ONI異界伝 はるけぎにあの双子鬼神   作:ローレンシウ

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第十話 新生活

 

 ギーシュとの決闘のあった後も、音鬼丸と御琴はルイズの使い魔としてしっかりとはたらいていた。

 

 といっても、やることは概ね雑用程度のもので、いろいろな家事やお使いをこなさなくてはならない実家の生活よりも楽なくらいだったが……。

 困惑したのは、ギーシュに勝った音鬼丸とその妹である御琴を、料理長のマルトーを始めとする使用人たちが「我らの剣」などと言ってやたらにもてはやすことだった。

 決闘の前に怯えた様子で逃げ出したシエスタもどこかで戦いの様子を見ていたらしく、「あなたたちを見て、平民でも貴族に勝てるんだって感激しました!」などと目を輝かせて、あれこれと世話を焼こうとしてくれた。

 

 しかし、実際には普通の人間ではなく鬼族の血を引いている音鬼丸や御琴としては、そんな風に持ち上げられてもあまり喜べなかった。

 

 自分たちがギーシュの物言いに反発し、結果的に決闘などをしてしまったことと彼らとは何の関係もないし、別に彼らのために貴族と戦ったわけでもない。

 それなのに、まるで自分たちが彼ら平民の代表であるかのような扱いであった。

 もしもマルトーらの目の前で法術を使ってみせたり、転身してみせたりしたら、おそらく彼らの態度もがらりと変わることだろう。

 それに、ギーシュについては決闘の後でちゃんと二人の少女には謝ったようだし、いろいろと反省して態度を改めようともしている様子なので、音鬼丸や御琴の方では別にもう彼のことを特に悪く思ってもいなかった。

 

 とはいえ、彼らの気持ちもわからないわけではない。

 半ば妖魔であり半ば人間である存在……隠忍(おに)である二人としては、どちらの立場もそれなりに理解はできるが、どちらにも完全に属することはできないのだ。

 

 そんなわけで音鬼丸と御琴は、彼ら使用人に対しては完全に打ち解けるというわけでもないが、概ね礼儀正しく付き合うようにしていた。

 

 先述の通り使い魔としての仕事は楽なものだったので、帰還のための手段を探す合間に、食事を用意してもらうお礼として彼らの仕事をできる範囲で手伝ったりもした。

 炊事や洗濯といった雑用の類も、道具から何から故郷の方とはまるで様子が違っていたので、自分たちの勉強にもなるのだ。

 そうした謙虚で勤勉な態度を見て、「達人は誇らず驕らないものだ」とかなんとか、ますますマルトーらは二人を持ち上げるのだったが。

 

 帰還のための手がかりについても、自分たちなりにいろいろと探してみた。

 

 ますは召喚や送還の術についてさまざまなメイジに聞きこんでみたが、その結果わかったのは、「使い魔の召喚以外にそのような呪文はなく、使い魔を元の場所へ返す呪文もないらしい」ということだった。

 とはいえそれは初日の夜の時点で既にコルベールらの話から概ねわかっていたことだったので、そのくらいで落ち込んだりはしない。

 それから、大量の書物があるという『としょかん』という場所へのへ立ち入りの許可をもらって蔵書を調べてみようとも考えたが、字が読めないので、まずはルイズに頼んで彼女が暇なときに教えてもらうことにした。

 

「字なんて、そんなにすぐ本が読めるほどには覚えられないわよ……」

 

 ルイズは面倒そうに顔をしかめてそう言ったものの、主人としての義務を感じたのか、放課後の時間を割いて自室で二人に基本的な読み書きを教えてくれた。

 

 ところが、二人は自分たちでも驚くほど早く、彼女の教えを吸収していった。

 実際、ものの半日も経たないうちに、日常的な文章を読むのには概ね支障がないくらいに上達したのである。

 

「あ、あんたたち、一体どういう頭をしてるのよ?」

 

 困惑してそういうルイズに対して、二人もまた、戸惑った様子で顔を見合わせた。

 

「……いや、ぼくにもよくわからないんです。昔、故郷の文字を教わったときには、こんなに早くは覚えられなかったし……」

「なんだか、『読んでいる』のとは違うような感じがします。まるで、書いてあることの意味が直接わかるような……」

 

 御琴のそんな言葉を聞いて、ルイズは考え込んだ。

 

「もしかすると、使い魔の契約……いえ、それはしてないから。召喚のゲートを通ったせいかもしれないわね」

 

 犬やネコを使い魔にすると、人の言葉を話せるようになったりすることがある。

 だがもちろん、召喚した生物に主人が言葉を教えるわけではない。

 

「つまり、使い魔の耳に人間の言葉が入るときと、使い魔の口から人間への言葉が出る時に、それぞれの理解できる言葉に翻訳されるわけね。召喚のゲートにそういう効果があるんだとして、字を書く使い魔は普通はいないからわからないけど、文字の場合でも同じようなことが起こるのかもしれないわ」

 

 それを聞いて、音鬼丸と御琴も得心がいったように頷いた。

 

「そうか。読んだ文字がいったん頭の中でぼくたちの言葉に翻訳されて、口に出すときにはまたこっちの言葉に翻訳されてるんだ」

「最初は聞いた言葉だけでしたけど、るいずさんに教えていただいたおかげで、文字でもそんな風に翻訳ができるようになったんですね」

 

 ありがとうございます、といって頭を下げる二人に、ルイズは得意げに胸を張る。

 

「ふふん。主人として、このくらいは当然よ」

 

 それから、これからも機会を見ていろいろと読み書きを教えてやろう、と二人に申し出る。

 

「そんな、悪いですよ」

「そうですよ。だいぶわかるようになりましたし、あとはわたしたちだけでも……」

 

 二人はそう言って遠慮するものの、ルイズは聞き入れなかった。

 

「考えが甘いわね。図書館の本には、普段の会話で使わないような難しい単語や古い言葉もあるわ。特に、あんたたちが調べたいであろう魔法関係の書物なんかにはね。ルーン文字だってあるのよ。まだ、二人だけで調査をするのは無理よ」

 

 最初こそ気が進まなかったが、勉学に熱心で座学では優秀であるものの実技が壊滅状態なせいで成績面で報われず、知識を共有する友人もいなかったルイズとしては、人に教えて感謝されるのは楽しかったのである。

 それに覚えもとても早いから大して負担にはならないし、教えた成果がすぐに、確実に現れるのだから、なおさら嬉しいだろう。

 

 音鬼丸と御琴もそんなルイズの気持ちを感じ取れたので、それ以上無理に固辞しようとはせず、お礼を言って彼女の指導を受け容れることにした。

 

 

 そうこうするうちに二日が過ぎて、休日である『虚無の曜日』がやってきた。

 今日は件の決闘の折に壊れてしまった音鬼丸の刀の代わりを買いに、街へ出かけるという前々からの約束だったが……。

 

「ええと……、馬に乗るんですか?」

 

 朝のトリステイン魔法学院の敷地内で、音鬼丸は困ったような顔をしながら、ルイズの連れてきた馬を少し離れて見つめていた。

 隣の御琴も、概ね同じような様子である。

 

「そうよ。トリスタニアまで歩いてなんかいけないわ、馬でも二時間はかかる距離なのよ」

「もしかして、君たちは馬に乗ったことがないのかね?」

 

 そう尋ねたのは、ギーシュである。

 彼は『音鬼丸の剣を新調する代金を半分持つ』という約束を律儀に守るためにこの場にいて、馬に鞍をつけていた。

 

 音鬼丸と御琴が頷いたのを見て、ルイズは呆れたように顔をしかめる。

 

「情けないわねえ。馬にも乗ったことないだなんて……」

「まあ、初めての二人に教えながら、何時間も遠乗りさせるというわけにもいかないだろうね。それなら、オトギマルはルイズが後ろに乗せてやったらいい。そしてミス・ミコトは、僕の後」

 

 そこまで言ったギーシュは、突然音鬼丸の方から殺気立った気配を感じて、あわてて言い直した。

 

「……あ。い、いや! お、女の子は当然女の子同士だよね、ははは……」

 

 ちなみに彼は、出発の前にモンモランシーにも一緒に行かないかと声をかけたらしいが、当然ながら『あんたのした馬鹿馬鹿しい決闘の後始末と私は関係ないでしょ!』とけんもほろろに断られたそうだ。

 決闘でギーシュが気絶したときには見かねて手当てしたものの、ケティという子と付き合っていた件についてはまだ許してもらえていないらしい。

 それでもめげた様子もこりた様子もないあたりは、なかなか大したものである。

 

「仕方ないわね。……まあ、大きめの馬だから大丈夫でしょ。じゃあ、ミコトはわたしの後ろで、オトギマルはギーシュの後ろに乗せてもらいなさい」

 

 しかし、音鬼丸と御琴は二人で少し相談した後、首を横に振った。

 

「ありがとうございます。でも、ぼくたちは歩いて旅をする方が慣れていますから」

「ええ、歩いてお二人についていきます」

 

 それを聞いたルイズとギーシュは、当然ながら何を馬鹿なことをと反対した。

 

 短距離ならまだしも、慣れた者が馬に乗っても二時間はかかろうかという長い距離なのだ。

 徒歩では途中で疲れ切ってしまうだろうし、歩く側の速さに合わせて馬を進めていたら日が暮れてしまう。

 

 しかし、音鬼丸と御琴は、大丈夫だからと言い張った。

 

 動物は敏感なので、妖怪やその血を引く者が下手に触ったりすると、時々相手が人間ではないことに気が付いて恐慌をきたし暴れ出したりする場合があるのだ。

 まして、背に跨ったりしたらどうなるかわからない。

 ルイズらも鬼族だというが、自分たちとはだいぶ違うようだし、問題が起きないという保証はないだろう。

 あまり馬の性質について詳しくはないが、要するにただの動物であるし、たぶん自分たちの脚ならついては行けるはずだ。

 

「……仕方ない。ルイズ、二人ともこう言っているんだ、まずは歩かせてみよう。なあに、途中で疲れ切ったら、馬に乗せてやればいいさ」

「まったく、もう!」

 

 そんなこんなで、貴族二人は不承不承その提案を受け入れて、王都に向けて出発することとなった。

 

 

 

「……うわあ……」

「なんて、大きな町なんでしょうか……」

 

 王都トリスタニアへ到着した音鬼丸と御琴は、目を丸くした。

 

 そこは彼らの知るどんな村や城下町よりもずっと広く、遙かに人が多くて賑やかだったのである。

 所狭しと立ち並ぶ商店の類も、街並みも、まるで見慣れないものばかり。

 これだけ人が多いと、以前旅をしたときにやっていたような聞き込みのやり方は現実的ではなさそうである。

 それは要するに、『一体誰が自分たちの望む情報を持っているかもわからない状態で、総当たりで一人一人全員に話を聞いて回る』という方法なのだが。

 

「ちょっと、あんまりきょろきょろしないでちょうだい。田舎者丸出しで恥ずかしいわ。財布をすられないように気をつけなさいよ、質の悪い貴族崩れのメイジが狙ってたりするんだから」

「ははは、いいじゃないかルイズ。オトギマルならそんな輩に不覚を取りはしないさ。それに、みんなだって、二人のことを珍しそうに見ているんだからね!」

 

 実際、大勢の街行く人々が、音鬼丸と御琴に好奇の視線を送っていた。

 単に端正な面立ちをしているというだけでなく、髪の色といい、顔立ちといい、身なりといい、このあたりではまるで見慣れない二人なのだから、それも当然であろう。

 

(……まあ。何よりも珍しいのは、見た目よりもその健脚だろうが……)

 

 ギーシュは、心の中でそう呟いた。

 

 彼も、そしてルイズも驚いたことには、どうせ途中でへばって馬に乗せねばならなくなるだろうと予想していた二人は、結局最後まで休憩も取らずにトリスタニアまでの道程を歩ききったのである。

 歩ききったどころか、無理をして走るでもなく、馬に少しも遅れずに涼しい顔で談笑などしながらついてきたのだ。

 長距離だから馬は全力で疾走したわけではなく速足程度だったが、それにしても驚異的な速さと体力であった。

 百歩譲って音鬼丸はメイジに勝つほどの凄腕の剣士だから体も鍛えられているのだろうと納得するにしても、一見華奢な女性である御琴までが……。

 

 もちろん、ごく短時間のうちに本州を縦断して北海道から九州まで移動できるほどの身体能力と体力を持ち、実際にそんな旅をしたこともある二人からしてみれば、この程度の距離など遠出のうちにも入らないのであるが。

 

(彼らは異国の貴族の血を引いているということだったが、もしかして、魔力の代わりに体力が発達した血統とかなのだろうか)

 

 そんな疑念を抱いているギーシュをよそに、ルイズは物珍しげにきょろきょろと周囲の様子を窺う二人を急かすように交互に腕を引っ張って、路地裏に先導していく。

 そこは賑やかで広い幅のある表通りとはうって変わって、道幅は狭く、ゴミや汚物がそこらに転がっていて、悪臭が漂っていた。

 

「なんだか、汚いところだなあ」

「掃除をする人は、いないのでしょうか?」

 

 顔をしかめる二人に、ルイズは肩をすくめた。

 

「だからあんまり来たくないのよ、こんなところ」

「まあね、いわゆるスラム街というやつさ。僕ら貴族は、滅多に来ない場所だよ」

「武器屋はどこだったかしら。たしかピエモンの秘薬屋の近くで見かけたから、このあたりのはずなんだけど」

「ああ、僕が知っているよ。これでも土系統のメイジだからね。……あっちだ」

 

 ギーシュがそう言って先導を代わり、少し歩いて四辻を通り抜けると、一枚の看板を指さした。

 

「ほら、ここだ」

 

 それは、剣の形をした、銅製の看板であった。

 四人は石段を上り、羽扉をあけて、その店の中に入っていった……。

 





移動速度について:
 音鬼丸と御琴の移動速度は、数分のうちに日本の南端から北端まで歩けるくらい。
……というのは、さすがにゲームのプレイ時間の話だから、実際にはもう少しかかっているのだろうとは思いますが。
それでも、途中大天狗の団扇で飛ばしてもらったりもしているとはいえ、ちょっと大変なお使い程度の感覚で日本のあちこちに散らばっている仲間たちにおはぎを配って回れる(さして日持ちする食べ物ではないから、せいぜいかかっても数日程度だったはず)くらいなので、並の人間や馬よりは遥かに早く移動できることでしょう。
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