船長が荒ぶった次の日。
トレーラーハウス内に船長とスコーピオン、それに404小隊がテーブルについていた。
のんびりとした表情のスコーピオンと気まずそうな表情の船長とその膝の上にご満悦なG11。
対面には緩く口角を上げているUMP45と、楽しそうに笑っているUMP9と、真面目な顔をしたHK416が座っている。
「……えー、前日は失礼しました」
そう言って頭を下げた船長に、UMP45は穏やかに笑って見せた。
「いえいえ~、お気になさらず……本当に大丈夫ですか?」
「ええ、ゆっくり休んだらだいぶ良くなったわ」
「それでは、私達のお仕事について色々とお話ししましょうか」
「そうね、こちらもそろそろ動かないとマズいみたいだし」
「ですね」
トレーラー周辺の廃ビルには、この前に集まった人形達がそれぞれの拠点から移動してきていた。
当然ながら、はぐれ人形故にまともな備蓄等有るわけもなく、船長は持ってきた物資を人形達に分配していた。
UMP45と船長は目を合わせお互い一つ頷きあうと、今後の事についての話し合いを進める事に決めた。
「私達の予定としては、これだけの人形を一度に搬送する事は不可能だから
とりあえず、負傷者、特に重傷者を優先して拠点に護送するわ。
その後はスコーピオンはもう一度こちらに戻り人形の回収、その間に私は居住区を整えるつもりなんだけど……」
「まあ、健康そうなのは寝袋で廊下とかに雑魚寝かなあ……」
「そーなのよねえ……来ても一人二人ぐらいだと思っていたから、正直甘く見てたわ。不満たまらないかしら……?」
安定度が不安だわ、と船長は小さく呟いた。
「その辺りは大丈夫かと。雨や汚染物質が風で流れ込んでこないだけでもこことは天と地の差ですし。
ただ、その状況が長く続くとなると……」
「確かにその通りだわ」
今回の件は二人の経験不足が浮き彫りになった形だった。
極限まで追い詰められた人形達の現状を甘く見ていたと言っても良いだろう。
それこそ死ぬ直前まで追い詰められていたのだ。
多少怪しかろうと、底辺から抜け出したいと言う思いがある。
それに加え、受けた恩を返したいという思いも確かにあった。
そのため、マインドマップのバックアップもなく、消滅寸前だった人形達は船長の話に飛びついた。
「あたしも元々は基地勤務だったし、作戦中に捨て駒にされて死にかけたから、スラムでの生活経験ゼロだったしなあ……」
「あー……私も箱入りだったしねえ……」
そう言って船長はG11の髪に目を瞑ってぐったりと顔を埋めた。
船長のいきなりの行動にG11はびっくりしながらもそれを受け止める。
ぼさぼさの髪だが、ふかふかして気持ちいいなー、等と癒されている。
「しっかし運転かあ。いちおー運転プログラムは入ってるけど不安だなあ……」
「道路をただ走らせるだけだから頑張りなさい。どうしてもダメなら私に連絡を寄越して」
「はぁい……」
船長と同じようにぐったりと机に突っ伏してしまったスコーピオン。
それを横目で見た後、船長はUMP45に目線をやった。
視線を受け止めたUMP45は静かに頷く。
「私達はその間に残りの護衛、という事ですね」
「そうね。ちゃんと報酬を支払うわ」
「ええ、お願いします。糧食類と弾薬……特に弾薬をお願いします。死活問題ですので」
「分かったわ。ああ、その代わり弾薬のサンプルが欲しいのだけれども」
「そうですね。みんな、弾を」
UMP45の言葉に、それぞれが弾を一つずつテーブルの上に置いていく。
「.45ACP弾、9mm弾、5.56mm、そしてケースレス弾か……戦術人形の特性上、使用する弾薬にばらつきが出るのは分かるけど」
「あはは、みんな使う弾薬がバラバラだから補給も大変だもんねえ。
不良品渡されて手入れしないとジャムるし、火薬もまちまちだったりとか……」
渋面を作った船長に、UMP9が微妙に引き攣った笑顔を向けた。
苦い記憶でもあるのだろう。いつも楽しそうに笑っている彼女らしからぬ笑顔だった。
「さて、ここからが本題なのだけれども」
ちらりと船長がUMP45の目を見れば、彼女は心得たとばかりに頷いた。
「はい、私達はあなた方の傘下に入ります。これは部隊員全員の意思です」
「そう――」
船長はUMP45から僅かに視線をずらし、HK416について思考を巡らせる。
(UMP45が言うには、不審な企業を内偵するという体でこちらに付くのだったわね。
だから、彼女達を本拠地に入れる事は出来ないし、技術力もそれほど上の物を見せるわけにもいかない。
今の所、だけれども)
「……あの、私に何か?」
視線に気づいたHK416が船長へと問いかける。
不躾気味な視線だったが、彼女は特に気分を害した様子もなく、僅かに小首をかしげていた。
「いえ、これからの事について少し考えていたわ」
「そうですか。私にできる事ならば、なんでもお申し付けください」
「そう、頼もしいわ」
それどころか、かなり好印象な返答が帰ってきた。
それに違和感をもったのはUMP45と船長だったが、この場では何も言わなかった。
その後、船長とUMP45の話し合いが続く。
404小隊はグリフィンから人形狩りの依頼を受けた場合、殺さずに船長に横流しする事
船長はその際に偽装したデータを作成する事等だ。
ある程度の話し合いを終えると、UMP45と船長はお互いに手を取り合った。
船長は有事の際は404小隊に全面的に協力する事を約束した。
404小隊は一度自分達の拠点に戻り、物資を移動させる事に決めた。
離れていたままだと、誰に奪われるか分かったものではない。
その帰り道――
「416、あなた、随分とあの人に入れ込んでるみたいね」
「そう、かしら。でも、それを言うなら45、あなたもじゃない?」
「……そうね、認めるわ。でも、結果がまだよ」
お互いに目を合わせないまま、二人は歩を進め続ける。
「結果? 結果ならもう見たわ。二日前の夜に、既にもう出ている」
「あれがブラフの可能性も十分にあるわ」
「そう、ね。それは私も認めるわ」
その後、二人の間に会話は無かった。
お互いに与えられた情報を処理するために、
でも、とHK416は小さく呟いた。
「――あの人なら、そう簡単に私達を見捨てない、そんな気がしたわ」
道具に過ぎないはずの人形を必死になって救った姿が、彼女の瞼の裏に焼き付いているのだ。
船長達は404小隊が戻り次第、自分達の拠点に帰還する事に決めた。
彼女達が戻ってくる前に、準備を終わらせなければならない。
「スコーピオン、後ろのコンテナの壁を開けて」
「ほいほい、タチコマを出してスペースを開けるんだね」
「そうよー、AIはまだ完全じゃないけれども、簡単な命令だけなら実行可能だし、彼女達に預けるわ」
「前の奴の装甲とか取り替えた廉価版だけど、それでも普通の鉄血人形を相手にするなら十分だしね……開けるよー!」
「はーい」
コンテナの側面の壁が上へ開いていく。
船長がタチコマを起動させ、外へと移動させると、周りからどよめきが漏れた。
「あ、これウチの思考戦車だから大丈夫よ。
それより、ジャンクも貨物も全部外に出して、空いたスペースを洗浄して簡易座席を設置するから、手伝える子は手伝ってー」
そうして作業を行っていると、404小隊が戻ってきた。
船長は近づいてくるUMP45に気が付くと、小さく手を振った。
「おかえりなさい。とりあえず、私達は一度戻るから。
ここに置いてある物資は全部そちらで自由に使ってくれて構わないわ」
「助かります。それと――」
ちらりと、UMP45はタチコマの方へ視線を向けた。
船長もタチコマへ視線を向けると、こちらに来るようにタチコマへ指示を出した。
「この子はタチコマ。思考戦車なんだけど、AIがまだ未熟でね。
だけど、簡単な命令なら受付可能だし、自分で操縦する事も出来るわ」
「ふむふむ……それで、それも私達に?」
「その通り。あなた達にマニュアルと制御プログラムを渡すから、基本的な指揮権はUMP45、あなたに任せるわ」
「分かりました」
船長とUMP45が話している間、身振り手振りでUMP9がタチコマとコミュニケーションを取ろうと試みていた。
「んー、この子反応薄いねー」
左手のマニピュレーターの一本を握り、ぶんぶんと振って握手したり
装甲やセンサーに触れたり手をかざしてみたりと色々試すが、タチコマはその姿を追うだけだった。
「まー、いいや、これからは君も家族だ! よろしくね!」
そう言ってUMP9が満面の笑みを浮かべると、ほんの少しだけ、ほんの少しだけだが、タチコマは体を上下に揺するのだった。
拠点に戻った船長は忙しなく働いていた。
重傷者を培養槽に運び込み、残りの人形を修理した後は頭を下げて仕事を割り振った。
「ロクな休息も与えられずに、急に働かせることになってごめんなさい。
でも、ここを乗り切れば安定した生活を迎えられるので一緒に頑張りましょう」
そう言って仕事を与えられた人形達は特に異論は無かった。
働いたら働いた分だけ暮らしが楽になるのは理解していたし
彼女達は人間と違ってプログラムを与えられれば最低限の仕事は問題なく熟せる。
ただし、戦術人形だった彼女等は、戦闘プログラムを失った。
だがそれは、必要とあれば後からまたインストールが可能である。
また、敵対者への敵愾心を増幅させたり、感情を誘導、或いは制限するものも除去されている。
実質、失ったものと言えば鉄血への過剰な敵対心と、人間に対する無条件の好意ぐらいだろう。
「とりあえずは、大部屋ね。簡易ベッドと身の回りの物。個室なんかは後ね、後。
後はプライバシーの保護なんだけど……」
自分のマインドマップのバックアップは自分で管理する事。
そう言われて一番困惑したのは人形達だった。
人間に管理されるのが常態化している彼女達にとって、記憶をいい様に弄られる、或いは覗かれる等日常茶飯事であった。
「今はまだ無理だけど、その辺も追々認識を改めないとダメねえ……」
希望者はこちらで管理する旨を伝えると、人形はほっとした様子で去っていった。
「まあ、いきなりなんでもかんでも押し付けても混乱するだけよね」
船長は今、作業場周辺を見て回っている。
人形達はダミーネットワークを利用して複数の機械を同時に動かし、人とは比べ物にならない速さで作業を進めている。
船長が求めたAIの強みはここ――人に一から仕事を教えるよりも早く習熟する事が出来る事だった。
元より戦闘等では複雑な動作を求められ、それを同時に四体も動かしているのだ。
単純な機械作業であるならば、プログラムを元に仕事が出来る。
個体差から生まれる作業効率の違いなど、他の人形と擦り合わせる必要が出てくるが、そこは経験を積んでいってもらうしかない。
「ん……?」
端末を片手に農業区画まで歩き、建物の屋根から周囲を見て回る。
船長の視界に、作業をしながら首を傾げている二体の人形が見える。
それに気づいた船長は屋根から飛び降り、その人形に近づいていった。
「何か問題があったかしら?」
「あ、船長」
「いえ、問題と言うほどではないのですが……」
「これだけ大きな建物をどうやって維持してるのかなあって」
そう言って人形――m45とP38は天井を見上げた。
太陽灯には人工の雲がかかり、視界の先には小高い丘すら見える。
耕作地は掘り返されたばかりで、一部を除き一面茶色になっている。
今は種を植えている真っ最中である。
これらが実れば、緑生い茂る畑に代わるだろう。
「ああ、反重力を使った建築様式だもの。ある程度ならデータベースから引き出せるから、気になるようなら後で調べてみてね」
「は、反重力って……」
「改めて、凄い所に来ちゃったなあ……」
呆然とした様子で空を眺める二人だが、こうしてる間にも耕作機は動き続けている。
「色々大変だとは思うけど、今は少しずつで良いから慣れて行って欲しいわ。
余裕が出来れば……そうね、m45さんはまた改めてパン屋に、P38さんはアイドルを目指すのもいいわね」
「また、パンを焼いたり、研究する事が出来るんですね……頑張ります!」
「うぇへへへ……私がアイドルに……!」
楽しそうに笑う二人を見て船長は満足そうに頷くと、別れを告げて去っていった。
人によって与えられたモデルではあるが、今や彼女達にとってそれは、自分を自分たらしめる大切な要素だ。
「よーし、頑張るぞぉー!」
「うーん、色んな小麦があるんですねえ……これは試し甲斐が有りそうです!」
残された二人は未来に思いを馳せ、気持ちも新たに作業に取り組むのだった。
一方でスコーピオンは人形達を往復して運び、最後に404小隊と合流していた。
とは言っても、最後の荷物と人形を回収したらすぐに拠点に戻るのだが。
「それじゃあ、トレーラーハウスは置いてくけど、どこに持っていけばいい?」
「え……あれくれるの」
「うん、船長がいいって」
「やった……ちゃんとしたお布団で眠れる!」
G11が目を輝かせた。
寝袋ではなくちゃんとした場所で睡眠がとれる事に喜色を隠せない様子だった。
「ここ周辺の人形はもうあまり居ないし、人間があまり入ってこない場所となると。
……ちょっと待って、マップを開くから通信繋げてくれるかしら」
「ほいほいっと……なるほど、おっけー。トレーラーハウス置いてきたらすぐ戻るから。
ああ……後、気になってるかもしれないけど、今、あっちの状況をまとめたデータがこれね。
いやあ、かなり修羅場になってるみたいだねえ」
座標を受け取ったスコーピオンは後部のコンテナを切り離し、トレーラーを運転していった。
「え……あたしも乗っけていって……」
「あんたはこっちで撤収のお手伝いよ、ちゃっちゃと準備しなさい」
「うぇぇぇ……」
G11はHK416に首根っこを掴まれ、猫の様にぶらぶらと宙に釣り上げられ、ジャンク品の前に置かれるのだった。
「ま、ようやく運が向いてきたって事かしらね……」
データを処理しながら、UMP45は口の中で小さく呟く。
気付けばHK416が彼女に近づいていた。
「……あんたが言っていた、怪しい企業への内偵、あれって私に対する嘘よね」
「……何の事かしら?」
空惚けるUMP45に、HK416は鋭く舌打ちをした。
「……あんたはグリフィンを裏切って船長に付く事にした、違うかしら」
「さあ……? どうしてそう思ったのかしら」
「……グリフィンと比べて……いいえ、どこと比べても条件が良いわ。
連れていかれた人形も、あの映像がダミーではないのなら、私達がグリフィンに戻る理由が、無い。
何より、これを提出しようものなら私達は間違いなく消されて、その上で軍が出るわ」
「そうかしら? 私達を売って情報を差し出せば、もしかしたらお手柄を立てたという事であなただけ戻れるかもしれないわよ?」
UMP45のその言葉に、HK416は激昂した。
「ふざけないで!」
だが、周囲の目を集めていることに気付くと、一つ大きく息を吐き心を静めて見せた。
「……船長に付くなら、裏切りそうな私が一番邪魔なのよね?」
UMP45は何も言わない。ただ静かに笑みを浮かべたまま佇んでいる。
「でもね、あんたとはそれなりに長い付き合いなの。
あんたは自分一人だけで助かるつもりはない、そうでしょう?」
「あら、私がそんなに情に厚い人形に見えるのかしら?」
僅かに顔を俯かせたHK416は、唸るように喉を震わせた。
「……浅い付き合いならきっと分からないわ。でも、あんたは絶対に私達を見捨てない」
HK416もUMP45も、お互いあまり表に出さないが、両方とも情に厚い性格をしている。
いや、二人だけでなく、404小隊は心の底ではお互いを思い遣っている。
だからこそ、HK416は激発した。
「私には目的があるの。そのためならきっと、私はあなた達を見捨てるわ。
……だから、あまり信用しない方がいいわよ」
僅かにだが、UMP45の表情に暗い影がさすのが見えた
「……変に頑固ね、あんた。まあいいわ」
頑ななのはUMP45もHK416とそう変わらない。
笑顔で何もかもを隠そうとする彼女にため息を吐いた。
この場はいったん諦めたHK416は、去り際に一言、UMP45の耳元で囁いた。
「ああ、それと――私も、船長に付く事にしたから」
「えっ――?」
その言葉に、UMP45は僅かに動揺を見せた。
その様を見て、HK416は口角を上げ、皮肉気に笑って見せたのだった。
「ようやく、あんたの鉄面皮にヒビを入れてやったわ」
最後には愉快そうに笑い声をあげならHK416は去っていく。
「えっ……416が滅茶苦茶笑ってる……明日は槍でも降るの……?」
「どうしてあんたはそう一言多いのよっ!!」
怒りながらも楽しそうにじゃれつく二人を見て、UMP45はそっと己の頬を撫でる。
「私……どうしちゃったんだろ?」
自分の表情が制御から離れ、深く笑みを浮かべていたことに彼女は首を傾げるのだった。
誤字報告ありがとうございます。
私は割とうっかりなので指摘してもらえて大変助かりました。