「えっ、剣術を教わりたい? ぼくにですか?」
「そう」
妹の御琴が新しくできた友人だといって連れてきた『たばさ』という名の女性に頭を下げられて、音鬼丸は戸惑った顔になった。
「……でも、ぼくの剣は我流で、流派というほどのものはありませんし、人に教えられるほどの経験も積んでいませんよ?」
「あなたが遠い土地からやってきたということは、ミコトから聞いている」
タバサは表情を変えずに、彼の顔をじっと見ながら淡々と説明する。
「このあたりではおそらく剣の技術はあなたの故郷ほどは重視されていない。あなたよりも上の使い手を探すことは難しい。ぜひ、お願いしたい」
「わたしからもお願いします、お兄さま。たばささんが剣術を使えるようになるかどうかはわからないですけど、知っているものを教えてあげてみてはくれませんか?」
「それは……もちろんたばささんと御琴がそういうのなら、かまわないけど……」
音鬼丸は困ったように、タバサを見つめた。
身長は、御琴よりもかなり低い。
かつて一緒に旅をした十歳の少年、雁木丸と比べても、まだ小柄なくらいだ。
どう見ても剣を使った白兵戦に向いているとは思えない。
もちろん、体格だけですべてが決まるというわけではないが……。
「……たばささんは、どうして剣術を学びたいんですか?」
そう尋ねると、彼女は一瞬の沈黙の後に短く答えた。
「強くなりたいから」
「でも、たばささんは『めいじ』なんですよね。それなら、剣よりも、『まほう』の練習をしたほうが……」
「メイジとしてのランクの高さだけで、実戦の強さが決まるわけじゃない。敵が剣を使ってくることもある。そのときになって後悔はしたくない。たとえ技自体を身に着けられなくても、動きの参考にはなるはず」
それは筋の通った理由ではあるが、言い訳のようにも聞こえた。
音鬼丸は、彼女には何か強くなりたいより明確な理由があるのではないかと思ったが、彼女はそれを話したくはないようだ。
おそらくは御琴も、そのことを察しているはず。
そのうえで、あえて無理に聞こうとはせず、彼女の意思を尊重して、自分を紹介してきたのだろう。
「……わかりました。じゃあ、るいずさんにも断っておかないといけないですし。明日の夜あたりに中庭でやってみるのはどうでしょうか?」
音鬼丸の記憶では確か、明日は『虚無の曜日』とかいうお休みの日だったはずだ。
ギーシュとの決闘で使った中庭なら広さも申し分ないし、休日で日が落ちてからなら、他には誰もいないだろうから迷惑にもなるまい。
「ありがとう、それでいい」
タバサは表情こそ変わらないものの、少しだけ目を輝かせてそう言うと、音鬼丸に頭を下げる。
それから御琴にも同じように挨拶をすると、踵を返して去っていった。
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翌日。
快い夜風のそよぐ中、巨大な二つの月の光が、魔法学院の本塔が見下ろす中庭に集まった数人の少年少女らの姿を照らし出していた。
中心で向かい合って立つのが、音鬼丸とタバサ。
少し離れて見守っているのが御琴とルイズ、そしてキュルケだ。
「なによー。あの子にもやっと春が来たのかと思って、野次馬に来てみれば……」
よりにもよって主人と妹連れで剣の稽古だなんてと、キュルケはつまらなさそうにぼやいた。
彼女がここに来た経緯はというと、恋多き女性(と言えば聞こえはいいが、実際はちょっとでも気になった男をとっかえひっかえしては弄んでいるだけ)であるキュルケはギーシュとの一件以来、音鬼丸に目をつけていたのである。
(ああいう、逞しいのに初心で素直そうな年下の子、っていうのもいいわね! 学院にはいないタイプだわ!)
という感じで、そのうちに彼をつかまえて部屋に引っ張り込んで押し倒してやろうと、虎視眈々と狙っていたのだ。
どこかに出かけていて不在だったり、妹やルイズが一緒だったりでなかなか手を出す機会がつかめなかったのだが、翌日が『虚無の曜日』である昨日の夜に、今日こそは部屋に引っ張り込んでやろうと気合いを入れて部屋のムードを整えたり、勝負下着を厳選したりして準備を整えていたところに、タバサがやってきた。
彼女とキュルケは親友ではあるが、タバサの側から部屋に来るのは珍しい。
部屋の様子を一瞥したタバサは、おもむろにこう切り出した。
「……連れ込むのは、オトギマル?」
あのギーシュとの決闘もどき以来、彼女が彼に目をつけていることを、タバサも知っていた。
だから、こうしてやってきたのだ。
「え? ええ、そうよ。あなたも知ってるでしょ、恋なのよ! 恋!」
「あなたの邪魔をする気はない」
でも、と、言葉を続ける。
「明日の夜には、自分が彼に用がある。それまでは、口説くのは待ってほしい」
「……へっ?」
それだけ言うと、タバサは踵を返し、呆気にとられたキュルケを置いてさっさと出て行った。
キュルケは複数の男子生徒と同時に付き合っており、もしも今、音鬼丸がキュルケと付き合い始めたなどという噂が流れたら、彼は平民ということもあって、彼らの襲撃や闇討ちを受けかねない。
彼から技術を学び取りたいタバサとしては、それは困ると考えたのである。
下手をしたらこちらにまでとばっちりがきかねないし、彼女はいろいろと事情もある身で、下手に注目されたくないのだった。
それに、新しくできた友人の兄だということもあるし。
しかしながら、そんなタバサの事情など知らないキュルケとしては、こりゃあ自分が先に告白するからとかそういう話か、あのタバサがこちらを牽制してまで男にこだわるとは、などと思い込んだわけである。
で、翌日の夕方あたりから密かにタバサの動向をうかがい、彼女が中庭に向かったのを野次馬根性でこっそりとつけてきてみれば、相手の音鬼丸はなんと主人と妹連れだった。
デートに家族連れってお子様か、などと呆れて彼女らを引っ張ってきて話を聞いたことで、事の次第を知ったというわけだ。
「オトギマルの活躍はそりゃあ凄かったけど、なにもメイジが剣術なんて学ばなくてもねえ……」
「そりゃあ、わたしもそう思うけど」
「……たばささんには、なにか、強くならなくてはいけない理由があるんだと思います」
少し離れた場所でそんな話をしている少女らをよそに、音鬼丸はひとつ深呼吸をして、心の準備を整えた。
「それじゃ、はじめましょう」
音鬼丸がそう言うと、タバサはこくりと頷く。
「何をすればいい?」
「剣術を学ぶわけですから、実戦訓練ですね。これからぼくが知っている剣術の一つを使って、実際にたばささんと戦ってみます」
タバサはそれを聞いて、ほんの少し緊張したように目を細めた。
いきなり手合わせから入るとは。
とはいえ、それは自分としても大いに望むところだ。
「わかった。こちらも、剣を使う?」
実際に使用するとしたら、おそらく剣ではなく接近戦用の『ブレイド』の魔法を使うことになるだろうが。
稽古用に剣を持つとすれば簡易な使い捨て前提のもの、自分の体格に合わせた軽量の刺突剣か短剣のようなものを『錬金』で作ればいいだろう。
タバサはそう考えたが、音鬼丸は首を横に振った。
「いいえ、戦い方は自由にしてください。たばささんが慣れているやり方でしたほうがいいと思います」
「……それは、魔法を使ってもいいということ?」
「はい、もちろんです。手加減をせずに、全力できてください」
それで剣術が身につくのかと思われるかもしれないが、音鬼丸自身、そのやり方で各地の師範たちから剣術を教わってきたのである。
「ちょ、ちょっと、オトギマル。あんまり調子に乗らないでよ。タバサは、ドットのギーシュとは腕前が違うんだから!」
ルイズは同級生とはいえ普段から無口で目立たないタバサについてあまり詳しいことは知らなかったが、一年の時に同級生のヴィリエ・ド・ロレーヌという『風』系統のメイジと決闘をして勝ったという噂は聞いていた。
ロレーヌは貴族としてあまり立派な人格とは思えないが、当時すでにライン・クラスだったメイジで(本人自身が自慢たらしくそう話していた)、いちおう同級生の中でも優秀な部類に入るだろう男だ。
それに勝ったというのだから、ラインか、もしくはトライアングル・クラスなのかもしれない。
ドットのギーシュとはまったくの別格である。
横合いからルイズに口を挟まれて、音鬼丸は困ったような顔になった。
「すみません。でも、調子に乗ってるとかじゃないです。ぼくは『しはん』たちからそうやって教わってきたので、他のやり方は知らないんです」
事実、以前に旅をしていた時に立ち寄った町の道場の師範たちはみな、話しかけると、
『なに、剣術を教えてほしい? よろしい、わたしに勝てればお教えしんぜよう。いざ、勝負!』
……などと言って、問答無用で実戦稽古をつけにきてくれたものだ。
戦い方も、何をしようがおとがめなし。
別に剣ではなく爪や槍や弓を使ってもいいし、手裏剣を投げてもいいし、剣術を習うわけでもない他の仲間たちと協力して袋叩きにしてもいい。
鬼形態に転身して殴りかかろうが、法術を使おうが自由で、一切文句は言われなかった。
もちろん、勝った後には実際にやり方の指南もしてくれたが、それ以前の学ぼうとする剣術を使ってくる師範と力の限りを尽くして戦うことで体でもって覚える過程がなけば、剣術の習得は覚束ないのである。
少なくとも、音鬼丸は自身の経験から、そう理解していた。
「……わかった。そのやり方で、お願いする」
タバサが頷いていつも手にしている本をしまい、杖を構えたので、音鬼丸もお辞儀をすると、少し距離を離して剣を抜いた。
軽く深呼吸をしてから、やや腰を落として斜め上段に構える。
「それじゃあ……『いざ、勝負』!」
師範の真似をしてそう言ってみた。
両者の間の距離は、おおよそ六間あまり。
ハルケギニアの単位で言えば、十五メイル前後といったところである。
「おっ? なんだなんだ。相棒、あっちのちっこい娘っ子と手合わせか?」
鞘から抜かれたデルフリンガーが、かちゃかちゃと鍔を鳴らして声を出した。
「うん。よろしく頼むよ、『でるふりんがあ』さん」
「いちいち『さん』なんてつけるなよ、相棒。呼び捨てでいいって」
そんな彼らの様子を観察しながら、タバサはさて、どう戦ったものかと考えていた。
ギーシュ戦での彼の素早い踏み込みと攻撃は見事なものだったが、それでもこの間合いなら、さすがに一足飛びに斬り付けてくることはできまい。
そんなに油断していられるほど余裕のある間合いでもないが、それでも自分の呪文のほうが間違いなく先に完成する。
勝つのはたやすいだろう。
だが、彼の動きや剣術を見ないうちにけりをつけてしまったのでは、まるで手合わせの意味がない……。
「……勝負」
数瞬の後に考えをまとめたタバサは、そう言うと無造作に杖を振り、呪文を唱えた。
敵に来る呪文を悟らせないよう最小限の唇の動きで、短時間のうちに詠唱を完成させ、攻撃を放つ。
書物から学んだ理論と、幾多の実戦とで磨き上げられた技術である。
それに応じて、瞬時にタバサの頭上のあたりに数本の氷の矢が形成され、音鬼丸に向かって飛んでいく。
彼女が得意とする呪文、『ウィンディ・アイシクル』だ。
「ちょっと!? いきなり、そんな高度な魔法を……」
ルイズは驚いて講義するような声を上げるが、この呪文は今の状況で最適の選択肢というわけではない。
十五メイルも距離がある状態で正面から飛んでくる矢では、相手には十分な対処の余裕がある。
(この間合いなら、彼にはかわすなり、剣で斬り払うなり、対処ができるはず)
それを見せてもらうために、あえて選んだ攻撃だった。
タバサは彼の一挙手一投足も見逃すまいと、その動きを注視する。
「ん……」
音鬼丸は初めて見る呪文に一瞬目を見開いたが、動じずに剣を構えた。
避けようとする様子はない。
「おいおい、相棒? なにも、馬鹿正直に全弾正面から受け止めることはねえだろ。かわさねえのか?」
デルフリンガーがその構えを見て、怪訝そうに尋ねる。
(すべての矢を、剣で叩き落すつもり?)
確かに、ギーシュのゴーレムを瞬く間に何体も斬り伏せた『はやぶさぎり』ならば、それも可能かもしれない。
しかし、音鬼丸が今回使おうと決めていた剣技はそれではなかった。
はやぶさぎりは剣術としては中級程度の難度で、馴染みのない初級者に最初に指導するような技ではないのだ。
「……たあぁっ!」
矢が命中すると思った瞬間に、音鬼丸は素早く、かつ力強く横薙ぎに剣を振るった。
「うぉおっ!? あちいぃぃ!!」
デルフリンガーが悲鳴のような声を上げる。
刀身が炎をまとい、避雷した氷の矢をことごとく薙ぎ払って蒸発させた。
「……!?」
タバサが目を見開く。
「け、剣から炎が出た?」
「な、なによあれ。先住魔法……いや、ホウジュツってやつなの?」
キュルケとルイズが目を丸くするが、御琴は別に驚くでもない。
「いえ。あれは剣術です。確か、『えんねつ』という技だったと思います」
師範の稽古:
作中にある通り戦い方は何でもよく、仲間全員で袋叩きにしても問題なし。
六道烈波をぶちかまそうが酒呑童子を召喚しようが、戦いが終わった時に剣術を学ぶ当の本人がダウンしてようが、一切問題なく剣術を習得できる。
ONIの仲間全員で袋叩きにしても容易には勝てないレベルの師範が何者なのかは不明だが、天津甕星が日本中の人間を攫った時にいなくなってしまうので普通の人間ではあったみたい。
えんねつ(炎熱):
ONI4に登場した剣術で、えと城城下町にある剣道場で「はんぺい」という名の師範に勝てば習得できる。
剣に炎をまとわせる勢いで振るい、敵単体にダメージを与える。
同作の剣術の中では最も初歩の技だが終盤でもザコ戦で使っていける程度には高い火力を持ち、その割に精神の消費が少ないコストパフォーマンスの良好な剣術である。