「ね、ねえ。ギーシュが負けたわよ!」
「平民相手に何してんだよ。まったく、情けない奴だな……」
「いやあ……、あれは、相手が強すぎたんじゃない?」
「あいつ、まさか『メイジ殺し』なのか!?」
観客たちがざわめきながら、この予想外の結果について話し合っている。
「あの子、すごいじゃないの! ねえ!?」
彼らに混じって決闘の一部始終を見届けていたキュルケもまた、興奮した様子でそう言って、隣に立っている友人の肩を揺さぶった。
「……確かに」
キュルケに連れられてここに来ただけだったその小柄な青髪の少女も、途中からは本を読むのを止めて、決闘の様子をじっと見守っていた。
もちろん、いかに強いとはいえ所詮は剣士であり、ゴーレムは倒せても剣の届かぬところから魔法で攻撃されればどうしようもあるまいが……。
それにしても驚異的な太刀筋の速さ、そして外見に似合わぬ膂力であった。
ただ単にあの少年が物凄く鍛えているだけなのか、それともなにか、特殊な技術とかがあるのだろうか。
(興味深い)
その技術なり鍛え方なりには、機会があればあの少年から学ぶだけの価値はあるかもしれない。
一応頭の片隅には置いておこうと結論すると、タバサは熱っぽい目で勝った少年を見ている親友をよそに、また本に視線を落とした。
「すみません、るいずさん。こんなことになってしまって」
音鬼丸は駆け寄ってきたモンモランシーにギーシュの手当てを委ねると、そう言ってルイズに頭を下げた。
「別にいいわよ、今さら。勝ったんだし。そんなことより、あんた、結構強いんじゃないの!」
「お兄さま、その刀……」
御琴に心配そうに言われて、音鬼丸はあらためて自分の手にした刀を見てみた。
中ほどの部分が砂のような物質に変えられた痕跡があり、完全に折れていてもはや使い物になりそうもなかった。
「うん、駄目になっちゃったみたいだ。……ごめん」
最後の詫びの言葉は、彼女の分も引き受けて臨んだ決闘で思わぬ不覚をとってしまったことについてか。
あるいは、自分が不甲斐ないせいで壊れてしまった刀に対してなのか。
「――ぅ、……」
そんな話をしているうちに、手当てを受けたギーシュが意識を取り戻したようだ。
彼は、モンモランシーが手当てをしてくれたことに気付いて感激し、怒りながらも身を案じてくれる彼女に対して心からお礼とお詫びを言った。
それから、彼女に支えられるようにしてふらふらと立ち上がり、心配そうな顔をしている音鬼丸と向き合う。
「だいじょうぶですか、ぎーしゅさん?」
「ああ、大丈夫だ。だが、さっきの一発はこたえたよ」
ギーシュは、そう言って首を振った。
「君は何者なんだ? 僕の『ワルキューレ』たちを、ああもあっさりと倒すなんて」
「何者といわれても……」
音鬼丸は、実際なんと答えればいいものかわからなくて、困ったように首をかしげた。
「……ぼくと妹は、たぶん、ここから遠く離れた場所から来ました。あなたたちと同じものかはわかりませんが、鬼族の血を引いています」
それを聞いて、ギーシュとモンモランシーは半ば驚いたような、半ば得心がいったような顔をした。
「そうか。君たちは平民ではなく、異郷の貴族だったのか。道理で強いわけだね」
「ロバ・アル・カリイエとか? じゃあ、さっきのすごい動きは魔法だったわけね。先住魔法……とは、また違うのかしら」
モンモランシーの言葉に、音鬼丸と御琴は顔を見合わせてから、首を横に振った。
「いえ……。こちらでいう魔法について、わたしたちはまだよく知りません。でも、剣術はたぶん、それとは違うものだと思います」
「別に、鬼族かどうかとは関係ないですよ。さっきの剣術のことなら、ぼくはあれを普通の人間から……、たぶん、あなたたちのいう平民から教わったんです」
音鬼丸の言ったことは、嘘ではない。
先ほどワルキューレを立て続けに斬り捨てた素早い剣捌きを可能とする剣術、『はやぶさぎり』は、御琴を探して旅をしていたときにとある道場の師範から学んだものである。
それを聞いて、ギーシュらは目を丸くした。
「じゃ、じゃあ、君らの故郷では、あんなすごい動きができる平民が大勢いるのか!?」
「そうですね。……たぶん、それなりには」
音鬼丸が一緒に旅をした仲間の中には鬼族などの妖怪の血を引いていない普通の人間も何人かいたが、彼らは自分と同じように剣術を使いこなし、自分たちと対等に肩を並べて戦っていた。
たとえば、えと城下町の怪異目付け同心である心衛門や、その息子の九兵衛、くめもと城城主の弟である真之介などがそうだ。
それに、旅の途中で手合わせをした道場の師範や忍者たちなども、おそらく普通の人間なのだろうがかなり手強かった。
また、自分たちの曾祖父である妖奇老も、血筋としては普通の人間だが強い法力を持っており、おそらくはこちらでいう魔法にあたると思われる法術を使いこなしている。
もちろん大抵の人間は、よほど弱いものは別として、およそ妖怪などとはまともに戦えない。
彼らほど強いのは、人間全体から見ればほんの一握りではあろう。
とはいえ、決してあり得ないというほどに稀少な存在なわけではない、はずだ。
「……そうか……。どうやら物を知らないのは、僕の方だったらしいな」
ギーシュは自嘲するような笑みを浮かべると、音鬼丸と御琴に対して深々と頭を下げた。
「このギーシュ・ド・グラモン、君たちに対するこれまでの非礼の数々を詫びよう。すまなかった、どうか許してほしい」
「いえ、そんな。わたしたちよりも、けてぃさんにお詫びを言っておいてください」
「ぼくの方こそ、ぎーしゅさんの力を軽く見ていました」
音鬼丸は、そう言って中ほどから無くなった自分の刀をギーシュに示して見せると、自分も頭を下げる。
ルイズがその刀を見て、少し考え込んでから頷いた。
「確かに、それじゃもう使えそうにないわね……。いいわ、明後日は『虚無の曜日』だから、街へ行って新しいのを買ってあげる」
「そんな。悪いですよ」
「使い魔に必要なものを買い揃えるくらいは、メイジとして当然よ。せっかく結構強いのに、武器がなかったら護衛として役に立たないじゃないの」
それを聞いて、ギーシュも申し出る。
「ルイズ、壊したのは僕だ。せめてものお詫びに、僕がその代金をもとう」
音鬼丸やルイズは正々堂々の決闘の結果なのだから恨みっこなしだと遠慮するが、ギーシュにも敗者なりの意地というものがあるらしく、どうしても払いたいと言い張った。
もっとも、ルイズもギーシュも剣の値段などろくに知らないのだが。
結局、明後日の買い物の際にはギーシュも同行して、代金を半分負担すること。
それまでの間、音鬼丸が持っておくための間に合わせの武器を彼が作ってくれるということで、話がまとまる。
「それじゃあ、当分はこれを持っておいてくれ」
ギーシュがそう言って薔薇の杖を振り、一枚の花びらをこともなげに一振りの剣に変えてよこす。
それを見て、音鬼丸も御琴もあらためて感嘆した様子だった。
「魔法って、本当にすごいものなんだなあ」
「法術も、もっと研究していろいろなことに役立てるべきなのかもしれませんね……」
こちらの世界の魔法については、早めにしっかりと勉強しておかなくてはなるまい。
でないと、ギーシュよりももっと強力な術を使えるメイジと戦わなくてはならないようなことになった時に対抗できないかもしれないし、帰るための手段を見つけるのにも魔法の知識はきっと必要になってくるだろう。
「話がまとまったのなら、さっさと午後の授業に行くわよ。……あんたたちはその前に、決闘の件で先生にこってりと絞られるでしょうけどね!」
ギーシュに大事がないのを確認してまた冷ややかな態度に戻ったモンモランシーが、そう言ってさっさときびすを返す。
それで、ひとまずこの場はお開きとなった。
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「ほれ。やはり、万事丸く収まったようではないか。子供らの成長を信じて見守ってやることじゃよ、ミスタ・コロポックル」
「私はコルベールです。……学院長の深謀には恐れ入ります、結果論という気もしますが」
オスマンの飄々とした態度とわざと名前を間違える定番のボケに対して、コルベールがそう言って肩をすくめた。
「手厳しいの。……それにしても、あの少年は大した強さじゃな。君の見立てはどうかね、『炎蛇』よ?」
「そうですな。確かに、魔法の補助なしであれだけの動きをするのは驚異的です。それも、あの少年の年齢から考えればなおのこと。王宮の魔法衛士の中にも、彼と正面から斬り合って勝てる者がいるかどうか」
「ふうむ、そうか。まだ若いというのに、どうやってそれほどの強さを身に着けたのであろうな?」
「金属製のゴーレムを容易く両断するほどの力強い一撃は、彼が人間よりもはるかに頑強な敵と戦ってきたことを思わせます。おそらく、魔法の用いられることが少ない文化圏の出なのかもしれません。もしかしたら、銃器もないかもしれない。ゆえに、平民の戦士がそのような相手、亜人や巨人などとも、正面きって斬り合わねばならない」
「なるほどの。そういった環境ゆえに、優れた武技が発達したというわけか……」
「あくまでも推測です、もしかしたらまるで的外れかもしれません。機会があれば、本人から詳しい話を聞いてみたいものですな」
コルベールはそう言ってから、ふと気が付いたように懐中時計を取り出した。
「……ああ、いけない。そろそろ、午後の授業が始まります」
「ふむ、そうか。いや、時間をとらせてすまんの。決闘騒ぎに関してはあまり厳しく咎めたり罰を与えたりしないようにと、他の教師たちにも言っておいてくれ」