ONI異界伝 はるけぎにあの双子鬼神   作:ローレンシウ

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第十四話 盗賊

 

「たああっ!」

 

 音鬼丸は氷の矢を融かし斬り払った剣を構え直すと、気合の声を上げてタバサに向かっていく。

 

「……!」

 

 剣から炎を出すという彼の予想外な剣技に驚いていたタバサは、はっと我にかえった。

 その接近する速さもまた彼女の予想以上のもので、懐に飛び込まれるまでにはほんの数瞬の余裕しかない。

 

「デル・ハガラース」

 

 咄嗟に体を軽くする『ライトネス(軽量)』の呪文を唱えると、体術と魔法を組み合わせた、まるでバネ仕掛けの人形のような跳躍でもって、間一髪で剣をかわす。

 もちろん音鬼丸は、タバサを殺さないようにデルフリンガーの峰の側を向けて振るってはいたが、それでも間近を通り過ぎた刃の巻き起こす風圧と熱気に、首筋がぞくりとした。

 

(あと一瞬でも長く呆けていたら、わたしの負けだった)

 

 そう痛感しながら、続けて『フライ』を詠唱して剣の届かない高さを飛び、距離を取り直す。

 着地したタバサはぐっと目を細めて、杖を握り直した。

 彼の動きを見るために、手加減して勝負を長引かせようだなどと、おこがましかった。

 そんな舐めた戦い方をしていたら、逆の形で一瞬で勝負が終わってしまう。

 

(そうか、『めいじ』は空も飛べるんだっけ)

 

 音鬼丸は心の中でそう呟いて、剣を構え直した。

 これは、剣でつかまえるのは大変そうだ。

 とはいえ、今回は剣術の指導をするための戦いなのだから、使っていいのは基本の剣技と『炎熱』だけだ。

 法術などを使ったのでは、剣術の指導にならないだろう。

 各地の道場の師範たちも、指導の際には教えようとする剣技を主にして戦っていた。

 

(どうしたらいいかな?)

 

 そんなふうに考えを巡らせているうちに、タバサがまた仕掛けてきた。

 小さく口を動かして呪文を紡ぎ、同時に杖を軽く横に薙ぐように振る。

 

「……っ」

「相棒、魔法が来るぜ!」

 

 自身も風の属性をもつ隠忍である音鬼丸は、デルフリンガーが警告を発するよりも一瞬早く何かが向かってくる空気の流れを感知して、さっと飛び退いていた。

 

「わあっ!?」

 

 タバサが放ったのは、人間を木の葉のように吹き飛ばす強烈な突風を叩きつける呪文、『ウィンド・ブレイク』だ。

 音鬼丸は直撃は避けたものの、それでも風圧によって数歩分ほど後ろに飛ばされ、バランスを崩した。

 

「ラナ・デル・ウィンデ」

 

 そこへすかさず、空気を固めた不可視の槌を放つ呪文、『エア・ハンマー』で追撃をかける。

 しかし、いかんせん距離が離れすぎていた。

 

「おっ……と」

 

 音鬼丸は着弾する頃にはとっくに体勢を立て直していて、攻撃の来ることを察知し、横に軽く飛んで危なげなく攻撃を避けた。

 そのまま地面を蹴り直してまたタバサの方に向かっていこうとするが、彼女は突風を放って足止めしたり、空を飛んで距離を取り直したりして、接近を許さない。

 

「あの娘、なかなかだな。正面から力と力でぶつかり合うのを避けて、手数とスピードで勝負するタイプの戦い方だね」

 

 デルフリンガーが、そんな感想を漏らす。

 

「そうだね。まるで、忍者みたいだ」

 

 音鬼丸もまた、タバサが思った以上に戦い慣れしている様子で、身のこなしも速いことに感心していた。

 さすがに地張の里で戦った本職の一流忍者たちや、伯父の天地丸ほどとまでは思わないが、それを彷彿とさせるような動き方である。

 

「ニンジャ? なんだそりゃ。密偵か暗殺者みてえなもんか?」

「たぶん、そんな感じかな」

 

 話している間にまたタバサの攻撃が来たので、飛んでかわし、接近を試みては、また間合いを離される。

 両者はその後もしばらくの間、そんな攻防を繰り返した。

 

 

 

「オトギマル! すごいじゃないの! あの子を相手に、ここまで戦えるだなんて!」

 

 少し離れた場所で観戦してたキュルケは興奮して、やっぱりダーリンね、などと言いながら、熱っぽい目を音鬼丸に向ける。

 ルイズの方は、対照的に仏頂面だった。

 

「そりゃあ、大したものだとは思うけど……」

 

 調子に乗ってケガとかしないでほしいわね、と呟いて。

 そんなキュルケに、じとっとした目を向けた。

 御琴は内心で、『だありんってなにかしら?』などと思いながらも、そんな二人に同意するように頷く。

 

「そうですね。たばささんは、わたしが思っていた以上にお強いです。大きなけがをされないうちに終わるといいのですけど……」

 

 そんな彼女の言葉を聞いて、ルイズとキュルケは一瞬、何を言っているのかわからないという、きょとんとした表情になり。

 次いで、その顔を見合わせた。

 彼女らは当然、まだ若い学生の身だとはいえメイジとして上位のクラスであるタバサとこれだけ渡り合えている音鬼丸のことを大したものだと思っているが、御琴の認識はその真逆なのだ。

 

 なんだか自分たちメイジ全体を軽んじられているような気がして、ルイズはむっとしたような表情になった。

 

「ミコト、あんたねえ……。いいこと、お兄さんのことを信じてるのはいいけど、今回の相手はね」

 

 呆れたように、そう苦言を呈しようとしたところで。

 対峙している両者に視線を戻していたキュルケが、横合いから口を挟んだ。

 

「話は後になさい。タバサが仕掛けるわよ!」

 

 

 

(このまま続けていても、埒が明かない……)

 

 タバサは、そのことをはっきりと自覚していた。

 このまま同じことを続けていたところで、彼を倒せる見込みはない。

 この間合いでは何を撃っても、彼には十分に対処できるだけの余裕がある。

 自分の側が精神力を消耗していき、ジリ貧になるだけだ。

 

 ならば、もう少し距離を詰めながら撃ってみるか?

 いや、これ以上近付けば、かわされた隙に次弾を撃つより早く懐に飛び込まれてしまうおそれがある。

 

 逆に思いきり間合いを離して、長い詠唱を必要とするが魔法を使えない剣士には対処のしようがない強力な呪文を用意し、完成次第適当に間合いを詰め直して放つという手もある。

 だが、一つの呪文を杖に込めて待機させている間には別の呪文は放てなくなるし、目の前で露骨に強力な呪文を用意されれば彼の側もなにがしかの対応をするだろうから、それも絶対に確実な方法というわけではない。

 あと少し間合いを詰めて放てば敵の小隊を壊滅させられたはずの強力な呪文を杖の中に抱えたまま、そのために呪文による防御をとることができなくなって矢ぶすまにされて死んでいったメイジというのは、戦場では珍しくもないものだ。

 

(……近接戦しかない)

 

 タバサは思案の末に、遠距離戦を諦めた。

 ここは半端に間合いを保とうとするのではなく、思い切って自分から距離を詰め、『ブレイド』の呪文を使った近接戦闘で勝負をかけよう。

 体力と体格に劣る自分にとってはあまり得意な戦闘スタイルとはいえないが、頑強な亜人などの類ではないただの人間が相手なら、小柄さと俊敏さを活かしてどんな形ででも先に一撃を叩き込めれさえすれば、こちらの勝ちになるはずだ。

 それならば、十分に勝機はある。

 そう結論を出すと、彼女は音鬼丸を足止めしておくために、もう一度『ウィンド・ブレイク』を放った。

 

「くっ……!」

 

 音鬼丸は、今度は跳んでかわすのではなく、デルフリンガーを地面に楔のように刺して姿勢を低くし、その場に踏みとどまる選択をする。

 

「イル・ラナ・デル・ウィンデ」

 

 タバサは素早く『ブレイド』の呪文を完成させ、己の身の丈を超える長さの杖に魔力の輝きと渦巻く風をまとわせた。

 この刃は、非力な自分の膂力であっても木製の武器くらいなら容易く両断し、敵の肉を斬り裂けるだけの威力を誇る。

 音鬼丸が体勢を整え直さぬうちに攻撃を仕掛けようと、その杖を槍のように構え、自分の放った風を追うようにして突っ込んでいく。

 もちろん、打ち負けるかもしれない。

 しかし、この戦いの本来の目的は彼の動きや剣術を学ぶことなのだから、自分を負かすだけの剣捌き、体捌きを間近で見られるのならば、むしろ望むところだ。

 

「おっ。あの娘、向かってくるぜ。ありゃあ『ブレイド』だな、やっぱり風系統か」

 

 デルフリンガーがそう分析するのをよそに、音鬼丸は迎え撃つ体勢を整えた。

 

「やああぁっ!!」

 

 タバサが杖の先に光る風の刃で突きかかって来るのに合わせて、地面に突き立てていたデルフリンガーを瞬時に引き抜き、『炎熱』で迎え撃つ。

 風を帯びた長杖と炎を帯びた刀身が打ち合って、硬質な衝撃音が響いた。

 

「いててっ!」

 

 デルフリンガーの軽い悲鳴が上がる。

 だが、打ち勝ったのは音鬼丸のほうだった。

 杖の周囲に渦巻く暴風が敵の力を制し、屈強な剣士が相手であっても膂力の差を埋め合わせられるはずの『ブレイド』の刃が、刀身を燃やすほどの勢いで振るわれた『炎熱』の刃に弾かれる。

 タバサは体ごと弾き返され、杖を手放さないように抑え込むのが精いっぱいだった。

 急に強い力が加えられたことで筋を痛め、腕が痺れる。

 

「……っ」

 

 タバサはわずかに目を見開き、顔をしかめた。

 打ち負けることも想定はしていたが、予想以上の力だ。

 まだ成熟しきっていない、大人の男に比べれば小柄な体格なのに。

 だが、痛みに怯んでいる場合ではない。

 音鬼丸は、すかさず追撃をかけてくるはず。

 

「デル・ハガラース……!」

 

 再び『ライトネス』を唱えて身を翻し、彼の振るう刃をかわそうとする。

 しかし、一度見た呪文。

 音鬼丸は既に、その行動を読んでいた。

 

 彼はタバサではなく、その傍の地面を薙ぐようにして剣を振るう。

 そこには、先に彼女が放った氷の矢の残骸が落ちていた。

 それをタバサに向けて打ち出すようにすると、刀身のまとう『炎熱』の炎が氷を一気に融解させ、蒸発させる。

 炎の熱気に乗って、その蒸気が飛んでいく。

 

「!?」

 

 顔に噴き付けてくる熱を感じた瞬間、表面に水滴がついて、眼鏡がくもった。

 予想外の事態にタバサはほんの一瞬だが怯み、反応が遅れる。

 

 以前に御琴を探す旅をしていた時に知り合った心衛門という仲間が、茶店で団子を食べながら、

 

『いやあ、どうも熱い茶を飲むと、眼鏡がくもっていかんでござるな』

 

 ……などと言っていたのを思い出して、咄嗟に講じた策である。

 音鬼丸にとって眼鏡というのはかなり珍しいもので、このハルケギニアに来る前には心衛門と、その息子である九兵衛、それにからくり弥衛門くらいしかかけている人を見たことがなかったので、強く印象に残っていたのだ。

 

「そこだぁっ!」

「……っ!」

 

 身を翻したタバサの着地点を狙って、音鬼丸が続けざまに剣を振るう。

 しまったと思った時には、剣の峰で杖を捉えられ、手からもぎ取られて跳ね飛ばされてしまった。

 拾い上げに行く間もなく、剣が付き付けられる。

 

「……まいった」

 

 タバサは頭を下げて、素直にそう認めた。

 だが、その後に、軽く唇を噛む。

 ほとんど感情を顔に出さない彼女にしては珍しく、悔しそうな様子だった。

 これで案外、負けず嫌いなところがあるのかもしれない。

 

「ありがとうございました」

 

 音鬼丸は、剣を収めて、きちんと頭を下げた。

 

「今日のところは、ここまでにしましょう」

「お疲れさまです、お兄さま、たばささん」

 

 勝負がついたとみて、御琴が駆け寄ってくる。

 二人とも大きなけがなどもせずに終わったことに、ほっとした様子だ。

 

「手とか、痛めていないですか?」

 

 音鬼丸が御琴から受け取った竹筒の水を飲みながら、タバサにそう尋ねる。

 

「必要でしたら、わたしが手当てをします」

「ケガはしていない。大丈夫」

 

 タバサは御琴にそう答えると、同じように竹筒を受け取って、少し水を飲んだ。

 見慣れない容器に、少し興味を示したりしながら。

 

「……参考になった」

 

 竹筒を返すと、音鬼丸の方に向き直って、軽く頭を下げる。

 

「できれば、またお願いしたい」

「はい、こちらこそ。ぼくでよければ、何度でもお相手します」

 

 そんな彼らから少し離れたところで、興奮気味なキュルケと、やや複雑そうな顔をしたルイズが言葉を交わしていた。

 

「もう! 本当にすごいじゃないの!」

「そうね。殺さないように、タバサが呪文を選んで戦ってくれたおかげだとは思うけど……」

「そうだとしても、大したものよ。さすがはあたしのダーリンね!」

「……さっきから、なにがダーリンよ。人の使い魔に色目を使うつもりなの?」

 

 それから、二人の言い合いが始まった。

 恋は自由だだの、ツェルプストーには小鳥一匹やる気はないだの。

 ゼロのあなたには彼は相応しくないだの、あんたみたいな色ボケに好かれたらオトギマルは命がいくつあっても足りないだのと……。

 

「……言ってくれるわね、ヴァリエール」

「なによ、本当のことじゃないの」

「そこまでいうのなら、決着をつけませんこと?」

「ええ、そうね」

 

 いつの間にやら殺気を剥き出しにしてにらみ合いを始めていた二人に、戻ってきた音鬼丸と御琴が何事かと思いながらも、おずおずと声を掛けた。

 

「あの、るいずさん? 終わったので、もう戻りませんか?」

「たばささんも、お疲れだと思いますし……」

 

 しかし、火の付いた彼女らは止まらない。

 

「うるさいわね。こっちは取り込み中なのよ、先に戻ってなさい!」

「タバサを部屋までエスコートしておいてくださる? あなたのお相手は、このヴァリエールと話をつけてから、ゆっくりとさせていただくわ」

 

 そんな、今にも決闘でも始めそうな様子の二人を気にかけた様子もなく、タバサはすたすたと寮塔の方に戻っていく。

 音鬼丸らも仕方なく二人を残して、彼女を共に先に戻っていることにした。

 大したケガもしていないとはいえ、夜も遅いことだし、女性を一人で帰らせたりしない方がいいだろう。

 

 

「ここまででいい」

 

 部屋の前で、タバサはそう言って、二人に別れを告げた。

 

「はい。おやすみなさい、たばささん」

「ゆっくり休んでくださいね」

 

 二人が彼女と挨拶をかわして、部屋に戻ろうとした、ちょうどその時。

 窓の外に、何やら巨大な人影が見えるのに気が付いた。

 

「え……?」

「あ、あれはなんなんですか!?」

 

 学院の本塔の横に、いつの間にか身の丈が優に人間の十倍以上もあろうかという、巨大な土の像が立っている。

 

「よ、妖怪……なのかな?」

「見たことがない種類です……未来で見た『せいよう』の『もんすたぁ』にも、あんなに大きなものはいませんでした」

 

 妖怪であるにしても、あれほど大きなものは珍しい。

 あれよりも大きなものとなると、ある種の龍やだいだらぼっち、見上げ入道の類くらいだろうか。

 戸惑う二人に、タバサがぽつりと言った。

 

「ゴーレム」

「えっ? あれも、『ごぉれむ』なんですか?」

 

 二人がこれまでに見たゴーレムはギーシュのワルキューレくらいだったので、あんなに大きなものもいるのかと驚く。

 確かゴーレムというのは、術者が魔法で作り出して使役する、式神のような操り人形だと聞いた。

 

「じゃあ、この『がくいん』にいる『めいじ』の誰かが、あれを作ったんですね」

「もしかして、きゅるけさんが……?」

「キュルケは火属性のメイジ。ゴーレムは使わない」

 

 タバサはそう言うと、さっと身を翻して外に向かった。

 音鬼丸と御琴もすぐに察して、彼女の後を追う。

 誰が何の目的であんなに大きなゴーレムを作ったのかわからない以上、中庭にいる二人の身が心配だった。

 

 

 結局、ルイズとキュルケは何事もなく無事だったが、彼らが駆け付けた時にはゴーレムは本塔の壁を殴り抜き、学院の敷地外まで歩き去って姿を消していた。

 本塔の五階にある宝物庫から貴重な宝が奪い去られたことが判明したのは、ようやく騒ぎに気付いた教職員らが起き出してきて、事態の確認をした後のことだった。

 





眼鏡:
 ONIの作中に登場する眼鏡は、からくり弥衛門が作ったものなのではないかと思います。
あの時代の日本に眼鏡があるとは思えない(現実の日本とは別物だから断定はできませんが)し、作中でからくり弥衛門本人の他に着用している心衛門、九兵衛が、どちらも彼と親交のある人物なので。
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