UMP45はあの後すぐに船長に事情を話し、正式に傘下に入る旨を伝えると
船長は多少驚きはしたものの、小隊の仲がこじれる事なく解決したことを素直に喜んだ。
それから404小隊は表向きはグリフィンからの依頼を熟し、裏では人形を船長へと横流しする日々を続けている。
船長と404小隊が手を組んでから、およそ二ヶ月ほどの月日が経っていた。
そして今、UMP45はトレーラーハウスの椅子に座り、山積みにされた戦術人形のコアをじっと見ていた。
一度目を瞑り軽く息を吐くと、体を僅かに弛緩させる。
「……いつまで覗いているつもりかしら?」
「別に覗いていたわけじゃないわ」
振り向きもせずに声をかけるUMP45に、キッチンからHK416がコーヒーポッドを片手に現れた。
「あら、コーヒー淹れてくれたの?」
「……私が飲みたかったの、そのついでよ、ついで」
そう言ってHK416は次にカップとミルク、それに角砂糖を入れた容器をテーブルの中央に置いていく。
UMP45はそれを楽しそうに眺め、ちらりと横目でHK416を見ながら口を開いた
「今回はちゃんと淹れられたのかしら?」
「……前回は慣れてなかっただけ、今回は完璧よ」
「そう、じゃあ、いただきます」
UMP45が何も入れずにカップを近づけると、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
そしてコーヒーを口に含めば、苦過ぎず薄過ぎず、上品な味が舌を適度に刺激する。
「あら、美味しいじゃない」
「だから言ったでしょ、完璧だって」
UMP45はコーヒーそのままの味を楽しんだ後、角砂糖を一つとミルクを少しだけ垂らした。
HK416もそれに倣うと、対面の椅子に座った。
「それで、どうだったの?」
「今回の依頼も無事終了。コアはグリフィンに持って行って、素体は捨てていいって」
「そう……」
その言い分に僅かに考え込むHK416だが、すぐに首を振って思考を止めた。
素体自体は今頃コロニー船で元気に働いているだろう。
「で、グリフィンには誰が行くのかしら?」
「私とあなた」
「……はぁ、9は?」
「タチコマと一緒に遊びに行っているわ」
「最近は特に9に似て来たわね……!」
UMP9は最近出来た妹分(?)と一緒によく遊びに行っている。
AIの成長も著しく好奇心旺盛になってきており、最近では光学迷彩を起動してあちこち飛び回っている。
そのついでに人形の隠れ潜む場所の探索や、帰る場所を失い鉄血に追われている人形を手助けしているらしい。
404小隊の様子を見にきた船長が、AIの成長をとても喜んでいた。
いずれ同型機を人数分配備してくれるとの事だが
HK416としては面倒を見なければいけない相手が増えるのではと懸念している。
彼女は自分のタチコマはしっかり者に育成しようと心に決めていた。
「G11は」
「あなたの方がよく知っているでしょう?」
G11はベッドで熟睡中である。
戦闘においては404小隊の中でも無類の強さを誇る彼女だが、如何せん極度の面倒くさがり屋である。
昔なら上等なベッドで眠れる可能性があったのでグリフィンの基地まで一緒に行っていたが
それよりも上等な寝床が手に入った今、彼女がここから動こうという気は更々なかった。
その事実に、HK416はもう一度深くため息を吐いた。
「……前ならそれなりに楽しみにしていたのだけれど、今となったらただただ面倒ね」
「あら、意外」
「何がよ」
「そうやってあなたが自分の内心をさらけ出してくれた事」
UMP45がそう言うと、HK416はむっつりとした表情を浮かべた。
「あんたも一言多いわね」
「あら、ごめんなさいね」
口では謝りながらもUMP45は悪びれずにコーヒーカップで口を隠す。
もはや怒る気力もないのかHK416は一度ため息を吐くと、彼女もまたコーヒーを口に含んだ。
「……美味しい」
HK416はそう零すと、僅かに頬を緩ませた。
「天然物なんて、私達じゃ中々手に入らない物ね」
「指揮官ぐらい稼いでいれば、それなりに飲めるとは思うのだけれど」
それよりもと前置きし、UMP45は口を開いた。
「これがたったの二ヶ月で出来てる辺りが異常よね」
「促成栽培にもほどがあるわ。今では食料品に限らず
香辛料やこう言う嗜好品にすら手を出す余裕が出来てるなんて……」
船長以外が労働者として加入した事によりコロニー船は今、加速度的に復旧、発展を続けている。
「本当に表に出たら危険ね。なのにあの人ったら……」
「フットワークが軽すぎるのよね……」
二人はそう言うと大きくため息を吐いた。
一週間に一度、心配だからと物資を運ぶついでに顔を出す船長だが、そう言うのは部下に任せて欲しいと思った。
二人としては危険なので引き籠っていて欲しいのが本音だ。
とは言え、心配されてる事に対して、彼女達は悪い気はしていない、と言うよりも嬉しいのだが、それはそれ、これはこれである。
「元々惑星全土を管理するのがお仕事だから、むしろ距離的には短いとかメチャクチャ言ってたけど……」
「ネットワークが寸断されてる事を嘆いていたわね」
HK416はもう一度息を吐き、瞳を閉じてカップを口に付けた。
口で味わいながらうっすらと瞳を開けてUMP45を見ると、前よりも緩んだ表情をしている光景が目に入る。
「……45、あんたも、変わったわね」
HK416がカップから口を話しそう言うと、UMP45もまた小さく頷いた。
「……忘れていたものを思い出せたのよ」
貼り付けたような笑みではなく、とても穏やかで、UMP45の少女らしい微笑み。
「そう……大事な事だったのね?」
「ええ、そう……とても大事な事。それを無くさないで済むようになったの」
――悪くないと、HK416は素直に思った。
「電子の海の底にあった私の記憶――もう、絶対に無くさないわ」
「そう……でも、メンタルマップのバックアップがあるからって死んではダメよ。
いくらヴルタウムの技術が凄くても、不安定な状態で素体が変われば精神の変質が起こる可能性だって――」
「分かってる」
UMP45は小さく、しかし強い意志を持って確りと頷いて見せる。
それを見たHK416は息を吐き言葉を切った。
その様を見たUMP45は苦笑すると、一つ肩を竦めて見せた
「ま、そう言う話は今度にして、飲んだら行きましょう」
「そうね……もうグリフィンの配給も弾薬も要らないのに、本当に面倒」
憂鬱そうにため息を吐くHK416。
冷遇され続ける立場から解放され、心に余裕が出来た後にこれまでの事を振り返ればため息しか出ない。
――なお、船長の価値観からすると完全にネグレクトである。
しかしこれは、現行人類からすれば当たり前のことで、単純に船長の思想が合わないだけである。
「どうせ僅かな賃金と錆び付き湿気付きの弾丸と賞味期限切れの配給でしょうけど
受け取らないと怪しまれるでしょ? さ、行くわよ」
「はぁ、分かったわ」
そう言って備え付けのホワイトボードに伝言を書き込むと、二人は装備を整えてトレーラーハウスから出て行った。
一方、コロニー船では資源の供給が始まり、居住区が急ピッチで開発されていた。
区画ごと重力を軽減し、そこに重機を入れてガレキを撤去し、更地を作り出した。
管制室でモニターしていた船長と人形に連絡が入る。
『撤去作業終了。破砕用の重機の撤収が完了次第、資材の搬入に移ります』
「了解しました。撤収の確認が済みましたら重力を二分の一からゼロへ切り替えます」
区画整備が終わると、搬入口から作業用ロボットが資材を運び込んでくるのが見える。
一時的に無重力状態になった空間で、作業用機械が地面に取り付き資材を固定していく。
見る見るうちに組み立てられて行く資材。
ヴルタウムの技術によって最適化された工法は短時間での建設を可能とした。
「オーライ、オーライ……よぉし!!」
「切るよー!」
「どうぞー!」
正常に重力がかかり、設置場所にズレが無いのを確認すると、固定を進めていく。
真四角で飾り気一つなく面白みのない建物だが、その分簡単に作る事が出来ると言う利点がある。。
船長はその様子を見ながら申し訳なさそうに言葉を口にした。
「仮の施設だから、豆腐建築なのは許して頂戴ね……」
「大丈夫ですよぉ、今までの生活とは比べ物にならないんですから」
そう言って船長を慰めたのは、膝まである珊瑚色の長髪をした眼鏡をした人形――L85A1だった。
彼女は居住区の管制室のオペレーターとしてここに居た。
「その内、宇宙に上がるんですよね?」
「そうそう、これも練習の一環だからね。シミュレーターだけだと不安でしょう?」
「確かにそうですねぇ……」
そう言ってL85A1は頬に手を当てた。
「私もその内訓練しないとダメですねえ……まずはシミュレーターに行かないと」
「もう少しすれば余裕ができるはずだから、その時は今訓練してる子達と入れ替わりになるわね」
「はぁー……シミュレーター使い放題って凄いですねえ」
L85A1のその言葉に、船長は首を傾げて見せた。
「あら、グリフィンはシミュレーターを自由に使えないの?」
「電力が足りなくて、充電する必要が有ったり、演算規模が大きくなると電力消費も大きくなりますしぃ。
それで、やっぱりそうなってくると優秀な方々が優先的に使う事になりますので……」
「なるほど……」
「緊急用の充電器も有るんですけど、それもまた高いですしー……」
「うーん、どこも電力には悩まされるのねー……」
ウチはマシになってきたけどなあ、と呟きながら船長はモニターを続ける。
仮設住宅が出来れば次は内装の準備である。
室内に運び込まれる家具を見ながら、船長がそう言えばと口を開いた。
「生活雑貨なんかも種類は少ないけど生産されてるのよ」
「そうなんですか?」
「そうそう、無人販売所だけれども
交付したIDカードにエネルギー通貨が振り込まれてるから、それで買えるわ」
L85A1がちらりとカタログを見ると、シンプルながらも様々な家具が購入可能になっていた。
「へぇ……色々あるんですねえ」
「そちらもいずれはデザイン増やしたいわねえ……デザイナー引っ張れないかしら」
「うーん……人間を入れるつもりですか?」
首を傾げてこちらを窺うL85A1のその瞳に、少しだけ困惑と恐怖の色が見える。
「今はまだその気は無いわ。今下手に入れると間違いなく問題が起きるだろうし。
やるとするならば外注かなあ。
ただ、多様性の確保や、将来の異文化交流の予行練習を考えるといずれは必要かなあ、とは思ってるわ」
「そうですか……」
「大丈夫よ、急に融和しろなんて言わないわ。まあ、長い年月をかけてゆっくりと、ね」
とは言っても、その前に人類が絶滅しそうなのよね。
と、船長が小声で呟いたのがL85A1の耳に届いた。
複雑な表情をするL85A1に、船長はこれ以上何かを言うのは酷かと思い話を切り上げた。
それから二人の間に会話が無くなり、モニターに集中し始めた。
荷物を載せたトラックがそれぞれの住宅の前に止まり、トラックから降りた人形が荷を下ろし始める。
その内の一つの班――404小隊によって連れてこられた人形が楽しそうに会話しながら作業に従事していた。
「うーん、自分達の部屋をこうして作るのってなんだかワクワクするね」
「私はまだ作業に慣れるので手一杯だよぉ……」
「でも、いずれは宇宙に行って色々建設するんでしょう?」
「らしいねえ……その予行演習と思えばいいって言ってたけど」
会話をしながら作業を進める人形達。
少しずつではあるが、建設船の製造も進められている。
と言っても、そちらはまだ合金を作成する所からなのだが。
「鉱山の方だと作業ペースが合わなくって揉めたんだっけ?」
「そうそう、掘る方が慣れるの早くて処理する方が間に合わなくて溢れかけたとか」
「うはぁ……それ、船長に怒られなかったの?」
最後の方は声を潜めつつ言葉にしたが、もう一人の人形はあっけらかんとしたものだった。
「いや、ちゃんとシステムで止まったらしいけど
システムでも止まらない不慮の事故は起こるものだから
現場監督官と作業者、お互い気を付けなさいってちょっと説教されて終わったって」
「へー……まあ、大事故にならなくて良かったね」
「そうだねえ……お互いの作業効率の擦り合わせが大事だって言ってたけど、その辺はこっちでも同じこと言えそう」
息の合わない人形が荷卸しでてんやわんやしている光景が二人の目に映っていた。
二人はお互い顔を見合わせると、ひょいと肩をすくめて見せた。
「お互い気を付けようか」
「だねー」
二人は頷きあいながら作業に戻るのだった。
「ところでそのボルト、締め忘れてない?」
「あっ」
UMP45とHK416がコアの引き渡しを終えると、すぐに退出するよう命じられた。
イカれた人形を相手にしたくない、厄介事は遠ざけたいと言う意思が透けて見えるが、これは大体いつもの事である。
故に二人は特に気にもしていなかった。
早々に基地から出ようとすると、すれ違いざまに人形達の声が二人の耳に聞こえてきた。
「なんだか最近、鉄血との戦いでピンチになると――」
「――ああ、蒼い蜘蛛が助けてくれるって噂の」
「幸運の蒼い蜘蛛――」
「――の新兵器じゃない?」
それだけで二人はおおよその事を察した。
短距離ではあるが、お互い同時に秘匿回線を開き、歩きながら通信を繋げた。
お互いの視界の端にウィンドウが開き、デフォルメ化された顔が表示される。
『ちょっと噂が流れるのが速いわね』
『9でしょ……』
『いやまあ、やれって言ったの私なんだけどね』
『あんた何やってるのよ』
HK416の視界の端に、ウインクして舌を出すUMP45の顔が映る。
『てへっ』
『いや、てへっじゃないわよ、てへっじゃ』
『まあ、冗談はともかく』
『冗談だったの……?』
ジト目で見てくるHK416をさらっと無視しつつUMP45は続ける。
『マップで見てもらえばわかるけど、出現位置は――』
『ああ、都市側に……目をあの地区から離すのが目的ね?』
『そう言う事――最悪、タチコマが鹵獲されても大丈夫よ』
『……データだけでも奪取するために動く必要があるのでは?』
『……可能ならね』
UMP45のウィンドウに移るHK416の眉間に思いっきりしわが寄る。
何とか怒りをこらえようとしているのが簡単に分かってしまう表情だ。
『あんたね……』
『今はまだ大丈夫よ。ちゃんとリスク管理はしてるわ』
『……ああ、危なくなってきたら四機で動くわけね?』
『それで最後にはとんずらよ』
HK416は内心で思いっきりため息を吐いた。
『そう言うのは事前に言いなさい、事前に……!』
『ごめんなさいねぇ』
『……やっぱあんた、そう言う所は全然変わって無いわ』
これでも前よりマシになったと言うべきか、HK416は怒りをこらえるように眉間を揉んだ。
『帰ったら覚えてなさいよ……』
『あら、何の事かしら? もう忘れちゃったわ――冗談よ、冗談』
冗談めかして言うUMP45に、HK416は一度睨みつけ、再び大きくため息を吐くのだった。
心に余裕のない頃のHK416ならば、素で怒鳴りつけていただろうが、今はぐっと堪える事が出来るようになっていた。
これはこれで成長したと言えるのかもしれないが、彼女の心労は増え続けるばかりなのだった。