ONI異界伝 はるけぎにあの双子鬼神   作:ローレンシウ

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第七話 貴族

 

「……え? け、決闘って。戦うってことですか?」

「いきなり、何を言い出すんですか。問題は、あなたが不実な行いをしたことです! それとお兄さまと戦うことと、一体何の関係があるんですか!」

 

 突然のギーシュの宣言に音鬼丸は困惑し、御琴は顔をしかめて抗議しようとした。

 しかし、周囲の生徒たちは既に決闘とやらが行われることが決定事項だと考えているようで、早くもわあわあと盛り上がっている。

 

「ふん……。互いの主張に折り合いがつかないときは、決闘で決めるのが貴族の作法だ」

 

 ギーシュは小馬鹿にしたように鼻を鳴らしてそう言い捨てると、それ以上議論をしようとはせずに、さっさと体を翻して去っていった。

 彼の友人たちが、わくわくした様子でその後に続く。

 一人だけは、決闘相手が逃げ出さないように見張るつもりなのか、その場に残っていたが。

 

「困ったなあ……」

「仕方ありません。とりあえず、このお菓子を配り終わったらその『ぐぇすとりのひろば』というところに行って、もう一度あの人に抗議してみましょう」

 

 音鬼丸と御琴は顔を見合わせ、溜息を吐いて頷き合うと、シエスタの方に向き直った。

 そのシエスタは青褪めた顔で音鬼丸の方を見て、がたがた震えている。

 

「お待たせして……、ど、どうしたんですか、しえすたさん?」

「あ、あなた、殺されちゃう……」

「えっ?」

「き、貴族を、本気で怒らせたりしたら……」

 

 シエスタは震える声でそう言うと、逃げるように走り去ってしまった。

 その様子を見て、御琴は眉をひそめる。

 

「やはり、こちらの方でも横暴な鬼族は多いのでしょうか……?」

「うん……。鬼族がみんな、心から受け容れられているわけじゃないのかもしれないね」

 

 このハルケギニアでは普通の人間と鬼族が共存しているらしいが、とはいえ鬼族はたいていの人間よりずっと力があるのだから、人間としてはやはり鬼族のことを多分に恐れているのだろう。

 完全に分け隔てなく受け容れられているわけではないとすれば残念なことではあるが、人間の立場からすれば、それは無理もないことなのかもしれない。

 

 もちろん、二人のその考えは、こちらの貴族という言葉を鬼族のことだと解釈している誤解から生じたものである。

 とはいえ、あながち間違いともいえまい。

 確かにここハルケギニアでも、普段は頼りにしているし少なくとも表向きは敬ってもいるが、同時に心の底では多くの平民が貴族の、メイジの力を恐れていることもまた事実なのだから。

 

「ち、ちょっと、オトギマル! あんた、いや、あんたたち、何してんのよ!」

 

 そこへようやくのことで駆けつけたルイズが、二人に詰め寄った。

 

「あ、るいずさん」

「お兄さまは何もしていません。あのぎーしゅという人が、勝手なことを言っているだけです」

 

 ルイズは兄を庇うように毅然とそう言った御琴を見て溜息をつき、肩をすくめる。

 

「ねえ、謝っちゃいなさいよ。あんたたち二人が頭を下げれば、ギーシュも満足すると思うわ。なんならわたしも、口添えをしてあげるから」

 

 御琴は、きっとした目でルイズを睨んだ。

 

「なぜですか! あの方は付き合っていた方々に不実をはたらいた上に、その責任をお兄さまになすりつけようとしたのですよ。そんな卑怯者に頭を下げることはできません!」

「だって、聞いてたでしょ。そうしなきゃ、オトギマルがギーシュと決闘することになるのよ? あんたは、お兄さんに怪我をさせたいの?」

 

 ルイズとしては、本当に兄のことを想うなら意地を捨てて謝るべきだと理を解いて説得したつもりだった。

 しかし、音鬼丸も御琴も、むしろ困惑したように顔を見合わせる。

 

「……いえ、ぼくは大丈夫です。あの人と決闘するつもりはないですけど、どうしてもということになれば、自分でなんとかしますから」

「最初にあの方をとがめたのはわたしですから、わたしがお受けしてもいいですけど……」

「いや、御琴にそんなことはさせられないよ」

 

 貴族と決闘することになるかもしれないというのにまるで危機感を覚えていないらしいそんな二人の様子に、ルイズは苛立った。

 

「ちょっと、わかってるの? 相手はメイジなのよ! あんたたちだってホウジュツとかいうのを使うんだから、魔法の強さは知ってるでしょうに!」

 

 魔法を使えぬ平民では、魔法を使うメイジには絶対に勝てない。

 それが、このハルケギニアにおける常識である。

 

 確かにこの二人は純粋な平民というわけではなく、故郷では貴族の血を引いているらしいし、ホウジュツとかいう魔法の一種も使うようだが。

 とはいえ普段の無知さ加減からして、相当の田舎か未開の地から来たのではないかと思える。

 武器などを背負っているところからしてもさして高度な魔法は使えないのだろうし、相手がドットメイジとはいえ一応軍人の家系で戦闘用ゴーレムの使役などの呪文も心得ているギーシュに敵うものか怪しい。

 むしろ、なまじ力があるばかりにギーシュの方もつい力が入ってしまい、取り返しのつかない事態に……、などと言うことも十分に考えられるのだ。

 

 だが、音鬼丸と御琴からすれば、ルイズが彼の何をそこまで恐れているのかよくわからないというのが正直なところだった。

 

 どう見ても、あのギーシュとかいう少年はそんなに強いとは思えない。

 体つきや身のこなしなんかを見るだけでも、ろくに鍛えてないし戦った経験もないであろうことは明らかだ。

 どんな魔法を使うのかまでは知らないが、少なくとも身体的には、まめだぬきやあぶらすましのようなごくごく下級の妖怪にも劣る程度の強さしかないだろう。

 

 というか、本当に鬼族なのかと思うくらい、どこからどう見てもごく平凡な人間そのものである。

 転身してない人間体の状態であるにしても、ここまで弱そうな鬼族なんて故郷の隠れ里や日本では見た覚えがない。

 まあ、同じ鬼族とは言っても、この地の鬼族は自分たちの知っているそれとはだいぶ違っているようだが。

 

 とはいえ、何にせよ今の二人にとっては、ギーシュが強いか弱いかなどと言うことが問題なわけではなかった。

 

「……るいずさん、心配してくれてありがとう。でも、強い相手だから、向こうの方が間違っていても謝るというのは、ぼくは違うと思います」

「もしもあの方が、不実をはたらいたお二人に謝られるというのなら、わたしも強く言い過ぎたことを謝ってもいいと思います。……でも、そうでないなら、頭を下げることはお兄さまに不当な罪を負わせることです。心配してくださるるいずさんには申し訳ないと思いますけれど、それはできません」

 

 二人はきっぱりとそう言うと、ルイズに頭を下げる。

 それから、ぐっと言葉に詰まった彼女の代わりに残っていたギーシュの友人にヴェストリの広場の場所を尋ねて、食堂を後にした。

 

「……っ。ああ、もう!」

 

 ルイズはしばらくじっと俯いていたが、ややあっていらいらした様子で頭を振ると、そんな二人の後を追いかけた……。

 

 

 ヴェストリの広場は、『風』の塔と『火』の塔の間に位置する、トリステイン魔法学院の中庭のひとつである。

 

 西側にあるために日中でもあまり日が差さず、時折逢引をする男女の姿が見かけられるほか、稀にある決闘の際に用いられる定番の場所としても知られている。

 この魔法学院では本来貴族同士の決闘は禁じられているのだが、そうは言ってもなにぶんまだ若く、しかも力がありプライドも高い貴族の子弟が集まっているのであるから、些細なことで血気盛んな生徒らが決闘を言い出すことはままあるのだった。

 そして今、この広場は久し振りに決闘があるらしいという噂を聞きつけた生徒たちで溢れかえっていた。

 

「お集まりの諸君! 決闘だ!」

 

 ギーシュが自分の杖である薔薇の造花を掲げてそう芝居がかった宣言をすると、周囲からわあっという歓声が上がった。

 

「決闘だ! 貴族と平民の決闘だぞ!」

「『青銅』のギーシュの相手は、ルイズの連れ込んだ平民だ。男の方だ!」

 

「あ……、ええと。お、音鬼丸といいます……」

 

 腕を振って歓声にこたえるギーシュとは対照的に、この騒ぎに戸惑った様子できょろきょろと周囲を見回していた音鬼丸は、とりあえずそう自己紹介をして頭を下げる。

 ギーシュはそれで、やっと存在に気付いたとでもいうように音鬼丸の方に目をやった。

 

「ふむ。とりあえず、逃げずに来たことは褒めてやろうじゃないか」

 

 薔薇を弄りながら歌うような調子でそう言って、気取った笑みを浮かべてみせる。

 御琴は、指名されたのはぼくの方だからという兄の申し出を少し不本意そうにしながらも受け容れて、今はルイズと共に彼の後ろの方から事の成り行きを見守っていた。

 

「……あの、ぎーしゅさん。本当に、戦うんですか?」

 

 ギーシュは音鬼丸が遠慮がちにそう尋ねると、やはりなと言わんばかりに鼻で笑う。

 

「無論だ、それが決闘だよ。なんだね、今になって怖気づいたのかな?」

 

「どうした平民、今更やめるのかよ!」

「足が震えてるんじゃないか?」

 

 周囲からも、やいやいと口汚い野次が飛んだ。

 音鬼丸は少し顔をしかめたものの、いえ、といって首を横に振る。

 

「だって、あなたがけてぃさんやもんもらんしぃさんにしたことと、ぼくと戦って勝つこととは関係ないですし」

 

 それを聞いて、先ほど食堂に居合わせた者たちの中からくすくすと失笑が漏れた。

 ギーシュの笑みが強張る。

 

「それに、ぼくや御琴の意見も、あなたに負けたからって変わったりはしないですよ。それより……」

「そこまでだ!」

 

 それ以上の音鬼丸の言葉を遮って、ギーシュが彼に薔薇の杖を突きつける。

 その頬は、怒りと羞恥で紅潮していた。

 

「……君というやつは、つくづく気丈な……、身の程をわきまえない平民らしいな」

 

 ギーシュは努めて怒りを抑えながら、いらいらした様子でそう言って頭を振った。

 

「その勇気は、後ろにいる妹君の手前か。それとも、主人であるルイズの体面のためかね?」

「いえ、ぼく自身の意見です。二人は関係ありません」

 

 まあ確かに、ルイズの使い魔としてはたらくと約束した以上は彼女に迷惑はかけたくないし、御琴の手前、兄としてみっともないことはしたくない。

 それは、間違いないことである。

 だからこそ、平和的な解決をしようと自分なりにがんばっているのだ。

 

 とはいえそれは、別に勇気なんてものではない。

 ルイズはずいぶんと心配してくれたが、音鬼丸は目の前にいるギーシュという青年に意見するのに特にそんなものが必要だと感じたことはなかった。

 

「そうかね、ならば遠慮する必要もないな。……どうやら君は、まだよくわかっていないようだ。この決闘で問題となっているのは、既に二人のレディーのことではない。君が、あまりに貴族に対する礼儀をわきまえていないということなのだよ!」

「……鬼族に対する、礼儀?」

 

 ギーシュは音鬼丸に突きつけた杖を揺らしながらそうだと言い、さも当然というように、説教をするような調子で先を続けた。

 

「さっきも言っただろう、君に礼儀を教えてやろうと。いいかね、君のように貴族に対して不躾に意見し、あまつさえ批判めいたことを口にするなどという輩を見逃しては、沽券に関わるんだよ。だから、上下の別をもう少しわきまえさせてやろうというんだ」

 

 周囲の観衆たちの間からも、少なからずギーシュに対する賛同の声と、音鬼丸に対する罵倒が飛ぶ。

 それを聞いて、音鬼丸は初めて、はっきりと不快そうな顔をした。

 

 つまり、間違っていても批判するな、従わない者は力づくで黙らせてやる、というのか。

 

「……鬼族が、そんなに平民よりもえらいのか」

 

 音鬼丸は普段よりも少し低い声でそう呟きながら、昨日ルイズを問い詰めたときのような怒りのこもった目でギーシュを睨んだ。

 

 貴族を鬼族、平民を普通の人間のことだと理解している音鬼丸からすれば、ギーシュの言い分はひどいだ増上慢としか思えなかった。

 音鬼丸の父は純粋な鬼族で、母には半分人間の血が混じっている。

 だがもちろん、音鬼丸にとっては両親ともにかけがえのない大切な存在であり、どちらが上なわけでもない。

 彼の物言いを聞いていると、人間を下等な存在として見下し、いくら殺しても構わぬものだと考えていた、あの天津甕星やその配下の妖怪たちのことを思い出す。

 さすがに彼がそこまで悪辣な存在だとは思わないが、ひどく嫌な気分だった。

 ちらりと後ろの方を振り返ってみると、御琴も同じ気持ちだったようで、形のいい眉を吊り上げて怒りに目を輝かせている。

 

 しかし、自分の言い分に酔っているのか、あるいはとことん鈍いのか、ギーシュはそんな音鬼丸らの怒りにろくに気付いた様子もなく、なんの危機感も感じてはいないようだった。

 やれやれと首を振り、わざとらしく溜息をつく。

 

「当たり前だろう?」

 

 貴族は平民にはない魔法という力をもち、生まれながらに能力的に優秀である。

 その能力を生かして、社会の中でも平民より大きな役割を果している。

 高い地位につき、それに伴う義務を果す代わりに、当然の権利としてその見返りを得るのだ。

 

 平民からの尊敬を受けることも、その見返りのひとつではないか。

 常日頃から貴族の世話になっておきながら、敬意を表そうともせぬ恩知らずな平民に礼儀を教え込むのも、また当然のことだ。

 

「……わかった」

 

 音鬼丸は御琴と視線を交わしあい、互いに頷きあうと、ギーシュのほうに向き直った。

 それからひとつ深呼吸をすると、背負った刀を抜いて構える。

 

「そんなに、強い者がえらいっていうのなら……、かかってこい!」

 

 ギーシュはそんな音鬼丸の鋭い視線に、余裕の笑みで応じた。

 

「ふふん、ようやく覚悟を決めたのかね?」

 

 そう言って薔薇の杖を振ると、その動きに応じて花びらが一枚宙に舞い、瞬く間に甲冑を身に纏った女戦士の人形に変化する。

 出現したその人形は、音鬼丸とギーシュの間に立ち塞がった。

 

「! これは……」

「申し遅れたが、僕の二つ名は『青銅』、青銅のギーシュだ。僕はメイジだ、だから魔法で戦う。よもや、文句はあるまいね?」

 

 ギーシュの問いに、少しだけ驚いたような顔をしていた音鬼丸は気を取り直して軽く頷いた。

 

 あれはおそらく、呪術師の用いる式神のようなものだろう。

 見たところ金属製のようではあるが、親戚の高野丸が使役する式鬼と比べればなにほどの力強さも感じない。

 

「ぼくの名前は音鬼丸だ。ぼくは、この刀で戦う!」

 

 

 

「……あいつ、なんで剣なんか抜いてるのよ……。相手はメイジなのに、ホウジュツだかを使わない気なの?」

 

 ルイズははらはらしながら、そんな音鬼丸の様子を見守っていた。

 

 なるほど、どこの田舎から来たにせよ、未開の地から来たにせよ、確かに自分の使い魔たちは貴族の血筋なのだろう。

 文明人と野蛮人、貴族と平民の違いは、最終的にはきれいな服でも教養の程度でも、魔法の力でもない。

 不正、不当な相手に対して頭を下げず、逃げずに立ち向かうだけの誇りがあるかどうかだ。

 

 そうである以上、この期に及んでとめることはするまい。

 この上は、大事に至らないことを祈りながら、せめて主として見届けるだけだった。

 

 しかし、音鬼丸はなぜ、魔法を使って戦おうとしないのだろうか。

 まあ確かに、あの法術とやらはなにやら先住魔法めいていたからこの場で披露すれば騒ぎになるかもしれないが、こうなってしまってはもはや使うしかあるまいに……。

 

「そうかもしれません。お兄さまは、法術よりも剣術のほうが得意なはずですから」

 

 それを聞いたルイズは、ぎょっとしたような顔で御琴の方を見ると、あわてた様子で彼女を問い詰めた。

 

「だ、だったらなんで、無理にでもあんたが代わってやらなかったのよ!?」

 

 剣なんて、所詮は平民の武器である。

 それよりも弱い魔法しか使えないというのでは、まるで勝ち目などないではないか。

 

 しかし御琴は、困ったような顔をしただけだった。

 

「……るいずさんは本当に、お兄さまがあんな人に負けると思っているのですか?」

「な、なにを……」

 

 ルイズが何か答えようとしたところで、ついに戦いが始まる。

 わあっという歓声が、その後の言葉をかき消した。

 

 

 

「いけ、ワルキューレ!」

 

 ギーシュが杖を振ってそう指示を出すと、主の命を受けた青銅のゴーレム『ワルキューレ』が音鬼丸に向かって突進していく。

 一気に間合いを詰めると、右の拳を彼の腹を狙って繰り出した。

 

(決まったな)

 

 金属製の重い拳が腹にめり込めば、さすがに生意気な態度を保ってもいられまい。

 戦意を喪失して負けを認めたところで寛大に許してやれば、自分の評価も持ち直すというものだろう……。

 ギーシュは、そんな皮算用を立てていた。

 

 しかし、音鬼丸はただ少し普通の人間よりも速い程度で何の芸もなく突っ込んでくるだけの敵の動きを完全に見切っており、拳が体にめり込む寸前に最小限の動きで身をかわす。

 

「たあっ!」

 

 そのまま、すれ違いざまに、気合を込めてワルキューレの胴体を薙ぎ払った。

 妖怪に対抗するために鍛えられた、銀引きされた鋼鉄の刃が、人形の体をまるで粘土のように容易く斬り裂いていく。

 

 一瞬の交錯だけで呆気なく両断されたゴーレムが、ぐしゃりと地面に崩れ落ちた。

 

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