港で船乗りのフルードとボアに別れを告げたメディは街道に沿って街へと向かった。
小一時間ほど歩くと街が見えてくる。
アリアハン周辺で現在確認されている魔物は「スライム」や「おおがらす」といったあまり脅威にはならない魔物だけである。
これはかの英雄オルテガの活躍によって大陸の魔物の拠点が完全に壊滅したためだと言われている。
一度壊滅してしまえば、旅の扉によって他の大陸と隔絶されたこの大陸に魔物が入り込む可能性は低い。
そのため、あまり脅威とはならない魔物のみがその後も細々と生き残っているのである。
もっとも、これはあくまで調査によって確認された範囲内での話であり、実際には未だに凶悪な魔物が隠れ潜んでいる可能性は十分にある。魔物の動きが活発となっている今の時代、人間族にとって真に安全な場所などはないのかもしれない。
とはいえ、アリアハンが世界で最も安全な大陸であることに異論を挟むものはいないだろう。
そんな平和で穏やかな国の城下町。そこは、いつになく賑わいを見せていた。
その理由は至極単純。
この国に平和をもたらした英雄の倅が、魔王を倒し世界に平和をもたらさんと輝かしい旅立ちを飾るからに他ならない。
街の外からでも容易にわかる人々の喧騒を、メディは街に近づけば近づくほどにひしひしと感じ取っていた。
「二人の言っていた通り、勇者の出陣式が行われているみたいだ。よかった、これなら有用な情報も得られそうだ」
人が多ければ多いほど、得られる情報量も増え、自分の探し物への手掛かりも得やすくなるだろう。
メディはそんな期待を胸に街へ向かって歩を進めていった。
街に着くと、どこもかしこもお祭りムードで満たされていた。
メディは人の波をかいくぐりながら悩んでいた。
(情報を集めるにしても、一体どこへ行けば……そうだ!)
彼は行くあてに一つ思い当たった。
懐から取り出したのは船乗りから渡された地図。
そこには簡略化されたアリアハンの地図と件の酒場の位置が記されていた。
目的地へ向かい、少しずつ大通りから離れていくメディ。
それを村人然とした格好の男が驚いたように見ている。
男は急いでメディのもとへと近寄ってくると、声をかけてきた。
「おい、嬢ちゃん! これから式が始まるっていうのに一体どこへ行くんだよ! もしかして道に迷ったのか!?」
「い、いえ……ボクは――」
――式が見たいわけではない。
そう言いたげな彼の様子に気づかずに、男はどんどん元の人混みの方へと彼を引っ張っていく。
「嬢ちゃん、この街の人間じゃないだろ?」
男がメディに尋ねる。
「はい、そうですけど」
「やっぱりな! 今日は多いんだよなあ。勇者様を一目見ようと来たものの、迷ってどこへ行けばいいのかわからなくなってる奴が。でも、運がいいぜ、嬢ちゃん。俺がしっかりと連れて行ってやるぜ」
「は、はあ、ありがとうございます?」
否定しようと思ったメディだったが、それをすると面倒なことになりそうな気がして言われるがままに連れて行かれることにする。
(英雄の息子らしいし、そのご尊顔を見ておくのもいいかもしれない)
先ほど後にした大通りへと戻ってきた彼は、人混みを見てあることに気づく。
大通りの真ん中を空けるように人の波が裂け、道の両端に綺麗に人混みが分かれているのだった。
おそらく勇者がここを通ることになっているのだろうとメディはあたりをつける。
(それにしても、すごい観衆の数だな)
彼がそう思うのも無理はないだろう。
新たな勇者の門出を祝うために、アリアハンのみならず他の大陸からも多くの人々が集まっているのだ。
そこまで注目されるのは、勇者がかのオルテガの息子だからだろう。
メディが人の波に辟易していると、誰かが興奮したように口を開く。
「ゆ、勇者様だ!!」
その言葉で観衆はいっせいに 視線を移す。
その先から歩いてくるツンツンとした黒髪が特徴的な少年。
齢14の彼の容貌からはまだどこかあどけなさが感じられる。彼は注目を浴びることにあまり慣れてはいないようで、照れ臭さを見せながら観衆へと笑いかけている。
その初々しさを感じる様子には見る者の心を和ませる、そんな雰囲気があった。
一方で、彼の後に続く3人はそれぞれが異様な雰囲気を醸し出していた。
「龍」という文字の施された東洋の伝統衣装を身にまとい、黒い髪を一つ結びにしている青年。
彼は冷静な面持ちで勇者に付き従う。
十字架のあしらわれた帽子をかぶり、全身タイツ上から十字架の描かれた貫頭衣に身を包む女性。
その人の好さそうな笑みからはどこか神々しさが感じられる。
そして、小振りな杖を持ち、リネンでできた衣服を身に纏っている少女。マントを羽織っているが、腹部は露出しており、スカートの丈も短めで全体的に露出が多い服装をしている。
前者二人とは異なり、どこかそわそわした様子を見せながらも三人に続く。
前の二人については、いかにも武闘家、僧侶といった装いであり、勇者の同行者として違和感は覚えることはない。
しかし、三人目の少女は異様であった。
威厳の欠片も無く、杖は持っているものの魔法使いという印象からは程遠い服装。というよりもそこらへんの村娘にしか見えない。
人々も、少女の容貌に少し混乱しているようである。
周囲の様子を見ながら、僧侶が少女に話しかけている。
「サラ、貴方の容貌に皆さんは戸惑っているようですよ」
「し、仕方ないじゃん。こんなに大勢に見られることなんて普通ないんだし」
「……安心せい、皆が見ているのはお主ではなくアルスのほうじゃ」
「そ、そんなことわかってるけど。でも、やっぱり緊張するし」
呆れた様子でサラと呼ばれた少女を見る青年。
彼の視線には『恥ずかしがり屋なのによくそんな恰好ができるものだ』という思いが込められているようにも見える。
そんな彼の思いは隣を歩く僧侶が代弁した。
「はあ、そんな露出の多い恰好をしている貴方が、よく言いますね」
「な! ルーナには言われたくない! 実は痴女みたいな恰好してるくせに!」
「ち、痴女ですって……これは聖職者の正装です。神に定められた服装を愚弄することは神への侮辱に値しますよ」
女僧侶――ルーナは笑みを浮かべたままサラを諫める。
が、その目は全く笑っていない。
それに気づいたのか、サラは勇者の陰に隠れた。
「ア、アルス助けて! ルーナに
いきなり腕を取られ、驚く勇者アルス。
その様子を見て、青年が呆れたように注意する。
「……サラよ、今は大衆の面前じゃ。儂らは民に信じてもらう必要がある。そのための出陣式でもあるのじゃ。軽はずみな行動は慎め」
「ご、ごめんなさい」
しおれたように謝るサラ。
それを見て、勇者アルスは堪えきれずに笑い出した。
「ちょ、ちょっとアルス! なんで笑うの?」
「いや、何だか、サラのこと見てたら自分が気負ってるのが急に馬鹿らしくなっちゃって」
緊張の糸がほどけたように、表情が柔らかくなるアルス。
彼は視線を青年のほうへと移す。
「
「……アルス殿がそういうのなら」
複雑な表情を浮かべながらも、納得する
アルスはおもむろに立ち止まると、一度深呼吸をする。
そして、心を落ち着かせると、観衆に向けて語り始めた。
「皆! 今日は俺たちの門出を祝うために集まってくれてありがとう! 知っての通り、今人類は危機に瀕している! 魔物が我が物顔で闊歩し、村々を襲い、罪のない人々の命を奪っている! こんなことは決して許してはならない! こんな状況を打開するため、オルテガの息子、この勇者アルスは魔を打ち払い、世界を平和にすることを、ここに宣言する!!!」
アルスの力のこもった言葉に、観衆は一時静まり返る。
そして、彼の言葉が終わったことに気づくと、一斉に歓声が上がり始めた。
あちこちから聞こえてくる勇者様コールに、アルスは安堵の表情を浮かべる。
その後、勇者一行は周囲の声に答えながら、旅立っていった。
一部始終を見ていたメディは未だ興奮の収まらない様子の男に尋ねる。
「おじさんはこの街の人なんですよね? 勇者様について詳しいんですか」
「ああ! オルテガは俺のダチだったからな! アルス君もあんなに立派になって!」
男は感極まって涙ぐんでいる。
どうやら、先ほどのアルスの言葉がよっぽど心にきたらしい。
「しかし、まさかあのサラちゃんがアルス君と一緒に旅に出るとはな」
「サラちゃん?」
「ああ、アルス君の後ろに女の子がいたろ? あの子、アルス君の幼馴染なんだよ。昔からいたずら好きな子でねえ、よくアルス君が困っていたっけ」
近所の子供の成長を懐かしむ男。
とても、世界を救おうという勇者の話をしているとは思えない。
「えっと、その子はどうして勇者様の旅に同行するのですか?」
「確か、魔法使いの素質があるとかなんとか。俺もびっくりしたぜ。あの子が魔法を使うところなんて見たことないからな」
(それは、大丈夫なのか)
少し心配になったメディだが、勇者が選んだ仲間である以上よその人間が口出しすることではないと結論付けた。
続けて彼は、残りの二人についても聞いておくことにした。
「他の二人はどんな人たちなのですか」
「ああ、一人はアリアハンの美人司祭のルーナさんだよ。まだ20になったばかりじゃないか。あの年にして司祭にまで上り詰めるほどの天才だよ。もう一人は
確かに、先ほど見た限り二人からはただならぬ雰囲気をメディは感じていた。
それは、一つの道を究めた者が発する独特の
彼らが世界を救う旅に同行するというのは納得のいく話である。
「……本当はな、アルス君とサラちゃんには危険なことはやってほしくねえんだけどな。オルテガがいなくなってからのあの人は見てられなかったからな。アルス君をどういう思いで送り出したのか、考えると、やりきれねえよな」
あの人というのは恐らくは勇者アルスの母のことを指しているのだろう。
夫を失い、さらに息子まで失うかもしれないのだ。
勇者たち家族をよく知るこの男の憂慮ももっともなことだ。
先ほどまでの熱が冷め感傷に浸り始めた男を、メディは一人にさせようと考えた。
もっとも、彼によって中断された自分の目的のための行動でもあるのだが。
「それじゃ、ボクはもう行きますね。今日は案内していただきありがとうございました」
「お? もう行くのか。その様子だと、行く当てはあるみたいだな」
「はい。心配していただきありがとうございます」
実際は今晩泊まる宿すら決まってはいないのだが、それを言うとまた長くなりそうだと思いメディは黙っておくことにした。。
その場を離れようと歩き出した彼に、男から声が掛けられる。
「あ、そういえば嬢ちゃん、まだ名前を言ってなかったな。俺の名前はハルクってんだ。昔アリアハンの兵士だったが今ではただの大酒飲みよ!」
「ボクはメディといいます。珍しいものを集める収集家をしてます」
「そうか、メディ! 何かあったら俺のことを訪ねて来いよ! できることならやってやるからよ!」
その言葉に、メディは虚を突かれたように目を見開く。
(最近、いい人ばかりと出会うな)
感謝の言葉を述べて、彼は男と別れる。
そしてどこか温かい気持ちになりながら、件の酒場へと向かった。
既に日は少し傾いてきており、赤い夕焼けが街を照らし出していた。
次話でヒロイン登場します。