「確かに『れんきん』の魔法は失敗したみたいですけど、るいずさんの法力は強いと思いますよ」
「そうですね。法力のない人では、失敗しても何も起きないはずですから」
爆発で滅茶苦茶になった教室の後片付けを手伝いながら、音鬼丸と御琴は暗い顔をして嫌そうに割り当ての最後の机を拭いているルイズを、そう言って慰めた。
先ほどの授業でルイズが『錬金』を使おうとして失敗して起こした爆発は、間近にいた彼女自身とシュヴルーズを吹っ飛ばして、派手に黒板に叩きつけたのである。
幸いルイズのほうは大事無かったものの、予想もしていなかった突然の衝撃にシュヴルースは気絶してしまい、生徒らの『水』系統の魔法で手当てを受けた後で、駆けつけてきた別の教師によって医務室へ運ばれていった。
それで午前中の授業はすべて中止になり、爆発を起こしたルイズ自身は罰として教室の後片付けをするように命じられた、というわけだ。
ルイズの魔法について既によく知っていた生徒らが事前に回避行動をとっていたおかげで、二人のほかには怪我人はなく、爆発の影響を直接受けたのも教室の前の方だけだった。
だが、悪いことに今日は教室にたくさんの使い魔が入っていた。
そのため、突然の爆音に驚いた彼らがあちこちで暴れだし、たちまち教室中が阿鼻叫喚の大騒ぎになって被害が拡大した。
あちこちで窓ガラスは割れているわ、机や椅子は壊れているわ、壁や天井が煤で黒ずんでいるわで、掃除があらかた終わるまでには結構な時間がかかった。
「あんたたちの言うホウリキだかが強くたって、成功しなきゃ何の意味もないのよ!」
ルイズは、ぶっきらぼうにそう答える。
「気休めなんか聞きたくないわ、わたしはこれまで魔法を成功させたためしがないの。……だから、『ゼロ』なんて二つ名なんじゃない……」
音鬼丸と御琴は、困ったように顔を見合わせた。
「す、すみません……、でも、ぼくたちを召喚する魔法は使えたんでしょう?」
「焦らないでください。力はあるのですから、やがて使いこなせるようになるはずです。……それに、法術なんて使えなくても、立派な鬼族の方はたくさんいますから」
たとえば、伯父の天地丸がそうだ。
彼は高度な忍術を使いこなせるが、法術は覚えていない。
それにあの未来からやってきた琥金丸や、常葉丸にも法術の心得はなかった。
もちろん、いずれも心身共に強い立派な人物である。
しかし、そんな二人の気遣いや優しい言葉がけも、今のルイズにとってはかえって神経を逆なでするものでしかなかったようだ。
「……ええそうよ、結局あんたたちを召喚できたくらいじゃ何も変わらなかったわね! そちらのお里がどうだか知りませんけれど、わたしたちの国では魔法が使えない貴族なんて貴族じゃないのよ!!」
そう怒鳴ると、最後の机を拭き終えた布を床に叩きつけるように乱暴に投げ捨てて、憤然と出口の方に歩いていく。
「そ、その……」
「もうお昼よ、食事に行くわ! 後片付けがすんだら、あんたたちも厨房へ行きなさい!」
困惑しながらも何か言葉を探そうとした音鬼丸の方を見もせずにそう言い捨てると、ルイズは足音も荒くさっさと部屋を出て行ってしまった。
「……悪いことを言ってしまった、でしょうか」
「いや。でも、るいずさんは落ち込んでいるみたいだ。しばらくは、そっとしておいてあげたほうがいいかもしれないね」
音鬼丸はしょんぼりした様子の妹をそう言って慰めると、片付けの続きを再開した。
汚れただけの机はルイズが全部拭いていってくれたが、破損したものについては新品と交換しなくてはならない。
先ほど外から運び込んできたそれをひょいと肩に担いでは所定の場所まで運び、順に入れ替えていく。
落胆のために自分の内面ばかりに注意が向いていたルイズは気付かなかったが、男子としては比較的小柄な体格にも関わらず、驚くほどの怪力である。
「そう、ですね。後でまた、落ち着かれてから話してみましょう」
御琴も頷いてそう言うと、気を取り直して兄の手伝いをする。
椅子を何脚も重ねて一度に運ぶなど、こちらも線の細い儚げな外見の割に結構な膂力であった。
もちろんこれは彼女らが鬼族の血を引いているためであり、また数多くの戦いを経て十分に鍛えられているためでもある。
なんにしても、今のところ魔法がまともに使えないというのでは、当面は彼女に帰還の手伝いを求めるというわけにもいかなさそうだ。
偶然であれなんであれ自分たちを召喚したのは間違いないのだから潜在的な力はあるはずだが、それを使いこなせるようになるまでには時間がかかるだろう。
彼女の成長にも期待したいが、自分たちの方で他の方法も探さなくてはなるまい。
音鬼丸は片づけの合間にそんなことを考えながら、なんとはなしに、授業中にシュヴルーズが黒板に書いていた字を見てみた。
明らかに漢字でも仮名でもない、まるで見覚えのない文字……。
「読めないね。異国の文字かな」
「ええ。わたしたちも、折を見てこちらの文字の読み方を勉強した方がいいかもしれませんね」
ルイズに頼る以外の方法で自分たちで帰る手段を探すとなると、書物も読めなければ町の看板に書いてあることもわからないというのでは、何かと困るだろうし。
いずれにせよ、二人はてきぱきと働いて、それからほどなくして片づけを終えた。
それから、ルイズに言われた通り昼食をもらうために厨房の方へ向かう。
軽く運動をしたことで、ちょうどいい具合に腹が空いていた。
・
・
・
「……はあ……」
ルイズは食堂で、溜息をつきながら気の進まない様子で食事をしていた。
時折、午前中のことで彼女をからかう声や揶揄する声が聞こえてくることもあったが、授業中と違ってほとんど反応しなかった。
心ここにあらずといった感じである。
作業の概ねは使い魔たちがやってくれたとはいえ、彼女もいくらかは片づけに参加したのだからお腹が空いていないということはないはずなのだが、いまひとつ食欲は湧かなかった。
内心では、音鬼丸と御琴につい、「この二人を召喚できたのだから自分も魔法が使えるようになったのではないか」という期待が裏切られたことに対する苛立ちをぶつけてしまったことを後悔していた。
何も彼らが自分を裏切ったわけではないのだし、自分の失敗の責任は自分自身にしかないというのに。
ただでさえ魔法が使えない出来損ないの上に、何ら悪いことをしたわけでもない、むしろ気遣って慰めようとしてくれたのであろう使い魔たちにそんな態度をとってしまった自分の有様はメイジとして恥ずべきものだと、強い自己嫌悪を感じる。
しかしながら、長年の経験から彼女に染み付いている強がった態度と、少々大きすぎる貴族としてのプライドからして、使い魔たちに頭を下げて謝るということは選択肢に上がらなかった。
そんな憂鬱な気分でいては、いくら豪勢な食事であっても楽しめようはずもない。
そうは言っても使い魔たちと顔を合わせるのも気まずくて、無意識にそれを先延ばしにしたいがために、さっさと食事を切り上げて席を立つということもできずにいるのだった。
そんなわけで、ルイズはいつになく味気ない食事をいつまでもちびちび、もたもたと食べ続けていた。
けれど、そろそろ食事の時間も終わりだ。
使用人たちが、テーブルの端の方から順々にデザートのケーキを運び始めている。
(せめて、クックベリーパイならよかったのに)
ルイズはそう思って、また溜息を吐いた。
とはいえ、自分の大好物ではなかったにせよ、甘いスイーツを食べれば多少は気分も晴れるかもしれない。
ここはいい加減に気持ちを切り替えて、しゃんとした態度で何事もなかったように使い魔たちと合流して、午後の授業を受けよう……。
そう考えたあたりで、テーブルの向こうの方で何やら騒ぎが起こっているらしいことに気が付いた。
(なによ、うるさいわね)
ルイズは顔をしかめて、何とはなしにそちらの方に目をやった。
騒ぎの中心にいるのは、あのきざったらしいナルシストのギーシュ、と……。
「……!?」
そこに自分の使い魔たちの姿を認めると、ルイズはぎょっとして目を見開いた。
「あ、あいつら……」
一体、どうしてこんなところに?
「……でも、ぎーしゅさん。やっぱりぼくは、あなたがもしもあの人たちに不実な振る舞いをしたのなら、そのことを謝らなくてはいけないと思いますよ?」
「そうです。ましてやお兄さまにご自分の不義を隠す片棒を担げだなんて、卑怯ではありませんか!」
兄妹は二年生のテーブルの傍らに並んで立ちながら、きっぱりとした態度でそう主張していた。
音鬼丸の方は、少し困ったような顔をしてはいるが。
対するギーシュの方はといえば、怒りによってか羞恥によってか、赤みの差した顔をして、椅子に座ったままそんな二人を睨んでいる。
「どうやら、君たちは貴族に対する礼儀を知らないようだな……」
少し離れたあたりでは、シエスタがデザートのトレイを抱えたまま、青褪めた顔でかたかたと震えていた。
他の生徒たちはといえば、突然降ってわいた面白そうな騒ぎに目を輝かせて、わいわいと囃し立てている。
「ちょ、ちょっと! 一体、何があったのよ?」
本当なら二人の主人であるルイズとしては、すぐさまその場に割って入り、事情を問い質すべきところだったかもしれない。
それを、まずは遠巻きに見ている人の輪の外の方にいる生徒に話を聞いてからにしようとしたのは、やはり先ほどのこともあって使い魔たちと顔を合わせにくかったからだろうか。
「ん? ああ、ルイズじゃないの。そう言えば、あの子たちはあなたの使い魔だったわね……」
ルイズに袖を引かれたその女子生徒が教えてくれたところによると、音鬼丸と御琴の二人は少し前まで、少し離れたところで震えている使用人の少女を手伝ってデザートを運んでいたらしい。
もちろんその理由まではわからなかったが、おそらく食事をもらったお礼とかで自分たちの方から申し出たのであろうとルイズは推測し、実際それは正しかった。
「……で、そのうちにギーシュがポケットから香水の瓶を落として、あっちの男の子の方がそれに気付いてね」
ところがギーシュは、何を思ったのかそれを拾って渡そうとした音鬼丸に気付かないふりをしたのである。
音鬼丸は首を傾げながらも、確かに彼が落としたところを見ていたので、再三呼び掛けて受け取ってもらおうとした。
そのうちに彼と話してた友人たちがそれに気付いて、おや、その紫の香水はモンモランシーが作ったものではないか、するとお前は彼女と付き合っているんだな、という話になった。
「ああ……。じゃ、ギーシュはモンモランシーと付き合ってるのを知られるのが恥ずかしいから、隠そうとしたってわけ?」
ルイズが呆れたようにそう言うと、その女子生徒は苦笑して肩をすくめた。
「それが、違うのよねえ」
その後すぐに、一年生のケティという少女が泣きながらギーシュの傍に立ち、やっぱりミス・モンモランシと付き合っていたのですねといって、必死に弁解しようとするギーシュの頬を引っ叩いて去っていった。
続けていかめしい顔をしたモンモランシーが現れ、やっぱりあの一年生の子に手を出していたのねと言って、ギーシュの頭にワインをぶちまけて去っていった。
要するに、二股をかけていたのがバレたわけである。
ギーシュはそれでも強がって、「あのレディたちは薔薇の存在の意味を理解していない」とかなんとか気取ったことを言った。
その上、少しでも体面を取り繕って名誉を回復したかったのか、ぽかんとした顔で一連の出来事を見ていた音鬼丸に「せっかく僕が知らないふりをしたのに、君が間を合わせないから二人のレディの名誉が傷ついたんだ」とか言って責任を転嫁しようなどとした。
「本人も大概困惑したような顔をしてたけど……、あっちの妹さんはきっと、お兄さんにそんな馬鹿馬鹿しい文句を言われたことに一等怒ったんでしょうね。真っ向からギーシュに反論して、それでこの騒ぎってわけよ」
周囲の生徒たちの中には、二人のそんな態度を立派だと感じる者もいれば、平民が何を生意気なと思う者も、気持ちはわかるが馬鹿なことをしたものだと嘆息する者もいた。
しかし大多数は、なんであれこの退屈な日常にちょっとした刺激を与えてくれる、何か面白い騒ぎが起こることを期待していた。
なにせ、平民が公然と貴族に楯突くなど、ここでは滅多にないことなのである。
「ぐっ……」
話を聞き終えたルイズは、顔をしかめて唸った。
なんとも馬鹿馬鹿しい話で、自分としてもギーシュの態度には感心しない。
しないが、しかし、とにかく仲裁して騒ぎを止めさせねば。
自分も先程あの二人に八つ当たりめいた怒りをぶつけてしまったが、ましてや二人の主人というわけでもない、ただの平民を相手にしているに過ぎないギーシュがこれ以上エスカレートしたら、何を言い出すか……。
だが、ルイズがようやくそう心を決めて騒ぎの中心に割っていこうとしたときには、既に手遅れになってしまっていた。
「……よかろう! そこまで言うなら、貴族を代表してこのギーシュ・ド・グラモンが君らに礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」
ぎらりと目を輝かせたギーシュがそう宣言して、音鬼丸にぴっと造花の杖を突きつけながら立ち上がる。
「平民とはいえ、レディーには手は出すまい。兄としての矜持があるなら、彼女のぶんも君が引き受けるのだな。『ヴェストリの広場』で待っている。そのケーキを配り終えるまでの間に、決闘に臨む心の準備を整えてから来たまえ!」