武器屋の中は、まだ昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りがともっていた。
壁や棚には剣だの槍だのさまざまな武器が乱雑に並べられ、目立つところには立派な甲冑が飾ってある。
「へえ、広い店だなあ……。それに、見たことのない武器や防具ばっかりだ」
音鬼丸が、きょろきょろと店内を見渡しながらそんな感想を漏らす。
これまでに彼らが訪れたことのある故郷の異次元や日本の武器屋には、これだけ広くてたくさんの品物を取りそろえた店はなかった。
武器について言えば、刀剣類とか斧とか槍とか、種類としては馴染みのある物も多いのだが、いずれもデザインが見慣れたものとはまったく違っている。
また、中にはまるで見慣れない奇妙な代物もあった。
音鬼丸にはわからなかったが、それらは銃器やそれに用いる弾薬、火薬の類である。
「弓も、わたしたちの使っているものとはつくりが違うみたいですね」
御琴もまた、店内に飾られたいくつもの弓を興味深そうに眺めながら、そう呟いた。
見たところ、主として材質や握る場所などに差があるようだ。
それに、弦を引いた状態で固定するための機構がついた弩などもある。
「うん……?」
店の奥でパイプをくわえていた五十がらみの店主が来客に気付き、顔を上げる。
彼は、客があまり武器などには縁のなさそうな、年端もいかぬ少年少女ばかりなのを見て胡散臭げな顔をした。
しかし、じきにそのうちの二人がどうやら貴族らしいということに気が付くと、顔をしかめてパイプを口から離し、不機嫌そうな声を出した。
「貴族の旦那がた。うちは、いたってまっとうな商売をしてまさあ。お上に目をつけられるようなことなんざ、これっぽっちもありゃあしませんがね?」
それを聞いてギーシュが軽く肩をすくめ、ルイズは眉をひそめる。
「どうやら、何か勘違いをしているようだね?」
「客よ、わたしたちは」
店主はそれを聞いて、怪訝そうに片眉を上げる。
「貴族が武器を?」
ハルケギニアの大抵の貴族は、剣を始めとする武器の類を『平民がメイジにせめて一矢報いようと磨いた、なけなしの牙』であると言って見下し、嫌っている。
より強力で万能な、魔法を使うための杖を手にしている彼らが、そのような物を好んで身に帯びることはまずないのだ。
「使うのはわたしたちじゃないわ。こっちにいる、わたしの……護衛よ」
そう言って、ルイズは音鬼丸たちの方を示した。
何も知らない平民に使い魔だなどといっても混乱させるだけだろうし、いちいち説明するのも面倒なのでそういうことにしておいたのだ。
「ああ、なるほど……」
店主はそれで、納得がいったように頷く。
「忘れておりました。昨今は宮廷の貴族の方々の間で、下僕に剣を持たすのがはやっておるそうですな」
しかし、ルイズはそんなことは初耳だったので、きょとんとする。
「下僕に剣を持たせるのが、はやってる?」
ギーシュも最初は同じような感じだったが、じきに何かを思い出したようだった。
「……ああ。それはもしかして、『土くれ』のフーケとかいう賊を警戒してのことかい?」
「へえ、左様で。なんでもメイジの盗賊だそうで、ここらの貴族のお宝を散々盗みまくっておるらしいですからな。うちは厳重に警備しとるぞというところを見せとかないと、不安なんでしょう」
「ふうん。……物騒な世の中ね」
盗賊などにさして関心のないルイズは気のない様子でそう言うと、音鬼丸の方を向いた。
「オトギマル、あんたはどんな武器がいいの?」
「ええと、そうですね」
音鬼丸は少し考えたが、やはり刀が一番いいだろう、と答えた。
弓矢や槍なども、少なくとも一般の店に売っているような物であれば大体は使えるとは思うが、自分が最も得意とする武器はそれなのである。
それを聞いた店主は、不審そうに眉をひそめた。
「……カタナ? なんですかね、そりゃあ。うちは三十余年も武器屋をやってますが、そんな名前の武器はついぞ聞いたことがありませんな」
「ええと、片刃の曲刀です。もしかしたら、このあたりでは呼びかたが違うのかもしれません」
「ははあ、曲刀ね。では、少々お待ちを……」
店主は頷いてそう言うと、いそいそと店の奥に姿を消した。
内心では、「世間知らずの貴族とどこぞの田舎者の組み合わせとは、またいいカモが来たものだ」とほくそ笑みながら。
音鬼丸はその姿を見送ると、店内の武器をまたきょろきょろと眺め始めた。
どれも珍しい武器ばかりで興味深い、が……。
「……でも。せっかくいい武器を買ってもらっても、『れんきん』の魔法ですぐに壊されてしまうのかな?」
先日のギーシュとの決戦の折にあっけなく刀を壊されたことを思い出して、音鬼丸は心配げにそう呟いた。
だったら安い武器で済ませるか、いっそのことギーシュにもらった武器で間に合わせておいた方がいいのかもしれない。
しかし、それなりに武器に詳しいギーシュは、心配はいらないと請け負った。
「なあに。質のいい武器なら腕の確かなメイジが『固定化』の魔法をかけているから、そうそう戦っている最中に分解されたりはしないものさ。仮にそんなことができるほど凄腕のメイジが相手なら、さすがの君も戦わずに逃げた方がいいだろうしね」
「そうなると、わたしも弓を買い換えた方がいいのでしょうか……」
御琴はそう言ってみたものの、今ひとつ気が進まなさそうだった。
現時点ではこちらのお金を持っていないので、ルイズに経済的に負担をかけてしまうことになるし、使い慣れない構造の弓では不安ということもある。
それに、見慣れぬ作りのものばかりなので断定まではできないのだが、どうも見た感じでは、この店にはあまりいい弓はなさそうな気がするのだ。
「なによミコト、あんたにはホウジュツだかがあるでしょ。弓なんて、壊れたら壊れたでいいじゃないの」
なので、メイジが武器に頼るのをあまり好ましく思っていないルイズにそう言われたこともあって、今のところは購入を見合わせることにした。
世の中には術が通じない妖怪というものもいるので武器が不要だとは思わないが、まあ元々自分は武器戦闘があまり得手ではないから、その場合は兄のサポートに回った方がいいかもしれない。
最悪、転身して戦うという方法もあるだろう。
どの道、お金を出してくれる彼女の気が進まないのであれば、無理に頼むわけにもいくまい。
「なんだい、その『ホウジュツ』というのは?」
「法術はわたしたちの使う……、たぶん、魔法のようなもの、です」
御琴が簡単にそう説明すると、ギーシュは感心した様子で頷いた。
「そうか、ミス・ミコト。あなたたちは異国の貴族の血筋だったね。ならば、魔法が使えるのは当然だな」
「…………」
それは自分に対する当てつけか何かか、とルイズがじとっとした目でギーシュの方を睨んだあたりで、店主が武器を抱えて戻ってきた。
「おまたせしやした。片刃の曲刀でしたら、このようなものが貴族の護衛向きですな」
そう言って店主が勧めてきたのは、刃渡りが二尺五寸かそこらの細身の片刃剣……サーベルだった。
「ふうん……」
音鬼丸はその剣を手に取って眺めてみたり、刀身に指で触れたりして、品定めをしてみた。
しかし、どうも満足がいかない。
確かに形状は自分の知っている刀……日本刀に似ているのだが、どうもかなり華奢なつくりのようで、強大な妖怪などとの戦いで用いるには頼りなさそうである。
それに柄が短く、護拳がついていて、片手持ちしかできそうになかった。
これを使うくらいなら、ギーシュに作ってもらった剣をそのまま使い続けた方がいいかもしれない。
「もう少し丈夫な、両手持ちも出来る曲刀はありませんか?」
「ああ、あるとも。だがこのくらいの剣の方が、坊主には合うと思うんだがね?」
店主は、まだ幼さが残る、身長一メイル六十サントにも満たない男としては小柄な部類の音鬼丸の姿を見て、この程度の武器が無難だろうと判断したのだった。
しかし、音鬼丸が重ねて頼み、ルイズが口添えをすると肩をすくめて再び店の奥の方に向かい、別の武器を持ってきた。
「これなどはいかがで? 曲刀としては、店で一番の業物でさあ」
そう言って誇らしげに店主が差し出してきたのは、かなり長い両手持ちの大太刀……シャムシールであった。
全長は、五尺ほどもあるだろうか。
ところどころに宝石が散りばめられ、刀身が鏡のように光っている、実に見栄えのする剣だった。
「こいつはかの名高いガリアの錬金魔術師、エンバー卿が作られたもので、柄にその名前が刻まれております。固定化だけじゃなく威力を高める魔法もかかってるから、鉄だってバターみたいに斬り裂けますぜ!」
ルイズはその豪奢な見た目と店で一番という店主の言葉が気に入ったようだったが、品定めをしてみた音鬼丸は、やはりあまり満足がいかなかった。
魔法がかかっているのだかどうだか知らないが、刀身に触れてみた限りでは、斬れ味が鈍すぎる。
これでは本当に鉄が斬れるのかどうか、怪しいものだ。
それに自分の身長に近いほど長いので、腰には差せず背負っていなくてはならないし、あまり強そうではない上に取り回しが悪いというのでは使う気も失せる。
しかも、この剣が気に入ったルイズが先走って店主に値段を確認してみたところ、「エキュー金貨で千六百、新金貨なら二千四百」だと言われて、「庭付きの屋敷が買える」と文句を言っていた。
店主は、名剣は城にも匹敵するのだとかなんとか反論していたが、とてもそこまで価値のある武器だとは思えない。
こちらの物価はよくわからないが、どう考えても高すぎる。
(うーん。これが一番の武器なんだったら、無理に買ってもらわなくてもいいかな?)
そもそもルイズは新金貨で百枚しか持ち合わせがないらしいので、ギーシュに半分負担してもらうにしても買えないわけだが。
ここはやはりギーシュからもらった武器を使い続けるか、でなければ刀は諦めて安めの槍でも探してみようかと音鬼丸が悩んでいた、その時。
「坊主、少しは見る目がありそうじゃねえか。その剣が気に入らねえなら、俺はどうだい?」
乱雑に剣が積み上げられた店の一角から、そんな声が聞こえてきた。
低い、男の声である。
音鬼丸らははっとしてそちらの方を見てみたが、誰もいない。
「ここだ、ここ。こんなカビの生えた店の中はうんざりでよ、この際おめえみてえなガキでもいいから、手に取ってみてくれ」
店主は、不機嫌そうに顔をしかめた。
「おいデル公、生意気言うんじゃねえ。てめえみてえな出来損ないを、貴族の旦那方がお買い上げになるか!」
「けっ、どの口がいいやがる。見てくれだけのナマクラばっかり売りつけようとしやがって。その方がよっぽど失礼だろうがよ?」
音鬼丸は、店主と言い合っている姿のない声の発生源のあたりに歩み寄った。
そこで一本の、錆だらけの剣に目をとめる。
「もしかして、いましゃべったのは君かい?」
音鬼丸はその剣を手に取って、まじまじと見つめながらそう尋ねた。
「おうよ。デルフリンガーってんだ」
実のところ、音鬼丸が言葉を話す武器に出会ったのは、これが初めてというわけではなかった。
あの『村正』や『草薙の剣』のような意思を持つ魔剣に、『大黒の槍』や『毘沙門の矛』のような神々の力を宿した武器。
かつての冒険の中で、何度も出会っている。
それらはいずれも、そこらの店で普通に売っているような武器とは一味も二味も違う、強力な代物ばかりだった。
(店主さんはああ言っているけど、きっとこれがこのお店にある中で一番強い武器だ)
そう思ってよく観察してみると、なるほど錆の浮いた古びた剣ではあるが、作りはしっかりしていて丈夫そうだった。
あまり使い慣れていない刺突用の剣や両刃の分厚い剣とは違って、最も使い慣れている刀と同じ薄手で片刃の長剣なのも都合がいい。
長さはさっきの大太刀と同じくらいだから背負わなくてはならないが、きっとそれだけの価値はあるだろう。
そうして音鬼丸が剣を品定めしている間に、剣の方でも彼のことを品定めしていたようだった。
しばらく黙りこくった後、小さな声で呟く。
「おでれーた、見損なってた。おめえ、まだガキなのに相当な腕だな。しかも、普通の人間じゃねえ」
「! ……わかるのかい?」
「そりゃあ、自分の使い手のことくらい大体わからあな。……ん、『使い手』……?」
何が気になったのか、使い手、使い手……と、デルフリンガーは自分の言った言葉を何度か繰り返し呟いた。
「何か懐かしいもんを感じるが、どうも思い出せねえな。……まあ、いいや。とにかく気に入ったぜ坊主、俺を買え」
「わかった」
音鬼丸はそう言って頷くと、ルイズらのほうに向き直った。
「るいずさん、ぎーしゅさん。これにします」
「えー、そんなのにするの?」
「いいのかい? 僕としてはもっとちゃんとした、きれいな武器を買ってもらってもいいんだが……」
そうは言ったものの、ギーシュは実のところ音鬼丸のその選択を歓迎していた。
彼もまた、ルイズと同様武器の予想以上の高さにびっくりして、代金を半分出すと約束してしまった手前どうしようかと内心困っていたのだった。
グラモン家は代々軍人の名門貴族の家系ではあるのだが、それだけに戦争になると経費がかさむため、あまり裕福とは言い難い。
ましてや四男坊の身である彼は、あまり金は持ってないのである。
インテリジェンスソードは希少品ではあるが、さすがにあんなにボロボロなら、さっきのシャムシールほど高いということはないだろう。
「いえ、これがいいと思います」
ルイズは、気が進まないながらも手持ちの金ではあまり高価な武器は買えそうもないため、音鬼丸のその言葉を不承不承受け容れることにして、主人に尋ねた。
「あれ、おいくら?」
「はあ。あれでいいんでしたら、新金貨で百枚で結構でさ」
「うん? ずいぶんと安いじゃないか」
ギーシュと同じく、音鬼丸と御琴も疑問に思った。
どうして、己の意思を持つ武器が、ただの剣よりも安いのだろうか。
「へへえ、見ての通り、珍しいだけのボロでして。煩いですしねえ。こっちにしてみりゃ、いい厄介払いみたいなもんでさ」
そっけなくそう言った店主は、この剣に大した価値があるなどとはまったく思っていないようだった。
その意見にはまったく賛成できないが、まあ、それならそれで結構なことである。
ルイズとギーシュが折半して金貨を払い、その枚数を確認した店主は、鞘に納めたデルフリンガーを差し出した。
「毎度。どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に入れればおとなしくなりますんで」
音鬼丸は頷いて、店主と、それからルイズとギーシュにお礼を言って、デルフリンガーを受け取った。
それを背負う代わりに、腰につけていた剣をギーシュに差し出す。
「ぎーしゅさん、これ。お返しします」
「いや、返されても僕には使い道がないよ。売るほどの剣でもないしね。よかったら、予備の武器にとっておきたまえ」
そうは言ったものの、二本も剣を持ち運ぶのもかさばるだろうし。
彼が帰りも徒歩であることを考えると、彼がかえって迷惑がるようならやはり受け取って分解し、土に還した方がいいのかもしれない。
ギーシュが、そんな風に考えていた時……。
「ありがとうございます。じゃあ、しまっておきますね」
「……え?」
音鬼丸は、受け取った剣を自分の懐に、無造作にしまい込んだ。
それを見て、ギーシュは目を丸くする。
「ち、ちょっと待った。君はさっきの剣を、どこにしまったんだね?」
「え? 懐ですけど……」
その様子を見て、ルイズが肩をすくめて苦笑いした。
「あー、わたしも最初は驚いたけどね。オトギマルとミコトは、そういう道具袋を持ってるらしいのよ」
長旅の最中に必要な道具とか、着替えとか、野宿の用意とか。
時には到底持ち運べるとは思えないような何本もの武器だとか、杖だとか、あまつさえ鎧兜だとか……。
そんなような雑多なものを全部収めておくことができる、不思議な道具袋を二人は持ってるのである。
ちなみに伯父の天地丸や、親戚の高野丸や、未来人の常盤丸や琥金丸も同じようなものを持っていた。
ルイズは最初、武器を買うついでに着の身着のままここに召喚されてしまった二人のために着替えの洋服や下着も買ってやろうかと思っていたのだが……。
二人がその道具袋を見せて、着替えもちゃんとある程度持っていることを話したので、買う必要がないとわかったのである。
御琴はこちらの洋服も欲しそうにしていたが、「ぼくたちはお金を持ってないんだから、るいずさんに負担をかけるわけにはいかないだろう」と兄から諭されてやむなく我慢することにした。
それでも、ちょっと未練ありげにしょんぼりしていたが。
彼女はおっとりして上品だが、実のところは結構おしゃれ好き、というか派手好きな一面もあるのである。
なにせ普段の服装からしてただの村娘には似つかわしくないようなものであるし、ましてやかつて佳夜と名乗り邪神の巫女として働いていたころの服装などは、「どこが巫女なんだ」と言いたくなるような代物であった。
事件から一年ばかりたった頃に当時旅を共にした仲間たちにおはぎを配って回ろうという話になったとき、御琴がその頃の着物を着ていくと言い出したのには、音鬼丸も内心頭を抱えたものである。
まあ、それはさておき……。
「なんと、まあ。さすがは異国の貴族だな、もしかして相当な名門かい?」
ギーシュは感嘆した様子でそう言った。
確かに驚いたが、外見よりも遥かに多くのものを収納できる箱などのマジックアイテムはハルケギニアにもあるので、そういった品を持っているというのは納得ができないほどの話ではないのだ。
「名門だとかは、よくわかりませんけど。確か父上は、当時の鬼族の中では実力二番目だったって」
「お父さまもですけど、母方の天地丸おじさまは本当にすごい人なんですよ?」
そんな風に談笑しながら、四人はその後も穏やかで楽しい休日を過ごして、学院に帰っていった……。
音鬼丸の使える武器:
5では刀だけですが、4では弓や槍の類も使っていました。
弓や槍のうち上位の強力な武器の中には使えないものもありますが、店売りしているような普通の武器なら概ねすべて使えるでしょう。
中には「びしゃもんのほこ」のように、音鬼丸にしか使えない専用の武器(これはおそらく、音鬼丸が毘沙門天の末裔であるという設定のため)もありました。
不思議な道具袋:
RPGの主人公がよく持ってるやつですね。
どう見ても手ぶらなキャラクターたちが山ほどの道具を持ち歩いてるのがどんな仕組みだかは知りませんが、まあ本作では本文中のような解釈ということで……。