数時間後、馬車は街道を離れて、深い森に入り始めた。
しばらく分け入ったあたりで、ロングビルが馬車を止める。
「目撃情報のあった廃屋はもうすぐです。この先は、徒歩で進みましょう」
その言葉で全員が馬車を降りて、森の小道を歩き始めた。
鬱蒼とした森は、昼間だというのに薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出している。
「この森には、妖怪は棲んでいないのかな?」
「棲んでいてもおかしくなさそうな場所ですけど、気配は感じませんね……」
音鬼丸と御琴が周囲を見回しながら、そんな感想を漏らした。
特に御琴は、神経質そうに、ひっきりなしにあちこち目を走らせている。
大人しげだが芯の強い性格な彼女にしては珍しいが、別にフーケだの妖怪だのが怖いわけではない。
大嫌いな毛虫が出やしないかと、おどおどしているのだ。
「早く、着くといいんですけど」
音鬼丸は自分が首回りに巻いていたマフラーのような布地を外して、御琴の首や肩、頭などを覆うようにかけてやった。
もちろんかわいい妹のためというのもあるが、もしも毛虫がいきなり彼女の頭や肩の上に降ってきでもしたら、恐慌をきたした彼女が何をしでかすかわかったものではないからだ。
我を忘れて大声で叫んでしまったり、パニックになって暴れ出したりたりでもしたらえらいことになる。
「あ、ありがとうございます、お兄さま」
「つまづかないように、足元にも気を付けるんだよ」
そんな兄妹の様子を後ろから眺めていたキュルケが、小声でぶつぶつとぼやく。
「まったく。思いがけない恋の障害があったものだわ……」
「……珍しい」
森の中でも本を開きながら隣を歩いていたタバサが、彼女の顔をちらりと見てそう言った。
「え? 何がよ?」
「馬車で」
「……ああ」
キュルケは自分が食指を動かした男なら、他に狙っている女がいようが、既に付き合っている恋人がいようが、構わず口説いてものにしてしまう自由奔放な性格。
恋は突然で自由、微熱が燃え上がったのだから仕方がない、いつもそう言って憚らない。
一度手に入れてしまうと、ほとんど例外なく短期間で飽きて、さっさと次の相手に目を向け始めるのだが。
そんな彼女が、先ほど馬車の中で音鬼丸に色目を使って迫ろうとしたときには、少々相手方の身内に牽制されたくらいなことで、一度出しかけた手を引っ込めたのだ。
いつもの彼女なら鼻で笑って、構わず迫っていきそうなものだが。
「自分でも、らしくもないとは思うんだけどね。さっきミコトちゃんから『お兄さまに近寄らないで!!』みたいな威嚇をされたときに、なんかほんのちょっとだけ、ぞくっときちゃって……」
苦笑しながらそう言ったキュルケは、タバサからもの問いたげな目を向けられて、あわてて言葉を足した。
「いや! もちろん、あたしが本気で怖がったなんてことはないのよ? でもね、それって、一番かどうかまでは知らないけど、あの子にとってはオトギマルがそれだけ大事な相手なんだってことでしょ?」
キュルケは、欲しいものはなんだって奪う主義だが、相手の本当に大事なものにだけは手を出さないことにしている。
そんなことをすれば、命のやり取りになってしまうから。
あえてそうするとしたら、こちらも命がけで手に入れたい場合だけ、そうする覚悟のある時だけだ。
そのことについては、タバサも以前に彼女から聞いたことがあった。
「わかった」
そうは言ったものの、この友人のことをよく知っているタバサは、それだけが理由ではないだろうことを感じ取っていた。
つまり、あの時、彼女は本当にミコトに気圧されていたのだ。
この友人が決して臆病者などではないことを、タバサはよく知っている。
以前に、愚かな同級生らの策略で彼女と決闘しかけたことがあったが、自分と対峙したその時にも、キュルケには恐れた様子などはなかった。
そんな彼女が言われるままにそそくさと退いて大人しくしているだなんて、ミコトから一体どれほどの威圧感を感じたのだろう。
ドラゴンに間近で睨まれたくらいだろうか?
兄の広げた外套を被り、身を縮めておどおどしている姿からは、想像もつかないが。
「あたしのことより、タバサはどうなのかしら」
タバサがそんなことを考えていると、キュルケは半ば誤魔化すように話題を変えた。
「なんのこと?」
「昨夜は剣のお稽古だとか言ってたけど。なんであれ、あなたが男と付き合うなんて、ずいぶんと珍しいじゃないの」
正確に言えば、男女関係なく、キュルケ以外の誰ともろくに関わっていないというべきだろうが。
「オトギマルに、直接お願いしに行ったのかしら?」
「ミコトに仲介してもらった」
「へーえ? あたしがお兄さんにちょっと近付こうとしただけで威嚇してきたあの子に、ねえ?」
キュルケはにやにやと笑みを深めた。
「いつの今に取り入ったのかしら。やるじゃないの」
「図書館で知り合った」
タバサのほうは、いつも通り淡々としていた。
「彼の身が心配だから、こんな面倒な役目に杖を掲げたんじゃないの?」
「借りがあるだけ」
頼みを聞いてくれた音鬼丸と、彼に取り次いでくれた御琴、それに使い魔を貸してくれたルイズにも恩義があると言えるだろう。
彼らが危険に巻き込まれるかもしれないというときに、その借りを返すのは当然のことだ。
それに、御琴には故郷に帰れたときに薬作りの名人だという人物を紹介してもらう約束になっているし、音鬼丸にはまた稽古をつけてもらう約束をしている。
万が一にもこんなことで死なれたりしたら、自分だって困る。
「素っ気ないわねえ。それじゃ、なんとも思ってないわけ?」
「思ってない」
そんなやり取りをしていると、音鬼丸が、今度は彼女らのほうに声をかけてきた。
「みなさんは大丈夫ですか? 喉が渇いたり疲れたりはしていませんか?」
そう言って予備のマフラーを取り出しながら、御琴以外の同行者たちの様子も確認していく。
音鬼丸は我は強くないが、責任感や正義感は強い。
彼としては、このパーティ内では自分が唯一の男だということもあって他の同行者たちには気遣いをし、いざというときには自分が先頭に立って頑張らないとと思っているのである。
「……親切な人だとは思う」
彼からもらった軽食(兵糧丸)と竹筒の水を口に含みながら、タバサはそう訂正した。
ちなみに御琴は、別に兄離れできないブラコンだとかいうわけではないし、女性全般を兄から遠ざけたいなどというわけでもない。
ただ、明らかに真剣に彼のことを愛しているわけではなさそうな女性や、露骨に体で迫ろうとするような雰囲気を漂わせている女性を近付けたくはない、というだけある。
それは、単に兄想いだからとか、少女らしい潔癖さからとかもあるだろうが、
『わたしは天津甕星さまの妻、佳夜だ!』
……誘拐され洗脳されてそんなことを言っていた時期もある身としては、自分やその半身である兄が卑しい欲望に穢されるようなことに対しては、どうしても敏感になってしまうのだ。
当時には、思い出したくもないようなことが、まあ……いろいろとあったから。
三百年後の世界にまで淡い恋心を抱いた琥金丸という少年を追っていくほどの行動力がありながらも、とうとう告白せずじまいになったのも、一つにはそれが結果的に彼のことを想って命を投げ出した伽羅という少女からその死をいいことに男を奪おうとするような行為になるのを卑しいことだと感じたからかもしれない。
逆に言えば、そんな下心のないことがわかっているタバサだのルイズだのを音鬼丸から遠ざける理由は彼女にはないのである。
キュルケのことも、そういうことさえしなければ、別に嫌いだというわけではない。
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やがて、一行は少し開けた場所に出た。
おおよそ魔法学院の中庭ほどの広さがある、森の中の空き地のような場所だ。
「わたくしの聞いた話では、フーケはあの中に入っていったそうです」
そう言ってロングビルが指し示した空き地の中央部には、廃屋があった。
朽ち果てた窯や、古い炭がまだ残っている物置の残骸が近くにあるところからすると、元は炭焼き小屋だったのだろう。
ルイズ、キュルケ、タバサ、音鬼丸、御琴、そしてロングビルの六人は、小屋の中から見えないよう手近の茂みに身を隠すと、相談を始める。
「人がいるような気配は、感じられないけど……」
「外出中かもしれないわね。それとも、もう引き払っちゃったか、中で寝てるか……」
「どうしましょうか?」
「とりあえず、偵察を出す」
この手の仕事には慣れているのか、タバサが中心になって話をまとめた。
偵察兼囮が小屋に近付いて中の様子を確認し、中にフーケがいるようなら奇襲するなりおびき出して全員で集中砲火をかけるなりする。
とにかく、あの巨大な土ゴーレムを作る隙を与えないことだ。
誰もいないなら、とりあえず中の様子を確認した後、どこかに隠れて戻ってくるかもしれないフーケを待ち伏せすることになるだろう。
「では、ぼくが偵察に行きましょう」
音鬼丸が立候補する。
「それなら、わたしも行きます」
兄の身を案じているのか、それとも少しでも毛虫が出なさそうな開けた場所に行きたいのか、御琴もそう言ったが。
それには、タバサが反対した。
「偵察は一人の方がいい。見つかる危険が増える」
「そうだね。御琴はここにいて、るいずさんや他のみんなを守ってくれ」
「……わかりました」
音鬼丸も同意したので、御琴は渋々引き下がる。
「お兄さま、気を付けて」
「うん。御琴もね」
そう言うと、音鬼丸はそっと剣を抜いて、ささっと滑るような動きで小屋の傍に近付いていった。
素早く、かつ静かな移動である。
「まるで、スパイかなにかみたい。あいつ、あんな動き方もできるものなの?」
「『すぱい』? ……よくわかりませんけど、あれはたぶん、忍者の動きから学んだものだと思いますよ」
伯父の天地丸に学んだものか、あるいは旅先でいくらかの忍術を習得した時にその過程で身につけたものか。
音鬼丸の剣は我流だが、それだけに特定の型などにはこだわらず、有用そうな技術をあれこれとつまみ食いして積極的に取り込んでいる感じだ。
年齢の差もあって伯父の天地丸や遠縁の高野丸ほどには熟達していないが、それなりに戦い慣れもしている。
「ニンジャ? ……なによ、それは」
「ええと。正義の味方とかを仕事にする、特殊な訓練を受けた人たちのことです。わたしたちの伯父は、その修行をした人なんですよ」
正義の味方、というのは、その伯父の天地丸を見てのことだろう。
一般的な忍者はそういうものではなかろうが、御琴も彼以外の忍者のことはあんまりよく知らないのである。
「……は? 正義の味方?」
ルイズがきょとんとする。
「はい。悪い妖怪を退治したり、そのために日頃から山籠もりの修行をしたり、遠くに武者修行の旅に出たりと。駆け出しのころには手紙を運んだりもしていたと、伯父からは聞いていますが」
「は、はあ……」
伯父は一流の忍者なんですよ、と、誇らしげに語る御琴と、興味深そうに拝聴するその他の面々。
「たぶん、伯父はしないと思いますが、中には諜報活動や、潜入工作や、暗殺などをする人もいるそうです」
「諜報や暗殺、って……。オトギマルは、そんな訓練も受けてるの?」
「いえ、見よう見まねだと思います。兄が正式な忍者の訓練をしたことがあるとは思えません。いくらかは、伯父から教わっているかもしれませんけど」
そんな女性陣の会話をよそに、音鬼丸は窓からそっと廃屋の中を覗いてみた。
(やっぱり、誰もいないや)
一部屋だけの小屋の中には、埃の積もった机や転がった椅子、崩れた暖炉、散乱した酒瓶や薪などがあるばかりだ。
木製の大きな箱も見えるが、大きいとはいっても、人が隠れられるような代物ではない。
埃の跡を見ると、確かに最近誰かが入ったらしい形跡はある。
しかし、そんな跡が簡単に見て取れるほどに積もった埃がそのままになっているところを見ると、ここに誰かが住んでいるとはとても思えなかった。
(ここは、『ふーけ』の隠れ家じゃなかったのかな?)
そう考えながらも、音鬼丸は誰もいないという合図を送って、仲間たちを呼び寄せる。
タバサはドアに向けて杖を振り、呪文を唱えた。
「罠はないみたい」
そう呟いて、ドアを開ける。
「へえ。『まほう』で、そんなこともわかるんですね」
「どういう仕組みなんでしょうか?」
音鬼丸と御琴が、感心したようにそう言った。
とはいえ、今はゆっくりと魔法に関する説明を受けていられるような状況でもない。
タバサの後に続いて音鬼丸とキュルケ、それを追って御琴が小屋に入り、ルイズは見張りのために小屋の外に残った。
ロングビルは周囲の偵察をしてくると言って、森の中に姿を消す。
「埃っぽいわねえ……」
キュルケが顔をしかめる。
「ここには、誰も住んでいそうにありませんね……」
「うん。この場所は、『ふーけ』の隠れ家じゃなかったのかもしれない」
そう話し合う双子に、同意するように頷きながらも。
「いちおう、手がかりがないか調べる」
タバサはそう言って、あまり期待もせずに小屋の中を調べ始める。
しかし、手始めに木製のチェストを開けてみると、なんとそこに探しているものがあった。
「……破壊の杖」
自分でも意外そうに目を瞬かせながらも、あっさりと見つかったそれを持ち上げて、皆に見せる。
「あら、あっけないわね」
キュルケが拍子抜けしたようにそう言った。
「えっ? これって……」
「本当にこれが、『はかいのつえ』なんですか?」
双子は戸惑った様子で、それをまじまじと見つめる。
それは、少し反身の細い杖……というか、鞘に納めた刀そのものにしか見えないような形状をしていたのだ。
「ええ、間違いないわよ。あたしとタバサは、宝物庫を見学した時に見たことがあるから」
「……でも、杖のようには見えないですけど……」
御琴の言葉に、キュルケは軽く肩をすくめた。
「まあ。確かにちょっと使いにくそうな、変わった形をしてるけどね。凝った形の杖で自分の個性を出すメイジは珍しくないわよ?」
「細身の曲刀を模したような形に見える。武闘派のメイジの杖と考えるなら、そうおかしくもない」
タバサがそう見解を述べた。
一般的なメイジは剣を平民の牙だとして見下し、そのような形状は品位が下がるとして避けているが、魔法衛士のような戦闘における実用性を重んじる武闘派のメイジは剣杖を使うことも多いのだ。
取り回しやすく扱いやすい刺突剣などの形状が多く、このように長尺な曲刀状というのは比較的珍しいが、まあそのメイジの戦闘スタイルなどにもよるし、ありえないというほどではない。
どちらかというと、手に持った感じが妙に軽く、おそらく中身は金属製ではなさそうなのが、そういった用途の鞘付きの杖としては奇妙だと感じられるが……。
金属製の長物では重くて扱いにくいので、近接戦時には『ブレイド』を使う前提で軽量な素材で作った、というところだろうか。
学院の宝物庫に収められるような財宝だから、そもそも普通のメイジの杖ではなく、ある種のマジックアイテム的なものだとも考えられる。
音鬼丸と御琴は、顔を見合わせた。
それから、音鬼丸のほうが、控えめに申し出る。
「……たばささん。その『はかいのつえ』を、ちょっと見せてもらえませんか?」
「気になることでも?」
タバサは小さく首を傾げながらも、特に断る理由もなく、彼に『破壊の杖』を差し出した。
「はい。ぼくの故郷にある、刀という武器に形がよく似ているので、気になって」
「ああ……。そう言えば、ギーシュと戦った時にあなたの使っていた剣も同じような形だった気がするわね」
そんな説明をしながら、音鬼丸はタバサから受け取ったそれがやたら軽いことを不思議に思い、鞘から少し抜きかけてみて、はっとした。
刀身は金属ではなく木でできていて、おそらくは竹製だった。
要するに、竹光だったのだ。
だが、彼が驚いたのは、その点ではなく……。
(も、もしかして、これは?)
その時、外に残っていたルイズの悲鳴が聞こえた。
「きゃあぁぁっ!!」
はっとした一行がそちらに注意を向けた瞬間、激しい破砕音を立てて、小屋の屋根が吹き飛ばされる。
音鬼丸と御琴が、咄嗟にタバサとキュルケの前に出て、飛散した破片から彼女らを庇った。
「いないのかと思ったら、おいでなすったようね!」
キュルケが空を見上げて、顔をしかめる。
昨夜見た巨大な土ゴーレムが、いつの間にかそこにいて、彼女らを見下ろしていた。
タバサが素早く自分の身長よりも長い杖を振り、呪文を詠唱する。
巨大な竜巻がゴーレムを襲ったが、身の丈三十メイルはあろうかという土塊を吹き飛ばせるまでの風力はなく、びくともしない。
キュルケも胸元に差した杖を引き抜いて呪文を唱え、火炎放射を浴びせた。
だが、体表を炎に包まれたところで、巨体を誇るゴーレムは意に介した様子もない。
「一度退きましょう! この狭い場所では、十分に戦えません!」
「御琴、二人を頼んだよ!」
御琴がキュルケとタバサを守るようにしながら屋根の無くなった廃屋から脱出させ、ゴーレムから距離をとる。
音鬼丸は外に出ると一旦彼女らと別れて、ルイズとロングビルの姿を探す。
森の中を偵察に行ったロングビルの姿は見当たらなかったが、ルイズはすぐに見つかった。
「るいずさん!」
彼女はゴーレムの背後、ごく近い距離に留まったまま、ルーンを唱えて杖を振りかざしている。
火球か竜巻でもぶつけようとしたのだろうが、いつも通り失敗して、ゴーレムの体表で小さな爆発が起こった。
多少の土がこぼれた程度でびくともせず、ただ相手の注意を自分の方に向けさせることになっただけだ。
「それでは、『ごぉれむ』を倒せません!」
「そんなことは、やってみなくちゃわからないでしょ!」
「相手は大きいから、ひとまず距離を置きましょう。逃げるんです!」
音鬼丸は十間あまり(ハルケギニアの単位でいえば二十メイル前後)離れた場所にいるルイズにそう呼びかけたが、彼女は唇を噛み締めて、きっとした目つきになる。
もう一度呪文を詠唱したが、やはりゴーレムの表面で小規模な爆発が起きただけだった。
「るいずさん、功を焦らないで! 一旦下がるだけですから!」
ルイズは杖をぎゅっと握り直すと、彼のことを睨みつける。
「……オトギマル。あんたは、ギーシュと決闘した時に言ってたわよね。『貴族が、そんなに平民よりもえらいのか』って」
「えっ?」
どうして急にそんな話を始めるのかわからず、困惑する音鬼丸に、ルイズは言葉を続けた。
「そうよ。えらいのよ。それは、有事には危険を冒してでも、貴族としての責務を果たすからなのよ!」
目障りな小娘を先に片付けようとゴーレムが迫ってきても、彼女は退こうとしない。
「わたしは、怖気づいて手を上げないことにも、『ゼロ』だってバカにされることにも、もううんざりよ。貴族は敵に背を見せない。卑しい賊なんかから、逃げられるものですか!」
ルイズの間近に迫ったゴーレムが足を持ち上げ、彼女に向けて踏み下ろす。
最後にもう一度呪文を唱えたが、ゴーレムの胸のあたりが小さく弾けただけで、やはりびくともしない。
視界に巨大な土の壁のような足が広がり、ルイズは目をつぶった。
「……っ!」
その時、疾風のように走り込んできた音鬼丸がルイズの体を抱きかかえ、地面に転がるようにして、間一髪で彼女を救い出した。
「オ、オトギマル……」
「無茶なことをしないでください! るいずさんの志は立派だと思いますが、死んだらおしまいなんです!」
彼に、召喚以来の怒ったような顔で強めにそう言われて、ルイズはびくっとする。
次いで、目からぼろぼろと、涙が溢れ出した。
「る、るいずさん?」
女性を泣かせてしまったことに、音鬼丸がおろおろする。
「だって。わたし、悔しくて……。いっつも、バカにされて……。貴族としての責任も果たそうとしないような人たちに……」
「……るいずさん……」
そんなふうに泣かれ、弱音を吐かれて、音鬼丸は困ってしまった。
母や御琴、秘女乃のような自分の知っている女性たちとルイズとはだいぶタイプが違うようで、どう接していいのかわからない。
彼女らは、決して自分の前で、こんな弱弱しい姿を見せたりはしないだろう。
しかし、ゴーレムが迫ってくるので、とにかく彼女を抱えたまま、走って距離を取った。
ゴーレムは地響きを立てながら追ってくるが、大きい割には並の人間と大差ない程度の速さしかない鈍重な動きで、音鬼丸にとってはルイズを抱えたままでも逃げ切るのは簡単だ。
「お兄さま! るいずさん!」
そうしていると、上空から御琴の声が降ってきた。
ロングビルを除く他の同行者たちを乗せたシルフィード(タバサの使い魔である風竜)が、目の前に降り立つ。
「乗って」
タバサが、そう声をかけてきた。
音鬼丸はどうしたものかと悩んだが、腕の中のルイズが悔し気に俯いて唇を噛んでいるのを見て、心を決める。
「……いえ、ぼくたちは、今は『しるふぃーど』さんには乗りません」
「えっ? そんな、どうしてよ?」
「お兄さま……?」
彼はルイズを地面に下ろすと、困惑する御琴に顔を向けた。
「るいずさんは、『きぞく』として敵に背を見せられないと言っているんだ。ぼくも、るいずさんの『つかいま』として、ここに残って一緒に戦うよ」
「い、一緒に?」
ルイズが戸惑ったように、音鬼丸のほうを見る。
彼は、彼女におだやかな笑顔を向けた。
「そうです。るいずさんがあの『ごぉれむ』と戦うのに、ぼくもお手伝いをしますから」