ONI異界伝 はるけぎにあの双子鬼神   作:ローレンシウ

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第三話 初夜

 

「その……。さっきはすみません、るいずさん」

「そちらにも事情があるのに、ぼくらのことばかり言ってしまって……」

 

 話がついてルイズの部屋に迎えられてから、兄妹は申し訳なさそうにそう言って頭を下げた。

 

「別に、もういいわよ」

 

 ルイズはそう言って肩をすくめると、疲れたように溜息を吐いて椅子に腰掛ける。

 

 最初は平民とはいえ、さすがに召喚のゲートであることくらいはちゃんと理解してこちらの呼びかけに応じたのだろうと思っていたのだが。

 先ほどから話していた限りでは、どうやら大変な田舎から来たのか、おそろしく非常識な兄妹であるらしい。

 その気がないのに突然知らない場所につれてこられて、わけもわからず接吻を迫られたりしたというのではまあ、いささか取り乱すのも無理はあるまい。

 平民とも思えぬおそろしい迫力だったので不覚にも萎縮してしまったが、普段は至って大人しいようだし、模範的な貴族としては無知ゆえの無作法くらいは寛大に許してやらねばならないだろう。

 

 それから、思い出したように、食堂でもらってきた夜食のパンをかじる。

 音鬼丸と御琴もテーブルを挟んだルイズの向かいの席についてパンを分けてもらったが、初めて口にするやわらかい奇妙な食感にいささか戸惑ったり、予想以上に水気のない食べ物だったためにむせたりしていた。

 

 兄妹はそうしながらも、しきりにきょろきょろと室内の様子を見回す。

 契約とやらのことが一段落してほっとしたことで、ようやくそういったものを気にする余裕が戻ってきたのだった。

 

 目の前のテーブルの上には、提灯や行灯とはまるで違う、硬質な素材でできた照明器具(ランプ)が置いてあり、中で幻想的な明かりが揺れている。

 広い部屋の中には他に箪笥らしきものや戸棚らしきものなどもあるが、どの家具も自分たちの見慣れたものとはまるで造りが違っていた。

 布団らしきものが載った一段高くなった台は、寝床だろうか。

 床には畳がなく、見たこともないほど滑らかに手入れされた板の張られた上に敷物が敷いてある。

 窓には障子も簾もなく、宝石のようにきれいな硝子がはまっていて、その傍には絹のような上等そうな布が垂らされている……。

 

 なんとも豪奢な装いで、しかしまったく見慣れた物のない部屋であった。

 

「なにをきょろきょろしてるのよ、田舎者丸だしね。……まあ、これからは貴族に対する態度とかをもう少しわきまえてちょうだい。使い魔があんまり不躾だと、体裁が悪いわ」

「は、はい」

 

 音鬼丸は変わった薄い陶器の器に入った赤みがかったお茶(紅茶)を飲んでパンを流し込みながらそう言って、それから少し質問をしてみた。

 

「……その、ずっと不思議に思っていたんですけど……」

「なによ?」

「この『はるけぎにあ』の『とりすていん』という国は、どこか他の世界とは違う異次元にあるんですか?」

 

 二人は既に、赤と青の双月が空に昇っているのに気が付いていた。

 

 ここが遥か遠方の西洋の国だとしても、文化や技術の違いなどについてはともかく、さすがに日本では一つの月が二つに増えるなどということがあるとは思えない。

 すると考えられるのは、自分たちの住む故郷と同じく、ここがどこか異次元にある世界なのではないかということだ。

 

 しかし、ルイズは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「何をわけのわかんないことを言ってるのよ。そのイジゲンっていうのは、あんたたちの住む田舎の方言か何か?」

「いえ、その……、すみません」

 

 音鬼丸は、どうやらルイズはそれについては何も知らないとわかったので、曖昧に話を切り上げた。

 そんな兄に代わって、今度は御琴が質問をする。

 

「あの。るいずさんたちは……、『きぞく』なんですよね?」

「……ええ、わたしたちは貴族(きぞく)よ」

 

 なによ今更、と、ルイズは少し不機嫌そうに顔をしかめて頷いた。

 

「ずっとそう言ってるじゃないの、それがどうしたっていうのよ?」

 

 兄妹は顔を見合わせて、軽く頷き合った。

 ならば、話しておくべきだろう。

 

「その。それは、わたしたちも鬼族(きぞく)の血を引いているものですから、気になって……」

 

 言葉の響きと、実際に鬼族の血を引いている自分たちを召喚したというところ。

 そして、先ほどまでは契約とやらのことに気をとられていて目撃しても詮索する余裕もなかったが、召喚の他にも空を飛ぶなどの法術や忍術めいた不思議な力をもっているということ。

 それにここの建物は、これほど大きいのにすべて石造りだ。

 故郷の異次元や日本の建物は、そのおおよそが木造であるし、大きさもずっと小さい。

 こんなに大きな建物を重い石材を用いて普通の人間が手作業で作ったのだとすれば驚くべきことであり、なんらかの術を用いて作った、あるいは人間よりもはるかに力のある者たちが作ったと考えた方が納得がいく。

 

 陰陽師や呪術師、あるいは『せんきょうし』のような異能をもつ人間だとも考えられるが、彼女らが異国に住む鬼族であるとしても不思議はないと、二人はそう考えていた。

 これが天地丸や砦角のような熟達した鬼神ならばルイズらが鬼の血など引いていないことをすぐに見抜けたのだろうが、まだ若い彼らにはそこまでの経験はない。

 

「は? ……あんたたちが、貴族?」

「ぼくたちの父は、茨鬼童子(いばらぎどうじ)という名前の鬼族です。それに母方の祖父も、鬼族だったと聞いています」

 

 ルイズは目を丸くして、それから疑り深そうに、二人の顔をじろじろと見つめた。

 確かに容姿は風変わりながらも端麗で、どこか貴族的だとも思えるが……。

 

「……杖は持ってないわよね。ゲルマニアなんかによくいる、平民からの成り上がり?」

「杖? ええと、錫杖みたいな?」

「シャクジョウ? それは知らないけど、つまり、メイジが魔法を使うために必要な杖のことよ。……まあ、その様子じゃ、やっぱり魔法は使えないみたいね」

 

 そう言われても、二人とも困惑したような顔をしている。

 言葉は通じているのだが、あまりに双方の文化が違いすぎているために意図が通じないのだった。

 

「……その『まほう』といわれるのは、『しろまほう』という術のことですか?」

 

 御琴は、少し考え込んでからそう尋ねてみた。

 

 未来から来た宣教師のリカルドは、確か自分の使う法術のような不思議な力のことをそう呼んでいたはずだ。

 なんでも、西洋の人々が信じる神の力を借りる術らしい。

 

「あんたたちの住んでる田舎の言葉なんか知らないわよ。いい、魔法っていうのは、火を熾したり、氷を作ったり、空を飛んだり、石や金属を錬金したり……、メイジが使うそういう力のことよ。わたしたちは系統魔法と呼んでいるわ。正当な貴族の血を引く証ね!」

 

 つまり、ルイズが自分たちをここへ連れてきたり、ここの人たちが空を飛んだりしていたのは、その魔法の力によるものだということか。

 それが鬼族の証だということは、この地に住む人々はみんなそういう力が使えるらしい。

 

 それにしても、鬼族の証というなら転身して見せればよさそうなものだが、ここの鬼族は転身ができないのだろうか?

 妖怪の一種らしい見慣れない生き物を連れている人なら、しばしば見かけたが。

 

「ええと、るいずさんたちのいう『けいとうまほう』と同じものかどうかはわかりません。でも、法術や召喚術なら、ぼくらも少しは使えますよ」

「ホウジュツに、ショウカンジュツ? ……知らない言葉ばっかりね」

 

 まあとにかく、できるのなら何かやって見せなさいよと、ルイズは特に期待もせずにそう要求した。

 

 この二人がどこの田舎からやって来たのかは知らないが、この非常識さ加減からして相当遠くであることは間違いあるまい。

 この様子では、たとえその土地の貴族だというのが本当だったとしても、魔法などが使えるとはとても思えない。

 おそらくこの双子は、始祖ブリミルの名前も知らないだろう。

 

「は、はい。……ええと……」

 

 そう言われても、音鬼丸は戦いの場で使うような術以外はほとんど覚えていない。

 別にそれを使って見せてもいいのだが、こんな部屋の中で、大した必要もないのにむやみに使うのはいかがなものか。

 

 なので、より心得のある妹のほうに目をやった。

 

 忌まわしい過去ではあるが、彼女はかつてその強い法力のゆえに赤子のうちに両親の元から攫われ、邪神に仕える巫女としてさまざまな術を教え込まれていたのだ。

 その中には、村ひとつを呑み込むような津波を呼び起こすなどの非常に強力なものもあった。

 生来の素質の高さもあろうが、彼女は最初から邪神をこの世に復活させるための傀儡として育てられていたから、そのために必要な技だけを集中的に教え込まれていたのかもしれない。

 が、とはいえ、それ以外の術も多少は、少なくとも自分よりは心得ていることだろう。

 

「簡単なものでよければ、何かやってみます」

 

 御琴は軽く頷いてそう言うと、懐を探って奇妙な文字が描かれた小さな紙切れを取り出し、掌に載せた。

 

「符鳥戯」

 

 目を閉じて軽く精神を集中させつつ、もう一方の手指を空中に何かの模様を描くように動かしながら、小さくそう呟く。

 すると、その符がひとりでに空中に飛び上がった。

 それは空中で小さな白い鳥に姿を変え、ぱたぱたとあたりを飛び回る。

 

 その鳥はくるくると部屋を一巡りした後に主の掌に帰還すると、また元の符に戻った。

 ルイズは目を見開いて、まじまじとその様子を見つめていた。

 

「マジックアイテム……じゃ、ないわよね。でも、杖もなしに……」

 

 まさか先住魔法なんじゃ、と言ったルイズの顔には、わずかながら恐れたような様子があった。

 

 精霊の力を借りる先住魔法は、主として始祖ブリミルの降臨以前からこの地に住んでいた亜人たちが用いるものであり、杖を必要としない。

 その使い手は多くが人間と敵対しており、特に代表的かつ最強の使い手と目されるエルフは最強の妖魔として悪名高いため、ハルケギニア人にとっては恐怖の対象となっているのだ。

 

「『せんじゅうまほう』? こちらでは法術のことを、そう呼ぶのですか?」

「そ、そんなことは、わからないけど……」

 

 ルイズはそう答えながらも、なによ、何も怖がることなんかないじゃないのと、内心で自分に言い聞かせる。

 

 別に先住魔法の使い手が、すべてエルフだというわけでもないのだし。

 系統魔法の使い手にもドットからスクウェアまでいるように、仮に先住魔法だとしても、強力な使い手と決まったわけではない。

 さっきのは所詮、鳥を作り出してちょっと飛ばしてみせただけのことだし、あのくらいの芸当ならば少々仕込みをしておけばドットクラスのメイジにだって簡単にできるだろう。

 

 第一、相手は正式な契約こそしていないとはいえ自分の使い魔であって、危険な妖魔というわけではないのだ。

 先住魔法が使える人間というのはあまり聞いたことがないが、噂によればあの恐ろしいエルフどもにも対抗できているとかいう東方のロバ・アル・カリイエあたりには、そんな者もいるのかもしれない。

 何にせよ、せいぜい武器が少し扱えるくらいのただの平民の子たちだとばかり思っていたらそんな特技があったというのは、むしろいいことではないか。

 

「……うん、まあ。これなら使い魔の仕事も、それなりにできそうね」

 

 ルイズは内心のさまざまな感情を隠そうとぐっと胸を張り、精一杯つんと澄ました態度を装いながらそう言った。

 

「そうだ。使い魔の仕事って、どんなものなんですか?」

「そうですね。まだ聞いていませんでした」

 

 そう尋ねる双子に、ルイズは順に説明をしてやった。

 

「使い魔の仕事はまず第一に、主の目となり耳となって偵察をしてくること。使い魔が見たものは、主人も見ることができるのよ。……まあ、ちゃんと契約をしていればだけどね」

「すみません、わがままを言って……。でも、見張りや見回りくらいはできますよ」

「必要なら、偵察の出来る式神を飛ばしてみます」

 

 そう提案する二人に、ルイズはまあいいわと言って頷いた。

 

 どの道、学生の自分には、今のところ特に強いて偵察してきてもらいたいものなどはないのだし。

 感覚の共有という体験ができなかったのは残念だが、なにせ自分の使い魔は二人なのだから、目と耳の数が多い分だけ効率もいいというものだろう。

 

「それから、主人の望むものを見つけてくること。例えば、秘薬……特定の魔法を使うときに使う、硫黄とかコケとかの触媒ね」

「それなら、ぼくはお使いによく行きますから。るいずさんにほしいものがあれば、探してきます」

「わたしもお手伝いします」

 

 ルイズは、まあそんなところだろうと納得した。

 

 なにぶん自分は魔法が使えないので、別に必要な秘薬などもないし、お使い程度の用事をこなせればそれで十分だ。

 学生の身分であるうちは、学院付きのメイドなどがいるとはいえ個人の使用人は普段からは連れ歩けないので、自分にだけは専用の小間使いがいるようなものだと思えば悪い気はしない。

 

「……で、一番大事な仕事が。なんといっても、主人を敵から守ることよ! その点、あんたたちはなんだか変わった魔法が使えるみたいだし、武器も使えるんでしょ?」

「はい。我流ですけど、剣なら少しは……」

「弓を少し。お兄さまほど強くはないですけど、必要なら戦うことはできると思います」

「よろしい」

 

 ルイズは満足がいった様子で、目を輝かせてうんうんと頷いた。

 

 さすがにドラゴンやマンティコアのような強い幻獣ほどではないだろうが、まあ二人もいるのだし、使い魔の中でも強い方には違いあるまい。

 学生の身でそんなに頻繁に危険な目などに遭うわけもないし、護衛としては十分すぎるほどのはずだ。

 

 少々トラブルもあったけれど、なんだかんだで自分の使い魔は十分に優秀な部類。

 そしてなによりも、初めて自分の魔法が成功したのだ。

 この分なら、他の魔法も上手くいくようになっているかもしれない。

 

「ま、そんなところね。他に、何か聞きたいことはあるの?」

「あ、はい。ええと、こんなに大勢の鬼族がひとつの場所に集まっているだなんて、この『まほうがくいん』というのはどういうところなんですか?」

 

 その質問に対するルイズの答え……各地から貴族の子弟が集まって魔法を始め貴族の子女にふさわしい教育を受ける、由緒ある学び舎……を聞いて音鬼丸と御琴は、要するに寺小屋や道場のようなものだと理解した。

 もちろん、そういったものよりも規模はずっと大きいようだが。

 

「ふぁ……、たくさん話したから眠くなってきたわ。まだなにかあるなら、明日にしてちょうだい」

 

 ルイズはそう言ってあくびをする。

 音鬼丸と御琴は頷いて礼を言うと、自分たちはどこで休めばいいかと聞いた。

 

「床でも椅子でも、適当にその辺で休みなさい。そこの引き戸の奥に、冬場に使う毛布が入ってるから出して使っていいわよ。あ、それと。明日になったら、私の脱いだ下着を洗濯しておいて」

 

 兄妹は、特に不満もなく頷いた。

 

 普段から床に布団を敷いて寝ているのだし、毛布があるなら別にそれと大差なかった。

 むしろ、ルイズの寝ているような高台の上で寝ろなどと言われようものなら、不慣れなためにかえって落ち着けそうにない。

 洗濯にしても、普段から家でやっていることである。

 

 ひとつの部屋で男女が揃って寝るというのも、別に気にならなかった。

 そもそも音鬼丸と御琴の実家、というか故郷である隠れ里や日本の大抵の家には大部屋ひとつしかなく、個人の私室などと言う概念はない。

 したがって家族は成人していようがいまいが、全員同じ部屋で寝るというのがごく普通、というよりも他に選択肢などないのである。

 

 とはいえさすがに、ルイズが恥じらいもなく平然と服のボタンを外して下着姿になった時には音鬼丸はあわてて目を逸らし、御琴はなんて破廉恥なことをと、また苦情を申し立てていたが。

 

 

 しばらくの後に疲れ切った様子でベッドに倒れ込むと早々に寝息を立て始めたルイズの方をちらりと見てから、兄妹も自分たちに与えられた毛布を分け合ってかけて、並んで横になった。

 

「それじゃ、お休み。御琴」

「ええ。おやすみなさい、お兄さま」

 

 それに、遠い故郷におられるお父さまとお母さまも、おやすみなさい。

 十五年も姿を消したままで、お兄さまがやっと連れ戻してくださったのに、また勝手なことをして。

 何度も何度も心配をかけて、ごめんなさい。

 

 御琴は心の中で両親にそう詫びながら、兄に背を向けて静かに泣いた。

 それまではいろいろなことがありすぎて考える間もなかったが、一度両親のことを想うと、罪悪感で胸が痛んでどうにもたまらなくなった。

 彼女は声を押し殺して泣いて、泣いて……、泣き寝入りをした。

 

 

 

「…………」

 

 音鬼丸は黙って目を開けたまま、そんな妹のくぐもった泣き声を聞いていた。

 

 やっとそれが止んで、静かな寝息が聞こえ始める。

 それでようやく安心したように目を閉じて、自分も眠りについた……。

 





時間軸:
 ONIシリーズの舞台は昔の日本ですが、地名がやや違っているなど(くめもと、えと、はくだて等)、現実の地球とは違うパラレルワールドのようです。
ですので、西暦何年くらいの日本なのかといったことははっきりとはわからないのですが、詳細な時代考証などは特に行ってはいません。
なにせタイムマシンとか、体をからくり人形に改造して300年後の時代にもまだ生きている人間とかが出てきたりもするので……。

符鳥戯:
 特に原作には存在しない捏造の術です。
イメージ的には「黒の剣」(これもかなり古いゲームですが……)のシノブ・リュードが使う符鳥刃の、攻撃力が無いバージョン。
高名な呪術師の高野丸は5で琥金丸に修行をつける際にかなりの戦闘力を持つ式鬼を使役しているので、4で全国の名のある呪術者を抹殺して回っていた(つまり、それらの呪術者を凌ぐ術力をもっているはずの)御琴もまあ、その気になればちょっとした式神を使役することくらいはごく簡単にできるのではないかな、と。
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