変わり果てた伝説   作:ラスティ猫

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★第六話:故英雄の開放

 ――ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん……

 

 静寂が支配する闇の中、滴り落ちる水の音が虚しく響き渡る。

 中には朽ち果てた骸骨が散在しており、生者の気配はほとんど感じられない。

 行き場を失った魂は成仏することも叶わずに宙を漂っている。

 

 ここは、さびしいほこらのろうごく。

 

 その場所にあって、未だに命をつないでいるものが一人いた。

 もっとも、その男の瞳は虚ろで、もはや一縷の望みも感じられない。

 頬はこけ、肋骨はむき出し、まるで骨に皮を貼り付けただけのような有様であった。

 

 全てを諦め、ただ死を待つだけ。

 けれども、限界で彼を生きながらえさせているのは生への執着、未練が大きいからだ。

 諦めても諦めても、彼の頭からは決して離れないものがあった。

 それはいくつかの約束。

 思い浮かぶのは幼い息子の姿。そして――

 

(――オルテガ、お前だけに全てを押し付けるわけにはいかねえよな)

 

 絶望の淵へと落とされても、未だその意志は砕かれてはいなかった。

 それもそのはず、彼も「勇者」と呼ばれるものの一人だからだ。

 

 そこへ、甲高い音が聞こえてきた。

 変化のない状況で与えられた新しい刺激に、彼の脳がいつになく覚醒する。

 

(何だ、この音は)

 

 コツ……コツ……コツ……

 一定のリズムで聞こえてくるその音は徐々に大きくなっていく。

 そこで、彼は思い至った。

 

(これは、足音か。誰か来るのか)

 

 これは救いの主か、それとも死神か。

 どちらにしても、彼にとっては既に地獄のような状況だ。

 これ以上ひどくなることはない。

 誰でもいい、自分以外の存在が近づいてくるだけで、彼の心は浮足立った。

 

(ったく、それにしても、足音だと理解するのにもこれだけ時間がかかるとは……)

 

 足音は、彼の目の前でピタリと止んだ。

 暗闇でその姿を見ることはできないが、どうやらその人物は彼の目の前にいるようだ。

 その人物は、彼に声をかけた。

 

「――どうやら間に合ったようだな。アナタが、勇者サイモンか」

 

 鈴を転がすような声がほこらに鳴り響く。

 男は、その声に一瞬毒気を抜かれたように呆然とするが、我に返るとなんとか声を振り絞った。

 

「……ああ……おま、え、なに、もん…………だ?」

 

 彼の問いへの返答は少し間を置いてから

 

「……アイリ、とだけ。詳しい話は後でしよう」

 

 簡潔にそう答えると、彼女は男――サイモンを繋いでいる鎖を切断した。

 そして「ベホマ」と回復呪文を唱えると、彼の体が一気に楽になる。

 

(ベホマ……だと。高等神官しか行使することのできない呪文のはず。この女、本当に何者だ。いや、それよりも――)

 

 彼は、思い出したかのように、彼女に忠告する。 

 

「……だめだ……オレを出したら、ヤツらが来るぞ」

「ヤツら?」

「……そこらの、魔物とはちげえ、バケモン、だ」

 

 その言葉を聞きながらも、彼女は手を止めなかった。

 彼女の様子に違和感を覚えた男は思わず疑問の表情を浮かべる。

 暗闇の中でその変化に気づいたのかはわからないが、女性は彼に対して言葉をかける。

 

「大丈夫だ。ここから出ていくのは()()()()()()ではないからな」 

 

(この女、何を言ってやがる)

 

 サイモンは困惑するも、既に力はないため、ただ女性に自分の運命をゆだねるしかなかった。

 それを彼自身理解しているため、それ以上考えることをやめた。

 アイリと名乗った女性は「よし」と呟くと、息を整え、それから詠唱を始めた。

 

【……主よ、慈悲深き御心で、この者に新たなる運命を導きたまえ】

 

 すると、サイモンの体が青白い光に包まれる。

 

(……な、なんだ、これは)

 

 彼は自分という「存在」、その根底が瞬く間に書き換わっていくのを感じた。

 

【勇なるものは、疾く駆けるものへ、汝、風をも置き去りて、向かうところへ】

「……な、なにを」

 

 彼を包む青白い光に照らされ、アイリの姿が露わになる。

 あどけなさが残るその面立ちには不釣り合いなほど、勇敢で強い眼をしている。

 彼女はサイモンの視線に気づくと、安心させるように柔らかな笑みを浮かべる。

 その神聖ささえ感じられる天使のような笑顔に、彼は心が洗われるような気分がした。

 

 そして、彼を包んでいた光が徐々に収束し、再び辺りを闇が覆い隠した。

 

「これで、アナタは()()ではなくなった。ここの警備はどうやら勇者であることに反応するようだからな」

「……さっきから何を言っている」

 

 アイリはサイモンの疑問に答える様子はない。

 

「では、いこうか」

「……ど、どこへだ?」

「それも、追々説明する」

 

 彼女は、そう言ってサイモンを背負うと独房から出る。

 そして、何かを思い出したかのように振り返った。

 

「……忘れてた。一応、小細工はしておくか。ちょっと、借りるぞ」

「……は?」

 

 思わず間抜けな声を出すサイモン。

 無駄のない手付きで、アイリは彼の服を剥いだ。

 

「よし、これでいいだろう」

「な、いきなり何をするんだ!」

「なにって、カモフラージュだ。適当な骸骨に貴方の服を着せておけば、誤魔化せるだろう?」

 

 彼女の説明で合点がいったのか、落ち着きを取り戻すサイモン。

 そして、年甲斐にもなく取り乱してしまったことに急に恥ずかしさを感じた。

 

「……オレはそういう趣味でもあるのかと」

「やっぱり、ここに置いていこうか?」

「じょ、冗談……だ」

「私も……冗談だぞ?」

 

 明るい声調で返すアイリ。

 一方、サイモンのほうは体中に冷や汗をかいていた。

 

(絶対、本気だったよな、この女)

 

 そう思ったが、彼は心の中にそっととどめておくことにした。

 

「それと、アレらを騙すにはもうひと工夫必要だな」

「……ひと工夫って、まだ、何かするのか」

「ああ。通常、強い未練を残す魂は死してなお現世に留まる。特にこのような魔力が濃いところでは」

「……どういうこと、だ」

 

 彼女の言いたいことがサイモンにはわからなかった

 

「アナタほどの魂が、この場から成仏していたら怪しまれるということだ」

「それで……どう、するんだ?」

「作りる」

「は?」

「魂を作りる。そこらへんに漂っている魂の欠片を集めて、貴方を演じさせる」

 

 彼女の言っていることについていけなくなったサイモンは、考えるのをやめて生還していることに決めた。

 

【迷える子羊たちよ、集まり、結びつき、今一度姿を成せ】

 

 彼女の言葉とともに、光の粒が集まっていき、炎の形になった。

 

「すまんな。辛いと思うが、魔王を倒すため、世界の平和のために協力してくれ」

 

 サイモンは自分の見ている光景が信じられなかった。

 この女性は何者なのか。

 当初より持ち続けていた疑問は膨らむばかりだ。

 

「では、行こうか。いくら回復呪文をかけたとはいえ、貴方の体は疲弊しきっているだろう。安全なところで休ませる」

「……ああ、気になることは山ほどあるが、とりあえず礼を言っておく。ありがとうな」

「それを言うのは、まだ早いな」

 

 二人は、足早にほこらを後にした。

 この日、()()()()()()は死に、以降ほこらにはサイモンの魂がさまよい続けることとなる。




この小説では、サイモンは生存します。


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