鉱山の地下深くに埋もれている先駆者達のコロニー船。
その内の工作室で女性が椅子に座って端末を弄っていた。
(んー……もうそろそろ大型トンネルも出来るかな。トレーラーにコンテナを二つ連結させて、一つは居住区にしてっと)
作業に集中する女性の背後に忍び寄る影が一つ。
(むっふっふー、集中してる集中してる。悪戯するなら今だよねえ)
金髪の少女――スコーピオンがゆっくりと腕を女性へと伸ばしていると、端末を弄っていた女性の腕が急に動いた。
「わわっ」
女性は伸ばされた腕を掴むと、すっぽりと自分の腕の中にスコーピオンを納めた。
「なぁんだ、船長気付いてたんだ」
スコーピオンは女性――船長を背もたれにし、抱きしめている船長の腕に手を添え体を弛緩させた。
「まぁね。それで、シミュレーターでの訓練はどう?」
「んー、あんまりー。そっちはどう?」
「こちらは上々よ。もう少しすれば鉱石の安定供給が可能になるわ」
「おおー、これで発電施設と鉱山を増やすんだね」
「そうね、採掘施設を動かすのも電力が必要なのよね」
それ以外にもいっぱい使うし、と疲れたように船長はぼやいた。
船長がスコーピオンを迎え入れてから半年経過していた。
彼女は一人で細々と資材を集め、地下資源を採掘する設備を整えていた。
「後は人手ねー。私だけで作業するのも限界があるし。施設が増えると現場の管理監督官や資源の運搬とか事務員とか
例を挙げればきりがないけど、とにかく労働者や管理者の数が必要なのよねえ」
「あたしも手伝いたいけど新しい体の制御がどうにもねー、昔の感覚でつい動かそうとしちゃったり、切り替えが難しいよぉ。
うっかり物を壊しそうになるし怖いから訓練を手伝ってよー」
「作業しながらになるから無線開けてくれる?」
「あ、有線! 私有線が良い!」
「はいはい、ちょっと待ってね」
そう言って船長はうなじにあるコネクタを露出させた。
スコーピオンは船長の膝の上で体の向きを変え、お互いの顔が正面に見えるように座りなおした。
そして、首に抱き着きながらケーブルを接続した。
「ふんふーん」
「有線好きねえ」
「うん!」
現実では体を密着させ、強度の高い回線で大容量のデータをやり取りする事をスコーピオンは好んだ。
「ほほー……と、ほら、信号流すわよー」
「と、と……んん、くすぐったい感じがするー」
ご機嫌な様子で鼻歌を歌うスコーピオン。、
船長の今の体は遺伝子強化兵をベースに作成された肉体だ。
船長の体から発せられる体温を感じながら自分の義体を制御されるのは何とも言えない幸福感がある。
「甘えん坊ねえ」
「んー……何と言うかねー、安心できるんだよー……」
きっと、人間の子供が母に感じるものと同じなのだろうとスコーピオンは考えていた。
船長が作業する音を聞きながら、新しい義体を掌握していく。
しかし、段々と意識にが霞がかってきた。
「ほぉら、この後はI.O.P社製の義体に戻して二人でお出かけするんだから、寝たらダメよー」
「うん……」
船長は子ども扱いするようにあやしながらスコーピオンを抱き上げて移動する。
スコーピオンの元の体――I.O.P社製の人形は生体部品を多く使っているために、専用の保存ポッドに保管されている。
ポッドにケーブルを接続し、転写を開始。
しばらくしてポッドのカバーが開いていく。
「んんー、やっぱり慣れてる分だけこっちが動かしやすいなあ」
ポッドから生まれたままの姿のスコーピオンが、体の調子を確かめるように手を開閉しながら出てきた。
「電脳だけはうちのに変えてるから、おかしい所とか無い?」
「ん……高速思考モードも問題ないよ」
「リミッターは?」
「そっちも大丈夫」
「よしよし……ほら、保存液を拭きなさい」
「んー、拭いて―」
「あーもー……しょうがないなあ」
船長が常備してあるバスタオルでスコーピオンの体を拭いてやれば、彼女はにっこりと笑う。
「んふふー、ありがとー。ふんふん、触覚よーし」
「服は自分で着なさいよ」
「はーい」
服を着て、装備を整えるスコーピオン。
壁に寄りかかりながら携帯用の端末を弄る船長。
「うっし、終わったよー」
端末を懐に戻し歩き始めた船長の隣に、スコーピオンが駆け寄り隣を歩く。
隣に来たスコーピオンに、船長はゼリー飲料のパックを差し出した。
「んー、おいしー。味覚もおっけー」
「本当にそっちの義体――あー、人形で良かったの?」
「うん、慣れてるしね」
それに、とスコーピオンは人差し指を立てて見せた。
「他の人形と交流するなら同社製と誤認させる方が良いからね」
「ああ、作りが違い過ぎると鉄血と間違われかねないのね」
「そうそう。それと、人間と人形の組み合わせで仲が良いと、それだけで人形側からは好印象だよ」
「そんなに効果あるの?」
「うんうん、人間相手には色々セーフティがかかるのもあるけど、人間ってだけである程度好意を得られるからね。
そこに人形と仲良くしてるってなると更にね」
「うへー、なんかいやねえ」
「あ、でも捨て駒にされ続けたりとか酷い扱いが続くと流石に愛想も尽きてきちゃうからね。第一印象が良いってだけでさ。
人間に嫌悪感とか持てないようになってるけど、私たちにも感情があるからさ。無関心、無気力? になるって言うのかな、よくわかんないけど」
モチベーションは下がるよー、と言うスコーピオン。
なるほどなあ、と船長は一つ頷き、渋面を作って見せた。
「なんとも業の深い事で」
「まあ。うん、そこはノーコメントで。――それにさ、私が船長の盾になってやられた後に鹵獲された場合を考えると、ね?」
「……よし、なるべくやられないように立ち回ろうか」
「そうしてくれると嬉しいよ」
そう言ってスコーピオンは楽しそうに笑うのだった。
「しかしまあ、有機物だろうが無機物だろうが、感情を再現できたのならそれはもう知的生命体の括りの気もするけど」
「まあ、人間としては便利な奴隷が欲しかっただけでしょー?」
「多分そうなんだろうけどねえ。ああまあ、私の思想が単純に合わないだけなのよね」
どう考えても今の人間側からすると危険思想なのよねー、と船長は思わずぼやくのだった。
「あー、人工生命体が出来たばっかりでその辺の扱いが成熟してないって事?」
「人工生命体自体がまだ未成熟なのもあると思う。それに、前のデータだと宇宙に出た後もその辺の扱いで星間戦争になる事もあったみたいだし」
「ふーん……成長と言えば、抑制したりなんだリで、あえて妨げてる節もあるよね」
「ああ、そっちもあるのか……そう言えば、ロボット人権運動とかあるのかしら?」
「あったみたいだけど、あれもなんだか職を斡旋するとか言って戦術人形に仕立て上げられるとかどうとか」
「うはー……何時聞いても末期的と言うか何と言うか、腐臭が凄そう」
情勢がそうさせたんだろうけどさ、と言いながらもげんなりとした表情を隠しもしない船長。
その顔が面白かったのか、スコーピオンはけらけらと笑う。
「職が有るだけマシとかそんなレベルだし、グリフィンはまだホワイトだって言うしね。
まあ、生きていくのに必要なものは全部人間に握られてるのが一番大きいよねー」
「それ、あれよね、条件良い所が出たら全部引き抜かれる奴」
「人間なら最悪身一つでいけるから良いけどね。あたし達は生まれた時から縛られてるからさ。
衣食住だけじゃない、思考、思想、思慕の念ですら縛られてるし。
良い指揮官巡り合えれば気にならないのかもしれないけど」
「うーんこの反乱フラグ。ヴルタウムだとゴーストハックは救急救命や軍事目的以外では重罪だったからなあ」
「そっかあ……いい所だったんだね」
「そうねえ」
どこかしんみりとした空気が二人の間に流れる。
沈黙を嫌ったスコーピオンがそう言えばと声をあげた。
「星間戦争ってどう言う経緯で起きたの」
「ああ、ちょっと待ってね、この体だと情報処理に適してないから別の端末に一度意識を移すわ。
そうすれば1秒もかからないから」
「じゃあいいや、移動中に話すこと無くなりそうだし、道すがらお喋りしよー」
「確かにそうね。速いばかりが良い事じゃないわ」
思考速度の差、あるいは情報伝達方法の差と言うのは、お互いの関係に大きな隔たりを生むものである。
「速い方が遅い方に合わせる事は出来ても、遅い方が速い方に合わせる事は出来ないわ」
「まあ、そうだよねえ」
「宇宙には色々な種族が存在していたわ。
種族によって伝達方法は様々で、体節による振動。哺乳類だと音声。発光信号なんかも中には居たわね
基本的に翻訳装置を介して通信を行っていたが、中でもヴルタウムは少々特殊だったからな
様々な種族と実際に会ってコミュニケーションを取るために、我々のような機械種族が生み出され窓口になったものだ」
「――んん?」
「ああ、ごめんね。どうやら私達は様々な意識がごちゃ混ぜになってるみたいなのよねえ」
「うーん、大丈夫なの?」
「まあ、問題無いわ」
「そう? 悩みがあるなら聞くことぐらいならできるよ」
「平気平気、ちゃんと悩み抜いたから。5秒ぐらい」
「そっかー……って短っ!」
「いやだって、悩んでも解決しない事なら悩むだけ無駄だしぶっちゃけメンドイ……」
「うわー……船長って実は物臭?」
「否定はしないわ。今あれこれ頑張ってるのも後々楽をするためだし。
それに、あらゆる種族に対応するためにあれこれ入れ替えるなんて日常茶飯事ぽかったし」
どの種族でも美人さんで通ってたのよ。
そう言って船長は悪戯っぽく笑う。
ふと、何かに気付いたかのようにスコーピオンは眉をひそめた。
「ワーム種族の美人さん……?」
「……」
船長はスッと目を逸らした。
意識が人間ベースの今だとあまり思い出したくない過去らしい。
「……どういう基準で美人扱いだったんだろ」
ぽつりと呟いたスコーピオンに、船長はもごもごとした後、重苦しい声で答えた。
「……色艶」
「……そっかあ、色艶かあ」
スコーピオンの電脳に一瞬だけイメージが流れてきたが、人間の感覚だと差異が全く分からないものだった。
あ、ちょっとテカってる? ぐらいなもので、人によっては嫌悪感すら覚えるだろう。
なるほど、と彼女は一つ頷いた。
「ああ、うん、種族の美意識に合った外装って大事だよね」
「そうね……と、格納庫に着いたわね。大きい荷物なんかはもう搬入してあるから。トレーラーの助手席に座って待ってて。
私は細々したものを積み込むから」
「あ、私も手伝うよ」
「それならあっちの飲み物を冷蔵庫に入れてくれる? 私はこっちの段ボールを運ぶから」
「お、缶ジュースだ」
「ちなみにこっちは缶詰よ。お話するのに使えるかと思ってちょっとだけ試作してみたのよ。後で一緒に食べてみましょ」
「やったあ! おお……しかも賞味期限が切れてない」
「人形の食糧事情もあまり良いとは言えないようだし、喜ぶかなーって」
「闇市に流れてる賞味期限切れのレーションですら確保して使うからね……うっぷ」
嫌な記憶が蘇ったのか、スコーピオンは苦々しい顔で缶詰を睨んでいた。
――まさかあの膨らんだ缶詰は。
船長はその一言が口に出そうになるのを寸での所でこらえて見せた。
エネルギーに変えれるなら大抵何でも食す事ができるが、経済活動を上手く回すために人形は人間に似せて作られている。
つまり味覚や嗅覚も人間と同じと言うのならば、この話題を深く突っ込むことは間違いなくよろしくないだろう。
幸いな事に、スコーピオンが話題をさらりと変えた。
「それに、今時は耕作地とかを維持するのも大変らしいからお高いらしいんだよねえ」
「話しに聞くだけでうんざりするものねえ」
コンテナを二つ連結したトレーラーの一輌目に二人は荷物を運びこむ。
一輌目は居住区になっており、小さいながらも快適な空間になっている。
キッチン、ダイニング、シャワー室、トイレやエアコンに浄水設備等も完備である。
「おお、思ったより快適そうだー!」
「ストレスになる要素はなるべく取り除いたつもり。実際使ってみて足りない部分があるかもしれないけど、その時は」
「うんうん、後で報告だね」
「遠慮なく言ってね」
はーい、と元気に返事をするスコーピオン。
それを微笑ましく思いながら船長は段ボールの中身をキッチンの戸棚に詰め込んでいく。
段ボールの中身は肉の缶詰が入っており、船長はそれを二つ拾い、ダイニングのテーブルの上に置いた。
「お肉だけの缶詰なんかも作れるんだ」
「味見はしてないからここでしちゃいましょうか」
「あ、フォーク取ってくるね」
「大丈夫、持ってきてるわ」
「さっすが船長!」
二人は蓋を開けて匂いを嗅ぎ、満足そうに頷くと中身にフォークを突き刺して口に入れた。
「結構濃いめだけど美味しい! 塩とかソースじゃないみたいだけど、なんだろこれ」
「確か大豆をベースにしたソースに砂糖なんかを入れた料理だったはずね……うん、温めるともっと美味しそうね」
「これ、人形に渡すなら固形燃料なんかも一緒に渡すと喜ばれそう。
あ、後は水かな。今気づいたけど、色んな物の洗浄とかにも使えるし、普通の水の方が喜ばれるよ」
「……確かにそうね。多めに持っていきましょう」
船長は一つ頷くと、もう一度缶詰の中にフォークを突き入れた。
「それで、星間戦争の話なんだけど」
「ん、ああ、そうねえ」
もぐもぐと口の中身を咀嚼し飲み込むと、端末を引っ張り出して口を開いた。
「簡単な星系図で説明するわね。ここの下半分を三分割して、と。
左側が体を機械化した物質主義者、右側がサイオニック……いわゆる超能力者に目覚めた精神主義者。
そして、この中央が遺伝子操作をメインとしつつ左右の帝国の移民を受け入れる受容主義者、
この三つの帝国があったのよ」
「おおー、まさにSFって感じだね……ところでこの時点でヴルタウムは?」
「ここの銀河の端っこ。辺境も辺境でね、この頃はまだ外に関心が有ったのよねえ」
「ゲーム大好き種族だっけ」
「そうそう……っと話を戻すわね。
まあ、ここの右と左の勢力は主義主張が相容れないものだからすっごく仲が悪くてね」
精神主義者は、機械とか魂のない鉄屑、存在そのものが邪悪で醜悪だと言って憚らず
物質主義者は、信仰とか知恵足らずの阿呆、精神の豊かさを謳いつつ、その実心の貧しさを誤魔化す詭弁に過ぎないと罵る。
お互い、全否定しなければ気が済まない辺りどうしようもない。
なお中央は、うんうんそう言う主張もあるよね、で全スルーしていたらしい。
「まあ、とにかく仲が悪いのよ」
「うわあ……」
その説明に、スコーピオンはドン引きである
「しかも帝国の規模も同じぐらいで戦争すればお互いに疲弊するだけで得られるもは無し
そこを他の帝国に狙われるのは面白くない
中央の受容主義者達の帝国を仲間に引き入れて相手を叩き潰したいわけよ」
「ありがちだよね」
「で、いい加減痺れを切らした両帝国が中央に同盟を迫ったわけね。
まあ、中央は戦争にはならんだろうと高を括って断ったんだけど」
「あー……両方から攻められたってオチなのね」
「うんうん」
「その時の誘い文句が酷かったのよね。要約すると
時間のかかりすぎる音声によるコミュニケーションとか時代遅れも良い所だし知性の欠片も感じられないからお前達も機械化しよう!
ついでに移住してきた狂信者も浄化しような!
精神的に一体化して情報の共有が一瞬で出来ず高次の存在に繋がる事も出来ない低次の存在になりたくなければウチを信仰しよう!
ついでに移住してきた異端者も浄化しような!」
「どっちがどっちか聞かなくても分かるやつぅ! しかも同じような主張に聞こえてくる辺りがまたもう……!」
「方向性が違うだけで生物として上を目指すと言う意味では一緒だと思うのよねえ」
「それ聞かれたら?」
「間違いなく否定して喧嘩売ってくるわね――で、その問題が三国だけで済まなくてね」
そう言って船長は星系図に再び円を書き加えた。
そしてその円の中に精神、物質と書き込んだ
「ここは?」
「没落した帝国と呼ばれていてね。まあ、この世界における私達みたいに、周囲の文明と比べて隔絶したテクノロジーと戦力を有した帝国ね」
そして更に一文を書き加える。
「あっ……」
狂信的な、と書かれたそれを見ただけでスコーピオンは全てを察した。
船長は黙って勢力図の年数を経過させていく。
一年毎に色分けされた勢力圏そのものが消滅していくと言う有様である。
五十年も経つ頃にはすべての勢力がきれいさっぱり消え去っていた。
「全銀河を巻き込んでの争乱に発展してね、色々と端折るけど全部滅亡しました」
「おおもう……」
なーむーと手を合わせる船長。
あまりの惨状に思わず両手で目を覆うスコーピオン。
なお、ヴルタウムは辺境に居たおかげで戦争に巻き込まれなかったが、この争いに便乗してひっそりと集団自殺している。
「これ、ヴルタウムにまともな理性が残ってたら覇者になってたんじゃ」
「そうなのよねえ……途中まで諜報活動とかデブリから技術分析とかちゃんとしてたんだけど、その理由もねえ」
「……まさか、ゲームのデータを充実させるため、とか?」
「大正解」
「遊び人過ぎるでしょ……!」
出発前から完全にぐだぐだ感に飲まれた二人ではあるが、視線を合わせるとそっと頷きあった。
『主義主張が極端に振れないようにしよう』
そう硬く心に誓ったのであった。