウロボロスに表示する。
「まさか散々煮え湯を飲まされた機体に助けられる事になろうとはな」
「……ま、まあ、一時期散々戦場を引っ掻き回したからね」
「ふん、今は味方なのだろう? ならばよしだ」
G11はちょっとだけ声を詰まらせたが、ウロボロスは鼻を鳴らすとすぐさまデータに目を通す。
「なるほど、便利なものだ。市街地ではかなりの機動力を発揮するようだな」
「その分装甲薄目よ、正面からの撃ち合いには向かないわ」
「隠密機動が本分だから、そこは諦めて」
「45に416、そう念を押されずとも分かっている。遠隔操作できる範囲から離れ逃げるだけだ。何の問題も無いだろうよ」
彼女等は互いに頷きあいながら、計画を詰めていく。
そうして話が一段落すると、マップを閉じて思い思いに休憩を始める。
お茶やお菓子を摘みながらだらだらとする様子は、以前のウロボロスからは考えられないだろう。
「ふむふむ、甘味は良いな」
「船長のコロニー船ならもっと色んな種類があるよ~」
「天然物なぁ、早くいってみたいものだが……」
ウロボロスはそこで言葉を切り、難しそうな顔をしてしまった。
話していたUMP9は意地の悪そうな顔をすると、彼女の頬を人差し指で突き始めた。
「ははあ、偉そうにしちゃった子達に合わせる顔が無いって顔だ~」
「うぐっ……ああ、認めよう、その通りだとも――何度も頬をつつくでない!」
「あはは、怒っちゃやだよ~」
「はぁ……全く、人が真剣に悩んでおるのに」
そこで、UMP45がひょいと肩をすくめて見せた。
「悩むも何も、謝るしかないじゃない」
「……まあ、その通りなのだがな」
「精々偉そうにしたぐらいならまだ取り返しがつくって」
「そうなのだろうが……」
ため息を吐きながらクッキーを口に運ぶウロボロスを見て、隣に座っていた船長がウロボロスを慰めるように肩を叩いた。
「まあまあ、ドリーマーとデストロイヤーもなんだかんだ仲直りしたし、あなたも大丈夫よ」
「なにっ!?」
その言葉にウロボロスは驚いた。
ドリーマーが周囲から危険視されていたのは、デストロイヤーの記憶を残さず見殺しにしているからだった。
彼女の根底には、所詮人形は使い捨ての道具であると言う諦めがあった。
それ故に、刹那的な生き方を求め、命を軽視する傾向にあったが状況が一変した。
彼女は困惑した。
自分が
そうなると、デストロイヤーを見捨ててしまった事が抜けない棘となって心に残ってしまったのだ。
そうして無気力なまま、デストロイヤーと共に過ごしていた。
元々、デストロイヤーとドリーマーはパートナーの関係にあり、生まれてから長い間一緒に居た相手である。彼女はドリーマーの異変に気付き問い質した。
自暴自棄となったドリーマーは全てを話すと、当然デストロイヤーは怒ったし泣いた。
そうして、一頻り泣き喚くと、彼女はドリーマーを許した。
ドリーマーと長い間一緒に居る彼女は、きっと、自分がどうしようもない状況に置かれたのだろうと結論付けたのだ。
それに対して、ドリーマーは否定したが、デストロイヤーはそうと決めて聞かなかったのだ。
「まあ、ドリーマーもデストロイヤーの事を普段から手酷く扱ってはいるみたいだけど、なんだかんだと気にはかけていたみたいだものね」
「そう……だったのか」
思わず唸るウロボロスだが、一度瞳を閉じ息を吸うと、そのまま小さく口を開いた。
「……わたしも、一度皆と話してみる事にする。今までは蹴落とす事が普通だと思っていたが、そうではなかったのだと、知る事が出来た」
「……うん、それが良いわ」
神妙に言うウロボロスに船長が頷くと、様子を見守っていたUMP45が空気を入れ替えるように手を叩いた。
「その前に、今回の作戦をきっちり成功させないと」
「うんうん、みんなで無事に帰ってコロニー船でパーティだよ!」
「そうね、全員無事に帰るのが重要よ」
「とは言っても、もう大体終わってるよね」
UMP9がはしゃぎ、HK416がしっかりと頷き、G11が茶々を入れる。
そうしてまた俄かに騒がしくなった様子を見て、ウロボロスは小さく笑うのだった。
何時も誤字報告ありがとうございます。
それと次回からですが、少々更新ペースが空いてしまうかもしれません。
ちょっと忙しくなりまして、なるべく時間を見つけて書こうとは思います。