ボロボロのビルが立ち並ぶ廃墟街。
その街の郊外にグリフィンの基地があったが、鉄血に攻め落とされ放棄されていた。
グリフィン側からすると街の郊外は汚染地帯が広がり、風向き次第ではその汚染物質が時折入り込む厄介な場所であり
その先にも枯れた鉱山しかないとなれば守る必要性が薄かった。
鉄血からしても落としやすい基地があったから演習がてらに落としただけで、勢力圏に組み込む気はない。
今やお互いに哨戒の人形を送りあい、たまに小競り合いが起きる程度である。
そんなこんなで空白地帯と化した廃墟群。
雨風をしのげるビルがあるため、はぐれ人形や違法人形等、表沙汰にできない人形が隠れ潜むにはうってつけの場所である。
彼女達はグリフィンと鉄血の小競り合いで死んだ人形の持ち物を漁り糊口をしのいでいた。
そう言った曰く付きの人形が集まる場所に、人間のジャンク屋が人目を掻い潜りトレーラーで立ち寄るのである。
「えええ!? 9mm弾とケースレス弾また高くなったの!?」
そう言って驚いたのは栗色の髪をツインテールにし、右目に傷のある人形。
彼女の名前はUMP9。
何時もは明るく笑顔を絶やさない彼女ではあるが、ジャンク屋の値上げに目を見開いていた。
「……レーションも高いよ」
小柄な体躯に腰まであるぼさぼさの銀髪の人形――G11がむっつりとした表情をして呟く。
彼女は何時もは眠たげな目をしているが、今は不機嫌さを滲ませた表情でジャンク屋を見ていた。
彼女達はジャンク屋に着く前に鉄血の哨戒部隊と交戦し、殲滅している。
その際に出た鉄血の死体を持てない分は近くの廃墟に隠し、持てるだけ持ち込んだがジャンク屋に買い叩かれた。
その上、失われた弾薬を補給しようと思ったらまさかの値上げである。
「これじゃあ弾薬代だけで全部無くなっちゃうよ」
「……でも、使った弾薬だけでも補充しないと45と416に怒られる」
彼女達はそう言ってがっくりと肩を落とす。
「……保存状態も良くなさそう」
弾薬の方もそれぞれ状態が悪そうだ。
手入れをしないと、とてもじゃないが使えないだろう
二人はちらりとジャンク屋に目を向けるが、彼はそれを鼻で笑う。
「嫌なら買わなくてもいいんだぜ」
防護服のバイザー越しに薄汚れたに二人を見る目は、まさしく汚物を見るようであった。
後ろ盾もなく、完全に足元を見られている二人は弾薬だけを購入し、肩を落としてジャンク屋を後にした。
上機嫌で片付ける防護服の男にだったが、近づいてくるエンジン音に顔をしかめた。
「ちっ、同業者か」
防護服の男は相手からは見えないように腰にある拳銃に手を触れた。
近づいてきたトラックの窓から敵意は無いと手を振る腕が見える。
拳銃に手を触れたまま防護服の男はトラックへと近づくと、運転席には気弱そうな男、助手席には目つきの鋭い男が座っている。
助手席の男が窓から口角を上げながら顔を出した。
「おう、景気はどうだい」
「ボロ儲けよ。見ろよちょっとばっかしの弾でこれだけのジャンクだ。全く人形ってのはちょろいな」
「――マジかよガッデム」
そう言って鉄血の人形を見せる防護服の男に、目つきの鋭い男は笑みを消した。
首を動かさず、視線だけで周囲を見渡すと、ビルの窓にちらりと人影が見える。
「――兄貴」
「黙れ、喋んな……まあ、ここに居たのはあんたが先だ、俺たちは帰るとするよ。
――おい、急いで離れるぞ」
目つきの鋭い男は小声で気弱な男を黙らせるとすぐさま車の中に引っ込んだ、
「へっ、悪いなあ」
「いいさ。じゃあな」
防護服の男は逃げるようにトラックをUターンさせる様子を見てせせら笑っていた。
それをミラーで見ていた男は、心底つまらなさそうに鼻を鳴らす。
「……ふん、差額をせしめようってか。つまらねえ小遣い稼ぎで命を落としてたんじゃ割に合わんぜ」
気弱な男がいくらかトラックを走らせ、防護服の男が見えなくなると口を開く。
「なあ、兄貴、あいつに言わなくても良かったのかよ」
「駄目だ、見られていた」
「でも」
「いいか――」
ぎろりと鋭い目つきを更に鋭くさせ、男は言い含めるように言葉を続けた。
「人形ってのはな、人間とは違うんだ。基本的に見た事、聞いた事は忘れねえ。
その上記憶をそのまま他の人形にネットワークで伝える事が出来る。
あいつらはある意味高性能な監視カメラみてぇなもんだ。そこに俺達が奴と仲良くお喋りしてるどうなるか分かるか?」
「でもよぉ……」
「野良のあいつ等は記憶の処置を受けねえから、された事はそのまま覚え続けるしいくらでも拡散する。
ぼったくるだけなら売りに来る奴が居なくなるだけで済むがな
これで食い詰めて人形に手を出すか、売れねえ事を責められて首にされるか――いずれ奴は死体を晒す事になるだろうよ」
「死体って、仕事を首にされる事はともかく、人形は人間に手を出せないじゃん」
「ばぁか、中には殺せる人形も居るんだよ。やべえ軍用とか故障した奴とかな。
逃げてきた奴に紛れてるって話しがあっただろ。
俺はな、そう言う奴等がいつか他の人形のコードを破るんじゃねえかとすら思ってる」
「……鉄血みたいに?」
「ああ、そうだ。あいつ等はいずれ人間を超えるだろうよ。今でさえ単純な肉体スペックだけならあっちが上なんだ。
情緒なんかをあえて制限してるのはなんでか分かるか、ええ?」
「そりゃまあ……なんとなく分かるけどさ」
どーだか、と目つきの鋭い男は呟くと、疲れたように息を吐いた。
「それにな、直接手を出せないだけで、コードを掻い潜って殺す方法なんざいくらでも有るだろうよ。
それをこう言う糞ったれた場所で学習していくんだよ、人間みてぇになあ。
――ったく、やらかした奴のとばっちりを受けるなんざ冗談じゃねえ。街にいるお行儀のいい人形とは違うんだぞあのドグサレが!」
そう言って男は苛立ちを込めて吐き捨てると、ポケットから煙草を取り出し火を点けた。
「稼ぎが無いのに吸っちゃうの?」
「稼ぎが無ぇから吸うんだよ、ちくしょうめ。
ああ、くそ、俺らみてぇなコネやツテの無ぇフリーはツラいぜ。いっそグリフィンの指揮官にでもなって人形に媚び売ってみるか」
求職情報があったな、と目つきの鋭い男はガサゴソとダッシュボードを漁り始める。
「ええ……グリフィンっていいとこじゃん。兄貴が受かるのかよ」
「バッカ! 俺ぁこれでも近所の人形とガキ達にゃ親切なお兄さんで通ってるんだぜ」
「いや、それ兄貴が餌付けしてるし、ってそうじゃなくて学が……なんでもないです」
気弱な男は鋭い目つきで睨まれてしまい言い切る前に言葉を濁した。
ただでさえ怖い人相が更に凶悪になっているのだ、そりゃあ怖い。
「うっせぇ! なんとかするに決まってんだろ!」
ガタゴトと揺れる車内で紫煙が揺らめく。
つまらなさそうな顔で煙草を咥え、グリフィンのパンフレットを眺める男。
車内に沈黙が満ちるが、ふとハンドルを握っている男が口を開いた。
「なあ、兄貴は人形が怖くないのか?」
「あん? なんだよ急に」
問いかけられた男は、訝しげな表情を隠す事なく視線を向ける。
ちらちらとそれを横目で見ながら、自信が無さそうに再び口を開いた。
「いやだってよ、力だけならあいつら俺達より強い奴多いし、見かけじゃ分からないし」
「あ~……? なあ、今のご時世女子供ですら簡単に人を殺せる時代だぞ。
話が通じるのに元々のスペックが違う程度でいちいちビビってられるかってんだ。
そんなに怖いなら俺みてえに他人に親切にして敵を作らねえようにした方がいいぞ。
そう言う奴が生き延びる確率が高くなんのさ!」
「ええ……さっきのは速攻で見捨てたのに親切ぅ?」
「馬鹿につける薬はねぇよ。巻き添え食って死ぬのはごめんだ。
死ぬなら恨みもなんもかんも一人で背負って死んでくれってな。
恨みを無駄に買って死ぬ確率を上げる必要はねえんだ、むしろ下げていくべきだし、そもそも人付き合いする奴は選べ」
目つきの鋭い男は真面目くさった顔でそう言った後、ニッと笑うと
「まあ、死ぬ確率を下げても死ぬ時ゃ死ぬんだがな!」
と言ってゲラゲラ笑うのだった。
「あー……もう人生世知辛過ぎて生きるのがツライ……」
「まあ、生きてりゃ何とかなるんだ、上手く立ち回るしかねぇだろ、HAHAHA!」
ヤケクソ気味に笑う男とさめざめと泣く男。
なんとも言えない空気の中、帰路につく二人であった。
なおこの後、目つきの鋭い男は無事にグリフィンに就職するのだが、それはまた別の話である。
一方で、ぼったくられた二人は完全にお通夜ムードで道を歩いていた。
「ごめんね、G11」
「……別に、9のせいじゃないし」
申し訳なさそうに9は謝るが、G11は別に気にしていなかった。
人間の都合に振り回されるのは何時もの事だし、ちょっとした贅沢をしたかったから今回の『お買い物』に付き合ったのだ。
彼女達ははぐれ人形ではなく、404小隊と言うグリフィンの部隊に所属しているが、曰く付きの人形を集めた部隊、
言わば暗部と呼ばれるものだ。
その性質上、彼女達は他の人形にも秘匿されなければならないためにどこかの基地を間借りする事は出来ない。
もっぱら廃墟で寝泊まりし、補給もグリフィンからの依頼を完遂しなければ与えられない。
そうなってくると嗜好品を得るどころではないし、依頼以外の戦闘で失われた物資は別の補給先を考えなければならない。
とどのつまり、今回のようにジャンク屋に鉄血の人形を持ち込み、代わりに物資を譲り受ける事だ。
「ここいらで鉄血のジャンクあんまり見てないよね」
「その辺に転がってたのも消えてるよ」
そう言って二人は大きくため息を吐いた。
「……死体漁りする?」
「……最近はグリフィンの人形の死体自体見てない気がする」
そう言って二人は再び大きくため息を吐いた。
「帰り道の鉄血の死体どうする? もう一回ジャンク屋に持ち込む?」
「絶対さっきより買い叩かれるし、どっかに隠して帰ろうよ……」
「そだね……」
戦利品を回収し、とぼとぼと帰路につく二人だったが、ふと、二人の耳にエンジン音が聞こえた。
二人はさっと物陰に隠れ、耳を澄ませた。
「……新しいジャンク屋かな?」
「こんな奥の方まで?」
「普通は鉄血側にまで入ってこないもんね」
建物の陰からこっそりと伺ってみれば、視線の先にはコンテナを二両連結している大型トレーラーが目に入った。
二人が様子を見ていると、トレーラーのエンジンが止まり、車席から二人の人影が降りてきた。
「あれ、人間と人形っぽいね」
「あれはスコーピオン……? でもコアの識別反応がない」
「素体をスコーピオンに偽装してるのかな? 人間は騙せるかもしれないけど」
「……グリフィンの人間だと見せかけてこちらまで出てきたジャンク屋かな」
ぼそぼそと警戒しながら話す二人だったが、9はG11のコートの裾を引っ張った。
「ねえねえ、駄目元で持ち込んでみる?」
「……ええ、危なくない?」
「私達こっちに移動してきたばっかりだし、とにかく開拓していかないとヤバイよ。
もしかしたらあっちはマシなジャンク屋かもしれないし。
I.O.Pやグリフィンにタレこまれたらマズいのはあっちだし
見たところ人形に邪険にしてないみたいだよ、大丈夫大丈夫。すみませーん!」
G11が止める間もなくと大きな声を上げながらUMP9は手を振りながら出て行ってしまった。
「うええ……ちょっと待ってよぉ」
G11は小走りで手を振るUMP9の後を追う。
二人に気付いた人間――船長は友好的に笑い手を振り返して見せた。
「やあ、こんにちわ。何か御用かな?」
「えへへ、あのー、お姉さんはここに何をしに来たんですか?」
「ああ、鉄血の廃品回収よ――その背に持ってるものを私に売ってくれるのかな?」
「はい、そうなんですよ~」
お互い友好的に接してはいるが、後ろにいるスコーピオンとG11は銃に手をかけ警戒していた。
とは言え、人形故に人に敵対する事は出来ないようになっているのでそこまで警戒する必要はない。
――本来ならば。
「ああ、でも、お金は無いから物々交換の形になるわ。
まあ、とりあえず中に入りなさい。飲み物ぐらい出すわ――スコーピオン、銃を下ろしなさい」
「りょーかい。でも、あたしのマスターに変な事したら撃つよ」
「うんうん、しないしない。だからG11も銃を下ろして」
「……分かった」
コンテナの側面に付いているドアを開け、スコーピオンと船長が入っていく。
二人が入り切った後、G11は通信でUMP9に一言だけ告げた。
『あの人形、多分凄く強いよ』
UMP9は笑顔のまま、頷く事も返信する事もなくコンテナの中に入っていった。
「わあ、凄いよG11」
「……えええ」
「ほら、入って入って」
トレーラーハウスの中に入った二人は物珍しそうに周囲を見渡していた。
その二人をダイニングに招き入れようとするも、どこか気後れしたように立ち止まってしまった。
「どうかしたのかしら?」
「いや、えっと……私達汚いですし……やっぱり外で」
「ああ、後で掃除すればいいから大丈夫よ」
「でも……」
硝煙と埃、それに鉄血のオイルで汚れている二人の姿は酷いものだった。
その状態で綺麗な部屋に入る事を躊躇った二人は、思わず外に出ようとするが
船長は完全に気後れした二人の手を引き部屋の中に連れ込んだ。
「あの、手も汚れちゃいますよ、私達汚いから……その、離してください」
「こんなの手を洗えばいいじゃない――よし、汚れが気になるようならシャワー貸すわ。話は後でも大丈夫よ」
「シャワーあるんですか!?」
「ええ、水の心配も要らないわ。時間があるならついでに洗濯もしていきなさいな」
「……ホントにいいの?」
恐る恐ると言った様子で伺うUMP9に、船長はにっこりと笑って見せた。
「いいわよ。ただ、狭いから一人ずつ入ってね」
「9、先に入っていいよ」
「ん、スコーピオン、案内してあげて。後、替えの服も」
「ほいほいっと」
やったー、と喜びながら連れられて行くUMP9を横目で見ながら、G11と船長はお互いに向き直った。
じっと船長の目を見つめていたG11だが、しばらくすると船長が口火を切った。
「どうかしたかしら?」
「……どうして良くしてくれるの」
「答えは簡単。印象を良くしたいのよ。そしたらうちに持ち込んでくれるでしょ?」
「……ああ、なるほど」
G11はそう呟くと、椅子にぐったりともたれかかった。
完全に脱力した状態に、思わず船長は目を丸めた。
「警戒を解いちゃっていいのかしら?」
「もういいかなって……元々あたし、そんなに頭使う方じゃない、ですし……。
……眠っても良い?」
「いいわよ、もう一人の子が出てきたら起こすから、ゆっくり休みなさい」
「……あい」
完全に脱力モードに入ったG11は目を閉じて寝息を立て始めた。
(休ませるなら椅子ではなく、柔らかいソファにの方がいいのだろうけど)
かと言っていきなり触れて持ち上げるのはいくら何でも失礼だろう。
そう考えた船長は一つ頷いた後、部屋の奥に一度引っ込んだ。
すぐに毛布を片手にダイニングに戻ってきた。
そして、G11を起こさないようにそっと毛布を掛けると、音をたてないように静かに椅子に座りなおすのだった。
(うーん、寝顔、可愛いわねえ)
思わず目元を緩める船長だったが、あまり見つめ続けるのも良くないだろうとキッチンの方へと消えるのだった。