ここは、トリステイン魔法学院。
屋外の一角では、今まさに新二年生たちによる春の使い魔召喚の儀が行われていた。
生涯のパートナーとなる存在を呼び出し、それがもつ性質を見てそのメイジの属性を固定し、進むべき専門課程を決定するという大切な儀式である。
当然ながら、学生たちはみな期待に胸を膨らませたり、緊張や不安を感じたりしているようだった。
とはいえ、使い魔を呼び出す『サモン・サーヴァント』と使い魔と契約する『コントラクト・サーヴァント』の呪文それ自体は、なんら難しいものではない。
およそどんな駆け出しのメイジでも唱えられるものだ。
引率のコルベール教諭の指導のもと、学生たちは順々に呪文を唱え、使い魔となる存在を呼び出していった。
猫、犬、カラスやネズミ、蛇にトカゲといった、多種多様な使い魔たち。
中にはサラマンダーやバジリスク、マンティコアに幼生のドラゴンなどといった幻獣種の生物を召喚できた者もいた。
まだ召喚の番を迎えていない生徒の中にはそれらの強力な使い魔に羨望の眼差しを向ける者がちらほらいるが、既に召喚を終えた後では自分の使い魔に不満をもらす者はいなかった。
他人にとってはごく平凡な動物であっても、メイジにとって生涯のパートナーとなりえる己の使い魔は特別な存在で、一等かわいく大切に感じられるものなのだ。
召喚前にはドラゴンなどの強力な使い魔を望んで期待はずれな結果に終わった生徒たちも、じきに自分のパートナーも悪くないと感じ始め、早速スキンシップをとって進行を深めようとしている。
そして使い魔のほうも、大方はそんな主人を気に入って、早々に懐いているようだった。
そんな中、人一倍緊張した様子で、固い顔をしながら自分の番を待つ少女がいた。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという名のこの少女は、国内でも有数の名門貴族の三女でありながら、どんな魔法を使っても成功せず、代わりに爆発を起こしてしまう。
そのために『ゼロ』という不名誉な二つ名をつけられ、入学以来クラスメートたちからの嘲笑の的になってきた。
プライドが高く負けん気も強い彼女の内心は、今日こそは見事立派な使い魔を召喚してこれまでの汚名を返上してやるのだという意気込みと、誰一人失敗しないこの儀式でさえ成功しなかったらどうしようという不安の狭間で揺れているのだ。
(落ち着くのよ、失敗するはずがないわ。腕が良かろうが悪かろうが、メイジなら誰でも成功する儀式だって、どんな本にも書いてあったじゃないの!)
ルイズは深呼吸をしながら自分にそう言い聞かせて、今日もまた成功しないかもしれないという不安を努めて頭の隅に追いやった。
それから気を紛らわすために、成功の暁には一体どんな使い魔が来てくれるのだろうかと考え始める。
爆発から真っ先に連想されるのは火だが、仇敵ツェルプストー家のキュルケが先ほどサラマンダーを召喚していた。
あいつと同じ使い魔というのは気に入らない、火竜なら最高なのだが。
それとも、あの厳しく強い母と同じ、風だろうか。
同学年でも最優秀の生徒であるタバサという名の青髪の留学生は、先ほど風竜の幼生を召喚していた。
自分も風竜か、あるいはグリフォンやマンティコアでも来てくれたらさぞ素晴らしいことだろう。
これまで一度も自分の魔法で空を飛んだことがない身としては、使い魔の背に乗って自由に飛び回ることに強く憧れる。
体の弱い下の姉の助けになりたいから、将来は水魔法の研究をしようと思ったこともあった。
水属性の幻獣といえば、スキュラあたりか。
ああ、でもカエルだけは絶対にお断りだ。
ジャイアントトードにキスすることになったら、なんて、考えただけでも鳥肌が立つ。
姉と同じ地属性というのもありえるかもしれない。
爆発現象には炭鉱とか、土と関係の深い場所で起きることも多いと聞いている。
土の使い魔だと、上等なのはさっきギーシュが召喚していたジャイアントモールとか、バジリスクとかになるだろうか。
とはいえ、なにせこれまで一度も魔法が成功していないのだから自分の属性は見当もつかず、どんな使い魔が出て来るかもまったく予想できないというのが正直なところだった。
「では、次で最後ですな。ミス・ヴァリエール、前へ」
そうこう考えているうちに、ついに自分の番がやってきたようだ。
「……はい」
ルイズは短くそう答えると、覚悟を決めたようにぐっと胸を張って、小振りな杖を手に前の方に進み出た……。
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こちらは、とある異次元世界。
心正しい妖怪たちの住む小さな隠れ里で、二人の男女が家々を回っていた。
一方ははねた栗色の髪をした大人しげな少年で、背中に刀をしょっている。
もう一方は赤いセミロングの髪をしたおっとりした少女で、こちらは背中に和弓をしょっている。
二人ともよく似た顔立ちで、どちらも年の頃は十六、七歳といったところだろうか。
「……よし、これで煮物は全部配り終わったね。運ぶのを手伝ってくれてありがとう、御琴」
「いいえ、元はといえばわたしとお母さまが作りすぎたものですから。お兄さまこそ、いつもご近所にお使いに行ってくださって助かるわ」
兄妹は朗らかにそう言って笑い合い、さて家に帰ろうかとして振り返ったところで、異変に気が付いた。
「? あれ、この……水面みたいなものは、なんだろう?」
「さっきはなかったわ。いつの間に……?」
人間の身体よりも少し大きいくらいの、楕円形をした反射面のようなものが、いつの間にかそこに現れていたのである。
よく見ると、ほんのわずかに宙に浮いているようだった。
二人は眉をひそめて顔を見合わせると、背中の武器に手を伸ばした。
「……これは、どこか別の世界に通じているんじゃないかな?」
「ええ。この異次元界から日本へ通じる穴と、同じような力を感じるわ……」
何者かがまた、この隠れ里に侵入を企てたのだろうか。
もしそうだとしたら、自分たちがそれと戦わなくてはならない。
二人は以前にも、この村へ侵入してきた悪しき妖怪と戦った経験が何度もあった。
この異次元界の平和を守ることが、自分たちの使命なのだ。
二人は油断なく身構えて、何者かがその奥から姿を現した場合に備えた。
しかし、しばらく時間が過ぎても何も起こらない。
「……。何も、起きないな。妖怪の仕業じゃなかったのかな……?」
兄の方……音鬼丸は、少し拍子抜けしたように首を傾げた。
一方、妹の御琴は、じっと反射面を見つめて何事か考え込んでいた。
(もしかして、未来につながっていたり……)
彼女は少し前に三百年未来の世界からやってきたという人々と共に旅をして、その中の一人に淡い想いを寄せていたのだった。
結局、気持ちを伝えることなく別れたのだが、彼女は今でもその少年のことを好いていた。
そんな可能性は限りなく低いとはわかっているのだが、また彼に会えないものかと、どうしても期待してしまう。
ロマンチックな運命の導きを信じてみたい、愚かな乙女心だった。
「……どの道、村にこんなものを放置しておくわけにはいきません。お兄さま、わたし、これがどこにつながっているのか確かめてみます!」
御琴は、そう言ってすっと進み出ると、反射面に触れてみようとした。
「!? 待つんだ、御琴! 何があるかわからないぞ!」
音鬼丸は、あわててそんな妹を引き留めようと手を伸ばす。
そうしてほぼ同時に反射面に触れた二人は体に強い衝撃を感じ、しばらくの間意識が飛んで、ゲートの向こうに引きずり込まれた――――。