朝食の後、音鬼丸と御琴はルイズと合流して教室に向かった。
なんでもルイズはこの『トリステイン魔法学院』という施設で魔法の使い方等を学ぶ生徒であり、毎日授業を受けるらしい。
「今日は使い魔を召喚した翌日だから、紹介のためにみんな教室に連れてくるわ。あんたたちも来るのよ」
そう言われて同行した教室という場所は、何十人もが一度に入れる大きな石造りの部屋であった。
教壇が一番下の方にあり、そこから席が上に向かって階段状に連なっている。
「うわあ、ここも広いなあ!」
「本当に。それに、変わったつくりの部屋ですね」
学校などというものに通った経験のない音鬼丸と御琴からしてみれば、ルイズらにとってはなんでもない筆記用具の類にせよ、部屋のつくりにせよ、すべてが目新しいものであった。
ちなみに生徒たちの連れている多種多様な使い魔は、彼らからするとその中では最も驚くに値しない類のものである。
さまざまな姿をした多種多様な妖怪を、普段から見慣れているためだ。
そうはいってももちろん初めて見る幻獣の名前とか性質とか、知りたいことはいろいろとあったが、とりあえずそのあたりは優先順位としては後回しになる。
そんなわけで、教室に入った二人は好奇心にまかせて、目に付くままにこれはなんですかあれはなんですかとたくさんの質問をしたのだった。
「あの教壇のところに立って、先生が授業をするのよ。あれは黒板、先生が字を書くところ。……これはペンとインクの瓶よ、わたしたちが字を書くためのもの……」
ルイズは最初のうちはそんな初々しい使い魔たちに対して得意げに答えてやっていたが、あまり基本的なことまであれこれと聞かれるので、次第にうんざりしてきた。
(なによこいつら、何にもものを知らないじゃないの。本当に貴族なんでしょうね?)
昨夜は、この二人は東方のロバ・アル・カリイエあたりから来たのではと思った。
だが、噂ではかの地の人々はあの恐ろしいエルフたちと張り合えるほどの高い技術力を有しているという。
無学な平民でも知っているようなことさえろくに知らないこの無知さ加減からすると、とてもそんな場所から来たとは思えない。
これで貴族だというなら、もしかするととんでもないド田舎どころか他の文化圏から完全に隔絶した未開の地からでもやって来たのではあるまいか。
(いやいや、でも着てるものはなんか上等そうだし、行儀が悪いわけでもないし。未開人って感じはしないわよね……)
人生経験も発想力も乏しい彼女にとっての典型的な未開人のイメージというのは、「なんかごつい連中が石斧持って意味不明にウホウホ騒いでいる」ようなものだった。
そこまでひどくはないにしても、少なくとも洗練されていないいかにも野蛮そうな人々という印象がある。
まあ、実際音鬼丸も御琴も、ただ文化的にかけ離れた地から来たというだけなので、彼らが未開人ではないという点では間違ってはいないが。
ルイズがそんなふうに自分の使い魔たちの素性について思い悩んでいたあたりで、先生が教室に入ってきた。
中年の女性で、紫色のゆったりした着衣に身を包み、とんがった帽子を被っている。
ふくよかな頬が、優しげな雰囲気を漂わせていた。
その女性は教壇に立って教室を見渡すと、満足そうに微笑んで頷いた。
「まあ、今年も春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期にさまざまな使い魔たちと皆さんの仲睦まじい姿を見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴルーズはやがて、ルイズの傍に腰掛けた音鬼丸と御琴に目を留めた。
制服を着ていない二人の姿を見て一瞬きょとんとしたようだったが、じきに何かを思い出した様子で頷く。
「ああ、ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したものですね。オールド・オスマンから伺っていますよ、異国の地から二人も人間を召喚したとか」
音鬼丸と御琴はどう反応していいものかちょっと迷ったが、とりあえず座ったまま先生にお辞儀をする。
しかし、なにがおかしかったのか、教室のそこかしこからくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「『ゼロ』のルイズ! 召喚できないからって、その辺から平民を運れてくるなよ!」
誰かが立ち上がってそう言うと、ルイズが立ち上がって怒鳴った。
「違うわ! あんただってちゃんと召喚したのを見てたでしょう、かぜっぴきのマリコルヌ!」
「だれがかぜっぴきだ! 俺は『風上』のマリコルヌだ!」
ぎゃあぎゃあ言い合う二人とそれを眺めてニヤニヤしている他の生徒らの様子に、音鬼丸と御琴は顔をしかめた。
あの時はあまり気にしているような余裕がなかったが、そういえば召喚された直後も似たような雰囲気だった気がする。
なぜかはわからないが、どうもルイズは他の生徒たちから露骨に見下されているらしい。
彼女が落ちこぼれだということなのかもしれないが、なんとも嫌な感じだった。
なによりも、自分たちは間違いなく彼女に召喚されたのだから、これは事実無根の卑怯な中傷というものだ。
ここは使い魔の仕事を引き受けた身としても、また倫理の上でも抗議するべきだろうと、音鬼丸と御琴が腰を浮かせかけた。
しかし、そこで教壇のシュヴルーズが、手に持った短い杖を振る。
何か魔法をかけたらしく、途端に言い合っていた二人の体がすとんと椅子に落ちた。
「みっともない口論はおやめなさい、お友達を中傷してはいけませんよ?」
先生から注意を受けて、ルイズがしょんぼりとうなだれる。
もう一人の生徒の方はそれでも、自分が言ったのは中傷じゃなくて事実だとかなんとか抗議した。
その言葉に同調するように教室のあちこちから忍び笑いが聞こえてきたが、シュヴルーズが厳しい顔をしてもう一度杖を振り、それらの生徒の口に赤土の粘土を詰め込んでやるとようやく静かになった。
「それでは、授業を始めます。私の二つ名は『赤土』、赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法をこれから一年間、皆さんに講義しますのでよろしく」
シュヴルーズはそう言って会釈をすると、もう一度杖を振った。
彼女の前に置かれた机の上に、石ころがいくつか現れる。
「さて。今さら言うまでもないことですが、魔法の四大系統は『土』『水』『風』『火』ですね。それに今は失われた『虚無』を合わせて全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。そして、何も自分の系統だからというわけではありませんが、その中でも『土』は最も重要なポジションを占めていると私は考えます……」
シュヴルーズはどこか誇らしげな、勿体ぶったような咳払いをしてから先を続けた。
彼女によれば、土系統は万物の組成を司る系統であり、この魔法がなければ重要な金属を作ったり加工したりすることは難しい。
また、建物を建てたり農作物を収穫したりするのにも、重要な役割を果たしているのだという。
「……かくのごとく、『土』系統の魔法は私たちの生活になくてはならないものです。ゆえに、最重要だと考えるわけです」
新年度最初の授業だけあって生徒たちにとってはわかりきった基本的な内容だったが、音鬼丸と御琴にとってはかなり興味深い話であった。
昨夜もそうではないかと思っていたが、やはりこれほど大きな建物は『まほう』という術を使って建てたものだったのだ。
「生活のためにそんなに積極的に術を役立てているなんて、すごいなあ」
「ええ。こちらの鬼族は、しえすたさんのような普通の人間にも受け入れられているようですし」
音鬼丸と御琴は、授業の邪魔にならないよう小さな声でそう話し合った。
彼らの目は喜びと興奮で、少しばかり輝いている。
自分たちの故郷である隠れ里が普通の人間の入ってこれない異次元にあることからもわかるように、日本では鬼族をはじめとする妖怪は一般にその異能と異形と、そして例外も多いものの概して悪逆な性質のゆえに恐れられる存在で、人々に広く受け入れられてはいない。
術にしても、せいぜい秘女乃のような巫女に占いを頼んだり、高野丸のような呪術師に妖怪退治を頼んだりと困ったときに頼る程度のもので、普段から一般の人々の間で用いられたりはしないものだ。
もしも妖怪がその正体を隠すことなく人間に受け入れられて、互いのために能力を役立て合って共に暮らせたなら……。
まだまだこちらの世界のことはよくわからないものの、そのような生活がここでは実現しているのだとするならば、それはとても素晴らしいことであるように二人には思えた。
魔法の属性が土、水、風、火、虚無の五つに分かれるというのは、世界を木行、火行、土行、金行、水行から成るものとして捉える五行思想のようなものだろうか。
いずれにせよ、この地のメイジが使う魔法というのもやはり自分たちの使う法術と同じく、法力を用いる術の一種であることに違いはないだろう。
こちらでは法力という呼び方はしないかもしれないが、本質的には同じものであるはずだ。
そんな二人の考察をよそに、シュヴルーズは授業を先に進めていく。
「それでは、話はこのくらいにいたしまして。一年の時にできるようになった人も多いでしょうが、基本は大切です。第一回の授業は『土』系統の基本にして極意である『錬金』の魔法、そのおさらいから入ることにします」
シュヴルーズはそう前置きをしてから杖を振り、短くルーンを唱えた。
すると、教卓の上に置かれた石ころのひとつがぼうっと光り出す。
ややあって光が収まると、石はぴかぴかと輝く金属に変わっていた。
「……! ゴ、ゴールドですか!?」
にわかに興味を惹かれたらしいキュルケが、目を見開いて自分の席から身を乗り出した。
「いえ、これは真鍮です。ゴールドは『スクウェア』クラスのメイジでなければ錬金できません。私はただの……、『トライアングル』ですから……」
おそらく『スクウェア』や『トライアングル』というのは、メイジの強さを表す階級とかなのだろうな、と音鬼丸と御琴は思った。
言葉の上では謙遜しているようだったが、勿体ぶって咳払いをしてから言った様子からすればトライアングルというのはおそらくかなり高いレベルで、彼女はそれに誇りをもっているのだろう。
先ほどの『錬金』という術は、五行の考え方でいえば対象の物質が属する行、その割合を変えることで別の物質に変化させる技として理解できるかもしれない。
何にせよ授業が終わったら、またいろいろとルイズに聞いてみよう、と二人は考えた。
そうするうちに、シュヴルーズの目線がルイズの方を向いた。
「では、あなたたちにも『錬金』の実演をしてもらいましょう。ミス・ヴァリエール、こちらへ」
「え? わ、わたし……ですか?」
予想外な指名に、ルイズは戸惑った。
彼女だけでなく教室全体ににわかに緊張が走り、生徒たちがまたざわめき出す。
「そうです。ここに来て、石ころを望む金属に変えてごらんなさい」
「……は、はい」
ルイズは何か覚悟を決めたような緊張した面持ちでそう答えると、一度目を閉じて深呼吸をしてから、すっと立ち上がる。。
「あ、あの、ミセス・シュヴルーズ! 彼女の代わりに、わたしが……」
何やらあわてた様子で、別の生徒がそう言って立候補した。
美しい金髪を、見事な巻き毛にした少女だった。
しかし、シュヴルーズは少し顔をしかめて首を横に振る。
「ミス・モンモランシ。積極的なのはよいことですが、まずはミス・ヴァリエールが終わってからです」
「ルイズ、やめて。先生に言って、モンモランシーに代わってもらいなさいよ」
心なしか顔色の悪いキュルケが、小声でルイズにそう勧めた。
しかし、ルイズは短くきっと彼女を睨むと、もはや迷いのない足取りで無言のままつかつかと教壇へ向かっていく。
他の生徒に助け舟を出されたり、気に入らない相手からそんな風に言われたりしたことは彼女のプライドを傷つけ、かえって意固地にさせてしまったようだった。
「一体、何が起こるんだろう?」
「わかりません。けど、るいずさんが魔法を使うことに、みんな怯えているみたいです……」
なぜか急に教室の雰囲気がおかしくなったことに、音鬼丸と御琴も気が付いていた。
ルイズがどうしてもやる気だとわかると、前の方の席に座っている生徒たちなどはそそくさと椅子の下に隠れ始めている。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです。イメージの正確さと、成功を疑わない自信が大切ですよ。詠唱は覚えていますか?」
「はい。大丈夫です……」
ルイズはそう言って頷くと、もう一度静かに深呼吸をした後に、短くルーンを唱えて杖を振り下ろす。
「……イル・アース・デル!」
次の瞬間、石ころは教卓もろとも爆発した。