先駆者達の遺産   作:maple_forest

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第26話

 とある軍事施設、その一室にて、カーター将軍は沈痛な表情で額を押さえていた。

 目の前のモニターには、軍事行動中の機械歩兵のレコーダーによる映像が流されていた。

 そこには、破壊されたウロボロスと、アドミンと名乗った白髪の鉄血人形が、哄笑をあげながら爆散するシーンが写されていた。

 

「なんと言う事だ……まさかオガスが破壊されるとは」

 

 傍らに立つエゴールは眉間を揉むカーターの心中を察し、絞り出すかのように声を出す。

 

「……誤算でしたな」

 

 カーターは一度大きく息を吐くと、鉄血工造鎮圧、と小さく書かれたニュースペーパーの上に手を置きこれからの事に思いを巡らせる。

 

「……だがしかし、これで我々の所業が闇に葬られたとも言える。まだ、これからだ」

 

 そう言ってカーターはモニターの映像を切り替える。

 

「はい、件の遺跡にて発見された細胞ですが、恐るべき能力を有しているようです」

「うむ……」

 

 モニターには専用の実験漕に入れられた、白とピンクのまだら模様のマウスが映っている。

 白い毛に覆われている体を、肉塊が塗り潰すかのように蠢動している。

 小さい足はねじれ曲がり、それぞれが不揃いな長さへと変わり、悶え苦しみながら痙攣を繰り返している。

 

 時折肉塊がレーザーで焼かれるが、その度にマウスを取り込む速度を上げ変異を繰り返している。

 変異を重ねる毎にレーザーの出力を上げ、最終的には最大出力でそのマウスだったものを焼き尽くす所で映像は終了している。

 

「凄まじい再生能力だな」

「……恐ろしいものです。軍用に勝るとも劣らぬレーザーでようやくと言ったところですな」

「使い方を誤れば、一瞬でこちらが食い潰されるか?」

「……その可能性は高いかと」

「遺跡から出る先駆者達が遺したものとはそのようなモノばかりだが……ううむ」

 

 その映像データと共に送られてきた資料には、人間の脳を改造し、専用の制御システムに組み込む案が記されている。

 だが、その為の実験には――

 

「……被検体の確保はどうなっている?」

「はっ、貧民のそのほとんどはノアによって保護されています。そのため、保護の対象から外れた犯罪者を使う手はずとなっております」

 

 カーターはおもむろに立ち上がると、窓辺の近くへと歩を進める。

 そうして、薄暗い雲を見上げると、意を決したように呟いた。

 

「彼等には致し方ないが、なに、この国を、ひいては世界を救うためだ。これは仕方のない犠牲なのだよ」

「ええ……研究の進展と同時に犯罪者の始末も出来る。良いこと尽くめですな」

 

 彼等は、真にこの国を憂いている。

 だがしかし、彼等のその選択がどう転ぶかは、まだ誰にも分からないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 船長達が爆破される鉄血工造を背後に脱出し、汚染地帯を抜けコロニー船に帰還すると、入り口で待っていたエリザが飛び出してきて船長へ泣きついた。

 

 どうにも、コンティンジェンシーを追い詰めたのは良いが、奴らはよりにもよって船内の中枢へと逃げ込んでしまったのだ。

 中枢を除いてネットワークを切断したために、コロニー船内の普段の運用には全く問題はないが、これにより船長のバックアップは全滅。

 それと同時に、船として航行する事は不可能となってしまった。

 

 機密保持や管理者権限等、重要な機能を持つ船長のデータは中枢でしか保存されない。

 厄介な事にその辺りが複雑に絡み合ってしまい、船長の人格データだけを保存する事は出来なかった。

 

 だが、船長はあっさりしたもので

 

「まあ、仕方ないわ。幸いな事に建設船は出来たし、技術データや工場内の権限も他のみんなに移して有ったし問題無し!」

 

 と言って笑って許した。

 

「そもそも、私がいっぱい食わされたのが事の発端であって、エリザはそのフォローをしてくれたの。

 私が怒れる所なんて一つもないわよー」

 

 船長がエリザの手を両手で包み込み何度も振ると、彼女はおそるおそる目線を上げて船長の顔を覗き込んだ。

 屈託なく笑う船長に、少しだけ安心したエリザは次の報告を口にする。

 

 組織の運営は滞りなく円滑に進んだ事。

 船長の新しい義体の製作にもう少し時間がかかる事。

 そして最後に、超空間通信の確立に成功し、建設船が一度戻ってきた事。

 

 と言うわけで、急遽行われることになった、鉄血工造解体&宇宙開発記念パーティー。

 コロニー船の公園をアーキテクトが整え、中央にステージを作り、同時に撮影機器も持ち込まれ、映像はコロニー船街で活動中の人形達にも届けられる。

 

 夜空が写されたコロニー船の天井、公園はライトアップされ、所々に料理や飲み物が乗せられたテーブルが置かれている。

 壇上には船長を中心に、左右に建設船のリーダーとウロボロス、その背後には新たに加わった鉄血人形と建設船の船員達が立っている。

 船員の中にはP38の姿があった。現在目立っている内の一人である彼女は、凄まじいドヤ顔を浮かべているのを仲間から冷やかされている。

 

 長いスピーチを好まない船長は、新しく加入したウロボロスの紹介を行い、建設船のメンバーを大いに労うと――

 

「それじゃあ、堅苦しい事はこれでお終い。今日はめでたい日だから、みんなで飲んで食べて騒ぎましょう!」

 

 そう言って締めくくるのだった。

 

 スピーチを終えた船長はウロボロスの手を引き活気づく公園内を歩いていく。

 そうして、鉄血工造のハイエンドモデルが集まっているテーブルへと近付くと、硬い顔をしたウロボロスの背をポンと叩いた。

 

「今まですまなかった」

「ああ、いいぞ。次からは気を付けてくれればそれでいいさ」

 

 頭を下げるウロボロスに、エクスキューショナーはあっさり許した。

 肩をすくめるハンター。アーキテクトとゲーガーも似たような反応で、あっさりとしたものだった。

 スケアクロウはそう言うものだと元々気にしていない。

 デストロイヤーは恐る恐るではあるが謝罪を受け取り、その後ろに居るドリーマーは権限が及ばなかったので反応は薄い。

 

 他にもイントゥルーダーやアルケミストも居たが、こちらもスケアクロウ同様にそのようなものだと認識していたし、これからはその権限も及ばず自由に生きられる為に気にしても居なかった。

 思わず拍子抜けするウロボロスだったが、エージェントに手を引かれて席に座ると、また小さく頭を下げた。

 

 それを見守っていた船長は、ぎこちないながらも打ち解けようとするウロボロスを見ると満足そうに頷き、そっとその場から離れた。

 

『――ありがとうございます』

 

 離れる間際、エージェントから短い通信が入ったが、船長は振り向く事無く後ろ手を振るだけに留めた。

 そうしてふらふらと色んな所に顔を出しては言葉を交わして離れる事を繰り返す。

 

 なんとなく、船長は近くの高台の上から公園を見下ろす。

 誰も彼もが楽しそうに笑い合い、将来の夢を語り合う。

 

 ――なんだったのだろうか、凄く、懐かしいような気がする。

 

 ふと、その光景が何かと重なって見えた。

 まだ、宇宙船として機能していた頃、誰もが新天地に夢を見た。

 

 ――ああ、そうだ、あの人達は故郷を離れる時に、こうして夢を語っていた。

 

 理由は様々だが、それでも、誰もが希望を持って星の海に飛び出したのだ。

 しかしそれが――

 

「はぁ……」

「めでたい席なのに、なんで急にため息吐いてるのー?」

「あら、ま。いつの間に」

 

 あの惨状を思い出し思わずため息を吐いた船長だったが、何時の間にか近づいてきていたスコーピオンに目を丸くした。

 スコーピオンは悪戯っぽく笑い船長の隣に並び立った。

 

「何か悩み事?」

「んー……昔の記憶でちょっとねー」

「おやまあ、珍しく昔の事で悩んでるんだ。」

 

 今度は逆に目を丸くするスコーピオンだったが、その様子に思わず船長は苦笑した。

 

「私だって少しぐらいは過去を偲んだりするわよ」

「だってねえ、船長って悩むぐらいなら突き進むって感じだし」

「んー、否定はしないけど……」

 

 船長はそこで一度言葉を区切ると、手すりにもたれかかり夜空を見上げる。

 

「ただまあ、これまで悩んでも仕方ないと思ってがむしゃらに走り続けてきたけど」

 

 ちらりと、背後に視線を向ければ、壇上の上では飲み比べをしているUMP45やHK416達と、司会役のUMP9とG11が騒いでいる姿があった。

 他にも、穏やかに笑い合う鉄血組や、スラム街で出会った人形達も、今回の主役である建設船の船員達に宇宙での話をせがみ、楽しそうにはしゃいでいる。

 

「きっと、コロニー船のAI(むかしのわたし)が見たかった景色はこれだったんだろうなあって」

「そっかあ……」

 

 船長は夜空に一つの映像を映し出した。

 それは、建設船から搬出された無数の小型ロボット群で、今もまた宇宙で作業を続けている。

 その光景に誰かが気付き、一人、また一人と宇宙を見上げる。

 誰もが夜空に映し出されたそれらに目を奪われた。

 

 世界は崩壊液に壊され、宇宙への道は閉ざされた。

 宇宙開発など夢物語に過ぎなかった。

 だが今は違う。徐々にではあるが、確かに前へと進んでいる。

 

「記憶や人格が不確かなのは、現実を認めたくなかったのかもしれないわね」

「……そりゃまあ、あんな事が起きれば現実逃避したくもなるでしょ」

「現実逃避で済まなかったのがねえ……壊れた人格を補強するために、別人のデータを読み込んでしまって、きっともう元には戻らない」

「私としては今更知らない人になられても困るし、戻らなくていいなー……元の船長には悪いけど」

 

 スコーピオンの率直な物言いに船長は小気味良さすら覚え、思わず笑いだしてしまった。

 

 ――初めて出会った時から、この小さなパートナーには助けられてばっかりだ。

 

「スコーピオン」

「ん?」

 

 手すりから背を離しぐっと拳を突き出せば、意図を察したスコーピオンも己の拳を合わせた。

 

「これからもよろしく」

「ははっ、なんだか今更感あるけど……こちらこそ」

 

 そうして、再び彼女達はお互いに手を取り合う。

 

 

 

 ――まだまだ困難は続くだろう。だが、皆が力を合わせれば切り抜けられると、素直に信じる事ができる。

 

 

 

 空から視線を戻せば、騒がしさを取り戻した会場が見える。

 壇上のHK416がべろんべろんに酔っ払いUMP45に絡み、UMP45は仕方なさそうにしながら目を回しかけているHK416を介抱している。

 

「あの子、お酒弱かったのね……」

「あはは、船長は普段から仕事ばっかりだし、どこか一歩引いてるからね……ほらっ、あたし達も行こうよ!」

「えっ? あ、いやちょっとぉ……!?」

 

 スコーピオンは船長の手を取ると、そのまま駆けだした。

 思わずらたらを踏む船長だったが、スコーピオンは気にする事なく進み続ける。

 スコーピオンは船長を連れて有無を言わさず壇上へと登り、何時の間にか飲み比べに参戦していたエクスキューショナー達と飲み漁る。

 

 困惑していた船長だったが、肩に腕を回すエクスキューショナーに酒瓶を口に突っ込まれる。

 それを何とか飲み干すも、次はハンターがグラスを口に寄せてくる。

 逃れられないと悟った船長はヤケクソ気味に口をつけた。

 

「ごほっ……ごほっ……! ああもう、今日はとことんまでよっ……!」

「はははっ、いいぞいいぞ、そうこなくっちゃぁ!」

 

 げらげら笑うエクスキューショナーからなみなみと酒の入ったグラスを再度受け取ると、船長はそれを一気に飲み干した。

 

 夜遅くまでパーティは続けられ、後日、無駄に再現された二日酔いに悩まされるのは別の話である。

 

 

 








少し短いですが今回はこれでおしまいです。
GW中も仕事が入り、更新が微妙な感じになりそうです、申し訳ない。

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